teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:1927/3525 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

阿波踊りとメビウスの輪

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 5月19日(日)15時21分11秒
  通報 返信・引用 編集済
 

http://www7a.biglobe.ne.jp/~technoqt/kotoawa.htm


よく見ると手だけでなく足でもメビウスを表現しているのが分かります。


阿波踊りという夏の風物詩がある。踊らにゃソンソンと、双手を額の前方に押し出して、手先はメビウス(∞)を虚空に描く。終わり(オメガ:ω)にして同時に始まり(アルファ:α)。其の「今」とは、無限長のスプリングコイルの自由な一点と同様で、過去から寄って来たる一点であり、これから始まる一点とも捉えられる。奈良地方の「茅の輪くぐり」の風習も、輪をくぐって左から戻っては、再び輪をくぐって今度は右から戻り、最後にまっすぐ進入して拝殿に臨む。

管理人注;

神 話の思考は「ねじれ」をはらんだトポロジー(管理人注:位相幾何学)を利用して自分の目的を果たそうとしている。神話が利用しているそのトポロジーはメビ ウスの帯に似た構造をもっている。神話の変換群は「方向付不能な表面」上で働きをおこなうのである~~~いずれの場合にも,関係性の環のまわりを一回りす ると,はじめに自分の持っていた機能的価値が反転して,自分自身のところに戻ってくるという仕組みが生まれている。こういうことは,機能価値を書き込んだ 表面が「ひとひねり」されて,メビウスの帯のように端と端がつなぎあわされた時でないと発生しない。「神話論理」の世界はパラドックスを孕んだ動的な空間 なのである。(レビ=ストロース神話論理その1参照)

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1707




 沖縄の「エイサー」もメビウスの印象を受ける。ウ(衆生)⇒オ⇒ア⇒エ⇒イ(仏陀)と五重塔を登りつめても、再び衆生地獄の中に身を投じ、修羅界の「衆愚の涙」に改めて涙する。すなわちイは再びウの境地に分けいりて、進化という永遠の連続の中に入り止むことがない。


管理人注:メビウスの輪はだいたい高校一年くらいで教えるそうです。

http://www.sit.ed.jp/class_act/futu/sugakukenkyu/Suu2007/1-1/130-sai/130-sai.html


ア(精神実在世界)⇒ワ(物質現象世界)の波動交流は、ア・KA・SA・TA・NA・HA・MA・YA・RA・ワ 以上の十段を経る。 ア行(吾業)の形質が、和業へと産霊(ムス)ぶ十の段階を経るようでもある。

一二三四五六七八九十と一本ずつ手指を折り重ね、宇宙真理を掌握していくこの作業を「みてぐら(御手繰)」という。石上神社 神歌では「ヒフミヨイムナヤコト フルベユラユラトフルベ」という神呪がある。 宇宙を掌握したこのカタチを「にぎ手(和幣)」という。しかし宇宙法則を握っているだけでは意味がなく、自身が亜神としてそれを活用し万物に敷衍することが重要である。それを「起き手(おきて)」といって、今度はトコヤナムイヨミフイと指を起き立ててゆく。「掟」とは神として行為するとでもいいえよう。

「振るべゆらゆらとふるべ」とはのちの阿倍清明で有名になった陰陽道に承継されるが、宇宙真理と実践開顕が常時其の「今」のなかにぎっしりと詰まっていて、神人合一の機微はいつでも揺らいでいるとでも言うべきであろうか。

さて前置きが長くなった。アカサタナハマヤラワの正体である。このアワ路はヒ(霊)、フ(吹)、ミ(身・実)・ヨ(与)、イ(意)、ム(無)、ナ(納)、ヤ(弥)、コ(凝)、ト(統)と等価であると論者は考えておる。つねにメビウスのように毎日が同じようで実は違った朝で、常に新しい真理を把握する。その常に新しい精神と物質との融合、それがア段にして毎日、毎刻、毎瞬進化の「ア-ワの路」と読む。

アカサタナハマヤラワ、「明るい悟りの田、成りて言の葉の真、弥羅(進化)して和す」と読めないこともないが、その順列必然性は未だに判然とはしていない...........

