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日本史の謎の4世紀

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 3月29日(金)13時27分53秒
  通報 返信・引用 編集済
  ブログにアロンの杖とマナの壺があります......

下記の「日本史の謎の4世紀」と併せてBBS「レビ族のアロン」を読んでおいてください。私も含め,この辺を咀嚼しないとブログの更新は難しいと思います。そのままどんどんいっちゃいますと消化不良になってしまいます。このブログやBBSの読者の65%が女性であることが「なかのひと」で分かっています。いつの日か女性自身が立ち上がってフェミニズム反対運動をすると思います。そうでないと人類が破壊されるからです。だいぶ先の話ですが.....

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1670



ブログ「アロンの杖とマナの壺」の関連です

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/517.html

アロンの杖 モーセの青銅の蛇 についてだ。

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30202424.html

さ て、本シリーズの「その5」でアポローンを祖とする2つの蛇の杖を見た。つまり、アスクレーピオスの杖とヘルメースの杖の杖だ。杖と蛇の関係は深く、旧約 聖書に登場する。アロンの杖 と モーセの青銅の蛇 についてだ。↓アスクレーピオスの杖とヘルメースの杖については下記記事をご参照ください。

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30095265.html・・・ とは言っても、ここでは2つのトピックを挙げよう。1つは「アロンって誰?」という問題だ。偉大なモーセの陰に隠れてそれほど知名度は高くないのだが、旧 約聖書に述べられている箇所は数多く、パレスチナの口伝による神話では、モーセと同等、あるいはそれ以上の存在として扱われてもいる。もう1つは蛇との関 連だ。エジプトでファラオに謁見した時に杖を蛇に変えた事件と、有名な青銅の蛇(この場合はモーセだが)を取り上げようと思う。

万軍の主の秘密

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30684201.html

 
「バルバロイ!」のサイトには面白い記事が載っている。ちょっと以下に抜粋してみよう。
 

古代エジプト人と像

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30664998.html


旧約聖書の女たち その2

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30546281.html


旧約聖書の女たち その1

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30538614.html

バト・シェバはヘテびと(ヒッタイト人)ウリヤの妻であったが、後にダビデの妻となり、ダビデの跡を継いでイスラエル王国の王となったソロモンを産んだ。バト・シェバがはたしてヒッタイト人であったのか、あるいは他の民族であったのかは聖書にある物語では分からない。

ウリヤの妻で検索すると......

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/303.html

牧師さまがよく口にする言葉......ウリヤの妻パ・シェバも悪かった..

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%90%E3%83%86%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%90%E3%82%82%E6%82%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%93%E3%81%A0&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

興亡の世界史

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30843047.html


過去ログより......ユダヤの聖地はアラビア半島?

http://web.archive.org/web/20070904182436/http://gold.ap.teacup.com/tatsujinkaisou/47.html


聖書アラビア起源説 その23

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30839704.html


聖書アラビア起源説 その22

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30832933.html


聖書アラビア紀元節 その21 ソロモンの繁栄

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30817217.html


聖書アラビア起源説 その20

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30810502.html


聖書アラビア起源説 その19

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30792188.html


聖書アラビア起源説 その18

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30645840.html


聖書アラビア起源説 その17

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30628936.html


聖書アラビア起源説 その16 ソロモンの柱....

