teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:2073/3577 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

自民党とCIA

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 4月 3日(水)20時51分46秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/hitokuchi025.html

戦後すぐから続くアメリカのメディア支配

  ‥‥ここまで読んでくれた読者は、アメリカという国は実に幅広く言論統制・プロパガンダを行なっているなあと感心するだろう。実は、日本のメディアや言論空間を支配しようというアメリカの陰謀は、CIAによって占領統治時代から始められていた。
  昨年、早稲田大学の有馬哲夫教授がアメリカ公文書館で驚くべき資料を発見した。
  日本テレビの創設者であり、読売グループの総帥であった故・正力松太郎が、CIAからコードネーム「ポダム」と呼ばれるエージェントだったことを記した文書である。CIAは当時のカネにして1000万ドルの借款を正力に渡し、日本全国にマイクロ波通信網を建設させようとしていたという。完成した暁にはアメリカがプロパガンダ放送や軍事通信のためにその通信網を利用する予定だった。もちろん、日本を親米・反共の砦とし、対ソ冷戦の最前戦基地とするためである。
  日本テレビはその正式名称を日本テレビ「放送網」というように、本来は一社だけで日本中にネットワークを構築し、放送を行なう計画だった。テレビだけではなく、ファクシミリや、マイクロ波の余った帯域を第三者にレンタルすることも視野に入れた壮大な通信網構想である。


米CIAが自民党に資金提供していたことを認めた........

管理人注;1990年代にニューヨークタイムズで特集が組まれ,その後読売でCIAの資金提供が明らかになったので今更明らかになったのではない。実際CIAがどれだけ出したかには疑問符がつく。児玉資金も入っていたであろう。CIAの資金供与そのものが嘘であるかもしれない。どこかでご本尊が哂っていたということであろう.........


関連記事:点と線

http://satehate.exblog.jp/19785582/


CIAのスパイはポダムと呼ばれる。

管理人注:以下文字化けしています。

『占領日本を支配したダグラス・マッカーサー元帥は,CIAをその草創のころから嫌い, 信用していなかった。1947年から50年まで,東京のCIA支局を極力小ツく弱体にして,活動の自由も制限していた。元帥には同時のスパイ網があったの だ。広島、長崎に原爆を投下した直ツから構築し始めたものだった。CIAはこのスパイ網を,元帥から受け継ぐことになったが,これはいわば毒の盛られた遺 贈品だった。
 マッカーサーを軍事諜報面で補佐していたのはチツールズ・ウイロビー少将だった。ウイロビーの政治的立場は,米陸軍の将官の間では最も右よりであった。 ウイロビーは1945年9月,最初の日本人スパイをリクルートすることで,敗戦国日本の諜報機関を牛耳ることになった。この日本人スパイは,戦争終結時に 参謀本部第二部長で諜報責任者だった有末精三である。有末陸軍中将は1945年の夏,戦勝国に提出するための諜報関係資料を秘密裏に集めていた。
 それが,敗戦ツ自ツ自身の身をツることになると考えていた。多くの高位にある軍人同輩と同じように,戦争犯罪者として起訴ツれる可能性もあった。が,有 末はかつての敵の秘密工作員となることを自ら申し出たのである。それはドイツのラインハルト・ゲーレン将軍がたどったのと同じ道だった。ウイロビーの最初 の支持は,日本の共産主義者に対する隠密工作を計画し,実施せよというものだった。
 有末はこれを受けて,参謀次長の河辺虎四朗に協力を求め,河辺は高級指揮官のチーム編成にとりかかった。1948年,アメリカの政治戦争の生みの親であ るジョージ・ケナンは,日本については政治の改革よりは経済の復興の方がより重要であり,実際問題としても,実現が容易であると主張していた。日本の産業 界を解体し,解体した機材を戦争保障のために中国に送る,共産主義者が今にも中国を制覇しようとしているときに,そうした措置をとることにどういう理屈が あるのか,とケナンは問いかけた。ケナンの力によって,アメリカの対日政策は1948年までに急転換を遂げた。日本の当局者に対する戦争犯罪訴追の脅威と 占領の懲罰的な性格は,緩和ツれ始めた。これでウイロビー指揮下の日本人スパイにとっては仕事がやりやすくなった。
 ウイロビーはその年の冬,暗号名「タケマツ」という正式な計画を発足ツせた。この計画は二つの部ツにツかれていた。「タケ」は海外の情報収集を目的とす るもの,「マツ」は日本国内の共産主義者が対象だった。河辺はウイロビーにおよそ一千万円を要求し,それを手にした。スパイを北朝鮮,満州,サハリン,千 島に潜入ツせること,中国,朝鮮,ロシアの軍事通信を傍受すること,それに中国本土に侵攻して制覇したいという中国国民党の夢を支持し,台湾に日本人の有 志を送り込むこと,などを約束した............CIAはその実体を知り,驚愕する。日本人スパイは諜報網などというものではなく,右翼団体の 復活を狙う政治活動であり,同時に金儲けのためのもの,とうのが結論だった。「地下に潜った右翼の指導者」は諜報活動を「価値ある食いぶち」とみなしてい た,とCIA報告は当時の状況を要約している。

