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今日は死ぬにはいい日だ

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年11月 9日(土)14時11分45秒
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  http://www.plantatree.gr.jp/academie/essay-abe-juri-01.html

関連記事:時近ければなり その28

http://angel.ap.teacup.com
/gamenotatsujin/287.html


アシール地方と聖書の世界 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/610.html

「だが塔が倒れ、人々の言葉がばらばらになったとき、死すべき者たちで全地は満ち、王たちによって分かたれた」
(『シビュラの託宣』第3巻)。バベルの塔への言及。

XはChristを表す。ギリシャ語の文字X(CHI)......内緒の話で詳しいことは言いませんがゲマトリア変換すると600,66,6となりキリストこそ666という数字が出てくる。

ユダヤ教のねたむ神の概念は『あなたはわたしのほかに,なにものをも神としてはならない』(出エジプト記第20章3節)にも見られる。出エジプト記の時代はまだイエスが誕生していませんでしたが聖書には二人の神がいるということです。

関連記事:聖書ものがたり・マタイ福音書

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/147.html

エルサレムからベツレヘムへ至る道......そのとき,占星術の学者たちが(注;あるいは3賢人ともいう)東の方からエルサレムに来て,言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は,どこにおられますか。わたしたちは東方でその星を見たので,拝みにきたのです。」(マタイ2章1~2節)

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/86.html

アーノルド・トインビーはその「歴史の研究」のなかで言います.....『勝利を得たキリスト教のパンテオンにおいて,マリアの,神の偉大なる母への変貌という形で,キュベレやイシス(ISIS)の姿が再現しているし,また戦うキリストのうちにミトラなどの面影が認められる..............なぜキリスト教は,ユダヤ教の,神は愛であるという洞察を承認し,宣言した後に,それと相容れない,ユダヤ教のねたむ神の概念をふたたび取り入れるようになったのか。それ以来絶えずキリスト教に大きな精神的損害を与えてきたこの逆行は,キリスト教がカイサル崇拝との生死にかかわる争いにおいて勝利を得るために支払った代価であった。教会の勝利によって平和が回復されたのちも,互いに相容れないヤーウエとキリストとの結びつきは解消するどころか,かえって一層強化された。勝利の瞬間に,キリスト教殉教者の非妥協的態度が,異教や異端を迫害するキリスト教会の不寛容に移行したのである。(注:特に13世紀のスペインで顕著であった)』......これが幼児洗礼を受けた後もクリスチャンになれない理由です。(他にも多くありますが)。20歳の学生時代神田の古本屋でアルバイトで貯めたなけなしのお金で「アーノルド・トインビー全集」の原語版を買って全く理解できずその後46年が経ちました。今でも私の書斎のデスクにこの全集があります。理解出来たのは最近のことです。

ホカヘー!われに続け。
今日は戦うにはいい日だ。
今日は死ぬにはいい日だ!
(夜明けへの道より)

以下の夜明けへの道は難解ですが必読です。基本はギリシャ語聖書にある。

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/index.html

シビュラの託宣 序章

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla00.html

シビュラの託宣 1/2

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla01-1.html

シビュラの託宣 2/2

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla01-2.html

シビュラの託宣 第二巻

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla02.html

シビュラの託宣 第三巻 1/4 神について

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla03-1.html

シビュラの託宣 第三巻 2/4

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla03-2.html

シビュラの託宣 第三巻 3/4

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla03-3.html

シビュラの託宣 第三巻 4/4

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla03-4.html

シビュラの託宣 第四巻

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla04.html

シビュラの託宣 第五巻 1/2

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla05-1.html

シビュラの託宣 第五巻 2/2

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla05-2.html

シビュラの託宣 第六巻

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla06.html

シビュラの託宣 第七巻

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla07.html

シビュラの託宣 第八巻 1/2

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla08-1.html

シビュラの託宣 第八巻 2/2

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/urchristentum/sibylla08-2.html