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30620557.html


聖書アラビア起源説 その15 ヤキンとポアズ

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30605891.html

聖書アラビア起源説 その14 ソロモンの謎の相棒ヒラム

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30599424.html

聖書アラビア起源説 その13

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30569556.html

聖書アラビア起源説 その12

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30522659.html

聖書アラビア起源説 その11 レバノン杉

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30514779.html

聖書アラビア起源説 その10

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30506929.html

聖書アラビア起源説 その9

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30494692.html

聖書アラビア起源説 その8 ソロモンは存在したか

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30487400.html

聖書アラビア起源説 その7

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30459210.html

聖書アラビア起源説 その6

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30452088.html

聖書アラビア起源説 その5

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30438851.html

聖書アラビア起源説 その4 サムソンの謎

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30431810.html

聖書アラビア起源説 その3

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30423248.html

聖書アラビア起源説 その2

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30408045.html

聖書アラビア起源説 その1

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30381907.html

秘密のアラビア半島・ヨクタンの祖先を追え

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30357687.html

イシュマエルの系譜・ヨクタンの系譜

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30349443.html

アブラハムの祖先の名と交易中継都市

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30324575.html

月の神シンと大富豪アブラハム

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30314483.html

セム族の月の神シン

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30297920.html

裂けるアフリカ大陸

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30288938.html

ヤハウェ信仰の地と火山

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30263835.html

二つの聖なる場所

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30249092.html

モーゼ紅海を渡る

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30230523.html

ミデヤンの祭司

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30221247.html

アナトリアのアマゾン

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30164710.html

シャーマンと蛇信仰 その11

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30175765.html

シャーマンと蛇信仰 その10

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30175765.html

シャーマンと蛇信仰 その9

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30157337.html

シャーマンと蛇信仰 その8

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30138073.html

シャーマンと蛇信仰 その7

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30124317.html

シャーマンと蛇信仰 その6

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30104646.html

シャーマンと蛇信仰 その5

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30095265.html

シャーマンと蛇信仰 その4

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30069256.html

シャーマンと蛇信仰 その3

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30056553.html

シャーマンと蛇信仰 その2

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30020347.html

シャーマンと蛇信仰 その1

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/29995417.html

http://web.archive.org/web/20070904182436/http://gold.ap.teacup.com/tatsujinkaisou/47.html

古 代エジプトにおいては,牛の角について次のように伝えられている。「宇宙に君臨し魔術的な力を持つ神々の母として知られる大女神イシスはじめ重要な神々の 頭上に乗せられることになる」古代エジプトでは牛の角で具体化される前は,信仰されていた「カデシュ女神」の頭上に「三日月」に「太陽円盤」が付随する冠 が描かれることがあった。同じような表現がシュメールにおいても見られた。

注;カデシュ,,,,,,,,エジプト神話の神々

http://www1.atwiki.jp/occultfantasy/pages/7.html

http://www.moonover.jp/bekkan/god/qadesh.htm


フイの名が刻まれたカデシュ女神の石碑

http://terms.naver.jp/entry.nhn?docId=219754&categoryId=977


参考:ハトホルの髪型

http://www.moonover.jp/bekkan/god/hathor.htm


その名は、『ホルスの城』『ホルスの本拠地』を意味する。太陽円盤を持つ牝牛もしくは太陽円盤を頭に付けた牝牛の角を持つ女神として描かれる。安産、子孫 繁栄をつかさどり母親と子供たちを守護する。ある伝説では、人間が自分に対し陰謀をめぐらしていると思い込んだラーにより人々を虐殺するために遣わされる が、虐殺を目にすることを嫌い、血の色に似たビールを地上に浸すが、その水鏡に映った自分の姿に陶酔してしまい人々は生きながらえることが出来た。

日本ユダヤ同祖論とシュメール

http://ameblo.jp/hex-6/entry-10730045504.html#main

以下上記事の関連です。

日本ユダヤ同祖論 その1

http://genryu.at.webry.info/201208/article_1.html

日本ユダヤ同祖論 その2

http://genryu.at.webry.info/201208/article_2.html

日本ユダヤ同祖論 その3

http://genryu.at.webry.info/201208/article_3.html

日本ユダヤ同祖論 その4

http://genryu.at.webry.info/201208/article_4.html

日本ユダヤ同祖論・番外編

http://genryu.at.webry.info/201208/article_5.html

仁徳天皇陵古墳(現在では大仙古墳の名称)の画像

http://image.search.yahoo.co.jp/search?rkf=2&ei=UTF-8&p=%E4%BB%81%E5%BE%B3%E5%A4%A9%E7%9A%87%E9%99%B5%E5%8F%A4%E5%A2%B3

Google Earthで見た画像......まさにマナの壺(3D)

http://pub.ne.jp/seagate/?entry_id=486944

これは3Dではなく本物

http://www.sakai-tcb.or.jp/spot/spot.php?id=126

クフ王ピラミッド、始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓、5世紀中ごろ築造とされ全長約486mの日本最大の前方後円墳。百舌鳥耳原三陵の一つで、墳丘は3段に築成され三重の濠がめぐり10基以上の陪塚があります。

その1より........

