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アヤタチとサンカ その3

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2012年10月14日(日)23時08分30秒
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  http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1022

http://2006530.blog69.fc2.com/blog-entry-574.html

 山窩には本来のものと、誤って山窩と呼ばれているものがあると、前月は述べた。上田伝承を始め、山窩に関する種々の伝承を論理的に整合させた上での結論であるが、従来の観念を大きく変改する内容なので、いま少し敷衍したい。前月号と重なる部分については、宥恕を乞う次第である。

 4世紀ころ、応神の東征に対抗するため、アマベの精鋭が山中に入り、イスラエル由来の錬金術を修業した。その集団を山窩と呼ぶのは自称か他称か不明だが、内部者が自称した実例(月海黄樹ほか)もあり、これが本来の山窩である。棟梁はアヤタチ、漢字を宛てれば「怪立」で、イスラエル支族たる出自を隠蔽するための自称だという。日本渡来に当たりアマベが江南から率いてきた倭人の中に、雲南由来の山岳民が混じっていた。彼らが山窩の諜者としての訓練をアヤタチから受けた後、セブリの漂泊生活に戻るのを見た世人が、誤ってこちらを山窩と呼んだ。民俗学者柳田國男が初期の論考で漂泊民サンカを論じ、三角寛が小説のなかで漂泊民を山窩と呼んだため、右の誤解が普及し、世人は今やこれを山窩と信じている(これが第2種)。両者の関係は、アマベ血筋の空海が漢詩で鳴声を讃えたアオバヅクを、世人が誤解して三光鳥に仏法僧の名を与えた例と似ている。

 長い間には変化が生じる。応神政権に反抗したアマベは、1部がアヅミ(海直)と伊勢部に吸収され、残る大半は同族モノノベに合流するが、これを最終的に併呑したのは同族ながら応神と同盟したウサ(秦氏)であった。その過程でモノノベとウサが、順次アヤタチの家系に侵入したのは蓋し当然である。何時のころか丹波国穴太村に本拠を定めたアヤタチは、上田姓を名乗り養蚕・絹糸・機織の繊維財閥を形成するが、ここに秦氏の特性を感じざるをえない。秦氏は経済力の蓄積を規模とし、政治面では蘇我・藤原氏ら歴世権勢家の外戚となり裏面で政治力を発揮したのは、何よりの延命策で、ワンワールド精神を体現している。

 この間、山窩の1部は下級貴族の家系に潜入して藤原・源氏らを名乗るが、それには秦氏が経済力に併せて呂不意韋以来の托卵策を用いたものと思う(注:托卵とはわが子を他家に押し込み、他家の家系を乗っ取る偽計)。この間、第1種と第2種の間にできた混血族を含めた山窩の範躊が拡張し、内容も変移した。

 満洲から朝鮮半島を経由したトルコ族の日本侵入は、辰王以後も続くが、国史はその痕跡を留めない。これは小規模且つ五月雨式だったこともあるが、天武朝以来、正史編纂権を握った山窩系の史官がその事跡を隠蔽したものと思う。トルコ族は、当初平安貴族の下僕(サムライ)として列島社会に入るが、兵馬弓箭の能力を買われて荘園主の私兵となり、私領の管理・防衛に任じた。やがて源氏・藤原など下級貴族姓を名乗るのは、アヤタチが山窩系の家系へ編入することで、彼らに列島社会での足掛かりを与えたからである。当時のアヤタチの実体は秦氏で、辰王系渡来人・応神を女婿に迎えたのと同様、呂不韋以来の家伝を渡来トルコ族に適用したに過ぎない。トルコ族に随伴して満洲から渡来したのがツングース族で、インド系漂泊民のクグツも混じったが、彼らは列島社会において不耕作民・漂泊民となり、トルコ族と並んで山窩集団の外郭に位置することになった。古来ごく1部で囁かれてきた〔朝鮮山窩〕とは、彼らトルコ族の他称(卑称)と思われる。朝鮮半島経由で渡来し下級貴族を偽称する山窩の家系に入った彼らを、先住族が即物的に「朝鮮山窩」呼んだと観るのが合理的だからである。

 武士政権の中世、唯一の外冦だった蒙古襲来を撃退した鎌倉幕府の初代将軍は、清和源氏を偽僣したトルコ系の源頼朝であるが、幕府の実質創業者は頼朝を担いだ関東武士たちで北条・三浦・千葉など、その出自の武門平家は大和朝廷の武人系であった。鎌倉幕府は事実上執権・北条氏が支配した平家政権である。これに続く南北朝の兵乱は、橘氏・平氏を主とする古来勢力と足利氏ら渡来勢力(朝鮮山窩)との間の武力抗争で、皇族・公家も両朝に分かれて争った。壬申の乱・平治の乱などわが国古来の大乱は、淵源を遡れば南方海洋系シュメルと北方遊牧系ヒッタイトの文明的対立に至るもので、足利将軍の擁立をめぐる応仁の乱も、裏で南北朝の対立を反映している。このように、国史上間歇的に吹き出す南北の対立だが、その根源について列島人民が全く意識しなかったのは、思えば不思議なことだが、その鍵は単一民族と皇統万世一系という2大理念の存在にある。

