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京都大学・キリスト教学講義

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年12月19日(木)17時13分58秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://tillich.web.fc2.com/sub5h14.pdf#search=%27%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%AD%A6%E7%89%B9%E6%AE%8A%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%AC%9B%E7%BE%A9%27

関連記事:キリスト教の絶対三神と日本の造化三神

http://ameblo.jp/lightanjel/entry-10558215572.html

ケインズ・ヤフダ文書

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E7%A0%94%E7%A9%B6

ニュートンコード

http://angohon.web.fc2.com/rekisi/ni-tukahara-newtoncode.html

ニュートンの予言と極秘文書

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/885

ニュートンによる神の存在論証

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/896

神の存在証明と不存在証明

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%90_%82%CC%91%B6%8D%DD%8F%D8%96%BE&x=0&y=0&inside=1

-1-
10/27/2003
* *** S.Ashina
キリスト教学特殊研究講義

<前回>(10/6)
キリスト教自然神学とは何か-起源とその展開-
第五章:キリスト教自然神学と生命論
-生命、進化、環境-

5-2:ニュートン主義の自然神学と生命論

A.神学者ニュートンと自然科学者ニュートン

(1)ニュートン研究と宗教の問題

1.未刊行の膨大な草稿群(ケインズ文書、ヤフダ文書)の発見
→ 新しいニュートン研究、神学者ニュートン

2.我々が適切な注意を払わねばならない事実は、物理学や数学の諸問題は17世紀のたいていの人々にとって最大の関心事ではなかったし、またそれらはニュートン自身にとっても最大の関心事ではなかったことである。ニュートンは錬金術、教会史、神学、預言、古代哲学、そして「古代王国の年代誌」により多くの時間を費やしたのである。(Dobbs&Jacob[1995] p.7])

3.『プリンキピア』の総注

この至高の存在者は、宇宙霊魂(anima mundi)としてではなく万物の主(universorumdominus)としてあらゆる事物を統治する。そしてその支配のゆえに、主なる神(dominusdeus)、パントクラトール( )と呼ばれるのが常である。というのも、神とは相対的なΠαντοκρατωρ呼び名であって、それは僕(servus)に関連しているからである。そして神性 とは、神を宇宙霊魂とする者が夢想するような、神の支配が神自身の身体におよぶことではなく、僕におよぶことだからである。(Newton[Principia], p.760)

4.『プリンキピア』の神学

①神の統治や支配・主権の強調。ルターやカルヴィンら宗教改革者における神の絶対的主権の思想との類似性、更に遡って、中世後期の唯名論・主意主義との関わり(Deason[1986],p.170)。ニュートンを含めた17世紀の広義の機械論は「4世紀も以前に始められた神学の変革の頂点」に他ならないという指摘である(ibid.)。機械論哲学における物質の受動性(絶対的に能動的な神に相対して)。

②無神論論駁のための神の存在論証

『プリンキピア』の総注の「私は仮説を作らない」という有名な言葉(いわゆる実証主義的テーゼ)は、ニュートンの自然哲学全体に照らして、とくにニュートンによるデカルト批判の文脈から理解されねばならない(デカルトの機械論とそれに基づく心身二元論が神の世界に対する直接的統治を否定することになり、それによって結局無神論を帰結するという判断)。近代古典力学の原点される『プリンキピア』自体が無神論論駁という文脈の中に位置している。

③自然哲学とその神学的根拠

「確かにわれわれは実験に反して空しく夢想に耽ってはならないが、自然の類比(analogianaturae)から離れてもいけない。なぜなら、自然は単純(simplex)であり、常にそれ自身と一致しているからである」(Newton[Principia] p.553)自然の単純さ・斉一性 → 単純さに基づいた「自然の類比」→現象主義・実証主義、「この太陽、惑星、彗星の壮麗きわまりない体系は知性的で力ある存在の思慮と支配から発し
た以外には考えることができない」(ibid.:p.760)