極秘の事実があります。
1945年8月30日に、厚木飛行場に降り立ったマッカサー元帥は、大手町の第一生命ビルにGHQ本部を設置すると、次に関西方面を統括するため9月26日に大阪に向かいます。
大阪湾に地雷が設置されてあるとの情報のため、直接、大阪に向かわずに和歌山に上陸した第6軍は、陸路に変えて国道を北上しますが、堺市に来た時に、最後列のトラック2台だけが右折して第6軍から離れます。
このトラックには別働隊第98師団特殊部隊(隊長ヘンリー・M・スケルトン少佐)をはじめとする20名が同乗していましたが、そのなかにトーマス・B・コナーズ考古学者のチームが発掘道具を積んで乗っていました。
向かった先は、仁徳天皇陵(現在では大仙古墳)。

一刻も早く大阪の地に入り、国家としての体制を構築しなければならない急を要する大事な時に、秘密部隊を引き連れていました。

2日間にわたって陵墓を発掘し、大量の埋蔵品を段ボール箱に積めて持ち去りました。
その埋蔵品はボストン美術館に収蔵されています。
これは、その一部です。
天皇も立ち入れない、神聖な立ち入り禁止場所に踏み入るばかりか、発掘し強奪した事を、いまは追及はしません。
私が注目するのは、なぜ、「仁徳天皇陵」なのか?
この一点です。

次の写真を見て下さい。(写真下)

歴史教科書に載っている「仁徳天皇陵」ですが、前方後円墳と言われている墓蹟陵です。
つまり、前が方線で後ろが丸い。
(仁徳の生没年とは半世紀のズレがあるため、現在では大仙古墳の名称)

この形が正式です。(3D画像)

http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb202.html

日本史における「謎の4世記」とは

●日本には、いかに考古学上貴重な場所であろうと、決して発掘調査を行なうことの許されない禁断の「聖域」が幾つかある。仁徳天皇陵をはじめとする、天皇家の秘密に触れる場所がそれに当たる。

そのため、現在の正史における古代日本の姿は、神話と伝説が入り交じり合っていて、かなり不明瞭なまま放置され続けている。


●ところで、日本史には人類学的にも文化的にも大激変が起きている時期(4世紀前後)が存在しているのをご存じだろうか?

顕著なのが「墓」で、それまで丘に過ぎなかった墳墓から前方後円墳など複雑な形へと変化し、弥生時代の祭祀用具の代表であった「銅鐸」が、突然、製 造中止。青銅が中心だった金属器も、「鉄器」が使われるようになる。更に、彫りが深くがっしりした縄文人に近かった体型が、彫りが浅い大陸系の体型に変化 し、なぜか、それまで行なわれていた「入れ墨」の習慣が消滅。

そして4世紀後半になると、この文化的大革命の様相は更に顕著になり、墳墓は100mを超える「前方後円墳」が中心となり、玄室に「壁画」が描かれ るようになる。副葬品も剣や鏡、玉などが中心だったのに対し、「馬具」や「王冠」など、朝鮮半島や大陸の文化に非常に近くなる。


●有名な『魏志倭人伝』には「邪馬台国はもちろん倭の国々にも馬や牛はいない」という注目に値する記述があるのだが、邪馬台国が3世紀末頃に消息を絶つのを境にして、「馬具」や「埋葬された馬の骨」が大量に出土している。

これは、明らかに大陸から馬がやって来たことを暗示しているわけだが、まさか、馬が自分で海を泳いで渡来してきたとは考えられないので、当然、何かしらの意図で馬を連れて来た存在がいたことが推測されている。

そこで問題になるのは、どのくらいの騎馬集団が朝鮮半島からやって来たのかという点である。少数の騎馬集団が段階的に馬をつれて渡って来たのか、それとも高度に組織化された巨大騎馬軍団が疾風怒濤のごとく海を渡って来たのか。

この時期の詳細な記録が残されていれば、馬&渡来人(騎馬民族)の流入の実態がすぐに判明するのだが、この時期(3世紀末~5世紀初頭まで)に限って『魏志倭人伝』のような客観的な歴史書がないのである。


●「邪馬台国消滅」と「大和朝廷誕生」という、巨大な動きが日本列島を襲った4世紀前後の時代は、実態のつかめないまま現在に至っており、邪馬台国が九州 にあったのか畿内にあったのかという論争を含め、様々な学説が飛び交っているのが現在の学界の実情である。多くの研究家はこの謎だらけの時代を指して「謎 の4世紀」と呼んでいる。◆