LUCIFERはラテン語訳聖書に登場する

http://www5.cncm.ne.jp/~ryuji-t/kenkyu/lucif.htm

前200年頃『ヨブ記』第11章17(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
そしてあなたの命は真昼よりも光リ輝き、たとい暗くても朝のようになる。
この節のラテン語訳は「et quasi meridianus fulgor consurget tibi ad vesperam et cum te consumptum putaveris orieris ut lucifer」である。最近になって知ったが、『旧約聖書』のラテン語版には、下に記す『イザヤ書』ともうひとつ、『ヨブ記』のこの部分にも、「lucifer」という言葉が使われていた。ただし、欽定英訳では「And thine age shall be clearer than the noonday: thou shalt shine forth, thou shalt be as the morning」となっており、『イザヤ書』と違い、完全にラテン語訳にしか使用されていない。でも、この節は「もしあなたが心を正しくするならば」、「あなたの命は真昼よりも光リ輝き、たとい暗くても朝のようになる」ということで、正義の行いをする者に対して、「lucifer」という言葉が使用されているのは面白い。

前200年頃『イザヤ書』第14章12(日本聖書協会訳『聖書』iconより)
黎明の子、明けの明星よ。あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたはさきに心のうちに言った。「わたしは天にのぼり、わたしの王座を高く神の星の上におき、北の果てなる集会の山に座し、雲のいただきにのぼり、いと高き者のようになろう。しかし、あなたは陰府に落とされ、穴の奥底に入れられる。
現在では悪魔の頂点とされているルシファーだが、聖書ではここにしか登場しない。この一節は、ヤコブが「バビロンの王をののしって」言ったものであり、本来は悪魔の話ではない。しかも、もともとヘブライ語で書かれた『イザヤ書』のこの部分は、ヘブライ語ではHelel ben Shaharすなわち「輝く者」である。紀元前後のギリシア語訳(所謂『七十人訳ギリシア語聖書』icon)ではeosphorosとなり、これが405年に聖ヒエロニムスによってラテン語に訳された時(俗に『ウルガタ聖書』という)、「明けの明星」を表すluciferとなった。つまり、聖書だけを見るなら、ルシファーという悪魔は、存在しないに等しいのである。だが、次に上げていくキリスト教の神学者たちによって、ルシファーは悪魔化していく。

神学者たちによってその意味が歪められていったのは.....陰謀論と同じゲームを隠蔽するために。

「今日は死ぬのにいい日だ」

阿部珠理

(立教大学社会学部教授)

 「今日は死ぬにはいい日だ」
 日本でも有名なインディアンの言葉である。狩猟民族のラコタ族が、戦闘に行くときにあげる雄叫びだ。勇敢な男たちは、死んでもかまわないという決意で三つ編みに編んだ長い髪をほどき風になびかせる。そして馬上で叫ぶ。
 「今日は死ぬにはいい日だ」

 インディアンには長い歴史に培われた「武士(もののふ)」の伝統があり、死ぬことを恐れないだけではなく、「潔く死ぬためには、潔く生きなければならない」という心情がある。死に方の潔さは、生き方の問題だという思想が脈々と受け継がれているのだ。インディアンはその歴史を文字で残してきた民族ではないが、その価値観や思想は生き方そのものの中に伝わっている。

 この死生観は、日本の「葉隠(はがくれ)」の精神に通じる。そこにあるのは「死に様」の美しさであり、それを重要だと考えていた日本人の思想である。死に様の美しさを求める気持ちは、突き詰めればどれだけ充実した生き方をしてきたかを表している。この人生の密度が死に方の潔さを決めるという意識が、日本人とインディアンに共通する。住んでいる場所も文化の成り立ちもまったく異なるアメリカインディアンと日本人は、究極的な価値観において通じ合うところがある。

 実際アジアから凍ったベーリング海を歩いて渡ってアメリカ大陸に到達したインディアンと日本人は、生物学的にはモンゴロイドの「はとこ」くらいの関係にある。弓の島(日本列島)に定住した日本人は、縄文から弥生時代をへて異文化と混淆し、近代には決定的な西欧化の波にのまれてゆく。一方、亀の島(アメリカ大陸)の住民のインディアンは、西洋文明の制服の歴史の中で、野蛮と未開のレッテルを貼られながら、祖先の価値観をずっと継承してきた。

 異文化を受け入れることで近代化を達成した日本人と、時代と状況が変化しようとも自分たちの価値観を頑なに守ってきたインディアン。こうした不器用としか思えないインディアンの生き方に、日本人はどこかで懐かしさと共感をおぼえてしまうような気がする。

 生き方の密度を重んじるインディアンは、日ごろの行動で人を評価する。学者や経営者といった肩書きだけで、インディアン社会で尊敬されることはない。彼らは多くを語らないが、「人の背中を見て生きてきている」のだ。

