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アトランティス幻想 その3,4

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年 9月28日(土)15時13分9秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www2.odn.ne.jp/hideorospages/atlan03.html

第3話 アトランティスはどこに

(1)

 最近、フランスのある地質学者が、ジブラルタル海峡の出口付近にある海に沈んだ海底島こそが、アトランティスだと主張しているようです。この島は氷河時代の後の海面上昇で沈んだもので、水深50メートルほどの海底にあります。
 海底にあるのに、スパルテル島と名づけられているそうですが、大きさは伊豆大島よりもわずかに小さいくらい。この程度の水深なら、水中探査はそれほど難しくないはずですが、肝心の遺跡はまだ見つかっていません。ここに、新石器時代の遺跡が何か残っているはずだと、この地質学者は考えているようです。

 遺跡も見つかっていないのに、アトランティスだと主張するのは、ややお粗末な感じですが、まあ、そういうハッタリがあったってかまいません。アトランティスだと断定できる遺構が見つかる可能性が本当にあるのなら、です。

 このようにアトランティスの遺構は見つからなくても、候補地だけは年々増え続けています。今ではアトランティスの候補地は、数十箇所とも、百数十箇所ともいわれています。大西洋上のアゾレス諸島や、カナリア諸島のほか、北アメリカ説、南米説、グリーンランド説、アイルランド説、イギリスのシリー諸島説、南極説、さらに地中海のサントリーニ島説、などなどです。

 しかし、まず最初に、はっきりさせておくべきことがありますね。
 アトランティスとは、新石器文化の範囲で捉えるのか、あるいは、もっと高度な文明だったのか、という考え方の基本路線です。

 私たち人類の文明はふつう、今から1万数千年ほど前の氷河時代の終わりとともに、農耕や牧畜を開始したと考えられています。これが新石器時代の始まりです。
 土器が発明されたのはこの時代ですが、金属器はまだ使われていません。都市もまだありません。
 そういう文明の前段階が数千年間、あるいはそれ以上あって、ようやく紀元前3000年ごろ、エジプトやメソポタミアで文明が始まった、と一般的に考えられています。青銅器(金属器)が使用され始め、統一的な王権と都市ができ、文字が使われ始めます。これが文明の誕生です。

 このようなオーソドックスな歴史の流れで、アトランティスを捉えると、アトランティスは新石器時代のなかに置くしかありませんね。
 エジプトやメソポタミアより古い時代に、ちょっとした文明があったのかもしれない。今は海の底に沈んでいるけれども、何か文明と呼んでもいいものが存在したかもしれない。文明の前段階とか、あるいは、揺籃期と呼ぶべき文化ですね。
 現に、アナトリア(現トルコ)のチャタル・ヒュークや、ヨルダン渓谷のイェリコなど、非常に古い都市遺跡が発掘されています。これらはエジプトやメソポタミアより数千年前の時代です。

 よくエジプトやシュメール文明は、突然始まったかのようにいわれますが、じつは十分に長い準備期間というか、先行期間をもっています。太古の人々の交易活動は、エジプトやシュメール文明の誕生よりも、はるかに古くから始まっています。
 その頃に、アトランティスという文明が存在していても、不思議ではありませんね。そんなものがあっても、全然おかしくない。
 ただし、この場合のアトランティスは、あくまでも新石器文化の範囲内にある、プレ文明という程度です。これはこれでアトランティスに対するひとつの考え方です。


 ところが、話はそう簡単には進みません。
 プレ文明というレベルの遺跡なら、アトランティスは世界中のどこにでもあります。現在、海の底に沈んでいる多少大きめの新石器時代の遺構は、すべてアトランティスの有力候補であっていいわけです。
 ヨーロッパや、アフリカの大西洋沿岸にある海に沈んだ遺跡でもいいし、大西洋上のアゾレス諸島あたりでも、あるいは、大西洋を渡った対岸のフロリダ沖あたりでもいいですね。
 極端にいえば、インドのキャンベイ湾でも、日本の与那国島でも、いいわけです。
 そこにプラトンの記述を思わせる大規模な遺構が見つかれば、アトランティスはここだ!と宣言してもいいと思います。
 ただし、これまでのところ、それほど大規模な遺構はまだ見つかっていませんけれども・・・。


 そうではなくて、アトランティスについては、もっと重要な問題があります。そもそも新石器時代の文化として捉えてよいのか?本当にその程度のレベルなのか?
 多くの人が考えているアトランティスは、おそらく、そうではないと思います。少なくとも私は、新石器時代のレベルではまったく捉えていません。

 世界各地に伝わる神話や伝承は、なぜか似通っていて、ある共通した文明から派生したような要素があります。たいていの文明には、知識を伝えた者たちの伝承があります。そこには、かなり高いレベルに達した文明か、高い知識をもった者たちの存在が予想されます。
 ピラミッドに収められた惑星のデータは、いったいどこから来たのか?古い航海用の地図に描かれた南極大陸の地形は、何に由来するのか?これらから想像されるのは、かなり高度な文明です。
 世界各地の巨石文明は、やはりどこか似通っていて、汎世界的な広がりを感じさせますね。
 アトランティスからイメージするのは、このように汎世界的な広がりをもち、エジプトやメソポタミアの文明誕生に影響を与えたような文明です。私たちの文明に先行するマザー・カルチャー、母なる文明ですね。どうも、限られた地域だけのプレ文明のようなものではないらしい。
 そんなものが歴史のなかに隠されているかもしれないからこそ、ミステリーなわけです。

