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もう一度人たらしの極意を

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 6月16日(日)15時20分12秒
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  http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/340

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E4%BA%BA%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%97&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

■人たらしになるコツ30箇条

・まずは、褒める。

・興味を持って、質問する。

・嘘をつくときは、相手が気持ち良くなる嘘をつく。

・ハッタリを利かせるためには、自分に対する自信も必要。

・ロジカル一辺倒だけは、人間はなかなか動かない。人の情感的な部分をくすぐること。

・相手と別れるときのタイミングは、会話が一番盛り上がったときが良い。相手があなたに、また会いたくなる。

・アイデアをもらったり、人を紹介されたりした場合は、対価(お金、情報)で感謝の心を示すこと。

・ひたすら話を聞くことが、年上の人に可愛がられる秘訣。否定や意見は望んではいない。

・ちょっとした小さな愛でも、誰かの1日を少しだけ幸せにしてあげることができるもの。

・最初に大切なのは外見。いきなり中身は見えない。

・自分には何の取り柄もない、人から愛される要素なんてない…と思っている人ほど、優しくされるのに弱い。

・人は自分と共通点があって、且つ、個性的な人を好きになる。

・その人に対する評価は、かなり早い段階で決まる。最初の1,2ヶ月が勝負。

・一方的に押し付けられるのは、嫌なもの。

・他人の価値観というのは、基本的に変えることはできない。

・もし、説得したいのであれば、相手の価値観に配慮して相手の土壌で口説くこと。

・上から目線は、絶対にやってはいけない。

・人から押しつけられた意見より、自分で思いついた意見のほうを大切にするもの。つまり、結論は相手に出させるようにしよう。

・相手が怒ったときには、口を挟んではいけない。全部聞き終ったあとで、相手が望んでいることを聞こう。

・あいさつは、自分からしよう。

・相手に重要感をもたせることが、つまらない論争を避ける秘訣。

・自分にとって相手がかけがえのない存在だ、ということを上手く悟らせよう。

・コミュニケーションが好きな人ほど、自分と同じ意見の人を常に探しているもの。

・愚痴をこぼす人には、「でも、その中で頑張っているね」と褒めてあげよう。

・自分が悪いと思ったら、すぐに謝ろう。

・相手の長所を見つける癖をつければ、人間嫌いにはならない。

・陰口は、あなたの評価を下げる。

・約束の時間は守ろう。

・あなたの笑顔は、あなたが思う以上の価値がある。

・ありがとう、という気持ちを行動や態度で表そう。

http://www.cwo.zaq.ne.jp/coach/omnidirection/

全方向ゴマすり

秀吉が仕えた織田信長という人は、世にも稀なほど自己中心的な人だったことは、あまりにも有名だ。天才は天才なのだが、こうだと自分が決めたら絶対に変えない。逆らう部下は殺すか解雇してしまう。配下の有力な武将、つまり今なら幹部社員はみんな、「困った殿様だ、やりにくい殿様だ」と思っていた。その中で秀吉だけが、信長に気に入られてトントン拍子に出世した。ということは、秀吉は信長をあやしきったということだ。

いいも悪いもなく、織田信長をあやしきったということだ。織田信長様はこういう人だと見切ったら草履を温める。柴田勝家殿はああいう性質だ、明智光秀殿はこういう性格だ。皆それぞれお侍さんだからプライドがある。けれど、自分は尾張中村の百姓から上がってきたからプライドがない。お侍はこういうところを尊ぶのだとわかったら、その侍心をくすぐるように、「私、猿でございます」とへり下って対する。武士のプライド、武士が求めているのはこれなんだとつかんで、頭を下げてあやしていった。あやされてる方は優越感にひたって「うい奴じゃ」と引き立ててくれる。

そうやって秀吉は着々と出世していった。もちろんそのためには危ない橋も何度も渡っている。信長が要求しても危険すぎるからと誰も引き受けなかった墨股城築城など、命がけの仕事もした。それもわがままな信長をたらし込むには必要だったからで、おべっかだけで出世したのではないのである。

現代のサラリーマン、OLのみなさんにとっても、秀吉流の人たらしは有効で強力な武器になる。人たらしというのは、男たらし、女たらし、いろいろあるけれども、どこまでたらし込むかという程度が問題になる。後で恨みを受けたり、奥さんとの決別が待っているようなたらし方は問題だ。たらすか、たらさざるかの微妙な雰囲気の中でたらし込む。たらし気味というのがいいのであって、これは全然平和だ。恨みも呪いもなく、夫婦円満だから、たらし気味がいい。異性を完全にたらし込んだとなると責任が発生するし、悲劇が待っている場合もある。

男性は男性をたらし込まなければいけない。たらし込む対象の人は、自分の目上、自分の同僚、自分の部下、つまり上中下、天人地とたらす。するとたらされた人間は涙をたらして、お前は素晴らしい奴だ、いい奴だと言う。男性の場合、まず男たらしでなければならない。女性をたらす場合はたらし気味にしておく。

女性の側からはどうなのかというと、男に対してはたらし気味にして、女同士でたらし込む。人間には男と女があるので、人たらしをするにも少し調節がいる。

人たらしの一番の早道は、ゴマすりだ。あいつはゴマすりだ、と言ったら誰もほめ言葉だとは思わない。ゴマすり人間は、世の中で軽蔑され毛嫌いされる。

しかし、これはおかしい。私に言わせれば、ゴマもすれない人間がゴマすりのことを偉そうに批判してはいけない。批判する前に自分で一回すってみよ、というのだ。ストレスが溜まるし、屈辱感は感じるから、胃潰瘍になりそうになったりする。

