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魔女への鉄槌

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2013年12月25日(水)11時50分29秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/danats/tetsui.htm

魔女妄想、魔女裁判を扱った書の中で、最も有名であり、もっとも大きな影響を与え、そして中世から近世のヨーロッパに凄まじい災厄をもたらした書、これが「魔女への鉄槌」である。
 これは、よく誤解されていることなのだが、教会は初期においては、決して魔女裁判を推奨するようなことはしていなかった。
 魔女妄想を信じ、魔女裁判をやりたがったのは、一般の民衆の方である。初期の教会は、魔女は迷信である、と考える者も少なくなく、どちらかと言えば、魔女裁判を抑えようとすることが多かった。
 例えば、教会の法令の中で最も権威あるものとされた「司教法令集」は、はっきりと「魔女などというものは妄想の産物であり、こんなものを信じるのは異端である」と書かれている。
 だが、こうした理性的な動きも13世紀を過ぎた辺りから、徐々に切り崩されて行く。
 そして、それにとどめをさしたのが、この恐ろしい本である。

 この本は、ドミニコ会の修道士で、ケルン大学の学長ヤーコブ・シュプレンゲルと修道院長ハインリヒ・クラーメルの二人によって書かれ、1486年に出版された。
 これは13版を重ね、約百年後に出された復刻版も16版を重ねた。これはラテン語で書かれた書だが、各国語にも翻訳され、16種のドイツ語版、11種のフランス語版、7種の英語版、2種のイタリア語版が存在する。
 さらに、カトリックと対立していたはずのプロテスタントまでもが、この本を受け入れた。
 これは、神学的に「魔女は実在する」と証明する書であり、また魔女裁判の手引き書でもあった。
 魔女裁判の本や論文は膨大な数に及ぶが、その大部分が、この本から強い影響を受けているか、あるいは亜流である。

 なぜ、これほどまでにこの本は成功を納めたのか?
 一つは、この本の二人の著者が、名高い知識人であり、多くの尊敬を集める学者であったことだ。
 魔女裁判を勧める聖職者と聞くと、堕落したサディストを想像したくなるが、事実は全く逆で、激しい正義感に燃える、自分にも他人にも厳しい聖職者だった。
 だからこそ、始末が悪かったとも言える……人間は「正義」を盾に取ると、徹底的に残酷、冷酷になれる。
 実際、彼らは自分らの正義のためなら、手段を選ばない。
 こうした傾向は特にクラーメルに顕著で、売春婦を雇って芝居させ、意図的に冤罪事件を起こすようなことすらしている。
 一方、シュプレンゲルの方も、この本に権威を持たせるため、魔女を認めるケルン大学の認定書を捏造するようなことすらしている。
 巨悪を倒すためなら、小さな悪は許される。これが二人のリクツだった。
 二つ目は、著書の一人クラーメルが、ローマ教皇インノケンティウス8世に働きかけ、1484年に魔女裁判を肯定する教書を出させたことだ。教皇のお墨付きを得ることにより、魔女裁判は正式なカトリックの教義となった。教会内部にも魔女裁判に反対する勢力はあったが、これによって彼らを沈黙させることが出来たのである。
 この本の著者は政治的手腕にも長けていたというわけだ。
 三つ目は、この本が「実用書」として優れていたことが挙げられる。宗教裁判および世俗の裁判官が、魔女を裁くための手続き、方法、心得などが、手取り足取り詳述されていたのだ。
 それゆえに、この本は、魔女裁判を行う者達の教科書として用いられ、普及していったのである。

