teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


何か大切なものが北朝鮮には残っている

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月21日(火)16時41分31秒
返信・引用 編集済
  https://abematimes.com/posts/2141323

北朝鮮=統一協会=CIA

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1231.html

北朝鮮のスーパーノーツ

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/988.html

3代目ロックフェラー死去

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170321-00000016-fnn-int

世界支配構造~日本編だそうだ

http://ameblo.jp/kissy-seed/entry-11885197997.html

意見の合わなかった息子も殺してしまったデビッド

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RACGpoHdJYy38AgBOJBtF7?p=%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E9%95%B7%E7%94%B7%E3%81%8C%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F%E4%BA%8B%E6%95%85&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E9%95%B7%E7%94%B7%E3%81%8C%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F%E4%BA%8B%E6%95%85&at=&aa=&ai=1lWBlp9QRFSnsZWwolgWeA&ts=20352

ビデオがあるのはここ

http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51930491.html



(概要)
デービッド・ロックフェラーの息子であり、ジョンDロックフェラーの孫であるリチャード・ロックフェラー(65才)が昨日(13日の金曜日)、父親のデービッド・ロックフェラーに会い、イルミナティ一族やロックフェラーの秘密を暴露した本を出版すると父親を脅迫した直後に、飛行機事故で死亡したように見せかけて彼を殺害し。。。13日の金曜日の満月の夜の生贄儀式に捧げられてしまいました。
デービッド・ロックフェラーはついこの間99才になりました。人間の血を飲んでいるために長寿なのでしょうか?デービッド・ロックフェラーも自身の著書(メモア)の中で、カルト教のカバラやNWOに携わっていることに誇りと罪の意識があると語っています。
ロックフェラー家はマンハッタンの広大な土地や建物をニューヨークにある国連本部に寄付したのです。ロックフェラー家はイルミナティの殆どの組織を掌握しています。また、CFR創設のための資金を提供しました。また三極委員会の創設者でもあります。ビルダーバーグ・グループの最大の資金提供者でもあります。デービッド・ロックフェラーはビルダーバーグの友人に、ロックフェラーのチャリティー団体を介して、年間で5万ドルもの資金を提供しています。
さらに、優生学の研究(洗脳された人々に対し様々な拷問を行いマインドコントロール方法を開発する)にも多額の資金を提供しました。ロックフェラー犯罪一家は、以前、ロックフェラー系の大学で顔認識システムの開発をさせるために多額の資金を提供しました。
ニューヨークのロックフェラーセンター(多くの有名企業の所在地)の外にはプロメテウス像が立っています。プロメテウスとはギリシャ神話に登場し、神から知恵を盗み人間に教えたとされるルシファーと同じ存在です。
リチャード・ロックフェラーはロックフェラー家を裏切ろうとしていたのです。その直後に殺害され生贄儀式にささげられました。

MR・Zかく語りぬ~『アフガンのイスラムはワシントンが作り上げた」ブレジンスキー氏が認める』

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/356.html

世界最大のテロ国家アメリカ~検索するといくらでも出てきます

http://tacktaka.blog.fc2.com/blog-entry-205.html

トランプ政権が北朝鮮に空爆を検討~この国は悪の枢軸として意図的計画的に物事を進めるのが任務

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170316-00010014-abema-kr

北朝鮮のおかげで軍事費ばかりが伸びる構造

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170322-00000088-reut-n_ame

トランプ政権が北朝鮮空爆を検討? 軍事評論家「北に複数撃たれると日本の防衛網は完全に突破される」

AbemaTIMES 3/16(木) 18:25配信

田岡俊次氏

 挑発的な態度を続ける北朝鮮。アメリカによる武力行使の可能性が囁かれている。

 今月、ウォール・ストリート・ジャーナルが「トランプ政権は北朝鮮による核兵器の脅威に対応するため、武力行使を検討している」と報じた。これを裏付けるかのように、トランプ政権に太いパイプを持つ共和党の外交安保アドバイザーでクレーニッグ・ジョージタウン大学准教授が「検討中のオプションは北朝鮮の核開発計画すべてを除去するものではなく、恐らくミサイル発射実験を防ぎ、新たなデータ収集を防ぐための限定的な空爆だ」とコメント。核やミサイル開発を遅らせることを目的とした関連施設への空爆が検討されていると指摘、さらに日本と韓国の米軍基地への将来的な核兵器配備についても話し合う可能性があるとした。

 アメリカ在住のコラムニスト町山智浩氏は、現地報道について「ウォール・ストリート・ジャーナルの報道があって、本当にそういった可能性があるのかな、という論調になってきている」と話す。

 町山氏は「ただ、ティラーソン国務長官は石油会社エクソンモービルのCEOであって、軍事・外交はもちろん、戦争経験がない。だからそんなに早く攻撃することはできないのではないか。政権自体がそういう集団。また、トランプ自身がアジアの軍事に関わらないと言って票を集めたので、想定外のことが起こっている」と指摘、「大陸間弾道ミサイルはまだ開発されていないという事実もあるので、アメリカはまだ本当には焦っていない」と、早急な軍事的行動の可能性は低いとの見方を示した。

 北朝鮮の開発しているミサイルは大きく5種類。最も射程距離が長いのが「テポドン2」で、約10000kmと言われている。アメリカ本土の都市、サンフランシスコやデンバーまで届く計算だ。

 北朝鮮が今月6日に発射したミサイルはスカッドER。そのうち1発はこれまでのミサイルで最も日本に近い能登半島から北に約200キロメートルの日本海上に落下した。ミサイルの射程距離は約1000キロメートルにも及ぶとされ、長崎県の佐世保米軍基地や山口県の岩国米軍基地もその中に収まっている。朝鮮人民軍は弾道ミサイルについて「米韓合同軍事演習に対処した訓練」だとした上で、「在日アメリカ軍基地を打撃目標」にして行ったものと強調、発射訓練は主権国家の自衛的権利と主張。国連安保理などの非難に対しても「盗っ人猛々しい奇怪な醜態」などと激しく反発している。

 軍事評論家の田岡俊次氏は北朝鮮の現実的な脅威について「去年くらいからは実戦配備についたと見ている。今まではテストだった。1発ずつ撃つのはテストだが、複数撃つのはテストではない。米韓合同軍事演習に対して、こちらもやるぞという姿勢を見せたのでしょう。ただ、北朝鮮の一般的な軍事力は全然ダメ。25年くらい武器は新しいものを買っていない。だからこそ核に頼らざるをえない」と話す。

 田岡氏は「ただ、命中の精度はまだあまり良くない。ノドンの場合は、1300km飛んで、3000メートルくらいの誤差がある。だから核を使わないことには、ほとんど意味がない」とする一方、「ノドンはミサイルを直立させてから燃料を入れるので、発射準備に1時間くらいかかる。だから事前に攻撃もできるかもしれないが、ムスダンになると燃料を入れたまま待機でき、発射準備の時間は10分くらい。固体燃料のミサイルも研究していて、これはボタンを押したらすぐに発射できる。発射準備に時間がかからないため実用性がどんどん増してきた」とも指摘。

 日本は北朝鮮のミサイル迎撃ができるのだろうか。

 田岡氏は「演習では命中率75パーセント。ただしこれは発射する場所も、落下する場所も分かっている場合。加速度なども分かっていて、事前にデータを入力しておいて“当たりました“というけれど、それは野球で言えばノックを捕っているようなもの。現実となると難しい」と指摘。今回の発射の際も、日本の船に警報が出たのは発射の13分後で、落ちてから警報が出るような状態だったのだという。

 「ミサイル防衛には今まで1兆8千億円くらい使ったけれども、どれほど役に立つのか極めて疑問。1発だけならまだしもだが、複数撃たれると完全に(防衛網を)突破される」(田岡氏)。

 田岡氏は、アメリカによる北朝鮮攻撃の可能性をどう見ているのだろうか。

 「過去に北朝鮮の核開発関連施設への攻撃を検討した際に在韓米軍が試算したところ、米軍の死傷者5万2千人、韓国軍の死傷者49万人、民間人の死傷者100万人が出ることが分かったという。そのため、アメリカによる攻撃が実際に起こる可能性は低いが、アメリカが攻撃した場合、北朝鮮は核を使った反撃もあり得る」と、すぐに軍事的な衝突が起こる可能性については低いとの見方を示した。

 「ただ、北朝鮮には抑止が効かない。抑止というのは、相手が冷静で合理的な判断をすることを前提にしている。ところが相手が何をするか分からない、自暴自棄になっている場合は意味がない」とも話した。(AbemaTV/AbemaPrimeより)

おまけ~クロカモの検索

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RA7LG4ItJY_SoAEBSJBtF7?p=%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%AB%E3%83%A2&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%AB%E3%83%A2&at=&aa=&ai=Oxe.lfJlQMu6E12i7pHXmA&ts=10759

上の阿修羅にはこうある......このクロカモという組織の本拠地は、埼玉県熊谷市の航空自衛隊だとこのサイト主は推定している,と。

そういえば理研も埼玉県の和光市だ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%86%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

日月士氏は、たまたま元公安警察官の方と酒席で話する機会があり、彼をつ
け狙う組織、つまりはいわゆるストーカー組織としても語られる組織について
の、および123便事件に関連する、興味深い話を、聞いている。

その元公安警察官が彼に語った内容は、治安裏組織と統治権力層について
の驚くべき暴露話になっている。それによると、

日本には、

『(1)警察権力が及ばない非公然組織がある

(2)彼らが最高位権力という訳ではなく、その上もある

(3)その上の権力は皇室をも配下に置く


(4)自衛隊に似せた武装公安とも呼べる組織がある

(5)成田公安は一般の公安とは別組織である 』

(引用おわり)

日本は、そういうことになっている、ということらしい。

「クロカモ」とは、そういう存在なのだ。

皇室をも配下に置く、より根源的な階層つまり、法の番人たる警察でも及ばな
い、公権力が及ばない超法規の、非公然の隠された階層が、存在し、存在す
るばかりでなく、彼らは、国民に対して非公然に不法に武器所持使用する組織
を、国民に暗がりで牙をむく不法な、法の番人たる警察でも及ばない公安部隊
を、抱えているのではないか、ということである。

それは、米軍による自衛隊国民監視暗殺部隊(米軍+自衛隊による日本人暗
殺のための特殊部隊)にとどまらず、それは、日本の根源的階層の奥の院に、
もっと直接的に所属しているのではないのか、ということを思わせる。

http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/120

埼玉上尾の公安はクロカモなのか?~記事の真偽は分かりません

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3075

熊谷市 上尾市 和光市は一直線につながっている~以下は埼玉地図

http://www.mapion.co.jp/d/admi/img/admi11.gif

調別~日本版 FEMA  陸上自衛隊 幕僚監部 調査部  調査第2課 調査別室
通称 「調別」  」

http://44051510.at.webry.info/201405/article_7.html

調別 その2~http://yaplog.jp/kenchicjunrei/archive/122

FEMAと調別~http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-365.html

南スーダンの日報隠しを指示したのは自衛隊とは別の機関

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPSLtYVtNYqgoALc2JBtF7?p=%E5%8D%97%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%97%A5%E5%A0%B1%E3%82%92%E5%B9%95%E5%83%9A%E3%81%8C%E9%9A%A0%E3%81%97%E3%81%9F&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E5%8D%97%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%97%A5%E5%A0%B1%E3%82%92%E5%B9%95%E5%83%9A%E3%81%8C%E9%9A%A0%E3%81%97%E3%81%9F&at=&aa=&ai=t_l4WoJIStSRcFU96ZhG4A&ts=23239

12月26日になって陸自とは別機関の同省統合幕僚監部( 統幕)で電子データが見つかった経緯がある

http://mainichi.jp/articles/20170317/k00/00m/040/094000c

ちなみに人工地震と自衛隊で検索~最近の熊本地震の震源地はどこでしたか?

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RhYNMnW9NY2BQAMl6JBtF7?p=%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%A8%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%A8%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A&at=&aa=&ai=1LZ4K8WuQRO9ejsY242CcA&ts=13414

熊本人工地震の震源地は

http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-2573.html

統合幕僚監部~調査部 調査第2課 調査別室通称 「調別」がありこれがクロカモか?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%B9%95%E5%83%9A%E7%9B%A3%E9%83%A8

宮内庁御用掛かり

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3763

山伏には何が隠されているのか

http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-399.html

山伏とヘブライ

http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb010.html

じっくり読まれている記事 その1

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RizLH0UNNYeUsAPUKJBtF7?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F225.html&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F225.html&at=&aa=&ai=uWsaLOziSlCJk3rLJWRaaA&ts=8855

その2

https://search.yahoo.co.jp/search?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F935.html&aq=-1&oq=&ai=vZQvty5XQVuXpQiwZlMZcA&ts=3920&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

その3

https://search.yahoo.co.jp/search?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F%EF%BC%92%EF%BC%99%EF%BC%97.html&aq=-1&oq=&ai=91vlhBS5SfKmw64OXAAdRA&ts=3386&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

籠池夫人発狂か~

http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/170321/evt17032120000038-n1.html

昭恵リスク

http://mainichi.jp/articles/20170324/k00/00m/040/125000c

オバマケア代替法案、可決の見通し立たず トランプ氏は共和党議員に「議席を失うぞ」と警告

http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/23/obamacare_n_15556736.html


 
 

悪の問題

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月20日(月)17時40分39秒
返信・引用 編集済
  http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/akunomondai.html

関連記事:日本人の脳裏に刻まれている構造

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3882

魂よ蘇れサンカへの思い

http://ameblo.jp/shibaracu/entry-11215322910.html

ヨブへの答え その1・オリーブの木

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/118.html

その1に付いたコメントの一つ

投稿者:阿呆777

2010/5/20  1:55

以前のsophy93です。sophyがグノーシスの神なのだそうで、HNを変えました。

ユングの考察は興味深いものです。

ヨブは、神に対する悪魔の挑戦を知る術もない故に、自分の被った残酷な災厄を、神が故意的に与えたと理解したに違いないと思います。

それでも、神を呪うことなく罪を犯さなかった自分を、非難しに来た友人達に向かって、完全に清廉であると、神の前で主張したとしても、何らおかしくはないと感じます。

確かに、神の闇の部分を、人間が光を照射し明らかにしていると思います。

ここまでの善と廉直さを証明する事は、全能である筈の神にはできない。自分が人間になるほかには。

この面で、神は再び挑戦を受けたことになるのかも知れません。私には、ヨブは、この時点での神には勝利さえ収めていると思ってしまいます。

そのために、キリストは非常に大きな苦しみを経験し、キリストの息を引き取る前の「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」という叫びがこのことに直結して神のヨブに対する、等価の答えということでしょうか?

エゼキエル書の『その正しさによって自分自身の命を救いうるだけだ』というのは、人間にとって非常に苦難を意味することであるわけです。これを示し得る人間がはたしてどれほど存在するでしょうか?

>遭遇でもなんでもない遭遇は,遭遇の必然的結果.....陰から陽への転換という広大な宇宙的結果を生じるはずがない。

これは、信仰の世界であり、証明すらできない。でも、これから引き起こされる極悪非道の大謀反を読み解くカギになるのでしょう。

黙示録6章10節『真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。』

これはファティマの文書にも言えることです。

余りにも、余りにも犠牲が多すぎる。

もし、見当違いであれば、削除してください。

ヨブへの答え その2・全能者よ,私に答えよ

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/119.html

その2に付いたコメント

投稿者:シンクレア

2013/1/30  5:47

PTSDですか?

心を病んだ時は、人まみれの生活から離れてみるのが良いと思います。

激しい感情吐き出すサンドバックは被害者?

世間や見栄気にしなくていい環境が一番と♪

投稿者:sophy93
2010/5/25  3:20

この中にある記事を読んで、PTSDの患者さんの治療過程を思い出しました。

大きなトラウマを抱えている場合、その時の感情を、思う存分吐き出させるという作業を行い、トラウマに関する怒りを、充分だと感じるまで行います。その後、認知行動療法で、合理的思考と、対処方法を学びます。

ヨブの経験した災いは、尋常な類のものではありませんでしたから、ヨブが、沈黙している神に、答えろ!という激しい感情を吐き出すことは、必要不可欠であったと感じます。

激情に身を任せなければ、その感情は人間の中で腐敗していくと思います。

すべてを露わにしてこそ、その後に冷静で、理性的な判断ができるようになるのではないかと。

ヨブへの答え その3知恵の女神ソフィア

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/120.html

その3に付いたコメント

投稿者:sophy93

2010/5/25  4:19

ダーウィンの種の起源にも、変化するもののみが生き残るとあったはずです。

多くの示唆を与える話を聞いても、それを吸収し真実を見出だし、知恵に変化させていかなければ、知識があっても何の意味もないという事ですね。

初めは意味が解らなくとも、思いめぐらし考えることで、真実に突き当たる。それは、どこからやってくるのか解らない。

ヤーウェの神は、人間ヨブからであった。絶対者と言われる神は変化を厭わなかった。様々な事象、状況、時などによって、自分も変化してゆかねばならないという事が解ります。

自己否定から始まる。この意味を取り違えると、間違うような気がします。

私はある陰謀論者から知らない間に工作員に認定されていました。それが、sophyという名前が原因でした。その起源を知らなかった私は、自分は余程の大馬鹿であると思いました。
tatsujinさんからのご指摘で、良く調べてからコメントするようにとのご助言も、その通りだと感じました。自分の知識は本当にお粗末である。だからこそ、学び続け思考力を強化しなければいけないのだと思い知りました。隠された真実を見抜いていくために。

今回の記事は並べられている内容の意味について、何故ここにこの話が出てくるのか、何度も黙想しなければ、関連性が簡単に掴めないと思いました。これも、訓練ですね。

『賢人は一言で足りる』という格言がありました。

私は、自分の今までの理解を、先ず破壊して、構築し直すべき時です。己の愚かさを認識しつつ。

ヨブへの答え その4・神の非道

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/121.html

その4に付いたコメント

投稿者:sophy93

2010/5/25  5:18

旧約聖書のヤーウェの神について、時々イルミナティの残虐性を思い起こす事があります。非常に冷酷に振る舞う箇所が記述に見られるからです。イルミナティはこの神になったつもりなのかもしれないと。

しかし、私はしばしば自分の中にある、悪と醜い面を見つめます。自分の中で、ちらっとでもよぎる、自分を陥れた人々に対する復讐の念や、その人々の当然の報いを願う点など。まだまだあります。

何度も何度も苦境を経験しながら、立ちあがっても、またやってくる試練。そして、復活。私は身体の中途障害者でもありますが、自分のこの経験は本当に学びになったと思っています。ですが、恐らくまだ足りないでしょう。金を精錬するように、人は試されるでしょう。

自らの悪、闇の部分を見つめないなら、真の意味で善良になることは不可能に思えます。それを見つめて、自分を自戒し続けないなら、広い門より入る様な気がします。

ヤーウェの神の間違い。ヨブの正しさ。

悪や暗黒面は弱さに起因するように思います。善人ぶっている人々は本当は善人でないのかもしれない・・・

ヨブへの答え その5・教会の原理と精霊の原理

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/122.html

その5に付いたコメント

投稿者:sophy93

2010/5/25  21:52

私が何故、コメントを書き込むかと言えば、それは記事を読んだ時、自分の心に溢れたものを、ただ、管理人様にお伝えしているに過ぎません。

『OUT OF EDEN』の時に感じたものと同じです。深い、深い井戸の水脈から、澄んだ水を汲みとる様な、深遠なものを感じるのです。

今日の記事・・・一体聖書の翻訳で見えない悪意が混入していないものは、何処にあるのか! ジェームズ王欽定訳を探していたとき、カトリックの神父様に「これはあまりお奨めしません」と言われましたが、当たり前ですね。カトリックとしては、英国国教会では・・・

教会は恣意的に(私利私欲と言っても良いかもしれない)、長きに亘り、庶民から聖書に書かれている事の真実を隠してきた・・・このことは聖書をラテン語のみにし、公用語に訳すことが死に至る犯罪であった歴史だけではなかったのですね。

スウェーデン語聖書と新共同訳では、全く意味が違っている! そして現在に至っても、教会の権威の集中と、単なる依存に信仰を捻じ曲げてしまうという状況が造られている。これに、精霊の原理とグノーシス派が光をあてるのですね。

神性は人間に獲得可能なもの。これが、エバのような女性には何か邪まな欲望となって、誘惑の原因とされるものですね。善悪の知識の木の実。

しかし、善良な者にとっては、全てが善き事。自分の正しさによってのみ自らを救い得る。人間が真に神性を帯びた時、これによって、人間は孤として不安定な存在でなくなると感じるのですが、違うでしょうか? それでも、この神性を自らに賦与することは、容易でないと思います。

ヨブの在り方・・・キリストの在り方・・・
これは究極の人生です。

悪の問題

スティーヴン・T・デイヴィス編『神は悪の問題に答えられるか』 教文館

「どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか」
「なぜこういうことが起こってしまったのだろうか」
このように思うことは誰でもあります。自分自身について、あるいは世界の出来事について、しばしばそんなふうに感じます。言うならば「神も仏もあるものか」という気持ちです。
それは、人間は苦しみに出会った時に、苦しみにどういう意味があるのか、その意味を見出したいという気持ちになりますし、「なぜ」という問いに答えてほしいと、何かに対して思うからです。
そして、人生を肯定したい、いろんな苦しみはあるけれども、全体として肯定したい、そういう願いを人間は持っています。その願いに応えるのが宗教だと思います。

「なぜ」という問いに対して答えようとするキリスト教の試みが神義論ということだと思います。神義論とは、「この世に悪が存在するにもかかわらず、神は正しく正義である」ことを示そうとする議論です。つまり、悪があるにもかかわらず、神が全能であり、完全な善であることを証明しようとする試みです。

この問いをヒュームはこういうふうに言っています。
「神は悪を阻止しようとする意思は持っているが、できないのだろうか。それならば、神は能力に欠けることになる。それとも、神は悪を阻止することができるが、そうしようとしないのだろうか。それならば、神は悪意があることになる。悪を阻止する能力もあり、その意思もあるのだろうか。でも、それならはなぜ悪が存在するのだ。」

神義論では悪を二種類に区別します。道徳悪と自然悪です。
道徳悪とは、罪と呼ばれ、嘘、殺人、傲慢、ねたみ、どん欲、わがままなどです。
自然悪とは、地震、病気、飢饉、洪水など、自然の出来事によって引き起こされる痛みや苦しみです。

日本人にとっては、悪の問題(神義論)を神との関係で考えるよりも、「どうしてこんな苦しみがあるのか」「なぜ災難や困難があるのか」という問題を考える手がかりとして参考にしたらわかりやすいように思います。

『アーミッシュの赦し』を見ますと、一般にクリスチャンは、悪の問題に三通りの答えを用意しているとあります。
1,人に自由を与えた、つまり善悪のいずれも行わせている神は、ときに、その自由を十分に尊重するため、不干渉主義をとる必要があるのではないか。
2,神は人に選択の自由を与えているが、最終的な支配者は神であり、特定の目的のために何かを起こしたり、起こるのを許したりすることがある。神が描く全体像をもし見られるならば、現時点で現れた悪は、やがてより大きな善に取り込まれるはずである。
3,神が司る世界では悪が起こるが、人はその理由を知りえない。

そして、神の存在を否定するという答え。神を信じない根拠として、悪の問題を挙げる無神論者の多くは、苦しみを放置するような神を信じることに大した意味はないとします。

スティーヴン・T・デイヴィス編『神は悪の問題に答えられるか』は、
「なぜ世界はこれほど暴力と苦しみに満ちているのか。何か理由があるのだろうか」
「なぜ悪が存在するのだろうか」
「なぜ神は悪を許すのだろうか」
「なぜ神は悪を防ごうとしないのか」
という問いに、5人の神学者、哲学者が自分の考えを述べた本です。
当然のことながら、悪の問題に答えが一つしかないというわけではありません。5人はそれぞれ異なった回答をしています。
それを読みますと、正統的な神義論には、成長主義、自由意志論、終末論という三点が重要であるように感じました。

神は人間を未熟なものとして創造した。そして神は人間に自由を与えた。なぜならば人間が自由に正しいことを選ぶことによって道徳的、宗教的徳を発達させるためである。
悪は人間が道徳的に不完全だから、自由に悪を選んだことによって生じたわけである。人間は操り人形ではない。その人間が自由に選んで悪を行ったのだから、それに対してとがめられるのは神ではなくて人間である。
また苦難を通して人は成長していく。苦しみに対処することによって人間は成長する。
だから神は苦難を許したのだ。苦難は苦しむ者にとって常に益となる。

つまり、人生を神が用意した学校と考えて、未完成な初心者が成熟した成人に仕上げられる場と見るわけです。自然悪、つまり災害も人間の成長を促すために必要なわけです。困難に耐え、立ち向かい、打ち勝ち、克服すること、それが神の国への道ということです。
ですからこういうことを言う人がいます。
「神はあなたの人格を強くするためにお子さんの死を許されたのです。」

そう言われても、そもそも人間ははたして成長するものだろうかという疑問を感じます。成長主義的楽観論と言えないでしょうか。

かりに苦難が人を成長させるとしても、「人類を苦しめる悪がこれほど多いことは解けない謎だ」。やはり「どうして」という疑問は生じます。それに対する答えが終末ということです。

我々は全体の中のごく一部しか見ることができないから、なぜという疑問を生じる。しかし、私たちには説明がつかないことも、神には説明ができる。終末には苦しみの意味がすべてが明らかになる。今は完成に至る道の途中にすぎない。終末にはすべての悪がかすんで、犠牲者や苦しんだ人たちも些細に思えるようになる。

パウロの言葉です。
「わたしは、今は一部しか知らなくとも、その時には、はっきりと知られているようにはっきりと知ることになる」
「現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りない」

これもやはり楽観的すぎるように感じますので、終末論的楽観論としましょう。
キリスト教では生まれ変わりということは説きません。一回限りの生です。となると、せいぜい百年の人生で完全に成長するというわけですが、そんなことはあり得ません。そうして、死んだ時点では成長が完成していないのに、終末で急に完成するというのも変な話です。

そこで、生まれ変わりをくり返しながら、少しずつ成長して、最終的に完成するという考えを主張する人がいます。つまり、成長が完成した時点が終末というわけです。
この考えを生まれ変わり楽観論と名づけましょうか。

この考え方はニューエイジで説かれる死後観と同じものと言えます。たとえば、レイモンド・A・ムーディ・Jr『かいまみた死後の世界』、イアン・スティーブンソン『前世を記憶する子どもたち』、ブライアン・L・ワイス『前世療法』など、臨死体験や退行催眠による前世の記憶から、死後の世界、生まれ変わりが科学的に証明したと主張する本が数多く出版されています。
そこで主張されていることは、人間は成長するために生まれてきたのであり、苦難は成長するための課題として生まれる前に自分で選んだということです。

これは成長主義的楽観論、終末論的楽観論、生まれ変わり的楽観論と同じようなことを主張しています。「神は悪の問題に答えられるか」を読んで、ニューエイジの死後観は神義論の一種だと気づきました。

キリスト教では生まれ変わりを説きません。しかし、ニューエイジでは生まれ変わりを主張しているわけで、キリスト教とニューエイジとは立場が死後観が違います。
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世『希望の扉を開く』には、ニューエイジはグノーシス主義だとして厳しく批判されています。
けれども、ニューエイジはキリスト教の土壌から生まれてものですから、臨死体験における光の存在や、死んでから生まれ変わるまでの中間生での指導霊など、神や聖霊を連想させます。
そして、アメリカでは生まれ変わりを信じる人が25%いるように、キリスト教の信仰と生まれ変わりを信じることは矛盾しない、キリスト教の立場で生まれ変わりを解釈できると考える人は決して少なくないわけです。

ニューエイジの死後観を飯田史彦は「生まれ変わり生きがい論」としてアレンジしています。飯田史彦は宗教とは関係がないと言っていますが、おそらく神義論を知らないのでしょう。

人間は成長する存在である。成長するためにこの世に生まれてくる。そのために、自分で課題を選んで生まれてくる。その課題がさまざまな苦難やハンデである。たとえば、身体障害、両親の離婚、仕事の失敗、失恋、性格など、それらはすべて成長するために選ぶ課題である。その課題をはたして人は死んでいく。そして、再び課題を持って生まれてくる。そのように生まれ変わりをくり返しながら人は成長していくのである。

もう少し詳しく説明しますと、魂が肉体にやどっていない状態(中間生=あの世にいる状態)のあいだに、指導役の魂たち(光の存在)の前で終えてきた人生を振り返って反省したのち、彼らの助言を参考にしながら、魂が自分自身で次の人生を計画を立てます。つまり、人生におけるさまざまな困難や苦しみはすべて生まれる前に計画ずみのことなのです。

「未発達の魂ほどくわしい設計図を必要とし、どの時点でどのような問題に直面して、どういう解決方法を選ぶと正解であるかということを、こまかく予定してから生まれてきます。」
「たとえ私たちが、人よりも困難な人生を送らなければならないとしても、かならずしも過去生で悪いことをしたために、それを償っているとはかぎりません。むしろ、わざと厳しい条件に身をおき、一定の試練を受けることによって、大きく成長する機会をもうけている場合が多いからです。」
「何度も生まれ変わって、地上でいろいろな経験をつむことによって、魂の進歩をはかるわけです」

そして、ソウルメイトという存在がいます。家族や友人などとして、何度も繰り返して関わり合う魂のことです。ソウルメイトと相談しながら、次の人生を計画することが多いそうです。

「それぞれのソウルメイトには、生まれる前に、「自分がこのような言動をとったら、あらわれてくれ」とか、「自分がこのような言動をとったら、こう対処してくれ」というお願いをしておきます。相手の人間は、その時、「どうしてなのかわからないが、なぜかそのような態度をとってしまう」というかたちで、自分の人生計画に協力してくれるわけです。」

この「生まれかわり生きがい論」によって、飯田史彦は「なぜ自分はこんな目に遭うのか」という問いに答えを与えています。その答えとは、「すべての試練は私が成長するために選んだものだ」ということです。

「自分がどのような人間で、どのような境遇にいるかということは、すべて自分の責任である。自分自身が、それを選んだ張本人なのだ」
「私たちは、この世という修行の場に、何度も何度もくり返し来訪しては、愛すること、許すこと、感謝することの大切さを学びます。人生とは、いわば、生まれる前に自分で作成しておいた、問題集のようなものなのです。それぞれの問題を、解くことができてもできなくても、正解は、問題集を終えるまでは見てはなりません。
人生という問題集を最後までやりとげた時、初めて私たちは、自分で用意しておいた正解と照らし合わせ、自分の成長度を自己評価することができます。そしてまた、解けなかった問題を解くために、あるいはいちだんと厳しい問題を解くために、自分自身で新たな問題集を編み、それをたずさえて、この世という修行の場を再訪するのです。」

今まで述べてきた成長主義的楽観主義、終末論的楽観主義、生まれ変わり的楽観主義、生まれ変わり生きがい論という解答は、一見もっともなような気がしますが、しかし私にはいずれも受け入れがたいものです。

「神は悪の問題に答えられるか」の回答者の中にも、楽観的すぎる答えに納得のいかない人もいます。
「いかなるすばらしい目的であろうとも手段を選ばず追求するのは良識に反する。」
成長を促すものだとして悪の正当化をしているし、人間の苦の現実を見ていないと言うわけです。
たとえば、ウイリアム・スタイロン『ソフィーの選択』です。ナチの強制収容所でソフィーは二人の子供のうちを一人だけ選べと言われます。一人はガス室送りです。子供のうちどちらかを選ばなければ、二人ともガス室へ送られてしまいます。ソフィーは自分の意志で一人を選びました。
このソフィーの苦しみにはどういう意味があるのでしょうか。このことによってソフィーは成長したのでしょうか。いかに成長するためとはいえ、許されるはずもないことではないでしょうか。

「どうしてこんな目に遭うのだろうか」という問いは、答えを得るための問いではなく、問い続け考えていくための問いだろうと思います。

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「神が善で全能であるなら、なぜ神はこの世界に悪の存在を許しているのか?」旧約聖書の『ヨブ記』以来問われ続けてきた問いは、人類が20世紀の大量虐殺や集団殺戮に直面して、ますます切実かつ緊急になってきた。現代英米を代表する神学者・宗教哲学者が「神義論」をめぐり白熱した議論を闘わせる。

内容(「MARC」データベースより)

神が善で全能であるなら、なぜ神はこの世界に悪の存在を許しているのか? 旧約聖書「ヨブ記」以来の問いが切実になりつつある今、現代英米を代表する神学者・宗教学者が「神義論」をめぐって白熱した議論を戦わせる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

本多/峰子
1989年、学習院大学大学院博士後期課程終了(イギリス文学専攻)。現在二松学舎大学国際政治経済学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

関連はありませんが~ハーグ陸戦条約

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B0%E9%99%B8%E6%88%A6%E6%9D%A1%E7%B4%84

拙稿を検索すると8件ヒットします~この際研究しましょう つまり戦勝国が敗戦国の憲法を制定することはできないということ

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83n%81%5B%83O%97%A4%90%ED%8F%F0%96%F1&inside=1&x=0&y=0

そうです。戦勝国が相手の憲法を勝手につくることは禁じられたいて現在の憲法は無効なのですよ。

以下の記事を熟読すること~ハーグ陸戦条約について

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1027.html

<削除及び発行禁止対象とされたプレスコード>

1. SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
2. 極東国際軍事裁判批判
3. GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
4. 検閲制度への言及
5. アメリカ合衆国への批判
6. ロシア(ソ連邦)への批判
7. 英国への批判
8. 朝鮮人への批判
9. 中国への批判
10. その他の連合国への批判
11. 連合国一般への批判(国を特定しなくとも)
12. 満州における日本人取り扱いについての批判
13. 連合国の戦前の政策に対する批判
14. 第三次世界大戦への言及
15. 冷戦に関する言及
16. 戦争擁護の宣伝
17. 神国日本の宣伝
18. 軍国主義の宣伝
19. ナショナリズムの宣伝
20. 大東亜共栄圏の宣伝
21. その他の宣伝
22. 戦争犯罪人の正当化および擁護
23. 占領軍兵士と日本女性との交渉
24. 闇市の状況
25. 占領軍軍隊に対する批判
26. 飢餓の誇張
27. 暴力と不穏の行動の煽動
28. 虚偽の報道
29. GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及
30. 解禁されていない報道の公表
ここで56ページと57ページに書かれていることを紹介します。知っている人は殆どいないと思います。管理人もそうでした。「日本国憲法成立の欺瞞性」について

一方で,検閲と焚書が,厳重に秘匿されていたことが,いまなお護憲や憲法九条の擁護を言い立てる人々を,育み続けてきた根本原因ではないでしょうか。日本国憲法は,戦勝国は敗戦国の法体系を変えてはいけないとする、ハーグ陸戦条約に明白に違反している非合法なものです。

日本の国会が自主的に議決したように見せかけていますが,完全な言論統制化で行われたことは,プレスコードの③が,メディアに対し「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判」を厳禁していることからも、笑えるほどに明白な事実です。

法的に無効なものなのに,護憲を叫ぶ人が絶えないのは,検閲などの言論統制が,日本人の多くに,それと気づかれていないほど,じつに巧妙に行われたという証左です。この事実に気づかないか,認めようとしない人々は,史実にうとく,国際法や近代刑法の原則に無知な無教養な人であるとの誹りをまぬがれません。

ハーグ陸戦条約

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-894.html

『この条約付属書の第43条には、次の記述があります。

「占領者は、占領地の現行法律を尊重して、その国(占領地)の公共の秩序と生活を回復確保しなければならい。」

その国の憲法を勝手に書き換えて良いなどとは、どこにも書いてありません。
つまり、日本国憲法は、国際法(ハーグ陸戦条約)に対する明らかな違反行為の上に書かれた憲法ということができます。
そんなものをありがたがっている国民というものは、いったい・・・?』

注:理論武装した共産党はそのことを知らないはずはないでしょう。だから「国際ユダヤ同盟仲間 安倍と志位」という記事を書いたのです。

もっと早く日本独自の憲法を作ればよかったのです。遠からずそうするべきです。別に他の国でもやっているようにある筋がそうさせないだけの話です。それは田布施システムを壊してからでしょう。次の世代の政治家を待ちましょう。山本太郎クラスの漫画的人間は別にして。

神義論~https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96

ヨブ記との関連では

https://search.yahoo.co.jp/search?search.x=1&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96&ai=mRo.s83KSCeMKkbsNo7bGA&ts=10656&fr=top_ga1_sa&p=%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96+%E3%83%A8%E3%83%96%E8%A8%98&rs=4

アウグスティヌスの関連では

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8C%E3%82%B9%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96

アウグスティヌスの復活論 その1 この辺は神学校の博士課程クラスですのでスルー願います

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/153.html

その1に付いたコメント

投稿者:tatsujin

2013/2/7  11:52

拍手転載

アウグスティヌスの復活論 その1
2013/1/28 21:20
いつもありがとうございます。 キリスト教の中高に通っていた時分から、イマイチしっくりこないことのひとつでした、今日は、じっくり読ませていただいて、この信仰に対する考察こそが、その後の歴史の流れにおいて、深い溝や、ニヒリズムの元のひとつだとゆうことが垣間見えた気がします。 居住まいをただして、その2を拝読します。

アウグスティヌスの復活論 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/154.html

真珠の首飾り

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1027.html

国体でもない政体としての天皇家は憲法改正でなくした方がいいだろう。

http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-category-144.html

おまけ~じっくり読まれている記事

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RizLWeztBYERoAwtqJBtF7?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F610.html&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F610.html&at=&aa=&ai=0d.3aa5RTguT.WgUfXe68A&ts=9568

音声学の基礎~mメディアでも耳障りな発生がおおい元NHKの加賀美幸子アナウンサーは完璧ですね

http://culture.cc.hirosaki-u.ac.jp/english/utsumi/linguistics/lingusitics_c2_ja.html

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A3aX5Eg709BYE34AU42JBtF7?p=%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%BE%8E%E5%B9%B8%E5%AD%90&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=2&oq=%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%BE%8E&at=s&aa=&ai=laJB4n1fRy.PnoT.atVBSA&ts=6369




 

日本人の脳裏に刻まれている構造

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月19日(日)16時27分32秒
返信・引用 編集済
 

雁屋哲の今日もまた

http://kariyatetsu.com/blog/1665.php

2014-03-03

関連記事

日本人であることの不快感

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1163.html

付いたコメント

日本人であることの不快感
2016/3/26 19:19
始めまして。
ここ最近にない文章を読ませていただきました。
(文体、内容)
自己の内面をえぐり出す思惟は、日々の日常の中では辛く感じるが故に、このような書き手に出会うと
生きるエネルギーが湧いてきます。ありがとうございました。

管理人注:自己の内面的矛盾と向き合うためには自己の内面をえぐり出すことが絶対必要条件。そうしないといつまで経っても心の空洞は埋まらないのです。それが出来ないのが組織に隷従している人たちです。希望退職という恩恵に与かったら引きこもり学ぶことです。そしてまた出発するのです。それが分からない女房がいるとしたら結婚に失敗したということです。

ロシア10月革命の検証

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/774

その中で..........