 集会、選挙など、機会あるごとにコミュニティで顕彰式が行われるが、その対象は病院の掃除夫であったり、何も職業を持たない人であったりする。私がよく話を聞くメディスンマンも、部族議会が行われる建物の清掃を仕事にしているが、顕彰された一人だ。メディスンマンは、各部族のシャーマン的存在であり、祈祷師、医師、聖職者、予言者すべてを兼ね備えた存在だ。最近では、伝統の継承者、コミュニティのカウンセラーの役割を負う。だがメディスンマンであることの絶対条件は、癒しの力をもっているということだ。病気や怪我を癒すことから、精神の癒しまで、その力のない者を、メディスンマンとは呼ばない。

 メディスンマンは癒してもお金を受け取らない伝統があるから、生活は決して豊かではない。それでも自分の生活より他者の癒しを優先する彼らが、一番に顕彰されて何の不思議もない。

 サウスダコタ州に住むラコタ族は昔から孤児がいない社会だと言われているが、それは実際両親が亡くなっても、誰かが子どもの面倒を見てきたからだ。現在でも犯罪やアルコールの問題で両親が収監された場合、親戚や近所の子どもを引き受ける例は多い。ラコタ族の保留地(インディアンが土地を奪われ最終的に囲いこまれた場所)は、アメリカの最貧地帯とされているが、それでも餓死した人の話を聞いたことがない。集合住宅で死後三週間もたって発見される「豊かな無縁社会」日本と異なり、貧しいながら人はしっかりと繋がり助け合う。人を助けたからといって自分の行いを吹聴したりもしない。平気で自慢するような恥じらいのない人間を、誰も尊敬しはしない。

 現代はどうしても物質的な豊かさであるとか、学歴といった目に見えるものに価値が見出されがちだが、かっての日本社会は、ニンゲンの内面をより重んじ、その価値を認める社会だった。日本人が失いつつある、「奥ゆかしさ」や「恥じらい」が、インディアンの生き方に触れることで、郷愁や賞賛とともに喚起されるのかもしれない。日本人はやはりインディアンが好きなのだと思う。

 多くの日本人がインディアンと馴染みになるのは、一九五〇年代の西部劇の中であったろう。だがそろいもそろって西部開拓を妨げる悪漢として描かれたインディアンに、そのとき日本人が親しみを持ったかどうかは分からない。

 日本人がインディアンを好意的に受容したのは、一九六〇年代から七十年代にかけて世界中に広がったヒッピームーブメントからだろう。インディアンをモデルにヒッピーは髪を伸ばし、はだしにサンダルで大地を歩いた。ヒッピー思想の中心に自然回帰があり、髪の毛を伸ばすのはその象徴であった。

 ひたすら利潤と効率を追求してきた近代の物質文明のひずみが世界を覆う中、自然回帰から環境保護、そしてエコロジーに対する意識の高まりが、私たちをインディアンに近づけてゆく。インディアンは太古からの「大地の守り人」として注目を浴び、エコロジーの教祖として受容されるようになる。ことに八〇年代以降、「癒し」を求める人びとがインディアンのスピリチュアリティに惹かれ、自然とともに生きていた彼らの魂の声に耳を傾けようとする。セドナやブルーレイクなどインディアンの聖地を訪ね、そのパワースポットでの神秘体験に癒しを求める人たちが出てきた。ラコタ族長老オーバル・ルッキングホースを招いて二〇〇四年に開催された「聖地富士山で世界平和を祈る」イベントには、日本中から三〇〇〇人もの人が集まった。

 私は不思議な縁からインディアンの世界に入り、毎年彼らのコミュニティを訪れる生活を続けている。彼らの現実生活は厳しく、決して褒められることばかりではない。だが、もう二度と来るものかという体験をしても、やはり来てしまう。私を呼び戻す磁場がそこにある。

 インディアンとの出会いから二〇年がたつ。ここにあるのは彼らが守ってきた万古の智慧とそこから発せられる何気ない一言、その言葉が私にもたらした気づきの数々である。決して特別なことが起きたわけではない。だが、ありきたりの日常の中に珠玉のような普遍の価値があることを、インディアンほど私に教えてくれた人々はいない。

『ともいきの思想』
自然と生きるアメリカ先住民の「聖なる言葉」(株式会社小学館) より

2010年 6月 寄稿


 
 
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