teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:2667/3577 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

我々が突き止めようとする要因

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2012年10月14日(日)11時54分37秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/443.html

われわれの突き止めようとしている要因は,単一なものではなくて複合的なもの,つまりなにかある実在者ではなく関係である。われわれはこの関係を,二つの非人間的な力の相互作用と考えてもよいし,二つの超人間的な人格の遭遇と考えてもよい。それが問題解決の方向へ導いてくれるだろう。

 二つの超人間的人格の遭遇は,人間の想像力の構想したもっとも偉大な劇のうちのいくつかの筋になっている。ヤーウエ(エホバ)と蛇との遭遇が,創世記の中で述べられている人間堕落の物語の筋であり,シリア社会に属する人々の魂がしだいに啓発されてゆくにつれ変貌した。同じ対立者の第二の遭遇が贖罪の物語を述べる新約聖書の筋であり,主(神)とサタンの遭遇がヨブ記の筋であり,主とメフィストフェレスの遭遇がゲーテの『ファウスト』の筋であり,神々と悪魔たちの遭遇がスカンジナビアのVoluspa(韻文エッダの中に収められている女預言者の預言の意味)の筋であり,アルテミスとアフロディテの遭遇がギリシャ三大悲劇詩人の一人であるエウリピデスの『ヒッポリュトス』の筋である。

神々が美しい人間の娘にうつつを抜かし,被害者の名前をずらっと詩の中に並び立てることが出来るほど大勢の娘をものにした。そういうヘレニック社会では問題であったが,遭遇の当事者が両方とも超人間的存在になっている場合では、ヨブ記において,「神の子たちがきて,主の前に立ち,サタンもきてその中にいた」(ヨブ記1・6)は異例の出来事ではある。また,ゲーテの『ファウスト』の冒頭に置かれている”天上の序幕”における,主とメフィストフェレスの遭遇はヨブ記の冒頭からヒントを得たものではあるがそれも同様である。天上の遭遇が地上にもたらす結果は,途方もなく大きなものである。

 ヨブとファウストの個人的な試練は,無限に多様な人類の試練を,直感的な創作の言葉で表現したものである。神学の言葉では,この同じ重大な結果が創世記と新約聖書の中に描かれている超人間的遭遇の後に起こるものとされている。ヤーウエと蛇の遭遇の後に起こるアダムとエバの追放は,人間の堕落にほかならず,新約聖書におけるキリストの受難は人間の救済にほかならない。どの場合も物語りは完全な陰の状態からはじまる。ファウストは知識において完全であり,ヨブは善行と幸運において完全であり,アダムとエバは罪のなさと安楽さにおいて完全である。しかし,陰から陽に移行させる場合,もう一人の役者が必要になる。苦悩や不安や恐怖や反感を注入する敵を登場させなければならない。


ちょっと待ちなさい。疲れ果ててしまったのでしょうが悪いのはあなたではないのですよ。気付きなさい,早く。苦悩や不安や恐怖や反感を注入する敵という対立物に負けてしまう前に。対立物の統一,つまり+-になってバッテリーははじめて稼動するのです。ヘーゲルの言いたかったことでしょうね,きっと。

http://

 
 
》記事一覧表示

新着順:2667/3577 《前のページ | 次のページ》
/3577