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君が代

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年12月19日(木)22時03分15秒
  通報 返信・引用 編集済
  これを知ったら国歌はもっと歌えなくなる

管理人注;教えて君が代

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1326662733

君が代の起源はいつくらいにあるんですか??世界的に見てもかなり歴史の深い国家...

toy_pu_rubyさん

君が代の起源はいつくらいにあるんですか??世界的に見てもかなり歴史の深い国家だと聞きました。できればソースなども貼りつけて下さい。

ベストアンサーに選ばれた回答

frogman03544さん

「君が代」の歌詞の原形が見えるのは「平安時代初期」とされます。
が、国歌という概念が出来たのは明治になってからですので、
約130年の歴史です。

古今和歌集(延喜5年905年)巻七:賀部巻頭によく似た歌が載っています。

『わが君は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて苔のむすまで』

「君が代」とは、最初の句が違うだけです。

初句を「君が代は」とした最古の例は
『和漢朗詠集』(寛仁2年1018年に藤原公任が編集した詩歌集)、
であろうと言われています。

「君が代」は、日本が長い鎖国から目覚め、諸外国と交流を持ち、
周囲の国がそれぞれ国歌と言うものを持っていることを知り、
さっそく日本国国歌を作らなければと考えたことにより作られることになりました。

そこでまず『古今和歌集』にあった詩を手直しして、
上記の「君が代」と言う詩を創作ししました。(1869(明治2)年)
作曲は、当時イギリス公使館にいたイギリス軍楽隊長の、
ジョン・ウィリアム・フェルトンに作曲の依頼をしました。

「君が代」は、1870(明治3)年9月8日、
東京越中島での天皇閲兵の時に、
西謙蔵の指揮により薩摩藩軍楽隊の演奏で初演されたとされます。
ところが、軍部や軍楽隊長から
「あの曲は威厳に乏しく国風にそぐわないので改作をしたほうが良い」
と言う意見が出されます。

しばらくの間は、そのフェルトン作曲の「君が代」を演奏していましたが、
1880(明治13)年10月25日に、海軍省がフェントンの曲を改訂する形で、
宮内省楽長の林広守が作曲し直した君が代が初演されました。
これが、現在も演奏されている「君が代」です。

君が代の演奏や合アレンジなどはドイツ人フランツ・エッケルトが担当しています。

現在、君が代で歌われている歌詞は1番しかありませんが、
実際には2番もありますし、現在歌われているのは1番の途中までです。
1881(明治14)年に発行された
『小学唱歌集(初篇)』の中に記載されている「君が代」の歌詞は

(1)
君が代は/千代に八千代に/
さざれ石の/巌となりて/苔のむすまで/
動き無く/常磐(ときわ)かきはに/限りもあらじ
(2)
君が代は/千尋の底の/
さざれ石の/鵜(う)のゐる磯と/あらはるるまで/
限りなき/御代(みよ)の栄(さかえ)を/ほぎたてまつる

と言う物でした。

現在のように1番前半までしか歌わなくなったのは、
明治30年頃だと言われています。

ちなみに、
「君が代」の出典を薩摩琵琶歌であるとする見方もあります。
フェルトンが作曲したことは述べましたが、
薩摩藩軍楽隊の演奏で初演されたことと、
歌詞を選定したのが、薩摩藩砲兵隊長大山巌で、
その時用いられた歌詞は、
薩摩琵琶歌「蓬莱山」中にあった「君が代は~」であったと言われています。
(出雲寺敬和『古樂の眞髓』)。
これは現在の「君が代」と全く同一の歌詞だからの説ですが、
その原詩は「古今和歌集」でしょうけど・・。
幕末の薩摩藩の権勢の一種かと思います。

『「君が代」の起源―「君が代」の本歌は挽歌だった』
↓思想的に偏りは少ないほうかと思います。
http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0105223938
↓「君が代」の歴史をどうぞ・・。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/Tama-eiichi/kimigayo-rekishi.htm