(2)自然哲学あるいは自然神学

5.機械論的自然哲学とアニミズム的錬金術的自然哲学
6.ニュートンの自然哲学における神概念(有神論的人格神)と理神論ニュートンの神は単なる哲学者の神、つまり、アリストテレス主義の非人格的で無関心な第一原因ではなく、あるいはまたニュートンにとって神はデカルト的な超然とした世界に不在の神ではない。いずれにせよ、ニュートン自身がそうあることを欲した神は、聖書の神であり、神によって創造された世界の有効な主にして支配者なのである。(Koyr
e
[1957], p.225)
7.二つの書物(自然神学と啓示神学)
17世紀のイギリス:フランシス・ベーコンの『学問の進歩とニュー・アトランティス』における「神の言葉という書物」(the book of God's word)と「神の作品という書物」(the book of God'sworks)という定式でよく知られていた
8.二つの書物のニュートンによる分離は科学は宗教の教義的内容について語るべきものを何も持たず、また聖書は王立協会の会話において引用されるべきでないということ以上を意味しないように思われる。他の点では、二つの書物は様々な仕方で結びつけられた。......二つの書物は価値において同等であった。......一方において顕わにされた神についての知識はすべて他方において明らかにされたことと調和していた。(Manuel[1974], p.48)
9.自然神学-歴史神学-聖書解釈学
10.古代キリスト教思想研究
4世紀から5世紀にかけての時期(正統教義、正統教会、正典確立、国教化という仕方でキリスト教会がその基本的な形態を確立した時期)に、キリスト教は本来の在り方から逸脱し変質した。三一神論の教義の捏造とそれに合わせた聖書テキストの改変。
11.こうしてわかるように、これらの教父たちがこの語(ホモウーシオス:論者補足)を取り上げたのは伝統からではなく、エウセビウスの手紙からだったのである。この手紙でエウセビウスはその語をアレクサンドロスの教義からの帰結であると主張しているが、彼はその教義が教会の大多数の意見から隔たっており、これらの教父たちさえもそれを認めないだろうと考えていた。しかるにこれらの教父たちはそれがアリウスに対立するという理由でこの語を選んだのである。(Yahuda MS 2.5b, ff. 40-41, in: Westfall[1980], p.314)。
12.徹底的な一神教=自然神学における「万物の主」「主なる神」、アリウス主義的異端信仰、ニュートンの反カトリシズム
13.神という言葉は神の形而上学的な本性にではなく神の支配に関係している。それは相対的な言葉であり、神の僕としての我々に対して関係している。この言葉は、主や王と同じ意味を有しているが、より高い度合いにおいてそうなのである。なぜなら、我々は、我が主、我々の主、汝の主、他の主たち、王の王、主の主、他の主たち、主の僕たちと言い、他の主たちに仕えるように、我々は我が神、我々の神、汝の神、他の神々、神の神、神の僕たちと言い、他の神々に仕えるからである。(Yahuda MS.15.7, fol.154r, in:Manuel[1974], p.22)

14.父と子の意志と支配における統一

B.ニュートン主義とその意義

1.西洋近代:プロテスタント時代(ティリッヒ)
古プロテスタンティズム(Altprotestantismus)と新プロテスタンティズム(Neuprotestantismus)の区別(トレルチ)
2.近代神学史とその発展過程を宗教戦争の時代の終わりの状況と関連づけたことは、エマヌエル・ヒルシュが彼の神学史においてなした功績である。......寛容の思想は16世紀と17世紀の恐ろしい信仰戦争の終局において戦い合った諸教派の全キリスト教的主張が挫折したことによって初めて広まった。この戦争がおおむね妥協によって終わったのち、キリスト教と社会との関係における新しい状況が事実上成立したのである。(Pannenberg[1997], S.25)
3.「人間の<本性>概念に立ち戻ることによる国家と法の独立」「宗教的告白の私事化」「社会の部分領域の自律性とそれに関連して発展した世俗的な文化意識」「これまで宗教の統一が社会秩序の統一にとっての不可欠の土台と考えられてきたのに対して、今や共通の人間的なものと理性的なものが未決の宗教的問いの断念の下において、共同的生の基盤を形成しなければならなかった。つまり、それが中心としての人間への転回の根拠であり、バルトが言った<絶対主義的人間>の出現の根拠なのである」(ibid.)。
4.社会的統一の基盤をめぐる主導権が神学や教会から理性と国家の手に移行
絶対王政/自由主義的王制/共和制
国教会/近代的国教会・広教主義(信教の自由、政教分離)
/ピューリタン・自由教会/異端・無神論
5.ニュートン主義の自然神学=無神論を論駁するというキリスト教思想のレトリック
6.自然神学は、キリスト教思想と新しい科学(公共的知)とのコミュニケーションを可能にする共通基盤を成していた。
7.「<ニュートン主義者>の称号は、ニュートンの著作の翻訳を行いあるいは神の力と権能についてのニュートンの理論を講壇から説教することをニュートンが認めるほど十分に彼が信頼した者たちに属している」(Dobbs&Jacob[1995] p.66)
8.広義のニュートン主義:ニュートン公認の第一世代の弟子たちだけなく、18世紀にニュートンの影響下で展開するニュートン主義的キリスト教(Newtonian Christianity)や「新しい科学に基礎づけられたプロテスタンティズムの新しい改訂版」の担い手となった思想家たち(ibid.:pp.67-70,98)をも含む。
9.16世紀から18世紀にかけてのキリスト教、とくにその神学的課題の一つは、新しい歴史的状況の中で出現し合理的論理によって武装した無神論を、まさにそれと同程度の合理的論理の水準において論駁するということ。
10.一方には新しい科学的知識と世界観によって武装した唯物論や理神論の合理主義的な思
想運動が存在し(ニュートンの判断によればいずれも無神論に帰着する)、他方には共和主義とも結びついた千年王国論的な霊的熱狂運動。
11.広教主義(latitudinarianism)
「広教主義とは、17世紀に起源を持ち、18世紀に最盛期をむかえ、そして19世紀に新たな発端を開いたイングランド教会の神学的教会的な流れを表している。その特徴を厳密に規定することは困難である。なぜなら、それは個別的な変化に対して本質的に大きな余地を残しているからであり、教会の諸派の枠組みにおける中道派を意味しているからである。......その思想は独立した仕方でケンブリッジ・プラトニストの神学的宗教哲学的学派に受け継がれ、保守的に解された<自然宗教>の方向で展開された(Schmidt[1957(1986)]1/1422])、「これは宗教上の教義をなるべく簡単なものに限定し、それ以外の教義や礼拝様式は<どうでもよい(indifferent)>こととして、幅ひろい統一を守っていこうとするリベラルな考え方であって、その基礎になっているのはルネサンス的ヒューマニズムである」(浜林[1987]181頁)。