株式会社でも有限会社でも、学校法人でも財団法人でも、ボランティアのグループでも、絶対にゴマをすらずに出世できる社会はありえない。ましてやサラリーマンやOLであれば、実力の評価では上司や同僚や部下との対人関係がものをいう。いかにゴマをすれるかという表現力や咀嚼力も必要なことなのだ。現実に人間関係によって会社が成り立っている以上、多かれ少なかれゴマすり的要素がなければ思うように仕事はすすまないし、到底出世は望めない。

ゴマすりゴマすりと言うが、見方を変えれば、相手に心地よく喜んでいただけるようにあやしているということだ。ゴマすりに問題があるとするならば、偏ったゴマすりの場合だ。あいつはゴマすりだからと嫌われるのは、目上にだけおべっかを使ってゴマをすっている人の場合が多い。目上にだけペコペコするけれど、同僚や目下の人には横柄で人を人とも思わないような態度でいたら、それは嫌われるに決まっている。一方向だけにゴマをするからだめなのだ。

正しいゴマすりの法則というのがあって、私情とか私利私欲抜きに、すべての人を思いやる心、それを基礎とし、ゴマをすることである。こういう人はもちろん目上の人にもゴマをする。でも全方向でゴマをする人は、あいつがゴマすりで、と悪くは言われない。どう言われるかというと、腰が低い人だとか、人当たりの良い人だと言われる。人格者だとか人柄がいいと言われたりする。どれも最高の人物評価だ。

おべっかも同じだ。相手の気持ちを良くさせる言葉を、上にだけ言っているとおべっかになる。自分の同僚や、若い目下の人に対しても、声をかけてあげられる人は、おべっか使いとは言われない。

こういう素晴らしい人、全方向ゴマすり、全方向おべっかの人は、神様の覚えもめでたい。そもそも神様のお祈りの言葉である祝詞(のりと)をみたら、全部神様へのゴマすり、おべっかであるとも言える。神道だけではない。バイブルを見ても、イエス・キリストやマリアさんに対するおべっかとゴマの塊だ。

仏典を見ると、文殊菩薩や不動明王やお地蔵さんをほめたたえるお経がズラーッと並んでいる。観音経では観音様がいかに素晴らしいのかと、あの手この手で、よくもここまでほめちぎれるなというくらいほめあげる。それが観音経だ。それで観音様もその気になってくださるわけだ。バイブルも、コーランも、お経や経典も全部善意のゴマすりである。

ゴマすりやおべっかは、それ自体は善でも悪でもない。善か悪かはそれをどういう目的でやるかで決まる。要は、多くの人の幸せのためにゴマをすり、おべっかができるかどうかなのだ。

『超一流のサラリーマン・OLになれる本』 深見東州 2001年 たちばな出版

管理人注:カバン持ちでも日本一のカバン持ちがいる。そうやって信頼を勝ち得て人は相手から金を掠め取るのです。

人の二倍働いている人が報われないわけ..........

http://success1.yanaq.com/index.php?%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BA%8C%E5%80%8D%E3%81%AF%E5%83%8D%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%81%8C%E5%A0%B1%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%91

私は、人の二倍は働いているのに、なぜか金とは縁がなくて・・」などと嘆く人がいます。「働き者」や「努力家」が、すべてそれ相応に報われるわけではありません。むしろ、朝はだれよりも早くから、夜はだれよりも遅くまで、一生、額に汗して、働いたとて、せいぜい先祖伝来の田畑を守りきれるか、「うさぎ小屋」の家一軒も残せるかどうか・・というところでしょう。虚しくなります。

しかし、一方に、「成功者」といわれる人たちがいるのも、また事実です。文字どおり「裸一貫でスタートし、トントン拍子で莫大な財産を築き上げ・・」という人を、私は大勢知っています。彼らは、一般に賞賛されるような、「働き者」とは違います。確かに、働き者、努力家でもあったでしょう。しかし、「人の二倍は働いて」も、自分の力、自らの持てるものには、限界があります。

ほとんどの成功者(物質的に成功を遂げた人)は人の力と、人のお金を生かして、富と名声を築き上げたのです。いかに人のふんどしで相撲がとれるか。他人の財力と能力を使いこなす、それだけの器量がなければ、「成功者」とはなれません。

「金の力」と「人の力」、このどちらが欠けても、成功は得られない。金を集める力はあるが、人心を集める魅力がない。逆に、人望は厚いものの、金銭的苦労がつきまとう。これでは、一時的な発展はあっても、最後は、金にも人にも見放されます。「新進気鋭の経営者」「時代の寵児」などとスポットライトを浴びながら、「金の力」と「人の力」のアンバランスから、失敗、失脚していった人たちの名を何人もあげることができるでしょう。

歴史上の人物を思い起こしてください。あとでまたお話しますが、天下をとった豊臣秀吉、徳川家康などは、現代でいえば、経営者として「成功」した人物です。織田信長や石田三成などは、人心をつかみきれずに、志なかばで失脚しています。また、「立派な人物」としてあがめられながら、財を得られずに消えていった無数の人々がいるはずです。人の力と金の力をバランスよく活用してその相互作用ではじめて成功者になれるのです。

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