ちなみに、「日の丸」の歴史は、

1633年:朱印船に日の丸が掲げられています。
1854年:江戸幕府が日の丸を「日本国総船印」と定めました。
1870年:太政官布告「商船規則」で船舶に掲げるべき国旗として
「日の丸」の様式が定められました。
1871年:在外公館(ワシントン)に初めて日の丸が掲げられました。
1872年:開港場所在地の県庁に日の丸が掲げられました。

となっています。




http://reveillet.exblog.jp/18105032

モバイルサイト制作・広告サービス提供アイコン2012年 04月 09日
 6日のTV東京で「地球滅亡を救うのは日本とユダヤ」という番組をやっていました。イスラエルにも皇室の家紋に似た形のものが壁に刻まれており、ユダヤと日本には共通の伝統・習慣が多く見受けられるということです。ユダヤとキリスト、イスラエルが一つになったシンボルも見せて、将来は3つの宗教が統合されるのだと、あるラビはいっていました。なるほど。

 この番組を見た後にアメノウズメの最新のビデオがアップされ、見てみると、同じようなテーマでした。日本にはユダヤの祭事にまつわる痕跡が数多く残っており、特に、日本の国歌「君が代」が実はユダヤのヘブライ語の発音で、日本語とは全く異なる意味が隠されていることを明かしたのには驚きました。それにしても、この当て字はよく出来ている。

クムガヨワ       立ち上がれ、
テヨニ          シオンの民、       ご参考→(シオン長老の議定書)
ヤ・チヨニ        神に選ばれし者、
サッ・サリード     喜べ・人類を救う民として、
イワ・オト・ナリタァ  神の予言が成就する、      ご参考→(世界シオニスト会議)
コ(ル)カノ・ムーシュマッテ 全地で 語り 鳴り響け

 以下はアメノウズメさんのコメント(直接、下の動画を開いてください)に異論があったので、それに対する私の意見をのべました。問題な点は「山口県の田布施には戸籍がない」と書かれていたので、ピンときました。そこは朝鮮部落だったところで、そこにユダヤ人が住んでいたとなれば、彼らの関係を疑うのは当然です。今日(10日現在)ビデオを開いてみると、コメント文章から「田布施」の部分が削除されていることが分かりました。

 日本にこれだけユダヤ人の痕跡が残っていれば、日本の政府・文科省、歴史学者が黙っているはずがありません。ましてや私たちが学校で学ぶ日本人の歴史は、縄文・弥生時代からの原日本人です。それが日本の文科省が教育した日本人です。そこを忘れてはいけません。歴史を覆すような大問題を、エンタメTVや個人の動画が日本の歴史の真実を暴くというのであれば、同時に日本政府の嘘も暴いて欲しいものです。天皇陛下も嘘つきだということになりますよ。

 山口県熊毛郡田布施村麻耶というところは、朝鮮部落で特殊被差別部落でした。そこから明治維新や昭和に活躍した大物があふれるくらいに輩出されています。

 伊藤博文、難波八助(代議士、虎ノ門事件)、宮本顕治(日本共産党)、川上肇(京都大学でマルクス主義を木戸幸一、近衛文麿に教えた)、木戸幸一も系図入り。寅之祐の生家のちかくから満州国を牛耳った2キ3スケの内の3スケ:岸信介(満鉄副総裁)、鮎川義介(日産コンツェルン総師、ロスチャイルドから投資される)、松岡洋右(元外務大臣、満鉄総裁)で後に経済、産業の実権を握る。国際金融資本家たちがこの満業に深くかかわり協力した。(2キとは東条英機、星野直樹で政治の実権を握るが、結局、経済を握っていた者に売られてしまう。)、久原 房之助(日立グループの総師)。

 岸信介一族(佐藤栄作、安倍晋太郎、安倍晋三、松岡洋右(元外務大臣、満鉄総裁)、安倍源基(終戦時内大臣に起用・日本のいちばん醜い日を演出)、山形有朋、国光五郎代議士、難波作之助、磐田宙造(司法界の大ボス)、賀屋興宣(戦前戦後活躍)。

