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皇位の徴(しるし)三種の神器

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2012年12月 5日(水)13時47分27秒
  通報 返信・引用 編集済
  関連URL..........日本・ユダヤ入門

http://www.historyjp.com/

http://www.fujitv.co.jp/takeshi/takeshi/column/koshitsu/koshitsu07.html

「三種の神器」(さんしゅのじんぎ)とは、天皇家に代々伝わる宝物で、鏡・剣・勾玉(まがたま)の三種類があります。鏡は「八咫鏡」(やたのかがみ)、剣は「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)、勾玉は「八坂瓊曲玉」(やさかにのまがたま)とそれぞれ名付けられています。
 歴代の天皇はこれらの神器を継承することで天皇の地位に就いてきました。神器を譲り受ける儀式こそが、皇位継承の儀式なのです。三種の神器はいわば皇位の証(あかし)といえるでしょう。
 今上天皇(きんじょうてんのう)も、昭和六十四年(平成元年)一月七日、先帝の崩御(ほうぎょ)にともなって、「剣璽等承継の儀」(けんじとうしょうけいのぎ)で、神器を継承され、践祚(せんそ)なさいました。(「崩御」とは、天皇が亡くなること。「践祚」とは、天皇の位に就くこと。)
 現在、八咫鏡は伊勢の神宮内宮(じんぐうないくう)に、草薙剣は名古屋の熱田神宮(あつたじんぐう)に、また八坂瓊曲玉は皇居吹上新御所(ふきあげしんごしょ)の「剣璽の間」(けんじのま)に奉安(ほうあん)されています。(「奉安」とは、尊いものを安置すること。)
 また、八咫鏡の形代(かたしろ)(レプリカ、複製品)は皇居賢所(かしこどころ)に、また、草薙剣の形代は剣璽の間に奉安されています。
 これら三種の神器は、所有者である天皇ですら、直接見てはいけないものとされています。

管理人注:ここでどうして本物の八咫鏡が伊勢神宮内宮にあって皇居にはレプリカしかないのでしょうか。その答えはブログに記事にしました。天皇はなぜ伊勢神宮には行かないのか?天皇が使うのは下鴨神社なのです。ブログの検索でお調べください。ものすごい事実が分かりますよ。

 では、三種の神器の由来はどのようなものなのでしょう?
 『古事記』『日本書紀』によると、高天原(たかまがはら)で天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩屋(あまのいわや)にこもってしまったときに作られたのが、八咫鏡と八坂瓊曲玉です。この二つは地上ではなく、神々の住む天空で作られました。
 いっぽう、今度は地上で須佐之男命(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した時に、その尾から現れたのが草薙剣です。まもなく須佐之男命が高天原の天照大神の手元に草薙剣を届けたことで、初めて三種の神器が一ヶ所に集まりました。
 そして、三種の神器は天照大神によって邇邇芸命(ににぎのみこと)に授けられ、邇邇芸命が地上に降り立ったことで、三種の神器は高天原から地上にもたらされました。これを天孫降臨(てんそんこうりん)といいます。
 その後、邇邇芸命のひ孫に当たる神倭伊波礼昆古命(かむやまといわれびこのみこと)が初代の天皇(神武天皇)に即位したことで、天皇が三種の神器を保持することになったのです。
 つまり三種の神器は神話の時代に神が創造し、神によって地上に持ち込まれたもので、その起源は神秘に包まれたものなのです。

 『日本書紀』の仲哀天皇紀(ちゅうあいてんのうき)には、三種の神器の意味を知るために参考になる記述があります。これはある人物が天皇を迎えたときに願いを込めて語った言葉です。(仲哀天皇は第十四代)
 「八坂瓊(やさかに)が曲がっているようにうまく天下を治め、白銅鏡(ますみのかがみ)のようにはっきりと山川海原を見、十握剣(とつかのつるぎ)を持って天下を平定しますように」

 古来より「天皇のいる場所に神器があり、神器のある場所に天皇がいる」という大原則があります。現在剣璽が奉安されている皇居吹上新御所の「剣璽の間」は、天皇の寝室のすぐ近くにあります。
 そして、天皇が行幸(ぎょうこう)するときは天皇の乗り物に必ず剣璽(三種の神器の内の剣と勾玉)が乗せられ、また滞在先には必ず剣璽が奉安されます。このように行幸にあたり剣璽を移動させることを「剣璽御動座」(けんじごどうざ)といいます。(「行幸」とは、天皇が外出すること。)
 終戦からしばらくは剣璽御動座も中止されていましたが、昭和四十九年に一部復活し、現在も続けられています。
 しかし、三種の神器のうち、八咫鏡だけは天皇の代替わりや行幸でも、移動することがありません。なぜなら、『古事記』によれば、天照大神は邇邇芸命に、鏡を「我が御魂(みたま)としてまつるように」命じていて、三種の神器の中でも八咫鏡だけは格別のものとされてきたからです。
 したがって、剣璽は御所の「剣璽の間」に奉安されていますが、八咫鏡は、別の建物(賢所)に奉安されているのです。そして天皇は毎日欠かさず賢所を親拝(しんぱい)なさいます。(「親拝」とは、天皇が参拝すること。)