 冒頭でジブラルタル海峡の出口付近にある海底島のことを紹介しましたが、もしこの島で小さな新石器時代の遺構が見つかったとしても、アトランティスが発見された、と考える人はあまりいないでしょう。新石器文化の枠のなかでは、アトランティスの核心には届かないと思えるからです。(2005年12月4日)


(2)

 これまでのアトランティス論争で、わりと有力候補地とされてきた場所には、大西洋上のアゾレス諸島と、地中海のサントリーニ島があります。
 ほかには、グラハム・ハンコックの『神々の指紋』で改めてクローズアップされた南極説もあります。これらはアトランティスが実在した場所といえるでしょうか。

 まずサントリーニ島説は、ギリシア人の考古学者ガラノポーロスや、マリナトスが唱えたのが最初とされています。地中海のクレタ島北部にあるテラ島(サントリーニ島)をアトランティス伝説の発祥地とします。
 この島は、紀元前1500年頃、島の大部分がなくなるほどの火山爆発を起こしました。その影響で地中海に栄えたクレタ文明が崩壊したことを、アトランティス崩壊のモデルとするのです。
 したがって、この説ではアトランティスはクレタ島とされています。しかし一般的には、爆発したサントリーニ島を優先して、サントリーニ島説で括(くく)られているようです。

 この説はこれまで、わりと常識的な研究者たちに支持されてきました。1万年以上も前に、大西洋上に高度な文明が存在したなどとは、普通は考えられないので、地中海に場所を移し、その年代も歴史に合うように新しいものにしました。
 プラトンの記述ではヘラクレスの柱の向こう側、つまり大西洋上にあるとされるアトランティスの位置を、地中海に移し、また崩壊の時期も9000年前ではなく、900年前とします。プラトンは数字を一桁間違えたというのです。
 ソロンが生きていた紀元前600年頃と、プラトンが一桁間違えた900年を足して紀元前1500年とすると、サントリーニ島の爆発とクレタ文明崩壊の事実がバッチリ重なるというわけです。このように都合よく解釈しました。
 はっきりいえば、プラトンのアトランティスそのものは否定しておいて、アトランティス伝説と現代の考古学のふたつに折り合いをつけた恰好(かっこう)です。

 ところが、最近の研究によって、サントリーニ島説はかなり苦しくなっています。ヨーロッパで早くから実用化されていた年輪年代法によって、サントリーニ島の爆発年代が明らかになりました。その年代は、予想されていたよりも古い紀元前1628年でした。
 これにたいして、クレタ島の多くの宮殿が崩壊するのは、紀元前1450年頃です。年代にして200年近いズレが生じてしまいました。従来、サントリーニ島説が根拠としてきたサントリーニ火山の爆発の影響でクレタ文明が崩壊した、という考え方のモデルが成り立たなくなったわけです。
 同時に、現代の考古学によると、クレタ文明が崩壊したのは、火山の爆発によるのではなく、ギリシア人など外敵の侵入によるとするのが一般的です。
 もともと「ヘラクレスの柱の西」とあるのを、「東」と読みかえ、「9000年」を「900年」と勝手に読み変えるところが、最大の難点でしたが、さらに、クレタ文明を破壊させたという根拠そのものが崩れてしまった。

 こうなると、ずいぶん旗色が悪くなります。
 この説はもともと、アトランティスを無理に歴史の常識に合わせようとしたもので、根底には、研究者の独自の解釈があります。プラトンの記述のなかから自説に都合のいいところだけを持ってくる、あるいは、自説に都合のいいようにばかり解釈する、というようなことではダメですね。少なくとも私には、最初のスパルテル島の場合と同様、ここがアトランティスとはどうも思えない。


 もうひとつの有力候補、アゾレス諸島についてはどうでしょう。
 アトランティスの場所という点では、プラトンの記述に一番合うのは、このアゾレス諸島でしょう。ただし、この島々からは1万年前とか、数千年前というような古い時代の遺跡は見つかっていませんけれども。
 プラトンによれば、アトランティスはほとんど一瞬にして大西洋の海底に沈んだということです。その原因は、地震や火山の爆発だったようです。

 アゾレス諸島は、大地の割れ目といわれる大西洋中央海嶺の上に位置しています。世界でも指折りの活発な火山活動が続いている地震地帯です。今も海底の造山運動によって、大西洋の海底を年に2センチずつ広げているといわれています。
 アゾレス諸島の島々の多くは、このように今も活発な噴火活動を行なっている活火山です。この海域ではこの数世紀の間に、小さな島ができたり、また海のなかに消えてしまったりという妙な記録があるほどです。
 島々の乗っている狭い海台のまわりは、一挙に数千メートルの海底へと落ち込んでいます。
 もし、本当にアトランティスという大きな島が、この付近に存在したとすると、その場所は今では水深5000メートルもの海底になっているわけです。
 しかし、いったいそんなことが可能なのでしょうか。海から出ていた巨大な島が、一挙に数千メートルもの深い海底に沈む。そんなことが本当に起こるのかと思ってしまいます。(2005年12月12日)


(3)

 今日はクリスマスで、おまけに日曜日で、年末ですから、世の中はさぞや楽しい気分にあふれていると思いますが、私は花に水をやるくらいしか特に予定がないものですから、大好きなアトランティスのことでも考えることにしましょう。