『ある読者からの投稿です.........

Legacy of Ashesの管理人さんへのお返事です。

知らないという事は恐ろしいことですね。
管理人様のブログを読んでいた御陰でこのことを知っておいて良かったと思います。

『ドラゴン桜』という漫画で桜木が言うセリフがあります。

「大人は教えないんだ。そのかわり未知の無限の可能性なんて何の根拠もない無責任な妄想を植え付けてんだ。そんなものに踊らされて個性生かして人と違う人生を送れると思ったら大間違いだ!社会はそういうシステムにはなっていない。それを知らずに放り出される。そこに待っているのは不満と後悔が渦巻く現実だ。社会のルールってやつは全て頭のいいやつが作っている。そのルールは頭のいいやつに都合がいいように作られているんだ。逆に都合の悪いところはわからないように隠してある。つまり頭使わずに面倒くさがっていると一生騙されて高い金払わされるんだ。騙されたくなかったら、損して負けたくなかったら、お前ら勉強しろ!」

もっと勉強します。

注:そうです。死に物狂いで学んでください。無駄な時間を浪費しないためにも。』

自発的隷従論

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1070.html

ついでに早坂茂三で検索すると

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%91%81%8D%E2%96%CE%8EO&inside=1&x=0&y=0

自発的隷従論

最近、目の覚めるような素晴らしい本に出会った。

「自発的隷従論」という。

エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(Etienne de la Boétie)著、

(山上浩嗣訳 西谷修監修 ちくま学芸文庫 2013年刊)。

ラ・ボエシは1530年に生まれ、1563年に亡くなった。

ラ・ボエシは33歳になる前に亡くなったが、この、「自発的隷従論」(原題: Discours de la servitude volontaire)を書いたのは、18才の時だという。

あの有名な、モンテーニュは ラ・ボエシの親友であり、ラ・ボエシ著作集をまとめた。

今から、450年前に18才の青年に書かれたこの文章が今も多くの人の心を打つ。

この論が、「人が支配し、人が支配される仕組み」を原理的に解いたからである。

「自発的隷従論」はこの「ちくま学芸文庫」版ではわずか72頁しかない短い物だが、その内容は正に原理であって、その意味の深さは限りない。

それは、ニュートンの運動方程式

「力は、質量とそれに加えられた加速度の積である。F=am」

は短いがその意味は深いのと同じだ。

ラ・ボエシの「自発的隷従論」の肝となる文章を、同書の中から幾つか挙げる。

読者諸姉諸兄のためではなく、私自身が理解しやすいように、平仮名で書かれている部分が、返って読みづらいので、その部分を漢字にしたり、語句を変更している物もある(文意に関わるような事は一切していない)。

同書訳文をその読みたい方のために、私の紹介した言葉が載っている、同書のページ数を記しておく。

本来は、きちんと同書を読んだ方が良いので、私はできるだけ多くの方に、同書を読んで頂きたいと思う。

私がこの頁で書いていることは、同書を多くの人達に知って頂くための呼び水である。

私は自分のこの頁が、同書を多くの人達にたいして紹介する役に立てれば嬉しいと思っている。

A「私は、これほど多くの人、村、町、そして国が、しばしばただ一人の圧制者を耐え忍ぶなどということがありうるのはどうしてなのか、それを理解したいのである。その圧制者の力は人々が自分からその圧制者に与えている力に他ならないのであり、その圧制者が人々を害することが出来るのは、みながそれを好んで耐え忍んでいるからに他ならない。その圧制者に反抗するよりも苦しめられることを望まないかぎり、その圧制者は人々にいかなる悪をなすこともできないだろう。(P011)」

B「これは一体どう言うことだろうか。これを何と呼ぶべきか。何たる不幸、何たる悪徳、いやむしろ、何たる不幸な悪徳か。無限の数の人々が、服従ではなく隷従するのを、統治されているのではなく圧制のもとに置かれているのを、目にするとは!(P013)」

C「仮に、二人が、三人が、あるいは四人が、一人を相手にして勝てなかったとして、それはおかしなことだが、まだ有りうることだろう。その場合は、気概が足りなかったからだと言うことができる。だが、百人が、千人が、一人の圧制者のなすがまま、じっと我慢しているような時、それは、彼らがその者の圧制に反抗する勇気がないのではなく、圧制に反抗することを望んでいないからだと言えまいか(P014)」

D「そもそも、自然によって、いかなる悪徳にも超えることのできない何らかの限界が定められている。二人の者が一人を恐れることはあろうし、十人集ってもそういうことがあるうる。だが、百万の人間、千の町の住民が、一人の人間から身を守らないような場合、それは臆病とは言えない。そんな極端な臆病など決してありえない。(P015)」

E「これは(支配者に人々が隷従していること)、どれほど異様な悪徳だろうか。臆病と呼ばれるにも値せず、それふさわしい卑しい名がみあたらない悪徳、自然がそんなものを作った覚えはないと言い、ことばが名づけるのを拒むような悪徳とは。(P015)」

F「そんなふうにあなた方を支配しているその敵には、目が二つ、腕は二本、体は一つしかない。数かぎりない町のなかで、もっとも弱々しい者が持つものと全く変わらない。その敵が持つ特権はと言えば、自分を滅ぼすことができるように、あなた方自身が彼に授けたものにほかならないのだ。あたがたを監視するに足る多くの目を、あなたが与えないかぎり、敵はどこから得ることができただろうか。あなた方を打ち据えるあまたの手を、あなた方から奪わねば、彼はどのようにして得たのか。あなた方が住む町を踏みにじる足が、あなた方のものでないとすれば、敵はどこから得たのだろうか。敵があなた方におよぼす権力は、あなた方による以外、いかにして手に入れられるというのか。あなた方が共謀せぬかぎり、いかにして敵は、あえてあなた方を打ちのめそうとするだろうか。あなた方が、自分からものを奪い去る盗人をかくまわなければ、自分を殺す者の共犯者とならなければ、自分自身を裏切る者とならなければ、敵はいったいなにができるというのか(P022)」

ここまでの、ラ・ボエシの言う事を要約すると、

「支配・被支配の関係は、支配者側からの一方的な物ではなく、支配される側が支配されることを望んでいて、支配者に、自分たちを支配する力を進んで与えているからだ」

と言う事になる。

「支配されたがっている」

とでも言い換えようか。

それが、ラ・ボエシの言う「自発的隷従」である。

支配される側からの支配者に対する共犯者的な協力、支配される側からの自分自身を裏切る協力がなければ、支配者は人々を支配できない。

このラ・ボエシの言葉は、日本の社会の状況をそのまま語っているように、私には思える。

ラ・ボエシの「自発的隷従論」は支配、被支配の関係を原理的に解き明かした物だから、支配、被支配の関係が成立している所には全て応用が利く。

「自発的隷従論」の中では、支配者を「一者」としているが、ラ・ボエシが説いているのは支配、被支配の原理であって、支配者が一人であろうと、複数であろうと、御神輿を担ぐ集団であろうと、他の国を支配しようとする一つの国であろうと、「支配する者」と「支配される者」との関係は同じである。そこには、ラ・ボエシの言う「自発的隷従」が常に存在する。

日本の社会はこの「自発的隷従」で埋め尽くされている。

というより、日本の社会は「自発的隷従」で組立てられている。

日本人の殆どはこの「自発的隷従」を他人事と思っているのではないか。

他人事とは飛んでもない。自分のことなのだ。

大半の日本人がもはや自分でそうと気づかぬくらいに「自発的隷従」の鎖につながれているのだ。

読者諸姉諸兄よ、あなた方は、私の言葉に怒りを発するだろうか。

火に油を注ぐつもりはないが、怒りを発するとしたら、それはあなた方に自分自身の真の姿を見つめる勇気がないからだ、と敢えて私は申し上げる。

上に上げた、ラ・ボエシの言葉を、自分の社会的なあり方と引き比べて、読んで頂きたい。

まず日本の社会に独特な「上下関係」について考えてみよう。

大学の運動部・体育会を表わす表現に「4年神様、3年貴族、2年平民、1年奴隷」というものがある。

1年生は、道具の手入れ、部室、合宿所掃除、先輩たちの運動着の洗濯、など上級生・先輩たちの奴隷のように働かされる。

2年生になると、やはり上級生たちに仕えなければならないが、辛い労働は1年生にさせることが出来る。

3年生になると、最早労働はしない。4年生のご機嫌だけ取って、あとは2年生、1年生に威張っていればよい。

4年生になると、1年生は奴隷労働で尽くさせる、2年生は必要なときに適当に使える。3年生は自分たちにへつらい、こびを売るから可愛がってやり、ときに下級生がたるんでいるから締めろと命令して、3年生が2年生、2年生が1年生をしごくのを見て楽しむ。

これは、有名私立大学の体育会に属する学生、体育会のOB何人もから聞いた話だから確かである。

こんな運動部に絶えず新入生が加入する。

彼らは人伝えに、上下関係の厳しさを知っていて、新入りの1年生がどんな目に遭うか知っていて、それでも体育会・運動部に入ってくる。

そして、入部早々新入生歓迎会という乱暴なしごきを受ける。

毎年春になると、上級生に強要されて無茶苦茶な量の酒を飲まされて急性アルコール中毒で死ぬ学生の話が報道される。

そのしごきが厭になって止める学生もいる。

だが、運動部が廃部になることは滅多にない。

入部する新入生が減ったとか、いなくなったとか言う話も滅多に聞かない。

OBや上級生は「我が部、何十年の伝統」などと、自慢する。

この場合の自慢は、自己満足の表明である。

下級生は何故上級生の支配を日常的に受けて我慢しているのか。

そう尋ねると、例えば、野球なら野球をしたいから部に入っている。部を止めたら野球ができなくなる。だから、上級生のしごきも我慢しなければならない、と答えるだろう。

本当だろうか。しごきがなければ、野球部は出来ない物だろうか。

野球の発祥の地アメリカの大学や高校の野球チームで、日本のように上級生の下級生にたいするしごきがあったら、しごいた上級生は直ちにチームから追放されるだろう。

何故、野球をしたいがために殴られたり、無意味どころでは無く、腰に非常に有害ななウサギ跳びなどをされられるのを甘んじて受け入れるのか。

運動部のOBは卒業してからも、現役の学生の選手たちに威張っている。また、そのOBの中でも卒業年次ごとに上下関係がある。

一旦運動部に入ると、死ぬまでその上下関係に縛られる。

彼らは、支配被支配の関係が好きなのだ。支配される事が好きだから、「仕方がない」などと言って、先輩の暴力を耐えるのである。

いつも支配されつづけていると、例えば日本の野球部の新入生は上級生からの暴力が絶えたら、自分でどう動いて良いか分からなくなるのではないか。

何故、運動部・体育会について、長々と書いたかというと、この、運動部・体育会の奇怪で残忍な組織は、日本の社会だから存在する物であり、日本の社会の構造そのものを、そこに作り出していて、日本社会のひな形だと思うからだ。

日本の運動部・体育会は後輩の先輩たちに対する自発的隷従によって成立している。日本の社会がまさにそうである。

日本の会社、官僚の世界も同じである。

日本の会社に一旦入るとその日から先輩社員に従わなければならない。

それが、仕事の上だけでなく、会社の外に出ても同じである。

居酒屋や焼き肉屋で、どこかの会社の集団なのだろう、先輩社員はふんぞり返って、乱暴な口をきき、後輩社員はさながら従者のように先輩社員の顔色をうかがう、などと言う光景は私自身何度も見てきた。

「会社の外に出てまでか」と私はその様な光景を見る度に、食事がまずくなる思いをした。

高級官僚(国家公務員上級試験に合格して官僚になった人間。国家公務員上級試験に合格しないと、官僚の世界では、出世できないことになっている)の世界はまたこれが、奇々怪々で、入庁年次で先輩後輩の関係は死ぬまで続く。

その年次による上下関係を保つ為なのだろう、財務省などでは同期入庁の誰かが、官僚機構の頂上である「次官」に就任すると、同期入庁の者達は一斉に役所を辞めて、関係会社・法人に天下りする。

さらに、恐ろしいことだが、先輩が決めた法律を改正することは、先輩を否定することになるので出来ないという。

なにが正しいかを決めるのは、真実ではなく、先輩後輩の上下関係である。

だから、日本では、どんなに現状に合わないおかしな法律でも改正するのは難しい。

会社員の世界も、官僚の世界も、先輩に隷従しなければ生きて行けない。

自ら会社員、官僚になる道を選んだ人間は自発的に隷従するのである。

日本の選挙は、民主主義的な物ではない。

企業、宗教団体、地方のボス、などが支配している。

例えば、企業によっては、係長や課長位の地位になると、上の方から「党費は会社が持つから自民党に入党してくれ」と言ってくることがある。

日本の会社社会では上司の言う事に叛くのは難しい。

特に、中間管理職程度に上がってしまうと、これから先の出世の事を考えざるを得なくなるから、なおのこと上からの命令に逆らえない。

言われた人間は、自民党に入党して、自分の家族の中で選挙権を持っている人間の名前も届ける。

選挙となると、自民党の候補の名前を知らされる。

自民党候補に家族も一緒に投票しろ、と言うわけである。

投票場では投票の秘密が守られているから、実際に投票する際に自民党以外の候補の名前を書いても良いのだが、日本の会社員にはそれが仲々出来ない。

態度からばれるのではないか、何か仕組みがあって他の候補者に投票したことは必ず掴まれるのではないか、と不安になる。

心配するくらいなら、決められたとおり投票しようと言うことになる。

地方に行くと、各地方ごとにボスがいる。

県会議員、市会議員、町会議員、がそれぞれその上の国会議員の派閥ごとに系列化されている。

中で、町会議員は一番小さな選挙区で活動している。

昔からその地域に住み着き、地域の住民に影響力のある人物である。

言わば、その地域のボス的存在である。

そう言う人は地域住民と日常的に接触し、住民一人一人の樣子も掴んでいる。

狭い生活範囲でお互いに顔見知りで、みんなの意向に反することをするのは良くないことだ。この地域の空気を乱すようなことをできない。みんなの空気に従おうと言う事になるのが、この日本の実情だ。

その空気は首相、大臣、国家議員、県会議員、市会議員、町会議員と順繰りに上から下に降りてきて、地域の住民を包み込む。

国会議員の選挙の場合にも、その町内のボスが自分の派閥の候補者の名前を公言する、あるいは直接、間接的にその候補者に投票するように地域の住民に伝える。

特に、地方の場合、地域のボスの力が強いから、投票場でもボスの目が光っている。投票場は秘密が守られているはずだから、ボスの指定した候補者以外の人間に投票しても良いのだが、地方では確実にそれがばれるという。

民主主義の世界で、国民にとって唯一自分の政治的要求を追求することの出来る選挙権さえ、日本では、地域のボス=権力者=支配者に、与えてしまう。自発的に隷従するのである。

もっとも、選挙に行かない人達も多い。政治に嫌気が差して政治に無関心になるのか(アパシーにおちいる)、投票したい候補者が見つからないこともある。

そして、選挙に行かない人が多いほど、ボスによる選挙支配が上手く行き保守党が勝利することになる。

かつて自民党の党首が、なるべく選挙に来ないでもらいたい、と言った。投票率が低いほど、ボスによる選挙支配が上手く行くのだ。

一体どうしてこう言うことになるのか。

ラ・ボエシは言う。

G「人々はしばしば、欺かれて自由を失うことがある。しかも、他人によりも、自分人にだまされる場合が多いのだ。(P034)」

H「信じられないことに、民衆は、隷従するやいなや、自由を余りにも突然に、あまりにも甚だしく忘却してしまうので、もはや再び目覚めてそれを取り戻すことができなくなってしまう。なにしろ、あたかも自由であるかのように、あまりにも自発的に隷従するので、見たところ彼らは、自由を失ったのではなく、隷従状態を勝ち得たのだ、とさえ言いたくなるほどである。(P034)」

I「確かに、人は先ず最初に、力によって強制されたり、打ち負かされたりして隷従する。だが、後に現れる人々は、悔いもなく隷従するし、先人たちが強制されてなしたことを、進んで行うようになる。そう言うわけで、軛(くびき)のもとに生まれ、隷従状態の元で発育し成長する者達は、もはや前を見ることもなく、生まれたままの状態で満足し、自分が見いだした物以外の善や権利を所有しようなどとは全く考えず、生まれた状態を自分にとって自然な物と考えるのである。(P035)」

J「よって、次のように言おう。人間に於いては、教育と習慣によって身に付くあらゆる事柄が自然と化すのであって、生来のものと言えば、元のままの本性が命じる僅かなことしかないのだ、と。(P043)」

K「したがって、自発的隷従の第一の原因は、習慣である。

だからこそ、どれほど手に負えないじゃじゃ馬も。始めは轡(くつわ)を噛んでいても、そのうちその轡を楽しむようになる。少し前までは鞍を乗せられたら暴れていたのに、今や馬具で身をかざり、鎧をかぶって大層得意げで、偉そうにしているのだ。(雁屋註:西洋の騎士が乗る馬の姿のことであろう)(044)」

L「先の人々(生まれながらにして首に軛を付けられている人々)は、自分たちはずっと隷従してきたし、父祖たちもまたその様に生きて来たという。彼らは、自分たちが悪を辛抱するように定められていると考えており、これまでの例によってその様に信じ込まされている。こうして彼らは、自らの手で、長い時間をかけて、自分たちに暴虐を働く者の支配を基礎づけているのである。(P044)

これを読んで、思うことは、1945年の敗戦まで、日本人を支配していた天皇制である。

明治維新の頃の日本人は、福沢諭吉の言葉を借りると、

「我が国の人民は数百年の間、天子があるのを知らず、ただこれを口伝えで知っていただけである。維新の一挙で政治の体裁は数百年前の昔に復したといっても、皇室と人民の間に深い交情(相手に対する親しみの情)がある訳ではない。その天皇と人民の関係は政治上のものだけであり、(中略)新たに皇室を慕う至情をつくり、人民を真の赤子(せきし)のようにしようとしても、今の世の人心と文明が進んだ有り様では非常に難しいことで、殆ど不可能である。(『文明論の概略 第十章』福沢諭吉全集第四巻 一八八頁)」

実際に明治政府は、各県に「人民告諭」を出して、日本には天皇がいると言うことを、人々に教えなければならなかった。

例えば、奥羽人民告諭には

「天子様は、天照皇大神宮様の御子孫様にて、此世の始より日本の主にましまして・・・・・」

などと言っている。

この人民告諭は、天皇のことを一番知っているはずのお膝元の京都でも出された。

今の私達に比べて、当時の日本人は天皇に対する知識がゼロだったのである。

当然天皇を崇拝し、従うなどと言う意識は全くなかった。

象徴天皇制の現在でも、多くの人が天皇を崇拝しているが、明治の始めに、一般民衆が天皇を崇拝するなど、考えられなかった。

一体どうしてこんな違いが生まれたか。

1889年に明治政府が、「大日本帝国憲法」を決めて

「第1条大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

第3条天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」

と天皇を絶対権力者とし、

1890年に教育勅語によって、

「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ

我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス(中略)

一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」

と命令されると、明治維新前に生まれ育ち、徳川幕府の権力の下に生きていた人達もラ・ボエシの言葉「G」、「H」の言う通りに、天皇の権力の支配を喜んで受け、その子供たち、孫たち、1945年の敗戦以前に生まれた人間は、ラ・ボエシの言葉、「I」、「J」、「K」の言うとおり、習慣として天皇制の軛につながれていたのである。

軍国時代になると、人々は天皇(と天皇を担ぐ政府)に自発的隷従をして、抵抗もせず勇んで兵士となり、死んで行ったのだ。

当時の新聞や雑誌、出版物を読むと寒々として、しまいに恐ろしくなる。

天皇に忠誠を誓う奴隷、自発的隷従者の言葉で満ちあふれているからである。

昭和天皇は敗戦後、戦犯として訴追されることを免れた。天皇服を着て白馬に乗って軍隊を閲兵した大元帥で、日本全軍を率いて敗戦前は具体的に戦争の指示まで出していたのに、突然白衣を着て顕微鏡をのぞく実直な科学者に変身し、実は平和を愛する人間だったいうあっけにとられるようなジョークがまかり通り、人間天皇、象徴天皇として、存在し続けたために、人々が天皇に自発的隷従をする習慣は簡単に消え去らなかった。

自民党の国会議員が「教育勅語を学校で教えるべきだ」などと言ったり、山本太郎議員が、園遊会で天皇に手紙を渡したことを、不敬だなどと騒ぐのも、その習慣がいまだに伝わっているからだろう。

日本の天皇制は、自発的隷従の典型である。

そして、天皇に自発的に隷従する習慣は、いまだに日本人の心理の底流に流れていて、その隷従の習慣を誇りに思う人が少なくないのである。

昭和天皇が亡くなったときの騒ぎは忘れられない。

繁華街の火は消え、祝い事はとりやめ、何事も「自粛、自粛」の言葉に押え付けられた。

テレビのバラエティー番組に、有名なテレビタレントが、なにを勘違いしたのか喪服を着て現れたのを見て私は心底驚いた。

あの時の日本社会を表現するなら、日本人の心理に植え付けられていたがとっくに黄泉の世界に送り込まれていたはずの「自発的隷従」の「習慣」が昭和天皇の死をきっかけに一気に黄泉の世界からこの地上に湧き出した、と言う事になるだろう。

私は天皇制から自由にならない限り、日本は、韓国、中国、台湾を始め、マレーシア、シンガポール、香港、などの東南アジアの国々と真の友好を結ぶことができないとおもう。

戦争責任の話になると、誰が命令したのかというと軍の責任になり、では軍の最高責任者は誰かというと天皇になる。

日本人は、天皇の責任を問うことは出来ない、と言うから、けっきょく末端の戦争責任も問えないことになる。

謝罪するとなると、天皇にまでその謝罪行為が及ぶ。だから、それがいやさに日本は、韓国や中国に謝罪できず、強弁してますます韓国や中国との関係を悪くする一方である。

もっとも現行憲法下天皇に政治的行為は出来ないから、日本の政治の最高責任者である総理大臣が、昭和天皇の分もきちんと謝罪をするべきである。

きちんとした謝罪をしない限り、韓国、中国との、全く不毛な争いはやまないだろう。責任は、百パーセント、日本にある。

日本の権力者たちは誰なのかはっきりしない。

アメリカなら、軍産複合体の指導者達、金融界の大物たち、宗教界の大物たちで有るとはっきり分かるが、日本の場合、我々一般の人間にははっきりしないから困る。

安倍首相は、その権力者たちの意に従って動いているだけだろう。

日本の、自発的隷従は根が深いのである。

では、この自発的隷従から自由になるためにはどうすれば良いか。

ラ・ボエシは書いている。

M「圧制者には、立ち向かう必要なく、打ち負かす必要もない。国民が隷従に合意しない限り、その者は自ら破滅するのだ。何かを奪う必要など無い。ただ何も与えなければよい。国民が自分たちのために何かをなすという手間も不要だ。ただ、自分のためにならないことをしないだけでよいのである。民衆自身が、抑圧されるがままになっているどころか、敢えて自らを抑圧させているのである。彼らは隷従を止めるだけで解放されるはずだ。(P018)」

N「それにしても、なんと言うことか、自由を得るためにはただそれを欲しさえすればよいのに、その意志があるだけでよいのに、世の中には、それでもなお高くつきすぎると考える国民が存在するとは。(P019)」

そうなのだ。

問題は次の二つだ。

「自分たちが隷従していることをしっかり自覚するか」

「自覚したとして、隷従を拒否する勇気を持てるか」

この二つにきちんと対処しなければ、日本はますます「自発的隷従」がはびこる、生き辛い国になるだろう。

ただ、ラ・ボエシの次の言葉は厳しい。

O「人間が自発的に隷従する理由の第一は、生まれつき隷従していて、しかも隷従するようにしつけられているからと言うことである。そして、この事からまた別の理由が導き出される。それは、圧制者の元で人々は臆病になりやすく、女々しくなりやすいと言うことだ(雁屋註:「臆病であることを女々しいと言うのは女性蔑視に繋がるが、ラ・ボエシの生きていた17世紀初頭という時代の制約を理解いただきたい」(P048))

P「自由が失われると、勇猛さも同時に失われるのはたしかなことだ。彼らは、まるで鎖につながれたように、全く無気力に、いやいや危険に向かうだけで、胸の内に自由への熱意が燃えたぎるのを感じることなど絶えてない。(P049)」

Q「そしてこの自由への熱意こそが、危険などものともせずに、仲間に看取られて立派に死ぬことで、名誉と栄光とを購い(あがない)たいとの願いを生じさせるのである。自由な者達は、誰もがみなに共通の善のために、そしてまた自分のために、互いに切磋琢磨し、しのぎを削る。そうして、みなで敗北の不幸や勝利の幸福を分かち持とうと願うのだ。ところが、隷従する者達は、戦う勇気のみならず、他のあらゆる事柄においても活力を喪失し、心は卑屈で無気力になってしまっているので、偉業を成し遂げることなどさらさら出来ない。圧制者共は事のことをよく知っており、自分のしもべたちがこのような習性を身につけているのを目にするや、彼らをますます惰弱にするための助力を惜しまないのである。(P49)」

確かに、隷従を拒否することは勇気がいる。

その日、その日の細かいこと一々について隷従がついて回るのが日本の社会だから、それを一々拒否するのは、辛い。時に面倒くさくなる。

だが、本気で隷従を拒否したいのなら、日常の細かい何気ないところに潜んでいる隷従をえぐり出さなければ駄目なのだ。

だが、そうするとどうなるか。

周りの隷従している人達に、まず攻撃されるのだ。

偏屈だと言われる、へそ曲がりだと言われる、自分勝手だと言われる、他の人が我慢しているのにどうしてあなただけ我慢できないのと言われる、変わり者だと言われる、ひねくれていると言われる、政治的に偏向していると言われる、あなたには出来るかも知れないが他の人は出来ないんだよ、自分だけがいい気になるな。

隷従を拒否しようとすると、まず隷従している人間から攻撃を受けるのだ。

(上に上げた言葉は、私が実際に色々な機会に言われた言葉である)

他方、隷従を要求している側から見れば、排除するか、痛めつけるか、どちらかを選択するだろう。

隷従を続けて生きて行くか、自由を求めるか、それは個人の意志の問題だ。

自由への熱意を失ってしまった人間にとっては、隷従が安楽なのだろうことは、今の日本の社会を見れば良く分かる。

最後に、ラ・ボエシの書いた美しい文章を、引き写す。じっくりと読んで頂きたい。

R「この自然という良母は、我々みなに地上を住みかとして与え、言わば同じ家に住まわせたのだし、みなの姿を同じ形に基づいて作ることで、いわば、一人一人が互いの姿を映し出し、相手の中に自分を認めることが出来るようにしてくれた。みなに声と言葉という大きな贈り物を授けることで、互いにもっとふれあい、兄弟のように親しみ合う様にし、自分の考えを互いに言明し合うことを通じて、意志が通い合うようにしてくれた。どうにかして、我々の協力と交流の結び目を強く締め付けようとしてくれた。我々が個々別々の存在であるよりも、みなで一つの存在であって欲しいという希望を、何かにつけて示してくれた、これらのことから、我々が自然の状態に於いて自由であることは疑えない。我々はみな仲間なのだから。そしてまた、みなを仲間とした自然が、誰かを隷従の地位に定めたなどと言う考えが、誰の頭の中にも生じてはならないのである(P027)」

最後に、この素晴らしい本を翻訳して下さった、山上浩嗣さんに心からお礼申し上げます。

16世紀初めのフランス語は大変に難しいようで、 それを苦労して翻訳して下さったご努力に敬意を表します。この本は、今の日本人に絶対必要な物だと思います。

人たらしの極意を教えよう

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/737.html

ポセイドン仮面祭り

http://web.archive.org/web/20070831062337/http://angel.
ap.teacup.com/gamenotatsujin/668.html


日本という特異な国で成功するには...........

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/341

善悪ではない。日本とはそうした国だ。(田中角栄政策秘書だった故早坂茂三氏)

管理人注:日本だけではなく海外でもそうだ。ロスチャイルド家創業者アンセルム・ロスチャイルドは12歳で父を失い13歳でオッペンハイム銀行で職を得たが「卑屈なほど下手に出る」意味を学んだ。そうしないで成功する人は皆無であろう。

http://web.archive.org/web/20070831062337/http://angel.ap.
teacup.com/gamenotatsujin/668.html


以下は<宰相の器>からの要約。あるとき,新潟の山奥から信玄袋をぶらさげてきた婆さんの手を引いて,角栄が玄関まで手を引いて送り,下駄をはかせた。早坂は尋ねた。「そこまでする必要があるんですかね」。角栄いわく,「オレに送られて怒る人はいないんだ。あの婆さん田舎に帰って角はええ。手を引いて下駄まで履かせてくれた,それを隣近所に喋るんだ。そして,婆ちゃん良かったね,とこうなるんだ。それにカネが一銭もかからない」と。

ロッキード事件の台風が吹いた時,親方の周りに越後の女たちが人垣を作って守ってくれた。大衆は自分と同じ高さの目線の人が好きだ。大衆が嫌いなのは,自分よりも目線が高く,目の玉の奥が冷凍庫のように冷たく鼻持もちならない奴だ。東大出の孤独な秀才が天を仰いで嘆いた。<バカたちは,どうして私の前に集まらないのか。私には分からない>その時,カラスが飛んできて,開けた口に糞をたれ,「あほう,あほう」と鳴いて飛び去るだけである。

しかし角栄は致命的な組閣ミスをおかした。敵陣営(三木派)の稲葉修を法務大臣にした。味方陣営なら「指揮権発動」も可能であったろうに。

 インテリには社会正義を叫ぶ応援団が多い。しかし,インテリは口先でいっぱしの能書きを垂れるが,風向きが変わってまずいとなれば、すぐ逃げ出す特性をもっている。ドロをかぶらない。インテリに対し,風雪の歳月を共に戦い抜くよう求めるのは危険だ。毛沢東はインテリを信用しなかった。寸土を持たない八路軍の農民兵士は救世主の毛沢東,中国共産党を裏切らなかった。橋本竜太郎に関してはBBSに書いたが,確かに<刀を鞘に納めなければ人は寄ってこない>のは的を得た表現である。

 竹下いわく,<一郎(小沢一郎)は押してよし,引いてよし,足払いも,肩すかしもできる。だけど,人見知りをする。人の好き嫌いが激しい。これでは駄目だ。利口も馬鹿も全部,抱え込まなくては頭領になれない。これを一郎がやれるか,どうか><龍太郎(橋本龍太郎)は呑み込みの早さ,切味の鋭さ,ともに抜群だ。東大出の役人もタジタジになる。欠点は切れすぎることだ。刀は鞘に納めなくてはなあ。そうしないと,人がなかなか寄ってきにくいんだよ>

 官庁には万年係長,万年課長補佐と陰口されるノンキャリア組がいる。国家公務員上級試験を突破しなかったので課長になれない。しかし実務をこなしている要(かなめ)は彼らだ。エリート官僚の課長は同じポストに長くても二年しかいない。どんどん出世階段を昇っていく。審議官,局長,次官になる。途中で間引きされる奴は,割りのいい仕事に天下っていく。となれば,秀才課長は”お客さん”であり,課の実権は課長補佐,万年係長が握る。これを”窓口天皇”という。

 国策,役所で物事を決めるのは大臣ではない。下から上がってくる書類に次官,官房長の言うとおり最終決裁の判をおすのが,普通の大臣,パワーレスな大臣閣下の日常業務だ。官僚から見れば一年こっきりの”お客様”である。おだてて,ご機嫌をとり,大過なく,役所からお引取りいただきたい。こうした大臣に「あれをしてくれ」と陳情,頼みごとをしても無駄なことである。....最終処理はすべて”窓口天皇”がやるからである。ではどうしたらいいのか。自分が関係する”窓口天皇”の課に,尻尾までアンコが入った焼きたての鯛焼き20個も袋に入れて,毎週一回、何の目的もなしに出かける。お茶汲みのお嬢さんに「これ,皆さんで...」と渡す。三時のお茶の時間に皆が喜んでたべる。

 それを続けていくうちに,「鯛焼きのおじさん,まだ,来ないわねえ」。万年係長も「そうだなあ」という具合になる。その頃合を見て,”窓口天皇”を,例えば東京・神田のJRガード下のオデン屋に誘い,一緒にオダを上げることだ。銀座の高級クラブ,赤坂の料亭だと居心地もよくないが,ここだとミスター補佐は,ひっくり返るほど気楽に飲める。打ち上げは小便の匂いが鼻をつく安キャバレーだ。丈夫そうなおねえちゃん,オバさんのペラペラのスカートを捲くり上げ,自分から頭を突っ込んで,わいわい騒げば,窓口天皇も目の色を変えて一緒にやる。

 こうして仲良くなって,「悪いけど課長,もしオレの会社の書類が回ってきて,迷惑がかからないようなら,ひとつ,面倒を見てくれないか,課長!」補佐の二文字は口の中で止めて,課長を連発することだ。これを続けていくと,上から流れてきた赤い水は,万年係長の手元でも赤い水であり続ける。この一点を間違えると,陳情の書類は未決の箱の一番下に入れられたままだ。既決の箱に入れてもらうには,上にゴマをするだけでなく,下にも目配りをすることである。永遠に陽の当たることがなく,自分の甥(おい)みたいな課長に”OO君”と呼ばれる窓口天皇のプライドをくすぐり,手が後ろに回らない程度の実益を与え,退官の時は自分の会社へ引き取る。それができれば思いがかなえられる。善悪ではない。日本とはそうした国だ。

管理人注:どこの会社でもソリの合わない人たちがいるものです。それが上司ならなおさらのこと。そういうヒントです。

 黒澤明監督の「椿三十郎」とこの「宰相の器」はアジアで雇われマダム(社長)をしていた時に役に立った。サラリーマンの方もこのブログを読んでおられると思いますが,どうしてもそりの会わない課長や部長を味方につける場合の魔球をお教えしましょう。その課長,部長と一杯やる必要はない。彼らと親しくしている課長補佐クラスを上の窓口天皇よろしく,課長,課長と連発し,そのそりの合わない課長,部長を徹底的に褒め上げることだ。これは内緒にしていてほしいと言っても,必ず相手に漏れる。そうして後日,A君,どうだ,今夜あたり一杯!と,そりのあわなかった人から返ってくるのである。褒められて怒る人はいない。これが生きていく上での知恵でもある。

最後に~鈍牛にも角がある

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/820.html

早坂茂三の言葉

http://sanmarie.me/shigezo_hayasakaさんより

『若い者はしくじる。右も左も分からないのだから、失敗は当たり前だ。
老人の跋扈は国を滅ぼす。しかし、青年の失敗は国を滅ぼさない。
私はそう思う。
だから、若い者はやりたいことをやったらいい。
ウジウジして、周りに気兼ねする必要はない。
そして、どつかれ、こづかれ、けつまずき、ひっくり返り、糞小便を浴び、人に裏切られ、だまされ、カスをつかみ、「われ誤れり」と歯ぎしりをする。
それを繰り返しやって、たくましい、しなやかな知恵を身に付けることができる。この修羅の巷で生きていけるようになる。
出来上がりのワンセット、ワンパッケージの知恵など、この世には存在しない』

田中角栄師匠が、私に言ったことがある。

「商売も政治も結局、同じことだ。大勢の人に集まってもらわなければ、話にならない。大勢の人の気持ち、お心を頂戴できなければ、吾が思いを遂げることはできない。自分だけがオレは東京帝国大学出身だ、東大だ、オレは一番賢いんだ、ほかのやつはバカだ、オレのところに寄ってこないのは、そいつらがバカだからだ。これを銀座4丁目で空に向かって叫んだところで、どうなるか。カラスが飛んできて、その開けた口の中に糞をたれて、アホウ、アホウと言って飛んでいくだけのことだ」

時々読まれている記事~マー君のウンコ

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPGZW3RM5YAjUA9CiJBtF7?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F61.html&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F61.html&at=&aa=&ai=pYKuPTx7S2GfNPsRZ6B0RA&ts=9057

ベツレヘムの星

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/251.html
 

日本会議は日本をどうしたいのか

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月19日(日)00時50分58秒
返信・引用 編集済
  植民地主義とは...........

https://youtu.be/CSiVlM4cXXI?t=313

HYKSOSの帝王学

https://youtu.be/CSiVlM4cXXI?t=1712

HYKSOSは支配する民を管理するために神や同じようなリーダーをでっち上げ,それを裏から管理するという帝王学である。表舞台に立つのは常に傀儡であり,頭のすげ替えをひんぱんに繰り返すことになる。この帝王学にはなりすまし(背乗り)も枝に入る。少数派で組織に潜んで組織全体を支配する。

動乱で検索すると

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%93%AE%97%90&inside=1&x=0&y=0

その傀儡たちはイルミナティのステージショーを演じるのです

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/30.html

HYKSOS=NAZIS(国際シオニスト同盟)

http://blog.goo.ne.jp/j4goocast/e/44dd86343077e9da14b9ec35c9011eaa

http://www.videonews.com/marugeki-talk/794/



日本会議は日本をどうしたいのか

鈴木邦男氏(一水会元会長・作家).マル激トーク・オン・ディマンド 第794回(2016年6月25日).

