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主人と奴隷の弁証法

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年10月21日(月)00時11分41秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://d.hatena.ne.jp/mmmmaolin/20091116/1258387209

関連記事:ヘーゲルの主人と奴隷の弁証法

http://www.systemicsarchive.com/ja/b/state.html


ヘーゲルの主人と奴隷の弁証法は、疎外された労働者の解放を夢想していたマルクスを感動させ、鏡像段階論を展開したラカンにもインスピレーションを与えた。主人と奴隷の弁証法は、どのような構造を持っているのか考えてみよう。

ジャック・ラカン(鏡像段階論)

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%8F%A1%E5%83%8F%E6%AE%B5%E9%9A%8E%E8%AB%96&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=


嘘をつく自我

物理学者ファインマンは、その自伝の中で、心理学の授業で催眠術にかかった体験を記述している。
若き日のファインマンは、自分は催眠術にかからないと確信しながら、催眠術師の言葉に耳を傾ける。催眠術師はファインマンを催眠状態に置き、「あなたは目 が覚めたら、教室の窓を開けます」と言う。ファインマンはそれを聞きながら、自分がそんなことをするはずが無いと思っている。催眠術師が「あなたは目を覚 まします」と言うと、ファインマンは目を開けて、自分の席に戻ろうとする。そりゃあ、窓を開けることもできるけど、それは自分の自由だ、と思う。窓を開け ることも開けないこともできる。それで、ファインマンは窓を開けてから自分の席に戻る。
この時、誰かが、ファインマンに「なぜ窓を開けたのか」と訊いたら、ファインマンは、「教室が暑苦しかったから」と答えるだろう。
ファインマンは自分が催眠術にかかったとは思っていないし、暗示に従って窓を開けた訳でもないのだから、そうとでも答えるより他にない。(こうした現象は、催眠術にかかった患者にはよく見られるものである。)
フロイトとラカンによれば、これこそが自我の根本的な性格なのである。
自我は自己の無意識を知らず、自己の同一性を維持するために、常に偽るものなのである。
自我の同一性は、自我の外部にあり、自我は自己から疎外されている。
言い換えれば、自己を他者と同一化することで、自我は自己の同一性を確保する。そうしなければ、自分の居場所が奪われてしまうからである。

「ブリキがたまたま自分がラッパだったことに気づいたとしても、それはブリキの責任ではありません。『我思う』なんて、でたらめです。私は一個の他者です。」(ランボー)

あなたは「私は一個の他者である」の意味が分かりますか?

http://okwave.jp/qa/q276345.html

ある奴隷少女に起こった出来事

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/2727

[要旨]

1820年代のアメリカ、ノースカロライナ州。自分が奴隷とは知らず、幸せな幼年時代を送った美しい少女ハリエットは、優しい女主人の死去により、ある医師の奴隷となる。35歳年上のドクターに性的興味を抱かれ苦悩する少女は、とうとう前代未聞のある策略を思いつく。衝撃的すぎて歴史が封印した実在の少女の記録。150年の時を経て発見され、世界的ベストセラーになったノンフィクション。

[目次]

1 少女時代(わたしの子ども時代;フリント家の奴隷生活;奴隷が新年をこわがる理由 ほか);2 逃亡(プランテーション;逃亡;危険な日々 ほか);3 自由を求めて(北へ!;フィラデルフィア;娘との再会 ほか)

[出版社商品紹介]

少女には戦わなければならない悪があった――。1861年に刊行後、創作と見なされてきたが、近年自伝と判明した全米ベストセラーの名作。
著者紹介

ジェイコブズ,ハリエット・アン (ジェイコブズ,ハリエットアン)   Jacobs,Harriet Ann

1813~1897。ノースカロライナ州出身の元奴隷。幼くして両親と死に別れ、12歳で好色な医師の家の奴隷となり、性的虐待を受ける。奴隷という運命にたったひとりで立ち向かった、自身のドラマチックな半生を、知的な文体で克明に記述した『ある奴隷少女に起こった出来事』を後年著す。当時匿名で出版した事情もあり、「白人知識人が書いたフィクション」と見なされ、長く歴史から忘れ去られていた。しかし近年の研究により、著者が元奴隷少女のジェイコブズであり、記載された事項のほとんどが事実であると証明されると、現代人の深い共感を呼び、ベストセラーになっている

堀越 ゆき (ホリコシ ユキ)

ジョージ・ワシントン大学大学院卒。東京外国語大学卒。少女時代をアメリカ、プラハで過ごす。現在世界最大手外資系コンサルティング会社勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)以上............