●それで、この「謎の4世紀」論争に波紋を投げかけ続けているのは、東京大学名誉教授の江上波夫氏である。彼は前期の古墳文化と中・後期の古墳文化とが根 本的に異質であるということを挙げ、1948年に以下のような仮説を主張したのである。一般に彼の仮説は「騎馬民族征服王朝説」と呼ばれている。

「中・後期古墳文化が王侯貴族的・騎馬民族的文化であり、その広がりが武力による日本征服を暗示している。またその文化の濃厚な分布地域は軍事的要 衝に多い。4世紀ごろ、古代日本に大陸の騎馬民族が大挙に侵入して、邪馬台国をはじめとする倭の国々は征服された。この征服王朝こそ大和朝廷である。」


●彼の仮説が翌年の1949年の機関誌『民族学研究』に掲載されるや、日本中に一大センセーションが巻き起こり、当然のこと、学会から総攻撃を受けた。

ある人が「騎馬文化は来たが、騎馬民族は来なかったんではないか」というと、江上氏は「文化は人とともにやってくるものである」と反論した。

もっとも、天皇家のルーツを大陸に求めること自体、戦前では「不敬罪」に値し、まだこの時期は終戦直後のことであり、皇国史観が根強く残っている時期でもあったので、非難ゴーゴーだったのは、当然といえば当然か。

しかし、時間とともに彼の仮説を補強する材料が多々発見されており、現在も根強い人気を誇っている。


●普通、彼の仮説を初めて耳にする人は、古代の日本には、国々を征服するほどの馬はいなかったんではないかと思いがちであるが、群馬県子持村の「白北中道 遺跡」などから無数の馬の足跡が発見され、予想を上回る馬がいたことが証明されている。その後も馬具の発見が相次ぎ、数年前に話題になった奈良県の「藤の 木古墳」からも北方騎馬民族の文化と共通する馬具が発見されている。

最近では、朝鮮半島南部の「伽耶(かや)諸国」の遺跡から、次々と馬具が発見され、注目を浴びているが、何よりも関係者を驚かしているのは、これらと全く同じものが日本からも出土されているという点であろう。(和歌山県の「馬面冑」など)

この伽耶諸国の発掘は、江上氏の騎馬民族説の“ミッシングリンク”ともいえる場所だっただけに、一度は葬られかけた江上氏の騎馬民族説が、恐ろしく現実味を帯びて浮上してきたといえよう。

●騎馬民族説を認めない学者の中には、前方後円墳が日本でしか発掘されない点を指摘する。前方後円墳が騎馬民族と深い関係があるのなら、朝鮮半島やユーラシア大陸にも存在してもいいのに、前方後円墳は日本でしか発見されない日本独自の形態であると。

しかし、最近になって朝鮮半島から前方後円墳の発見が相次いでいるという。中でも、北朝鮮の慈江道雲坪里の鴨緑江沿いで発見された前方後円墳は、日本の前方後円墳より少なくとも300年は古いという。

このように、最新の学術調査は江上氏の「騎馬民族征服王朝説」を裏付ける方向にあるといえるが、1991年に日本政府から「文化勲章」を授かると、 彼の仮説はますます勢いを帯びたようだ。もっとも、「文化勲章」をもらったからといって、彼の仮説が定説として確立したことを意味するわけではないが。

●現在も、「騎馬民族征服王朝説」を真っ向から否定する学者は多いが、大抵そういう人たちは、4世紀前後の大激変を過小評価しているようだ。しかし、邪馬 台国の時代に馬がいなかったことには同意しているらしい。また、「騎馬民族による征服」を認めないながらも天皇家のルーツを大陸の王朝に求める学者もい て、両者の間に何かしらの深い関係があったと見る向きは強い。

