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レビ=ストロース 神話論理 その3

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 5月19日(日)17時16分54秒
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  この記事はレビ=ストロース 神話論理 その1,その2の続きです。

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1784

オイディプスは旅を続けて,テーパイの都に着く。都は人殺しの怪物,スフィンクスに荒らされていた。オイディプスはスフィンクスの謎を解き,自滅させる(先祖のカドモスと同様に,オイディプスも龍退治の勇士になる)オイディプスは褒美としてテーパイの王の座が与えられ,ライオスを失って未亡人となった実の母,イオカステが后となる。

やがて,テーパイの都を恐ろしい疫病が襲う。アポロンの神託によれば,疫病を断つには,ライオスを殺した者を見つけなければならない。犯人探しにのりだしたオイディプスは,求める犯人がほかならぬ自分自身だったことを知る。オイディプスの素性がわかったために,イオカステは首を吊り,オイディプスも母のブローチで目を突いて盲目となる。

解説:レビ=ストロースは,オイディプスの伝説の核心として,スフィンクスのエピソードに注目する。オイディプスは,スフィンクスを退治した褒美としてテーパイの王となり,先王の后を妻とする。つまり,皮肉にも,スフィンクスの謎を解いたことが,母と近親相姦を犯すことにつながるのである。この神話的,詩的論理によれば,謎は答えのない問いとして定義される。したがって,オイディプスは,別物にしておくべきだった問いと答えを合体させたことになる。これは「コミュニケーションの行き過ぎ」の典型例である。そして近親相姦もまた,別物にしておくべきだった二つの「項」を合体させるという意味で,「コミュニケーションの行き過ぎ」と考えられる。

パルジファル伝説

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E4%BC%9D%E8%AA%AC&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

パルジファル伝説の中心のテーマは,聖杯(最後の晩餐でキリストが用いたとされる盃)の追求である。聖杯伝説を扱った,最も有名なのは,ウオルフラム・フォン・エッシェンバハの作品で,リヒャルト・ワグナーのオペラ「パルジファル」はこれに基づいている。

パルジファルは森の住人,きよき愚者,宮廷のしきたりに無知な男として描かれることが多い。パルジファルは数々の滑稽な間違いをしでかしたあげく,ついに,アーサー王の円卓の騎士に名を連ねることになる。物語の中心となるエピソードで,パルジファルは,聖杯に仕えるアムフォルタス王の城に招かれる。王はなぜか,両足に怪我をして動けない。贅を尽くした晩餐の席にいるパルファジルの前に,まず,血のしたたる槍を揚げた青年が,続いて,二人の乙女が現れた。乙女の一人は宝石で飾られた盃(じつは聖杯)を,もうひとりは料理を持った銀盃を持っている。パルジファルは好奇心にかられたが,槍についても,そうやって誰に仕えているのかも,あえて訊ねなかった。しかし,沈黙を守ろうと考えたのが,大きな間違いだった。じつは,尋ねることが期待されていたのだし,質問をしてさえいれば,王の怪我がなおっただけでなく,聖杯の地を不毛にしている呪いも解けたはずだからである。

レビ=ストロースが,ルジファルが肝心の質問をしなかたエピソードをオイディプスを破滅に導いた「コミュニケーションの行き過ぎ」と関連付ける。ルジファルの場合は,オイディプスが対決した謎とは正反対に,「質問の存在しえない答え」があったことになる。賢い英雄のオイディプスは,答えてしまったことがコミュニケーションの行き過ぎになって,近親相姦に至った。一方,ルジファルは,質問の仕方を知らなかった愚かな英雄である。貞節,不能が質問されなかった答えという言語的比喩で表される。一方,近親相姦は,答えられないままにすべきだったのに,暴力的に答えられてしまった質問という比喩で表される。

オイディプスの世界はコミュニケーションの増幅した世界である。これは,テーパイの疫病にも象徴されている。疫病は,自然のサイクルを増進,あるいは,急変させるものであるからである。コミュニケーションの行き過ぎと近親相姦は,腐敗と繁茂(疫病)と関連付けられる。逆のルジファルの世界では,コミュニケーションが中断される。自然のサイクルも中断され,不毛,永遠の冬,全てが凍って静止した世界につながっていく。

レビーストロースは,この二つの神話に変形が働いていると指摘する。レビ=ストロースのいう「普遍的神話」の枠内では,互いに逆転した骨格を持つオイディプスとルジファルの物語が,二大基本形式となる。

これで旅のしたくは念入り万全

パルジファル神話

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB

オイディプス神話

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%97%E3%83%BC%E3%82%B9

レビ=ストロースにすれば,神話にはそもそも作者はいない。また,神話を人々が意識的にアイデンティティを確立するためのものとも考えない。レビ=ストロースは神話分析について,次のように驚くべきことを述べる。「神話分析の目的は,人間がいかに思考するかを示すことではないし,そうでありえない。本書で扱う特定の事例についても,中央アジアの原住民たちが,私の取り出すような関係の体系についての理解をもっているかはいささか疑わしい。私がここで示したいと思うのは,神話が人間の中で,人間に知られることなく,いかに思考するかである」<生のものと火にかけたものより>

レビ=ストロースのこのような親和観は,レビ=ストロースの本髄である,南北アメリカ先住民の神話研究より導き出されたものです。そこでは,逆転してあるオイディプスとパルファジルの神話と同じ神話形態が,南アメリカと北アメリカの先住民神話の間にも存在していると指摘している。レビ=ストロースは,一つの神話を完結したものとは見ずに,神話の意味は一つの神話だけではわからないということを前提とするが,それは二つの分析方法として現れている。一つは,神話の筋の前後関係を無視してばらばらな出来事に切り離し,それらの出来事相互の関係を探して並び変えて,いくつかのグループにして,そのグループのあいだの関係を考察するという手法である。(オイディプス神話等の挿話集成型の神話の場合)

そして,もう一つは,どこかに似ている他の神話や異伝を出来るだけ多く集めてグループにして,その神話群全体について,いくつかのコードにそって,神話と神話のあいだの論理的な諸関係を考察するという手法である(南北アメリカ先住民神話の,異伝が別の神話として語られるタイプの神話の場合)後にあげた神話では,神話のあいだに変わらない次のような構造が見出される。すなわち,近親相姦のような不当で過多な接近が,それとは逆に過多な分離を起こし,さらにその分離した対立項をふたたび結合させて媒介する新たな要素が現れるという通時的軸に並べられる諸要素のあいだの関係の総体が,その不変の構造である。<レビ=ストロース入門>より

「神話論理」が巻を進むことに異なる論理形式へと移行していくとはいっても,巻によって異なる種類の神話を扱っているわけではなく,新しい神話を扱う場合でも,以前の神話に照明を当てるような神話が付け加わっていくのであり,以前の神話群に立ち戻ることも多い.......レビ=ストロースは「不思議なパラドックスと言うべきかも知れないのですが,そしてそれを説明することが私の目標でもあるのです,地理的にはもっとも隔たった新世界の端において,神話の類似性が最も顕著に見出されるのです」(遠近の回想から)と述べている。

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