【主基田と悠基田】

管理人注:http://kotobank.jp/word/%E6%82%A0%E7%B4%80%EF%BD%A5%E4%B8%BB%E5%9F%BA

大嘗祭(だいじようさい)における祭儀に関する名称。〈ゆき〉は斎忌,由基,〈すき〉は次,須伎などとも記す。悠紀国,主基国の斎田新穀が,それぞれ大嘗宮の東の悠紀殿,西の主基殿で神饌に供された。悠紀・主基の国郡は卜定によって選ぶのが原則で特定されていなかったが,平安中期以降は悠紀は近江国,主基は丹波国と備中国が交互に選ばれ,郡のみが卜定された。明治の登極令では京都の以東以南に悠紀,以西以北に主基の斎田を勅定する定めとなった。

天皇陛下の即位式である大嘗祭には京都御所から鳳蓮台を皇居に持ってきて、北は黒の玄武、東は青の青龍、南は朱雀、西は白虎。黄色の中央座は五色人の中央カラー色で、その台上で宇宙シャーマン、天皇は言霊五十音を発する。

アカサタナとアオウエイで囲まれた神田前田の中央は言霊「ス」、ハマヤラワとアオウエイで構成される後田の中央は言霊「ユ」である(図参照)。この前田を『主基田(スキデン)』といい、後田を『悠基田(ユキデン)』という。

管理人注;田を殿にすると.......

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%B8%BB%E5%9F%BA%E6%AE%BF%E3%81%A8%E6%82%A0%E5%9F%BA%E6%AE%BF&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=


11月22日には 天皇は、禊後、白衣にて御霊屋にはいり主基田から刈り取った「潤地米(ウルチ)」、悠基田から刈り取った「百地米(モチ)」を大宇宙 神前にささげる、それが宇宙シャーマン天皇の重要な役割である。 米とは、陰陽の合体形であり、形でみれば、古語にいう記号、(×)と(+)の重ね文字を宛てて、同時に八光を意味する。

管理人注:図は本文参照のこと

上図は前田の主基田、後田の悠基田であり、中央に(主神)、(悠神)が配座していることが分かる。

 古代においては言霊、文字、数、図形が素朴なかつ精神文化を支える重要なOperating System

であった。「コメ」「米」「八光の絵柄」「八(数)」がともに共通な背景基盤で、中心から大地を潤し、光を放ち、なおかつ大生命意志の真実の道(百道)をさす。古代においてはこうした文字も絵図も数も言霊もある意味で共通項を指し、その断片が天皇家式典にいくつか残されているようだ。たとえば三月三日などのゾロ目の日は、重ね(加佐音)といってココロと現象の重要な日でもある。また天地人の重ねの日でもある。

文字や図形よりも「精神文明」開発の過渡期には、とくに言葉と心の結びつきに超古聖人は没頭したに違いない。霊の自己表現である「言霊」がなければ人類は「猿人」の域を脱せずに、自己の自覚もなく、時間・判断・智慧・大いなる意志のアオウエイ五大の分別もなしえない。従って言葉をもたない動物には芸術作品はなしえない

今の意識波動(ア)と肉体物質現象界(ワ)の波動交流、通うアワ路で、子音界は産まれた。人も意識(ア)と肉体行為(ワ)で新たなる現象(子音)の時空を見せ、そしてその経験知を自らの想念帯に刻む。自らが発する言霊が、霊意識を通して大宇宙と共鳴する。

ならば愛・肯定・感謝・素直な心のありようで、その言霊とともに輝ける世相を創り上げていくべしである。

管理人注:ドジアンの書と言霊

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1727


人類の歴史の中で、ムー以前であろう「精神文明」は完成していたのである。宇宙―自己間の存在の科学、生命の実相は遥か古代、言霊宇宙曼荼羅として刻まれ、あまねく社会に運用されていたのである。

何の役にも立たないようなことを知るのも教養です。

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/518.html

以下の記事をじっくりお読みください...

http://blog.livedoor.jp/jiteki129/archives/51276406.html

 悠紀殿 主基殿
                       21・8・26

今朝のメッセージで、何故、天皇即位の時に「大嘗祭・だいじょうさい」が行われ、天皇が悠紀殿と主基殿の間を移動するかの意味が解かって来た。其れは、固定化している意識を外して、新しい基盤に入れ替える為の儀式なのである。だから、「譲る・揺する」の「ゆす」を「ゆ・悠(悠紀殿)」「す・主(主基殿)」に分けて使っているのである。