 鹿児島県にも田布施村(現在、加世田市金峰町)があって、小泉純一郎の父、小泉純也はこの地の出身。彼は朝鮮の姓をもつが、小泉家の婿となって、日本国籍を得た。長州の田布施と薩摩の田布施の末裔から直近2代の首相が出ています。それも、すべて天皇家に結びつく。

 なぜなら、明治新政府誕生は彼ら田布施の実力者が中心になって孝明天皇と睦仁皇子を暗殺し、大室寅之祐という奇兵隊にいた少年を長子睦仁の替え玉にして明治天皇に仕立て、行幸と言って出かけ、そのまま江戸に新政府を作った、クーデタによるものでした。その大室寅之祐が生まれたところが同じ田布施だからです。

 大室寅之祐の出生地が山口県熊毛郡田布施村麻耶は、元の長州藩で、その前は大内藩でした。守護大名大内が支配していた。大内家は本人たちも言っているように朝鮮人です。大内家の家臣は毛利が侵入してきたために離散し、ほとんどが部落民にさせられる。「遥かなる高句麗」を参考

 現代に戻って、橋下大阪市長の国歌斉唱時に起立を強制することが話題になっていますが、ならば彼はこのヘブライ語の意味を知っているのかどうか聞いてみなければなりませんね。天皇賛美も問題なのに、自分のあずかり知らないところで、ユダヤの民を賛美する歌を歌わされていたなんて、笑い話にもならない。この両方の意味を意図して歌わせようとしているのなら、もう日本にそっぽを向くしかないですね。とんだ大ペテン師です。

 石原都知事と橋下市長が先日、秘密会食しました。そもそも政治を最初のところで秘密にすること自体、民主主義の原則から外れています。石原氏が記者の質問に対し「彼が(橋下市長)がうまく化けられるか。」ということを言いました。一体、何に化けるのかと引っかかっていましたが、国歌の件と、橋下氏の政策を見るうちになるほどと思いました。これは「天皇の秘密とそれを道具に脅してくるアメリカ」をいかに隠すかなのだと。

 「橋下維新の会が目指すものは、教育や福祉、医療とあわせて職員の人員態勢も削っていきながら、民営化をすすめ、行政はその公共としての責任を放棄していく。そしてひねり出した金で、国際的競争力を持った都市」を創る」 これは自由市場経済 (行政の民営化、規制緩和、社会福祉費の大幅削減の3点セット)そのまんまです。TPP参加賛成、大阪カジノ構想で更に所得格差拡大して大衆を堕落させ、金融資本家が儲けるという構図。彼は原発の安全性を問題にしているだけで、原発に依存しない社会をつくるとは一言も言っていない。

 「ロスチャイルド・世界革命行動計画8=酒類、ドラッグ、退廃的道徳、あらゆる形態の悪徳を代理人を通じて組織的に利用することで、諸国家の若者の道徳心を低下させなければならない。賄賂もペテンも裏切り行為も、それが我々の目的達成に役立つのであれば、続けられなければならない。」

 橋下市長が市長選に入ると、週刊新潮と週刊文春が唐突に彼の出自を暴露しました。彼の父親は被差別部落出身であったというものです。何ゆえに彼の出自が問題であったのか。日本の保守支配層には反米主義者がいて、これが逆に、彼のいわくつきの政界進出の舞台裏に焦点を絞るヒントを与えてくれました。暴露記事も時には有意義に働くこともある。彼が親米隷属派、つまり田布施の人脈+ヨハンセンの人脈に連なるかどうかは大問題であり、健全な国なら問題にしないはずの出自にこだわるのは、その一点に尽きます。マスコミが彼を叩かない理由もわかります。