 来たる参院選の争点は本当にアベノミクスだけでいいのか。

 安倍首相は過去の選挙と同様に、この選挙をアベノミクス選挙と位置づけ、しきりとその継続を訴えているが、その一方で、依然として憲法改正に対する強い意欲を表明することも忘れていない。憲法改正は党の選挙公約にこそ入っていないが、首相自身が一連の党首討論会などで、「自民党は立党以来、憲法改正を掲げている。そう考えている人が集まっているのが自民党だから、(改正を目指すのは)当たり前だ」と、実際、憲法改正が安倍政権の究極の目標であることを明かしている。

 1955年に自由党と旧民主党が合併して成立した自民党が、旧民主党が掲げる自主憲法の制定を党是に頂いていることは事実だ。しかし、少なくともここまで明確に憲法改正を政治目標として掲げて政権を維持できた政権は、安倍政権以前には存在しなかった。

 実際、各紙の世論調査によると、6月22日に公示された参議院選挙で、与党自民党・公明党を中心とする改憲勢力が、憲法改正に必要な参院の3分の2を押さえる勢いだという。第二次安倍政権が成立して3年。アベノミクスに目を奪われている間に、日本では右派の長年の野望だった憲法改正が、いよいよ手の届くところまで来ていると言っていいだろう。

 これは憲法改正に限ったことではないが、安倍政権発足以来、自民党の右傾化が顕著になっている。特に第二次安倍政権は選挙のたびに有権者にアベノミクスの是非を問いながら、選挙に勝利すると、秘密保護法、安保法など、歴代の政権が実現できなかった重大な法案を相次いで成立させている。ちなみに道徳教育を義務付け、愛国精神を重んじることを謳った教育基本法の改正も、第一次安倍政権の下で実現したものだった。

 そうした安倍政権の右傾化路線の背後に、日本会議というロビー団体の影響力が働いていることが、次第に明らかになってきている。現に、第三次安倍改造内閣19人の閣僚のうち、日本会議国会議員懇談会のメンバーが12人いたことは既に知られている。もちろん安倍首相もそのメンバーだ。また、日本会議と関係の深い神道政治連盟国会議員懇談会にいたっては、馳浩文科相と島尻安伊子沖縄北方担当相、公明党の石井啓一国交相を除く17人がメンバーとも報じられている。

 日本会議は、その前身の日本を守る国民会議と日本を守る会が統合して、1997年に設立された、いわゆる草の根保守の運動団体だ。関係する組織には神社本庁や明治神宮、靖国神社といった宗教関係の団体が多く、宗教右派に位置付けられる存在だが、関係団体の動員力や資金力をてこに、長年にわたって政治への働きかけを行ってきている。宗教団体を中心に保守勢力を束ねているが、その中核を担う事務総局は、かつて宗教法人生長の家で政治活動に関わっていたメンバーが取り仕切っているとされる。

 では、日本会議は日本をどうしたいのか。彼らの目的は、皇室中心の日本、新憲法制定、そして伝統的家族観の実現や国防の充実、誤った歴史観の修正など、いずれも保守的であり復古主義的なものが多い。

 そして、その性格は近年の自民党の右傾化路線とほぼ丸々重なっている。特に今回の参院選では、憲法改正を実現する1000万人ネットワークなる運動を展開していて、神社本庁などの組織力と動員力を背景に、ここまで改憲に賛同する署名を700万以上も集めたなどとも報じられるなど、ここに来て日本会議の国政への影響力が、顕著に目立つようになってきている。

 政治団体一水会の元顧問で、かつて生長の家で現在の日本会議のメンバーらと活動を共にした経験を持つゲストの鈴木邦男氏は、日本会議の中心メンバーには有能な人物が多く、過去の経験から大衆運動のノウハウを心得ていると指摘する。それが日本会議の勢力の拡大につながっていると鈴木氏は言う。

 しかし、日本会議の主張は歴史修正主義的な色彩が強く、近代民主主義の理念や前提と矛盾するものも多い。選択的夫婦別姓には強く反対し、国家や天皇を中心とする国体のためには個人の自由や権利を制限することも厭わない。その内容の過激さ故に、現在の日本会議の中心メンバーの多くが所属していた生長の家でさえ、「彼らを説得できなかった責任を感じる」との声明を出し、彼らの国政への影響力が大きくなることに懸念を表明しているほどだ。

 日本会議とは何者なのか。そこまで国政に影響力を持つようになった日本会議は、一体日本をどうしたいのか。安倍政権の下で着々と進む右傾化の背後にある日本会議という団体の実態と、彼らがそれだけ影響力を持つに至った歴史的な経緯や背景などを、日本会議の内情や日本の宗教右派の歴史に詳しい鈴木邦男氏と、日本会議を取材してきたジャーナリストの青木理、社会学者の宮台真司が議論した。

鈴木邦男すずき くにお

一水会元会長・作家

1943年福島県生まれ。67年早稲田大学政治経済学部卒業。70年早稲田大学大学院政治学専攻修士課程中退。同年産経新聞社入社。73年同社を退社後、一水会を創設し会長に就任。99年顧問。2015年顧問を退任。著書に『〈愛国心〉に気をつけろ!』、『新右翼 最終章 民族派の歴史と現在』など。

おおまにさんのところで日本会議と統一協会のソースが分かる記事が紹介されていたので元記事を....

正確には元記事の元記事~http://poligion.wpblog.jp/archives/1944

おおまにさんありがとうございます

日本会議と統一協会はずぶずぶ その1

http://blog.goo.ne.jp/oribeizum/e/1826c0d1597f57ae8d6d3c680457695a

日本会議と統一協会はずぶずぶ その2

http://blog.goo.ne.jp/oribeizum/e/e41ff76a7eb0634ec851c1de13809446

拙稿『日本会議の実態』だけでは不十分ですので上記記事と併せてお読みください

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1191.html

関連記事:支配層と血縁

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1203.html

上の記事で小野寺直著「もうひとりの天皇」の書評の中でこういうのがある

『日本では元首として国を代表する地位にある者は「国体」と呼ばれた。国体とは権威であり、それは「三種の神器」を有する一人の皇統である。これに対して、政治を行う体制は「政体」であり、現在の皇室がこれに当たる。近代国家としての日本国の不幸の原因―それはすべて、国体と政体を正しく判別せず、偽りをもって政体を国体のごとくなしたことによる』

明治維新以来日本は結社の支配下にあり今でもあり続けている。明治天皇がすり替えられたのは間違いのない事実である。将来政治家になる若者たちはその辺の闇に包まれた歴史を解明しなければならない。原爆の地上起爆の件は今や2CHにまで拡散している。皇室廃止は急務である。日本100年の計で考えなければならない。

日本人であることの不快感

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1163.html

自発的隷従論

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1070.html



今の皇居はパレロワイヤル同様の千代田城~千代田城はかつて「千代田遊郭」と呼ばれていたらしい

https://cse.google.co.jp/cse?cx=018248536928281187046:w2iqrbr8zey&sa=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&ie=UTF-8&q=%E5%8D%83%E4%BB%A3%E7%94%B0%E5%9F%8E#gsc.tab=0&gsc.q=%E5%8D%83%E4%BB%A3%E7%94%B0%E5%9F%8E&gsc.page=1

京都御所清涼殿について~「箕作阮甫(みつくり げんぽ)の成果」

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1206.html

京都清涼殿には一角獣と獅子の組み合わせがある~ヨシュアのシンボルとユダのシンボル,

スメラミコトとサマリアの陛下

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/807.html

天皇家とエフライム族

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1041.html

天皇家とエフライム族~補足

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/262.html

天皇と記紀神話

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/115.html#readmore

おまけ~エフライムで検索すると53件ヒットします(随分あるなあ~)

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83G%83t%83%89%83C%83%80&inside=1&x=0&y=0

天皇家と失われた10支族

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/919.html

『「見よ、わたしはエフライムの手にあるヨセフと、その友であるイスラエルの部族の木を取り、これをユダの木に合わせて、一つの木となす。これらはわたしの手で一つとなる。」エゼキエル書37章19節

失われた十氏族とユダをまた一つに戻すと予言している。現在「イスラエル共和国」を名乗っているのは、南ユダ王国のユダたち。失われた氏族の帰還を願って、失われた氏族=イスラエルを名乗るエフライムは、10支族族の一つであるヨセフの子でマナセと兄弟である

エズラ第四書』第13章.....「彼らは異教徒の群れから離れ、人類がいまだかって住んだことのない土地へ行き、自国では守ることの出来なかった規則をせめて守るようにとの計画を、お互いに持ち合って、さらに遠い国へ進んだ」....日本が、人類の住んだことが無い土地ではないだろうが、オリエントや欧州から見れば、それに近い感覚の島だろう』

ヒムヤル王国からエルサレムまで

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/932.html



 

韓国式お辞儀と日本のお辞儀

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月16日(木)23時24分37秒
返信・引用 編集済
  http://blog.goo.ne.jp/s6990714726/e/e917d8bde90dedf8098859bf3b14ccc8

お辞儀の仕方~ビデオ

http://blog.goo.ne.jp/chaos1024/e/536bb91d977cbbd812cc4056ee184d39

戸籍を持たない国民

http://blog.goo.ne.jp/s6990714726/e/ab2e8d949846a1145a8b578ed60c1328

転載しようとすると........

B204: このURLは投稿できません。
詳しくは上記エラーメッセージと投稿できなかった「記事本文(URL含)」をあわせてサポートセンターにお問い合わせください。

サンカについて

http://blog.goo.ne.jp/s6990714726/e/d48db101323804dbdb2b8c0d71049486

これも内容を転載しようとすると~つまりサンカが禁止ワード?

B204: このURLは投稿できません。
詳しくは上記エラーメッセージと投稿できなかった「記事本文(URL含)」をあわせてサポートセンターにお問い合わせください。

サンカを考える

http://www.kumanolife.com/History/kenshi1.html

サンカとぺクチョン

http://www.kumanolife.com/History/kenshi1.html#Anchorpekuchon

よく読まれている記事

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RiyrflpcpYoU8AgmqJBtF7?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F297.html&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F297.html&at=&aa=&ai=HOlEMtCHT5uDvRgB9a86TA&ts=10009

日本人の敵は日本人

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPgot2rstYjU8Ay02JBtF7?p=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%95%B5%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E6%95%B5%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA&at=&aa=&ai=plZuVme0SqSVYneut6HxxA&ts=15069

上にある「サンカとゴシェン その1」に出てくる神の山......実は大きな間違いがあります

それは

隠された神の山

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/935.html



演説の文字おこし~外務省

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html

インド国会における安倍総理大臣演説

「二つの海の交わり」
Confluence of the Two Seas

平成19年8月22日
(英文はこちら)
(ヒンディー語版はこちら(PDF)PDF)

モハンマド・ハミド・アンサリ上院議長、
マンモハン・シン首相、
ソームナート・チャタジー下院議長、
インド国民を代表する議員の皆様と閣僚、大使、並びにご列席の皆様、

 初めに私は、いまこの瞬間にも自然の大いなる猛威によって犠牲となり、苦しみに耐えておられる方々、ビハール州を中心とする豪雨によって多大の被害を受けたインドの皆様に、心からなるお見舞いを申し上げたいと思います。

 さて、本日私は、世界最大の民主主義国において、国権の最高機関で演説する栄誉に浴しました。これから私は、アジアを代表するもう一つの民主主義国の国民を代表し、日本とインドの未来について思うところを述べたいと思っています。

 The different streams, having their sources in different places, all mingle their water in the sea.

 インドが生んだ偉大な宗教指導者、スワーミー・ヴィヴェーカーナンダ(Swami Vivekananda)の言葉をもって、本日のスピーチを始めることができますのは、私にとってこのうえない喜びであります。

 皆様、私たちは今、歴史的、地理的に、どんな場所に立っているでしょうか。この問いに答えを与えるため、私は1655年、ムガルの王子ダーラー・シコー(Dara Shikoh)が著した書物の題名を借りてみたいと思います。

 すなわちそれは、「二つの海の交わり」(Confluence of the Two Seas)が生まれつつある時と、ところにほかなりません。

 太平洋とインド洋は、今や自由の海、繁栄の海として、一つのダイナミックな結合をもたらしています。従来の地理的境界を突き破る「拡大アジア」が、明瞭な形を現しつつあります。これを広々と開き、どこまでも透明な海として豊かに育てていく力と、そして責任が、私たち両国にはあるのです。

 私は、このことをインド10億の人々に直接伝えようとしてまいりました。だからこそ私はいま、ここ「セントラル・ホール」に立っています。インド国民が選んだ代議員の皆様に、お話ししようとしているのです。

* *

 日本とインドの間には、過去に幾度か、お互いを引き合った時期がありました。

 ヴィヴェーカーナンダは、岡倉天心なる人物――この人は近代日本の先覚にして、一種のルネサンス人です――が、知己を結んだ人でありました。岡倉は彼に導かれ、その忠実な弟子で有名な女性社会改革家、シスター・ニヴェーディター(Sister Nivedita)とも親交を持ったことが知られています。

 明日私は、朝の便でコルカタへ向かいます。ラダビノード・パール(Radhabinod Pal)判事のご子息に、お目にかかることとなるでしょう。極東国際軍事裁判で気高い勇気を示されたパール判事は、たくさんの日本人から今も変わらぬ尊敬を集めているのです。

 ベンガル地方から現れ、日本と関わりを結んだ人々は、コルカタの空港が誇らしくも戴く名前の持ち主にせよ、ややさかのぼって、永遠の詩人、ラビンドラナート・タゴールにしろ、日本の同時代人と、いずれも魂の深部における交流を持っていました。まったく、近代において日本とインドの知的指導層が結んだ交わりの深さ、豊かさは、我々現代人の想像を超えるものがあります。

 にもかかわらず、私はある確信を持って申し上げるのですが、いまインドと日本の間に起きつつある変化とは、真に前例を見ないものです。第一に、日本における今日のインド熱、インドにおける例えば日本語学習意欲の高まりが示しているように、それは一部特定層をはるかに超えた国民同士、大衆相互のものです。

 背後にはもちろん、両国経済が関係を深めていくことへの大きな期待があります。その何より雄弁な証拠は、今回の私の訪問に、日本経団連会長の御手洗富士夫さん始め、200人ちかい経営者が一緒に来てくれていることです。

 第二に、大衆レベルでインドに関心を向けつつある日本人の意識は、いま拡大アジアの現実に追いつこうとしています。利害と価値観を共にする相手として、誰に対しても透明で開かれた、自由と繁栄の海を共に豊かにしていく仲間として、日本はインドを「発見」(The Discovery of India)し直しました。

 インドでは、日本に対して同じような認識の変化が起きているでしょうか。万一まだだとしても、今日、この瞬間をもって、それは生じたと、そう申し上げてもよろしいでしょうか?

* *

 ここで私は、インドが世界に及ぼした、また及ぼし得る貢献について、私見を述べてみたいと思います。当の皆様に対して言うべき事柄ではないかもしれません。しかし、すぐ後の話に関連してまいります。

 インドが世界史に及ぼすことのできる貢献とはまず、その寛容の精神を用いることではないでしょうか。いま一度、1893年シカゴでヴィヴェーカーナンダが述べた意味深い言葉から、結びの部分を引くのをお許しください。彼はこう言っています。

 "Help and not Fight", "Assimilation and not Destruction", "Harmony and Peace and not Dissension."

 今日の文脈に置き換えてみて、寛容を説いたこれらの言葉は全く古びていないどころか、むしろ一層切実な響きを帯びていることに気づきます。

 アショカ王の治世からマハトマ・ガンディーの不服従運動に至るまで、日本人はインドの精神史に、寛容の心が脈々と流れているのを知っています。

 私はインドの人々に対し、寛容の精神こそが今世紀の主導理念となるよう、日本人は共に働く準備があることを強く申し上げたいと思います。

 私が思うインドの貢献とは第二に、この国において現在進行中の壮大な挑戦そのものであります。

 あらゆる統計の示唆するところ、2050年に、インドは世界一の人口を抱える国となるはずです。また国連の予測によれば、2030年までの時期に区切っても、インドでは地方から大小都市へ、2億7000万人にものぼる人口が新たに流れ込みます。

 インドの挑戦とは、今日に至る貧困との闘いと、人口動態の変化に象徴的な社会問題の克服とを、あくまで民主主義において成し遂げようとしている、それも、高度経済成長と二つながら達成しようとしているという、まさしくそのことであろうと考えるのです。

 一国の舵取りを担う立場にある者として、私は皆様の企図の遠大さと、随伴するであろう困難の大きさとに、言葉を失う思いです。世界は皆様の挑戦を、瞳を凝らして見つめています。私もまた、と申し添えさせていただきます。

* *

 皆様、日本はこのほど貴国と「戦略的グローバル・パートナーシップ」を結び、関係を太く、強くしていくことで意思を一つにいたしました。貴国に対してどんな認識と期待を持ってそのような判断に至ったのか、私はいま私見を申し述べましたが、一端をご理解いただけたことと思います。

 このパートナーシップは、自由と民主主義、基本的人権の尊重といった基本的価値と、戦略的利益とを共有する結合です。

 日本外交は今、ユーラシア大陸の外延に沿って「自由と繁栄の弧」と呼べる一円ができるよう、随所でいろいろな構想を進めています。日本とインドの戦略的グローバル・パートナーシップとは、まさしくそのような営みにおいて、要(かなめ)をなすものです。

 日本とインドが結びつくことによって、「拡大アジア」は米国や豪州を巻き込み、太平洋全域にまで及ぶ広大なネットワークへと成長するでしょう。開かれて透明な、ヒトとモノ、資本と知恵が自在に行き来するネットワークです。

 ここに自由を、繁栄を追い求めていくことこそは、我々両民主主義国家が担うべき大切な役割だとは言えないでしょうか。

 また共に海洋国家であるインドと日本は、シーレーンの安全に死活的利益を託す国です。ここでシーレーンとは、世界経済にとって最も重要な、海上輸送路のことであるのは言うまでもありません。

 志を同じくする諸国と力を合わせつつ、これの保全という、私たちに課せられた重責を、これからは共に担っていこうではありませんか。

 今後安全保障分野で日本とインドが一緒に何をなすべきか、両国の外交・防衛当局者は共に寄り合って考えるべきでしょう。私はそのことを、マンモハン・シン首相に提案したいと思っています。

* *

 ここで、少し脱線をいたします。貴国に対する日本のODAには、あるライトモティーフがありました。それは、「森」と「水」にほかなりません。

 例えばトリプラ州において、グジャラート州で、そしてタミル・ナード州で、森の木を切らなくても生計が成り立つよう、住民の皆様と一緒になって森林を守り、再生するお手伝いをしてまいりました。カルナタカ州でも、地域の人たちと一緒に植林を進め、併せて貧困を克服する手立てになる事業を進めてきました。

 それから、母なるガンジスの流れを清めるための、下水道施設の建設と改修、バンガロールの上下水道整備や、ハイデラバードの真ん中にあるフセイン・サーガル湖の浄化――これらは皆、インドの水よ、清くあれと願っての事業です。

 ここには日本人の、インドに対する願いが込められています。日本人は、森をいつくしみ、豊富な水を愛する国民です。そして日本人は、皆様インドの人々が、一木一草に命を感じ、万物に霊性を読み取る感受性の持ち主だということも知っています。自然界に畏れを抱く点にかけて、日本人とインド人にはある共通の何かがあると思わないではいられません。

 インドの皆様にも、どうか森を育て、生かして欲しい、豊かで、清浄な水の恩恵に、浴せるようであってほしいと、日本の私たちは強く願っています。だからこそ、日本のODAを通じた協力には、毎年のように、必ず森の保全、水質の改善に役立つ項目が入っているのです。

 私は先頃、「美しい星50(Cool Earth 50)」という地球温暖化対策に関わる提案を世に問いました。温室効果ガスの排出量を、現状に比べて「50」%、20「50」年までに減らそうと提案したものです。

 私はここに皆様に呼びかけたいと思います。「2050年までに、温室効果ガス排出量をいまのレベルから50%減らす」目標に、私はインドと共に取り組みたいと思います。

 私が考えますポスト京都議定書の枠組みとは、主な排出国をすべて含み、その意味で、いまの議定書より大きく前進するものでなくてはなりません。各国の事情に配慮の行き届く、柔軟で多様な枠組みとなるべきです。技術の進歩をできるだけ取り込み、環境を守ることと、経済を伸ばすこととが、二律背反にならない仕組みとしなくてはなりません。

 インド国民を代表する皆様に、申し上げたいと思います。自然との共生を哲学の根幹に据えてこられたインドの皆様くらい、気候変動との闘いで先頭に立つのにふさわしい国民はありません。

 どうか私たちと一緒になって、経済成長と気候変動への闘いを両立させる、難しいがどうしても通っていかなくてはならない道のりを、歩いて行ってはくださいませんでしょうか。無論、エネルギー効率を上げるための技術など、日本としてご提供できるものも少なくないはずであります。

* *

 先ほどご紹介しましたとおり、私の今度の旅には、日本を代表する企業の皆様が200人ちかく、一緒に来てくれています。まさに今、この時間帯、インド側のビジネスリーダーとフォーラムを開き、両国関係強化の方策を論じてくださっているはずです。

 こうなると、私も、日本とインドとの間で経済連携協定を、それも、世界の模範となるような包括的で質の高い協定を一刻も早く結べるよう、日本側の交渉担当者を励まさなくてはなりません。インドの皆様にも、早く締結できるようご支持を賜りたいと、そう思っております。

 両国の貿易額はこれから飛躍的に伸びるでしょう。あと3年で200億ドルの線に達するのはたぶん間違いないところだと思います。

  シン首相は、ムンバイとデリー、コルカタの総延長2800キロメートルに及ぶ路線を平均時速100キロの貨物鉄道で結ぶ計画に熱意を示しておいでです。あと2カ月もすると、開発調査の最終報告がまとまります。大変意義のある計画ですから、これに日本として資金の援助ができるよう、積極的に検討しているところです。

 そしてもう一つ、貨物鉄道計画を核として、デリーとムンバイを結ぶ産業の大動脈をつくろうとする構想については、日本とインドの間で今いろいろと議論を進めています。とくにこの構想を具体化していくための基金の設立に向けて、インド政府と緊密に協力していきたいと考えています。

 今夕、私はシン首相とお目にかかり、日本とインドの関係をこれからどう進めていくか、ロードマップをご相談するつもりです。会談後に、恐らくは発表することができるでありましょう。

 この際インド国民の代表であられる皆様に申し上げたいことは、私とシン首相とは、日本とインドの関係こそは「世界で最も可能性を秘めた二国間関係である」と、心から信じているということです。「強いインドは日本の利益であり、強い日本はインドの利益である」という捉え方においても、二人は完全な一致を見ています。

* *

 インド洋と太平洋という二つの海が交わり、新しい「拡大アジア」が形をなしつつある今、このほぼ両端に位置する民主主義の両国は、国民各層あらゆるレベルで友情を深めていかねばならないと、私は信じております。

 そこで私は、今後5年にわたり、インドから毎年500人の若者を日本へお迎えすることといたしました。日本語を勉強している人、教えてくれている人が、そのうちの100人を占めるでしょう。これは、未来の世代に対する投資にほかなりません。

 しかもそれは、日本とインド両国のためはもとよりのこと、新しい「拡大アジア」の未来に対する投資でもあるのです。世界に自由と繁栄を、そしてかのヴィヴェーカーナンダが説いたように異なる者同士の「共生」を、もたらそうとする試みです。

 それにしても、インドと日本を結ぶ友情たるや、私には確信めいたものがあるのですが、必ず両国国民の、魂の奥深いところに触れるものとなるに違いありません。

 私の祖父・岸信介は、いまからちょうど50年前、日本の総理大臣として初めて貴国を訪問しました。時のネルー首相は数万の民衆を集めた野外集会に岸を連れ出し、「この人が自分の尊敬する国日本から来た首相である」と力強い紹介をしたのだと、私は祖父の膝下(しっか)、聞かされました。敗戦国の指導者として、よほど嬉しかったに違いありません。

 また岸は、日本政府として戦後最初のODAを実施した首相です。まだ貧しかった日本は、名誉にかけてもODAを出したいと考えました。この時それを受けてくれた国が、貴国、インドでありました。このことも、祖父は忘れておりませんでした。

 私は皆様が、日本に原爆が落とされた日、必ず決まって祈りを捧げてくれていることを知っています。それから皆様は、代を継いで、今まで四頭の象を日本の子供たちにお贈りくださっています。

 ネルー首相がくださったのは、お嬢さんの名前をつけた「インディラ」という名前の象でした。その後合計三頭の象を、インド政府は日本の動物園に寄付してくださるのですが、それぞれの名前はどれも忘れがたいものです。

 「アーシャ(希望)」、「ダヤー(慈愛)」、そして「スーリヤ(太陽)」というのです。最後のスーリヤがやって来たのは、2001年の5月でした。日本が不況から脱しようともがき、苦しんでいるその最中、日本の「陽はまた上る」と言ってくれたのです。

 これらすべてに対し、私は日本国民になり代わり、お礼を申し上げます。

* *

 最後に皆様、インドに来た日本人の多くが必ず目を丸くして驚嘆するのは、なんだかご存知でしょうか。

 それは、静と動の対照も鮮やかな「バラタナティアム」や、「カタック・ダンス」といったインドの舞踊です。ダンサーと演奏家の息は、リズムが精妙を極めた頂点で、申し合わせたようにピタリと合う。――複雑な計算式でもあるのだろうかとさえ、思いたがる向きがあるようです。

 インドと日本も、そんなふうに絶妙の同調を見せるパートナーでありたいものです。いえ必ずや、なれることでありましょう。

 ご清聴ありがとうございました。

管理人注:東京裁判でバール判事は何と言ったか





『●NHKはプロパガンダ機関になってしまった。それはCCTV(中国中央テレビ)がNHKの建物内にあることからもわかる。NHKは中国共産党にコントロールされている。NHKの情報には注意しなけれなばらない。われわれは真実を見通す目を持つ必要がある』

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPhguEmctYmToAIImJBtF7?p=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%A3%81%E5%88%A4%E3%81%A7%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BA%BA%E5%88%A4%E4%BA%8B%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E6%93%81%E8%AD%B7%E3%81%97%E3%81%9F&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%A3%81%E5%88%A4%E3%81%A7%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BA%BA%E5%88%A4%E4%BA%8B%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%92%E6%93%81%E8%AD%B7%E3%81%97%E3%81%9F&at=&aa=&ai=O5UC8xjKRzSoSv1dCcga6A&ts=26468

アメリカ人弁護士も....

http://hakkou-ichiu.com/post-1655/



2010/08/08 にアップロード


キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も承知している。彼らは、殺人罪を意識していたか?してはいまい。我々もそう思う。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。その者達が裁いているのだ。彼らも殺人者ではないか」

管理人注;しかし原爆投下はなかったのです。日本の敗戦革命として地上起爆したのです。これが世界の本当の歴史 将来の日本の指導者はこれらをもっと認識すべきでしょう。

関連記事~NHK内部にCCTV(中国中央テレビ)がいる理由

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RA7FxQn8tYNDYARPCJBtF7?p=CCTV%EF%BC%88%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%EF%BC%89%E3%81%8CNHK%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%89%A9%E5%86%85%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%8B&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=cctv%28%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%29%E3%81%8Cnhk%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%89%A9%E5%86%85%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%8B&at=&aa=&ai=m9fA7AuJSlKM8VRA2uBt7A&ts=37310

愛国カルトに共有されている概念に「NHK=反日放送局」というものがあります。その根拠の一つが、NHKのビルの中に韓国KBSや中国CCTVの支局が入っていると言うものがあります~だからNHK=反日は乱暴ですね。愛国カルトに騙されないように

おまけ~クレディスイス日本香港で人員削減か

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-03-17/OMY2WQ6TTDS901

安倍晋三~麻生太郎~小池百合子?

http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-4853.html

アメリカ・ファーストが招く最悪のシナリオ~個別の経済活動にまで介入すればアウト

http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20161125-OYT8T50008.html?page_no=1

ガンジーがヒトラーに宛てた手紙

https://youtu.be/BUHhOdRxYLE?t=386

よく読まれている記事

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPifWc.stYhFcAFXqJBtF7?p=http%3A%2F%2F6707.teacup.com%2Fgamenotatsujinn%2Fbbs%2F3755&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=&at=&aa=&ai=&ts=1609

Behind the Myth その1~3

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/225.html

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/226.html

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/227.html





皇居はかつての千代田城

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RAzElEu8xY2lgAqd.JBtF7?p=%E7%9A%87%E5%B1%85%E3%81%AF%E5%8D%83%E4%BB%A3%E7%94%B0%E5%9F%8E%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E7%9A%87%E5%B1%85%E3%81%AF%E5%8D%83%E4%BB%A3%E7%94%B0%E5%9F%8E%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F&at=&aa=&ai=ekAr1QuOT1yVINDMBu_T.A&ts=18655



支配者の秘密~https://www.youtube.com/results?search_query=FRB+%E9%80%A3%E9%82%A6%E6%BA%96%E5%82%99%E9%8A%80%E8%A1%8C%E3%82%92%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%80%85+%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E6%94%AF%E9%85%8D%E8%80%851

おまけ~千代田城を拙稿で検索すると

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%90%E7%91%E3%93c%8F%E9&inside=1&x=0&y=0

よく読まれている聖書ものがたり

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RhZOq86cxY4AEAlaOJBtF7?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F140.html&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F140.html&at=&aa=&ai=apc1XZ0wRhy_YvgK5VbDYA&ts=1657

おまけ



アッキー https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%98%AD%E6%81%B5




 

ユダヤの告白 その12 

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月15日(水)00時44分39秒
返信・引用 編集済
 

ロスチャイルド家の総資産は500兆ドルだそうだ。最近ロックフェラー失脚後キッシンジャーが米国での代理人として扱われている。キッシンジャーは小沢一郎や小池百合子さんにも会っている。

https://youtu.be/vxh6B5M4c3U?t=7609

http://oriharu.net/jADL12.htm 記事はここから

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1219.html

アイゼンベルグ社の経営者、ショール・アイゼンベルグは、1940年に新日鉄の会長であった永野重雄の娘と結婚しており、自民党の麻生太郎の麻生セメントの親会社が、ラファルジュ(フランスのセメント会社)で、そのまた親会社がアイゼンベルグ社であります。とはいってもラファージュホルシムグループ:5%のみ

注:永野重雄とアイゼンベルグ

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3872

アメリカ骨抜き作戦

 イスラエル独立の立役者

 ベンジャミン・エプスタインと「異端審問所」のその他のメンバーが、第二次世界大戦終結時にADLの大がかりな機構改革にとりかかったのは、単にユダヤ犯罪シンジケートに対するADLの貢献度を高めるためだけのことではなかった。

 この頃、ADLとアメリカのユダヤ社会は、ハガナやイルグンといったパレスチナのシオニスト地下組織を大々的に支援し始めた。当時、これら地下組織は英国からの独立とユダヤ人の祖国再建を勝ち取るべく戦っていた。

 支援活動は、少しは名の知られていたソンネボーン・インスティテュートなる組織の指揮の下で、密かに行われた。この組織の名称は、パレスチナで戦うユダヤ人を助けるため裕福なユダヤ人実業家を結集させたボルチモアの一ユダヤ人実業家の名に由来する。当然のことながら、この支援活動にはユダヤ犯罪シンジケートも大きな役割を果たした。シンジケートは、アメリカ、カナダ、メキシコ全域の主たる港湾すべてにおける支援物資の密輸作戦に手を貸した。すでにADLと緊密な関係にあった大物たち、たとえばランスキー、ダリッツ、パープル・ギャング団のメンバーから石油王になったマックス・フィッシャーといった人物たちも、ソンネボーン・インスティテュートの活動で大いに貢献した。

 こういったギャングの他にも、第二次世界大戦中にアメリカの諜報活動に従事した主だった人物が数多く支援活動に加わった。その中には、以前戦略事務局(OSS)の一員だったナヒューム・バーンスタインもいた。彼はニューヨーク州北部に秘密の訓練学校をつくり、ハガナの地下戦闘員はそこで暗殺、爆破、サボタージュなどの技術訓練を受けた。後に、バーンスタインとケネス・ビアルキンは、エルサレム財団と呼ばれたローマ・カトリックのマルタの騎士に属するユダヤ人エリート集団の先頭に立った。

 第二次世界大戦中に米軍の中で最高の地位を極めたユダヤ人軍人の一人であり、かつADLとも長期にわたって親密な関係にあったジュリアス・クライン将軍は、米軍が保有する余剰武器を大量にパレスチナのユダヤ人地下組織へ違法に横流しした。クラインは自分の配下の者の中で、後のブナイ・ブリス会長でADLの頭目になったフィリップ・クラツニックと、ADL中西部地域担当のアボット・ローゼンの二人に、この時期以降期待を寄せるようになった。

 アメリカに潜入するモサド

 イスラエルの独立が達成されるや、ユダヤ人ギャングや軍人、それに元諜報部員という組合わせからなるこの連中が、今後はイスラエルの情報機関モサドの設立に向けて中心的な働きをすることになった。独立後の最初の一年間、誕生して間もないモサドに訓練や助言を与えるために、クライン将軍は頻繁にイスラエルを訪れた。その際彼はしばしばマックス・フィッシャーを同行した。一九四八年のイスラエル独立時点でADLの再編を完了し組織の面倒を見ていたのは、ベン・エプスタインと彼の仲間だった。新たに強化されたADLは、米国内でのイスラエル情報活動の実質的拠点としての役割を果たした。

 ADLが外国が行う米国内でのスパイ活動に利用されたりするのは別に目新しいことではない。南北戦争以前において、ADLの母体ブナイ・ブリスは、イギリスがアメリカ合衆国に仕掛けた背信的な情報工作になくてはならない存在として、諜報活動、サボタージュ工作、テロ活動にかかわっていた。ブナイ・ブリスは少なくとも一回はアブラハム・リンカーン暗殺計画に関係した。この陰謀は、合衆国憲法に対する全面的反逆を引き起こそうとするものだった。

 一九八五年にジョンサン・ジェイ・ポラードがスパイ行為を働いたかどで逮捕されるまで、イスラエルの対米諜報活動にADLが関与した極めて忌まわしい事件というのはなかったと言われている。しかし一九六〇年代半ばには、ADLとブナイ・ブリスはすでに汚いスパイ工作に公然と関与していた。

 一九六〇年代に諜報活動に関係していた大物工作員の中には、ADLやモサドの人間も何人かいたようで、後にポラード事件との絡みで彼らの名前が人々の目を引いた。その中には「元」イスラエル政府職員のウリ・ラアナン、ADLとブナイ・ブリスの主席法律顧問であるアーノルド・フォルスター、ブナイ・ブリス会長でADL名誉副会長のフィリップ・クラツニック、ADL専務理事のベン・エプスタインといった人たちの名があった。

 一九六七年初頭に、一九六〇年代のスパイ工作の詳細は白日の下に曝されることになった。その年になって、ブナイ・ブリスの元最高幹部が、ブナイ・ブリスの本部につくられらた海外スパイ工作部隊への惨禍を拒否したという理由で馘首されたとしてワシントンで一連の民事訴訟を起こしたからである。

 訴訟を起こした幹部、ソール・ジョフティーズは、ブナイ・ブリスの海外活動担当理事として二十年間も事に当たってきた。コロンビア特別区連邦地区裁判所に「ジョフティーズ対ラビ・ジェイ・カウフマン事件」(CA3271-67コロンビア特別区)という見出しで保存されている記録によると、一九六〇年初め、ブナイ・ブリスとADLはアメリカ国内でモサドが広範囲な諜報活動を行えるようモサドに隠れ蓑を提供したという。ブナイ・ブリスが隠れ蓑になって創設されたこの特殊部隊の表向きの目的は、イスラエル国家の命運を左右するような情報を収集するために、ソ連や東欧、それにアラブ地域への旅行から戻ったアメリカのユダヤ人から報告聴取することを、モサドの工作員に許すというものだった。同部隊の設置の目的は、イスラエルの秘密工作員がアメリカの情報機関に潜入できるようにするためだった。

スパイ工作の最適拠点

 この工作によって、モサドはアメリカの外交政策をイスラエルに有利な方向へ誘導するために、合衆国政府に特定の傾向を有する情報を流し込むことができるようになった。

 このことからアメリカとは緊密な同盟関係にありながら、イスラエルとは敵対関係にある国が往々にして犠牲になった。そしてそのひとつの帰結として、ソ連が従来からアメリカとは政治的にも軍事的にも同盟関係にあったアラブ諸国のいくつかと関係を樹立することができた。つまりブナイ・ブリスとADLを通じて行われたイスラエルの諜報活動がもたらした最大のものは、ソ連がその外交・軍事政策目標達成に向かって大きく前進したことだった。

 ジョフティーズはその訴えの中でブナイ・ブリスとの争点を次のようにまとめている。
「クラツニックの指導の下、そしてラビ・カウフマンの承認の下で、ブナイ・ブリスは、慈善事業や宗教、教育活動とは別の事柄に手を出す国際的組織になってしまった。イスラエル政府の命令によって、国際政治にかかわることの方が多くなった」

 ジョフティーズは、一九六〇年にブナイ・ブリスの本部内にモサドの秘密部隊が設置されたことをことのほか糾弾した。その諜報工作に当たった中心的諜報部員は、ニューヨーク、リヴァデールの有名なラビの未亡人だった。彼女の名はエイヴィス・シュルマンという。ブナイ・ブリスの特別計画に参加する以前、シュルマン夫人はイスラエルのモサドの工作員として採用されていた。彼女をコントロールしていた諜報部員はニューヨークにあるイスラエル領事館の職員、ウリ・ラアナンだった。当時、彼は情報部長をしていた。また当時のイスラエル総領事、エリーヴもこのスパイ作戦に関与していた。

 一九六〇年の夏、シュルマン夫人はブナイ・ブリスの「職員」の形でその任務についた。彼女は、ラアナンを通じてあらゆる事柄をモサドに報告することになっていた。彼女に支払われる給料や経費は、イスラエル政府持ちで、ユダヤ機関を通じてブナイ・ブリスに設けられた基金から支払われる形が取られた。その機関とは、半官のイスラエル政府関係部局で、矛盾したことにイスラエル国外では慈善のための組織と見なされているものだった。