 皇居の賢所に奉安されている八咫鏡は、終戦後は二回、御動座(移動させること)がありました。
 一回目は平成十六年六月十八日のことです。このときは賢所の耐震性などを調査するための御動座で、「奉遷の儀」(ほうせんのぎ)がとり行われました。戦時中に戦火を避けて地下庫への御動座があって以来、実に五十八年ぶりのことです。
 この調査で、賢所は補強が必要とされ、平成十八年五月二十九日に、ふたたび八咫鏡の御動座がありました。このときの奉遷の儀では、白装束(しろそくたい)姿の宮内庁職員ら約八十人が、八咫鏡を乗せた輿(こし)を担ぎ、約七十メートル離れた仮殿へ奉安しました

2006年06月05日
●JFAシンボルマークとヤタガラスの関係(EJ第883号)
http://intec-j.seesaa.net/article/18850345.html

2006年06月06日
●なぜ、ヤタガラスを頭に置くのか(EJ第884号)
http://intec-j.seesaa.net/article/18894973.html

2006年06月07日
●ヤタガラスは陰陽道と関係がある(EJ第885号)
http://intec-j.seesaa.net/article/18937412.html

セーマンドーマン

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

安倍晴明

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%B4%E6%98%8E

蘆屋道満

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E6%91%A9%E6%B3%95%E5%B8%AB

安倍晴明の父である安倍保名と芦屋道満はともに天文博士・賀茂保憲(917-977)を師匠としている

天文博士

天文博士(てんもんはかせ)とは、律令制の陰陽寮に設置された教官で天文道のことを担当する。正七位下相当。定員は1名であるが、後に権官も設けられた。

天体を観測して天文のことに異変(月食や彗星などの天文現象)が発見されれば、天文書に基づいて吉凶を占ってその内容を密封した上で天皇に奏聞する天文密奏を行うことと、天文生(定員10名)に天文のことを教授することを掌った。なお、天文書は天文生が読むことは禁じられていたことから(雑令秘書玄象条)、天文博士など限られた人しか読むことができなかった。(Wiki)

賀茂保憲

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E4%BF%9D%E6%86%B2

平安時代中期に賀茂保憲から天文道を教授された安倍晴明が天文博士に任ぜられて以後、安倍氏(土御門家)による世襲の地位となった。

安倍晴明 ・・・・・ セーマン/五 芒 星
蘆屋道満 ・・・・・ ドーマン/九字切り
-----------------------------
 このように書くと、何か別の国の行事か古来の行事のように考
えるかも知れませんが、陰陽道の儀式というのは、現在の日本に
色濃く残っています。
 陰陽道では、数字には次の陰と陽があるのです。
-----------------------------
    陰 ・・・・・ 偶数
    陽 ・・・・・ 奇数 ⇒ めでたい儀式
-----------------------------
 神道ではおめでたい儀式には奇数を用いるのです。「753」
がそうですし、3月3日の雛祭り、5月5日の鯉のぼり――すべ
て奇数です。シンボルマークにしても安倍晴明は「5」、蘆屋道
満は「9」といずれも奇数です。

参考:9字切り

http://officehiro.net/mz-2/kuzikiri.htm

2006年06月08日
●漢波羅の本拠地は下鴨神社である(EJ第886号)
http://intec-j.seesaa.net/article/18982695.html

2006年06月09日
●鳥居は『鳥が居る』ということである(EJ第887号)
http://intec-j.seesaa.net/article/19025598.html

2006年06月12日
●秦氏創建の神社と賀茂氏の関係(EJ第888号)
http://intec-j.seesaa.net/category/1581612-1.html

調べてみると、もともと「糺の森」は蚕の社にあったのですが、9世紀の初頭、嵯峨天皇のころ、糺(ただす)の森は下鴨神社境内に移ったのです。ただすとは身をただすの意味で今ではどこの神社にも手を洗ったりする場所があります。

蚕の社の社紋が下鴨神社の社紋と同じ「二葉葵」であることが、そのことを何よりも証明しています。蚕の社を祀る秦氏と下鴨神社の賀茂氏との間には、表に出ない何か深い関係があると考えてよいと思います。

秦氏と賀茂氏の関係

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E7%A7%A6%E6%B0%8F%E3%81%A8%E8%B3%80%E8%8C%82+%E4%BF%9D%E6%86%B2%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

賀茂氏は秦氏だ!!

http://uzumasa-1962.at.webry.info/201012/article_14.html

空海は秦氏だったか??

http://uzumasa-1962.at.webry.info/201301/article_1.html

2006年06月13日
●童謡『とおりゃんせ』の深い謎(EJ第889号)
http://intec-j.seesaa.net/article/19199398.html

2006年06月14日
●七五三にかかわる神道奥義(EJ第890号)
http://intec-j.seesaa.net/article/19243124.html

2006年06月15日
●『とうりゃんせ』の由来は多くある(EJ第891号)
http://intec-j.seesaa.net/article/19289869.html

2006年06月16日
●八咫烏とはどのような組織か(EJ第892号)
http://intec-j.seesaa.net/article/19336918.html

2006年06月19日
●秦氏のルーツはイスラエルの10支族なり(EJ第893号)
http://intec-j.seesaa.net/article/19489193.html

2006年06月20日
●『鴨がねぎを背負ってくる』の意味(EJ第894号)
http://intec-j.seesaa.net/article/19538036.html

http://

 
 
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