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獣の数字666の正体 その5

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 2月 3日(日)21時27分2秒
  通報 返信・引用 編集済
  ところで聖徳太子のブレーンといえば,かの秦河勝のことが思い浮かぶ。「新選姓氏録」などの記録によれば,389年ごろの応仁天皇の時代に,朝鮮半島の動乱を逃れて127県の民,約18,670人が日本に渡来したといわれている。それが秦一族である。もともと彼らは新羅系伽耶人といわれており,日本にやって来ると,芸術,建築,土木,鉱業,養蚕業などの服装産業を中心に活躍する,いわゆる殖産豪族に成長した。

この秦一族は,一説によるとユダヤ系原始キリスト教徒だったのではないかといわれている。たとえば,いさらいの井戸がイスラエルであり,彼らが創り出した祗園祭はシオン祭りであるなどという風評があるように秦氏と古代ユダヤ人との関係は容易ならざるものがあるようだ。彼らは絹の道(シルクロード)を移動するなかで,その地域地域の宗教を取り入れ,間口を広げることで弾圧を免れ,究極的にキリスト教を伝えてきた特異な民族であったという。事実,日本でも伊勢神宮,八幡神社,白山神社,住吉大社,稲荷神社,宇佐八幡宮,伏見稲荷神社,松尾大社,金刀比羅宮,日吉大社,諏訪神社,宗像大社,愛宕神社,さらには広隆寺などの寺院を含めた神社仏閣のほとんどは秦氏の創建である。

いさら井(伊佐良井)の井戸

広隆寺の近くに小さな井戸がある。元は広隆寺の境内の中にあったらしい。「いさら井」と言い、もちろん、秦氏が掘った井戸である。

http://ameblo.jp/lightanjel/entry-10465846659.html

祇園祭(シオン)と過越祭(ペサハ)

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1473.html#readmore

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1471.html

祇園祭山鉾連合会会長がユダヤの祭りがルーツである事を認めている

秦氏の謎

天皇の継承儀式「大嘗祭」の秘密

http://ameblo.jp/lightanjel/theme-10019400484.html

伊勢神宮と秦氏と天照大神

http://ameblo.jp/lightanjel/theme2-10019400484.html

聖書と日本の神話との類似性

http://ameblo.jp/lightanjel/theme3-10019400484.html

「平安京」という名前に隠された秘密?

http://ameblo.jp/lightanjel/theme4-10019400484.html

弓月君伝説と日本列島の関係の謎

http://ameblo.jp/lightanjel/theme5-10019400484.html

「秦(ハタ)」氏=「ユダヤ」氏だった!

http://ameblo.jp/lightanjel/theme6-10019400484.html

奇妙な渡来人「秦氏」はエルサレム教団だった?

http://ameblo.jp/lightanjel/theme7-10019400484.html

ペラから突如消えたエルサレム教団

http://ameblo.jp/lightanjel/theme8-10019400484.html

原始キリスト教の信仰とは?

http://ameblo.jp/lightanjel/theme9-10019400484.html

紀元前後のユダヤ教

http://ameblo.jp/lightanjel/theme10-10019400484.html

お盆と盆踊りにも、ユダヤとの関係が見られる

http://ameblo.jp/lightanjel/theme11-10019400484.html

「世界最大の謎」:失われたイスラエル10支族

http://ameblo.jp/lightanjel/theme12-10019400484.html

ヘブライ人とイスラエルの12支族

http://ameblo.jp/lightanjel/theme13-10019400484.html

大辟神社の秘密

http://ameblo.jp/lightanjel/theme14-10019400484.html

三柱鳥居の秘密

http://ameblo.jp/lightanjel/theme15-10019400484.html

秦氏=中国人説は正しいか?

http://ameblo.jp/lightanjel/theme16-10019400484.html

秦氏と神道の不思議な関り

http://ameblo.jp/lightanjel/theme17-10019400484.html

秦氏が平安京遷都にこだわった真の目的とは?

http://ameblo.jp/lightanjel/theme18-10019400484.html

物部氏の正体

http://1000ya.isis.ne.jp/1209.html

物部氏はフリーメーソンだったのか

http://uumusou.yamanoha.com/monoomoi/qbl-4.html#13

蘇我氏と物部氏

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/taishinozidai.html

熱田神宮=物部氏系

http://on-linetrpgsite.sakura.ne.jp/column/post_177.html

管理人注:日本に入ってきた景教はネトリウス派

http://www.for.aichi-pu.ac.jp/museum/z2dfol/yz2p01.html

空海も唐で洗礼を受けていた。

蒙古来る

http://blog.goo.ne.jp/motoyama_2006/e/0bf67c6f50dc1594a622be8c507f673f

司馬を無名時代から高く評価していた海音寺潮五郎も、司馬の『兜率天の巡礼』よりも前に、ゴードン説に刺激されて、長編歴史小説『蒙古来る』(文春文庫)を昭和28年から29年にかけて新聞の連載小説で書いている。