「大嘗祭(おおにえのまつり)」の儀式の意味は、釈迦牟尼佛が「出家・しゅっけ」を勧め、イエス-キリストが「私に付いて来なさい」「私は 貴方達の親子 兄弟の仲を 裂きに来たのだ」と謂った意味と、同じ意識効果を狙ったモノであるのだ。其れは、其れまでの立場とか、環境から外れて、新しい価値観の元に、意識を組み替える為の行為なのである。

「出家」とか、「私に付いて来なさい」とは、家や家族の束縛から自由に成り、旅に出る意味である。だから、出家とは旅に出る事であって、寺院に「入寺」したり、教会に勤務する事ではないのである。
旅行の「旅・リョ」の漢字は、「方人+人人」の組み合わせで、「方人」は軍旗の象形。「人人」は、衆人の意で、多くの人が軍旗をおしたてて行くの意味から、軍隊・たびの意味を表わす。と 載っている。             漢語林

だから漢字の「旅」は、農協さんの団体等が、旗を持った人に付いて旅行する姿は、其れに合っているが、精神的な理・ことを求めて1人で旅をする事には、「旅」の文字は合っていないのである。日本語の「たび」の意味は、「家を離れる」との意味だから、たびに漢字を当て嵌めるなら「家離・たび」と書かなければ成らないだろう。
其れでなければ、「旅行・修行」の「行・いく」の方を、当てなければならない。

有名な、故「中村天風(なかむら てんぷう、1876年7月30日- 1968年12月1日)1911年西洋の旅から日本への帰国の途上、カイロにてインドのヨーガの聖人、カリアッパ師と邂逅。そのまま弟子入りし、ヒマラヤ第3の高峰、カンチェンジュンガのふもとで2年半修行を行う。」は、カリアッパ師の指導で、「石の山を全部運んで移せ」と云われ、全部運び終えた事を報告すると、今度は「全部元に戻せ」と云われ、其の矛盾に満ちた無駄な行為を続けている内に、自我が消失し、重度の肺結核が完治してしまったとの事である。

其れも、悠紀殿と主基殿を行ったり来たりする事と、同じ意識効果が有るのだろう。要するに、意識を切り替える為には、過去の「情報・カルマ・業」を1度消去する必要が有るのである。其の為に考え出されたのが、日本の神社で行われる禊ぎ祓いの儀式なのだ。

今朝のメッセージの映像では、水が入っている1・5m程の長さが有る細長いガラス瓶の様な物を、澤山向こう側に運び、全て運び終わったら、再び元の所に運ぶ場面が現れた。其れは、細長いガラス瓶は人間を意味し、澤山の人間に大嘗祭の儀式を行えとの事ではないだろうか。人間の身体は、60%以上が水分であるとの事なので、四捨五入すると固体ではなく、液体であると言う事に成る。
「身体の水分濃度」http://green.ap.teacup.com/20060818/1211.html

だから、人間を固体だと考えずに、液体だと考えれば、何故、神社の鳥居の前に「御手洗水・みてらい」が有り、「釈迦」や「イエス」や「イザナギ」が水の禊ぎをしたのかも理解されて来る。要は、体内の水の記憶・波動を変える事に意味が有るのだろう。
其の、水の波動を変える事こそが「旅・たび」であり、四国八十八箇所の巡礼や、転地療法等の手段なのではないだろうか。
「新しい御世」http://green.ap.teacup.com/20060818/564.html
「四次元は液体」http://green.ap.teacup.com/20060818/938.html

今朝は、明け方に「岩崎金取り」との言葉が告げられて来て、新しい漢字が色々と使用されているHPが幾つか現れて来た。其の漢字の中に、「田」の上に「人」が冠と成っている「人+田」の文字が有った。そして、香港と台湾の男性のHPが現れ、両方とも本人の上半身の写真が載っていた。其の男性は、2人とも40歳代後半の年齢で、働き盛りの人物である事が理解できた。

どうやら、日本国内だけではなく「台湾」と「香港」に、人物・仲間を探し出さなければ成らない時節が到来した様である。其れが「人田」の文字に関係が有るのかも知れない。「男・ダン」の漢字は、「田+力」で「力」は男性の右腕の力瘤を意味し、男とは「田を耕す力の強い男性」の意味である。其の田が下に有り、人が田の上に跨っている文字は、何を意味しているのであろうか。            漢語林

「田・デン」は、区画された狩猟地・耕地の象形で、狩・田畑の意味を表わす。
其の田の意味からすると、「田+人」の漢字の意味は、「人を狩する」との意味が有り、私が、地球上から人材を狩集める役割を、担わなければ成らないと言う事になる。

