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なぜ君たちは世界の中心に来ないのか

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2014年 1月 7日(火)10時44分46秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://blogs.yahoo.co.jp/mamostt/11657525.html

関連記事:ソフトバンクが危ない......どうして危ないのか?それは金利が上昇すれば支払金利だけでも一兆円になる。そうなることは否定できない。

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2423

なぜ君たちは「世界の中心」に来ないのか (孫正義)

2013/12/16 7:00  日経WEB

 コンピューター、ソフトウエアの卸売り事業で起業してから32年。数々の修羅場を経験してきたソフトバンク社長の孫正義氏が再び大勝負に打って出た。今年7月には1兆8000億円の巨費を投じて米携帯電話大手のスプリントを買収。「世界一の立派なネットワークを作る」(孫社長)という目標に向かって歩みを速めている。司令塔を置くのはIT(情報技術)産業の世界的な聖地である米シリコンバレー(カリフォルニア州)だ。ここに構えた新たなオフィスで、ソフトバンクの「これから」、そして自身の経営観について語った。
 現在、ここ(シリコンバレー)にいるのは約100人ですが、総務の担当者には初めから隣のビルを含めて2棟を押さえるように指示しました。担当者は「まだ人も(たいして)いないのに、ビル2つですか」と驚いていましたが、すぐに手狭になります。新たな場所を探すのは無駄が多いですからね。ここが(ソフトバンク、スプリント両社の)本拠地になっていくと思っています。

写真省略

孫正義(そん・まさよし) ソフトバンク社長。1957年佐賀県生まれ、16歳で単身米国に渡り、カリフォルニア大バークレー校を卒業。81年にソフトウエア卸販売の日本ソフトバンク(現ソフトバンク)を創業した。世界最大のコンピューター見本市会社コムデックス買収、ヤフーの設立、英ボーダフォン日本法人買収など果敢なM&A戦略を通じ、日本のIT分野での先駆的な役割を果たしてきた。今年7月には1兆8000億円を投じて米通信大手スプリントを傘下に収めた

■シリコンバレーを「本社」に

 両社から携帯端末やネットワーク関連、アクセサリーの人材が続々と集まってきます。スプリントのスティーブン・バイ最高技術責任者(CTO)もここにオフィスを移します。技術戦略はシリコンバレーで練ることになるでしょう。僕自身も定期的に通いますし、僕のいるところに幹部が集結し、そこが(実質的な)本社になるのです。
 すでに(9月の)オフィス開設前から4、5回、スプリントの幹部をシリコンバレーに集めて経営会議をやっています。スプリントはカンザス州に本社を置き、立派なキャンパスや役員室もある。
 大勢の社員もいて登記上の本社を変えるつもりはありませんが、僕自身は「あそこには行かないよ」と思っています。実際に足は運んでいません。

■ぬるま湯につかっていては意味がない

米スプリント買収で記者会見するソフトバンクの孫正義社長(左)とスプリントのダン・ヘッセCEO(2012年10月15日午後、東京都中央区)

米スプリント買収で記者会見するソフトバンクの孫正義社長(左)とスプリントのダン・ヘッセCEO(2012年10月15日午後、東京都中央区)
 カンザスではスプリントは「大名」です。田舎にいれば心地いい。ただ、カンザスの大名であっても米国の一番ではありません。心地よいぬるま湯にじっとつかっていても意味がないと思うのです。一方、シリコンバレーは世界のITの中心地です。米国最大の成長エンジンがここにあるのです。
 もし、(ソフトバンクやスプリントが)音声の電話の会社だったら、本社はニューヨークでもシカゴでもカンザスでも、どこでも構わない。ただ、我々がやろうとしているのは、モバイルインターネットです。(2006年に)英ボーダフォンの日本法人を買収したその日から、「モバイルネット」と言ってきました。
 当時、日本ではこの話の将来性は通じませんでしたし、いくら話しても記事にしてもらえませんでした。まだiPhone(アイフォーン)もありませんでしたからね。でもiPhoneが出てスマートフォン(スマホ)が普及し、ようやく理解され始めたように感じます。
 そのネットの中心が同じ米国にあるのに、なぜ(スプリントは)わざわざ離れたところ(カンザス)で戦略を議論しているのでしょうか。
 物事(の動きやスピード)は距離の2乗に反比例します。情熱も同じです。シリコンバレーにはアップル、フェイスブック、グーグルといったIT企業がみんな本社を構えています。

■優れた起業のプラットフォーム

 ここにいれば世界中から(人や情報が)集まってくるし、「あした、朝飯でも食おうか」とメールを1通送れば、すぐ人に会えます。そこにスプリントも来なければダメだし、日本からも(幹部を)20人くらい連れてくるのです。
 米国には優れた起業のプラットフォーム(基盤)があります。オープンで公正、そして合理的です。僕自身は16歳の時に米国にきて、大学在学中に起業した経験があります。
ソフトバンクの米拠点(カリフォルニア州)