ヘーゲル=コジェーヴ読解(注:アレクサンドル・コジェーヴ(6):原社会としての「主人/奴隷」

「承認への死闘」がそのまま繰り広げられると、待っているのはいずれかの死または共倒れでした。

このジレンマを解決するのは何か。

それは、あらかじめ双方で役割分担をしておくこと。つまり出来レースを仕組んでおくこと。

それが有名な「主人と奴隷 Master and Slave」(ドイツ語では、Herrschaft und Knechtschaft)です。

従ってこれまでの論理の流れを振り返ると、人間的欲望、人間的現実は、主人と奴隷関係があるおかげで再生産されている(歴史が成り立っている)。

人間的欲望は、多様性を前提としている、つまり社会を前提としていることはすでにまとめてありますが、主人と奴隷関係はいわば〈原社会〉と言えるでしょう。

pp.8-9まとめ

--------------------------------

人間的現実が「承認された」現実となるためには、敵対者同士が闘いのあとも生き延びていなければならない。

ところで、敵対者のいずれもが生還する唯一の条件は、闘いのなかでお互いが異なるふるまいをすることである。

単純化できない、予期できない、または推論できないといった方がよいかもしれないが、闘いにおける行動の自由さのため、不等価にふるまわなければならない。

お互いが不等価に定められていなければ、闘争者は相手に恐怖し、勝利を譲り、「承認」の欲望のために命を賭すことは拒否するに違いない。

闘争者は自分の欲望を放棄し、相手の欲望を満足させるだろう。つまり、彼は相手に「承認される」ことなく相手を「承認する」のである。

それ故、この場合、相手を「承認する」とは、相手を自分の主人として「承認する」ことであり、自分自身を主人の奴隷として承認することである。

言い換えると、初期状態では人間は決して単純に人間であるわけではない。

人間は、いつも必ず、本質的に主人か奴隷のどちらかなのだ。

人間的現実が社会的現実としてのみ成り立つのであれば、社会は、主人の要素と奴隷の要素、つまり「自律的」存在と「依存的」存在を含む基礎の上に初めて人間的である(少なくともその起源では)。

そして、自己意識の起源について語るには、どうしても自己意識の自律と依存つまり主人と奴隷について語る必要がある理由はここにある。

人間が、主人と奴隷の関係に終わる闘いでのみ創られるなら、人間の進歩はそれ自体、ただこの基本的な社会関係にのみ特徴づけられるだろう。

人間がそれ相応に空間と時間を占め、人間的現実が紛れもなく普遍的歴史を刻むのなら、人間の歴史は主人と奴隷の相互関係の歴史である。

つまり、歴史的「弁証法」とは、主人と奴隷の「弁証法」のことである。

だが、「テーゼ」と「アンチテーゼ」の対立が、「ジンテーゼ」による和解というコンテクストの中でのみ意味をもつなら、主人と奴隷が共に「弁証法的勝利」を手にすることでお互いの関係は終局を迎えるだろう。同様に、言葉のあらゆる意味で歴史に必ず終わりがあり、人間が完全な存在になり、欲望が満たされて終わり、人間の科学が完全に普遍的に妥当する真理のレベルを得るなら、主人と奴隷の相互関係は「弁証法的勝利」で幕を閉じるであろう。

管理人注:Thesis+Anti-Thesis=SynThesis(正+反=合)

例えそうであっても、人間的現実は「承認された現実」としてのみ創り出され存続しうる。

人間が、他者にとっても本人にとっても、本当に人間であるのは、ひとえに他者(多くの他者。極端に言えばすべての他者)に「承認される」からである。

そして「人間」という語は、「承認された」人間的現実を語るなかでのみ、語の厳密なあらゆる意味で真理を述べるために使えるのである。

というのは、この場合にのみ人間は言葉で現実を表現できるからである。

このようなわけで、自己意識(自己を意識する人間)について以下を述べておく必要がある:自己意識は、それ自身の裡に(そしてそれ自身のために)、他者の自己意識のために存在している。つまり、自己意識は承認される存在としてのみ存在するのである。