 世界史に眼を転じると、ただ宗教戦争あるのみ、と謂うも過言ではない。あらゆる一神教の唯一神ヤァウエは、元来シナイ半島のアラブ系牧畜民ミディアン・ケニ族の神だが、ミディアン族の女婿となったヘブライ族の指導者モーゼに憑依し、ヘブライ族のうちユダ系2支族がこれを参じたため、やがてイスラエル支族の多神教徒はユダ支族と袂を別ち、東方へ去る。ユダヤ教から出たキリスト教がローマの下層民に普及したため、代議政体のローマ社会はその国教化を迫られ、三位一体教義のカソリックが国教化に成功するが、独裁政体のオリエント地方では政教一致のギリシャ正教となった。一方、あくまでユダヤ教に固執したユダ2支族は、ローマ領内から放逐されて北アフリカからイベリア半島に入り、セファルダム・ユダヤとなる。アラビア半島ではアラーの名を以て唯一神を参ずる回教が成立し、瞬時に中東を席巻したので、回教・正教に挟まれた中央アジアでは、トルコ系カサール族が両側からの改宗圧迫をかわすためユダヤ教に入信し、アシュケナジ・ユダヤとなった。つまりユダヤ教も、異民族を教化した国際宗教なのである。

  こうして国際宗教に成長した一神教は、大航海時代に世界史の主導権を握り、中央アジア・インド亜大陸北辺・インドネシア多島海域・南北新大陸という極めて広大な地域をキリスト教ないし回教に教化した。ユダヤ教は密教・マラノとして秘かにカソリックに潜入し、その1角を占めて世界史に参画した。近代欧州に現れた共産主義無神教は、一神教の変種で、暴力革命により正教ロシア・道教支那・儒教北鮮・仏教ビルマ・カオダイ教ベトナムなどで、各国の国家宗教となる。この間にあって終始一神教化を退けた多神教圏は、ヒンズー教インドと神仏混淆・祖先崇拝の日本列島だけである。ヒンズー教・仏教・道教さては神道などは元来シュメル発祥の多神教が伝播して地域的発達を遂げたもので、多神教の共生精神が民心に深く根ざした日本とインドにおいてのみ、一神教の侵入を拒み得たのである。ロシア・支那などで一旦成功した共産主義も、所詮革命政権による信仰の強要に過ぎず、人心に残存した正教や道教の宗教精神はやがて復活するだろう。

 話を戻す。日本特有の2大政治思想たる単一民族理念と万世一系理念は、多神教の共生精神から生まれた。蓋し日本人を単一民族と呼ぶのは単なる理念にすぎず、渡来時期で分類しても縄文系・弥生系・古墳系の3大要素があり、日本列島が多民族社会たることは自明である。縄文系はさらに、南方モンゴロイド・ポリネシアン・アイヌ及び少数のシュメル系に分かれ、弥生系にはイスラエル系山窩と水稲系・海民系の倭人に加えて雲南山岳民がいる。古墳系は辰王に始まる朝鮮山窩の渡来が高麗末期まで間断なく続くが、これにツングースが随伴し、クグツも混入した。このように多種多様の渡来人種を意識内で融合して単一と見做した人種観念が大和民族なのである。今日、アメリカ人・中国人・ブラジル人など称え、最近までソ連人なる語もあったが、これらは国籍を示すもので人種観念ではない。しかし、日本人と言う時には、右とは異なり、国籍的にも民族的にも同一種と観念するのが常で、かかる単一民族意識は、悪く言えば幻想であるが、根づいて久しく、根源に多神教の共生精神が在るのである。

 皇室の淵源は縄文時代に始まり、連綿として今に至る。その間、騎馬民族の来冦あり、皇統断絶の危惧も幾度か、王朝交替も2、3度に止まらなかったが、その度ごとに復元し、連綿として皇統を今日まで繋げてきた。つまり皇統の万世一系もまた理念であって、その実態は上のごとくである。各時代に各地の勢力家と世々婚を通じた皇統は、裾野が広がり、ひとたび王朝交替のやむを得ざるに際しても、後代に復元を期する仕掛けを備え、且つその実行もなされた。故に、皇統遺伝子の一系性を皇統譜に求めるなど不要で、亦そんなことをなすべきではない。本来、連綿と続く一系の皇統という理念そのものに至極の価値がある。そもそも伝統を真に担うものは物質たる遺伝子か、はたまた心情に基づく意識か、むしろ後者にこそ期すべきものと思う。徒に名分に関わらず実質を尚ぶ精神こそ多神教の共生精神なのである。日本列島にその精神が浸透していたからこそ、戦国時代、明治維新さらには大東亜戦争後においても一神教化を避け得たのである。

 2大理念を国体(国の形、在り方)とする日本は、まさに神国(多神教的意味における)である。これは明言して良いが、ここで重要なる1事は、上の思考が一神教徒にはまるで通じないことである。森喜朗首相は、その1事を顧みずして内外の一神教徒・疑似一神教徒から叩かれた。尤もこれは森さんの純真を責むべきではなく、宗教そのものを誤解する一神教徒の無知が悪いので、それを指摘せず却って彼らの旗持ちをする記者輩の悪質を厳しく問うべきである。森首相の発言に噛みつき小泉首相の靖国参拝を咎めた宗教団体は、日本キリスト教団を筆頭とし、仏教では浄土真宗と連立与党の宗教基盤たる創価学会である。彼らはここぞとばかり政教分離を叫ぶが、それでは外国ではどうか。

 米国アーリントン墓地では無名戦士を「 Unknown but to GOD 」と称し、米国貨幣の側面には「 IN GOD we TRUST 」と刻む。このGODは特定神格を超えた普通名詞ではない。かといって八百万の神々でもなく特定宗教の神ヤァウエである。その意味のGODを、南方熊楠は「神」でなく「天帝」と訳した。なぜ宗教不偏の近代国家が、国立墓地で天帝を公言するのか。それは英霊顕彰の儀式が宗教儀式に似た外観を呈するからで、死人すなわち霊を拝礼する形が、伝統的文化的理由により、宗数的儀礼に似るだけのことである。国民の心理が、宗教ではなく習俗として、その形式を要求するわけだ。SGI(創価インターも在米仏教団体も、米国の国家儀式で使用するGODの語を非難しない心底は、それを儀式的借用と観るからではないのか。

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