 ジョフティーズのブナイ・ブリスに対する一連の訴訟の結果、何千ページにも及ぶブナイ・ブリスやADLの公式書類、さらにイスラエル政府が出した公文書が裁判記録に残されることになった。モサドの秘密スパイ部隊設置に関して、エイヴィス・シュルマンがブナイ・ブリス関係者宛に出した一通の書簡の中で、モサドの諜報工作の本質が率直に次のように書かれている。

 「ユダヤ機関というのは、その中でもブナイ・ブリスは特にそうだが、『スパイ工作の拠点』として極めて有用である」と。

 彼女はブナイ・ブリスが、仕事上の肩書き、個室、専用のレター用紙、電話等々を提供することを要望しているし、ラアナンもそれを要求している。さらに彼女は自分の諜報活動を隠すために、ブナイ・ブリス内に小委員会を設けることも要望している。その小委員会が彼女をその秘書に任命することで、彼女が目立たず、重要な活動ができることを助けてくれるよう依頼している。

 ブナイ・ブリスをも食い荒らすモサド

 ブナイ・ブリス国連局のヘッドで、元ADLワシントン事務所長だったウィリアム・コレイ博士が、フィリップ・クラツニック宛に出した一九六〇年九月一日付のブナイ・ブリスの公式書類は、コレイ、シュルマン、それにイスラエル情報部訴訟担当のウリ・ラアナンの間の話合いの結論の詳細に触れている。

 「昨日、私はエイヴィス・シュルマン(彼女は休暇から戻ったばかりだった)とウリ・ラアナンに会った。エイヴィスが考えていた工作方法の一部がすでに具体化されており、彼女のその考え方は、われわれが会う前にすでにウリに報告されていた。彼女の考えを具体化する場合にある種の問題があった。中でも...すでに存在する事務所の中にその事務所、あるいはスペースを取るやり方の方が望ましいということがあった。彼女は郵便物を受け取ることができ、電話ができ、来訪者を出迎えることができるような自分の部屋が必要だという。...また、然るべき職についており、ずっとそれをやっているかのように見せるために、何らかの自分の身分を示すもの、つまり肩書が必要だとも言う。彼女をブナイ・ブリス国際評議会内の何かの委員会の幹事ということにでもしておこうか。この最後の点に関しては、一つ私にははっきりしない問題がある。彼女は国際評議会のために働くということにするのがあなたの意向だったのですか。(彼女は私の下で働くというふうに私は理解していました。彼女の対外的な肩書をどのようにするか、それに関するあなたの考え方を、私の方は正確には知らされておりませんでした)」

 こうした数多くの質問に対し、シュルマンは自分自身で同じく一九六〇年のコレイ宛のメモの中で次のように答えている。

 「A.職業一、
ソ連を訪ねた米国人とアメリカを訪ねたソ連人に関する調べられる限りの昔の情報を収集すること。
 a. この情報を関係部署に流すこと」

 彼女のメモは、さらに次のような必要性を説いている。「ユダヤ機関や適当な個人、それに旅行代理店を使った全国規模のネットワークを作って、ソ連を訪問したユダヤ人旅行者からの聴取りを徹底させること。...ブナイ・ブリスをはじめとするユダヤ機関は、とりわけ有益である。大規模な組織網があり、国中に訓練され経験を積んだ人材が配置されているから」シュルマンは、さらにモサドのスパイ計画を進めるために、「いかなる場合でも必要な人材を探し出し、選抜し、配置させるために活動を中央に集中する必要があるとの声が寄せられている」と述べている。彼女の要請は次の通りである。

 「一、任務の遂行に向けて活動を開始するには、その活動の起訴となるしかるべきものが私に与えられる必要がどうしてもある。一つは、名前と肩書。ブナイ・ブリス国際問題事務局翼下の小委員会。これは目的にふさわしい工作を進める上で理想的かつ最善のものとして考え出された名称である。この小委員会の長はクラツニック、そして幹事が私、ということになる。こうしておけば、比較的目立たずかつ重要な活動ができるというわけである」

 イスラエル政府のみへの通報

 当初から、ラアナンをはじめイスラエル政府を代表する人々は、自分たちで特殊部隊を動かし、自分たちの工作員が集めた情報は、いかなることがあってもブナイ・ブリスの関係者には与えないことを、はっきりと明言していた。この点は、一九六〇年十一月二日付のクラツニック宛のコレイの覚書の中で強調されている。

 「先週の金曜日、私は、われわれの友(ラアナンのこと)とモシュ・デクター、それにエイヴィスに会った。われわれの友は、エイヴィスに与える資金について知りたがった。私は、この問題は十一月末に開かれる国際評議会で議論されるべきものだと答えておいた。今のところは準備期間であり、私たちとしては、この工作がどうすれば成功するかを知りたいわけだし、かつまた成功することを望んでいるわけであると私は言った。彼らも、成功を心から望んでいるが、ブナイ・ブリスとの関係でこの計画が困難に直面する可能性があるのではないかということを口にしていた。もしそのようなことになれば、それに代わる手っ取り早いやり方として、この工作を進めるためのユダヤ人からなる独立の小委員会をつくるべきだと彼らは語っていた」

 「彼女の肩書については、私が『連絡担当』ではどうかと提案したのに対して、彼らはこれに反対し、もっと威厳のある然るべき地位を示すもの、例えば『顧問』ではどうかと主張した。彼らはもう一度よく検討して、後で代案を出すと語った。また、彼らは彼女の名前を刷り込んだ専用のレター用紙を用意することを再度指摘した。」

 「彼らはそれから、彼女に対する指示は自分たちだけが出し、彼女の活動はブナイ・ブリスとは無関係に進められ、その報告は彼らだけに行われること、ただ例外として週に一度ほどの割合で私に活動状況の報告を行うようにすること、を示唆して私をびっくりさせた(彼らと話し合っていて初めてのことだったが)。私はそれに反対して、彼女は組織の上で私たちの管轄下に入ると従来から考えていたし、ブナイ・ブリスに面倒がかかるような活動があれば、われわれはそれに歯止めをかけられる立場にあり、事実上、彼女はわれわれの承認を受ける状況にあると主張した」

 「事の性質上、そのようなことは不可能だと彼らは言った。彼女は彼らのために働いているのだし、彼ら以外から指示が出ることなどあり得ないという。また、工作の内容はごくわずかの人しか知らないようにしたいとも語った」

 アメリカに巣食う吸血鬼

 このコレイのクラツニック宛文書が出る以前にも、ソール・ジョフティーズはブナイ・ブリスの会長に対し、イスラエルが申し入れてきている秘密工作は違法だということを何度も警告していた。ジョフティーズは外国の非合法なスパイ行為にブナイ・ブリスが巻き込まれることのないようクラツニックに申し入れてきたが、その最後の試みである一九六〇年九月十六日付の手紙の中で次のように書いている。

 「ただ一つのことをお願いしたい。私の言うことを拒否する前に、合衆国法第二十二第六一一-六二一条(一九三八年修正)および法第十八第九五一条(一九四八年九月一日修正)に目を通してもらいたい」と。ここで挙げられている規定は、米国内で活動する外国機関の登録を定めたものである。

 モサドの関係者が進めているやり方に対するジョフティーズの警告などにもかかわらず、クラツニックはモサドの申し入れ通りこの工作を進めた。これまでにこの計画が終了したということは耳にしていない。

 ブナイ・ブリスやADL、協力関係にあった在米のユダヤ人やシオニスト機関に支えられたモサドのスパイ工作は、シュルマンの秘密工作だけに留まるものではなかった。ADLの米国内における活動の責任者であるベン・エプスタイン自身が、ワシントンにおけるアラブ政府職員に関する情報をイスラエル政府に流すことを目的としたADLの諜報工作に関係していた。その情報は、米国と穏健アラブ諸国との関係を損なわせる目的でイスラエルがしばしば利用した。穏健アラブ諸国は、中東でのソ連の拡張主義に対抗すべくアメリカと同盟関係を結んでいたが、イスラエルとは敵対関係にあったからである。

 皮肉なことにソール・ジョフティーズ宛の一九六一年七月七日付の覚書の中で、エプスタインはこの計画に触れている。この覚書の一部を引用する。

 「ご承知の通り、ADLは長年にわたってアラブの動きと宣伝工作を調査する極めて重要な秘密情報活動に携わってきた。われわれの利益からみて、反ユダヤおよび反イスラエルと言える宣伝工作に、アラブ人たちは何百万ドルも注ぎ込んでいるが、このプロパガンダ計画の拠点は主に国連、ニューヨーク、ワシントン、カイロである。その影響は世界的なもので、世界中の大部分の国において反ユダヤ、反イスラエルの動きを促している。われわれの方も一九四八年以来、アラブ領事館、アラブの国連代表、アラブ情報センター、アラブ連盟事務所、アラブ学生機構の活動に関する情報収集活動を世界中で続けてきている。」

 「これらの活動に関する完全な資料を入手するには、大使館を根城にして政治努力やロビー活動、プロパガンダ活動に従事しているアラブの外交官たちの動きも追跡していかなければならない。この大使館の活動は、アラブ連盟とは別のものだし、アラブが有する中東のアメリカの友といったような組織との関係とも違うし、専門家を使った広報活動とも全く別のものである」

 「われわれが収集した情報は、われわれ自身の工作遂行上必要不可欠であるばかりか、米国務省とイスラエル政府にとっても極めて価値のあるものである。情報源がわれわれであるということを先方に徹底させた上で、両国にはすべての資料を提供してきている」

 「こうした活動は、その性格からして、反ユダヤ活動や、反イスラエルの計画および政策を暴く元になる大量の文書になった情報をわれわれにもたらしてきた。われわれの情報によりアラブの計画が実行前に露見するといったことも数多くあった」

 恩を仇で返す

 ソール・ジョフティーズがブナイ・ブリスを相手に一連の訴訟を提起している仮定で、ベン・エプスタインは宣誓して証言することを求められた。宣誓の上で、一九六一年七月七日付の書簡の意味を尋ねられたが、エプスタインはその質問に答えることを何度も拒んだ。それは全米犯罪シンジケートの活動にメスを入れたケファウファー委員会で証言に立ったメイヤー・ランスキーを思い出させるものだった。

 実際、過去に一度、外国の政府の手先としてアメリカのユダヤ・エージェンシーが行っていたことを、アメリカの上院が調査したことがあった。

 一九六三年五月二十三日、大きな権限を持っていた上院外交委員会の委員長だったJ・ウィリアム・フルブライト上院議員が、米国内でのイスラエルのスパイ工作の真相を究明するために丸一日に及ぶ公聴会を開いた。

 上院のフルブライト委員会では、特にイスラエルのスパイが使っていた三つの隠れ蓑について調査が行われ真相が暴かれた。一つはアメリカ・ユダヤ人会議内に設けられたユダヤ少数民族調査(マイノリティーズ・リサーチ)プロジェクトだった。ブナイ・ブリス内のスパイ部隊同様、アメリカ・ユダヤ人会議内の工作部隊もニューヨークのイスラエル領事館によって裏で操られていた。実際、ユダヤ少数民族調査プロジェクトの責任者はモシュ・デクターで、モサドの工作員スパイ、エイヴィス・シュルマンと直接連絡をとりながら活動をしていた。その資金はイスラエル政府から出ており、その計画のために資金を実際出していたのが、誰あろうかのウリ・ラアナンだった。

 一九六一年七月七日付(ADLの反アラブ・スパイ網に関しベン・エプスタインがソール・ジョフティーズに宛てて書簡を出したまさしくその日)のユダヤ・エージェンシー(イスラエル政府の半公的機関)内部的覚書の一つによると、デクター計画に要する資金はイスラエル財務省から直接出ていたという。その覚書は、当時ユダヤ・エージェンシーの理事の地位にあったイシドール・ハムリンが記したもので、次のように書かれている。

 「ロシア調査プロジェクトに関する六月十六日付信書を先にお送り申し上げましたが、さらに領事館からイスラエル財務省に発送致しました五千五百ドルの送金を依頼する内容の七月六日付の信書のコピーをお送り致します。以下の件、よろしく手配されたくお願い申し上げます。
一、 財務省に対し、五千五百ドルは合同基金に充当すべき旨連絡すること。
二、 領事館の手でわれわれに転送された五千五百ドルのうち、四千三百七十五ドルは、ロシア調査プロジェクトに対するわれわれの負担分としてアメリカ・ユダヤ人会議への毎月の送金に充当すること...」

 上院での審問において、ハムリンは合同基金の管理はニューヨークのイスラエル領事館における情報部の責任者が行っていることを告白した。一九六三年当時の情報部責任者はアルノンだった。アルノンはウリ・ラアナンとちょうど交代してしまっていた。さらに上院の調査で、ユダヤ・エージェンシーのロシア調査プロジェクトの責任者は、こともあろうにフィリップ・クラツニックであることが明らかにされた。当時、彼はブナイ・ブリスの会長でもあり、ブナイ・ブリス本部内におけるモサドの出先部隊の後ろ盾でもあった。

 「私がモサドへの情報ソース」

 ジョフティーズの裁判の審議過程で手に入った文書によると、元ブナイ・ブリス会長のクラツニックは一九六六年に至るまで依然モサドのスパイ活動に深くかかわっていた。その年の十月にロンドンで開かれたブナイ・ブリスの国際評議会の席上、ソ連ユダヤ人計画を遂行するために引続き十万ドルの特別資金を出すというクラツニックの提案が満場一致で採択された。

 ブナイ・ブリスの国際評議会の当時の議長だったモーリス・ワインスタインは、宣誓をした上で、十万ドルの資金が醵出されたことは認めたものの、ジョフティーズ側の弁護士から召喚状が出されていたブナイ・ブリスの帳簿上の資金源については、何一つ説明することができなかった。資金源を説明することができなかった理由は、その資金がイスラエルの財務省から裏金の形でブナイ・ブリスに渡された機密費であったからだ。これは米国法に甚だしく背くことであった。

 イスラエルのための諜報活動というのは、ADLやブナイ・ブリスの活動の中でも極めて重要なものだったことは、やはり長期にわたってADLに勤めていたアーノルド・フォルスターが最近出版した自伝の中でも強調されている。

 フォルスターはその自伝『スクェア・ワン(はじめに)』の中で、ナチ戦犯のアドルフ・アイヒマン誘拐事件が起こった頃の昔から、自分はモサド幹部の「ダーティ」ことラフィ・アイタンと親しい関係にあった事実を誇らし気に述べている。

 この事件が起こったのは一九六一年。クラツニック、エプスタインをはじめとするADLの最高幹部たちが、モサドのスパイ工作を隠蔽する隠れ蓑をつくり上げていたまさしくその時期だった。その上、フォルスターは、一九八七年に至るまでアイタンと接触を続けていたことを認めている。一九八七年と言えば、ジョナサン・ジェイ・ポラードを操っていた上級スパイとして、イスラエルのテロ工作の元責任者の名が公にされてから二年後である。

 詳細に証拠を追っていくと、フォルスターとアイタンの二人は、知り合って後しばらくしてからポラード・スパイ工作を支援するADLの役割の中でかかわり合いを持つようになったと思われる。その時点で、フォルスターはADLの主席法律顧問になっていた。彼は実行が容易でなくかつ非合法性の極めて高い秘密工作を行うには理想的な地位にいた。

 実際、フォルスターはモサドのために働くことを自慢していて、『スクェア・ワン』の中で次のように語っている。

 「イスラエルが行ったその他の工作の中でも、モサド―海外工作を担当する地下組織を意味するヘブライ語の頭文字を取った名称―は信頼できる各国政府やその他の接触先や情報源に対し優位に立つことをいつも求めてきた。私は、その情報源の一つだった」

 対米工作の極致、ポラード事件

 フォルスターがADLとイスラエル国防省内のアイタン率いる軍事諜報部隊「LAKAM」との間の主要な連絡係であったかどうかは別にして、ADLがポラード事件・スパイ事件に深くかかわっていたことは事実である。

 この事件に関してはウリ・ラアナン博士もまた関係していた。

 今世紀最大のスパイ事件に関してポラードが半ば公式に語った本であるウルフ・ブリッツァ著『嘘の領域』によれば、彼をイスラエルによるスパイ劇に引きずり込んだのはウリ・ラアナンだという。ラアナンが形式的にはポラードを「LAKAM」の仕事のために採用したということもあり得る。ポラードがフレッチャー外交官学校の中でも難関の防衛研究課程を卒業してまもなく、メリーランド州スートランドにある合衆国海軍の諜報要員統轄局の最高機密を扱う部署に就くに当たってはラアナンが力添えを行ったのはまちがいない。

 ラアナン自身は一九七三年以来、この作戦を指揮してきた。この作戦は、国際関係の分野を学んだ優秀な学生で、外交官あるいは情報関係の仕事につく気のある者だけを選んで、より高度の訓練を行うものである。防衛研究課程の卒業者の大半は毎年CIAや軍情報部、あるいは国務省に就職する。

 そのような卒業生の一人で、ジョナサン・ジェイ・ポラードの同級生で彼とも親しかったのが、マイラ・ランスキーである。

 ヴァージニア州の州刑事法廷で最近開かれた公判におけるランスキーの証言によると、彼女は一九七八年にフレッチャー・スクールを卒業した後CIAに就職し、そこで十四ヵ月働いた後に、国防省でも機密を取り扱う部署であるネット・アセスメント調査分析局に移された。同局は、国防省のコンサルタントを外部から採用したり、ソ連をはじめとする敵性国の軍事力の全推定値を収集調整する業務を担当している。

 ポラード事件の捜査官の中には、ランスキー自身が共犯者だったのではないかと考えている者もいる。一部の報告書によると、ランスキーとポラードはともにザ・サード・ジェネレーション(「第三世代」)と称する内輪の勉強会のメンバーだったという。この勉強会は、ワシントンの国会議事堂近くの保守派のシンク・タンクであるヘリテージ財団の中で時々開かれていた。第三世代なる会には、情報関係者や議会やシンク・タンクのスタッフ・メンバーが参加しており、出席者の多くは高度の国防機密に接し得る立場にあった。そしてその大半は、熱烈なイスラエル支持者だった。

 常に二重忠誠心を抱く人々

 会合の場所が、ヘリテージ財団だったというのも面白い取り合わせである。当初ビール王だったジョセフ・クアーズの資金で運営される小規模な保守派のシンク・タンクだったヘリテージ財団は、一九七八年に英国情報部の文字通りの侵略によって乗取られてしまった。レーガン政権時代には、この財団は終始イギリスの自由市場を標ぼうするフェビアン流政策を真の保守的見解と偽ってホワイト・ハウスの中に持ち込むことを終始狙っていた。

 一九八二年十二月、マイラ・ランスキーは前途有望な公務員の地位を突然捨て、ADLの終身職員となり、ワシントンにあるADLの実情調査部の部長に就任した。彼女は国防省在籍中、ネット・アセスメント局のアンディ・マーシャル局長の下にいたが、一九八五年十一月にポラードが逮捕されたのに続き、米政府捜査当局はマーシャルをポラードの共犯の容疑者リストの中に加えた。陰謀を共同して企てた容疑者グループは、「X-委員会」の名称で呼ばれた。

 ポラード同様、マイラ・ランスキーも二、三年ラアナンの下で学んだことから深い影響を受けていた。ポラードがイスラエルのスパイの責任者として行動を開始する直前に、ランスキーがCIAや米国防省の機密を扱っていた部署からモサドとつながっているADLに移った事実は、今なおその全貌が解明されていないポラード・スパイ事件の極めて興味深い一面である。

 ラアナンとの関係を、ポラードは「フレッチャーにおける我がユダヤ体験」と表現した。

 「イスラエルが国の内外で直面している真の政治問題を正しく理解できるよう、彼は私を知的に育て上げてくれた。...人間は戦闘と対話が同時にできるものであることを、彼は私に教えてくれた。また、平和とは別の意味で戦争の連続であることも教えてくれた。つまり、平和のために危険を冒さなければならないということではなく、自らの軍事的立場を改善するためには平和を巧妙に利用すべきであるということ ― これは私が学んだ大いなる教訓だったように思う。― あの国家を存続させるために何が必要であるのかということを、ラアナンは政治的にも戦略的にもよりよく認識させてくれた。...これは極めて重要なことだった。ひたすら情緒的なあの国に対する私の思い入れとも言うべきものを、それがすっかり取り除いてくれた」

 要するに、ラアナンは他国(イスラエル)のために働くべく母国(アメリカ)に対しスパイ行為を働くよう、ポラードを仕向けたのである。そのことをポラードがよく知っていたかどうかは別にして、彼のスパイ行為で得をしたのは、イスラエルだけではなかった。彼が入手した膨大な量の情報は、彼を裏で操っていたイスラエルの人間を経由してソ連に流された。とりわけこの理由により、ワインバーガー国防長官は、ポラード事件によって蒙った被害はアメリカの国家安全保障の歴史上最大のものであったと述べた。

 「ダーティー」ことラフィ・アイタンやアリエル・シャロンからなるイスラエル人のグループについてしばらく調査したことのある人なら、ポラードが盗んだ国防上の情報がLAKAMに流され、それからモスコワに提供されていたと耳にしても別に驚いたりはしないはずだ。

 イスラエルがレバノンに侵攻した一九八二年になって初めて、当時のシャロン国防相はアメリカがもはやユダヤ人国家の真の同盟者ではないと言い切った。そして今度アラブ隣国の一つにイスラエルが先制攻撃を仕掛けることを決定した場合、アメリカは敵国を支援する可能性もあると語った。そしてイスラエルの情報によると、一九八三年初めにシャロンは、ソ連赤軍の情報組織GRUの最高幹部と密かに会うようになったという。そしてその会談の何回かは、世界のスパイの十字路と呼ばれる便利な中立地点にある地中海のキプロス島で行われた。

 ソ連との間でシャロンがどういう合意に達したか、その詳細は不明であるが、彼らが何度か会合を重ねた後に起こった出来事を追っていくと何らかの結論を引き出すことができる。

 まず第一に、メナヘム・ベギン内閣の国防相に就任してからのシャロンは、長年の盟友「ダーティー」ラフィ・アイタンを政府内の枢要なポストに就けるために尽力した。その結果、欧州地区のモサド工作責任者だったアイタンは、まず首相直属対テロ・テロ担当室の室長に任命された。同室は、イスラエル政府の承認した暗殺やテロ工作の隠蔽を行う部署である。そして彼はイスラエル国防省内のハイテク・スパイ部隊、LAKAMの責任者にも就任した。この部隊は一九五六年のスエズ動乱直前に創設され、その後は長年にわたって、イスラエルの核兵器開発のために、科学分野の機密、装置、人材など必要なものすべてを入手することを主たる任務としていた。

 シャロンとアイタンの指揮の下で、LAKAMはアメリカの軍事力および戦争計画を探るべく諜報活動を開始した。世界のマスコミはイスラエルが対米諜報工作を行ったのはジョナサン・ジェイ・ポラードが初めてのことだとしきりに言い立てているが、軍情報関係者やCIAの専門家の一部は、その他にも大勢のイスラエル工作員が活動していたと考えている。彼らの一部は今も任務についており、アメリカの最高機密をLAKAMにどんどん送り込んでいる。その情報をアイタンはまた大量にモスクワに流していたわけである。

 白アリが食い荒らしていた

 キャスター・ワインバーガー国防長官は、ポラードの有罪申し立て後、これに対し判決を言い渡す立場にある連邦判事宛に提出した四十八頁からなる機密扱いの口述書の中で、ポラードは働く相手をだまされたままで諜報工作網に組み込まれてしまい、結局のところロシア人のために働く羽目になってしまったと述べている。

 ワインバーガーのこの結論は、国防相とCIAが被害の程度を繰ろうして調べ上げた結果を受けて得られたものだった。この調査の中で、米軍の機密情報が大量にモスクワの手に入っていたことを示す証拠が数多く見つかった。その中には、アメリカの国防上取り返しのつかない損害を蒙ったものもあった。それにそのような情報がロシア人の手に渡るとすれば、それはLAKAMの仕業以外には考えられない証拠も数多く見つかった。

 一九八六年初めには、国防長官付主席法律顧問によって、ポラードおよびLAKAMのスパイ活動に協力したと思われる国防省とCIAの十指に余る有力幹部の名が記されたリストが作成された。そのリストの中に名を連ねているとされる人物の中に、マイラ・ランスキーが勤めていたネット・アセスメント局の局長、アンディ・マーシャルがいた。それに国防省の民間人最高顧問リチャード・パールの名もあった。彼はワシントン州選出の民主党上院議員で熱烈なシオニストのヘンリー・ジャクソンのスタッフであった際、イスラエルのためにスパイ行為を働いたとして逮捕されたことがある。さらに、アメリカの長期軍事戦略の立て直しを担当していたレーガン政権時代のブルー・リボン・パネルの議長を務めたアルバート・ウォールシュタッター博士の名もあった。法律執行連邦機関としては最古の歴史を有する機関の一つ、米国関税庁の幹部の一人によれば、ポラードが逮捕されて間もなく、政府はイスラエルが中堅どころの米国政府職員を文字通り何千人も自分たちの利益のために働かせていたとの結論に達したという。

 米国は、防諜活動で大きな失敗をしていた。ソ連は、巧妙な「トロイの木馬」のやり方を以前から進めていた。最も堕落し、最も熱心なイスラエル人を利用することで、ソ連は冷戦の最大の敵国に浸透して諜報活動をすることに成功した。

 ポラード事件をも仕組んだADL

 最も堕落してかつ熱心な人たちが、例外なくADLと密接な関係があったというのは不思議でも何でもない。実際、ADLはポラード事件のほとんどすべての局面で顔を出している。ウリ・ラアナンは、長年にわたってADLとイスラエル秘密情報組織の間の連絡係をしていただけでなく、ポラードをLAKAMに引きずり込むのにも貢献した。ポラードの最初の黒幕で表向きポラードを徴募したとされるイスラエル空軍のアヴィエム・シェラ大佐は、ADLとは親しい関係にあったようである。

 複数の情報源によると、シェラの妻のイェフディット(別名「ルス」)は以前ADLのお抱え弁護士としてADL本部の民権局法務部で働いていた。もしこれが本当なら、シェラ夫人は「ダーティー」ことラフィ・アイタンの長年の親友でかつ「情報源」でもあったアーノルド・フォルスターの直属の部下として働いていたことになる。

 シェラとADLのつながりがさらに重要な意味を持つのは、ジョナサン・ポラードが逮捕された直後、ADL全米委員会会長のケネス・ビアルキンが政府高官と話し合うために急きょイスラエルに飛んだことだ。テル・アヴィブを発つ直前だというのに、ビアルキンは個人的にシェラ大佐のために弁護士を手配した。その弁護士はレオナード・ガーメントといい、当時の彼の顧客の中にはヘンリー・キッシンジャーやエドウィン・ミース司法長官の名があった。

 さらにイスラエルで本拠を構えて仕事をしていたアメリカ人弁護士で、ポラードに日々の給料を与え、隠れ家や移動の費用などの面倒も見ていたハワード・カッツは、スターリング・ナショナル銀行の重役で、ポラード逮捕当時の米国司法副長官でもあったADLのアーノルド・バーンズの仕事上におけるパートナーであった。

 つまりポラードに絡むスパイ網が関係するところ、至る所にADLが顔を出すのである。

略語一覧表
AADC[Arab American Anti-Discrimination Committee]
アラブ系アメリカ人反差別委員会
ABT[American Bank and Trust]
アメリカン・バンク・アンド・トラスト
ADL[Anti-Defamation League]
ユダヤ名誉毀損防止連盟
AFL-CIO[American Federation of Labor-Congress of Industrial Organizations]
アメリカ労働総同盟産別会議
AIG[American International Group]
アメリカン・インターナショナル・グループ
AJC[American Jewish Committee]
米国ユダヤ委員会
CDL[Christian Defense League]
クリスチャン防衛同盟
CFR[Council of Foreign Relations]
外交問題評議会
CIA[Central Intelligence Agency]
米国中央情報局
CIB[Credit International Bank]
クレジット・インターナショナル・バンク
FBI[Federal Bureau of Investigation]
連邦捜査局
FRB[Federal Reserve Bank]
連邦準備銀行
GRU[Soviet military intelligence]
ソ連軍情報部
IBM[International Business Machine Corporation]
インターナショナル・ビジネス・マシーン・コーポレーション
ICI[Imperial Chemical Industries]
インペリアル・ケミカル・インダストリーズ
IDF[Israeli Defense Force]
イスラエル国防軍
IJA[Institute for Jewish Affairs]
ユダヤ人問題研究所
ILGWU[International Ladies Garment Workers Union]
国際婦人服労働組合
ILRRJ[International League for the Repatriation of Russian Jews]
ロシア系ユダヤ人帰還国際同盟
IMF[International Monetary Fund]
国際通貨基金
IOS[Investors Overseas Service]
インベスターズ・オーバーシーズ・サービス
IRS[Internal Revenue Service]
国税庁
ISIS[Israeli Secret Intelligence Service]
イスラエル秘密情報局
JDO[Jewish Defense Organization]
ユダヤ防衛機構
JDL[Jewish Defense League]
ユダヤ防衛連盟
KGB[Komitet Gosudarstvennoi Bezopasnosti]
ソ連国家保安委員会
KKK[Ku Klux Klan]
クー・クラックス・クラン
KKR[Klavis, Kohlberg and Roberts]
クラヴィス・コールバーグ・アンド・ロバーツ社
KPD[Communist Party of Germany]
ドイツ共産党
LBO[Leveraged Buy-Out]
借入資本による買収
LID[League for Industrial Democracy]
産業民主連盟
M&A[Mergers and Acquisitions]
企業合併・買収
NAACP[National Association for the Advancement of Colored People]
全米有色人種地位向上協会
NATO[North Atlantic Treaty Organization]
北大西洋条約機構
NCS[National Crime Syndicate]
全米犯罪シンジケート
NEC[National Executive Committee]
全米執行委員会
NIEs[National Intelligence Estimates]
国家情報分析
NKVD[Major spy agent]
ソ連中枢のスパイ機関
NRA[National Reconstruction Administration]
全米復興庁
NSC[National Security Council]
国家安全保障会議
ONI[Office of Naval Intelligence]
海軍情報局
OPEC[Organization of Petroleum Exporting Countries]
石油輸出国機構
OSS[Office of Strategic Services]
戦略事務局
OWI[Office of War Information]
戦時情報局
PFIAB[President's Foreign Intelligence Advisory Board]
大統領付対外情報活動顧問委員会
PLA[Palestine Liberation Army]
パレスチナ解放軍
PLO[Palestinian Liberation Organizaion]
パレスチナ解放機構
SDI[Strategic Defense Initiative]
戦略防衛構想
SEC[Securities and Exchange Commission]
証券取引委員会
SOE[Special Operations Executive]
特殊工作部
TC[Trilateral Commission]
日米欧三極委員会
UAW[United Auto Workers]
全米自動車労組

最終章ここまで

おまけ

孫さん見損なったよ

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO13775810X00C17A3000000/?n_cid=NMAIL001

10兆円ファンド

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO13769140X00C17A3000000/

マーストリヒト発祥の地オランダ

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO14091560V10C17A3000000/

世界の中央銀行はナチのBISのみになる?

http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51988743.html

マーストリヒト条約はナチが作った その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1225.html

マーストリヒト条約はナチが作った その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1226.html

おまけ~原爆人体実験の画像(グロ注意) メインは第二総軍壊滅のための地上起爆によるもの

https://www.google.co.jp/search?q=Hiroshima+victims&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=4yVVU-6PPJP78QXC54KYDA&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1920&bih=907

ついに地上起爆の仕組みがわかった~英国陸軍元帥としての昭和天皇の決断

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3755

公安当局の尾行監視の実態

https://wordpress89431.wordpress.com/2016/10/25/%E3%80%8E-%E5%85%AC%E5%AE%89%E5%BD%93%E5%B1%80%E3%81%AE%E5%B0%BE%E8%A1%8C%E7%9B%A3%E8%A6%96%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%85%8B-%E3%80%8F/

警視庁公安部上尾分室

http://stokerintheneighbors.blog.fc2.com/blog-entry-162.html?sp

そろそろですが検検察は動かない

http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-12256708971.html





首相から100万円の寄付

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170316-00000057-asahi-soci

首相寄付してない

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170316-00000544-san-pol

すべては国会で話す~動画

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170316-00000624-fnn-soci

そうですかそうですか 私は立法府の長である

http://ameblo.jp/usinawaretatoki/entry-12256387433.html?frm_src=thumb_module

おまけ

検察の人事

http://oujyujyu.blog114.fc2.com/?mode=m&no=663

大鶴基成検事が東京地検次席検事に昇格
大鶴検事といえば、特捜部長経験者。小沢氏の資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件について、「小沢起訴」を主張する急先鋒だった。
 検察関係者は「次席検事というポストは、特捜部長を直接指揮する立場にある。検察首脳部は、あくまで小沢氏への捜査を続行するという強い態度をアピールしたもの
数々の冤罪的事件をでっち上げ、無罪を有罪にしてきた罪への罰を、検察組織の中で求めても無理であり、自浄能力が全くないことは、今回の人事ではっきりとわかった。

http://etc8.blog83.fc2.com/blog-date-20100228.html

「オレ達が最高権力者だ宣言人事!」大鶴基成検事が東京地検次席検事に昇格
2010?02?28(日) 00:00
「大鶴基成最高検検事が次席検事に昇格」(2/24)

氏のその後

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RA2DPzUspYZ3cAfumJBtF7?p=%E5%A4%A7%E9%B6%B4%E5%9F%BA%E6%88%90%E6%A4%9C%E4%BA%8B%E3%81%8C%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9C%B0%E6%A4%9C%E6%AC%A1%E5%B8%AD%E6%A4%9C%E4%BA%8B%E3%81%AB%E6%98%87%E6%A0%BC&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E5%A4%A7%E9%B6%B4%E5%9F%BA%E6%88%90%E6%A4%9C%E4%BA%8B%E3%81%8C%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%9C%B0%E6%A4%9C%E6%AC%A1%E5%B8%AD%E6%A4%9C%E4%BA%8B%E3%81%AB%E6%98%87%E6%A0%BC&at=&aa=&ai=6FpCp06uQzKvit1lyl4ZKA&ts=37632

現在弁護士をしているようだ~https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%B6%B4%E5%9F%BA%E6%88%90

米国はデフォルトするか~債務上限が引き上げられればこれで76回目

http://indeep.jp/possibility-of-us-default-is-greater-than-anyone-thought/



 

ユダヤの告白 その11

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月15日(水)00時39分47秒
返信・引用 編集済
  http://oriharu.net/jADL11.htm

第十一章 テロの黒幕ADL

 PLOの幹部暗殺事件

 ADLの実情調査部長で、英国情報部において訓練を受けた社会主義者でもあるシオニストのアーウィン・スウォールは、最近起こった少なくとも二件の極めて劇的な政治家暗殺事件に決定的な役割を果たしていたと考えられている。

  実情調査部責任者の手になるADLの内部記録の一つによれば、一九八五年四月にPLO穏健派の指導者イッサム・サルタウィがポルトガルのリスボンで暗殺されたとき、スウォールはその目撃者であったという。サルタウィは、リスボンの高級ホテルのロビーを歩いていたところをパレスチナの対立派が送り込んだと思われる刺客に射殺されたのだとされた。サルタウィは、社会主義者インターナショナルの年次会議に出席するためにリスボンへ来ていた。彼は世界の社会主義者たちに向かって、PLOのヤッサー・アラファト議長への支持と、イスラエル軍に占領されている地域に独立国をつくりたいというパレスチナ人の願いに対する支援を切々と訴えたことがあった。

 サルタウィが射殺されたとき、アーウィン・スウォールはそのホテルのロビーで座っていた。彼も同じ社会主義者インターナショナルの会議に出席するためリスボンへ来ていた。イスラエル政府に近い複数の情報源によると、ADLおよびイスラエルのモサドの代理人であるスウォールの役割は、社会主義者インターナショナルを常にイスラエル側につけておき、決してアラブ人やパレスチナ人を擁護する側に回らせないようにすることだったという。この彼の任務からみれば、「人権」や「民族自決」の立場から自らの主義主張を雄弁に説く穏健派パレスチナ人の存在は、イスラエルという国を血の海に引きずり込んでやると叫ぶ狂信的テロリストよりも、大きな脅威だった。

 サルタウィの死は、PLOのアラファト議長にとっても、また社会主義者の支持を取り付けようとした彼らの狙いにとっても大きな痛手であった。しかしこの事件からほどなくしてヨルダン川西岸やガザ地区で暴動が起こり、近代的装備を誇るイスラエル軍隊が抵抗する武器を持たない若者に立ち向かったとき、世界の世論や社会主義者インターナショナルの支持は目に見えてイスラエルから離れていくことになった。

 スウォールがサルタウィの暗殺に関係があったことを示す証拠は何一つ挙がってはいない。だが、その一方でそれから一年もたたないうちに、イスラエルとADLの利益を脅かした社会主義者インターナショナルのもう一人の人物の暗殺事件の隠蔽工作に、スウォールが個人的に関与していたという驚くべき証拠が明らかになった。

 続いてスウェーデン首相、パルメ暗殺

 一九八六年二月二十八日、スウェーデンのオロフ・パルメ首相は、夫人や小人数の警護員と一緒に通りを歩いているところを暗殺された。一九六三年の米国大統領ジョン・F・ケネディ暗殺事件以来の大規模な捜査にもかかわらず、今日に至るまで犯人は捕まっていない。

 パルメの暗殺から何日かたって、アーウィン・スウォールとADLは、世界のマスコミを動員してパルメ殺害の罪を、アメリカの政治家でエコノミストでもあるリンドン・ラルーシュに押し付けようとした。ADLが十年にもわたって憎悪の対象とするラルーシュは、スウェーデンにも支部のあるヨーロッパ労働党と呼ばれる世界的政治運動の代表だった。パルメ暗殺の二、三年前、ラルーシュは、自分の提出した戦略弾道ミサイル防衛計画案がレーガン大統領によって大幅に採用されたことから、ソ連の怒りを買ったことがあった。彼の提案した計画は、戦略防衛構想(SDI)、別名「スター・ウォーズ構想」の名で広く知られるようになった。レーガン大統領がSDI計画を発表した一九八三年三月二十三日から何週間もたたないうちに、ソ連政府の出版物はADLのパンフレットや記者発表の内容そのままの誹謗中傷の文句を並べ立てて、ラルーシュを好戦主義者だと攻撃を始めた。

