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2.26事件の真相

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 2月26日(火)20時46分49秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://blogs.yahoo.co.jp/wantonblog/10426248.html

阿修羅から

http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/700.html

二・二六事件の真相~昭和11年のクーデター
http://ameblo.jp/64152966/entry-11467513564.html
動画記事です ↑
文字制限オ-バ-につき一部のみ転載

一部引用

ー前略-

秩父宮が安藤輝三(てるぞう)という大尉に話を持ちかけます。
これはまちがいない事実です。
そして安藤は非常に冷静な男だったので断ります。
しかし秩父宮は懐から懐中時計を出して「俺の真意を汲んでくれ」
と言います。それで彼がリーダー格となり、若い将校たちを仲間に
入れます。そして革命を起したときに、秩父宮は弘前に逃げます。

そして安藤に言います「弘前で軍人たちを募ってやって来るから」と。
それで安藤と仲間たちの将校は、秩父宮の言葉を信じて革命を起します。
しかしその革命はみなさんがご存知のように失敗します。
なぜ失敗したか?彼は途中で天皇の味方につくわけです。
私はそう思ってます。それで失敗します。その結果どうなったのか?


結局2・26事件を起した連中は-それとその指導者たちは
皇統派と呼ばれています。で、もう一つ統制派というのがあります。
統制派というのあは陸軍16期生というのがありまして、陸士ですね、
その中で1921年だと思いますが、10月にドイツのバーデンバーデン
というところにある4人の男たちが集まります。そういう連中がドイツに
集まった所に、東久邇が裏で緒を引いて、結局そこから統制派という
のが生まれてくるんです。

リーダーは暗殺された永田鉄山という男ですが、永田鉄山は途中で
暗殺される。これが一番優秀な男だったわけでありますが、
その連中が東久邇と秩父宮にそそのかされて、
結局、日本をおかしな方向に持っていくわけです。
で、日本はアメリカとソ連を敵対国とするんですが、
統制派というのはアメリカを打倒しなければダメだという。
まあこれは大体のストーリイですけど。
で、皇統派というのはアメリカと戦っちゃいけないと、
あくまで日本は敵を想定するならソヴィエトだということなんです。


ー中略-


昭和天皇が、1938年12月ですから大戦が一年前、
これは木戸幸一の日記に出てきます。
木戸幸一にこういうことを言っています
「もう世界大戦は始まる。
そして最後に勝つのはソ連とアメリカで、
他の国は全部潰される。日本も同じように潰される。
だけど日本人は臥薪嘗胆して質実剛健を維持すれば、
10年後には復活する」と。


これは見事に予言的中しているわけですよ。
その一年後に第二次世界大戦が始まります。
真珠湾攻撃をちょうど一年後にやります。
10年後というのはちょうど講和条約の時です。
だから考えようによっては、昭和天皇だけが日本のストーリイを
全部知っていたんじゃないか、ということになりませんか?
僕はそう思います。
で、戦争が始まる一年前に近衛が天皇に面会を申し込みます。
天皇は拒否します。それで近衛が木戸に会います。
これもまた木戸日記にちゃんと書いてます。
近衛はどういうことを言ったかと。

「お前は天皇に言え。いいか。海軍は二年しか石油がない、
戦争をすれば一年半持てばいいけど、まあ一年で終わる。
陸軍は石油を一年分しか持ってない。
この状態で戦争が出来るわけはない」と嘆いて木戸の許を去ります。
木戸日記に書いてあります「俺もそう思う。戦争すれば負けるワイ」。
これは木戸日記にはっきり書いてあります。

ところが実際は戦争は4年も5年も続いたじゃないですか。
石油のない時代は、最後の一年間くらいは石油が尽きたけど、
石油はあったんですよある程度。みなさんもご存知のように、
ガダルカナルや何とかでいっぱい負けますけど、
やっぱりあれは石油があったんですよ。
なぜ石油があったか考えてみたことありますか。
これはですね、戦争の時にアメリカが「日本には石油は売らない」。

ところが「パナマ国籍の船ならば油を積んでいって日本に売っても、
これは自分たちは攻撃できない」という理屈で、
日本に石油を間接的に売るわけです。本当なんです。
三菱が作った『昭和通商』という会社がそれを引き受ける。
『昭和通商』と三菱は同じです。それではマズイというので
『日本水産』(注 白洲次郎は取締役)という会社が代行するわけです。
魚を運ぶということではなくて、魚の代わりに石油をパナマ国籍から
もらって持って帰るので、戦争は長びくわけです。


ー中略-


『2・26事件を私は、天皇と秩父宮が密かに練った偽装クーデター
との説をとる。秩父宮は密かに仙台から遠回りの鉄道を使い東京に
出て来て、高松宮と会談し、その後で二人で天皇と会っている。
この事件をいかに収拾するかについて話している。
8月15日のあの事件と2・26事件は共通する。
前者は三笠宮が策を練り、後者は秩父宮が策を練ったのである。
天皇教はたえず暴力装置を作っては、それを策動して生きながらえてきた。
どん底の人々は、大きく二つに分かれた。
天皇教の側に立って共にその暴力装置に加担する一派と、
その逆の立場の人々である。


