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老子・道徳経

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 3月16日(土)23時18分4秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.ginzado.ne.jp/~okoshi/rousi.html

第一章

語りうる「道」は「道」そのものではない、名づけうる名は名そのものではない。名づけえないものが天地の始まりであり、名づけうるものは万物の母である。

だから、意図をもたない者が「道」に驚き、意図ある者はそのあらわれた結果しか見れない。

この二つは同じものである。

これらがあらわれて以来、名を異にする。

この同じものは神秘と呼ばれ、神秘から神秘へとあらゆる驚きの入口となる。

第二章

美があまねく美として認められると、そこに醜さがでてくる。

善があまねく善として認められると、そこに不善がでてくる。

だから、有と無はたがいに生まれ、難と易はたがいに補いあい、長と短はたがいにそれぞれの位置をしめ、高と低はたがいに矛盾し、声と音はたがいに調和しあい、前と後はたがいに順序をもつ。

だから、賢者は干渉しないでものごとを扱い、言葉のない教えをする。

万物は間断なく盛大である。

成長していっても、誰れもそれを所有しない。

仕事が成しとげられても、それに頼るものはいない。

達成されても、名声を求めるものはいない。

名声を求めないから、成功はつねにそこにある。

第三章

賢者を尊重する者がいなければ、人は競争をしないだろう。

貴重なるものに価値をおくことをやめれば、人は不法の利益をもつことはないだろう。

欲望を刺激するものを見る者がなければ、心は混乱しないだろう。

だから、賢者は人々の心をくつろがせ、腹をしっかり固めさせ、志を弱めてやり、身体と強くさせて人々を導く。

彼は人々を知識も欲望もない状態にする。

これは、知識をもつ賢者はあえて行動しないということを意味する。

彼の無為によって、教養をもたない者がいないわけではない。

第四章

「道」は無によってはたらき、満ちあふれたものではない。

それは深いところで、すべてのもとになるものである。

鋭さをにぶらせ、もつれを解きほぐし、光を和げ、地球を一つにしながら、それは残っている。

誰れが創ったかわからないが、神以前にそれがあったのは本当らしい。

第五章

天と地に慈善はなく、すべてのものを偏りなく扱う。

賢者にも慈善なく、人々を偏りなく扱う。

宇宙全体はふいごのようにもともと空である。

何もしなければ、何も欠くものはない。

行えば行うほど、出てくるものは多い。

言葉を出せば出すほど使いはたされる。

だから、ものごとを動かす前にそのままとどまっているほうがよい。

第六章

空の精神的現実はいつも存在する。

それを受動性の神秘と呼ぶ。

その入口は宇宙の根源である。

止めることなく、それはいつまでも残る。

汲み出しても尽きることはない。

第七章

天と地はいつまでも存在している。

それらは存在を存在として考えないからいつまでも続いている。

賢者は背後に身をおきながら、前へすすむ。

彼は自己を忘れて、自分自身を発見する。

人が自己の状態に達するのは無自己によってではないか。

第八章

最上の善とは水のようなものである。

水はあらゆるものに利益を与え、争わない。

それは人の嫌う地味な場所でいつも満足している。

このように、水は「道」に近いものである。

我々は住むために、地味な場所を好む。

いろいろな考えのためには、奥深さを好む。

友だちとの交わりには、心やさしさを好む。

言葉には、誠実さを好む。

政治には、良き秩序を好む。

出来事においては、能力を好む。

行動においては、正しい時を好む。

このように、我々は争わないから、まちがうことはない。

第九章

なにかを手にもって自慢するなら、それをもたない方がよい。

人がその窮境を主張しても、その状態に長くとどまることはないだろうから。

部屋に貴重品が満ちあふれていても、誰れもそれらをまもりつづけることはできないだろう。

富裕で高い地位にあって自慢すると、不幸を招く。

仕事が完全に成しとげられ、その任務が充分に終われば、自分の地位を去る。

これが「自然」の道である。

第十章

魂とはくを一つに統一し、離れないようにできるか。

呼吸を調和集中させ、嬰児のようにすることはできるか。

自分の中の曇った鏡をきれいにし、何もないようにすることはできるか。

人々を愛し、国を統治して、しかも知られずにいることができるか。

無存在の領域に出入りし、行動を自分で起こすことができるか。

明るい照明を知らなくても、あらゆる方面へ及ぼすことはできるか。

それを養い、育てよ。

生み出しても、それを所有するな。

はたらかせても、それに頼るな。