C.ニュートン主義の自然神学の展開

(1)ボイル講演の自然神学
1.ボイル講演:ロバート・ボイルの遺言で創設された宗教擁護のための講演会。ニュートンはボイル講演に深く関与る。第一世代のニュートン主義者として著名なベントリー、クラーク、デラム、ホイストンらはいずれもこのボイル講演の講演者として活躍。
2.「彼らの論証に対するニュートンの態度は明白に好意的であり、確かにニュートンは政治的また人間的には彼らの暗黙のお世辞に対して無関心ではなかった。しかし、とくに彼はこれらの演技にはしばしばきわめて批判的であった。......ニュートンはクラークの哲学的定式に常に完全に満足していたわけではない」(Manuel[1974] p.35)。
(2)リチャード・ベントリー『世界の起源と枠組みからの無神論論駁』
3.ベントリーはニュートンに直接疑問点を問い合わせており、それに解答したニュートンの4通の書簡が残っている。「わたしが我々のシステム(世界体系)についての論文を書いたとき、わたしの目は思慮深い人々にとって神性の信仰に役立つような諸原理に向けられていた。この論文がこの目的にとって有益であることを見ることに勝る喜びはありません」(Newton[1692] p.
280)。
4.第三講演:ベントリーは第二講演の内容を簡単に要約した後 現在の世界システムから神的知恵とその善意を発見することが可能であり、世界の体系的諸部分の秩序と美(目的因)がメカニズムや偶然によっては作り出され得ないものであって、知性的で計画的な行為者によるのでなければならない 、改めて神の存在論証が試みられる。

5.人間本性の価値に過度の評価を与えることなしに、我々は有徳で宗教的な人間の魂が太陽やその惑星や世界のすべての星よりも大きな価値があり卓越性を有することを肯定できるかもしれない。(ibid.:p.356)
天体がこのようなすばらしい物体の力ある制作者そして統治者という偉大な観念とそれに
対する崇拝とを我々の内に生み出し、我々の心を刺激してその存在者に対する敬愛と讃美へ
と高めるということを、もし諸君が語るとすれば、諸君はまさに真実かつ適切に語っているのである。(ibid.:p.357)
6.現存する世界システムの内にその秩序や美を認識する存在者(人間の魂、心)が存在することの意義の確認「もし誰かがこの思弁にふけるとしても、彼はこのような説明に関して啓示宗教と口論する必要はない。聖書は好きなだけ多数の世界システムと多くの居住生命を想像することを禁止していないのである」(ibid.:p.358)。
7.我々は次のように合理的に結論づけることができるであろう。つまり、現在の組織(世界システムの)は物質的原因の必然性や想像上の偶然という目的のない混乱から生じたものではなく、知性的で善なる存在者から生じたのであり、この存在者は現在の組織を選択と意図(design)によって特定の仕方で形成したのである。(ibid.:p.361)
8.「もし、いくつかの惑星の速度が太陽からの距離は同じままで現在の速度より早かったりあるいは遅かったりしたならば、......それらの惑星は今の同心円軌道を回転することはなったであろう」(ibid.:pp.363-364)。
9.ポイント
①議論は<「世界システムに発見されたみごとな秩序と美」→「偶然性や機械論的因果性といった無神論的な説明方法の排除」→「残る説明可能性としての神」>というプロセスで展開される。新しい科学によって知的に武装した無神論を論駁するための戦略。ベントリーの議論は論理的に厳密な証明ではなく、高い蓋然性の指摘であって、神の存在論証と言うよりも神の説明と考えるべき。
②「意図からの論証」という神の存在論証、しかもとくに世界秩序とその神的特質を強調するという論法が選らばれたことは、それがニュートン力学に結びつきやすかったということだけでなく、これが社会的イデオロギーとして機能するのに適していたことが 留意されねばならない。
10.同様にすべての植物、動物、惑星はあるべき場所を持っており、人間はその天職に従事するならば、社会の中に予定された不変の場所を有するのである。天体の静穏、平静は国家における静穏、平静と似ている。(ibid.:p.63)
秩序を与える神、宇宙の支配者という考えは、教会の政治的社会的教説の基礎となった。
神の摂理は実在のすべての局面において作用している。自然の秩序においてまた人間的事
柄の世界において、人間は自然法則を動かし人間的事柄を方向付ける神の保持的摂理を観
察することができる。