--------------------------------

'80年代にDepeche Mode(デペッシュモード)というイギリスのバンドが放ったヒット曲に、”Master and Servant”がありました(wiki:http://en.wikipedia.org/wiki/Master_and_Servant)。

There's a new game

We like to play you see

A game with added reality

You treat me like a dog

Get me down on my knees

ボクらは新しい遊びを気に入ってる

ちょっと本物っぽい遊び

ボクはキミにイヌみたいに扱われてひざまずく

We call it master and servant

We call it master and servant

「ご主人様と召使い」ゴッコって呼んでる

「ご主人様と召使い」ゴッコだよ

It's a lot like life

This play between the sheets

With you on top and me underneath

Forget all about equality

人生ってこんなものかな

シーツの間のこのプレイ

キミが上で、ボクが下

平等なんていいっこなし

【以下略】

??下手な訳ですみませんが、こんな歌詞ゆえ、wikiにあるようにアメリカやイギリスのラジオ局では放送禁止に近い扱いにあったようです。

しかし、デペッシュモードがヘーゲルを読んでいたかは不明です

「他人の欲望を欲する」=「自分の価値が認められることを欲する」という固有の欲望を満たすために、人間は承認のためのあくなき闘争に導かれるが、この闘争をまともに闘っていたら人間全体が生存の危機に陥る。従って、最悪の事態を抑止するために〈原社会〉としての「主人と奴隷」関係が導入されることになります。人間社会は、この、いわば〈欲望の整流装置〉を条件として成り立ちます。

では「今、相手を承認した主人が、今度は承認される奴隷になる」といった役割の交代はできないのか?

答えはノーです。ここでは、なぜ答えがノーなのかを説明しています(途中まで)。

pp.9-11まとめ

--------------------------------

自己意識がより合わされて1つの統一をなすという承認概念は、理論的にはここで自己意識の進化と考えられなければならない。[それを語っている哲学者の進化ではなく、相手を承認する、または相手に承認される自己意識的人間の進化である。]

第一に、この進化とは、2つの自己意識間の不平等[すなわち、承認を得ようと対峙する2者間の不平等]という側面、または、相互に利益をもたらす承認が2つの両極端、すなわち対峙する2者に分け開かれていく側面を浮き彫りにする。

要するに一方は承認されるだけの存在として、もう一方は承認するだけの存在として、2者は対峙するのである。

まず、相手に承認されたいと欲するものは、いかなる意味からも、お返しに相手を認めたいなどと思わない。

承認されることに成功しても、相互に利益をもたらす承認にはならないだろう。

承認された側が、次に承認するようなことはないのである。

まず、自己意識とは、単純でこれ以上分けられない独立した存在であり、自分以外のあらゆるものを排することにより自己同一性を保つ。

自己意識にとって本質的な現実、かつ、絶対的な対象は「私」(「私」でないすべてのものから独立し対立するところの「私」)である。

そして、この独立した存在の直接性・即時性(すなわち、能動的、創造的過程から生成されていないこと)ゆえに、自己意識は特殊で他に類のない存在となる。

自己意識以外の存在は、本質的な現実性を持たない、否定的性質を刻み込まれた対象である。

しかし、ここでは、そのような対象も自己意識である。個人としての人間が個人としての人間と対峙するのであるから。

こうして対面することにより、この2者はお互いともに対象として存在しているのだ。

彼らは「自立した」個別の形式を持ち、意識は「動物的生」という「所与の存在」の裡に埋没している。

というのも、ここで認められるのは、単に存在するだけの対象であり、これこそは動物的生のありかたなのだ。

彼らは、「お互い」まだ絶対的抽象の[弁証法的]運動に達していない意識である。絶対的抽象の運動とは、すべての即時存在を根絶すること、また、自己同一的な所与の意識をただひたすら純粋に否定することを旨とする運動である。

上のことをさらに言い換えれば、2者ともまだ、純然たる独立した存在つまり自己意識であることが明らかになっていないのである。[「最初の」2者がはじめて対峙するとき、そのうちのひとりは相手のことが撲滅されるべき動物(や危険で敵対的な者)としか見えず、自立的な価値を示す自己意識とは見なさない。]