導いても、それを統御するな。

これは神秘の徳と呼ばれる。

第十一章

三十本の輻が車輪の中心に集まる。

その何もない空間から車輪のはたらきが生まれる。

粘土をこねて容器ができる。

その何もない空間から容器のはたらきが生まれる。

ドアや窓は部屋をつくるために作られる。

その何もない空間から部屋のはたらきが生まれる。

これ故に、一つ一つのものとして、これらは有益な材料となる。

何もないものとして作られることによって、それらは有用になるもののもとになる。

第十二章

おびただしい色は人の目をまどわせ、おびただしい音は人の耳をだめにし、おびただしい味は人の口をそこなう。

狩猟で競い、追跡すれば、人の心を凶暴にする。

めずらしい価値ある品物はその持主の安全をおびやかす。

だから、賢者は腹に集中し、感覚の誘惑には集中しない。

このように、彼はあるもの(内部の力)をとり、他のもの(外部の力)を捨てるのである。

第十三章

名誉と不名誉は我々を興奮させる。

つまり、我々は苦しみを自己にもつからである。

名誉と不名誉が興奮させるとはどうゆうことか。

名誉は我々を上の方へ引き上げ、不名誉は下の方へ下げる。

このように、名誉あるときには興奮し、不名誉のときにもまた興奮する。

それが、名誉と不名誉が興奮させる、といわれる所以である。

大きな苦しみを自己にもつとはどういうことか。

大きな苦しみをもつ理由はただ自己を有することによる。

自己を有しなければ、どこに苦しみがあろうか。

自己と世界とを同一にすれば、そのとき、自己の中に世界はある。

自己を愛するように世界を愛するならば、そのとき、自己の中に世界はある。

第十四章

しっかりと見ないから、何も見えない。

それは形のないものと呼ばれる。

しっかりと聞かないから、何も聞こえない。

それは音がないものと呼ばれる。

しっかりとつかまないから、何もつかめない。

それは実体のないものと呼ばれる。

これら三つをつきつめることはできず、混ざりあって一つになっている。

上にあっても明るくなく、下にあっても暗くない。

目に見えず、どんな名前でも呼びようがない。

それはまた無にもどって行く。

それは形のない形と呼ばれ、イメージのうかばない形と呼ばれる。

それはつかまえにくいものである。

近づいて行ってもその顔は見えず、ついて行ってもその後ろ姿は見えない。

遠い過去の「道」をつかまえ、現在あるものを制御すると、原始の始まりが理解できる。

これが「道」の本質である。

第十五章

いにしえの「道」にすぐれた人は洗練され、深く啓発されていた。

その深さはほとんど測ることができない。

測れないので、私は彼の姿を描こう。

慎重なること、冬の冷たい流れを渡るかのよう、

落ちついていること、近隣の人の邪魔をしないかのよう、

丁寧なること、訪問するときのよう、

やわらかなること、氷がとけはじめるときのよう、

重厚なること、まだ削られていない塊のよう、

度量のひろさ、渓谷のよう、

底の見えない暗さ、まざりものがあるかのようである。

濁りを静め、澄みきるように誰れができようか。

動かないところから生き生き成長させるところまで、誰れができようか。

「道」を保持していく人はそれが極端にあふれることを望まない。

極端なところに行くことを望まないから、彼は古いものにとどまるし、新しいものにもなることができる。

第十六章

空虚を熟視して、真に静寂を守る。

万物はどれも盛んであるが、私はそれらの無為をみつめる。

ものは絶え間なく動き、休まない。

しかし、それぞれのものは根源にもどってしまう。

根源にもどっていくと静寂になる。

静寂になるということは存在の運命にもどることである。

存在の運命とは実在である。

実存を知ることを開明と呼ぶ。

それを知らないで誤って行えば、災いにであう。

実存はすべてを包みこみ、すべてを包みこめば、自己はなくなる。

自己がないということはすべてが満たされており、

すべてが満たされれば、超越することになる。

超越すれば、「道」に達する。

「道」に達すれば永久に続く。

身体が死んでも、それは終わらない。

第十七章

最上の指導者は誰れも知らない。

その次の指導者は人々に親近感があり、ほめたたえられる。

その次の者は人々に畏れられる。

最下等の指導者は人々に軽蔑される。

指導者が充分に誠実を示さないと、人々の信頼は得られない。

気をつけて、言葉の価値を高めよ。

仕事が行われ、事業が成しとげられたとき、それはひとりでにそうなったのだと人々はいうだろう。

第十八章

大いなる「道」が衰えたとき、慈善と道義の教えが起こった。

人の思考や分別が尊ばれたとき、大きな偽りが始まった。

家族の者たちが不和となったとき、子としての孝行や愛情が必要となった。

国が混乱し暗黒となってから、忠義な臣下を求めることになった。

以下省略

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