 文永・弘安の両役前後の日本とユーラシア大陸を扱った『蒙古来る』は、蒙古軍によって、故国を追われたペルシャの美姫、景教徒のセシロヤが、海路、アラビア、中国沿岸を経て、日本に辿り着く物語である。

 日本では、セシリヤは傀儡子(くぐつ)の一団に身を隠す。傀儡子というのは、幻術、奇術を生業とする漂泊民である。そこで、セシリヤはペルシャの音曲やペルシャの幻術を披露したのである。

傀儡子とは?

伊豆の踊り子などは末裔で川端康成の『伊豆の踊り子』には 「物乞ひ旅芸人村に入るべからず」 という立て札が出てくる場面がある。

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%82%80%E5%84%A1%E5%AD%90&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

景教流行碑の大きさは、高さ9フィート、幅3フィート6インチ、暑さ10.8インチ、重さは2トンもある巨大なものであった。碑頭には、2匹の蛟竜の彫刻が施され、蛟竜は、十字架の紋章を抱いている。碑文は漢文とシリア文字で刻まれている。景教が大唐の皇帝の庇護を受けていかに興隆したかが書かれている。おそらくは、大秦寺の門前に立っていたものであろうとされている。

明治政府の顧問はフルベッキであった

http://blog.goo.ne.jp/motoyama_2006/c/addd65b0c8e57b308949fd2d1bd0869b

一八六九年、明治政府の顧問、つまり、「お雇い外国人」となった。大隈重信に渡した文書で、信教の自由をはじめ、諸々の理解のため政府高官が直接欧米を視察するように建白したもので、岩倉使節団の米欧派遣の素案となった。また太政官顧問としてのフルベッキは主に各国の法律の翻訳や説明に当たった。

 一八八七年一二月三一日、『旧約聖書』の日本語訳が完成した。この中の「詩篇」と「イザヤ書」はフルベッキの名訳と言われている(http://shiryokan.meijigakuin.jp/archive/people/verbeck)。

明治学院歴史資料館(フルベッキ)

http://shiryokan.meijigakuin.jp/archive/people/verbeck

ネトリウス派

http://blogs.yahoo.co.jp/akaruihivi/23561406.html

ネトリウス派で検索すると......

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%8D%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E6%B4%BE&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

景教で検索すると9件出てきます

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%8Ci%8B%B3&x=0&y=0&inside=1

ヘブライ語でシナ(中国)のことはシム,あるいはシンと呼ばれている。つまりシンとはヘブライ語で中国という意味であるため,これに秦の字を当てると,それは中国にいるユダヤ人といった意味になる。そして日本に来た彼らは,海を越えてきたため,この秦を,海を越えるという意味の朝鮮語の「パタ」つまり「ハタ」と読ませて,自分たちの出自を複合暗号にしたのではないか。つまり秦氏の意味するところは,「中国にいて海を越えてやってきたユダヤ人」ということなのだろう。

原始キリスト教の教えを伝える秦氏に,仏教,ヒンズー教,道教,そして日本古来の民間信仰の要素を取り入れることに対する抵抗感はなかったと考えられる。いや,抵抗どころか幾多の政争に敗れた彼らは,自分たちの教えを残すための生き残り戦術としてそれを積極的に全国展開したのである。なぜなら,聖徳太子のブレーンだった秦河勝は蘇我氏との政争に敗れ,兵庫県赤穂に亡命している。また,藤原氏が朝廷から賀茂氏を追い落とし,宮廷儀式の独占を目論んだこともある。賀茂氏は秦氏一族であった。このときも秦氏自身が藤原氏によって勢力の縮小,あるいは分散を余儀なくされたのである。

聖徳太子の時代

http://www.h4.dion.ne.jp/~kuruto60/fantasy101.htm

このように政争の泥沼によって秦氏の運命も大きく変わったため,彼らは政治ではなく精神文明あるいは芸能などの文化を牛耳ることに戦略転換せざるをえなかったのだ。その結果,今日,日本固有と信じられている神社神道やこの国の精神文明は渡来人の秦氏によって構築されるという,まったく皮肉な現象が起こった。これはあくまで推測の域を出ないが,日本に1260年の発想をもたらしたのは,おそらくこの秦氏なのではないだろうかと。つまり1260日の発想はユダヤ,キリスト教と日本の皇室の中に沈殿し,東西の歴史が折り紙のように一体になって今日に伝わっているのだあろうか。(ニュートン極秘文書187~189ページから)