 ソ連政府上層部の広報担当者たちは、ラルーシュがパルメ殺害の背後にいたとのADLの主張を支持した。その中にはソ連米国カナダ研究所長で科学アカデミー会員のゲオルギ・アルバトフや、当時のスウェーデン駐在ソ連大使で、KGBにあって長年の間専ら裏面での宣伝工作に従事してきたボリス・パンキン中将等もその中にいた。

 今になってみれば、パルメ暗殺の背後にラルーシュやヨーロッパ労働党が関係していたと攻撃したスウォールやソ連高官は間違いなく、その主張が全くのでたらめで言いがかりであることを知りながらこうした行動をとっていた。パルメ殺害から三年の後、ストックホルムの主要日刊紙スヴェンスカ・ダグブラデット紙の中で、スウェーデン情報部の上級諜報部員は、スウェーデンにいた少なくとも一人のKGBスパイがパルメ暗殺の数時間前に、同国の社会主義の指導者が殺害されることを予知していたという事実を、確たる証拠を揃えて明らかにした。スウェーデン国家警察SAPOの中の秘密情報部の手で、そのスパイの自宅には盗聴マイクが仕掛けられていた。KGB職員がパルメ暗殺を事前に知っていたことは、彼とその妻の会話を録音したテープにより知ることができる。そのテープは直ちに、最初の段階でSAPOに盗聴装置を提供した米国CIAへ渡された。

 パルメ暗殺の隠蔽工作の肝心な部分は、言いがかりであると知りながらラルーシュに罪をなるりつけようとしたことにある。政治的な理由で大物を殺害する場合は常に、殺害の計画と同時に、隠蔽工作をも計画しておかなければならない。

 隠蔽工作の担当者は、誰が実際に殺害を実行したか、その詳細を必ずしも知っているわけではないが、暗殺者と隠蔽工作の担当者を採用するのは、ともに全体を仕切る同一人物である。スウォールとADL、それにソ連のKGB。これがスウェーデンの国家最高首脳で社会主義者インターナショナルの指導者、オロフ・パルメ暗殺の隠蔽の鍵を握っている。この点は、文字になって公にされているし、疑問の余地のない事実である。

 パルメ殺害の動機

 だが、依然はっきりしないのは、パルメ殺害の動機である。

 時間の経過とともに、さらにはイラン・コントラ事件の鍵の解明が進むにつれて、一九八四年十一月のインディラ・ガンジー、インド首相の暗殺事件以来起こった重要な政治家の暗殺の動機が判明してきた。一方このことから、米国内外で勃発した数多くの他のテロ事件においてADLが果たした役割につき多くの事柄が明らかになってきた。

 オロフ・パルメは殺された当時、社会主義者インターナショナル委員会、つまりパルメ委員会の議長だった。この委員会は、第三世界の紛争の調停をしたり、内戦や地域紛争、民族戦争や混乱によって破壊された地域の非武装化を進めたりすることをその目的としていた。一九八五年の終わり頃には、パルメは六年も続いていたイラン・イラク戦争の終結に向けて努力していた。

 殺害される何ヵ月か前、パルメはスウェーデンの武器商人、カール・エリッヒ・シュミットの事務所の手入れをスウェーデンの警察当局に命じた。それは交戦国への武器販売を禁じた国際協定に違反し、イランのホメイニ陣営へ武器を提供した容疑によるものだった。シュミットの家宅捜査により入手した書類を調査するうちに、パルメはそのスウェーデン人がイスラエルのモサドおよびレーガン・ブッシュ政権内のプロジェクト・デモクラシーの組織と緊密な関係を結びながら仕事をしていたことを知った。さらに、東ドイツの悪名高い秘密警察シュタージも、シュミットによるスウェーデン製爆薬のイランへの密輸に加担していたことがわかった。その一方で東ドイツは当時、ソ連製の武器をニカラグアのコントラに大量に送り込むのにも協力していた。

 ペルシャ湾や中米で東西が表向きには対立しながら、地域戦争を醸成するために裏ではなれ合いの関係にあるという皮肉な事実を、パルメは暴露しようとしていた。だが、彼は逆に暗殺されてしまった。パルメの口封じは、後にイラン・コントラ事件で明るみに出ることにはなる秘密を隠蔽するために、最初の段階で用いられた過激な手の一つだった。彼の口を封じることは、アメリカの政府高官、ソ連のKGB、そしてその仲間である東ドイツのシュタージのいずれにとっても願ってもない事柄だった。その時点では、ADLもイラン・コントラ工作の中に完全に組み込まれていた。ユダヤ人によるコントラ援助を進めるために、ADLはサンディニスタ政権が「反ユダヤ」制作を取っているなどというばかばかしい宣伝工作を行っていた。またオリバー・ノースのグループ支援をユダヤ人社会にどう働きかけるかという問題につき、ホワイト・ハウスで説明するといったことまでを行った。

 パルメ暗殺に関する悪質な宣伝工作を進める上で、スウォールやADL幹部が果たした役割は、同じADLがイラン・コントラのために行った手口と完全に軸を一にしている。

 アーウィン・スウォールはルイジアナ州ニューオーリンズで行ったインタビューの中で、シュミット事件が最初に発覚したとき彼はスウェーデンにおり、リンドン・ラルーシュに対し手を打つ件につきスウェーデンの親シオニスト社会主義者たちとすでに話合いに入っていて、パルメ暗殺から何時間もたたないうちに、彼自らが隠蔽工作に乗り出したことを明らかにしている。

 オロフ・パルメの場合も、おそらくイッサム・サルタウィの場合でも、スウォールとADLの役割は、暗殺後のプロパガンダ活動に限られていた。それは虚偽の証拠のねつ造によって本当の暗殺者を逃亡させ、真の動機を隠蔽しようとするものだった。

 その他の場合には、米国の内外を問わず、ADLは直接テロそのものに関係していた。ADLは特に、犯罪組織と悪質な情報組織、それに名うてのテロ組織の接点の役目を果たしてきた。


 自作自演のカネ集め

 ADLがテロリストによる暗殺計画に関与していたことが公にされた最初のかつ悪質この上ない事件は、一九六八年に起こったこもである。それはスウォールがADLで汚いトリックを受け持つ実情調査部長に就任して一年後のことだった。そしてこの事件がきっかけとなり、 ADLは南北戦争後密かに手を結んでいたKKKと再び深い関係を持つことになった。

 一九六八年六月三十日、ミシシッピー州メリディアンのKKKのメンバー二人が、地元のADL職員メイヤー・ダヴィドソンの自宅に爆弾を仕掛けようとしたところを、警察の待ち伏せに会い、その一人、地元の学校教師キャシー・アイスワースは射殺された。彼女の相棒、トーマス・A・テランツ三世は、警察とFBI捜査官によって七〇回以上撃たれたものの、奇跡的に生き延びた。その後の地元警察による捜査の内容は、ロサンゼルス・タイムズによって事細かく伝えられたが、それによると爆弾を仕掛ける計画も待ち伏せも、すべてはADLによってお膳立てされていたものであることがわかった。 ADLは、FBIと地元警察の情報関係者の少なくとも一人と連携プレーをしていた。事件を演出するために、ADLはそのおとり要員となった地元のKKKの指導者二人に少なくとも六万九千ドルの現金を手渡していた。その二人のうちの一人は、ADLに買収されたとき、三人の人権運動家を殺害したかどですでに有罪になっている人物だった。

 アルトン・ウェイン・ロバーツは、一九六四年にミシシッピー州フィラデルフィアで、グッドマン、チェイニー、シュウェーナーの人権活動家三名の暗殺に加わったかどで、他の六人のKKKメンバーともども有罪の判決を受けていた。ダヴィドソン爆殺が企てられたとき、ロバーツは上訴の結果を待つべく保釈金を積んで釈放されていた。彼は終身刑を求刑されていた。

 アルトン・ウェイン・ロバーツと彼の兄弟レイモンド・ロバーツには、人種問題が原因で当時起こったと思われるテロ事件のうち、少なくとも一〇件以上について主犯としての容疑がかかっている。このうち二件については、標的がユダヤ人だった。一九六七年九月十八日、ミシシッピー州ジャクソンのシナゴーグが爆破され、同年十一月二十一日には、同じジャクソン市の地元のラビの家が爆破された。そしてアインズウォースとタランツがメイヤー・ダヴィドソン宅を襲撃する一ヵ月前の一九六八年五月二十七日には、ミシシッピー州メリディアンのシナゴーグが爆弾によって大被害を受けた。

 これら一連の爆破にADLが資金を出していたという証拠は公にはされていないが、一九六八年六月の第一週までに、ロバーツ兄弟がADLから現金を受け取り、KKKメンバーから二人を送ってメイヤー・ダヴィドソンの家を爆破するよう指令を受けていたことは、警察の調書でも新聞の報道でもはっきりしている。計画ではKKKのメンバー二人が地元のADLの指導者の家を爆破しようとしているところを警察とFBIが逮捕するということになっていた。そしてその後、この事件を大々的に報道し、人種差別の高まりや反ユダヤ主義を大きく取り上げることにより、地元のユダヤ人社会や南部全体のリベラル派の人たちからのADLへの献金を募るというものだった。そうすれば同情した人々から多額のカネが入ってくるという寸法だった。これはまさしく教科書通りの取り込み詐欺の手口で、ADLお得意のやり口だった。


 目的のためには手段を選ばず

 FBIにとっても、起こった事件を都合よく報道されるのは決して悪い話ではない。またロバーツ兄弟にしても、カネが懐に入るし、刑務所入りを逃れるのに地元や連邦当局の協力を得られるのだからこれは悪い話ではない。

 警察の調書によると、ADLの中でこの件を指揮したのは、アドレフ・ボトニック、別名サム・ボトニックだった。彼はADLのルイジアナ支部ニューオーリンズ地区の責任者だった。この支部はミシシッピーにおけるADLの活動も管轄していた。

 ボトニックは、ニューオーリンズの元FBI特殊捜査官故ガイ・バニスターとは長年の友人関係にあった。バニスターはまた、海軍情報部にも関係しており、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の陰謀に加わった中心人物の一人だったとの疑いもかけられている。ケネディ暗殺の中心人物とされた二人、犯人とされたリー・ハーヴィー・オズワルドと彼が心を許した友人のデイヴィッド・フェクーは、大統領暗殺のちょうどニ、三ヵ月前からニューオーリンズにあるバニスターの事務所にしばしば出入りしていたことが目撃されている。ケネディ暗殺の真相を究明するニューオーリンズ大陪審に出頭する前日にバニスターが死亡するまで、ボトニックはかれの事務所に絶えず顔を見せていたようである。

 一九六八年の初め、サム・ボトニックはミシシッピー州メリディアンを訪ねた。その目的は地元のFBI特別捜査官フランク・ワッツおよびメリディアン警察の刑事ルーク・スカーボローと密かに会合を行うことにあった。その会合の席上、ボトニックはロバーツ兄弟にADLの資金六万九千ドルを渡すという名も知れぬ「仲介人」に対し、一万ドルを支払うことに合意したと言われる。ロバーツ兄弟は情報提供者となり、かつADLやFBI、それに地元警察のための工作員となって、KKKと警察の間に起こる銃撃戦の演出に手を貸すことになった。

 ADL、FBI、地元刑事、二人のKKKテロリストの間の合意内容は、有名な捜査担当記者のジャック・ネルソンによる一九七〇年二月十三日付『ロサンゼルス・タイムズ』紙の一面記事の中で詳細が明らかにされている。ネルソンの記事は、メリディアン警察のスカーボロー刑事が記した一九六八年六月十日付報告書を裏付けとしている。

 その警察の書類の一部は次のようになっている。

 「私は、仲介人に会って、工作の準備が整ったことを告げた。彼はカネについて尋ねたので、われわれはすでにある人物[スカーボローは他のところでこの人物はボトニックだと述べている]に会ったところ、この人物はカネの方は大丈夫だと言っていたと彼に教えてやった。彼は、それからウェイン[アルトン・ウェイン・ロバーツのこと]を訪ね、われわれが事を始める準備が整ったことを告げた。ウェインは店へ行ってレイモンド[ロバーツのこと]にそのことを言いに行くと仲介人に語った。レイモンドは、次の仕事をメリディアンで実行するには三日前後かかるとわれわれに告げた」

 「次の仕事が始まったら、われわれは三ヵ所の異なる場所に張り込まなければならないと彼[レイモンド]は語った。また一つの本物があるとするといつも、それに代わるものが二つ存在するものだとも言った」

 『ロサンゼルス・タイムズ』のネルソンの記事によると、その翌日サム・ボトニックは、ニューオーリンズからメリディアンに運ばれる最初の分二万五千ドルを二十ドル紙幣で用意した。その現金はFBIの要員に渡され、その日の遅くにその要員はロバーツ兄弟に会った。

 六月二十日、ロバーツ兄弟はFBIとADL側に返事を送り、ダヴィドソン宅に爆弾を仕掛けさせるためKKKの中から二名、ジョー・ダニー・ホーキンスとトーマス・テランツ三世を選んだことを伝えた。攻撃予定日は六月三十日。

 六月二十九日の夜、アルトン・ウェイン・ロバーツは二人のKKKメンバーに最後の爆破命令を伝えた。最後の瞬間になって、キャシー・アイスワースがホーキンスの代わりに任命された。ホーキンスは計画から降りた。

 六月三十日に日付が変わって間もなく、テランツとアイスワースはダヴィドソンの家まで車を走らせた。アイスワースが車の運転席で待っている間、ピストルで武装したテランツが家の方に爆弾を運んだ。その瞬間、十二人のメリディアンの警察官と少なくとも十人のFBI捜査官がKKKのメンバー二人に向かって銃撃を開始した。最初に銃を撃ったのが警官であったのかどうかは今日に至るまで議論があるが、テロリスト志願者の二人がまんまと罠にはまり、警官とFBIの待ち伏せによって文字通り抹殺されたというのは事実である。


 KKKとも組むADL

 自らの指導者の一人に対するテロを演出するのにADLがどういう役割を果たしたか、その詳細を『ロサンゼルス・タイムズ』が明らかにしたことでADL内にはかなりの混乱が生じたものの、爆破・待ち伏せ作戦そのものは万事計画通りに成功した。マスコミが人々を震え上がらせるような話を書き立てた結果、南部全体でADLの資金集めに弾みがついた。

 アルトン・ウェイン・ロバーツは、ミシシッピー州フィラデルフィアにおける民権活動家三人の殺害の件につき、驚くほど短い禁固刑に処せられるだけで済んだ。彼は七年の禁固刑の判決を受けたが、三年で釈放された。彼とその兄弟のレイモンド・ロバーツは、FBIの目撃者連邦保護措置を受けられることになり、多額の給与を与えられている。複数の情報源によると、この二人はその後二十年間はADLの実情調査部のために働くおとり要員として活動し続けたという。

 ADLがミシシッピー州メリディアンをにおいて人種差別主義者の殺し屋二人を雇ったのは、決して特異なことでも異例のことでもない。例えば一九八〇年代半ばには、ADLの南東地域民権部長チャールズ・ウィッテンシュタインは、アトランティック警察署が行っていた秘密工作計画をそっくり自分たちが乗取ってしまうことを提案した。表向き、地元警察が深刻な予算削減に悩んでいるのを見かねてという理由で、ADLはその計画に要する費用のすべてを負担すると申し出た。

 ロバーツ兄弟に見られるように、ADLはKKK子飼いのメンバーを雇うというだけにとどまらず、入獄しなければならないという恐怖心や経済的な困窮という事情をうまく利用したりすることがある。また、恐喝して要員を引張ってくるという昔ながらの手口を使うこともある。


 人種差別反対はただの表看板

 他から人を捜してくるというやり方のほか、ADLは自ら訓練した工作員を使うこともしばしばある。彼らの多くはユダヤ人で、KKKやそれに類する組織の中に密かにおとり要員として潜入している。

 ジェームズ・ローゼンバーグ(別名ジミー・ミッチェルおよびジミー・アンダーソン)は、そうしたADL工作員の一人である。彼は長年にわたってKKKやクリスチャン防衛同盟(CDL)といった白人の人種差別団体の幹部だった。目撃者の証言によると、一九七〇年にローゼンバーグは、ニュージャージー州トレントンのKKKのメンバーを説得して、全米有色人種地位向上協会(NAACP)の地元本部を縛はさせるところまで話を詰めたことがあった。もし爆破が実行されていたら、ニュージャージー州の州都は、人種暴動の場を化していたことだろう。

 ニューヨーク州知事、州兵、それにイスラエル政府の間の特別のはからいで、ローゼンバーグは十二名のニューヨーク出身者と共に、イスラエル国防軍の軍事訓練を六ヶ月間受けた。ローゼンバーグに関して詳しい何人かの捜査官によると、レーガン政権時代に、ローゼンバーグは、イスラエルのモサドが雇った傭兵の一人として、グアテマラやエルサルバドルに何度か送り込まれた。

 ある時、ローゼンバーグとADLの差し金で極右組織に潜入していたもう一人の男が、二人でミッド・タウンのアパートの屋上から自動拳銃で下を通る歩行者を狙っていたところを警察に逮捕され、世間を騒がせたことがあった。

 ADLの介入により、その事件の真相は隠蔽され、ローゼンバーグとその共犯者は、ともに罪に問われることはなく事が済んだ。


 悪魔からの知恵か

 ADLから密かに送り込まれた別のおとりでローゼンバーグやスウォールと長年関係のある人物が、同様の事件を起こしたかどでニューヨークで裁判を待っている。その人物の名はモルデカイ・レヴィ。一九八九年八月十日、彼はニューヨーク市内のグリニッチ・ヴィレッジで実際に通りの群衆に向けて銃を発射、たまたまそこにいた人の足に弾が命中した。ニューヨーク市警テロ対策班の手で付近一帯には非常線が張られた。何年もの間レヴィと一緒に活動してきたFBI捜査官が、最終的にそのユダヤ人秘密工作員に対し武器を捨て警察に投降するように説得した。レヴィは殺人未遂を含む一連の重罪を犯したかどで起訴された。

 その十年前、レヴィはこれとは違った形のテロ襲撃を試みて悪名を馳せたことがあった。一九七九年二月十六日、彼は独立ホールでKKKとアメリカ・ナチ党の集会を開く許可をもらうために、ジェームズ・ガットマンなる偽名を使ってペンシルバニア州フィラデルフィアの米国公園管理局事務所に申請を行った。独立ホールは合衆国の独立宣言が調印された国定記念物である。

 集会の許可申請書によると、ガットマンは「白色人種による白人の大同団結を誇示し、世界の黒人やユダヤ人どもは腰抜けだということを誇示するための白人パワーの集会」を演出するつもりだった。

 集会にしようされる道具や装置一式を記載する申請書の別の欄に、彼は「鉤十字章、旗、ナチの制服、KKKの小道具一式、...十字架、『ヒトラーは正義なり - コミュニストのユダヤ人をガス室に送れ』と書いた鉤十字のプラカード」と書き入れた。申請書の至るところに「ガットマン」は自分のことをフランク・コリンズ率いるネオナチ・グループでシカゴに本部を置くアメリカ国民社会党の『コーディネーターのトップ』だと書いた。フィラデルフィアでこの集会が開かれる数年前、自分自身がユダヤ人の両親のもとで生まれたコリンズは、イリノイ州スコッキーというシカゴ郊外のユダヤ人が大勢住む地区ですっかり評判となったナチの行進を演出した。当時、その行進はADLかFBI、あるいはその双方が後援者になってやらせているものだとそれを調べた人たちの多くは考えた。

 フィラデルフィアで、計画中の独立ホールでの集会への参加をKKKのフィラデルフィア支部やニュージャージー支部に呼びかけたときには、レヴィは「ジェームズ・フランク」なる名前を使った。当時、彼の仲間のADL工作員ジェームズ・ローゼンバーグはその近くのニュージャージー州トレントンで活躍しており、彼はガットマンの集会に参加するよう地元の白人グループを誘った。

 レヴィが米国公園管理局から集会許可を得て二十四時間もたたないうちに、ナチ・KKK阻止連合なる特別委員会が急きょフィラデルフィア地域に結成された。このグループは、暴力をもって反対デモを行うというものだった。この連合の旗振り役は誰あろう、モルデカイ・レヴィ自身だった。

 彼は本名を使ってテロ集団であるユダヤ防衛連盟(JDL)のフィラデルフィア本部から指揮を行い、この地域の左翼や戦闘的ユダヤ組織にことごとく接触した。


 ユダヤ組織の公然たるテロ

 この連合の打ち合わせの一つに出席した『フィラデルフィア・ジャーナル』紙の記者、ビル・テイラーによると、グループはまちがいなく流血沙汰を引き起こす準備をしていたという。

 「ヤームルカや皮のジャンパーを着たいかつい顔つきの若者のグループが、静かにかつ熱心に銃について議論していた。三五七口径では大きすぎまいか、三八口径は役に立つだろうか、と」と彼は書いている。

 一九七九年三月十六日に発表された同じ記事の中で、JDLニューヨーク支部の保安担当の責任者の発言が引用されている。

 「われわれはニューヨーク から千人から二千人連れて行く。...われわれの側にはなぜあの連中(ナチ)が一人残らず札付きかという六百万の理由がある」

 KKK支持者と反KKKの間であわや再び流血事件の勃発かと思われたが、「ナチ」の集会の直前に地元の新聞記者がガットマンの正体を知るに及んで、衝突は回避された。

 フィラデルフィアの新聞は「ナチ集会、仕掛人の正体はユダヤ人」と大見出しで書き立て、「ナチ集会許可、背後でJDLが仕組んだか?」と問いかけた。

 マスコミの伝えるところでは、米国公園管理局は集会許可を取り消したという。ADLにとっては惜しかったとはいえ、この団体は懲りることなく、人種対立を煽動する同様の企てを他の機会に何度でも試みようとした。

 ADLの手先のモルデカイ・レヴィや、JDLのもっと強硬なテロリストたちは、穏健なパレスチナ系米国人や、イスラエルやソ連が戦時中のナチ戦犯と非難している東欧出身の米国人を対象にした全面テロ攻勢を米国内で仕掛けようとした。

 一九八五年秋と言えば、PLO幹部のイッサム・サルタウィの暗殺がアーウィン・スウォールによって目撃されてから何ヵ月もたたない頃だが、その年の秋には血なまぐさいテロの嵐が吹き、その一つの事件では、爆風によって二人が死亡、数人が負傷した。その事件はFBIのウィリアム・ウェブスター長官がいうところの「ユダヤ地下組織」の仕業によるものだった。

 一連のテロ事件では、モルデカイ・レヴィが中心的な支援の役回りを果たしていた。


 ユダヤ防衛連盟(JDL)のテロ続発

 一九八五年八月十五日、ニュージャージー州パターソンのツチェリム・スーブゾコフの自宅が爆破された。彼はロシアのサーカシア地方からアメリカに移民した人物で、中東では米国情報部のために働いていた。この事件は朝の四時に自分の車が燃えているとの隣人からの電話で起こされた彼が、玄関のドアを開けた瞬間に爆発するように仕組まれたなかなか凝ったものだった。スーブゾコフは足を吹き飛ばされた。それから三週間後に近くの病院で息を引き取った。

 スーブゾコフはADLと近い関係にある『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者に、対戦中はナチだったとして非難されていた。この記者、ハワード・ブラムが非難の根拠としたのは、長年ADLの協力者であったエリザベス・ホルツマン議員が最初に手を入れ、その後ソ連がねつ造したものであることが判明した文書だった。

 スーブゾコフはブラムと『ニューヨーク・タイムズ』紙を名誉毀損で訴えた。この辺のところは一冊の本になって大勢の人々に読まれている。彼が勝訴し、示談で決着したときから、彼に対する攻撃や言いがかりがエスカレートした。これらはユダヤの地下組織からのものだった。

 爆弾テロが実行されるちょうど二、三日前、モルデカイ・レヴィがニュージャージー州パサイク近くのシナゴーグで話をして、スーブゾコフを危険な「ナチ」と言って攻撃した。レヴィは今は新設のユダヤ武闘組織、ユダヤ防衛機構(JDO)の代表だと自らを称しているが、スーブゾコフが爆弾で吹き飛ばされた後にレヴィは声明を発表して、それを快挙と「賞賛した」。

 スーブゾコフへの爆弾襲撃が行われた翌日の一九八五年八月十六日、マサチューセッツ州ボストンの警察官が、アラブ系アメリカ人反差別委員会(AADC)のボストン事務所の外に置かれた同様の仕掛けパイプ爆弾を処理しようとして重傷を負った。爆弾が破裂した後、JDLを代表するという人物から事件は自分が起こしたとする電話があった。ツチェリム・スーブゾコフが息を引き取った八月七日、ニューヨーク、ロング・アイランドにあるエルマーズ・スプロギスの玄関に同じ種類の爆弾が置かれていた。スーブゾコフ同様、スプロギスも戦犯としてJDLの攻撃の対象になっていた。爆発によってスプロギスが負傷することはなかったが、彼の車が燃えているのを知らせるために彼の家の呼鈴を鳴らした何の関係もない通りがかりの人が重傷を負った。再度、JDLは警察とマスコミに犯行声明の電話をかけてきた。そしてこの時もやはり、犯行の何週間か前にADLのおとり要員モルデカイ・レヴィがニューヨーク、オールド・ウェストベリーのシナゴーグで記者会見をして、スプロギスに対し「ユダヤの正義」を思い知らせてやると約束していた。

第十一章ここまで



 

ユダヤの告白 その10

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月15日(水)00時32分25秒
返信・引用 編集済
  http://oriharu.net/jADL10.htm

第十章、犯罪シンジケートへのイスラエル囲い込み】
 麻薬カルテル、メデリン

 公にはその操縦母体であるADLと距離を保ちながら、ヴェスコは一九七九年には、北米史上最大の利益をもたらす麻薬ルートをつくり上げていた。

 自動車泥棒とマリファナ密輸のかどでフロリダの刑務所に六年間服役したことがあるコロンビアのチンピラやくざカルロス・レーダー・リバスと組んで、彼はノーマンズ・ケイというバハマの島を購入した。その後三年間、この島はアメリカ向けコロンビア産コカインの主要中継点として利用された。密かにADLシンジケートのために働くヴェスコとアドルフ・ヒトラーに対する尊敬の念を公然と口にするコロンビアのチンピラやくざの共同事業というのは、どう見ても不自然なものであるが、これも戦略的背景があってこそ行われているのである。

 コロンビアにあるレーダーの組織は、メデリン犯罪組織の中心的グループと密接な関係にあった。メデリン・ファミリーはエメラルドの密輸によって財を築いたが、当時はボリビアとペルーでのコカイン生産を大幅に増やすために資金を注ぎ込んでいた。このコカインはコロンビアにある秘密工場で精製され、人目につかない小さな空港からアメリカに運び込まれた。このヴェスコとレーダーの共同事業は、今日いわゆるメデリン・カルテルとして知られるものにまで成長した。

 世間一般にはメデリン・カルテルというコロンビア新興勢力が、北米における従来の麻薬犯罪組織に取って代わったと言われているが、事実は全くその逆である。メイヤー・ランスキーは西半球一帯への麻薬の供給を目論んでいたが、カーター政権時代に銀行に対する規制が緩和された結果、その事業は大きく前進した。パナマ共和国と西インド諸島は一夜にしてダーティー・マネーの新たな逃避先となったが、ランスキーとADLはこういった一連の動きを背後から操るため事前にこの地に移ってきていた。彼らは苦労しながらもこうしたオフショアの資金洗浄の仕組みをつくり上げたおかげで、旧来の組織ではありながらメデリンや他の南米のコカイン・カルテルを牛耳ることができた。コロンビア人の方は有名になったが、ADLの大物たちをはじめとするランスキーの組織は大金を懐にすることに成功した。
 カーター政権内のADL

 ADLの支持者ソル・リノヴィッツはカーター政権のパナマ運河条約交渉特別担当官だった。交渉に際しリノヴィッツには、パナマの銀行にオフショアのダーティー・マネーを受け入れさせるという別の目的があった。彼は私欲のない人間などでは決してなかった。パナマ・ナショナル・バンクの代行機関であるマリーン・ミッドランド銀行の取締役として、リノヴィッツ自身は投機資金であるホット・マネーを操っていた。パナマ運河条約交渉の最中の一九七八年、マリーン・ミッドランド銀行は香港上海銀行に買収された。香港上海銀行は、一九世紀における中国でのアヘン戦争以来、世界でも最も悪名高い麻薬資金の洗浄機関である。

 さらに一九八〇年代にランスキー一味がコカイン取引でボロ儲けをする体制を築き上げていたちょうどその期間、カーター政権の商務長官はADLの最高幹部フィリップ・クラツニックだった。証言に基づいてつくられた公式のADL史『一日にして成らず』によると、クラツニックの商務長官選任に関してカーターのホワイト・ハウスと民主党全国委員長ロバート・シュトラウスが、副大統領ウォルター・モンデールの長年の友であるバートン・ジョセフに直接相談している。当時ADL全米委員長を務めていたこのバートン・ジョセフは、前にも再三述べた通り、以前リクリスとヴェスコを結び付けた人物である。
 カストロと麻薬ビジネス

 アメリカ政府捜査当局は、今日に至るまで、ロバート・ヴェスコがコカイン取引の中心人物であると考えている。一九八一年にアメリカ麻薬取締官の逮捕の手を避けるためコスタリカから逃亡して後、ヴェスコはついにキューバの独裁者フィデル・カストロからハバナに住む許可を獲得した。このカストロの行動は、キューバに一大カジノ帝国を築き上げるという野望を長年持ち続けていたメイヤー・ランスキーを非常に喜ばせたに違いない。ランスキーの長年の友であったファルゲンシオ・バチスタからカストロが政権を奪ったときに、彼のこの夢は打ち砕かれてしまっていたからである。

 このキューバの独裁共産主義者の厚意に応える形で、ヴェスコはレーダーと共に築き上げた麻薬密輸ビジネスの仲間にカストロを加えた。カストロは特にアメリカ人の助けを必要としてはいなかった。一九六〇年代の初頭からすでに、彼はソ連の情報機関の手引により麻薬取引に手を染めていた。コロンビア、ペルー及び中米の共産ゲリラは、麻薬商人との取引により武器購入資金を調達することを知っていた。極左ゲリラはコカインとマリファナの栽培農場を警護したし、自分たちで実際に麻薬を栽培、精製することもあったし、またある場合には麻薬の原料を精製所へ輸送する麻薬商人に武装兵を提供することさえもあった。

 しかし、ヴェスコはカリブ海経由の主要密輸ルートにキューバ人とニカラグア周辺にいた親キューバのサンディニスタを直接参加させた。ヴェスコの仲介によってキューバ人やニカラグア人は、メデリン・カルテルのための燃料補給をはじめとする輸送の中継の仕事を程なく請負うようになった。麻薬をアメリカに注ぎ込むことにより「ヤンキー」の文化的・精神的崩壊を早める一方で、彼らは何百万ドルもの米貨を手にしたのである。
 中米をおおう麻薬汚染

 一九八九年四月一七日、米国司法省はコカイン密輸の容疑により大陪審がロバート・ヴェスコを正式に起訴したと発表した。

 起訴に関する新聞発表の一部は次の通りである。「フロリダ中部地区担当のロバート・W・ジェンツマン検事は、メデリン・カルテルのメンバーによるコロンビアからアメリカへのコカイン密輸に関する捜査の結果、フロリダ州ジャクソンビル大陪審が新たに追加した二人の被告を起訴したと本日発表した。アメリカへのコカイン持込みを企てたことにより起訴されたのはロバート・リー・ヴェスコである。ヴェスコ(五十五歳)は現在キューバに住んでおり、一九七四年から一九八九年にかけ他の三十人の被告と共に行った共同謀議により起訴された。起訴状はヴェスコが以前メデリン・カルテルの首魁の一人であったカルロス・レーダーに対し、一九八四年末頃にコカインを積んだ飛行機のキューバ上空通過の便宜を図ったことを特に起訴理由として挙げている。レーダーは、一九八八年のフロリダ州ジャクソンビルにおいてコカインを密輸した事件で有罪判決を受け、現在終身刑で服役中である。もしヴェスコが有罪ということになれば、最高で終身刑と四百万ドルの罰金ということになる...」「ヴェスコは一九八九年二月に陪審員の答申が出たパブロ・エスコバル・ガヴァリア、ホセ・ゴンサロ・ロドリゲス・ガチャ、ホルヘ・ヴァスケスをはじめすべてメデリン・カルテルのメンバーからなる三十人の被告に対する訴訟の中で罪に問われた」

 一九八四年五月の起訴状によると、カルロス・レーダー、パブロ・エスコバル・ガヴァリア、ホルヘ・オチョア・ヴァスケス、ファビオ・オチョア・ヴァスケスおよびゴンサロ・ロドリゲス・ガチャらはすべてニカラグア国外で活動していた。メデリン・カルテルの殺し屋によってコロンビアの法務大臣ロドリゴ・ララ・ボニラが暗殺された直後、彼らはニカラグアから逃亡した。彼らメデリン・カルテルの五人の頭目は、サンディニスタの役人に多額の賄賂を贈ってその密輸取引の拠点をこの中米の国に移行していた。そしてすでに千四百キログラムに及ぶコカインをロス・ブラジルズ空軍基地の格納庫の中に隠していた。

 一九八四年十月、レーダーはニカラグアのコーン島からキューバのケイヨー・ラーゴにいるロバート・ヴェスコのもとに手紙を持たせた使いを送り、この昔の密輸仲間にニカラグアからバハマのアンドロス島までコカインを運ぶメデリン・カルテルの飛行機のキューバ領空通過をキューバ当局に働きかけてくれるよう要請した。ヴェスコは数日のうちにキューバ当局から領空飛行の許可を得た。
 イラン・コントラの仲介者名簿

 ワシントンではADLラテン・アメリカ部の幹部ラビ・モートン・ローゼンタールが、サンディニスタ政府の反ユダヤ主義について大統領に状況説明をするためにホワイト・ハウスに招かれた。ADLはニカラグアの反ユダヤのサンディニスタ政権を転覆するための秘密戦争ではレーガン政権に協力することを約束していた。メデリン・カルテルもまたレーガンの政権の支持を約束していたと言われている。反サンディニスタ活動の一環として、メデリン・カルテルの銀行はレーガン政権のこの秘密戦争のために操縦士、航空機と何百万ドルもの現金を密かに用意した。メイヤー・ランスキーと彼のADLの仲間たちは、ずっと前から、それが選挙キャンペーンであろうと戦争であろうと、すべての闘いにおいて賭けのリスクを回避するため常に双方に投資するやり方をとっていた。

 皮肉にもケネス・ビアルキンの最大の顧客ロバート・ヴェスコが、その長年の友であるアラブの億万長者アドナン・カショギから買ったヨットの上でキューバの太陽を浴びてくつろいでいた時、レーガン政権の秘密チーム(オリバー・ノース海軍中佐と引退した空軍のリチャード・セコード将軍)がイランのアヤトラ・ホメイニとニカラグアのコントラ向けの武器の購入に要する数千万ドルの資金を捻出するために、ビアルキンはカショギに代わって、一連の秘密金融取引にあたっていた。手当てした資金の送金のために用意したスイスの秘密銀行口座の管理にはウィラード・ツッカーなるチューリッヒの弁護士があたっていた。ツッカーはウィルキー・ファー・アンド・ギャラガー法律事務所のヨーロッパ代表であり、ヴェスコによるIOS社の買収に際してはビアルキンに最も協力した人物だった。

 以上のようなことが起こっていた間、ケネス・ビアルキンは一方ではADLの全米委員会会長として精力的に働いていた。
 アメリカン・エキスプレスの買収

 米国大統領は次々と交替するし、戦争もいつかは終了する。しかし全米犯罪シンジケートをアメリカの政財界の中枢に送り込むというメイヤー・ランスキーの長年の目標は依然変わることはなかった。

 一九八〇年代中頃にはADL会長ケネス・ビアルキンは、新たな段階に入ったランスキーの壮大な計画にすでに取り込まれていた。つまりビアルキンは地下活動から毎年あがる何十億ドルという利益をアメリカに還流させるための金融機構づくりのために働いていたのである。

 ちょうどロバート・ヴェスコがランスキーの財産をカリブ海にあるオフショア・バンキング・ヘイブンに移すのに手を貸したように、ビアルキンは今度はアメリカ企業の大部分が全米犯罪シンジケートの後継者たちの手に落ちるこ
になる一連の劇的な企業買収を画策した。

 ウィルキー・ファー・アンド・ギャラガー法律事務所に籍を置きながら、ビアルキンはシェアソン・ローブ・ローズやエドモンド・サフラのサフラ・バンクをはじめとする何社かのウィルキー・ファーの顧客をアメリカン・エキスプレス・コーポレーション(アメックス)に合併させた。アメックスとシェアソン合併のすぐ後、連邦捜査当局はクレジット・カード業務とマーチャント・バンギング業務からなるこのコングロマリット企業が、何百万ドルもの小切手を組織犯罪集団に代わって振り出していたことを発見した。ペンシルベニア州のフィラデルフィアとフランスのパリにあるアメリカン・エキスプレスの事務所が米国税関とFBI捜査官による手入れを受け、最高幹部が起訴された。
 麻薬ルートをたどる

 しかしビアルキンの顧客と国際犯罪組織との間にもっと重大な関係があったことは、起訴が言い渡される前にもみ消されてしまった。この事件にはスイスやブラジルの銀行のみならずニューヨークにあるリパブリック・ナショナル・バンクを所有し、ビアルキンの顧客でありまたADLの主要な後援者でもあるエドモンド・サフラも絡んでいた。

 一九八八年に、アメリカの麻薬取締局と税関の職員は、スイスのアメリカ大使館を捜査した結果チューリッヒに本拠を置くシャカーチ・トレーディング・カンパニーが中東とラテン・アメリカの麻薬取引組織網のために資金を洗浄していた事実をつかんだ。ベルンを拠点とする捜査官は、トルコ、ブルガリア経由でレバノンからチューリッヒにハシッシュとアヘンを持ち込むことで手にした金塊や現金が、その後どのようなルートを辿るか追跡した。チューリッヒでは、シャカーチから遣わされた運び屋が届いた現物を受け取った。金塊は売却され、その代金は別に受け取った現金とともにニューヨークにあるリパブリック・ナショナル・バンクの口座に振り込まれた。