 さて、アゾレス諸島についてですが――
 アゾレス諸島とか、もう少しヨーロッパに近いカナリア諸島とか、大西洋中央海嶺の上に位置する島々が、かつて巨大な島であったことが本当にあるのか?あの島々はアトランティスの名残りなのか?はたして、そんな可能性があるのか、ないのか?
 数年前、そういう疑問を海洋地質学者の平朝彦さん(東京大学海洋研究所教授・当時)に尋ねてみたことがあるのです。ちょうど海底遺跡関係の本を作っていましたので、その取材というかたちでした。
 すると、平教授は、「アトランティスのことはよく知りませんが」
と、慎重に断ったうえで、
「火山島の場合は、噴火によって一瞬で数千メートルの海底に沈んでしまうことはありますね。沈むというより、山体崩壊ですね。磐梯山が爆発で崩れたように、火山島が爆発して、重力崩壊を起こすわけです。巨大な地滑りとなって、一挙に海底まで滑り落ちるんです。島がひとつなくなるなんてことは、世界中でしょちゅう起きています」
 なんと、このように言われる。さらに続けて、

「火山性の海山がしばしば大崩壊することは、これまでよく知られています。ハワイ列島なんかは、すでにもう半分くらいが大崩壊してなくなってるわけです。我々は残った島々をオアフ島だなんだと見てるだけで、実際には、あれの倍くらいの陸地があった。ハワイ諸島の海底には、そのようにして崩壊した巨大な山体が、5千メートルの海底に散らばっています。そういう例が世界の各地で知られています。アゾレス諸島に近いカナリア諸島でも、大きな海底地滑りが起こり、島がなくなった証拠が以前から知られています。アゾレス諸島の調査はまだ知りませんが、山体崩壊が起きた可能性は十分あるでしょうね」

 驚いたことに、可能性はあるということでした。アゾレス諸島付近にあった大きな島が、今では数千メートルの海底に沈んでいても不思議ではない、というようです。
 同教授によれば、火山島が一挙に数千メートルの海底まで落ちるような現象は、通常の地震などによる断層運動ではありえず、火山爆発のような重力崩壊でしか起こりえないということです。
 ただし、1万年前とか2万年前に、アゾレス諸島で実際にそういう事件があったかどうかは、また別です。アゾレス諸島付近で1万年ほど前に巨大な島が沈んだ証拠は、まだ見つかっていません。
 ただ、可能性だけならある、ということのようです。地質学というのは、何百万年とか何千万年という時間幅で地球の活動を調べますから、そういうスタンスで見ておく必要もありますね。

 教授の話を聞いて思い出したのは、以前読んだ本に書かれていた奇妙な報告でした。
 1970年代のはじめ頃のわりと信頼できる(たぶん、出鱈目は言っていないと思える)古代史研究家たち(C・ベルリッツ、A・ゴルボフスキー、E・アンドレーエヴァなど)は、大西洋の海底についての興味深い話を述べていました。
 大西洋海底ケーブルの修理のさいに、アゾレス諸島付近の水深数千メートルの海底から採取された岩石が、地上でしか生成されないものだったというのです。それは熔岩の一種のタヒライトという火山ガラスで、水中で急速に冷却されたものでなく、大気中でゆっくり冷えた場合にのみ生成されるということです。しかも、その年代は1万5000年前、すなわち、その年代には陸上にあったというのです。
 そのほかにも幾つか、大西洋の海底がかつて海面上に出ていた証拠のようなものを彼らは報告していました。

 正直のところ、この話を読んだときの私は、まったく真面目に受け取る気にはなれなかったものでした。1万数千年前に陸上にあったものが、なぜ今では深さ数千メートルの海底にあるのか、その説明がつかないので、アトランティスの沈没と結びつけるには、あまりにも頼りない。
 どうもおかしいと思ったのですが、上の教授の説明と合わせて考えてみると、可能性はあるということになります。
 1万数千年前に大西洋中央海嶺のどこかの火山が噴火して、一瞬で沈んだとすれば、その痕跡が今、数千メートルの海底にあってもおかしくない。アトランティスも、そのようにして沈んだのかもしれない。

 ただし、ひとつの火山島が爆発して海に沈むのと、大陸と呼べるほどの巨大な島が、海に沈むのとは、おそらくケースが違うでしょう。プラトンによれば、アトランティスは、アフリカの北部と小アジアを合わせたほどの大きさだったということです。地質学ではこれまで、大西洋上にそれほど大きな陸地が存在したとは、一般に考えられていないようです。平教授も、そこまでは言及されなかった。
 つまり、可能性がないとはいえないけれども、1万年ほど前のアゾレス諸島付近に、アトランティスが存在したとは常識的には考えにくい、ということのようです。
 前にみたようにアゾレス諸島でも、あるいはカナリア諸島でも、アトランティスを思わせる遺跡は何ひとつ見つかっていません。この島々の歴史はそれほど古くないようで、数千年前の遺跡もありません。大西洋の海底からも、アトランティスの痕跡自体が発見されたわけではありません。

 どうも、このあたりが何かおかしい。腑に落ちないですね。
 アトランティスの発見はもちろんのこと、その周辺のどこからも、アトランティスを思わせる有史以前の未知なる遺跡は、何ひとつ見つかっていない。なぜなのか。そこが一番引っ掛かる。
 これは南極についても同じなんです。(2005年12月25日)

第4話 南極説について

(1)

