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泉湧寺の謎

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 4月 7日(日)23時10分40秒
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  日本の正体

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1689

桓武天皇の母親は

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1685

..........の関連です。高橋五郎氏の「日本の正体」97ページ~からまとめてみましょう。泉湧寺内の「霊明殿」には,歴代天皇の位牌が奉安されているが,その中に,なぜか”天武天皇系”の位牌が存在しないのである。天皇家の系譜には古代において,天智天皇系と天武天皇系に分かれている。下図を見て分かるように,天武・持統・文武・元明・元正・聖武・孝謙(称徳)というのが天武天皇系の系譜である。

この系統の天皇の位牌が,なぜか泉湧寺には存在しないのである。

泉湧寺にある一番古い位牌は,天智天皇のものである。と言っても,位牌というものが中国から伝来したのは鎌倉時代なので,後世に作った位牌ということになるが,とにかく天智天皇の位牌はあって,天武天皇の位牌はない。これが謎とされているのである。ちなみに「日本書紀」では天智と天武は兄弟とされている。天智の息子・大友皇子と,天智の弟・大海人皇子が壬申の乱を戦った。勝利した大海人皇子が即位して天武天皇になった。しかし,その血筋は,称徳天皇を最後に絶えた。

注:壬申の乱(じんしんのらん)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AC%E7%94%B3%E3%81%AE%E4%B9%B1

以後皇統は,天智系の光仁天皇に移る。持統天皇も元明天皇も天智の娘であるから,その意味では天智系・天武系という区別は無意味と思えるが,それは「日本書紀」の記述を信じればの話である。「日本書紀」が記すとおりに,本当に天武が天智の弟だったとすると,年齢計算が合わないという指摘が古くからある。弟である天武の方が年上になってしまうのだ。そのこともあって,天智朝と天武朝というのは,本当は全く別の王朝ではないかという見方もある。「日本書紀」は天皇の正当性を記した書であるから、都合の悪いことは隠している。したがって,天智と天武が本当に兄弟だったかどうかは疑わしい。

そして,もし別の王朝だったとすると,天武系の皇統というのは,今日に続く天皇家とは別の系譜だった可能性が出てくる。そこで泉湧寺の位牌問題がクローズアップされてくる。すなわち,天武系の位牌がないということは,天武系が別王朝であるということを暗示しているのではないか。寺の歴史をまとめた「泉湧寺史」を見ても,天武系の位牌がない理由は書かれていない。ただ,明治9年に当時の宮内省の通達で,京都府下の寺に分散されていた天皇の位牌を泉湧寺に合併させたという記録がある。

その折に,天智・光仁・桓武という天智系の位牌を奉安し,同時に元明天皇の位牌も奉安したという。元明天皇は天武系の天皇なので,そもそもの経緯としては,天智系と天武系を区別したわけではないことになる...........だが,仮にそうだとしても,疑問がなくなるわけではない。というのは,「泉湧寺史」の「資料篇」に載る「霊明殿奉安歴代天皇尊牌」という資料を見ると,明治9年に奉安されたはずの元明天皇の位牌が,なぜかリストから消えているのだ。この資料は,泉湧寺の霊明殿に奉安されている位牌を列挙しているものなので,リストにないということは,その位牌は存在しないということだ。

「泉湧寺史」は昭和59年の発行なので,その時点で元明天皇の位牌は存在しなかったことになる。ということは,明治9年にいったん奉安された元明天皇の位牌は,なぜかその後に除外されたことになるのだ。つまり,天武系の位牌は,やはり意図的に外されているのである。

注:泉涌寺(せんにゅうーじ)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%89%E6%B6%8C%E5%AF%BA

最近ではこれらの謎について書いているHPもあるようです

http://www.ten-f.com/mitera-no-himitu.htm

新羅の勃興

http://www.bbweb-arena.com/users/hajimet/siragirekisi.htm

375年頃の半島図を見ると興味深い

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%BE%85

新羅王は第4代王、脱解尼師今(だっかいにしきん)という日本人だった?

http://temple.iza.ne.jp/blog/entry/499565/

疑問はまだある。江戸時代まで皇居だった京都御所には,もともと「御黒戸」という仏壇があって,歴代天皇の位牌が安置されていた。しかし,明治の神仏分離令によって,位牌は明治4年に水薬師寺に移され,明治6年に泉涌寺に移された。(安丸良夫・神々の明治維新)
つまり,泉涌寺が保管する位牌のリストには,江戸時代まで京都御所にあった位牌も含まれているはずなのだ。ということは,そもそも朝廷に天武系の位牌がなかったことになる。そして初代天皇・神武以来の位牌もないということは,朝廷がそれを必要とは感じていなかったということだ。すなわち,朝廷が認識していた天皇の系譜というのは”天智天皇を始祖とする天智系の歴代天皇”だったことになる。これが朝廷の現実的な皇統認識だったのだ。