プリンピキア

http://www.kanazawa-it.ac.jp/dawn/168701.html

Newton, Issac. (1642-1727).
Philosophiae Naturalis Principia Mathematica.
Londini, 1687, First edition.

アイザック・ニュートン (1642-1727)
自然哲学の数学的原理(プリンキピア)
ロンドン, 1687年, 初版.

 ニュートンは、彼以前の自然科学上の成果がひとつの流れとなり流れ込む流入点のような、また、彼以後の研究の流れが源を発する水源地のような人でもありました。この注目すべき書物でニュートンは、タルターリアに始まり後にステヴィン、ガリレオ,ホイヘンスによって展開された力学上の数々の成果や、コペルニクス、ブラーエ、ケプラー、ガリレオ、ホイヘンスによる天文学上の諸々の業績を系統立てて、ひとつにまとめたのです。本書は、科学史上のみならず人類文明史上においても革命的意義を持つと言っても過言ではないほどの大きな影響を示した著作であり、科学を完全に、根本から変えてしまったのでした。科学が宇宙を理解するひとつの方法であるとすれば、ニュートンは、新しい宇宙観、宇宙の新しい「パラダイム」を作り上げたのでした。
 本書、ニュートンの「プリンキピア」は三巻から成っています。第一巻は、ユークリッドの「原論」風に、いくつかの定義から始められています。ニュートンは、質量、運動量、静止力としての慣性、外力、求心力などを、すばらしく簡潔に、論理的に明快に定義しました。そして、それらの基本的概念にもとずく有名な三つの法則、いわゆるニュートンの法則を提示しました。第一法則は慣性の法則で、全ての物体は外力の作用を受けない限り静止または等速度運動の状態を続けるというものです。第二法則は、運動の変化に加えられた外力の大きさに比例し、力の加えられた直線方向に起こるというもの。第三法則は、二つの物体が相互に及ぼす力、作用と反作用は、大きさが等しく方向は反対になるというものです。この第三法則がニュートンの力学上の業績でとりわけ独創的なものでした。最初の二法則は彼の先駆者たちの研究によってすでに定義されていたのですが、それらを厳密に数式で表わし、論理的に系統立てたのはニュートンが最初だったのです。第二巻では流体力学を論じて、デカルトの渦動宇宙論を徹底的に排除しています。
 ニュートンの最大の業績である万有引力論が登場するのは第三巻です。そのなかでニュートンは、二つの物体はある力をもって相互に引き合うこと、そして、その力はその物体の質量に正比例し、物体の間の距離の二乗に反比例するという相互引力の法則がすべての物体ほあてはまると主張しています。ケプラーの第三法則、及びホイヘンスが1673年その主著「振子時計」 に書いている等速円運動の場合の求心力を求める公式から導かれる結論、力は二つの物体間の距離に反比例しなければならないということはニュートンはもちろん、ロバート・フックならびに他の科学者たちを当時すでに知っていました。しかしこの法則は、等速円運動をしている物体や天体などにのみ応用できるので、ケプラーの第一及び第二法則に従うような楕円運動をするものには適用できなかったのです。ニュートンはそれら全てを総合し、引力理論に基づいて、力学を宇宙全体の学問に用いられることを確かにした唯一の科学者だったのでした。すなわちニュートンは極微粒子から巨大な天体に至るまで宇宙にあるすべてのものにあてはまる単純明快な理論を樹立したのです。これこそがニュートンの万有引力理論であって、この理論によってニュートンは、アインシュタイン以後の現在でも、われわれがなお常識的に抱いている力学的宇宙観の不動の地位を築き上げたのでした。

タイムの表紙を飾るカール・バルト

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