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ナ・タナエルよ......

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年12月15日(日)17時20分40秒
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  ナ・タナエルよ 君に情熱を教えよう。それは平和な日々を送るのではなく悲痛な日々を送ることだ。(アンドレ・ジード「地の糧」より

http://members.jcom.home.ne.jp/0132339301/takaido_letter/takaido_letter_38.htm

「ナタナエル―神から与えられた者」
- ヨハネによる福音書 第1章43~51節-
牧師 七條 真明

主イエス・キリストが地上を歩まれたとき、主イエスに従って行くことになった弟子たちがおりました。

 ナタナエルもその一人です。ナタナエルは、「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ」というフィリポの証しの言葉によって主イエスを知り、主イエスにお会いし、弟子となった人物です。

 しかし、新約聖書の中で、主イエスの弟子であるナタナエルの名前が出てくるのは、ヨハネによる福音書だけです。しかも第1章以外では、もう一箇所、第21章2節に「ガリラヤのカナ出身のナタナエル」と記されるだけです。ナタナエルとは一体どのような人なのか、私たちが具体的に思い浮かべることは難しい、謎の多い人物だとも言えます。それだけに、主イエスご自身から「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」とまで言っていただいている、このナタナエルという弟子は、歴史上の人物というよりも、むしろ主イエスの弟子としての理想的な姿、弟子の理想像がナタナエルという人物に託されてヨハネ福音書に登場しているのだ、という聖書学者もいるほどです。

「ナタナエル」という名前は、「神から与えられた者」という意味の名前です。ナタナエルが生まれたとき、その親となった者も、ただそれが母親のお腹の中から生まれ出た子どもというだけではなくて、神から与えられた者として受け止めたのだろう、と想像することができます。しかし、それと同時に、この「ナタナエル」という弟子の名前が「神から与えられた者」という意味であることを思うとき、やはり「神から与えられた者」と呼ばれている存在が、このヨハネ福音書の他の箇所において、別の形で出てきていることに気づかされるのです。

主イエス・キリストが十字架へと向かわれるその前に、天を仰いで祈りをなさいました。その主イエスの祈りが第17章に記されています。「大祭司の祈り」と呼ばれる祈りです。主イエスを信じて既に弟子となった者たち、そしてその弟子となった者たちの証しの言葉によって、これから主イエスを信じて弟子となる人々のために、主イエスがとりなしの祈りを捧げてくださっています。その祈りの中で、主イエスはこう言われます。「世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与えてくださいました」。主イエスは、「神から主イエスご自身に与えられた者」として、主イエスの弟子たち、主イエスを信じる者たちを言い表しておられるのです。

その意味で、第1章に記される、主イエスの弟子となった5人の中で、最後に弟子となるナタナエル、「神から与えられた者」という名前を持つこの弟子が、主イエスを信じるすべての者たちを代表している存在として受けとめることが確かにできると思うのです。主イエスを信じ従って行く者たち、私たちも主イエスの弟子となるとき、私たちを父なる神からご自身に与えられた者として主イエスが受けとめてくださる。「神から与えられた者」、ナタナエルとして私たちを迎えてくださるのです。その幸いの中を共に歩ませていただきたい、そう切に願います。

デミウルゴスとは

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%9F%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B4%E3%82%B9

写真はネイサン・ロスチャイルド(Nathaniel Rothschild)



 
 
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