ソフトバンクの米拠点(カリフォルニア州)
 日本を出発するとき、空港で泣き崩れるお袋に「大学を卒業したら必ず戻ってくる」と約束しました。だから米国の会社で採用したナンバー2にも「卒業後は(経営を)任せる」と話し、実際にそうしました。
 でも、現在、何の制約もなく起業するとしたらどうでしょうか。日本は自分が生まれ育った国で愛着がありますし、大みそかには紅白歌合戦を見ながら過ごしたい。でも、やはり起業という観点では米国でしょうね。そういった意味では日本には改善すべきポイントが多くあるように思います。
 シリコンバレーについて話をするのであれば、アップルについても触れましょう。
 日本ではiPhoneを(ソフトバンク、NTTドコモ、KDDIの)3社が販売する体制になり、通信会社にとっては差異化の手段でなくなりました。これが2、3年前だったら(ソフトバンクにも)相当の打撃があったと思いますが、今は「プラチナバンド」も開通して格段につながりやすくなっています。健全な競争は必要でしょう。

■ジョブズ氏は特別な輝きを放っていた

 アップルそのものについて言えば、誰であってもスティーブ(・ジョブズ前最高経営責任者=CEO)の後を継ぐのは大変だなと思います。スティーブはやはり、特別な輝きを持っていました。今から何百年たっても語り継がれる人物でしょう。人生の長さが限られていた分、その日々に真剣に向き合っていました。やはり天才だと思います。
 スティーブの遺志を継いで(ソフトバンクが)イノベーティブ(=革新的な)な商品を出すかどうかですか? 答えはイエスであり、ノーでもあります。
 我々はハードウエアのメーカーではありません。世界中のハードメーカーが競って作るものを、お客さまの要求に応じて提供する使命があります。ハード専業、基本ソフト(OS)専業の企業の優れた成果物を提供していく立場です。
 我々の本業は通信ネットワークを世界一優れたものにして提供することです。ただ、ネットワークが単なる「パイプ」になってしまうのではつまらない。世界一の立派なネットワークに加えて、ユニークな商品も続々と増やしていきたいと思っています。その組み合わせをどうするかが大きな課題なのです。

「動かぬ者は去れ」 ソフトバンク自慢の超高速経営

2013/12/20 7:00 日経WEB
 ソフトバンク幹部が自社の強みとして、口をそろえて指摘するのは、経営判断の速さ。「スピード(経営)では絶対に勝つ。世界中のあらゆる企業と比べても負ける気がしない」(幹部)。孫正義社長が「動物園」と表現する経営会議も、まさにそれを物語る。何事も即断即決。直ちに決定し、今からすぐにやれとなる。それゆえ、会議に参加したメンバーは自分の意見を我先に主張し、時には孫社長が「俺にもしゃべらせろ」と慌てるほどだ。
ソフトバンクは孫社長の“独裁国家”のように映るが、経営会議では孫社長も幹部たちにやり込められる

ソフトバンクは孫社長の“独裁国家”のように映るが、経営会議では孫社長も幹部たちにやり込められる
 一般に経営会議と言えば、取締役や役員クラスの幹部が集まって意思決定を下す様子を思い浮かべるが、ソフトバンクは違う。役職に関係なく、議題に関連した分野について、最も詳しい知識を持つ人間をすべて招集する。一般の社員はもちろん、社外の人間が呼ばれることも珍しくない。ソフトバンクが今年(2013年)7月に買収した米スプリントの幹部はその様子を見て、「なぜ経営会議に普通の社員が参加しているのか」と絶句したという。
 しかも、参加者がどんどん増えていく。議論の最中に不明点があれば、「これはどうなっているんだ。分かるやつを今すぐ呼べ」となるからだ。「最初は数人で始まっても気付いたら、20~30人が会議室にひしめいている」(幹部)。調査や確認のために議案を先送りすることはない。承認や決裁などの手続きは二の次だ。まずは意思決定を済ませ、現場を動かす。拙速に見えるが、「必要最低限の人間は必ず参加しており、後で振り返るとあの議論で十分だったとなる」(同)。
 物事が即決でどんどん進んでしまうため、集まった人間は皆、自分の意見を我先に主張する。現場の担当者も無謀な議案と判断すれば、全力で阻止するために立ち上がって異議を唱える。孫社長が「待て。俺にもしゃべらせろ」と慌てるほどである。時には、孫社長でさえボコボコに言い負かされる。幹部たちは「そんなことをしたら、こうなりますよ」と営業や設備、財務など、それぞれの立場から反論して袋叩きにする。たまらず孫社長も「うるさい。なんでお前たちはそうなんだ」と捨てゼリフを吐くことがある。
 議論の本気度は、議案の大小を問わない。あるときは、4億円の案件でもめた。4億円といえば同社にとってさほど大規模な案件ではないが、幹部らの怒鳴り合いとなった。たまたま視察に訪れていた別のスプリント幹部は、「これは芝居じゃないよな?」と目を丸くしていたという。