●ちなみに、「騎馬民族説」を唱えている学者は江上氏だけではなく、他にもいるのだが、少しバリエーションを変えている点が面白い。

例えば、早稲田大学名誉教授の水野祐氏は、「前期古墳文化と中・古墳文化にはその性格において本質的な相違が見られ、その間には一貫性・連続的継続 性は欠如しており、両文化の間には急転的・突発的な文化変化があることに注意するべきである」とし、古墳時代の急進的変化を認めながらも、“巨大騎馬軍団 による倭国制圧”という江上氏の掲げた性急な歴史構成を否定し、もう少し時間的余裕を与え、朝鮮から渡来してきた騎馬民族が現地の倭人と同化して、日本化 した騎馬民族によって大和朝廷が作られたという、比較的穏和な「ネオ騎馬民族説」を唱えている。◆

●さて、馬の話はこのくらいにしておいて、「古墳文化」の成立を考慮する上で注目すべきなのは、やはりなんといっても、比較的短期間のうちに「超巨大古 墳」が誕生したという歴史的事実だろう。中でも、仁徳天皇は父親である応神天皇の超巨大前方後円墳ばかりか、生前に自分のための超巨大前方後円墳を造って いる。

仁徳天皇陵は底面積においてはギザのピラミッドや始皇帝陵を上回って世界一の墳墓として有名であるが、信じられないことに、こんなに重 要な人類的文化遺産が宮内庁によって発掘禁止にされ、現在に至るまで学術調査は一切行なわれていない(法律的根拠のない禁止状態が続いている)。

「仁徳天皇の墓である」という宮内庁側の一方的な説明だけで、直接的証拠すら提示されていない状況である。そのため、現在、一部の歴史学者が天皇陵発掘を求めて宮内庁側と何度も交渉しているが、大きく進展した様子は見られないようである。(最近、動きがあったか?)

仁徳天皇陵には円筒埴輪だけでも推定1万本以上あると言われているが、もっと実戦的な馬具・武器類(騎馬民族特有の曲刀や長弓など)が大量に眠っているのではないかと私は強くにらんでいる。


●ちなみに、仁徳天皇陵は明治の初めに台風の影響で一部が崩れて石室が出て来たとき、当時の県令が盗掘し、出土品を大阪の骨董具屋に売ったと言われている が、実際、骨董具屋には仁徳天皇陵からの出土品とみてよい目録が残されており、その目録を見ただけでも、副葬が前期古墳時代のものとは一変したことがはっ きり分かると言われている。

これら出土品は残念なことにすぐに売りに出されて、現在はボストンあたりの博物館にあるといわれているが、少なくとも日本にはないということだ。


●仁徳天皇陵を少し発掘しただけで、日本史は根底から塗り変えられるだろうと言っている人がいるが、私も全く同感である。

宮内庁には職員が1000人以上もいるのだが、そろそろ秘密主義を改めて、日本古代史の学術的解明にもっと積極的に協力すべきだと思っ ている。私には、宮内庁(特に書陵部)の上層部の人達は、日本古代史の実態(大和朝廷のルーツ)を熟知しているがために、かたくなな沈黙を続けているとし か思えないのであるが……。


●以上のように日本史における「謎の4世紀」は、様々な仮説が飛び交い、実態が把握されていないのであるが、その核心部分を握るとされる数多くの「天皇 陵」がまだ未発掘の段階なので、まだまだ学術調査による飛躍的な進展の可能性が残されているといえる。特にここ最近、新たな考古学的発見が相次いでいるの で、日本古代史の解明作業にはまだまだ目を離せない「熱いロマン」が宿っているといえよう。

なお、「騎馬民族征服王朝説」の現況を知りたい方は、『騎馬民族は来た!? 来ない?!』(小学館・\880)を読まれることをお勧めします。(^^)

 

騎馬民族は来た,来ない??(必読)

http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_06kibaminnzoku_kita_konai.html

http://8550.teacup.com/shig/bbs/562

日ユ同祖論者の小谷部全一郎氏は「ミカド」は本来「ミガド」と発音したとし、「御ガド」と解釈。
「ガド」とは、失われたイスラエル十支族のひとつ「ガド族」のことであると指摘している。
また、「ミカド」の「ミ」はヘブライ語の「~出身」という意味で、「ミカド」とは、ガド族出身の者」と指摘するユダヤ人のラビ(ユダヤ教の教師、先生)も現れた。
これらの事柄に対し、裏の情報源は「我らに伝えられた伝承と同じ」と明言した。
そして、ガド族の王「応神天皇」は、宇佐の地において、再臨したイエス・キリストから洗礼を受け、原始キリスト教徒に改宗したという。

 

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