統制派は天皇側について南進論を推し進めた人々である。
皇統派はその暴力装置に対抗すべく日蓮宗に救いを求めた。
軍人のほとんどが、軍人たちの一部(天皇教の暴力装置に
組み込まれた軍人たち)を除き、アメリカと戦争する拙劣
きわまりない行為を知っていた。
それでも天皇とその一族は戦争を仕掛けるのである。
その謎を徹底的に追究しようとして私は書いてきた。』


『ねずまさしは「天皇昭和紀(上)大日本帝国の崩壊」の中で
「2月26日午前4時、第一師団の歩兵および第三連隊の営門から、
部隊は堂々と市内へ出発した・・・・
かくて彼らは、目ざす重臣五人を殺した、と信じて陸軍省などに
引き揚げた・・・牧野は早くも旅館からのがれていたため、
護衛の警察官が射殺され、旅館は焼かれた。
西園寺ももちろん、ねらわれたが・・・
襲撃直前になって突然中止した。」と書かれていることに注目したい。

牧野は数多くのテロの標的となってきた。
しかしそのつど、直前にいつも逃亡に成功した。
これは何を意味するのか。
彼が背後でこれらのテロを操っていた黒幕であることを意味する。
岡田啓介首相も難を逃れた。事前に彼の娘婿の迫水久常
(終戦時の鈴木内閣書記官長)が岡田首相を連れ出すのである。
迫水久恒は、皇統派と見られていた。実際は岡田のスパイだった。』


『このクーデターの首謀が秩父宮であることを書いた。
このクーデターを、天皇、高松宮、三笠宮、牧野伸顕、
岡田首相らが事前に知っていたのである。
天皇は彼ら将校を「暴徒」と決めつける。
天皇が最初から「暴徒」と断定しえたのは、
密かに秩父宮と共同歩調を取ったからだと私は書いた。
しかし、政府要人が数名殺されたり、傷を負ったから、
2・26事件は本物のクーデターとして位置づけられ、
誰も疑わない。ねずまさしも、である。』


『このクーデターと酷似するのが、あの8・15の
「日本のいちばん醜い日」である。将校と兵隊のかわりに、
将校と近衛兵を使った。リアリテイを見せるために、一人とはいえ、
森近衛師団長を惨殺した。石原莞爾がいみじくも指摘した放送局を
占拠するというマネまでもしたのである。この二つの偽装クーデターは、
秩父宮と三笠宮の暗躍がなければ決して実行されなかったのである。
真の首謀者の二人は未だに闇の中に消えているのである。』


『この事件の結果、どのように変化したのかを書いておきたい。
北進策をとる皇統派の将軍・将校たちが主流からはずれ、東条一派-
あのバーデンバーデンで密約した一派、東久邇宮と結ばれた一派-の
統制派が軍の要職を占めるのである。
統制派は南進策を主張する人々である。
秩父宮は、
自らが天皇になろうとしてクーデターを起させた可能性大である。
笠原和夫もその説をとる。しかし、私は天皇と秩父宮が密かに結びつき、
2・26事件を若手将校に起させ、南進論一本にすべく行動した
のではないかと思っている。』


『この1936年が日本のターニング・ポイントになるのである。
1936年、ゾルゲと西園寺公一と原田熊雄、尾崎秀実の暗躍。
もう一つは日本共産党の野坂参三の動き。これらと2・26事件が
糸のようにもつれあって連動したことは間違いないのである。
2・26事件以降、天皇により軍紀がひきしめられる。
天皇はその役を東条英機に命じ、陸軍大臣から首相に任命する。
東条英機は佐藤賢了中将を軍務局の要職につけ南進策を推進させる。
太平洋戦争への道である。』


『天皇は皇統派を一掃し、統制派を参謀本部に配し、
ついに自らの住む御文庫の中に彼らを入れて太平洋戦争に突入する
べく机上演習を始める。誰ひとり天皇に逆らえる者ない、であった。
この机上演習の中から、真珠湾攻撃とシンガポール攻撃が登場してくる。
そのために一番役立ったのがヴェルサイユ会議で日本に与えられた、
委任統治権であった。天皇は太平洋戦争の前から、闇の権力者たちが
創作した、世界のグランド・デザインをどうやら知っていたらしい。

近々日本が「非常に苦心せざるべからざる環境に置かれる」とは、
戦争以外のなにものでもない。大戦後に、まさしくアメリカとソ連が
世界を二分する大帝国となることも知っていたらしい。
それにもまして「十年を覚悟し」さえすれば、「有終の美を挙ぐる」
とは、敗戦後五年で、1950年に講和条約ができ、
日本は再び独立国となる、ということであろう。
そのために、一年後に戦争に入るべく努力をしているのだ、
と天皇は語っているように思える。』


『その裏に見え隠れするのは、
「木戸よ、このようにして日本を導かなければ、
天皇一族の運命が風前の灯となるのだよ。お前も協力してくれ」
との天皇の哀訴である。

山本五十六の真実

http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/700.html

http://

 
 
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