 同時に、カリフォルニア州ロサンゼルスに本部を置き、メデリン・カルテルの資金を密かに洗浄している会社の徹底的調査を目的とする「ポーラー・キャップ作戦」に従事する麻薬取締局の操作官が、コカインによる利益もロサンゼルスからリパブリック・ナショナル・バンクの同じ口座に振り込まれていることをつきとめた。見たところ二つの別々の麻薬密輸組織間に、確固としたつながりがあることが判明した。つまりともにシャカーチ・トレーディング・カンパニーという同じ資金洗浄機関を使っていたのである。
 サフラが起訴されていたら

 シャカーチ社の背後関係を調査中の在スイス・アメリカの捜査官は、同社の創立者であるモハメッド・シャカーチが、リパブリック・ナショナル・バンクのオーナーであるエドモンド・サフラとは古くからの友人であり、仕事仲間でもあることをつきとめた。捜査官はさらに、スイスの副大統領でかつ司法大臣でもあるエリザベス・コップの夫がシャカーチ・トレーディング・カンパニーの重役をしており、スイスとアメリカで起訴される前に同社の取締役を辞任するよう警告していた事実をつかんだ。その後に起こったスキャンダルの結果、コップ夫人は辞職した。モハメッド・シャカーチの二人の息子は洗浄行為に関与したかどで懲役刑に処せられた。だが、どういうわけかその理由は今でも謎に包まれたままであるが、起訴されると見られていたエドモンド・サフラは、結局起訴されなかった。

 サフラが起訴されていたとすれば、ウォール街から国連プラザにあるADL本部までが大混乱に陥っていただろう。このシリア生まれのユダヤ人は、一時期アメックスのマーチャント・バンキング部門の筆頭に位置していたこともあるし、ヘンリー・キッシンジャーやビアルキンとおもにアメックスの取締役会にも名を連ねていた。さらにサフラは法律問題に関するパートナーであるビアルキンやイラン・コントラに関与する人物ウィラード・ツッカーと一緒になって、レバノンにいる米国人人質の釈放を巡ってテヘランと秘密交渉する期間、ノースとセコードが率いるチームにジェット便のサービスを提供するための会社を設立していたからである。
 企業買収マニアたち

 ケネス・ビアルキンが画策したアメックスによる大規模な買収は、その後に続くもっと大がかりな企業買収のの単なる先駆にすぎなかった。こうした大規模な買収行為は、アメリカの名門大企業の一部をADLの息のかかった人たちの手に渡すものだった。

 企業買収業務にもっと専念するべくビアルキンは一九八八年一月にウィルキー・ファー法律事務所を辞め、世界最大でかつおそらく最も悪辣な法律事務所スカデン・アープス・スレート・ミーガー・アンド・フロムに移った。スカデン・アープスが公表している資料によると、同法律事務所は現在千人以上の弁護士と二千人以上の事務職員、補助職員を抱え、アメリカ全土、極東およびヨーロッパに事務所を有している。一九八九年中に、同事務所が顧客に請求した報酬総額は四億ドルを抱えている。それほどの収益を手にしていながら、スカデン・アープスはこの一世紀最大とまでは言わずともこの十年間で最大のホワイト・カラー犯罪に関与してきた。

 スカデン・アープスは企業買収を得意とする。この事務所の共同設立者である弁護士ジョセフ・フロムは「レバレッジド・バイアウト(LBO、主として借入金による買収)」「ホスタル・テイクオーバー(敵対的買収)」あるいは「コーポレート・レイド(企業乗取り)」といった名で呼ばれる技法を開発したことで広く知られている。スカデン・アープスの顧客中最大の買収マニアで一九八五年から一九八八年にかけてアメリカ企業を総なめにしたのは、ジャンク・ボンドを編み出したマイケル・ミルケンの会社ドレクセル・バーナム・ランベールなる証券会社であった。

 ミルケンは彼と親しかった同僚のアイヴァン・ボウスキーと組んで、株式の買占め資金を高利回りの「ジャンク・ボンド」の発行で賄いながら、米国内企業を相手とする一連の劇的な敵対的企業買収を一九八五年に開始した。

 従来の見方に立つなら、こうしたやり方はいつかは破綻せざるを得ないものだ。米国、カナダ全土の一連のデパートを買収したキャンポー・コーポレーションの場合も、借金した買収資金の利子を払うのに、買収した会社から入る現金では足りないという事態が起こった。

 ほどなくして連邦捜査当局が、こうした企業買収がインサイダー情報に基づく株式買占めによって行われていることを突き止めた結果、ドレクセル・バーナム社、ミルケン、ボウスキーにとって事態は最悪のものとなった。彼らは、結局のところ買収した企業に全部ツケを回すことによって、株式の買占めで大きな利益を懐にすることができた。ボウスキー、ミルケンそしてドレクセル社のすべてが米国司法省により起訴された。
 ドレクセルのジャンク・ボンド

 しかしその間に、海外に蓄積した利益を「ジャンク・ボンド」のメカニズムを通してアメリカに還流させる見えざる仕組みが、かつてランスキーの組織のために金融面でこっそりと働いていた人たちにより考案された。一九八〇年代半ばから終わりにかけて企業乗取りが最も盛んだった頃、ジャンク・ボンドに投資された資金の約七割はドレクセル・バーナム・ランベールによるものだった。同社がどこからその資金を手に入れたかを尋ねる者はなかった。そしてドレクセルも同社が抱えるこうした特別の投資家の正体を明かすことはなかった。

 ドレクセルのジャンク・ボンドの大手顧客は、ウィルキー・ファー事務所時代からのビアルキンの顧客で、バーニー・コーンフェルドにならって英国ロスチャイルドのパートナーとなったリライアンス・グループのサウル・スタインバーグ、前々からランスキーの組織との関係を疑われていたオハイオ州シンシナティに本拠を置く抵当権保証業者のカール・リンドナー、それにもう一人ずっと以前からランスキーとは仕事仲間だったビクター・ポズナーといった人たちであった。

 ボウスキーとミルケンが連邦刑務所入りしたのに対し、乗取り策を練りインサイダー情報のやりとりをコントロールするという最高の立場にいたスカデン・アープス事務所の弁護士たちが起訴されることはなかった。
 RJRナビスコ買収劇

 ADLの会長ビアルキンはうまく立ち回ってきた。 ADLといういわゆる福祉事業に携わる他に、彼はニューヨーク証券取引所理事会の法律顧問委員会の一員でもあった。また米国弁護士協会の会社・銀行・商法委員会の議長でもあった。またそれ以前は同弁護士協会の連邦規制証券委員会の議長であった。レーガン政権時代には、彼は連邦政府の規制全体の研究と見直しを担当する大統領諮問委員会の委員に任命された。ビアルキンをこうした委員のメンバーにしたのがボイデン・グレイで、彼は当時ブッシュ副大統領の主席法律顧問だった。今日、グレイは大統領になったブッシュの主席法律顧問である。

 グレイはR・J・レイノルズ・タバコ・カンパニーの富を引き継いだ人物である。この会社はナショナル・ビスケット・カンパニー(ナビスコ)と合併した後大きく成長した。ナビスコはADLが設立された頃から同団体と関係があった。一九八八年、このRJRナビスコは米国史上最大の企業買収の標的となった。最終的な買収金額は二百五十億ドルを超えた。スカデン・アープス法律事務所がコールバーグ・クラヴィス・ロバーツ社側の代理人として、この案件の一部始終に関与した。

 スカデン・アープスにいる「友人」からのインサイダー情報で一儲けを企んだ内輪の人たちが手にした利益は、とてつもない額に上ったようだ。 RJRナビスコとクラヴィスが最初に接触して以来、最後の株式移動が完了するまで十四ヵ月かかったが、その間RJR株の値段は四十一ドルの安値から高値百八ドルまで三倍近い暴騰ぶりを見せたからである。

 イスラエルの乗取り

 米国情報部のイスラエル政治研究の専門家によると、RJRナビスコ買収から得た利益ばかりでなく、スカデン・アープスやドレクセル・バーナム、マイケル・ミルケン、アイヴァン・ボウスキーといった人たちが手がけたLBOで手に入った利益のかなりの部分が、イスラエルの次期対アラブ戦争時用の軍資金に充てられた。

 このイスラエル担当の元情報部員によると、この不正資金はアリエル・シャロンを中心にした極めて好戦的なグループが一九八二年から密かに溜め込み始めたもので、今ではその額は二百五十億ドルを超えているという。その資金はおおむね非合法活動から手にしたものである。スカデン・アープス法律事務所がつくりあげたLBOによって手にした資金にはじまり、麻薬取引や武器の密輸、技術の盗用などもっと直接的な犯罪行為によって得た資金に至るまで、様々な不正資金からなっている。

 このシャロンが後ろ盾になった自称「イスラエル・マフィア」も、実際のところは北米全国犯罪シンジケートに属する組織の一つだった。その頃には、この犯罪シンジケートは、ケネス・ビアルキン、エドガー・ブロンフマン、メ
 シュラム・リクリス、リッチマン兄弟、エドモンド・サフラ、ヘンリー・キッシンジャーといったADL幹部たちの手で牛耳られていた。

 リクリスはADLのランスキー信奉者たちによって悪漢ロバート・ヴェスコとADLの間のパイプ役に利用されたが、その時と同様一九七〇年代初頭には再び、ADLのパトロンたちからシャロン将軍のために仕事をするよう命じられた。シャロンは冷酷で、堕落しており、異常なまでの野心の持ち主だった。イスラエルの王になれるのなら、悪魔とでも喜んで手を結ぶほどの人物だった。リクリスは資金面でシャロンを支えた。彼はシャロンのためにネゲブ砂漠にある農場を購入したが、この農場がイスラエルを完全に手中にする陰謀の本部になった。

 リクリスは、一時期イギリス警察のスパイだったことから、ユダヤ地下組織からは命を狙われた時もあった。その彼がシャロンと関係するようになった時、その所属する企業の中で中心的な位置を占めるのは、ラピッド・アメリカ・コーポレーションという通信器材リースとニューヨークにある一連の高価なオフィス・ビルを所有する業務を行う会社であった。リクリスの側近の一人、アリエー・ジェンジャーがシャロン将軍とリクリスの間をとりもった。彼は一九七〇年代末におけるリクード党のメナヒム・ベギン内閣で、シャロンがイスラエル国防相になった時、イスラエルに呼ばれその副官として武器の輸出入一切を任せられることになった。
 世界犯罪シンジケート本部に

 メイヤー・ランスキー自身でないにしてもその後継者たちによって、シャロンはユダヤ・シンジケートによるイスラエル経済および同国政府機関乗取り工作の采配を命じられていた。

 イスラエルをシンジケートの本拠地に仕立て上げるには、それを実行する戦士が必要であることをランスキーは知っていた。一九六〇年代後半、彼は長年の仕事仲間だったジョー(別名ドック)・ストラッチャーをイスラエルに送り込んだ。ストラッチャーの使命はユダヤ国家の中に永住し、メイヤー・ランスキー自身がイスラエルに移り住めるための道を拓くことだった。「帰還法」の下では、イスラエルへ移住したすべてのアメリカのユダヤ人は直ちにイスラエル市民となることができた。ストラッチャーはイスラエルの右派の有力政治家に、メイヤー・ランスキーは個人的にイスラエルの七億五千万ドル投資する用意があり、それでリゾート・ホテル、カジノその他レジャー施設からなる複合施設を建設すればこの国を「第二のリビエラ(フランスからイタリアにまたがる地中海岸にある風光明媚な避寒地)」に変えることができると説いて回った。

 イスラエルにとって幸いなことに、国防軍とそれに属する情報部を中心とした愛国者グループがこのランスキーの申し出を拒んだ。彼らはランスキーが代理人を通してすでにイスラエルに入り込み、組織犯罪機構をつくり上げている十分な証拠を集め、その結果全米犯罪シンジケートの頭目がイスラエル市民権を取得するのを阻止した。一九七〇年、ランスキーは到着後まもなくイスラエルからの国外退去を命じられた。アメリカ政府はイスラエル政府に対し、米国人の引き渡しに協力しない限り、同国が喉から手が出るほど欲しがっているジェット戦闘機の提供を停止すると脅した。

 イスラエルを世界の組織犯罪の本拠地にするというランスキーの願望は崩れたが、計画自体はその後も存続していた。彼にはすでに願望達成の目処はついていた。

 全米犯罪シンジケートがイスラエルで目をつけたのは、ユダヤ・ギャングの有する密輸能力がイスラエルの独立戦争に決定的な役割を果たしていたという事実である。ランスキー・シンジケートの指導者たちは第二次世界大戦直後、パレスチナにユダヤ国家を建設するユダヤ地下闘争のために武器の密輸に手を貸したが、そのようなシンジケートの助けがなければ、イスラエル国家は存在していなかっただろう。
 エルサレムの「億万長者会議」

 イスラエルの元大蔵大臣で一九六八年に同国のオフショア銀行ネットワークをつくり上げたピンチャス・サピアは、エルサレムのいわゆる「億万長者会議」の発起人である。その会議の表向きの目的は、アメリカの裕福なユダヤ人に対し急速に発展しつつあったイスラエルのハイテク産業への投資を勧誘することだった。しかしその参加者のほとんど全員がメイヤー・ランスキーの仲間であった事実は、この組織の実態が何であったかを示している。

 出席者の中には次のような人物がいた。ランスキーの仕事仲間として知られているルイス・ボイヤーとサム・ロスバーグの二人。かつてのユダヤ・ギャングの一人で、戦時中に行っていた金属のスクラップ事業をマテリアル・サービシーズ・コーポレーションなる一大企業にまで発展させたヘンリー・クラウン。ミシガン州デトロイトでウイスキーを密売していた禁酒法時代のパープル・ギャングの元頭目で、後にユナイテッド・フルーツ・カンパニーを乗取ったマックス・フィッシャー。かつてカナダのサム・ブロンフマン・ギャングとして知られていたブロンフマン・ファミリーの仕事仲間レイ・ウルフェ。イスラエルの武器密輸業者の大物で同国情報部モサドの最高幹部であるショール・アイゼンバーグ。イスラエル・ディスカウント・バンクの頭取でイスラエル・マフィアの影の支配者と広く考えられているラファエル・ルカナティ。そしてADLの最高幹部で、アメリカン・バンク・アンド・トラスト・カンパニー・オブ・ニューヨークの資金洗浄業務をアイゼンバーグと一緒に行っていたフィリップ・クラツニック。

 海外の犯罪組織によるイスラエル経済乗取り計画には皮肉にも「プロジェクト・インデペンデンス(独立計画)」という新しい名が与えられた。

 この会議の参加者が約束したイスラエル「投資」を一本にまとめるためにイスラエル・コーポレーションと呼ばれる国有企業が設立された。イスラエル・コーポレーションの銀行取引の面倒を見たのは、他ならぬタイバー・ローゼンバ-ムだった。彼はスイスを本拠とする国際信用銀行の頭取であり、かつてモサドの出先機関の責任者だった人物である。エルサレムの「億万長者会議クラブ」会議が開かれる以前にローゼンバ-ムはすでにコーンフェルド、ランスキーおよびランスキーの側近のアルヴィン・マルニックとつながっていた。このマルニックのカリブ海を本拠とする世界商業銀行は、ランスキーの利益のうち一千万ドルをローゼンバ-ムのスイスにある銀行にすでに移していた。

 マルニックとローゼンバ-ムは各々の銀行間の操作により、ADL最高幹部であるフィリップ・クラツニックのアメリカン・バンク・アンド・トラスト・カンパニーの中に、ニューヨークに本部を置く関連会社をすでに設立していた。クラツニックは「億万長者会議クラブ」設立委員の一人であった。
 パレスチナ人追放の理由

 ランスキー一味はストラッチャーの指揮の下、エルサレムのシェラトン・ホテルにその活動拠点を置いた。そしてストラッチャーはすぐさま工作を開始し、シンジケートの資金をイスラエルの国家宗教党役員のハイム・バソックを通して同党に注ぎ込んだのをはじめ、ラビ・メナヒム・ポルシェの率いる入植促進組織アグダス・イスラエルにも注ぎ始めた。この国家宗教党とアグダス・イスラエルは、ともにメナヒム・ベギン率いる右派のルートの活動と非常に近い関係にあった。ランスキーの資金はグッシュ・エムニーム(イスラエルの戦闘的な宗教的極右組織)の活動にも投じられた。グッシュ・エムニームは、一九六七年の六日戦争でイスラエルが占領したヨルダン川西岸とガザ地区に不法なやり方でユダヤ人入植地を拡げようとしていた。

 ランスキーの対イスラエル作戦は、次第にヨルダン川西岸とガザにおけるユダヤ人入植地拡大計画に収斂されるようになってきた。一九七七年にベギンのリクードが政権を獲得したとき、この計画は実施に移された。

 アリエル・シャロン将軍は、彼の資金面での後援者であるメシュラム・リクリスの勧めでクネセット(イスラエル議会)に立候補するため一九七五年にイスラエル国防軍から離れた。ベギンの下で農業大臣に任命されるや、シャロンはその地位を利用してユダヤ人入植地の急拡大に向け直ちに活動を開始した。この結果、一九八一年までには約三万人のユダヤ人が占領地へ移住したと推測される。

 一九八一年時点では、シャロンは国防相に任命されていた。イスラエル軍の高官が語ったところによると、彼は国防相在職中にキプロスでソ連の軍高官と密かに接触を開始した。その目的は向こう十年間で約百五十万人に上るソ連在住ユダヤ人をイスラエルに移住させることについて交渉することだった。シャロンの計画(実はランスキーの本来の計画を基にしたもの)によれば、これら大量のユダヤ人は、ヨルダン川西岸とガザに入植することになっていた。この計画は「ランドスキャム(土地詐取)」と名付けられた。

 ランドスキャム計画はアメリカのADLばかりか、ロンドンにおけるフリーメーソンの有力グループの一部からも熱狂的な支持を受けた。ロンドンのフリーメーソンは、シオニズムなる宗教を後援するスコティシュ・ライトの伝統を引き継いでいた。
 「占領地併合会議」のメンバーたち

 一九八二年初春のイスラエルによるレバノン侵攻の直前、この計画を実行に移すための一連の秘密会議が開催された。

 最初の会議はアリエル・シャロンが所有するネゲブ砂漠の農場で行われた。先に述べた通りこの農場は、ADLの表面要因メシュラム・リクリスがシャロンのために買い与えたものである。この会議は極めて異例な顔ぶれからなり立っていた。目撃者の証言やマスコミの伝えるところによると、出席者は次の通りである。☆ アリエル・シャロン☆ ヘンリー・A・キッシンジャー。当時においてはその私的国際コンサルティング会社、キッシンジャー・アソシエイツの社長。☆ メジャー・ルイス・モーティマー・ブルームフィールド。ブロンフマン一家の利権を代表してこの会議に出席したモントリオールの弁護士。第二次世界大戦中は極秘の英国特殊工作部隊(SOE)のスパイで、戦後設立された北米におけるイギリスの情報工作用出先機関ブリティッシュ・アメリカン・カナディアン・コーポレーションのパートナー。彼は一九五〇年代後半にパーミンデックス(「パーマネント・インダストリアル・エクスポジション(常設産業博覧会)」)・コーポレーションを設立。同社はジョン・F・ケネディ大統領暗殺と、シャルル・ドゴール仏大統領暗殺未遂の両事件に関与したとして非難された。彼はエドガー・ブロンフマンの弁護士であるほか、国際信用銀行のオーナーであるタイバー・ローゼンバームとも親しい関係にあり、またパーミンデックス社の取締役会を通してユダヤ・ギャングの弁護士ロイ・コーンともつながっていた。☆ ラフィ・アイタン。モサドの生え抜き幹部で、シャロンの長年にわたる政治的盟友。彼はベギン政権では二つのポストに就いた。まず首相直属の対テロ局の局長、同局はイスラエル国家の「敵」であるアラブ人とパレスチナ人に対する秘密工作を担当する選り抜きの工作部隊だった。彼はまた、国防省に属し技術情報の収集を任務とするスパイ部隊LAKAMの首脳でもあった。イスラエル・ソ連のスパイ、ジョナサン・ジェイ・ポラードを使ったのがこのLAKAMである。☆ レハベアム・ゼイエビ将軍。元イスラエル国防軍将校。一九七七年に退役し、エクアドル政府のテロリスト対策のための「民間人」コンサルタントに就任した。彼が南米へ赴任したのは、シャロンとイスラエル・マフィアの代理人として行動するという目的を持ったものであった。ゼイエビは一九八〇年のボリビアにおける軍事クーデターに関与したが、この政変により悪名高い「コカイン大佐」が権力の座についた結果、彼らの指導の下でボリビアは世界でも有数のコカイン生産国となり、メデリン・カルテルのビジネス・パートナーともなった。この会議が開かれる前に彼は正式に呼び戻され、ベギン政権の法務大臣顧問に就任していた。しかしその立場にもかかわらず、彼はあの広く取り沙汰された一九八一年のシャロンの中米歴訪に同行した。そしてこの訪問の折、この二人の元イスラエル将軍は、ラテン・アメリカの麻薬密輸組織と手を組んで周到な武器密輸ネットワークを築き上げた。☆ アリエー・ジェンジャー。リクリスのラピッド・アメリカ・コーポレーションの元副社長。後イスラエル国防軍でシャロンの副官となり、海外への武器売却を担当する。彼はその職務の関係から、ゼイエビとシャロンがカリブ海全域に配置した武器密輸人との連絡係を務めている。☆ エリ・ランドウ。イスラエルのジャーナリストでシャロンの右腕。
 今日頻発する悲劇の背景

 二回目の会議は一九八二年十月十五日に、当時、シャロン国防相指揮下のイスラエル軍に占領されていたレバノンのシューフ山近くで行われた。シャロン、レバノンのファランヘ党の指導者カミーレ・シャムーン、オーストラリアの新聞王ルパート・マードック、それに加え数名のイスラエル及びレバノンの政府役人と作家のウア・ダンが出席した。ダンはメイヤー・ランスキーを賞賛する伝記を書いている。

 ランドスキャム計画への投資勧誘を目的とする第三回の会議は、一九八二年十一月十五日にロンドンで開かれた。シャロン及びヘンリー・キッシンジャーの他に出席者として、当時キッシンジャー・アソシエイツ社で彼のパートナーだったピーター・キャリントン卿、ケネディ政権時代の駐米英国大使で、キャリントンとは親しい仲のハーレック卿(サー・デービッド・オームスビーゴア)、元米国国務長官アレクサンダー・ヘイグ、英国下院議員ジュリアン・アメリー、イギリスのシオニストのサー・エドムンド・ペック、英国情報部の元中東局長で現在MI-6の幹部ニコラス・エリオットが顔を揃えた。

 正体を隠して働く手先の人間や組織をいろいろ使いながら、一連のランドスキャム計画会議の参加者たちは、占領地内のアラブ人の土地やエルサレム旧市街中のイスラム・キリスト教徒用特別割当地域の買収を始めた。

 ランドスキャム計画の最終段階に向けての段取りは、一九八〇年代末までにはすべて完了した。この最終段階においてはソ連在住ユダヤ人がイスラエルへ大量移住し、占領地に住む全アラブ人の最終的な大量追い出しが行われる。

 この段階でランスキー子飼いのADLの別の一員が、この計画の遂行上極めて重要な役割を引き受けることになった。これはちょうど一九七〇年代から一九八〇年代にかけて、ADL全米委員会会長であるケネス・ビアルキンが、犯罪によって手にした何十億ドルもの利益をアメリカの企業や銀行業、不動産分野に再投資する工作を統括する役目を果たしたのと全く同じである。

 世界ユダヤ人会議会長、ブロンフマンの正体

 その人物とは、エドガー・ブロンフマン、禁酒法時代の酒の密売人サム・ブロンフマンの息子で、弟のチャールズや数人のいとこたちとともにシーグラム・ウイスキー帝国を引き継いだ人物である。ブロンフマン一族は赤貧からいかがわしい商売に手を染め、その結果大金持ちとなり、社会的地位も手にするというギャングの成功物語を地で行った。

 エドガー・ブロンフマンの祖父エチェルは、一九八九年にルーマニアのベッサラビア地方から、事実上バロン・ド・ヒルシュ財団の年期奉公人としてカナダにやって来たが、その時すでに同財団はブナイ・ブリスと緊密なつながりがあった。

 初代ブロンフマン(イーディシュ語で文字通り酒屋の意)は北米の地を踏むと直ちにいかがわしい商売を手がけ、何軒もの売春宿を経営するようになった。一九一五年にカナダで禁酒法が施行されるとブロンフマンの売春宿は不法ナイトクラブとなり、そこで国境を越えてアメリカから密輸入されたウイスキーが売られた。

 アメリカの禁酒法時代が始まるとともに、カナダで実験的に実施された禁酒法は廃止された。エチェル・ブロンフマンと彼の息子のエイブとサムは、違法ウイスキーと麻薬の取引きにおいて、買い手から売り手側に立場が逆転していた。一九一六年にエイブとサム・ブロンフマンは、一族が密売と売春で手にした利益をピュア・ドラッグ・カンパニーの獲得に投じた。ある報告によると、この会社は極東からカナダ向けに麻薬の輸入を開始した。アメリカの禁酒法時代の開始とともに、このピュア・ドラッグ社の生産設備がアメリカ市場向け安物ウイスキーの大量生産に使われたのはまちがいない。ブロンフマン一族は禁酒法時代を通じて、メイヤー・ランスキーの全米犯罪シンジケート向けウイスキーの有力供給者だった。この一族は「チキンコック」(彼らのウイスキーに与えられた名前)を売ることによって富を獲得した。アメリカ政府の記録によると、一九二〇年から一九三〇年の間に三万四千人以上の米国人が、ブロンフマンの醸造したこの酒を飲んでアルコール中毒により死亡した。

 一九二六年、カナダ警察が「ブロンフマン・ギャング」を取り締まる動きに出た時、エチェルの四人の息子たちはアトラス・シッピング・カンパニーを設立し、彼らのウイスキーをカリブ海に送り出した。そのウイスキーはそこで、ラインフェルド・シンジケートや「ユダヤ海軍」、その他のランスキー・シンジケートの息のかかった酒の密輸人が所有する船に積み替えられた。

 禁酒法時代が終わる頃、サム・ブロンフマンは過去に溯って数百万ドルの税金を支払うことを米国財務省と交渉した。その「延滞」税額は一族が禁酒法の下でウイスキーと麻薬密売から得た訃報利益のほんの一部にすぎなかった。そしてこの僅かな納税により、ブロンフマン一族は一夜にして、カナダにおけるシオニストのエスタブリッシュメントの名士に変身することにも成功したのである。
 慈善団体を装う外面

 一九三四年にサム・ブロンフマンはカナダ全国ユダヤ人民救済委員会の会長に就任した。一九三九年には彼はユダヤ植民地化委員会の理事に任命された。この委員会は元のバロン・ド・ヒルシュ基金で、ちょうど五十年前に自分の父親がこの基金から得た渡航費でカナダに渡ってきたものだった。第二次世界大戦が終わった時、サム・ブロンフマンはイスラエル・ユダヤ更正全国協議会を設立した。もっともその名前の趣旨に反し、この組織の主たる目的はパレスチナのユダヤ地下組織ハガナ向けに武器を密輸することだった。

 この頃までにブロンフマンの息子たちは初代ブロンフマンが密輸で得た資産を「合法的」ビジネスに移しかえていたが、それがシーグラムズ・ディスティラーズ・オブ・カナダである。次の世代になってこの一族は結婚により、北米随一のシオニスト・エスタブリッシュメントにのし上がった。エドガー・ブロンフマンはアン・ローブとの結婚により、直ちにウォール街のローブ・ローズの利権と結び付くことになった。フィリス・ブロンフマンがジーン・ランバートと結婚したことで、ブロンフマン一族は突如ロスチャイルド家の一員となった。ランバート男爵はロスチャイルド一族のベルギーの分家の一員だった。後にケネス・ビアルキンによる企業買収で中心的役割を果たしたドレクセル・バーナム・ランベールなるニューヨークの投資会社はブロンフマンの支配下に吸収された。

 ブロンフマン一族が赤貧から闇商売に手を出し、富を手にし、果ては社会的地位をも獲得するという途を着実に進んでいた間においても、一族の中枢を占める者の中には古いシンジケートとの結び付きを完全に断ち切ることのできなかった者が何人かいた。

 一九七二年、モントリオール犯罪委員会はエドガー・ブロンフマンの甥、ミッチェル・ブロンフマンをモントリオールの大物ギャング、ウィリー・オブロントの犯罪仲間と認定する報告書を提出した。この報告書によるとオブロントとミッチェル・ブロンフマンの関係は「不法活動にまで及び、彼らは相互にあるいは共同で犯罪行為に関与していた....、お互いの間で特別に便宜を図り合い、これによって高利貸し、ギャンブル、不法賭博、有価証券の絡む取引、脱税および買収等の事柄で互いに利益を獲得した」とされている。一九七〇年代半ば、オブロントとミッチェル・ブロンフマンのもう一人の仲間、サム・ローゼンはともに麻薬資金洗浄行為の罪で投獄された。オブロントとブロンフマンの共同事業の一つである北マイアミのナイトクラブ、パゴダ・ノースがニューヨークのマフィアの頭目、ビトー・ジェノベーゼがしばしば訪れるシンジケートの根城であることを、アメリカの取締当局は嗅ぎつけていた。

 世界ユダヤ人会議の会長、ADLの名誉副会長、そしてシーグラム・インダストリーズ社の会長であるエドガー・ブロンフマンは、慈善団体を装ったADLの資金集めの中心的存在であるノースイースト・アピールなる組織を通じていろいろの活動をすることにより、スカデン・アープス法律事務所が持っている企業買収ノウハウから多大の利益を手にしたいま一人の人物でもある。
 対米不動産投資の仲介者

 一九八〇年代の中頃、アメリカ企業としては最も古くかつ最大の企業の一つであるデュポン・ケミカル・コーポレーションの取締役会長だったアービング・シャピロは、同社を辞めてスカデン・アープス法律事務所のパートナーとなった。彼がこの法律事務所に入ってまもなく、エドガー・ブロンフマンが所有するシーグラム・コーポレーションがデュポン社株の買い占めを始め、ついに同社の支配圏を手に入れた。ビジネス円卓会議の議長在職期間中ブロンフマンとは親しく一緒に仕事をした仲のシャピロは、ブロンフマンのデュポン社乗取りに当たっては内輪の人間として中心的な役割を果たしたと言われている。

 ついでながら、デュポンからスカデン・アープスへ移って後、アービング・シャピロは自分の息子アイザックも同事務所へ引っ張った。アイザックは自分が前の事務所ブルーブラッド・ミルバンク・ハドレー・ツイード・アンド・マッコイに在籍していたときの顧客だった日本の対米不動産投資家中でも大手の顧客を手土産に移ってきた。

 指導的地位にあるシオニストの慈善家でかつ億万長者の会社経営者という一連の威光ある肩書を武器として、エドガー・ブロンフマンはメイヤー・ランスキーの二つ目の夢、すなわちシンジケートによるイスラエルの乗取りを実現すべく組織的な活動を一九八〇年代中頃に開始した。
 東欧諸国の実態は何か

 ソ連政府にユダヤ人移民の出国を促し、かつロシアのユダヤ人に対しイスラエル入国を保証することのできる人物を一人ADL幹部の中から探すとすれば、エドガー・ブロンフマンをおいて他に人はいない。

 自分の会社のシーグラムズ製品の独占販売権を通して、エドガーとその弟チャールズは、ドイツ社会主義統一党(共産党)エーリッヒ・ホーネッカーをはじめ共産世界の最有力者の何人かと友好関係にあった。ブロンフマン一族はシーグラムズの西ドイツ支社を通じて、東ドイツの共産党に対しシーグラムズの酒を無制限に供給することにした。こうして提供された酒は党の最高幹部たちに無料で分け与えられた。一九八六年、東ベルリンにいるブロンフマンの密使はクラウス・ギジと親密な関係を結んだ。彼は東ドイツの宗教問題担当大臣で、ホーネッカー書記長の後継者となったグレゴール・ギジの父である。ギジ父子はユダヤ人である。

 一九八八年に、エドガー・ブロンフマンはホーネッカーと東ドイツの共産党幹部ヘルマン・アクセンと会うために自らが東ベルリンに赴いた。その訪問期間中にブロンフマンはホーネッカーのワシントン公式訪問の手配をすることを約束した。その一年後、東ドイツでホーネッカーの追放と共産党独裁政権の転覆という事態が起こる直前、ブロンフマンは東独政府から民間人として最高の賞である「人民友好金メダル」を授与された。
 オーストリア大統領への中傷

 一九八六年十一月のレイキャビクにおけるソ連の指導者ゴルバチョフと米国大統領レーガンとの首脳会談以後冷戦が急速に終結したことに伴い、ブロンフマンは東ドイツへの働きかけと平行してモスクワに対する意欲的な外交活動を開始した。

 一九八九年一月二十三日、エドガー・ブロンフマンはニューヨークにある自分のペントハウスでソ連に在住するユダヤ人の移住を計画するための秘密会議を開いた。この会合に出席したのはアーチャー・ダニエルズ・ミッドランド穀物カルテルの会長デーン・アンドレアスで、彼はウォール・ストリート・ジャーナルで西側におけるゴルバチョフの「親友」と称された。ブロンフマンの計画は単純明快なものだった。すなわちアメリカがソ連に対し緊急に必要とされる穀物の供給保証を行う見返りとして、モスクワはソ連に居住するユダヤ人のイスラエル移住を許可するというものだった。ソ連のユダヤ人が確実に西側に到着でき、その後アメリカへ行くかあるいはヨーロッパに留まることができるようにするために、ブロンフマンの世界ユダヤ人会議はオーストリアの大統領カール・ワルトハイムに対する中傷キャンペーンをすでに開始していた。それはワルトハイムに東ヨーロッパのユダヤ人絶滅に関与した戦時中のナチ協力者としての汚名を着せようとするものだった。伝えられるところでは、ブロンフマンのキャンペーンはソ連のKGBその他のソ連ブロックの秘密警察機関が提供したでっち上げの証拠資料に基づくものであった。この醜聞事件は米墺関係に大きな亀裂をもたらした。結果的に、以前は西側へ逃亡する在ソユダヤ人の主たる通過地点だったオーストリアはこれら移住者を締め出した。これに代わってハンガリーとポーランド経由のルートが開かれたが、それはイスラエルへの移住のみが許されるという条件付きのものだった。

 ブロンフマンの計画は「穀物とユダヤ人」の取引きを行うという皮肉なものだった。彼の一族は「ブロンフマン・ギャング」と呼ばれ続けていた。ところがこのADLの一員は、彼個人としてはメイヤー・ランスキーに対する一族の長年にわたる負債を返済しつつあると同時に、この犯罪王の二つ目の壮大な理想であったイスラエルの乗取りを実現しつつあるのだと考えていた。




 

ユダヤの告発 その9

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月15日(水)00時05分56秒
返信・引用 編集済
  http://oriharu.net/jADL9.htm

第九章 コインの両面、人権と組織犯罪

 ギャングから慈善家への変身

 組織犯罪に関する研究者としてアメリカにおける第一人者であるハンク・メシックによると、全米犯罪シンジケート(NCS)委員会会長であったロシア生まれのユダヤ人ギャング、メイヤー・ランスキーは二つの夢を持っていたという。

 一つは、大犯罪を行っても人目につかぬようまともな体裁を装うことにより、政府のいかなる検察官も手出しができないようにした上で、北米の犯罪地下シンジケートを世界最強のビジネス・金融集団につくり変えることであった。

 二番目は、イスラエルを「買収」し、そこを自分の「合法的」組織犯罪帝国の世界本部とすることであた。ランスキー自身はどちらの夢の実現も見ることなく他界した。しかしその死後十年が経過した今、彼の二つの夢はともに現実のものとなった。彼の夢を現実化した大きな要素は、ADLの存在であった。

 これまでにも述べてきた通り、二十世紀への世紀の変わり目頃に創設された当初から、ADLは組織犯罪におけるユダヤ組織のための最初の防衛機関であった。警察や新聞が、勢力を拡大する全米犯罪シンジケート中におけるユダヤ・ギャングの役割を解明しようとでもすれば、ADLはこれを反ユダヤ主義者として攻撃した。

 メイヤー・ランスキーが、アメリカ最大の犯罪組織である全米犯罪シンジケートを五十年間も運営していたという事実が知られていなかったことは、それ自体、ADLが防衛活動をいかにうまくやりおおしていたかを示す明白な証拠の一つである。

 ADLの資金源

 ランスキーは、その勢いが最も強かった頃、悪名高いシシリー・マフィアを完全に支配していた。このシシリー・マフィアも全米犯罪シンジケートに加わっていた組織の一つであった。

 全米犯罪シンジケートは、フランクリン・ルーズベルトのニュー・ディール推進機関で全米の公共事業の監督に当たった全米復興庁(NRA)を範にとり、「合法的」組織犯罪を目指すランスキーの夢に沿ってつくられた組織である。同シンジケートの地方組織の構成方法は全米復興庁のやり方の模倣であり、意志決定は等しくそれぞれの地方組織を代表する全米委員会で下された。

 全米委員会はニューヨーク、ニューオーリンズ、シカゴのような伝統的にギャングの中心地であった主要都市だけではなく、全米のすべての地域社会に組織犯罪を拡めることを目的として組織されていた。また同委員会は、犯罪シンジケートへの法規制強化と国民一般の反感をもたらす可能性があるギャングの抗争を未然に防ぐ自警団組織をつくる狙いをも持っていた。禁酒法時代のシカゴにおける「カポネ戦争」は犯罪シンジケートを著しく弱体化させたが、ランスキーはこのような些細な抗争で自分の大計画が潰れることのないよう心掛け
た。