 年も改まったことですので、そろそろエンジンをかけて、本番モードで行きたいと思います。

 アトランティス南極説というのは、ベストセラーになったグラハム・ハンコックの『神々の指紋』によって非常によく知られるようになりました。したがって、すでに多くの方々もよくご存知だとは思いますが、もともとわりと古くからあった考え方で、1950年代後半ごろ、中世航海地図(ポルトラーノ)を研究していた米海軍水路部の海図専門家、アーリントン・マレリー大佐、さらに、米国ニューハンプシャー州のキーン州立大学で科学史を教えていたチャールズ・ハプグッド教授が、<ピリ・レイス1513年地図>などの解析から、アトランティス南極説の可能性を推論していたようです。
(イギリスの作家コリン・ウィルソンの『アトランティス・ブループリント』によると、ハプグッド自身は南極説ではなく、ピリ・レイス地図に描かれたブラジルの沖1000キロほどのところにある大きな謎の島―今は存在せず、セント・ポール島という岩礁が海面に顔を出しているだけ―こそが、アトランティスだと考えていたようです。)

 南極説の一番の特徴は、なんといっても、人類の生存はおろか、樹木も育たない厳寒の大地、氷に閉ざされた南極大陸が、なぜアトランティスなのか、というところにありますね。
 そもそも人間が住めない土地に、なぜ太古の文明が存在したのか――。
 南極説はこれを「南極は移動した」という考え方で説明します。
 1万数千年前の南極大陸は、現在のように極地にあったのではなく、もっと温暖な地帯にあった。ところが、地殻移動という地球規模の現象で、現在の位置まで急激に移動した!
 現在は2~3キロもの厚い氷床に覆われた南極大陸が、かつては文明を育む温暖な地域にあった、しかも、急激に移動した――
 えー!本当?と、誰でも思ってしまいますね。

 この地殻移動という考え方は、前述のハプグッド教授(1982年に交通事故で死去)の独創によるもので、現在は、ハプグッドの考え方を継承するカナダ人の研究家、ランド・フレマスがアトランティス南極説を唱えています。
 ハンコックの『神々の指紋』によると、世界のあらゆる海底は今では地図化され、もはやどこにも大きな陸地が沈んだような形跡はないが、南極大陸だけはアトランティスの可能性がある!ランド・フレマスの意見を知って、それに気づいた、ということです。
 ハンコックさんは、ハプグッドとフレマスのふたりの考え方に乗っかったわけですね。

 さて、ハプグッド教授の地殻移動というのは、地球表面の地殻だけがズルッと滑るような現象だそうです。「オレンジの皮が、内部はそのままに、一度にずれるようなもの」で、そういう現象が実際に起きるというのです。
 「南極大陸はかつて、現在より3200キロほど北方にあり、南極圏の外の温暖な地域に位置していた」が、1万4500年ほど前、突然、地殻移動が起こり、1000年から2000年かけて現在の位置に移動した。
 ハンコックやフレマスは、このように説明しています。
(ハプグッドは、紀元前1万1000年~1万年にかけての1000年間、としているようです。)

 こんな現象が本当に起きるのかどうか、というのがまず重大な疑問です。
 また、地殻移動が本当かどうかという問題と、アトランティスが南極に存在したかどうかは、本来、別問題でもあるんですね。
 でも、南極説というのは、アトランティスそのものの議論よりも、むしろ、この地殻移動の方に論点が移っているような感もあります。もう少し南極説に付き合ってみましょう。(2006年1月9日)


(2)

 アトランティスは南極大陸にあったのか――
 地殻移動のような現象が本当に起ころうが、起こるまいが、アトランティスは南極大陸に存在したとは思えない、と私自身は考えるのですが、それはしばらく置きまして、ハプグッドやフレマスの考え方には、かなり興味深いところもあるんです。

 地質学では一般に、2億5000万年くらい前の地球上には、パンゲアというひとつの巨大な大陸だけがあり、それが次第に分裂して移動し、現在のような姿になった――
 まあ、このように考えられていますね。

 その後の地球の姿を、もう少したどってみますと、
「1億年くらい前には、赤道あたりにチチス海という暖かい大海があり、北の大陸(ローラシア大陸)と南の大陸(ゴンドワナ大陸)とを隔てていた。この海からすべての海にむかって、暖かい海流が流れ出していた。
 南の大陸には、現在のアフリカ大陸や南米、インド、オーストラリアや南極大陸などが含まれていた。ところが、南北ふたつの大陸はやがて分裂して移動を始め、アフリカ大陸、アラビア半島、インドがユーラシア大陸にぶつかった。
 一方、オーストラリア大陸と南極大陸はひとつながりのまま南の方に移動し、今から5000万年くらい前、ふたつに分かれた。その頃から冷たい海流が南極をめぐるようになり、これによって南極大陸に冷気が閉じ込められるようになった。南極大陸の氷床はそこから発達を始めたのではないかという意見もある」
(参照:エンカルタ百科事典ほか)

 大体、こういうことのようです。
 南極大陸は何千万年もかけて現在の位置に移動してきたと、ふつうは考えられているようです。
 これが大陸移動説とか、プレートテクトニクスという考え方で、地球の表層は十数枚のプレートでできており、それらがぶつかり合ったり、もぐりこんだりしている。その動きは、年間で数センチの規模とされている。
 ところが、ハプグッドやフレマスの考えでは、地球の活動はプレートテクトニクスだけではなく、地殻がズルッと滑るような事件も起きるという。しかも、わずか1000年か2000年の間に、3000キロも南極大陸が移動するという。これが事実なら、とんでもない事件ですね。


