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目から鱗の本物探し

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 8月16日(金)09時38分56秒
  通報 返信・引用 編集済
  よく見たら拙稿のコピペであった(笑)

http://blog.livedoor.jp/hyouhei03/archives/2008-09-06.html

上記ブロガーの拙稿へのコピペは2007年ごろから始まりある時コピペは止めるようにメールしたところ態度が急変した。

「おおまに」というコピペ専門のサイトがありますが,ここでもコピペは止めていただきました。

下記はコピペのコピペ

http://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=51209#more-51209

これもそうですがよくまとまっています。ちゃんと解説もついています。

http://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=50235

陰謀論は真実

http://ameblo.jp/alice-astrology/entry-11592808027.html

イスラエルは3.11以前に人工地震の実験を行っていた.....

http://macroanomaly.blogspot.jp/2009/08/blog-post_7905.html

フリーメーソンとは何か その4

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/244.html

よく読まれている記事.....あと48時間

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/307.html

参考ブログ

http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/4098ed823dc3f30af046dac3c625a4ba?fm=entry_awp

一番古い姿としての諏訪信仰・・朝鮮と古代日本(5)

諏訪信仰の問題

長野県茅野市の諏訪大社上社本宮に近い「神官守矢資料館」に一歩足を踏み入れれば、諏訪信仰が縄文以来の狩猟民の信仰であることが、あるいはそれが基層にあることが一目でわかる。

神撰として神に供された鹿やイノシシの頭が壁一面に展示されていて、目を奪われるからである。

「諏訪大社」では、4月15日の「御頭祭」、8月26日から28日の「御射山(みさやま)御狩神事」をはじめ、年間に4度も狩猟にかかわる神事がある。

とりわけ、諏訪神の神霊を奉じて、神使いを諏訪地方一帯に派遣する「御頭祭」では、鹿の頭が75個も神に供えられるのが、かつては慣例になっていたという。

「諏訪大社」は、「みしゃぐち神」をいただく土着の勢力を、外部・・おそらくは出雲方面・・から入ってきた建御名方命を奉じる人々が制した歴史をふまえて成り立った、と一般に解されている。

社家は、神氏が首座を占めて代々大祝をつとめてきたのに対し、建御名方命の勢力に抵抗した洩矢神(もれやしん)の後裔とされる守矢氏がその下位にあって、上社の神事、とりわけ「みしゃぐち神」の神事を掌握してきた。

「みしゃぐち神」は、上社の前宮の祭神であり、今も「総社御左口神」が守屋家の屋敷の中の、小さいながらも鬱蒼とした森の中に祀られている。

「みしゃぐち神」は、諏訪地方を中心とした中部地方、関東地方に主として祀られている古層の神で、柳田国男が「石神問答」で探究のテーマとした神だが、その信仰の実態はまだ十分に解明されてはいない。

「みしゃぐち神」は、石を神体とするところが多いところから、石神であろうとされるが、石を祀らない「みしゃぐじ神」もあるため、柳田はこの説に反対している。

再序刊に「あれから信州・諏訪社の「御左口神」のことが少しづつ分かってきて、これは木の神であったことがまず明らかになり、もうこの部分だけは決定したと言いうる」と書く。

「みしゃぐち神」が、樹木や森ともかかわりの深い神であることは確かで、先日の「御頭祭」では、行く先々の村の「たたえ」と称する斎場で、神霊を降ろして祭祀を行った。

「たたえ」には巨木がそびえ、「諏訪神社」の「たたえ」は神のよりましとなる樹木であるとした。

「みしゃぐち神」は、一般に社殿を持たず、小さな祠に祀られることが多い。

そこには決まって神樹があり、樹下のほこらの中に神体として石棒が祀られているのが、「みしゃぐち神」の典型的なありようである。

そしてその石棒の中には、縄文時代のものもあるのだ。

「みしゃぐち神」の信仰は縄文中期以来の、自然神の古い相貌を呈しているようであり、「諏訪明神」侵入前に存在した原始信仰ともいうべき信仰で、縄文期のシャーマニズムの色が濃いのである。

そして社殿をもたず、樹木や石に降りる神という点で、沖縄の「御嶽」や済州島の「堂」の神と通うところがある。

「上社」では12月末から3月にかけて、「御室の神事」が行われる。

秘儀とされていて、詳しいことは分からないが、前宮神原に大きな穴を掘り、柱を立て、垂木で茅葺の屋根をささえ、竪穴住居のごとき室を作る。

12月22日に「御室入行事」があり、大祝と神長が室の中に入る。

そしてそのあと、わらでつくった蛇体が入れられる。

一つは男性のみしゃぐち神の、一つは女性のそそう神を現し、室の中で蛇神同士の神婚が行われるらしい。

「諏訪明神」が蛇神だとは古くから言われていたことで、南北朝のころ成立したとされる「神道集」の中の「諏訪の縁起」で、すでに語られている。

こうした神事を見ると、「諏訪大社」の蛇神信仰が、中古を超えて、はるか縄文の時代へとつながってゆくように思われる。

西郷信綱は「「みむろ祭り」は、縄文の伝統をたっぷり背負っている点で、日本で最も古い形式と中身を持つ祭式と断じて誤るまい」と言う。

「諏訪大社」の「御柱祭」も、その起源は縄文時代にさかのぼるのではないかという意見が多い。

御柱に似た、縄文時代の巨木の列柱遺跡が、三内丸山をはじめ、次々と発見されたためである。
            (引用ここまで)

日本の深層を探ろうとすると、いつもこの諏訪と縄文と蛇と樹木というテーマに戻ってきてしまうように思います。

そして、それより先へは、なかなか進めないように思われます。

人間の意識の限界点、臨界点なのかもしれません。

文明の成立する瞬間に至るのであり、そこから向こうは、野生としての人間が山野を歩いているのであろうと思います。

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