 メイヤー・ランスキーは全米犯罪シンジケート委員会の押しも押されもせぬ会長であった。

 ADLが戦後、組織の立て直しを図った際、全米犯罪シンジケートと全く同じ方法で組織を再構成したばかりではなく、その統括母体を全米委員会と呼ぶようにしたのは決して偶然ではない。

 ユダヤ・ギャングに援助を与えたのと引き換えに、ADLは組織犯罪の隠れ蓑に付随する金銭上の利益を獲得した。ADLの資金調達活動やこれと協力関係にあるユダヤ慈善事業に対しては、メイヤー・ランスキー委員会会長のシンジケート内の仲間たちによる多額の寄付が行われた。ランスキーが自分自身の名でADLに寄付を行ったという証拠はないが、ジョー・リンゼイ、ヴィクター・ポズナー、メシュラム・リクリス、エドモンド・サフラ、モー・ダリッツ、サム・ミラーそしてモーリス・シャンカーのような終生シンジケートに関
係していた人たちが、公にADLに対し寄付を行った。

 ギャングの脱皮と変身

 一九八五年、ADLはその月報の第一面で、シンジケートの大物モー・ダリッツに年間慈善家賞を授与したと誇らしげに伝えた。禁酒法時代にアメリカの郵便局に貼ってあったFBIの指名手配ポスターに使われていたダリッツの写真が、クリーブランドとラスベガスのギャングに対する謝辞に添えられて機関紙の第一面を飾ったのである。

 ダリッツはメイヤー・ランスキーの古くからの犯罪シンジケートの盟友であった。彼はクリーブランドにおける地下組織の四人の頭目中の一人で、他の三人はユダヤ・ギャングのモーリス・クラインマン、サム・タッカーおよびルイス・ロスコップであった。禁酒法時代の後、ダリッツはクリーブランドの押しも押されもせぬ頭目となり、マイアミの賭博場にまでその犯罪の手を拡げた。
そのようなナイト・スポットの一つ、フローリックス・クラブはダリッツとランスキー自身との共有物であった。ランスキーがキューバに彼として最初の賭博、麻薬と資金洗浄のオフショア・ヘブンを開いたとき、ダリッツは特別待遇のパートナーとして迎えられた。ランスキーが古くからのシンジケートのパートナーの一人であるベンジャミン・シーゲルをラスベガスから追い出す決意を固めたとき、ダリッツはカジノとそれに関連するアングラ・ビジネスの最大の分け前にあずかった。ダリッツはランスキーの生涯を通じての親密な協力者であり、そのマイアミ・ビーチのアパートを頻繁に訪問している。

 一九六三年、ADLがライバルの米国ユダヤ委員会と二十五年間共同で行っていた資金集めを中止するに際し、その全米会長に有名なハリウッドのプロデューサー、ドール・シャリーを指名した結果、その後の資金集めに関する心配はなくなった。ユダヤ・シンジケートに清潔なイメージを与えようとするメイヤー・ランスキーの運動は、この時点でADLが資金集めのためにシャリーの名を使っても問題がないところまで前進していたのであった。

 シンジケートの暗殺部隊「殺人会社」

 シャリーはハリウッドにおけるランスキーの仲間中もう一人の最高幹部、アブナー・ツビルマンの生涯を通じての友人であり、また子分としても知られていた。ツビルマンはニュージャージー州アトランティック・シティのボスであり、全米犯罪シンジケートの設立時からの一員でハリウッドに多額の投資をしていた。彼はまた、ランスキーとシーゲルが私的に運営していた全米犯罪シンジケートの暗殺部隊である殺人会社の当初からの構成員でもあった。

 禁酒法時代の間ツビルマンは「ビッグ・セブン」の一員であった。ビッグ・セブンとはランスキーの仲間たちからなる東海岸のグループで、カナダから密輸入した密売酒の配給を取り仕切っていた。この酒はサム・ブロンフマン一味がカナダで製造したものであった。ニュージャージーでのライバルであるアービング・ウェクスラー(別名ワキシー・ゴードン)とアーサー・フリーゲンハイマー(別名ダッチ・シュルツ)を排除した後、ツビルマンは同州のシンジケートすべてのいかがわしい商売を一手に引受けることになった。そしてつい
にはラスベガスの賭博カジノ、ハリウッドの映画スタジオにまで手を拡げるに至ったのである。

 ツビルマンが病に倒れ、再開された政府の捜査にランスキーがひっかかる恐れが生じたとき、シンジケートの全米委員会はこのニュージャージーのボスの排除を決定した。一九五九年二月二十七日、彼はニュージャージー州ウエスト・オレンジにある部屋数が二十室にも上る自分の豪邸の地下で死んでいるのが発見された。地元警察は彼の死を「自殺」と考えたが、実際は他ならぬ彼自身がその設立に手を貸した殺人会社によって殺されたということは広く知られている。

 犯罪人とADLのドッキング

 その四年後にADLの全米会長になったドール・シャリーは、彼の葬式に参列していたと広く報道された。もっともシャリー自身はこれを否定した。

 FBIはシャリーが真実を語っているとは思っていなかった。FBIニューアーク現地事務所が作成した一九六一年八月二日付のぶ厚いシャリーの身辺調書中に、シャリーとツビルマン両者について次のような興味ある報告が載っている。「一九五九年三月四日付の新聞記事には、ドール・シャリーは、彼がアブナー・ツビルマンの葬式に参列したという報道を否定しこれを訂正したとしている。シャリーはこの記事の中で、自分はツビルマンの親しい友人ではなかったと言い、また自分がアマチュア劇の指導をしていたニューアークのユダヤ
青少年協会で三十年前に会って以来、彼とは一度も会ったことはないと語った」

 組織犯罪の専門研究家によると、ドール・シャリーは、ツビルマンの後援をうけてハリウッドでの仕事を始めたという。

 FBIの報告は続く。「一九五九年二月二十六日、ニュージャージー州ウエスト・オレンジ警察は、アブナー・ツビルマンが、この日ニュージャージー州ウエスト・オレンジ、ビバリー・ロード五〇番地の自宅の地下室で首を吊って自殺したと報告した。」「一九五九年二月二十八日付のニューヨークの日刊新聞『ニューヨーク・ワールド・テレグラフ』紙の記事は『アブナー・ツビルマンは陰で巨大な権力を行使する完全な闇の大立者だった。彼ほど長期にわたって合法的に闇商売で成功し、いかがわしい商売によって赤貧から財をなし、そして社会的地位を得た人物は他にはいなかった。禁酒法時代に五千万ドルを稼ぎ出す密売組織を持っていたツビルマンは着々と事業を拡張し、後年にはウエスト・オレンジの二十室もある自分の大邸宅で豪勢な生活を送った。しかしその一方で彼は、今なおいかがわしい商売をしていると自分を非難する人たちを訴えては、騒ぎを起こしていた』と伝えている」「しかしケハウファーの徹底的犯罪調査の結果、ツビルマンを包む霧は幾分取り払われた。ツビルマンは調査員が事情聴取をしようとしたとき姿を消し、委員会がやっとのことで彼に召喚状を受理させたときには、自己を有罪に導く可能性がある発現を四十一回も拒否しなければならなかった...彼は早くからいかがわしい商売を数多く手がけ、禁酒法時代にはニュージャージーの酒の密輸入船団を取り仕切る頭目の一人となった。...彼は合法的企業に多額の資金を投じ始め...そしてこれらの合法を装った見せかけの企業は、ケハウファー調査によって初めて明るみに出され...彼は不正手段で得た多額の資金を、ニュージャージー州全域を牛耳るために注ぎ込んだ...一九五二年には彼は所得税脱税の罪で裁判にかけられたが、無罪となった。しかし今月、FBIは一人の陪審員が買収されていたとしてこれを告発し、逮捕した」

 ドール・シャリーは一九六三年から一九六九までADL全米会長の地位にあったが、彼がその地位に任命されたことは象徴的な出来事だった。この頃ユダヤ・シンジケートの存在は公になりかかっていたが、ADLにとっては、自分たちとその犯罪組織との長期にわたる深いかかわりを隠す必要はもはやなくなっていた。

 ADL用「洗浄」銀行

 ADLと犯罪シンジケートとの最も古くかつ強力な結び付きは、組織犯罪集団の御用達であったニューヨークの銀行の一つ、スターリング・ナショナル銀行に見ることができる。組織犯罪の専門研究家によると、この銀行はメイヤー・ランスキーに非常に近いシンジケートの仕事仲間フランク・エリクソンにより、一九二九年に設立されたものである。

 エリクソンはランスキーの金銭の出納を任されていた。ユダヤ・ギャングの「ブレーン」だったランスキーの前任者アーノルド・ロススタインが一九二六年十一月に暗殺された後、ランスキーは個人的にシンジケートの全米の競馬呑み屋に関する業務をエリクソンに担当させた。ランスキーの伝記作家ハンク・メシェクによれば、彼はエリクソンに自分が密かに所有していたフロリダの競馬場やネバダのカジノなど、いくつかの主要な事業における金銭の出納を任せていた。

 スターリング・ナショナル銀行はまたニューヨーク、ガーメント・センター(マンハッタンにある婦人用衣服製造、卸売の中心)におけるシンジケートの「債権取立」銀行でもあった。つまり何千もの中小衣服製造業者に対し、原料買付用として高利の短期資金を貸付けていたのである。その貸付金は衣服製造業者の売掛金を担保としていた。それはある程度合法化された高利貸業であった。エリクソンがランスキーと関係があったことから、スターリング・ナショナル銀行はガーメント・センターを実質上完全に支配することになった。

 セオドア・H・シルバートは一九三四年にこの銀行に加わり、一九四五年に頭取になった。スターリング・ナショナル銀行は一九六六年には彼の下で再編され、スタンダード・ファイナンシャル社の完全子会社となった。さらにそのスタンダード・ファイナンシャル社はニューヨーク株式市場に上場されている持株会社スターリング・バンコープの全額出資下に置かれた。そしてシルバートはこれら三つの会社それぞれの会長、取締役、経営最高責任者に就任した。

 スターリング・ナショナル銀行の実態シルバートはまたADLの終身メンバーで、全米委員会および全米執行委員会とともに、その資金集めと広報をも担当した。広報活動にはギャングの一員モー・ダリッツや、ランスキーの手先である人物が多勢加わった。シルバートは現在ADLの名誉副会長である。

 スターリング・ナショナル銀行はADLの銀行である。国税庁が保存している一九七六年にまで溯るADLの財務記録によれば、スターリング・ナショナル銀行とスタンダード・ファイナンシャル社は、唯一の例外を除きADLが出資を行った二つだけの外部組織であった(唯一の例外はADLの全米委員でかつてブナイ・ブリスの国際部長だったフィリップ・クラツニックが率いるアメリカン・バンク・アンド・トラスト社に五千ドルを出資したその一回)。ADLは広報活動用の銀行預金口座をスターリング・ナショナル銀行に設けてい
た。ADLの活動に詳しい金融界筋の情報によると、一九七八年以後同団体はADL財団を含むそのすべての銀行、投資活動を同銀行へ移していた。

 シルバートは全米犯罪シンジケートと銀行との関係を隠すために、スターリング・ナショナル銀行の財務最高責任者に就任したふしがある。にもかかわらず、彼は、銀行を犯罪との結び付きから文壇したと上手に見せかけることができたとは言えない。

 訴えられてボロが出た

 一九八二年時点で、スターリング・ナショナル銀行とその関連持株会社は、詐欺と横領の共同謀議に荷担したとして三件の民事訴訟で訴えられていた。スターリング・ナショナル銀行に向けられた訴訟は、最近のアイヴァン・ボウスキーとマイケル・ミルケンに対して起こされた訴えと同種のものである。その容疑はADLが関係したジャンク・ボンドに絡む詐欺とインサイダー取引に関するものであった。

 一九七九年にダニエル・マイスターはスターリング・ナショナル銀行、スタンダード・ファクターズ、ブルック・アンド・テイラー、リード・アンド・ダンモア、バーナード・スペクターおよびマービン・トーラーマンをニューヨークの南部地区連邦地方裁判所に訴えた。凡例番号は七九CIV三〇四〇であった。マイスターはトーラーマンを、投資家からの詐欺を目的としてスターリング・ナショナル銀行と共謀し、自分の会社ラテン・アメリカン・リゾーシーズに対し横領を働いたと訴えた。その盗みの手口を見れば、同行がどのように不正資金を「洗浄」した上でADLに流していたかがよくわかる。

 トーラーマンは会社の資産八十八万ドルを、彼が所有するニュージャージーのダミー会社宛の銀行発行の信用状に転換した。スターリング・ナショナル銀行はパナマとスイスにある一連のオフショア銀行口座に金銭を振り込んだ。トーラーマンはスターリング・ナショナル銀行が有する海外での資金洗浄手法を利用することによって、自分自身の会社の借金を踏み倒し現金を持ち逃げした。トーラーマンはスターリング・ナショナル銀行の債権回収部長ジョーダン・ボッシュを共謀者とする民事訴訟の外、刑事訴訟においても犯罪の事実を認めた。

 スターリング・ナショナル銀行は、それより数年前にも同じような手口で連邦裁判所に民事訴訟で訴えられていた。それはすでに倒産している会社への当市を勧誘して一般大衆から金銭をだまし取るために、他の多くの銀行と共謀して公開会社の倒産を隠したことによるものである。一九七六年にはデービッド・ヘイバーが、インベスターズ・ファンディング社のオーナーであるジェローム・ノーマンおよびファラエル・ダンスカーに対し集団訴訟を起こした。
同社は一九四六年に設立され一九七四年に倒産したが、その時点でスターリング・ナショナル銀行はイスラエル・ディスカウント、バークレーズの両行並びにその他の多くの会社と結託して、同社が倒産したことを十分に知りながら同社株の売買を続け、それによって得た利益を秘密口座に隠蔽していた。

 NATO司令官誘拐事件

 スターリング・ナショナルが関与した最大の銀行詐欺スキャンダルは、一九八〇年代初期に国際テロリズムを背景として行われたものである。

 一九八一年一二月、イタリアの赤い旅団のテロリストが、イタリアのNATO軍司令官ジェームズ・ドジェ将軍を誘拐した。この事件に対する初期捜査は、通常の人質救出作戦と比較して思い切ったやり方で進められ、イタリア政府はイタリアとシシリー全土のマフィアの本拠地に対する一斉手入れを開始しただけでなく、 ニューヨークにおけるギャングの金融取引にも捜査の手を伸ばし始めた。

 イタリア政府がこのような救出作戦のやり方をとったのは、こうすれば犯罪シンジケートは捜査の手を緩めるため、ドジェ将軍の解放に関して米伊両国の政府に協力してくるだろうと予想したからだった。というのもこの捜査によりシンジケートは何十億ドルもの損失と被った上に、組織の基盤が危うくなっていたからである。イタリア政府はこの時点ですでに、国内のテロリスト組織が在来の犯罪地下組織網と連携し、麻薬の密輸と誘拐を手助けする見返りとして、ギャングから武器と隠れ家および偽造身分証明書を手に入れていることを
割り出していた。

 政府の救出活動に組織犯罪グループを利用するという対テロリズム強硬作戦の結果、イタリア政府はドジェ将軍の解放と赤い旅団の誘拐犯の逮捕に成功した。

 イタリア政府が乗り出す

 ところでこの捜査の過程で、ADLおよびADLと組織犯罪とのつながりに関して深い係わりのある興味深い出来事が起こった。

 一九八二年一月二十九日、イタリア政府はアドルフォ・ドルメッタ、ジョバンニ・ルボリおよびヴィットリオ・コーダを通してニューヨークの南部地区連邦地方裁判所に対し、「法定信託、横領謀議、詐欺および受託者義務違反」に関する民事訴訟を正式に提起した。被告人はスターリング・バンコープ、スタンダード・プルーデンシャル・コーポレーション(以前のファイナンシャル・コーポレーション)およびスターリング・ナショナル・バンク・アンド・トラスト・カンパニー・オブ・ニューヨーク(スターリング・ナショナル銀行)、原告はイタリア政府が任命したバンカ・プリヴァータ・イタリアーナ社の清算人であった。原告側はイタリア人銀行家ミケーレ・シンドーナが一九七三年から七四年にわたり、バンカ・プリヴァータおよび同じミラノの銀行であるバンカ・ユニオーネの両行の預金口座から二千七百万ドルを盗むのを手助けする国際的資金洗浄行為に、スターリング・ナショナルが荷担したと訴えた。

 南部地区裁判所に残されている民事訴訟記録には次のような記述が見られる。「バンカ・プリヴァータ・イタリアーナは一九七四年九月二十七日付でイタリア財務省から清算命令を下された。同行の当初の清算人ジョルジョ・アンブロソリは一九七九年七月に殺害された。一九八〇年にミラノでシンドーナと他の一人について開始した刑事訴訟手続きの中で、一九八一年七月、ミラノの担当判事はシンドーナに対し、アンブロソリの殺害容疑で逮捕状を出した」

 アンブロソリ暗殺の後、三人の原告がバンカ・プリヴァータの清算人に任命された。一九八二年一月のスターリング・ナショナル銀行に対する訴訟は、シンジケートにドジェ将軍救出に強力させることを狙ったイタリア当局の、マフィアに対する厳重なる取締りの一環であった。シンドーナは一九八一年五月に起こった法王ヨハネ・パウロ二世暗殺未遂事件に加担した犯罪者集団、フリーメーソン普及ロッジに関係していた。

 政権内に巣をつくる

 スターリング・ナショナル銀行は、民事訴訟の中でシンドーナの横領を幇助したとして訴えられた。その内容はスイス、ルクセンブルグ、ユタ州およびデラウェア州にあるダミー会社を使って手の込んだ資金洗浄行為を実施し、シンドーナがバンカ・プリヴァータとバンカ・ユニオーネ両行の預金から二千七百十八万ドルを盗んだというものである。この横領はシンドーナが多額の投資を行っていたニューヨーク州ロング・アイランドにあるフランクリン・ナショナル銀行の破産がきっかけとなった。この銀行の破産による損失を補填するた
め、シンドーナは自分が支配する他の銀行の預金横領を始めたふしがある。シンドーナ、スターリング・ナショナルとともに訴えられたのは、フランクリン・ナショナルの破産当時におけるシンドーナの仕事上のパートナーで、ニクソン政権の財務長官を務めたデービッド・ケネディであった。

 スターリング・ナショナル銀行は、ニューヨークにある債権回収会社タルコット・ナショナル社の株式購入を仲介することによって、シンドーナが盗んだ金銭を隠すのを助けた。それは両行がアメリカの法律違反の嫌疑により連邦準備委員会の追求から逃れるための手段であった。スターリング・ナショナルはシンドーナにその時二百七十万ドルを「貸付け」たが、その貸付けはシンドーナがタルコットの株を同行に差入れることによって担保され、同行が後日これをデービッド・ケネディに「売却」した際、ケネディが購入代金として充てた資金は、スターリング・ナショナル自体が用意したものだったのである。この手の込んだ細工によってシンドーナは一時的にではあったが、横領の事実を隠蔽した。

 レーガン政権下の「金融手品師」

 シンドーナによるバンカ・プリヴァータの詐欺事件は、メイヤー・ランスキーの組織犯罪の手引書通りに行われた典型的なものであった。スターリング・ナショナルの持っているノウハウからすればこの程度のことは別に驚くにはあたらない。その取締役の中には何人かの金融上の手品の専門家がいたし、そのうち少なくとも二人はレーガン・ブッシュ政権で非常に重要な地位にあった。そしてこの二人はともにADLの主要な後援者でもあった。

 その中の一人であるマクスウェル・ラブは、ADLの中でも有力な地位にあるニューヨーク州支部の副会長であり、またスターリング・ナショナル銀行の取締役で、ロナルド・レーガン大統領の下でイタリア大使を務めた人物である。

 ラブはローマでの外交上の地位にある間、主要なユダヤ・ギャングの弁護士ロイ・マーカス・コーンと緊密な関係にあった。ラブの娘はアメリカ市民ではあったが、イタリアに囲まれた小国サン・マリノの政府財政最高顧問をしていた。サン・マリノはイタリア共産党が支配しており、世界中で最も銀後期生が緩いことでよく知られている。ラブはアイゼンハワー政権時代以来、ADLお抱えの政治家であった。アイゼンハワー政権では彼は閣僚の一人だった。こうした立派な政治的経歴を有しているにもかかわらず、ラブは一九七〇年代に
『ニューヨーク・シティ』紙でメイヤー・ランスキーの仕事上のパートナーとして紹介された。ラブとランスキーは共同でインターナショナル・エアポート・ホテルズ社を興した。ランスキーがこのように会社の取締役として名を連ねるのは稀であった。しかしADLの最高幹部と手を組むという大胆な手段を彼が選択したのは別段不思議なことではない。

 不起訴処分であったバーンズ

 スターリング・ナショナル銀行の取締役の中で、ADLとレーガン双方につながっていたもう一人の人物はアーノルド・バーンズであった。一九八五年にバーンズはレーガン大統領により司法副長官に任命されたが、これは彼をアメリカの検察官として上から二番目の地位に就けるものであった。バーンズはラブと同様、組織犯罪と非常に強いつながりを持っていた。彼は自分が経営するバーンズ・アンド・サミット法律事務所を通して、依頼人にオフショアのタックス・シェルター(税金逃れの隠れ蓑)への架空の投資を行わせることによる
脱税方法を考案した。タックス・シェルターに入った金銭は、最終的にはイスラエルのハイテク企業に流れるようになっていた。アメリカ議会のシオニスト・ロビーが連邦税法の中に巧みに仕組んだ信じ難い抜け穴によって、イスラエルの研究開発関連会社に対する投資は免税扱いとなっていたのである。

 ところが消息筋と連邦政府の調査によると、バーンズ・アンド・サミット法律事務所はイスラエルの会社に資金を回してはいなかった。彼らは投資家のカネをバハマのオフショアの秘密銀行口座に移したにすぎない。にもかかわらず彼らは投資家には何百万ドルもの税控除をさせたわけである。

 このスキャンダルに関係した少なくとも一つの消息筋は、バーンズと共謀していたイスラエルの弁護士の一人がハワード・カッツだったと指摘している。彼はかつてマサチューセッツ州ボストンで活躍していた弁護士で、ジョナサン・ジェイ・ポラードのスパイ事件に深くかかわっていた。カッツはイスラエルのスパイ活動用の秘密口座を管理しており、ポラードに対する報酬もその口座を通じて支払われた。彼は個人的にワシントンにアパートを購入していたが、ポラードはそこでアメリカ政府の極秘文書をイスラエル大使館職員に手渡していた。

 こののっぴきならないすべての証拠が公となったにもかかわらず、アーノルド・バーンズが起訴されることはなかった。バーンズが法廷で自分の依頼人と仕事上のパートナーにとって不利な証言をした結果、彼らは刑務所行きとなったが、バーンズ自身は連邦検察官との秘密取引のおかげで合衆国の司法副長官となった。

 プライベート情報は盗まれている

 司法副長官としての地位を利用して、バーンズはワシントンのコンピューター・ソフト会社インスロー社の乗取りに関係者として大きな役割を演じた。同社は司法省からコンピューターによる判例管理システムの設置および管理に関する十億ドルの契約を受注することになっていた。

 アメリカ連邦裁判所の記録によると、バーンズたちはコンピューター・ソフト契約をのっとる計略の一環として、司法省に対しインスロー社への何百万ドルもの支払いを思いとどまらせることにより、計画的に同社を破産させたという。インスロー社の破産に関する上院調査報告書では、バーンズはインスロー社側の法律事務所に個人的に介入し、司法省を相手取った同社の訴訟を故意に妨害したということになっている。

 証拠によるとバーンズはウォール街の当市会社チャールズ・アレン・アンド・カンパニーのために働いていたようである。ギャングが関係しているアレン社は司法省との契約を巡ってインスロー社と戦ったライバル会社に融資していた。さらにアレン社は、メイヤー・ランスキーが一九六〇年代にカリブ海のバハマ諸島でカジノ賭博と麻薬密売の一大帝国を築き上げたときの主たる融資者でもあった。

 コンピューター業界の専門家は、司法省のコンピューターに携わる会社が、
国家機密に係わる情報を含む連邦政府の全犯罪に関する裁判関係のデータ・
ベースに対し、リアル・タイムでアクセスしていると認めている。つまり大陪
審での証言、連邦政府のために秘密工作に従事しているエージェントの身元、
連邦政府によって保護されている証人、そして係争中の起訴手続きといったも
のがこういう会社ではすぐに分かるわけである。インスロー社に関する事件は
今でも連邦裁判所で争われており、また少なくとも議会の調査対象の一つとな
っている。

 腐敗弁護士の悪だくみメイヤー・ランスキーによる全米犯罪シンジケート合
法化計画の第一の鍵が、腐敗した銀行家の存在であるとするなら、二つ目は腐
敗した弁護士の存在だった。ここで再びADLが、主要な役割を果たす人材を
供給することになる。

 ランスキーの壮大な計画の中で、ADL側の中心的役割を担っている人物は
まさしくケネス・ビアルキンである。ドール・シャリーと同様、ビアルキンは
ADLとギャングとの密接な結合ぶりを示す象徴であった。ウォール街におい
て最も有力かつ裕福な弁護士の一人、ビアルキンは一九八二年から八六年にわ
たりADL全米会長であった。一九八四年には彼は有力ユダヤ組織代表者会議
の会長にも就任した。また名門のエルサレム財団の理事長でもあった。その財
団は長年エルサレム市長をしているテディー・コレック率いるフリーメーソン
の集まりであることがはっきりしている。今日、ビアルキンはADLの名誉会
長であるとともに、現在のところその主要な資金調達機関であり、スターリン
グ・ナショナル銀行内にその事務所を置くADL財団の理事長でもある。

 数年前に世界最大の法律事務所、スカデン・アープスに移籍するまで、ビア
ルキンはウォール街にあるウィルキー・ファー・アンド・ギャラガー法律事務
所の二人の業務執行パートナーの一人であった。ウィルキー・ファーでの在職
期間中、彼の事務所はADLの法律問題を多数手がけたが、それらはすべて報
酬なしだった。

 マネー・ローンダリング

 ニューヨークの南部地区連邦裁判所の記録によると、弁護士ケネス・ビアル
キンは国際的逃亡犯である麻薬密売人ロバート・ヴェスコのブレーンでもあっ
た。

 ロバート・ヴェスコ、ウィルキー・ファー・アンド・ギャラガーとその他何
人かのADL最高幹部が行った二億七千万ドルに上るかなり手の込んだインベ
スターズ・オーバーシーズ・サービス(IOS)横領事件を理解するために
は、一九六〇年代にロスチャイルド家の手先バーニー・コーンフェルドが当初
つくり上げたIOSの資金洗浄(マネー・ローンダリング)手法を簡単に説明
する必要がある。

 ニューヨークでかつてアメリカ社会党を創立したバーニー・コーンフェルド
は、ロスチャイルド家のフランスの一族により用意された創業資金を手に、一
九六〇年代初期にスイスのジュネーブに現れた。彼は表向きは世界中の多数の
中小投資家のために、ミューチュアル・ファンドからなるポートフォリオを運
用するためと称して、IOSをはじめ投資信託を組み入れたファンド、ファン
ド・オブ・ファンズなどからなる複雑な企業ネットワークを直ちにつくり上げ
た。コーンフェルドの会社はすべて、銀行機密法によって投資家と預金者の身
元の秘密が守られるスイスに設立されたため、初めから組織犯罪による収益、
特に全米犯罪シンジケートの頭目、メイヤー・ランスキーが手にした収益の隠
し場所となっている。

 作家ハンク・メシックはコーンフェルドとIOSと、ランスキーとの関係に
ついて次のように語っている。「同時期にバハマでカジノが拡がった結果、も
う一つの非常に重大な事態が発生した。ランスキーの大計画の最終段階の仕上
げとして、公益法人が賭博の世界に入り込んできた」「背後で重要な役割を演
じたのは、約二十億ドルを投資信託の形で保有する多くの会社の親会社である
巨大なIOSであった。スイスに本拠地を置き、したがって米国証券取引委員
会の規制を受けることがないIOSは世界中で活動した。IOSはカジノを所
有する公益法人から自分の匿名の顧客のために株式を買付けたが、その買い手
がメイヤー・ランスキーであるのか、ヘンリー・フォード二世であるのか、そ
れはわからなかった」「アルビン・マルニックの一九七〇年の裁判によって、
ギャングが支配するナッソーのバンク・オブ・ワールド・コマース(世界商業
銀行)とタイバー・ローゼンバームが率いるインターナショナル・クレジッ
ト・バンク・オブ・スイツァランド(スイス国際信用銀行)とに関する多くの
情報が明るみに出た。文字通り何百万ドルもの金銭がこの二つの銀行間を行き
来し、そしてアメリカに再投資された。IOSと国際信用銀行とのつながりに
ついては不明な点が多いが、両者に関係があったことは事実である」

 国際信用銀行の悪用「IOSの設立者であり一九七〇年までその経営に非凡
な才を見せた人物バーニー・コーンフェルドは、タイバー・ローゼンバウムの
親しい友人であるとともに、そのビジネス上の協力者でもあった。例えばIO
Sと国際信用銀行は、ジュネーブの英字新聞社に共同で貸付けをし、後にIO
Sが同社を買収した」「さらに重要なことはコーンフェルドがシルベイン・フ
ェルドマンを使ったことだ。国際信用銀行の職員であったフェルドマンは、一
九六七年の『ライフ』誌の中でメイヤー・ランスキーが秘密の情報を伝えるの
に使ったスパイだと指摘された。彼はまたマルニックのの親しい友人であると
ともに、世界商業銀行の協力者でもあった。IOSがブラジルで問題を抱えた
とき、コーンフェルドは自体を収拾するためフェルドマンをブラジルへ派遣し
た。表向きは慈善団体から派遣されたように見せかけていたが、実際は彼は工
作員であった」「国際信用銀行は金銭の流れを手早く処理し、情報の運び屋で
あるスパイを使う必要性をなくすため、最終的にナッソーに支店事務所を開設
した。ナッソーにはIOSの会社が数多く存在したが、国際信用銀行がナッ
ソーに支店を開いたことで、資金をいったん同支店に移して裏金に変え、それ
を再び貸付けあるいは投資に回すということが簡単にできるようになった」
「そのようなやり方で行った投資の一つとして表に出たのが、ガルフストリー
ム公園のま東にある『ランスキーランド』での四千万ドルに上る高層マンショ
ン群であった。その本当の所有者は誰にもわからない」「たとえば大企業のリ
ゾーツ・インターナショナル社株がIOSによって買われたが、それがランス
キーの意向を受けたものだったという話を聞かされたとき、リゾーツ社側は動
揺した。しかし皮肉なことに、そのことを否定しようにも同社はその証拠を得
ることができなかった」「国際的な金融機構を利用することによって、ランス
キーあるいは他の組織犯罪のメンバーの財産を隠す仕組みが出来上がった。そ
の意図と目的を隠すため、その仕組みが明らかにされることはなかった」

 ヤミ収益隠しのフロント・マン

 この仕組みが見えないということに付随して出てきたメリットは、コーンフ
ェルドのような表面要員(フロント・マン)を排除あるいは交替させるのに、
従来からの手段に訴える必要がなくなったことである。その手段とはシンジ
ケートの成立当初から存在し、ランスキー自身が作った殺人会社により完成さ
れた粛正方法である。そこで要員を引退させることは、ウォール街の法律事務
所や高い報酬をとる会計士の仕事になった。

 連邦裁判所の記録によると、ケネス・ビアルキンとウィルキー・ファー・ア
ンド・ギャラガーは、IOSからコーンフェルドを追い出したことになってい
る。彼の後任者となったのは、オール・アメリカン・エンジニアリングという
CIAの隠れ蓑会社(フロント・カンパニー)に一時雇われていたデトロイト
生まれのセールスマンであった。同社はデラウエアに本社があるデュポン・ケ
ミカル社の全額出資子会社で、その男の名はロバート・ヴェスコであった。

 裁判所の記録と他の出版物を注意深く調べてみると、ヴェスコはADL工作
員グループのために任命された表面要員であったことがわかる。一九七四年の
ファンド・オブ・ファンズに詐取された投資家たちによる集団訴訟の際のケネ
ス・ビアルキンの証言によれば、ウィルキー・ファー・アンド・ギャラガーは
ヴェスコがIOSを乗っ取り結果的に横取りする数年前から彼と組んで仕事を
していたということである。

 ユダヤ・ギャングの活用

 一九七一年、ロンドンでウィルキー・ファー法律事務所の弁護士は、メシュ
ラム・リクリスという名の裕福なユダヤ人ギャングにヴェスコを紹介した。リ
クリスはイスラエル独立戦争の間イギリスに協力し警察へ密告を行っていたこ
とが発覚し、地下組織の一つイルグンから死刑を宣告されたためパレスチナか
ら逃亡した。彼はミネソタ州ミネアポリスに辿り着き、そこで地方の穀物カル
テルの一員でADLの最高幹部の一人でもあったバートン・ジョセフに拾われ
た。ジョセフは一九七七年から八〇年までの間ADLの全米委員会会長であっ
た。

 ジョセフから援助された創業資金によりリクリスは、メイヤー・ランスキー
の禁酒法時代の密売組織と全米犯罪シンジケートの傘下にあった酒造会社の中
でも中心的な会社であるシェンリーズ・ディスティラリーズ社を買収した。同
社はランスキー、ジョニー・トリオおよびジョセフ・リンゼイの長年の友であ
るルイス・ローゼンスタイルが興した会社だった。

 早くからランスキーのシンジケートの後援者であったトリオは、ローゼンス
タイルの義理の兄弟ハーバート・ヘラーが経営するシェンリーズの関連会社ブ
レンダーガスト・アンド・デイビーズ社の筆頭株主であった。ローゼンスタイ
ルもまた、全米犯罪シンジケートがその社会的地位と評価をどのように手にし
たかを示す成功例であった。ローゼンスタイルは単にADLへの大口献金者と
いうだけではなかった。彼はマイアミ大学に対して最も多額の寄付を行った一
人であるとともに、彼の長年の友でFBI長官だったJ・エドガー・フーバー
財団の設立者でもあった。この財団はシェンリーズ・ディスティラリーズ社の
株式を基に設立された。彼がFBIでの長年にわたるフーバーの副官としての
職を下りたとき、ルイス・ニコルスがシェンリーズ社の副社長となった。

 この会社はリクリスとその背後にあるADLグループにとっては申し分のな
い隠れ蓑であった。リクリスはIOSに大量の投資を行った。ヴェスコとロン
ドンで会談した際、彼は投資信託の一大帝国を支配できるほど大量のIOS株
を買い込んだ。

 この巧みなる悪知恵

 コーンフェルドを追い出し、ヴェスコをその後釜に据える企ては、IOSの
関連会社の取締役会にウィルキー・ファー法律事務所の少なくとも三人のパー
トナー―アラン・コンウィル、ジョン・ダリモンテおよびレイモンド・メリッ
ト―が名を連ねていたことでうまく運んだ。

 一九七一年にリクリスはIOSにおける自分の支配権をロバート・ヴェスコ
に委譲した。ヴェスコは直ちにコーンフェルドの同社における取締役の地位を
剥奪した。一九七二年初頭のヴェスコによる乗取りの少し後、ウィルキー・フ
ァー法律事務所の弁護士アラン・コンウィルはIOSの子会社であるFOFプ
ロプリエタリー・ファンズの資産の大部分を六千万ドルで売却した。一九七二
年八月中にその売却代金はオーバーシーズ・ディヴェロプメント・バンクとい
うルクセンブルグのシェル・カンパニー(株式の公開買付けの対象となるよう
な弱小会社)に不法に移された。このシェル・カンパニーはバンク・オブ・ニ
ューヨークにあったFOFプロプリエタリー・ファンズの銀行口座から詐取さ
れた六千万ドルの単なる受け皿としてウィルキー・ファーが設立したものであ
った。

 その資金はまもなくインターアメリカン社というウィルキー・ファーによっ
て設立されたもう一つのヴェスコの隠れ蓑会社に移された。全く価値のないイ
ンターアメリカン社の株式を購入した形をとることにより、この資金はバハ
マ・フェニックス銀行の中で洗浄された。この銀行は、ウィルキー・ファー法
律事務所のジェイ・レヴィの手で、この目的のために設立されたもう一つの会
社だった。結局この六千万ドルは、目下逃亡中のヴェスコが辿りついた先と同
じコスタリカに到着した。

 それと並行してヴェスコはIOSの資金の中から別に二億一千万ドルを横領
した。それらの資金はメイヤー・ランスキーの犯罪組織が長年の間洗浄行為を
続けて貯めた収益で、ヴェスコはこれをさらにカリブ海を基地とするオフショ
アの銀行に移しただけだと広く信じられている。このカリブの銀行組織は、ス
イスを中心とするIOSおよびその関連会社であるインターナショナル・クレ
ディット・バンク・オブ・タイバー・ローゼンバームに代わるものとして新し
くつくられた機関である。IOSから二億一千万ドルが持ち出された正確な経
路はわからない。というのは「投資家」はその資金を取り戻すためにヴェス
コ、ビアルキンをはじめとする人々を訴えようとは一切しなかったからであ
る。この事実は、ヴェスコとビアルキンによるIOS横領事件が当時進行中で
あった北米組織犯罪の再編作業の重要部分であったことを示す有力な状況証拠
にすぎない。ランスキーは世界の汚れた金銭の洗浄行為の中心地を、スイス山
中の本拠地から新しくカリブ海につくり上げた大規模な賭博とホット・マネー
からなる彼の一大帝国へと移動させたのである。

 今やジュネーブ軍縮委員長、カンペルマン

 コスタリカに上陸して後も、このウィルキー・ファーの表面要員はビアルキ
ンと彼の会社を通じて依然活動していた。ヴェスコはランスキーがその何年か
前に設立したバハマに本社を置くカジノとリゾートの会社、リゾーツ・イン
ターナショナル社を買収しようとした。ヴェスコの弁護士とリゾーツ側を代理
する弁護士との一連の話合いにもかかわらず、この取引は実現しなかった。

 この取引の背後にもADLの人間が絡んでいた。正体を見せないグループを
代表してこの交渉にあたったのはウォール街のフライド・フランク・ハリス・
シュライバー・アンド・カンペルマン法律事務所であった。同事務所のシニ
ア・パートナーであるカンペルマンは、現在ADLの名誉副会長であり、長年
にわたってADLの全米委員として活躍した。彼はリクリスとヴェスコにビジ
ネス・チャンスを与えたバートン・ジョセフと同じ「ミネアポリス・マフィ
ア」の一員であった。