 アメリカの諜報機関が日本で行った「お粗末な仕事のやり方」の古典的な見本は,政治的マフィア児玉誉士夫との関係だった。児玉は1911年生まれ,21 歳の誕生日を迎える前に,帝国議会議員に対して殺害の脅迫をしたかどで五ヶ月間,投獄ツれた。21歳のとき,暴力団・右翼反動派の集まりである「天行会」 とともに政治家と政府当局者に対する暗殺を計画したが発覚,投獄ツれたが,四年と経たないうちに釈放ツれて極右青年運動に着手,これが戦前の日本の有力な 保ツ派の指導者の支持を得た。
 戦時中はツ海に足場を置き,五年間にわたって戦時の最大規模の一つと言われる闇市を取り仕切った。占領中の中国を舞台に数千人の工作員が,戦略金属から 阿片に至るまで,日本の戦争遂行機関が必要とするあらゆるものを買い付け,盗み取った。戦争が終結したとき,児玉の個人財産はおよそ一億七千五百万ドルに ツった................児玉は1948年,アメリカ占領下の拘置所から釈放ツれ,日本の政治の行く末に重要な役割を果たすことにな る.......アメリカがその狙いを達成するのを助ける,真に強力な日本人工作員を雇い入れるまでには,ツらに数年を要することになる。その任務はまツ に,アメリカの国益に資する日本の指導者を選ぶことに尽きていた。CIAには政治戦争を進めるうえで,並外れた巧みツで使いこなせる武器があった。それは 現ナマだった。CIAは1948年以降,外国の政治家を金で買収し続けていた。しかし世界の有力国で,将来の指導者をCIAが選んだ最初の国は日本だっ た』。<LEGACY OF ASHESより一部転載(文芸春秋発行:CIA秘録)

 戦前の駐日大使館付(ジョセフ・グルー大使)であった米国特務機関工作員ユージー・ドーマンを中心とする米国対日評議会(ACJ)はGHQの民生局 (GS)にたいし圧力をかけ占領政策の主導権は治安情報局(G2)に移った。このG2が通称ドーマン機関(G2-D)人脈と呼ばれ日本の政界に様々な工作 をした。そしてこの三人も加わっていく。


元記事は......

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/208.html


http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1987.html


自民党清和会の源流

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/406.html


どこかでご本尊が哂っていた.....ということですがありとあらゆることは黒幕が裏で関与している。オームのあの事件もそうでしたね。9.11も3.11も...........そして間もなく起こそうとしているX-DAYも,ね。

http://

 
 
》記事一覧表示

新着順:2073/3577 《前のページ | 次のページ》
/3577