 この本は3部構成となっている。
 第1部において、魔女の定義付けが行われる。 いかにして魔女は「全能なる神の許しを得て」悪事を行うか? について書かれている。魔女はキリストを否定し、悪魔を賛美する。洗礼を受けていない赤ん坊を悪魔に捧げ、悪魔と性交する。……魔女妄想の定番ともいえる描写が続く。
 かの悪名高い、女性は男性よりも精神的に劣った存在で、より悪魔の誘惑に負けやすい。ゆえに魔女には女が多い……なる、あの記述もある。
 さらに、「魔女の存在を信じない者は異端者である」と言う主張が続く。古くからあるカトリックの正式な「司教法令集」との矛盾も彼らは気にしない。何しろ「聖書」には魔女の存在が明記され、「魔女を生かすなかれ」という記述すらあるからだという。
 ともあれ、この「魔女」と「異端」を結びつけた主張は、後世に大きな影響を与えることになる。
 魔女は、神に反逆する最悪の大逆罪である。だから、魔女裁判は、様々な形で特別扱いをしなければならない。例えば、普通の裁判では、偽証罪の前科のある者の証言は証拠とは出来ないが、魔女裁判に関してだけでは証拠として取り上げることができる……という。
 第2部においては、魔女の行う呪術の詳細が語られる。
 著者はこれを3つのタイプに分けている。
 そして、その具体的方法や防御法について、エピソードと共に語られる。
 とはいっても、その内容は、妄想と法螺の集大成と言った感じで、中には殆ど下手な下ネタのギャグじゃないか、と言いたくなるようなことも書かれている。
 例えば、ある男が魔女の呪いで不能にされた。男は魔女と掛け合い、呪いによって奪われた「お宝」を返してもらうことになった。男はその魔女から、彼女が呪術によって奪った「お宝」の隠し場所を教えて貰う。そこは木の上の鳥の巣で、そこを覗いてみると、数個の「お宝」が鳥の雛のようにピヨピヨないていた。男は、その中でもひときわ大きい「お宝」を選んで取ろうとしたら、木の下に居た魔女から、「それはあんたのじゃないだろ! それは村の司教のだよ!!」と怒鳴られた……。
 第3部、これが最も重要であり、ヨーロッパじゅうに災厄をもたらした論文である。
 これは魔女裁判を実行する手続き、方法などが詳述されているのだ。
 証人の取り扱い、審理の進め方、魔女の逮捕の仕方、投獄や尋問、拷問のやり方、その心得、黙秘する魔女の取り扱い方などが事細かに解説される。これは、著者クラーメルの豊富な実践経験に基づいて書かれているのだ。

 私の手元にあるのは、モンタギュー・サマーズ師(彼については別項で詳述する)による英訳本で、「The Malleus Maleficarum」という題で、Dover社の復刻版である。
 だが、私を驚愕させたのは、その序文である。
 この序文を書いた英訳者は、「世界で最も重要かつ知的で代表的な書物」にして、「現代の裁判においても実行に耐えうる内容」と書いているのだ。この序文が書かれたのは16世紀? とんでもない!! 1946年である!!!!

 だが、ふと私は思った。
 果たして我々は、この序文を書いたサマーズ師を笑える資格はあるのだろうか?
 魔女は、たまたま妄想だった。だからこそ批判できるし、笑うこともできる。
 だが、いまもなお、「魔女」とは違った形で我々はスケープ・ゴートを用意し、それを痛めつけ、虐待することで、溜飲を下げるようなことを、やり続けているのでは無いだろうか?
 あるいは、相手の言い分も聞かず、一方的な正義感で、残忍冷酷な正義を実践してはいないだろうか?
 私は、自分の内部にも、こうした「悪魔」が居ることに気づき、ちょっと恐ろしくもなった……。


管理人注:クリスチャンは多分にその傾向がある。

Thesisクリスチャン・AntiThesisイスラム教=A Defact SynThesisともにアブラハムにさかのぼる兄弟

「悪魔学大全」 ロッセル・ホープ・ロビンス 青土社
「魔女と魔術の事典」 ローズマリ・エレン・グィリー 原書房

スペインでの異端尋問を検索すると.........

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%95%B0%E7%AB%AF%E5%B0%8B%E5%95%8F&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

http://

 
 
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