たしかに、2人の個人それぞれは自分自身について主観的確信を持っている。

しかし、相手についてはその限りでない。

そして、このことが彼の自分自身についての主観的確信がまだ真実にいたっていない[つまり現実を反映していない、言い換えれば、客観的、間主観的、普遍的に認識されておらず、従って存在根拠がない]理由である。

というのも、彼の[自分が自分自身であるという見当についての、また、自分に属する価値についての]主観的確信が真実であるためには、彼自身が自律的な存在であるということが客観的に認められる必要があるからである。同じことを繰り返すと、対峙している対象が、彼自身についてのこの純粋な主観的確信を示す必要があるからである。[それ故、彼は自分自身についての私的な考えを外部の、客観的な現実の中に見つけなければならない。]

しかし、承認についての概念によると、このことが可能になるのは、彼が相手を、そして相手が彼を、純粋な抽象化によって自律的な存在と認めたときのみである。

--------------------------------

まず、自己意識は、「私」以外の現実を認めることができない。

従って、2人の人間を想定したときでも、一人は他の一人のことを自己意識とは見えていない。

つまり、「私」一人の世界に埋没しているのであり、その限りで、自己意識は「主観的確信」の土俵を出ない。

自己意識は、「私」以外の何者かによって確証を与えられなければ成り立たない。それを与えるのは対峙している相手以外の何者でもない。


ヘーゲルの弁証法って何~に?

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1255847162
<h2>ベストアンサーに選ばれた回答</h2>

siorichan21さん

ご質問の参考になるかどうか分かりませんし自身もないのですが、以前、へーゲルについて調べ、まとめたノートのコピーをお送りします。

アリストテレスの論理学は18世紀のカントをして、その完全性を認められたのだが、そのわずか数十年後、同じドイツ観念論の哲学者ヘーゲルによって久々に論理学が哲学の中心に踊り出る。
アリストテレスの論理学は帰納や演繹などもっぱら個人的な推論に係わる論理を扱っていた。推論はさまざまな概念と思想とを生み出すが、それらはそれぞれの 特徴と共に限界ももち、議論や論争、観察や実験によってより洗練され、しだいに科学として全人類に共有されうる真実に近い概念の体系を築き上げる。ドイツ の哲学者ヘーゲル(1770-1831)は人の論理的な思考そのものと、人と人との議論が複雑な現象の中にしだいに真実を見出だしていく過程を弁証法とし て体系化した。
ヘーゲルによれば、ある概念Aはそれに対立する概念Bを生み、この対立はそれらを止揚する概念Cを生んでこの対立は発展的に解消されるのだという。この弁 証法的な思想の発展はこれまでたどってきた古代ギリシャの哲学史にも見ることができる。ミレトス学派の水など唯一で究極的な本質的一元論に対してピタゴラ スは大きさという直接目に見える具体的な属性を掲げて対立した。しかしこの存在としての概念どうしの対立は、エレア学派の推論重視の思想によっていわば止 揚させられている。エレア学派とソフィスト達の推論や弁論への偏向は、やがてソクラテスという倫理を重視する思想を生み、この両者の対立はやがて英知や形 而上という論理と倫理との双方を包含する概念を生み出したプラトンによって止揚されている。
哲学という世界の根源を求める思想は、一つの限られた真実を全体に拡大する誤りを常にくり返してきた。ヘーゲルもまた例外なくこの過ちをくり返している。 ヘーゲルは世界が絶対者としての精神の自己展開の体系であり、その発展の歩みが弁証法であると考えたからである。彼は宇宙を解明しつつあった人の弁証法的 思考そのものを拡大して神格化し、宇宙の変化(進化)の原因と考えたのである。
後にヘーゲルの思想を引き継いだフォイエルバッハとエンゲルス、そしてマルクス、レーニンなどは人間社会の発展や闘争の歴史が弁証法的に進化していることに注目し、資本主義的な社会形態は必然的に共産社会形態へと発展すると主張し、それを加速しようとしたのである。

以上ですがご参考になれば幸いです。

Wikiでは...........

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E8%A8%BC%E6%B3%95

http://

 
 
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