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神の摂理と愛と知恵

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 3月15日(金)09時52分34秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://wwwd.pikara.ne.jp/swedenborg/DP1.html

    『神の摂理』は『神の愛と知恵』が出た翌年、1764年に出版されま
    した。『神の愛と知恵』では、神による宇宙万物の創造が述べられて
    いますが、『神の摂理』は、創造された万物の保持がテーマになって
    います。ただし、中心テーマは神による人間の統治です。結論的にい
    えば、神は人間に自由と理性を与えたということになります。われわ
    れが自由に理性を働かせて考え行動するというのが神の摂理の法則で
    す。不思議なことはなにもありません。スウェーデンボルグは奇跡や
    しるしによってもたらされた信仰は、ほんとうの信仰ではなく、受け
    売りの信仰といっています。

    以下は『神の摂理』からの抜粋です。

    人々が道理にしたがって自由に行為することが神の摂理の法則で
    ある

    72 これが神の摂理の法則であることを、あまり多くの人が知らない
    ので(というのは、神の摂理はつねにわれわれが善と真理を考え意志
    するように導いているのであるが、われわれは悪と誤謬を考える自由
    をもっているので)、これが理解されるように段階を追って説明する
    必要がある。それは次のような順序になる。

    1.われわれは訓練された思考とある種の自由領域をもっている、あ
    るいは合理性と自由をもっている。そしてこれらの二つの能力は神か
    らの人間への贈り物である。

     2.われわれが自由に行うことは、それを合理性で考えたかどうか
    にかかわらず、自分の道理にかなっているかぎり、自分自身の行為の
    ように見える。

     3.われわれが自分の考えにしたがって自由に行ったことは、すべ
    て自分のものとして留まる。

     4.まさにこの二つの手段によって、主はわれわれを改善し再生さ
    せる。それらがなければわれわれは改善されないし再生されない。

     5.われわれが考え行う善と真理は自分からではなく主からくると
    いう認識にいたるならば、われわれはこの二つの能力によって改善さ
    れ再生されることが可能となる。

     6.主のわれわれとの連結、そしてそれに対応するわれわれの主と
    の連結は、これらの二つの能力によって生じる。

     7.神の摂理の全過程において、主は人間のこれら二つの能力をあ
    たかも聖なるもののように完全に保護される。

     8.それゆえ、われわれが自由に道理にしたがって行為することが
    神の摂理にとって不可欠なこととなる。

    われわれはあたかも自分で行うかのように自らの外部的性質から
    悪を取り除く必要がある

    118 第一に、われわれが悪との戦いを行う以外に、内面において悪
    に背を向けるために、悪を罪として避ける方法はない。第二に、われ
    われはあたかも自分で行うかのように、悪を罪として避け、悪と戦わ
    なければならない。第三に、悪は罪だからという理由以外で悪を避け
    ることは、悪を避けることにはならない。それは単に隠しているにす
    ぎない。

    奇跡やしるしは、人を強制するから、それによってはだれも改善
    されることはない

    131 奇跡による信仰は、ほんとうの信仰とはいえず、受け売りの信
    仰でしかない。それにはいかなる合理的な中身もなく、霊的な中身も
    ない。実際、それは中身のない貝殻にすぎない。

    手段から切り離された慈悲による瞬時の救いは不可能である

    338 今述べたように、人を救うための神の摂理のはたらきは、人が
    生まれて始まり死ぬまで続く。そしてその後も永遠に続く。そしてこ
    のはたらきは純粋な慈悲から、手段をとおして絶え間なくなされる。
    このことから、瞬時の救いや手段から切り離された慈悲はありえない
    ことがわかる。

    『神の愛と知恵』(1763)は神による万物と人間の創造が扱わ
    れています。正式のタイトルは『神の愛と神の英知に関する天使
    の英知』です。5部構成で、第1部は愛について、第2部は霊界
    の太陽について、第3部は創造の秩序について、第4部は役立ち
    について、第5部は意志力と認識力の「結婚」について、それぞ
    れ論じられています。

    以下は『神の愛と知恵』からの抜粋です。

    愛は人間のいのちである

    3 愛は人間のいのちであるという考えは、この世の太陽の温もり
    からある程度理解することができる。われわれは、この温もりが地
    球上のすべての植物が共有するいのちのような働きをしていること
    を知っている。春になり温もりが増すと、地上からあらゆる植物が
    芽吹く。そして青葉で身を飾り、やがて花を咲かせ、ついには実を
    つける。植物はこのようにして「生きている」。しかしながら、秋
    や冬になってこの温もりが引いていくと、草木からこれらのいのち
    のしるしが奪われ、しおれてしまう。愛はわれわれの中で同じ働き
    をしている。なぜなら愛と温もりはたがいに相応しているからであ
    る。このように愛はわれわれを温める。

    創造の目的

    170 創造の普遍的目的すなわち創造のすべての目的は、創造主と
    被造宇宙との永遠の結合にある。そしてこれは、主の神性があたか
    もそれ自身で存在しうるような、いわばその中に主の神性が住み留
    まりうるような受け皿がなければ起こりえない。これらの受け皿が、
    主の住居・家となりうるためには、それらが主の愛と知恵をあたか
    も自ら行うように受け入れなければならない。あたかも自ら行うよ
    うに自分自身を創造主に向かって高め、創造主と一つになるような
    受け皿でなければならない。この相互関係がなければいかなる結び
    つきも存在しない。これらの受け皿こそ、あたかも自ら行うように
    自分を高め結びつけることができる人間である。

    人間の精神のすべてが行いの中にある

    277 自然的精神の三段階にあるすべては、身体的行為によってな
    されるすべての業の中に含まれる。本章では段階について述べてき
    たが、そこからこの隠された原理が明らかになるであろう。すなわ
    ち、人間の精神つまり意欲と認識にあるすべては、われわれの行為・
    行動の中にすべて含まれているということである。それはちょうど、
    種、果実、卵の中に見えるものと見えないものがあるのと同じであ
    る。

    役立ちとは?

    329 宇宙創造の目的から、役立ちの働きが何かがわかる。宇宙創
    造の目的は、天使的天界をもたらすことである。そして天使的天界
    が目的であれば、人間性あるいは人類も目的である。天界はそこか
    ら生まれるのであるから。そこから、創造されたすべてのものは中
    間的目的であり、その働きは連続性の中で、それらが人間にそして
    人間をとおして神にかかわる程度と方法に応じて役立ちがあるとい
    うことになる。

    合理性と自由という人間の二つの能力は、人間の再生のた
    めに与えられている

    425 教会が教えているように、霊的なことがら、神学的なことが
    らは理解を超越しているので、理解できなくとも信じなくてはなら
    ないと信じている人は、合理性と自由という二つの能力について何
    も知らない。そういう人は、合理性と呼ばれる能力を否定するほか
    ない。

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