 「世界革命行動計画17=代理人は大衆受けのするスローガンを生み出せるよう訓練されなければならない。大衆には惜しみなく約束しなければならないからである。約束された事と反対の事は、のちになれば常におこなえる。」これが彼の説く「民主主義の統治」の本質。

 日本と同じようなものがユダヤにもあるという「三種の神器」については、むしろ、このためにどれだけの日本人の無垢の魂が蹂躙されたか、そちらの方こそより重要です。ここからは「日本のいちばん醜い日」に天皇と「三種の神器」の関係について書かれていることを引用します。

 「伊勢神宮と天皇家は本来、関係がないのである。天皇家は仏教を信じていた。伊勢神宮は仏教を信じない人々の心の拠り所であった。幕末、この伊勢神宮を参った人々(お伊勢参り)は「ええじゃないか」の旗を立てて、革命を煽る集団と化した。この「エタでもええじゃないか」の旗が見えるのである。ここから明治維新の波が起こってきた。だから、大室寅之祐こと明治天皇は、この伊勢神宮に参ったのである。昭和天皇が「三種の神器」にこだわった理由がここにある。

 長州の下級武士吉田松陰が書いた『幽囚録』が彼を取り巻く者たちのバイブルとなった。ここから民族主義や侵略主義者が多数生まれてきた。長州の下級武士や部落出身者がクーデターの中心となって孝明天皇を暗殺し、睦仁(皇子)を暗殺し、長州の部落出身者の大室寅之祐を替え玉とし(明治天皇にすることに)成功した。

 昭和天皇が本土決戦を避けたいと思ったのは、自分を支える赤子(臣民)が死に絶えてしまうことと、自分が戦争に敗北した大元帥になったとしても、「三種の神器」の保全を優先して「国体」を「護持」するという神話的妄想に他ならない。聖断(ポツダム受諾)は国民ではなく、三種の神器の安全を守るために下されたのだ。この一点を、私たちは忘却してはならない。」

 この田布施の人脈に吉田茂グループが加わった血脈・人脈と反米保守派が今現在の日本の支配層なのです。今、日本で表面化している原発問題、がれき問題、TPP,消費税増税、郵政350兆円マネーなどが、政治不信、官僚不信、国民無視を生んでいるにもかかわらず、一向に政府は国民の意にかなう、国民の利益になる方に行動しようとはしていない。この事実以外に、日本の支配層の真実を物語るものはありません。国民が思うこととは真逆に働く力、それが日本を支配するために彼らが目下、駆使している目に見える「権力」ではないでしょうか。

 DVD『日本の秘密』で語られていることで、鬼塚氏に電話を掛けてきた人物がいました。秦郁彦(東京大学の日本の近現代史研究の第一人者)で大室寅之祐について明治天皇であるとの証拠はあるのか、彼の戸籍を見たことがありますか、戸籍を見たことがないのに、大室寅之祐は本当に存在したのですか、と質問してきたそうです。田布施を中心にしたところから宮本顕治も野坂三蔵も同じ山口県出身だと言ったところ、秦氏はこう答えました。「鬼塚さん、私はそのことに詳しい。私もその一族だ。田布施の川の近くで私も生まれ育った。」歴史を隠そうとすべく現代史の大家になったと、その時、ピンときた。秦氏は最後まで、大室寅之祐の戸籍がないのになぜ存在するのかと言って、話は決裂した。

管理人注:戸籍がないに関しては以下を参照

漢波羅はカバラのこと

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/664.html

 自分は明治天皇の子孫だという中丸薫という人が、天皇家はユダヤ教徒であり、今でも男子は割礼をしていると言っています。敗戦後、日本はカトリック教化に失敗しています。天皇家に残る聖書は一体、何を物語るのでしょう。

 日本人が今、一番知るべきは日本人のルーツよりも、この醜い日本の秘密であり、日本人として知るべき歴史の真実です。日本人としての自覚はそこからしか芽生えない。「秘密を持つ者は、それを暴かれることをもっとも恐れる」ということだけは覚えておきましょう。

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