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聖書の改竄

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年12月 4日(水)15時22分7秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/index.html

管理人注:日本語翻訳で見つけるのは殆ど訳の違いくらいで不可能でしょう。英文の場合すぐ解ります。

詩篇に隠されたシェークスピアの暗号とは?これも日本語ではわかりません

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/645.html

『その『失われた時を求めて』の魚拓は......

http://megalodon.jp/2009-0318-0258-43/angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/289.html

なのですが,クリックするとすぐに消えてしまうという恐らくキリスト教の関係者によるものでしょう。それほど暴かれるのを恐れているということを物語っている。つまるところ競争者のうちの一人がほかの競争相手を滅ぼして,”唯一まことの神”として崇拝される資格を確立したのがキリスト教だったのですからね。でもそれも2150年の水瓶座までの話。

 コロサイの信徒への手紙でグノーシス主義の異端に攻撃されていることを嘆き(注:原始キリスト教を異端扱いしている),エノクを宦官(去勢された人の意味)とすることによって表の舞台から消し去った(エチオピアがアダムとイブの舞台であることも含めて)。これによってパウロはキリスト教のスターとなった。木村喜一氏の著作にもこの指摘はないし,ありとあらゆる聖書の書評にENUCHをEUNUCHと改竄したいやらしさを批判した文章はない。

ETHIOPIANS.......COME TO JERUSALEM FOR TO WORSHIP

Now an angel of the Lord said to Philip,"Go south to the road-the desert road-that goes down from Jerusalem to Gaza.So he started out,and on his way he met an Ethiopian eunuch,an important official in charge of all the teasury of Candace,Queen of the Ethiopians......

 さて,主の天使はフィリポに,「ここをたって南に向かい,エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。フィリポはすぐ出かけて行った。折から,エチオピアの女王カンダケの高官で,女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官(注:去勢された意味)が,エルサレムに礼拝に来て,帰る途中であった。<使徒言行録8:26~28>

 Book of Ethiopian Enuch(エチピア語エノク書)は偽典とされたが,あくまでEnuch をEunuch(宦官=去勢された高官)として位置づけている。第一エノク書,第二エノク書はキリスト教の正典であったが偽典とされた。それによってすべてダヴィデ崇拝に取って代わってしまった。ダヴィデの曽祖父ポアズは異邦人のモアブの女ルツからダヴィデの祖父オべテをもうけた。』

アダムとイブの世界は....で検索すると6件出てきます

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83A%83_%83%80%82%c6%83C%83u%82%cc%90%a2%8aE%82%cd&inside=1

ですからそういうことを知った上で悪意をもって改竄したのでしょう。神に誓って改ざんはないなんて日本のプロテスタントの牧師は言っていますが彼ら彼女らは全て白痴なのです。カトリックの聖書に関しては全くの無知なのです。しかしいったん牧師になるとやめられないそうです。有名ホテルの結婚式では一回一万四千円で非課税。売れっ子牧師は日に5件も10件もやるそうです。

http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-457a.html

聖書の改ざん、誤謬説、サタニストがつくり上げたペテン説を斬る

今回は聖書にまつわる事を書いてみたいと思います。要するに、巷言われている「改ざんされている」であるとか、ユダヤ=カバリストがでっち上げた作り話の偽書とかいう話です。ひどいのは「悪魔教徒のペテン」であるとか・・・

以下私の見解。ちなみに私は、口語訳を愛用してます。

また、聖書を信じない人は怒り心頭に達する人もいるかもしれないのでスルーして下さってけっこうです(-_-;)・・・それでは行ってみましょう。

確かに、翻訳の時点で誤訳などがあったかもしれない。

また聖書の訳は、新しくなればなるほど、意図的に訳が捻じ曲げられているという話も知っている。

NIV聖書では単語の削除、意図的な曲解がなされているとも聞く。

>NIV訳を始めとする最近の英語訳聖書には勝手に削除されたことば、恣意的な翻訳がまかり通っている。驚くなかれ、NIV訳においては5万語以上の聖書の単語が削除された!!