 バハマのパラダイス島にあったリゾーツ・インターナショナル社買収工作に
ヴェスコが失敗した理由としては、一九七四年七月にニューヨークの南部地区
連邦地方裁判所に対し集団訴訟(七四CIV八〇)が提起された結果、後にA
DLの全米委員会会長となる人物がIOSから六千万ドルを横領するのに使っ
た複雑な手口が露見する恐れが生じた事実を挙げることができる。「ファン
ド・オブ・ファンズおよびインベスターズ・オーバーシーズ・サービス社の株
主対ロバート・ヴェスコ、アラン・コンウェル、バンク・オブ・ニューヨーク
およびウィルキー・ファー・アンド・ギャラガー法律事務所」訴訟は六年間続
いたが、陪審員の最終評決は被告側に不利な結果となり、裁判所はバンク・オ
ブ・ニューヨークとビアルキンの法律事務所であるウィルキー・ファーに対し
六千万ドルの支払いを命じた。

 一九八〇年七月三十一日、連邦判事D・J・スチュワートは、バンク・オ
ブ・ニューヨークに対し、横領の被害に遭ったIOSの投資家への総額三千五
百六十万ドルの支払いと、 ウィルキー・ファー・アンド・ギャラガーに対し
残り二千四百四十万ドルの支払いを命じる判決を下した。この訴訟に関する裁
判所の公開資料は二十個の箱に納められている。それらの中にはヴェスコの横
領計画にケネス・ビアルキンとウィルキー・ファーが関与したことを示す大量
の通信文書、宣誓証言その他の証拠資料が含まれている。

 ADLの実態を隠し続ける

 ヴェスコの次なる仕事は世界の不法麻薬取引の元締めになることだった。今
や米国司法省から追われる身のヴェスコは、金融面における凄腕のならず者と
いうイメージを払拭し、コスタリカに広大な壁を廻らした地所を入手し、島の
いいかげんな政治家たちを札束で頬を叩くようにしてことごとく買収してい
る。そして自分自身とその家族仕事仲間をカリブ海のあちこちに運ぶヨットを
購入するなどしている。

 ヴェスコは一九七二年のリチャード・ニクソンの再選キャンペーンに違法な
ほど多額の献金をし、また一九七六年の民主党のジミー・カーターの大統領キ
ャンペーンにも同様に密かに献金を行っている。遠く離れたカリブ海で逃亡生
活を続けていたにもかかわらず、彼は新政権に対する影響力を拡大した。そし
て大統領の弟ビリー・カーターを買収することによって、リビアの独裁者ムア
マル・カダフィが購入していたボーイング七四七の引渡しの凍結状態を解除し
ようとした。ビリーは喜んでヴェスコやカダフィに協力した。一九八〇年のジ
ミー・カーターの再選キャンペーンの直前に「ビリーゲート」事件が新聞紙上
を賑わしたとき、実質的にカーターの敗北が決まった。

 こうして次から次へと事件を起こした結果、以前にもましてヴェスコの金融
詐欺師としての名は高まった。同時にこうした事件でその悪名が高まれば高ま
るほど、ビアルキン、ジョセフ、リクリス、カンペルマン等のADLの大物と
彼との結び付きはますます人目につかないものになってきた。

 しかしその実、ADLはランスキーの大計画に自分たちも加担している事実
を世間の目からそらすために、ヴェスコという人間を表向きに立てていたわけ
である。この手口はランスキーがその正体を暴かれることがないよう自分を社
会の表舞台から遮断していたのとよく似たやり方である。

第九章ここまで



http://

 

ユダヤの告白 その8

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月14日(火)23時36分47秒
返信・引用 編集済
  http://oriharu.net/jADL8.htm

第八章 上納か、「反ユダヤ」の烙印か

最大の私設秘密警察

 ブナイ・ブリスの下部組織ADLは、今日アメリカや西ヨーロッパ、ラテン・アメリカのすべてのユダヤ人社会にその触手を伸ばしている。この組織は多くの地方の弁護士会を支配することによって、また州および連邦裁判所の判事の選任に影響力を行使することによって、アメリカの司法機構のほとんどすべてを密かに支配している。またADLは大手銀行や金融機関の枢要な地位に工作員を送り込んでいる。さらに米国上下両院の議員は、ADLの名誉副会長だなどと世間ではとりざたされている。また、ADLは、数多くのアメリカの
警察幹部を、イスラエル政府およびユダヤ・ロビーの手先として抱き込むことに成功している。

 ADLはまた、二十世紀における最も強力なユダヤ・ギャング、メイヤー・ランスキーが築き上げた組織犯罪帝国を受け継いだ組織である。アメリカの総人口約三億人の中でユダヤ人の数はわずか六百万人でしかないにもかかわらず、もし本当の力を一つにまとめれば、驚くべきことにADLはアメリカにおける最大の、そしておそらく最強の私設秘密警察機関であるということになるだろう。人口比でみれば0.5%にしかすぎないというのに。

 ADLの活動は、アメリカのユダヤ人社会を対象にしたものに限るものではない。前のところで詳しく述べた「ホフユーデン」(宮廷ユダヤ人)の伝統は今も生きている。ADLは強大な金融、政治勢力集団に仕え、リベラルな東部エスタブリッシュメントとは協調体制にあるといえる。そのためにユダヤ人社会やイスラエル国家の利益を犠牲にするといったことがしばしば起こっている。

 権力と影響力を追求する余り、歴史的に彼らはソビエト政府とその諜報組織であるKGBとは非常に密接な関係を維持しているとともに、常に意志の疎通を図っている。ADLのメンバーや支持者の多くがかつて共産主義者又は社会主義者であったことが、この協力関係の背景になっている。当然のことながらADLはイスラエルのモサドばかりか、米国中央情報局(CIA)や連邦捜査局(FBI)、それに国の内外の諜報機関とも深くかかわりあっている。

 アメリカ最古の社交団体の一つだと自称していながら、ADLは会員権を一般に開放していない。ADLの構成員となるには、州、地方あるいは全国組織いずれの場合でも、連邦首脳部の同意を必要としている。

 ブナイ・ブリスが今日に至るまで公式のフリーメーソン・ロッジ(支部)としての構成を守っているのに対し、ADLは実際にはこれよりもはるかに秘密の組織であると言える。もしブナイ・ブリスがフリーメーソンの中のユダヤ人下部組織であるとすれば、ADLとそれにつながるエルサレム財団は、ブナイ・ブリスの支部の中で最も秘密に包まれた組織ということになる。

 一九四八年にイスラエルが建国されたとき、イスラエル政府は新しくつくったモサド(イスラエルの対外諜報機関)への密かな援助を期待したこともあってADLの活動の大幅拡大を申し入れた。それを承けて、ADLは一九四八年以来、組織を次の三つの段階に分けて活動している。

一、 全米、地方あるいは地域委員として活動する一般メンバー

二、 常勤専門スタッフとして雇用された職員

三、 ADLとは表向き関係はないがADLから給与を受けて働く秘密工作員

 戦後のADLを構成するこの三つのグループの中で、最も力を持っているのが委員を務める一般メンバーである。彼らが決定権を持っており、専門スタッフのために活動方針を決定する。

 クラツニック、カンペルマン、ブロンフマン

 彼らのほとんど全員が、極めて裕福であるか政治権力を持っている者たちである。例えば、ADL全米委員会会長のフィリップ・クラツニックは、カーター政権当時の商務長官であった。さらに全米委員会副会長のマックス・カンペルマンはカーターの民主党政権下で人権外交の大使を務め、レーガンの共和党政権下では軍縮交渉主席担当官の地位にあった。さらに三人目としてADL全米委員会副会長の実業家、エドガー・ブロンフマンはアメリカ多国籍企業の中でも最大かつ最強の企業の一つであるデュポン・コーポレーションの過半数
を支配している大株主である。

 ADLが全米委員会のメンバーに強力な政治・金融の大物たちを揃えていることから、その専門スタッフは人に接触する場合でも、影響力を行使する場合でも、絶大な力を発揮することができる。ADL全米委員の銀行や企業とのコネクションのおかげで、ADLの資金調達活動はフォーチュン誌が調べた全米大手五百社や大手商業銀行、さらには全米すべてのマスコミの取締役会のメンバーにまで行き及んでいる。

 このようにADLは、カネで買うことも可能な政治警察力の提供というサービスを行うのと同時に、自分たちに貢物を納めるか、それとも「反ユダヤ主義」の烙印を押されたいのかといっては大手米国企業や銀行をゆすっている。

 例えば、一九七七年から七八年にかけて、ADL副会長エドガー・ブロンフマンは自分の会社であるシーグラム・コーポレーションのニューヨーク本社で、バートン・ジョセフやジャスティン・フィンガー、ベン・エプスタインといったADL幹部と、アメリカ財界の政策決定機関であるビジネス円卓会議のリーダーたちとの間の秘密交渉をとり持った。

 この会議において、企業グループ側は結局のところ、イスラエルに対するアラブ・ボイコットを暗黙のうちに支持してきた行為を止めるようにというADLの要求を受け入れざるを得なかった。この時、ビジネス円卓会議参加者を率いてその交渉に臨んだのはデュポン・コーポレーション会長のアービング・シャピロだったが、挙げ句の果てに、このシャピロは、ブロンフマンによるデュポン買収の際には、中心となってブロンフマンに便宜を図った。円卓会議の弁護士としてこの困難な交渉に当たったのはC・ボイデン・グレイで、彼は現在ジョージ・ブッシュ大統領の主席法律顧問を務めている。

 ADL組織、その表と裏

 ADLの専門スタッフは、ニューヨーク市国連プラザ八二三番地にある全国本部で仕事をしている。本部のある超高層オフィス・ビルは、マンハッタンのイースト・サイドの最も地価の高いところに建っており、国連本部とは通りを挟んで反対側にある。このビルの価値は二千万ドルを上回るという。この建物のテナントの中には、日米欧三極委員会(TC)の北米事務所がある。

 専門スタッフはまた、アメリカ全土に三十一の地方事務所を持っている。これらの事務所はニューヨーク、マイアミ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、デトロイト、ボストン、フェニックスをはじめとする全国主要都市の中心に置かれている。その他にも、都市の大きさとは別に、強大なユダヤ人社会があるものの一般的にはあまり重要でない都市にもADLは事務所を持っている。フロリダ州のウエストパームビーチやニューヨーク州(ロングアイランド)のグレートネック、ニュージャージー州のリビングストンといった都市がそれに当たる。これら三つの都市の郊外の地域には、非常に裕福なユダヤ人家族が集中して住んでいる。

 海外においては、ADLは次の国と都市に事務所を持っている。
・ イスラエルのエルサレム
・ フランスのパリ
・ イタリアのローマ
・ カナダ・オンタリオ州のダウンズビュー

 ADLは英国においても、ユダヤ人問題研究所(IJA)を通して影響力を有している。 IJAはもともとニューヨーク(後にロンドンに移転された)の世界ユダヤ人会議により設立されたものである。最近、世界ユダヤ人会議の会長にADL最高幹部エドガー・ブロンフマンが選出されたことによって、ロンドンのユダヤ人問題研究所はADL及び世界ユダヤ人会議と共同でプロジェクトを組むことになった。ユダヤ人問題研究所は現在ロンドンとADLのニューヨーク本部にその事務所を置いている。

 一九九〇年一月には、ソビエト大統領ミハイル・ゴルバチョフとエドガー・ブロンフマンおよびADLに対する有力資金提供者である穀物商デーン・アンドレアスとの間で一連の会談が行われ、会談後、年末までにADLがモスクワ事務所を開設することを計画していると発表された。モスクワ事務所を設ける目的は、表向きにはソビエト政府が国内の反ユダヤ運動を抑えるのを支援するためというものである。しかし、ADLとソビエトKGBとの長年にわたる共謀に詳しいアメリカの上級情報職員によれば、その本当の目的は米国内でのソ
連の宣伝工作と諜報活動のためのパイプ役を果たすためのものだということである。

 ADL本部内の専門スタッフは次の五つの部に分かれる。

一、 公民権。詳細は後述。
二、 通信。 ADLの出版物や映像資料などの製作を担当する部門。

 ADLやそれから派生した各種財団、それに世間の目をごまかすためにつくられた表向きの組織は、映画製作の他にも多くの白書、開放、特別レポートを刊行している。 ADLは近年、ホロコーストやアメリカの人種差別主義集団、偏見等々を扱った中学、高校用社会科教科書シリーズをつくりあげた。様々なADLの出版物の中には、月刊の「公報」、不定期刊行物の「法執行公報」、公民権部の活動を紹介した「訴訟審理要領」、さらには「ラテンアメリカ公報」などといったものがある。

三、 地域サービス。
 米国内三十一ヶ所にあるADL地方事務所を管轄する部。
四、 対外交流。
 世界な主な宗教すべてとADLとの間の連絡を担当する部。この対外交流部はバチカンとの関係もあって
ローマに事務所を置いている。
五、 国際問題。

 これはエルサレム・センターを含むADLの海外事務所を管轄している。この部はまたイスラエル政府、米国務省、 CIA等と連携しながら行動するADLの対外工作部でもある。

 そういうわけで、一九九〇年二月、ソ連政府代表やロシアのユダヤ人社会の指導者たちと会談するため、ADLの一行をモスクワへ率いていったのは、この国際問題担当理事のケネス・ヤコブソンであった。そしてADLがブッシュ政権と共同して反日キャンペーンを行うのを支援したのもこのヤコブソンである。「公民権」という偽りの名の下に、ADLは様々な表向きの顔をもって、自分たちとは別行動をとっているふりをしている破壊活動分子の大規模な全米および国際ネットワークを持っている。ADL発行の出版物を注意して読む
と、米国内の暴力的な右翼の過激派ばかりか左翼の過激派の背後にもその密かな手が働いていることがしばしばわかる。表面上はこの両過激派は共にADLの不倶戴天の敵ということになっている。

 演出なしでは起きないこと

 ADLはまたアメリカの全国記者クラブにその手先を送り込んでいる。いつでもすぐに記者を集めて、ADLがあらかじめ用意した通りの記事を一面に書かせることができる。

 公民権部は米国内の諜報かつ小津や秘密工作を担当する部署である。その中
には次の三つの課がある。

一、 実情調査
二、 法律
三、 調査

 これら三つの課のうち二つは、CIAの情報工作部の構造にある点では似ている。実情調査課が、国内や海外の秘密工作情報の収集と工作に備えての情報判断を行うのに対し、調査課は表に出ている情報収集と分析作業を行う。それゆえ一九八八年にCIAの職員の一人がADLのワシントン事務所に招かれ、実情調査課と調査課のスタッフに対し背景説明を行ったというのも別に不思議なことではない。

 実情調査課は米国内の過激派の中にADLへの情報提供者、おとり、潜入者をいつも送り込んでいる。過去三十年間に起こった事件の記録を見ると、ADL実情調査課の工作員は殺人や暴動の扇動、爆破をはじめとする重大な犯罪に係わり合ってきている。

 一九六〇年代に起こった一つの事件では、ニューオーリンズのADL事務所が、ミシシッピーのメリディアンに住むADL職員の一人が暗殺されかかったかのように演出するのに、白人の人種差別主義者KKKのメンバーを買収してそれを依頼している。地元警察はそのADL職員の家の外で待ち伏せをし、銃撃戦の末、一人の女性が殺された。その女性はキャシー・アイスワースという地元の学校教師であった。

 一九七〇年に起こったもう一つの事件では、ニュージャージーのトレントンのKKKに潜入していたADL諜報工作員が、全米有色人種地位向上協会(NAACP)なる黒人公民権グループの地方本部に爆弾を仕掛けることを、地元のKKKのリーダーに依頼し、もう少しで成功するところだった。それにあたったADLの工作員、ジェームズ・ローゼンバーグは、イスラエル国防軍(IDF)から準軍事的訓練を受けていた。

 一九八〇年代半ば、もう一人のADLに雇われた工作員であるモルデカイ・レヴィが、ADLをはじめとするグループからパレスチナ解放機構(PLO)あるいは第二次世界大戦時のナチ戦犯と関係があるといって非難されていた人たちに対する一連の暗殺計画に関与していた。アレックス・オデーとツチェリム・スーブゾコフ殺害に使われた強力で高性能のパイプ爆弾を仕掛けたことについて、レヴィは直接の罪を問われはしなかったものの、FBIと警察はレヴィがこの二人の暗殺について中心的役割を果たしたと考えた。暗殺それ自体
は、少なくとも一人のADL最高幹部の協力なテコ入れにより創設されたユダヤ防衛連盟(JDL)と関係のある訓練された暗殺者によって実行された。

 労働者組織への潜入

 ADLが人材を集めたり、政党や政治団体の間に幅広く工作員を配置したりするに当たってはその実情調査部長アーウィン・スウォールが、社会主義インターナショナルやアメリカの労働組合を支配しているアメリカ労働総同盟産別会議(AFL-CIO)と密接な関係を持っていることが、大いに役立っている。

 スウォールは、イギリスのオックスフォード大学のラスキン労働カレッジで、労働者側に立って反政府運動を行う訓練を受けた。ラスキン労働カレッジは、英語圏内の国々での諜報工作員徴募のための拠点として有名である。彼がそこで学べるようその費用を負担したのは国際婦人服労働組合(ILGWU)であった。この労働組合は、米国共産党党首であったジェイ・ラブストンをはじめ、ユダヤ人共産主義者や元共産主義者であった人たちが牛耳っている。ラブストンは一九三〇年代後半にスターリンと仲違いをし、その後はやはり以前
アメリカの共産主義者の一人だったアービング・ブラウンとともにCIAの後ろ盾によって労働界の指導者の一人となった。

 オックスフォードでの訓練を受けた後、スウォールは米国社会党党首ノーマン・トーマスの個人秘書となった。一九五〇年代末、スウォールはユダヤ労働委員会のために働いた。この委員会はアメリカ労働組合運動の中のユダヤ人指導者たちによる政治活動団体で、その狙いとするところはアメリカの労働運動を親イスラエル勢力側にとどめておくことだった。
 彼らの活動は、イスラエル国家のための工作という露骨な形をとることもしばしば起こった。

 全米自動車労組も傘下に

 一九六八年、スウォールはADLの実情調査部を引き受け、今日までその地位にとどまっている。しかし、今日に至るまで彼は社会主義インターナショナルの現役メンバーでもある。

 一九七五年、著名なPLO幹部イッサム・サルタウィが、社会主義インターナショナルの年次総会出席のために訪れていたポルトガルのリスボンのホテルのロビーで暗殺されたとき、スウォールはその場に居合わせていた。彼は、社会主義インターナショナル総会で起こった出来事に関し、ADL全米委員会宛に詳細な秘密メモを送ったが、その中でサルタウィの殺害によって、世界の社会主義者の支援をとりつけようとしていたPLOが強烈な打撃を受けること、またこの事件はユダヤ人グループやイスラエルの勝利であるといったことを記
していた。

 スウォールはその他にも社会主義グループとコネクションを持っており、産業民主連盟(LID)の理事会やアメリカ合衆国社会民主党のメンバーでもあった。この産業民主連盟は全米自動車労組(UAW)やAFL-CIO傘下のその他の労働組合から多額の資金援助を受けていた。

 このようにスウォールやADLは、他のユダヤ人団体が通常関係することのないようなところから資金を得ていた。

 例えば全米自動車労組は、情報収集や敵とみなす相手に対抗策を講ずるために正体を伏せた表向きの組織を持っている。こうした組織にホームフロントおよびグループ・リサーチ社という二つの組織があり、この二つはスウォール率いるADL実情調査部と共同で業務を進めている。

 この実情調査部が米国内や世界的なテロリズム、諜報工作、それに他の犯罪に関係していることについては、ここで取り上げた事件を含め、後の章で詳しく述べることにする(第一章参照)。ここでは、ADLの活発な活動の背景にはこうした能力や他の組織との相互関係が存在することを指摘するにとどめておく。

 組織変更と活動の拡大

 ADLが現在の組織になったのは、第二次世界大戦直後に、後の全米委員会
会長ベンジャミン・エプスタインの下で行われた念入りな検討の結果によるも
のであった。ADLが作成した六巻からなる口述ADL史『一日にして成ら
ず』によると、エプスタインはADL本部スタッフからなるチームを指揮し、
一年近くをかけてすべての地方事務所を訪問させた。そしてADLに関係する
部外者、 ADLのスタッフ全員にことごとくインタビューをさせることによ
って、どのようにすればADLの活動を飛躍的に向上させることができるかを
調査した。

 その結果、基本的勧告として二つの点が指摘された。エプスタインは一九四
八年に全米委員会理事となったが、その後二十年以上にわたってその役職にと
どまり、その勧告の実施状況を見守ってきた。

 勧告の第一点は、一般メンバーからなる全米委員会を大幅に拡大し、委員会
の主要構成員に政策決定の責任を与えてADL全体の活動を管理させるという
ものであった。この意味するところは、政界、財界、労働界、産業界、マスコ
ミ、軍・情報関係高官の中から最も優秀なユダヤ人を選抜し、そうした人物に
ADLの運営を直接任せるというものである。

 勧告の第二点は、人数にかかわらずユダヤ人社会が存在するアメリカ全土の
主たる都市すべてに地方支部を設置するということである。ニューヨークに本
拠を置く組織という観点からだけから見る限りADLを効果的に動かすことは
できないとエプスタインは説いた。

 こうした組織変更を行った結果、ADLの活動は飛躍的に書く第した。一九
三〇年代の大恐慌時、ADLはアメリカ・ユダヤ委員会(AJC)との間で、
共同して募金を集めるために合同ユダヤ基金を設けることで合意した。この合
意は、一九六〇年代初めまで続いた。その頃になるとADLは、有力な人物を
揃えることでアメリカのユダヤ人社会にある程度の実力を行使できるようにな
っており、またいつでもみずからの手で募金調達が可能なほどにまでなってい
た。

 なぜ非課税法人なのか

 ADLの資料によると、今日彼らは年平均二千五百万ドルの資金を集めてい
る。しかしこの数字は多くの意味において極めて欺瞞に満ちたものである。そ
の数字はADLの実際収入のほんの一部を表しているものにしか過ぎない。

 何よりも第一に、ADLは合衆国税法五〇一条C三項の規定に基づく非課税
法人である。営利法人が毎年莫大な金額を連邦と州政府に税金として納めてい
るにもかかわらず、ADLは一銭も税金を支払っていない。この非課税法人と
しての地位を維持するためには、一切政治活動をしてはいけないし、その他の
法律の要件に厳格に従う義務もある。だがADLは常にこれらの規定に違反し
ている。しかしニューヨーク市にある国税庁(IRS)のブルックリン事務所
の免税事務担当官は、ADLが事もあろうに法律で禁じられている政治活動を
行っているとの批判が数多く寄せられているにもかかわらず、長年にわたって
ADLを弁護してきた。

 第二に、ADLは一九七八年以来、資金源を分散するためにADL財団とい
う別組織を持っている。ADL財団はさらにADLの活動資金用の裏金の資金
洗浄行為をも行っている。

 第三に、ADLはニューヨーク市ブルックリンのIRSに登録してある全国
組織以外にも、国内のほとんどすべての州に組織を有している。これら州単位
のADL支部にも、それぞれ理事や、受託者、職員が存在し、全国組織と平行
して各々が別に資金調達活動を行っている。

 ADL全米委員会の構成員や、ADLを支援しているアメリカとカナダの銀
行界、産業界のエリートたちの中には、自分で非課税財団や公益法人をつくっ
てADLやADL財団と同じように免税措置を受けている者が多い。

 例えば、ADL全米委員エドガー・ブロンフマンの父親の名にちなんで名付
けられたサム・ブロンフマン財団は、ADLのために何十万ドルもの資金を提
供しているだけではなく、ADLと一緒になって行うプロジェクトのために自
分の資金を醵出している。カリフォルニア州サンフランシスコ出身のもう一人
のADL全米委員メルヴィン・スイッグは、スイッグ・ファミリー財団を所有
している。この財団は、アメリカン・ファミリー財団に多大の出資をしている
が、このアメリカン・ファミリー財団は、ADLと非常に密接な連携を保ちな
がらマインド・コントロール実験にかかわっている進歩的精神科医から構成さ
れている。

 常設委員会の構成員たち

 ADLの現行の会則によれば、ADLの運営は百五十一名からなる現役会員
と同数の名誉会員で構成される全米委員会が担当することになっている。名誉
会員とは、前委員であって半ば引退してはいるが現役のような役割を果たして
いる人か、あるいは現在政府の役職に就いているためADLの活動に正式には
参画できない委員の人のいずれかである。

 ブナイ・ブリス・インターナショナルおよびブナイ・ブリスの婦人部ハダ
サーの最高幹部は、自動的にADL全米委員会の構成員となる。また彼らは、
ADLの日常の政策決定を預かる全米委員から公正される全米執行委員会(N
EC)の構成員にも自動的に就任する。ADLの一般会員のうちで最も有力な
人物を一人挙げるとすれば全米委員会会長であり、組織の上で二番目に有力な
人物を挙げるとすれば、全米執行委員会会長である。

 全米委員会の中には、ADLに雇用された専門職員からなる五つの部に街灯
する常設委員会というものがある。常設委員会の構成員は、ADLの職員から
なる各部の長から、実績や目標など詳細を記した年次報告を年に二度受ける。
実際には、常設委員会の幹部たちは、彼らが担当する部の職員とは常時接触を
保っている。常設委員会の構成員は、全米執行委員会の構成員とともにADL
で活躍している人たちの核をなしている。

 誰がこうした委員会の構成員となっているのだろうか。

 ADL自らが発行している「目的と計画の直近版によると、現在の全米委員
会会長はカリフォルニア州ビバリーヒルズの弁護士バートン・S・レビンソン
である。全米執行委員会会長はニューヨーク州ニューヨーク市のラビ、ロナル
ド・B・ソーベルである。ラビ・ソーベルは全米いやおそらく全世界で最も有
力かつ裕福なユダヤ教のシナゴーグであるテンプル・エマヌエルのチーフ・ラ
ビである。

 先端金融商品の売り込み

 ADL名誉会長の一人でありADLの元全米委員会会長だった人物が、ニ
ューヨークの弁護士ケネス・ビアルキンである。ビアルキンは、今日のアメリ
カにおける最も有力かつおそらく最も腐敗した弁護士の一人である。ビアルキ
ンは逃亡中の犯罪者、ロバート・ヴェスコの弁護に当たっていたが、彼自身が
一九七〇年代初めにスイスに本拠を置くミューチュアル・ファンド(会社型
オープンエンド投資信託)から一億ドルをヴェスコがまんまと盗み取った事件
の首謀者として、一九八〇年にニューヨークの民事訴訟において有罪の判決を
受けている。スイスとアメリカの警察は、この一億ドルの多くはかつての組織
犯罪の首魁、メイヤー・ランスキーが犯罪によって手にした利益だと考えてい
る。

 さらにイラン・コントラ事件の真っ最中に、サウジアラビアの石油長者アド
ナン・カショギの代理人として、ビアルキンはオリバー・ノースやリチャー
ド・セコードおよびCIAとの間の、秘密の非合法な取引をことごとく行っ
た。

 今日、ビアルキンは世界最大の弁護士事務所スカデン・アープスの上席パー
トナーである。この弁護士事務所が、「ジャンク・ボンド」や「レバレッジ
ド・バイアウト」を考え出し、それによってアメリカの株式市場や貯蓄貸付機
関(S&L)業界に深く係わり合っている。こういう方法を使って、大量融資
を実施して相手につけ込むようなことを行った狙いというのは、主として麻薬
取引で得た不正資金を、アメリカ経済に還流させることにあった。ビアルキン
と彼のパートナーたちが努力した結果、アメリカの金融資産と企業資産の大部
分が、国際組織犯罪の手先の人々の手に落ちた。

 隠れ蓑としての実体

 ADL全米委員会の名誉副会長に名を連ねる人々を見ていると、ユダヤ・ギ
ャングと彼らの手先となって働いている政治家からなる犯罪者リストを眺めて
いる気分がする。その中には次のような人々がいる。☆ レオナード・アベ
ス。フロリダ州マイアミ在住。シティ・ナショナルバンク・オブ・マイアミの
会長。同銀行は、長年南米コカイン・カルテルと関係しており、米国情報関係
者内の裏切り者ともつながっている。同行の幹部職員であるアルバート・デュ
クエは、麻薬資金洗浄行為のかどで現在連邦刑務所に服役中である。もう一人
の幹部職員、ドナルド・ビーズリーはマイアミにある同行とオーストラリアに
本店のあるヌーゲン・ハンド・バンクとの間を行き来している。ヌーゲン・ハ
ンド・バンクという銀行は、元業務副本部長セオドア・G・シャックリーをは
じめとする腐敗したCIA職員たちの手でつくられたものである。同銀行は、
ベトナム戦争が集結に向かい働くかたわら、国際的なマリファナやヘロイン密
輸、それにそこから得た利益の洗浄行為に関係していた。☆ ルディー・ボシ
ュビッツ上院議員。ミネソタ州選出の共和党議員。彼はいわゆるADLの「ミ
ネアポリス・マフィア」の一員である。このマフィアなる名称は、ミネアポリ
スに本社を置く中西部の穀物カルテルの利益のために働く政治家で、昔も今も
ADLの最高幹部として力を振るっている人々の一派を指す。アメリカの中心
部をなす地域の脱工業化を図ろうとする穀物カルテルの計画に歩調を合わせる
形で、ボシュビッツは米上院の中で最も強硬な環境擁護論者の一人となってい
る。彼はまた米国連邦議会内のイスラエル・ロビーの中で指導的立場にある人
物の一人でもある。☆ エドガー・ブロンフマン。アメリカ北東部におけるA
DLの資金調達の責任者であるとともに、世界ユダヤ人会議の会長。彼は個人
的な力で、この国際的ユダヤ人組織とADLとの間に緊密な関係を築こうとし
ている。

 ブロンフマンは、禁酒法時代のカナダで酒の密売をはじめあらゆる犯罪に関
係する頭目だった父親の実績を基に築き上げられた米加両国にまたがる金融帝
国の筆頭に立つ人物である。彼はまた、共産主義の国々に対するADLの最も
信頼できる裏ルートとしての役割も果たしてきた。

 一九八九年、東ドイツの共産政権崩壊のほんの二、三週間前、ブロンフマン
は同国から最高市民栄誉賞を受けている。これは今では退陣した共産主義者の
親玉、エーリッヒ・ホーネッカーから個人的に贈られた賞である。ブロンフマ
ンの東独共産政権との結び付きは、最初は宗教問題大臣クラウス・ギジを通じ
て培われたものであった。このクラウス・ギジの息子グレゴールは現在ホーネ
ッカーの後継者になっている。

 ブロンフマンは、陰の部分においても東独上層部とつながっていた。ホーネ
ッカーが倒れるまで、ブロンフマンは東ドイツの秘密警察、国家保安部の長官
であるマルクス・ウルフ将軍と関係があった。

 ウルフは共産主義者の家庭に育ったドイツ系ユダヤ人で、第二次大戦中は家
族と共にモスクワにいたが、戦後ソ連の工作員としてドイツへ帰ってきた。彼
は三十二歳で国家保安部長官となった。ベルリンの壁崩壊と東ベルリンの共産
主義政権崩壊の後、五千人を超える熟練工作員やテロリストを抱えているとい
われたウルフの組織は解体された。ウルフが抱えていた工作員の多くは今、イ
スラエル情報部や、解放された東欧全域に組織網を持つエドガー・ブロンフマ
ン率いる世界ユダヤ人会議との連携の下で活動していると思われる。

 ブロンフマンは、退陣した東独共産政権の首領、ホーネッカーと良好な関係
にあったことから、ソ連のゴルバチョフ大統領とも親密な関係を持っているは
ずである。この個人的結び付きの存在は、一九八九年一月に、ニューヨークに
あるブロンフマンのペントハウスで行われた秘密の会合の席上、ロナルド・エ
ヴァンスとロバート・ノヴァクなる二人のシンジケート・コラムニストの手に
よって明らかにされた。

 彼らは在露ユダヤ人のイスラエル移住の取引条件としてアメリカの穀物を使
う案が出されたことを報道した。この会合にははやりADLの大物スポンサー
の一人である穀物王、デーン・アンドレアスも出席していた。この取引はブロ
ンフマンがすべて取り仕切り完全に履行することをソ連側に納得させようとす
るものだった。☆ マックス・カンペルマン。政治力あるワシントンの弁護士
で、かつ政府の職員。ワシントンにある有力法律事務所、フリード・フラン
ク・シュライヴァー・ハリス・アンド・カンペルマンの上席パートナーで、上
院議員で副大統領にもなったヒューバート・ハンフリーの元補佐官でもあっ
た。カンペルマンは、ジョージ・ブッシュが大統領になったのを機に私人に戻
るまで、カーター、レーガン両政権において一連の最高のポストを歴任した。
☆ フィリップ・クラツニック。ブナイ・ブリスの元国際部長で、カーター大
統領時代の商務長官。ADL史『一日にしてならず』によれば、クラツニック
がカーター大統領の下でその地位を得たのは、当時の民主党の全国委員長ロ
バート・シュトラウスがADL幹部のところに赴き、その地位にふさわしい
「名望のあるユダヤ人ビジネスマン」の推挙を依頼した結果である。クラツニ
ックの経歴を見ると非常にいかがわしい銀行業務にいくつか関係していたこと
がわかる。彼の銀行事業の一つ、アメリカン・バンク・アンド・トラスト・カ
ンパニーは、イスラエル・モサドのために資金洗浄行為を働いていたことが判
明している。☆ ハワード・メッツェンバウム。オハイオ州選出の現職民主党
上院議員。彼は同じオハイオ仲間のマーヴィン・ワーナーやカール・リンド
ナーと一緒になって、中西部における組織犯罪行為に関与してきた。ジミー・
カーター時代のスイス大使であったワーナーは、南米の麻薬王全員を巻き込ん
だ一連の資金洗浄事件に関係してきた。ワーナー自身は、中西部におけるAD
Lの活動を強力に支援している。以上に挙げた人たちの他に、アメリカ下院の
現職議員、元議員各々一人もまた、ADLの名誉副会長に名を連ねている。イ
リノイ州選出の民主党下院議員のシドニー・R・イェーツと、コネチカット州
選出の元民主党下院議員アブラハム・リビコフである。

 セオドア・H・シルバートも名誉副会長の地位にあり、過去十数年にわたっ
てADLの拡大に極めて特異な役割を果たしてきた。シルバートはニューヨー
クに本店を置く銀行スターリング・ナショナル・バンク・コーポレーションの
頭取であり最高経営責任者である。公表されている資料によると、この銀行は
もともとメイヤー・ランスキーの率いるシンジケートによって設立された。シ
ルバートは、一九三〇年代後半からこの銀行を経営してきた。一九七八年に一
時的に金融情勢が悪化したときに、ADLはその銀行機能のすべてをスターリ
ング・ナショナルに移した。このことはADL財団の創設と時を同じくしてい
る。組織犯罪研究の専門家たちは、これら二つのことが同時に行われたのは、
ADLの組織の組織の指揮を、メイヤー・ランスキーの手で何十年以上にもわ
たって築き上げられてきた国際的資金洗浄組織の手に移しかえるためのものだ
ったと考えている。

 複雑な国際金融取引においてADLにノウハウを提供しているのは、現在の
全米執行委員会副会長のメイヤー・アイゼンバーグである。名声あるワシント
ンの弁護士であるアイゼンバーグは、証券取引の監督を任務とする連邦機関で
ある証券取引委員会(SEC)の顧問を十年余り務めている。一九七〇年代初
め、全米有数の証券関係専門の弁護士になるためにSECを退職した時点で
は、アイゼンバーグはウィリアム・ケイシーの下でSEC主席法律顧問補佐の
地位にあった。ケイシーは後にレーガン大統領の下でCIA長官となった。

 ADLの全米委員の名簿には、米国全州から選ばれた州や地元地域の弁護
士、銀行家、政治家、新聞編集者や発行人など三百人以上の名前がある。その
他にADL地方支部の州の理事、法議員および委員として数百人の名前が並ん
でいる。

 これらの人々はいずれもADLから報酬を受けていないにもかかわらず、一
丸となって組織の屋台骨を支えている。彼らはADLの全国組織のスタッフ
と、米国全域にあってそれぞれの地域の世論や政策に大きな影響力を持つ実力
者で、かつ最も腐敗した人たちとの間をとりもつ立場にある。ADLに資金や
各種の恩恵を提供する外部の大口献金者の名を見れば、こうした人たちの影響
力がよく理解できる。

 絞り取られる米国企業

 ほとんど毎日のように、ADLがアメリカの企業から資金を絞り取ることを
目的とした何らかの活動のスポンサーとなっていると考えて間違いはない。ア
メリカの企業から資金を詐取するその能力たるや、ADLが大いに自慢すると
ころのほどのものである。『ADLの友』と題するADLが発行する特別会報
は、もっぱらADLに対する大口資金提供者を対象としたものである。ADL
が毎年発行する資金集めのためのパンフレットの中では、」「深い感謝をもっ
て」という見出しの下に彼らを支援するパトロンの企業名を列挙している。最
近発行されたパンフレットの中には、献金を行った企業の著名な最高経営責任
者二百七十人の名前が挙げられている。

 そこに挙げられた名刺たちのリストの中には、長きにわたってADL活動の
母体となってきたハリウッド映画産業の関係者の名前が多く見られる。このA
DLとハリウッドの関係は、映画産業が禁酒法時代に組織犯罪で得られた資金
により築かれたという事実を示すものである。そうした資金はハリウッドの大
手映画界者や、初期の頃のラスベガスやリノの賭博カジノに注ぎ込まれたので
ある。

 しかしADLに入る資金の多くは、左の図が示すように、アメリカの産業界
並びに銀行界からのものである。ADLの出版物は、ADLに対する資金提供
者である企業および役員の名を挙げているが、以下はその一部である。

ADLへの献金者リストは省略 元記事参照

第八章ここまで


http://

 

レンタル掲示板
/353