 ちょうど今から10年ほど前、ハンコックさんの『神々の指紋』が日本でもベストセラーとなり、大きな評判になっていた頃、私はある科学雑誌で古代文明のページを担当していたのですが、編集部でもハンコックさんの本が話題になり、「うちでも特集企画として、大洪水をやってみようか」という話になりました。
 地殻移動の可能性は本当のところはどうなのか?それを知りたかったんですね。
 そこで、何人かのスタッフが分担して、地質学、惑星科学、考古学などの研究者に取材して、『神々の指紋』に述べられているようなことは本当なのかどうなのか、と聞いて回ったのです。ところが、結果は、「一笑に付された」といった感じでした。
 特に、「地殻移動」については、そんなことは起こりえないというのが専門家たちのはっきりした態度でした。常識的には地殻移動なんてあり得ない、ということらしい。それが地質学の一般的な考え方のようです。

 ですが、地質学の歴史というのは、そもそもA・ウェーゲナーの大陸移動説そのものが、20世紀初めにはまったく相手にされず、完全に忘れ去られたのち、数十年も経ってやっと復活して認められたという面もあるわけです。
 地球の歴史というような大きすぎるテーマには、まだまだ謎や不明なところがたくさんある。氷河期がなぜ起きるのかというメカニズムなども、まだよくわかっていないといわれていますね。現在の考え方はそれとしても、将来には、どんな思いがけない説が主流になっているかもわからない。
 実際のところ、地球の歴史というよりも、人類の文明の歴史くらいのスパンでも、まったく予想もできなかった事件が起きていた可能性だってあるかもしれない。

 たとえば、古代ギリシアの歴史家、ヘロドトスの『歴史』には次のような奇妙な記述があるのです。

「これまでの本書の記述は、一般のエジプト人および祭司たちの語ったところに従ったものであるが、それによって明らかになったことは、初代の王から最後に王位に就いたヘパイストスの祭司に至るまで、341世代を数え、(略)合計は1万1340年となるが、この間神が人間の姿をとって現われたことは一度もないという。(略) またこの期間中、太陽が4度その正常の位置より外れて昇ったという。現在太陽の沈んでいる方角から昇ったのが2度、現在昇っている方角へ沈んだのが2度あったというのである。しかも、エジプト国内ではその際に何の異常も起らず、陸や河からの収穫物、病や死に関する事柄にも影響は全くなかったという」
(巻2・142 松平千秋訳 岩波文庫)

 なんと、太陽が西から昇ったことがあるという!
 同じくプラトンも、問題のアトランティスについて述べた『ティマイオス』の冒頭付近で、こんなことを語っています。

「かつて太陽(ヘリオス)の子パエトンが、父の車に馬を繋いだものの、これを父の軌道に従って駆ることができなかったために、地上のものを焼きつくし、自分も雷に撃たれて死んだという、この話は、神話の形を取って語られてはいるが、その真実のところは、大地をめぐって天を運行するものの軌道の逸脱と、長期間をおいて間々起こる、大火による地上の事物の滅亡のことにほかならない」
(種山恭子訳 岩波プラトン全集)

 このような記録がけっこうあるわけです。
 エジプトやギリシアだけではなく、中国や、インド、南米、北米など、ほとんど世界中の民族には、予想もしなかった大異変とか、天変地異の記憶があるようです。どうも人類のなかには、そんな記憶が残っているらしい。でも、いったいそれがどんな事件だったのか、今でもまだよくわからないんですね。(2006年1月11日)


(3)

 このような記録のうち、ヘロドトスの記述について、もう少しみてみようと思いますが、ヘロドトスによれば、
「この期間中、太陽が4度その正常の位置より外れて昇ったという。現在太陽の沈んでいる方角から昇ったのが2度、現在昇っている方角へ沈んだのが2度あった」
ということです。
 エジプト人やエジプトの祭司から聞いた話として、そんなことがあったというのです。

「現在太陽の沈んでいる方角から昇ったのが2度、現在昇っている方角へ沈んだのが2度あった」
 これは、東から昇り西に沈むはずの太陽が、じつは西から昇り東に沈んだ時期が2度あった、という意味ではないかと思います。
「太陽が4度その正常の位置より外れて昇った」
ともいうことですから、太陽の昇る方向は、東→西→東→西→東、と4回変化した。
 おそらく、そういうことを言っているのだと思います。

 ただし、ヘロドトスの記述は歴史的な事実を伝えているのか、あるいは、話を空想的に盛り上げているだけなのか、真実のほどがわかりません。ですから、まったくのホラかもしれない。そんな可能性も十分あるわけです。
 しかし、もし仮に、ヘロドトスが何かの真実を伝えているのであれば、東から昇って西に沈むという太陽の運行にも、じつは異変が起きる可能性がある、ということになりますね。
 私たちには常識以上の大前提である「太陽は東から昇る」という真実も、ひょっとしたら、真実でないときがあるのかもしれない。

 まあ、あまり考えたくないことですが、ヘロドトスによれば、「太陽が西から昇り東に沈んだことも2度あった」という。
 しかし、太陽が西から昇る、とはどういうことなのか――

 これはまず、地球が上下さかさまにひっくり返ったような事態が考えられますね。宇宙には上も下もありませんから、上下さかさまになるという表現は変ですが、北極を上に、南極を下に考えた場合、上下がさかさまにゴロンとひっくり返れば、たぶん、太陽は西から昇ることになる。そうなるのではないか・・・。
 私としては、まず、そう考えてみたのですが、これはどうも違うらしい。地球が上下さかさまにひっくり返ってみても、地上から見るかぎり、太陽の昇る方向は変わらない。そうなのではないか、と思います。(北半球でも、南半球でも、太陽が東から昇ることに変わりはありませんから)