http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/index.html

No 25 より

また私は詳しくは知りませんが、「新共同約」の聖書訳は問題が多いとも聞いてます。

じゃあ、聖書は信用ならんのか?と問われるならば、答えは「否!」

確かに聖書はすべてを語っているわけではなく、隠されていることもあるゆえ、わからない箇所も多い。すべて解明しようと思えば発狂することだろう。

だからといって、我々人間にわからないから改ざんされていると言うのは説得力がない。歴史書の記述や有名な学者先生が書いた著書と聖書の記述がバッティングした場合、どちらをとるかといわれれば、私は聖書をとる。

たとえ100歩譲って、改ざん箇所があるにせよ、私には聖書以上に信頼できる書物は、世界広しといえどないと考えるし、聖書以上の絶対基準、羅針盤はないと思っている。

「人間の良心、自分の内なる声に聞け」という人もいるが、そもそも人間の良心など、ある程度は参考になるが、どうしても自分に甘くなるゆえ、アテになどならない。人によって千差万別で、そこに絶対基準を見出すことなど出来ないだろう。

よって、主イエスから直接、日本語で誰にでもわかるように教えてもらうわけにはいかない以上、私は聖書を絶対基準に、最終判断のリーザル=ウエポンにしている。もちろん、至らぬゆえの解釈の間違いはあるだろうし、その時は、間違いは間違いとして謙虚に認めようと思う。

また、このような事を書くとおもしろくない人もいることだろうが、信仰、聖霊の助けがないと、聖書を知っているというだけで、単なる知識で終わってしまう。宗教学者などがこの部類に当てはまるだろう。学問としてしか捉えることが出来ないところに限界がある。よって、正しい解釈など出来るわけがない。

。。。。。。。とまあ~、ここまでは私個人としてのオリジナル。ちょっと説得力に欠けるなあ~、インパクトが弱いなあ~ ーー;

と感じるので、最後に、とある牧師先生の書いた論評を転載します。

これぞまさしく、神の知恵、最終兵器です!

私は「蛇に睨まれたかえる」のごとく、まったく反論できなかった(-_-;)・・・というか反論する必要ないのだが(^^ゞ

転載開始~

聖書の改ざん説を嗤う

最近、ある人々が「聖書は改ざんされている」と、あたかも真実のように言っている。では伺うが、聖書のどの書のどこからどこまでが改ざんされたのか。それを正確に言っていただきたい。聖書66巻のどの書か。そのうちのどこがどう改ざんされたのか。

そういう人々は何回聖書を読んだのだろうか。私は50回以上聖書を通読したが、どこにもそのような痕跡を発見することは出来ない。聖書は非常に厳密な構成で成り立っている。どこかを直せば必ず矛盾が起るはずである。しかし、どこを読んでもそのような矛盾は発見できない。何事であれ、あいまいに、適当に、総括的に「何々だ」と、何の根拠も示さないで、あたかも真実のごとく吹聴するのは止めないか。そういうのを愚かしい迷信というのだ。大切な事を言うなら、どんな反論にも耐えうる根拠を明示せよ。

おそらく、今言われている改竄説は、デイビッド=アイクの書いたものが元になっているのだろうが、彼は元々オッチョコチョイのオカルティストで厳密な研究から出たことではない。

聖書は2000年間、攻撃され続けた書物である。批判、揶揄、騙し、時には軍隊が動員され、焚書され、所持したり、翻訳しただけで殺された。チェコ語に翻訳したヨハン=フスは生きながらに火刑に処せられた。しかし、それらのすべてを聖書は跳ね返してきた。

聖書の正確さと真実さについては古来、専門家による数え切れない論争と、厳密な審査が繰り返されてきた。それらのすべてについて調べたのか。改竄説者はそれらすべてを簡単に否定しきることが出来るほど自信をお持ちなのだろうか。

聖書の真実のためなら命を掛ける人は世界に数億人はいる。私は額に銃口を押し付けられても聖書の真実性と、正確性を信じ続ける。火で焼かれても信じ続ける。聖書の改竄について語るなら命がけで言うべきである。もしそうでないなら軽はずみに「改竄されている」などというべきではない。信仰とは命がけのものである。それだけの価値のあるものなのだ。命を掛ける価値のない信仰なら、信じる価値はないのだ。

転載終了~

 
 
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