管理人注:

【ヨハネ黙示録11章2~3節】聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは42か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。そして私は、私のふたりの証人に、荒布を着て、1260日の間預言することを許そう。

 1260日は12-60進法を表している。この12と60の比は1:5であり、この3角形の面積は6であるから666はピラミッドを表している可能性もある。なぜならギザのピラミッドは三基である。それこそがNOVUS ORDO MUNDI SECLORUM 。

つまりコンピューターと同じ解釈ができるのならこうなるであろう。

女真系マンジュ出の池田厚子

http://6245.teacup.com/kojimakousi/bbs

ユダヤ系在日韓国朝鮮人(ユダヤ系女真族)

http://ikeike.mitekaite.com/

伊勢神宮祭主

http://miya.de-blog.jp/kojima/2012/05/post_26c1.html

櫻井ジャーナル......なかなかいいですね

でも,三島由紀夫を殺したのは「予定説」

http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201301240000/

予定説で検索すると8件出てきます

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%97%5C%92%E8%90%E0&x=0&y=0&inside=1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/125.html

R.G.Collingwoodの「The Idea of History(1946)」によると『キリスト教の立場にもとづいて書かれた歴史は,どうしても普遍的,摂理観的,啓示的,終末論的にならざるを得ない.......歴史の中に客観的な計画のあることをどうして知るのか?と問われれば,中世の歴史家はおそらく,啓示によって知る,と答えるであろう..........中世の歴史学は,神によって予定され(注:予定説),啓示を通して人間に予知されたことがらとして,歴史の終末を予期していた。.....中世の考え方では,神の客観的目的と人間の主観的目的とは完全に対立するものであり,神の目的は人間の主観的目的のいかんにかかわらず,ある一定の客観的計画を歴史の上に押つけるという形で現れると考えられていたので,したがって必然的に,人間の目的は歴史の進行になんら影響を及ぼすものではなく,歴史の方向を決定する唯一の力は神性であるという思想に導かれる』,と。そしてこの歴史家は続ける。『未来を予測できると考える誤りに陥り,なんとかして歴史の全体的な計画を見つけ出そうと考え,しかも,その計画は神の計画であって人間の計画ではないと信じていた.......中世の歴史家が望んだのは,神の属性の精密な学問的研究......歴史の過程においてこれまで起こったに相違ないこと,また,これから起こるに相違ないことをア・プリオリに断定する力を与える神学であった』,と。

ついでですから少し余計なことを書きましょう。若き三島由紀夫は20台前半に著した「仮面の告白」新潮文庫15ぺージには「私が幼児から人生に対して抱いていた観念は,アウグスティヌス風な『予定説』の線を外れることがたえてなかった。いくたびとなく無益な迷いが私を苦しめ,今もなお苦しめ続けているものの,この迷いを一種の堕罪の誘惑と考えれば,私の決定論にゆるぎはなかった。私の生涯の不安の総計のいわゆる献立表を,私はまだそれが 読めないうちから与えられていた。私はただナプキンをかけた食卓に向かっていればよかった。今こうした奇矯な書物を書いていることすらが,献立表にはちゃんと載せられており,最初から私はそれを見ていた筈であった。」仮面の告白は昭和25年6月には発刊されている。

それに対し森有正先生の「砂漠に向かって」にはこう表現している。「予定の観念は強く私を捉えている。カルヴァンが,私の世界に深く浸透してくるのは,そこを通してではない。十分に理解された予定とはー意思が正しく意欲することーを意味している。

それはまさに宿命論の正反対である。マラキ書は言っているではないか・エサウはヤコブの兄ではないか,永遠の神は言う,しかしながら,私はヤコブを愛し,エサウを憎んだ。

・・・・中略・・・・この予定の教えはアウグスティヌス,カルヴァン,ジャンセニウス,パスカルを通って近代までなまなまとと伝えられて来た。・・・・中略・・・・私の陽気さが,その最も確かな証拠だ」この本は昭和45年11月発刊ですから仮面の告白の20年後です。どちらかというと森先生はカルヴァンに影響を受け,心の奥深くにはキリストの終末論があったようです。フランス文学に進む場合この聖書の意味がわからないと一歩も前に進めません。しかしある程度理解したら聖書の予定説は早めに切り上げたほうがよい。なぜならその後に待っているのは三島由紀夫や芥川龍之介のような死しかないのですから。


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