 むしろ、太陽が西から昇るのは、地球の自転の方向が逆になるような事態ですね。現在とは逆方向に地球が自転を始めれば、間違いなく太陽は西から昇ることになる。
 そういうことが起こり得るかどうかはともかく、回転する方向が逆になれば、地上から見る太陽は西から昇り東へ沈むことになる。
 パニックになりそうですが、そういうこともあるかもしれない。

 よく「地球の磁場が逆転する」というようなことが言われますね。
 地球は北極と南極を軸に自転しているわけですが、磁極の北極と南極は地理上の北極や南極とは少しずれていて、必ずしも自転軸の上に位置していない。しかも、少しづつ動いていて、たとえば北磁極は、ハドソン湾のあたりにあったり、グリーンランドのあたりにあったりする。
 さらに奇妙なのは、地球の磁場は完全に逆転することがあるらしい。磁極の北極と南極が逆転するそうです。古地磁気学からそれがわかっていて、平均して20万年に1度くらい磁場の逆転が起こるらしい。その動きが始まると、だいたい数千年をかけて逆転するそうです。
 余談になりますが、地球の磁場は現在は少しづつ弱まっているそうで、あと1000年か2000年したらゼロになるともいわれていますね。

 地質学の世界では、そんなことがいろいろと言われています。
 私は地質学や惑星科学の専門家ではないし、その方面の詳しいことはわかりませんが、あくまでも素人考えでいえば、磁場が逆転するとは、まさに地球の自転方向も逆になるのではないか、と考えたりもするわけです。――以下、次回。できれば明日。
(2006年1月13日)


(4)

 地球の磁場が逆転する――、磁極の南極と北極が入れ替わる。といっても、これは20万年に一度くらい起きる事件で、しかも、それに要する時間は数千年といわれています。規則性や周期性もほとんどないそうです。
 ここから考えてみると、ヘロドトスがいうような1万年くらいの間に、太陽の昇る方向が4回も変わるようなことは、ありそうもない。そんな短期間に磁極がくるくると逆転を繰り返したり、自転方向が変わるようなことはありそうもない。(磁極の逆転が、そのまま地球の自転方向の変化になるかどうかは、まだわかりません・・・)。
 しかし、宇宙や太陽系に何か突発的な事件が発生して、そんなことがあったかもしれない。
 ヘロドトスがわざわざ書き残しているくらいですから、そのような可能性まで完全に否定することはできない。このあたりは何ともいえないところかと思います。

 また、地球の自転方向が変わる――などということも、ふつうはありそうもないことですが、しかし、私にはちょっと気になっていることがあるのです。
 ずっと以前、占星術に凝っていたことがありまして、その方面のいろいろな本を読んでいたとき、ある専門書のひとつに、どうも奇妙なことが書いてある。
「古代エジプトの初期の時代には、どうやら星座の動きを逆方向に見ていたようだ」
 そのような話があったのです。

 そのまま引用させていただくと、次のようなものです。
「ごく最近になって、サイドリアル占星学の大権威者、シリル・ファガンが、エジプトの初期の占星学を研究しているうちに、古代のエジプト占星学における室区分は、12室区分法ではなく8室区分で、しかもドデガトポスのように室区分の順序は時計の針と反対回りにカウントされていたのではなく、時計の針と同じ方向にカウントされていた、といいだしたのである。このファガンの占星学におけるコペルニクス的転換は、世界の占星学研究家の間に大波紋を呼び・・・」(『現代占星学』植田訓央著 P70)

   ここでは、専門的な内容に立ち入る必要はないでしょう。このなかの「時計の針と同じ方向」だの、「反対方向」だのというのは、現代の星占いなら、おひつじ座→おうし座→ふたご座、という方向で見ていくのに、古代エジプトでは、おひつじ座→うお座→みずがめ座、と逆方向に見ていたらしいと、この大権威者はいい始めたらしい。そういうことらしいのです。

 これは何か、地球の自転方向というようなことにも関係するかもしれない。地上から見上げる星空の動きが逆であれば、黄道12星座も現在とは逆の動きになる。つまり、おひつじ座→うお座→みずがめ座、という方向で進む。
 ヘロドトスの記述を覚えていたものですから、そのあたりがわりと気になったわけです。太陽の昇る方向が逆だった時代の影響が、まだ古代エジプトの初期の時代には残っていたのではないか・・・。そんなことを考えたりしました。しかし、それ以上のことは、私にはわかりません。

 ずいぶん変な方向に話が進んできましたが、いずれにしても、私たちが予想もしないようなことが過去に起きていた可能性はあるに違いない。

 ところで、磁極の移動ということに関連していえば、最近では、ポール・シフトという考え方をする人たちもいますね。
 ポール・シフトとは、地球の自転軸そのものが移動(傾斜)する現象だそうで、地球の磁場だけが変わるのではなく、地軸の変化も同時に起こり、地球の回転軸(自転軸)が傾斜する、ときには大幅に変化する、というようなことらしいです。
 地球の回転軸が変化するとは、またものすごい考え方ですね。

