teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:1711/3607 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

約束の地

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 9月26日(木)17時21分43秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://perimari.gjpw.net/majick/%E3%82%B5%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%81%AE%E8%99%90%E6%AE%BA#comment1

関連記事:預言の終焉

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2096

今を遡ること60余年、約束の地にイスラエルが建国された。私はこの時にキリスト教とユダヤ教を合体させるシステムが完成されたと思う。イスラエルは約束された地への帰還ではなく、キリスト教徒とユダヤ教徒がコインの裏表として機能するためのプロミス・ランドとなっている。イスラエル建国宣言に対して打てば響くように答えた唯一の大国アメリカは、キチガイ沙汰ともいえる巨額の軍事費をイスラエルつぎ込んで行く。イスラエルは見る間に軍事大国に変貌していく。その陰にはいわゆるユダヤロビーの蠢動があったといわれていが、しかしユダヤロビー=ユダヤ教徒とは限らないのである。私は狂信者の化けの皮を被って、キリスト教徒とユダヤ教徒を自在に操る覚めた集団がいると考えている。

イルミナテイ人委員会、フリーメーソンのピラミッド階級、すべてを見通す目、ユダヤ悪魔教、シオンの議定書、タルムードを小道具として用いる、信仰を持たない非常に冷徹な一群、おそらく100人にも満たない真の寡頭勢力がいると私は考えを改めている。つまりキリスト教徒とユダヤ教徒の二元対立はmajickのタネで、真のマジシャンはユダヤ悪魔教徒をネタとして使う、彼ら覚めた一群であると。マジシャンたちは二元対立のバリエーションを自在に操る。その一例がサブラとシャテイーラの二つの難民キャンプ虐殺である。この事件の真相を知るとき、キリスト教とユダヤ教の対立は建前に過ぎず、両者はすでに60余年前に合体していることが分かるのである。

1982年9月ベイルートで3日間に渡ってパレスチナ難民が虐殺される。キリスト教徒がユダヤ教徒の協力の元に、老人子どもを含むパレスチナ難民をカサハ(切り刻む)したのである。虐殺の最中のキャンプに命懸けで入った日本人フォトジャーナリストがいた。

広河隆一写真・編『ベイルート1982年 イスラエルの侵攻と虐殺』より

広河隆一の証言

9月18日、午前8時に、イスラエル軍がサブラとシャティーラのキャンプを包囲したと聞いたので、私は西ベイルートのホテルを出て、キャンプに向かった。キャンプに着いたのは午前8時20分か30分だった。二つのキャンプの中に入ろうとすると、イスラエル製の二大の戦車が、砲台をキャンプの中に向けて、閉鎖していた。ことのきキャンプ内で、銃声とブルドーザーの音がはっきりと聞きとれた。「日本人のジャーナリストだ、入れろ!」と私はイスラエル兵士に言った。だが、彼らは私を追い返した。そこで私は、東側の入り口に回ってみたが、そこも封鎖されていた。それから私は、南側の大きな通から入ろうとした。そこは、まだ燃えていた。真っ黒こげの道路で、樹木もすべて砲弾でなぎ倒されていた。それでも私はキャンプ内に少しの間だけ入ったが、人影は全くなかった。出ようとした時に、私は道路の反対側から来た人に呼びとめられた。彼はレバノン人だった。「キャンプの中でパレスチナ人が虐殺されている」と、その人は言った。彼によると、ハダドの民兵(イスラエルの指揮下で南部レバノンを拠点とするレバノン右派民兵たち)たちがキャンプのパレスチナ住民たちを処刑しているという。私は驚いて、そこへ連れていってほしいと頼んだが、行けば自分も殺されるからと言って、彼は逃げて行った。そこで、私は自分だけでキャンプに入っていかざるを得ないと考えて、入ろうとしたが、20メートルほど離れた地点にイスラエル軍の戦車が砲弾を撃ち込んだので、あやうく殺されるところだった。ものすごい爆風を感じたが、幸いにも外傷はなかった。「威嚇だな」と思ったので、そこからキャンプの中に入る計画は断念した。そのかわり何度も訪れたことのある、近くのアッカ病院に行ってみた。
そこは、パレスチナ月赤十字社の医師たちが、各地からのボランテイアの医師や看護婦たちと一緒に、パレスチナ人の病人や負傷者の治療をするところである。病院の中に入ると、中庭に戦車のキャタピラの跡があった。これは、明らかについさっきまでイスラエル軍の戦車が、そこいたことを物語っていた。病院のベッドはブツブツと真黒に燃えていたが、人は一人もいない。病院の4階と5階も、まだ煙をあげて燃えていた。一階の奥の方に、まだ火がまわっていないベッドの上に、一人の老婆がうずくまっていた。恐怖のあまり体をピクピク振るわせているが、呼んでもこちらを向かなかった。なぜイスラエル軍やハダド軍がこの病院からいなくなったのか、いまだに不明である。虐殺の現場から姿を消して、事実を隠そうとしたのかもしれない。だがイスラエル軍がキャンプの反対側にある道路を封鎖していたというのは事実だ。断言は出来ないが、私は虐殺が終わった直後にキャンプに入ったのだが、おそらくそのときに処刑者たちは、キャンプのずっと奥に移動してしまったのかもしれない。病院を出てシャティーラ・キャンプに入って、200メートルほど歩いた。左側に最初の死体を見つけた。それは、瓦礫の中で体がグシャグシャにつぶされてしまっていた。その隣にも同じ状況の死体があった。そこから50メートルほど歩いたところに、もう一つの死体があった。その時まで、これらの人々が近い距離から射たれて処刑されたことが分からなかった。なぜあんな瓦礫の中に横たわり、体があんなにひどい状況になっているのか理解できなかったのである。多分、戦争の最中に砲弾で家もろとも吹きとばされたのだろう、と私は思った............以下は残酷な写真あり

ユダヤ人とは誰か

http://perimari.gjpw.net/majick/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA%E3%81%A8%E3%81%AF%E8%AA%B0%E3%81%8B

アーサー・ケストラー ユダヤ人とは誰か

http://1000ya.isis.ne.jp/0946.html

臭いものには蓋ですか

http://perimari.gjpw.net/majick/%E3%81%8A%E5%8C%96%E3%81%91%E5%B1%8B%E6%95%B7%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%8B%E3%82%82%E3%81%AD

イスラエルのための戦争はもうゴメンだ

http://rockway.blog.shinobi.jp/%E6%88%A6%E7%95%A5/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%81%AE%E7%82%BA%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AF%E3%82%82%E3%81%86%E3%81%94%E5%85%8D%E3%81%A0%EF%BC%9F%E3%80%80%EF%BC%88%E3%81%9D%E3%81%AE%EF%BC%91%EF%BC%89

 
 
》記事一覧表示

新着順:1711/3607 《前のページ | 次のページ》
/3607