すると,明治9年に奉安された元明天皇の位牌とはなんだったか。これはもともと亀岡市の元明院にあったものを移設したのだが,おそらく明治9年通達に沿って,いったんは事務的に泉涌寺に合併されたのだろう。しかし,天武系ゆえに,後に外されたのではないか。

皇統の変革を視野に入れた「皇室典範問題」

戦前まで,霊明殿の内部は,一般には知られていなかった。天智系の天皇だけが祀られていることは,関係者だけの秘密だった。思えば,明治天皇の陵墓である伏見桃山陵も,天智天皇陵を範として造形されている。やはり皇室は天智天皇を重くみているのだ。作家・井沢元彦が,泉涌寺の位牌問題を「逆説の日本史」などの著書に書いている。それによると,この位牌の謎を最初に提起したのは古代史家・小林恵子である。小林は東洋史の視座から日本古代史の書き換えを行い,1978年に発表した論文「天武天皇の年齢と出自について」で泉涌寺が天武系の天皇を祭っていないことを明るみにだした。なぜ天武系は皇統から排除されるのか。それは天武と天智が本当は兄弟ではないというだけではなく,天武は新羅系渡来人だったから,というのが小林説である。

同種の説は複数の研究家が唱えているが,小林の説は,単なる王朝交代論ではない。飛鳥時代までの日本は,東アジアの政局のなかで,大王の入れ替わりが普通にあったとする説である。
..........というのも,小泉純一郎の政権時代に,皇室典範問題が浮上したとき,有識者会議が出した皇室典範改正案は,女性天皇が”渡来人の皇婿(女帝の正夫)を迎えることを可能にしていたからである...........実は伊藤博文も女系天皇を認めていた。帝国憲法を成立させるときの草稿段階で,将来的に皇統が消滅する時限爆弾を仕掛けようとしていたのである。

天皇系図を見ればお分かりのように,天智ー天武ー持統ー文武という皇位継承の系譜がある。天智と天武が兄弟だとすれば,皇統は天智の弟に移っただけのように見える。しかも,持統は天智の娘であるから,天智の血統も濃厚に見える。しかし,天智と天武が他人だとしたら,どうなるか。皇統は,天智の娘婿の血筋に移ったことになる。平成の皇室典範問題で,ひそかに前例とされたのは,この”女系モデル”だった可能性がある。すなわち皇太子=天智となぞらえ,愛子内親王=持統となぞらえた上で,天武に該当する皇婿(こうせい)に新王朝を開かせるという青写真である。そしてその際,皇婿の資格に何らの条件も設けなかったことは,天武の素性を”皇統外”と見る視点がなければ成り立たない。ここに天武=渡来人説の政治利用を企んだ疑いが浮上する。

管理人注:頭の働く読者はすぐぴ~んとくると思います。天文学的な天皇マネーの争奪戦争なのですよ。

皇室の国際結婚は,大正時代に梨本宮方子(まさこ)が朝鮮王家に嫁いだ前例がある。戦前の日本は朝鮮王朝を解体し,日韓の融合を画策した。この皇室のグローバル化政策が今も生きていて,皇室典範問題の背景にあるとすれば,問題の根は見えてくる。テレビもプロパガンダに余念がなく,2003年にテレビ朝日が「流転の王妃・最後の皇弟」というドラマを放映した。これは満州国皇帝・愛新覚羅溥儀の弟に嫁いだ公爵令嬢・嵯峨浩のものがたりである。また,「皇室典範に関する有識者会議」が設置された2004年から,NHKは韓国ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』の放映を始めた。案の定,愛子内親王のお気に入り番組というニュースが流された。

2006年にはフジテレビが,梨本宮方子(李方子)を書いたドラマ『虹を架ける王妃』を放映している。2009年から放映しているNHKの韓国ドラマ「イ・サン」は,李氏朝鮮22代国王を主人公にしたドラマである。これまでなじみの薄かった朝鮮王朝の歴史に日本人が親近感を持つための企画が進められている。(以上日本の正体より要約)

関連記事:電通の正体

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/318.html

だから韓流ブームは捏造なのです!

http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/313.html




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