 これはしかし、ハプグッド教授の「地殻移動」の考え方とどこか似ています。地球がゴロンと傾いてしまう、いわば、北極と南極を軸に回転していた地球が、まったく別の軸で回転を始める。両極が移動するという点では、ポール・シフトと地殻移動は、結果としては同じかもしれません。
 ハプグッド教授の地殻移動では、1000年から2000年で南極大陸が3200キロも移動するという、まあ、現実には起こり得ないような現象を想定していますが、ポール・シフトは、ひょっとすると、もう少し可能性はあるのかもしれない。
 最後の氷河期である2~3万年前のヴェルム氷期には、ヨーロッパの北部や北米大陸では、大きな氷河や氷床の発達が見られますが、寒いはずのシベリア東部には、あまり氷河が発達した形跡がないといわれています。このような氷河期の謎も、あるいはポール・シフトで説明できるのかもしれない。
 しかし、このポール・シフトという考え方――、実際のところはどうなんですかね。(2006年1月14日)


(5)

 よく知られているように、地球は太陽を回る公転面にたいしてまっすぐに立って自転しているのではなく、約23.5度傾いた軸で回転しているそうです。この自転軸は約2万6000年の周期で円を描いて動く。いわゆる歳差運動ですね。
 地球の自転軸の両端は、いうまでもなく北極と南極です。自転軸と地表が交わるところが南極点であり、北極点となるわけです。厳密に観測すれば、この南極点や北極点も安定はしていないそうですが、その変化はごくわずかなもので、無視しても差しつかえはない。地球は両極点を軸に回転していると考えてよいようです。

 で、地球の形はというと、やはりこの回転の影響から(遠心力なんでしょうね)、両極方向の半径の方が赤道半径よりも短く、上下に押しつぶした楕円球の形をしています。極半径の方が、赤道半径よりも20キロほど短いのですね。
 さらに、もっと地球の形を細かく調べると、北極の方には突き出し、南極では窪んでいるそうです。極端にいえば、イチゴのような形ですね。イチゴの先端の尖った方が北極で、ヘタのある方が南極。宇宙から見た地球の写真は、ほとんど完全な球体に見えますが、厳密にいうと、そういう形になっているようです。

 これは南極大陸には地球全体の90パーセントといわれる巨大な氷が乗っており、その重さで地球を押している。そのために、南極の地形は地球全体から見ると窪んでいる。
 それに対して、北極には陸地がなく、氷山が海に浮かんでいるだけですから、地球そのものへの重さはかからない。したがって、北極方向に地球の形は突き出している。おそらく、こういうことになるんだと思います。

 まあ、あれやこれや本や百科事典なんかで仕入れた知識では、そういうことらしいです。
 地球の形は、極半径が赤道半径よりも短く、北極方向に突き出し、南極では窪んでいる。これはつまり、両極を軸に回転しているために、長年かかって、こんな形になったものでしょう。
 すると、いったいどれくらいの時間をかけて、現在の地球の形は出来上がったのか?それがポイントになりますね。現在の自転軸は、どれくらいの期間にわたり続いているのか――
 専門家ではないので、私には力学的な計算はできませんが、地質学的な年代を考えても、よいのではないでしょうか。おそらく、数百万年というような造山運動のレベルではないでしょうか。(一番長い時間を想定すると、プレートテクトニクス理論で、南極大陸が現在の場所に移動してきた数千万年前から、ということになるでしょう・・・)
 少なくとも、私たちが今、問題にしているような人類の文明史のタイムスケール、1万年前とか、あるいは、せいぜい5万年前、10万年前という時間幅ではないでしょう。ホモ・サピエンス、私たち新人が登場して以降くらいは、間違いなく地球は、現在の南極と北極を軸にして回転してきた。そう考えてよいのではないですかね。
 つまり、自転軸の両極はその期間は移動していない――

 同じような話で、南極大陸の氷床が形成され始めたのは、いったいいつごろか?という議論がありますね。 これは南極からアイスコアを採ってきて、調べたりしています。
 従来は、南極の氷床ができ始めたのは、南極大陸が現在の位置まで移動してきた数千万年前くらいから、と考えられていたようです。ところが、20世紀末ごろには、南極横断山地の氷河堆積物を解析した結果、300万年前くらいではないか、という説が出てきたり、もっと最近では30万年前とか、10万年前というような説もあるようです。
 データが不足していて、どうもまだはっきりしたことはわからないようなんですね。
 太古の地球環境も、現在と同じような気象だったかどうかはわからないので、不明な点もあるのでしょう。

 しかし、南極の氷床のコアサンプルについて、わりと最近の新聞報道などでは、次のように書いてあります。

「国立極地研究所と東北大学の共同研究グループが35万年分の大気を閉じ込めた南極の氷を分解したところ氷河期が訪れる周期と二酸化炭素(CO2)濃度が増減する周期がほぼ一致し、最近になってCO2濃度が急に上昇していることが明らかになった。これまでロシアのポストーク基地で掘り出された氷を使って同様に研究成果が報告されていたが測定精度や氷の純度に問題があるとの指摘があり、南極にある日本の観測拠点「ドームふじ」で採れた純度の高い氷を使った追試が待たれていた。」
(1999/12/25日本経済新聞夕刊)

 これをみると、少なくとも南極の氷は35万年くらいの時間は経っている、と考えられているわけですね。おそらく、その期間の南極はやはり氷に閉ざされていた――

 (追記 その後、「ドームふじ」の氷床は深さ3000mの岩盤まで採取され、氷床の年代は72万年前という結果が出ている。)