其の様に考えると、1昨日のメッセージに現れた、地図上の升目と「こま」の言葉は、今朝のメッセージの前触れであり、将棋の駒の意味が有った事に成る。
私は、将棋を差した事が1回も無いので、将棋に付いては全く無知である。今朝のメッセージには「岩崎金取り」と有ったので、「金」を調べると「金将」の事で、金将は後ろに1歩引くのと、左右と、前方の三方行の、計6箇所に進む事ができる駒であり、王将に次ぐ動きが出来る駒である。

其の働きの意味から考えると、屋久島に有る「岩崎ホテル」を金将の働きにして、左右と前方の全域に動き出せとの意味なのかも知れない。岩崎ホテルは、屋久島では1番ハイクラスのホテルであり、立地条件も1番良い所に建っている。其の事を考えると、先ず台湾と香港に出先を置いて、屋久島生命研究所の動きか、新しい文化活動を起こせとの事なのかも知れない。

今月30日には、津川君が、私の準備している「屋久島総合開発」の企画案と言うか叩き台を持って、麦生地区に有る「ホテル サンカラ」の大阪の本社に、オーナーを訪ねる事に成っているが、今朝、其れよりも大きな岩崎ホテルの名が現れたのは、企画をもっと大きなモノにしろとの事なのかも知れない。
其れに付いては、2006年12月22日のメッセージに、関係有りそうな事が告げられて来ている。
「冬至の朝」http://green.ap.teacup.com/applet/20060818/20061222/archive

屋久島の空港は短いので、ジェット機は着陸できない。だから、プロペラ機に拠るフライトの計画しか立てられない。現在、屋久島に飛んで来ている飛行機は、カナダのボンバルディア社の Q400(DH4)時速約665kで、乗客数は74人である。PCで検索しても、飛行距離が判明しないので、台湾と香港からの直通便が可能かどうかは判らない。

メッセージでは、何かと、具体的な指示が来る様に成って来ている。其れも、本番が近いと言う事なのかも知れない。しかし、新しい漢字の組み合わせが映し出されて来るのは、既に神界では、新しい価値観のもとに漢字が創作されていると言う事なのだろうか。

今日判った事は「旅」の漢字に、旅・?まつりの名「天の神や山の神を祭る」との意味が有ると言う事である。其れが、なぜなのかが解からないが、旅と祭りには関係が有るらしい。また1つ、興味と成る世界が現れて来た。

人間が、自分の場を移動する時、其の時空のズレの中に、神の存在が滑り込んで来るのであろう。其の、神の呼び込みの為に、ヒトは家離・たびをする事が、必要とされるのである。

                                                              平成21年8月26日

                                                                    礒邉自適

関連記事.............

http://livedoor-search.naver.jp/blog?q=%BC%E7%B4%F0%C5%C2+site%3Ahttp%3A%2F%2Fblog.livedoor.jp%2Fjiteki129%2F&ie=euc-jp&c=ld_blog_sb&sm=lbp_blg

ようやく観えた....

http://blog.livedoor.jp/jiteki129/archives/51522161.html

ようやく観えた                                                    18・2・28

今朝は、漸く長年の「名病・ナヤミ」の答えが出た。
其れは、私は目を閉じると、瞼に2組の十字架が現れ、其れが重なろうとしながらも襷・タスキに掛かった侭、一体化しなかったのである。其れが今朝、一瞬だけ中心が組み合わされ、2組の十字架ではなく八方位線の形に成った。

管理人注:方位線と歴史

http://www012.upp.so-net.ne.jp/houi/


それで、「夢・ユメ」の言葉が解けた。其れは、1組は「素目・スメ」の十字架で、1組は「斎目・ユメ」の十字架だったのである。是で、天皇即位の時に行われる「主基殿・スキデン」と「悠紀殿・ユキデン」の意味が理解出来て来た。悠紀殿は、四次元の世界である神の世界を見る霊眼(夢の目)を開くもので、主基殿は三次元世界である人間社会と、其の生活を取り巻く環境全体を見る目(現実世界の目)を、開く為のものなのである。其の、両方を見る目で捉えた情報の交差線が重なったのである。其れは、原子核の原子運動を、赤と青の線軌道で書き表すのに似たイメージである...............

http://

 
 
》記事一覧表示

新着順:1927/3525 《前のページ | 次のページ》
/3525