 両極方向で上下につぶれた地球の形と、南極の氷のコアサンプルというふたつのケースから考えてみると、南極大陸はかなりの期間にわたって現在の場所に位置していると考えてよいのではないか、と思えます。南極点と北極点、つまり地球の自転軸も、ほぼ同じ場所にあった――、そう考えるのが自然ではないか、と私は思いますね。
 ハプグッド教授が考えたように南極大陸が3200キロも移動してきたり、ポール・シフトによって両極が移動するようなことは、少なくとも私たちの文明史のタイムスケールでは起こっていない。

 あえて例外的なケースがあるとすれば、宇宙的なアクシデントなどが起こり、ごく短期間に(数年間とか数十年間)、重力や磁場の異変や、地球の軌道、自転軸、自転方向など、地球のシステムが大混乱したあと、また元の正常な状態に戻る・・・(ヘロドトスが書き残しているような)、そんな事態があったとすれば、古地磁気学のデータにも残らない事件はあったかもしれない、とは思います。

 しかし、アトランティスに関していえば、アトランティスが南極に存在した可能性はまずあり得ない。地質学からみたとき、そう判断するしかないと思います。(2006年1月15日)


(6)

 ふー、これでやっとアトランティスの話に戻ってきました。

 私は、アトランティスが実在したに違いないと思っている人間ですから、本当ならアゾレス諸島でも、南極でも、アトランティスの可能性があるのならば、大いに期待したい。いくらでもその可能性を追求したい。それは他のどの場所でも同じなんですが・・・。
 しかし、悲しいかな、アゾレス諸島でも、南極でも、あるいは他のどの場所でも、アトランティスの証拠というようなものは発見できない。可能性はあっても、現実には何の手がかりもない。痕跡のようなものすらないんですね。
 これは何かが根本的におかしいのです。

 「地殻移動が本当に起ころうが、起こるまいが、アトランティスが南極に存在したとは思えない」と、前に述べましたが、それはなぜかといえば、アトランティスの痕跡が南極だけにしか残っていないなんておかしいと思うからです。
 もしアトランティスが南極に実在したのならば、その周辺にも何かの遺跡がないとおかしい。アフリカ南端の喜望峰とか、ラテンアメリカ南端のパタゴニアのあたりとか、あるいは、オーストラリアのタスマニア島とか、ニュージーランド南島あたりですね、そのへんにアトランティスと関連づけられる遺跡がないというのが、かえって不思議です。
 もっといえば、世界のいろんな場所にアトランティスの痕跡があって当然だと思えます。極端にいえば、アトランティス層と呼べるような地層が地球に残されていてもよいはずなんですね。

 これはアゾレス諸島でも、どこでも同じです。北米大陸でも、グリーンランドでも、アイルランドでも、あるいは、サハラ砂漠でも、ゴビ砂漠でも、アトランティスがどこに眠っていようが、その痕跡はもっと広範囲に残っていてよいはずだ。そう思うのですが、そんなものは見つからない。これはやはり何かが根本的に違うのじゃないでしょうか。

 じつは私自身ももっと以前は、アトランティスはまだ見つかっていないだけで、海の底か、地上のどこかに眠っているはずだと考えていました。今でもやはりそう思うところは現にあるのですが、しかし、長年考えてみて、かえって疑問を感じ始めたところもあります。今は存在しない、海に沈んだアトランティス島にしか、アトランティス時代の遺跡がないのはどうもおかしい、と、そう思い始めたわけです。

 プラトンがいうには、アトランティスは今から1万2千年ほど前に存在した高度な文明で、外国の多くの地域とも交流を持って栄えていたという。アトランティスは大西洋上にある大きな島で、ヨーロッパや地中海だけでなく、反対側のアメリカ大陸とも交流していた。これは地球規模の大きな文明圏が形成されていた、といってもよいでしょう。

 プラトンの記述をどこまで信頼するかについては、さまざまな態度があります。根本のテキストとして、すべてを受け入れるという態度もあれば、自説に合うところだけを引っ張ってくる研究者もいます。あるいは、架空の話として、まったく信じない人もいる。
 私自身についていえば、じつはプラトンの記述を何から何まで信頼できるとは思っていません。細部はむしろ、あまり関係ない。
 今から1万2600年前という年代だって、正しいかどうかわからない。場所だって、大西洋かどうかわからない。アトランティス王国の中身については、尚更わからない。
 しかし、私たちには知られていない未知なる文明が、有史以前の遥かな時代に存在したが、今は海の底に沈んでいる――、それが大事だと思うんですね。プラトンが書き残したアトランティスの根本はそこにある。
 何か未知なる高度な文明がかつて存在した――、それで十分ではないでしょうか。
 年代をいうなら、1万年前でなくとも、数万年前くらいの範囲で捉えておいてもかまわないし、場所だって大西洋だけではなく、地球上のあらゆる場所を考えればいいんじゃないか、そう思います。
 いわば、有史以前の未知なる古代文明の総称として、「アトランティス」という名前があればいいわけですね。

 そのような文明がかつて存在したが、地球的規模の大異変によって、地球上から姿を消してしまった。アトランティス人も、アトランティスの遺跡も、すべてなくなってしまった。数万年くらいの間だったら、そんなことがあったかもしれない。
 そう思ってはみるのですが、他の地域にまったく同時代の遺跡がないというのは、やはりおかしい。そこに行き着くわけです。
 一方で、アトランティスを思わせる神話や伝説があり、あるいは、ピラミッドやポルトラーノなど、非常に不可解な遺物が残っている。これは、どういうことだろう――。(2006年1月21日)

 
 
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