■ADSL参入時に鍛えられた異常なスピード

 スピード重視は孫社長の方針である。すぐに結果を求める孫社長のせっかちさに、周囲は常に巻き込まれる。「午前中に問題を報告したら、午後一番には社長が一緒に考えようと鼻息荒くやって来る。こっちは息つく暇もない」。ある幹部はこう苦笑いする。
とはいえ、スピード経営を会社全体に根付かせるのは簡単ではない。2001年9月のADSL事業参入がその大きな契機となったのは間違いないだろう。当時の様子を聞くと、尋常とは思えない実態が浮かび上がってくる。
ADSL事業参入期に培われたスピード経営が現在も受け継がれている
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ADSL事業参入期に培われたスピード経営が現在も受け継がれている
 ISDN回線を用いたダイヤルアップ接続がインターネット接続の主流だった当時、ソフトバンクは高速かつ定額のADSLサービス「Yahoo!BB」を開始。絶対に売れると確信した孫社長は一気に攻勢に出るため、街角で通りすがりの人に声をかけてADSLモデムを無償で配る販促手法「パラソル部隊」を発案した。千葉・幕張メッセに数千人単位のアルバイトを集め、短期間の研修で販売員を育成。とにかく人の集まる場所に販売員を派遣した。ピーク時は1日だけで全国に8500人を配置したこともあった。
 この成果もあって、わずか10日前後で約100万件の予約を獲得したが、NTT局舎の通信設備の準備が全く追い付いていなかった。それまでに開通できたのはわずか数万件。孫社長は当初、設備工事の遅れに対処するため、自ら建設本部長として陣頭指揮を執り、毎日のように午前2時まで働いていたという。
 しばらくして、孫社長は今井康之氏(現ソフトバンクモバイルとソフトバンクテレコムの取締役専務執行役員)を「2日間だけ手伝ってくれ」と呼び出した。今井氏は大手建設会社出身で、2000年に孫社長の引き抜きでソフトバンクに転職。当時は建設業界向けのEC(電子商取引)サイト立ち上げを進めていた。それがある日、急に呼ばれ、会議で工事の工程をアドバイスすると、「そうだ、お前が建設本部長をやれ」となり、それから過酷な日々が始まった。
 数十万件規模の開通遅れを取り戻すというミッションを担う今井氏は連日、深夜までの作業を余儀なくされた。そんななか、今井氏の元に午前2時になると毎晩必ずやって来る訪問者がいた。孫社長だ。目的はいつも同じ。工事進捗を確認して問題点を聞き、最後に「これを明日の朝までに頼むよ」と言い残して帰っていく。社長の宿題を片付けるため、今井氏はさらに1~2時間、作業に没頭するのが常だった。ソフトバンクでは午前8時半に朝礼が始まるため、帰宅できないどころか、睡眠時間もろくに取れなかった。月曜日に1週間分の着替えを持って出社し、日曜の夜だけ帰宅する。そんな缶詰状態が1年半近く続いた。「1日でも早く、1件でも多くの顧客がサービスを使えるようにしなければ」との思いが今井氏を支えたという。

■ハイヤーの中まで孫社長を追いかけた

 ソフトバンクモバイルとソフトバンクBBの取締役専務執行役員を務める榛葉淳氏も、ADSL事業参入時は「不眠不休の状態が数年間は続いた」と振り返る。毎週火曜日午後6時に始まる経営会議が終わるのは、常に翌日の午前0時か午前1時頃。経営会議で決定したことは翌朝までに終えなければならないため、午前3時や午前4時まで働いていたことが多かった。
 当時の切迫度を示すエピソードは多くある。孫社長自身も忙しいから、経営会議だけでは販売や技術、建設、財務などの意思決定が間に合わない。このため、孫社長が帰宅するハイヤーに同乗し、車中で承諾を得たら下車。そこからタクシーを拾って会社に戻ることが多かった。孫社長が関西出張の際は、東海道新幹線で新横浜まで同乗する。議論が白熱した場合は小田原まで行くことも。ポスターを決める際も承諾を得るための時間が取れず、孫社長が戻って来る本社地下の駐車場に通じるエレベーターの中にポスターの案を全部張り、乗っている間に指示を受けたこともあったという。
 もっとも、ADSL事業で無謀な計画を立てたゆえに、多くの顧客に迷惑をかけた事実は無視できない。そこは非難されるべきだが、こうした経験がソフトバンクのスピード感を育んだことは間違いない。当時のアルバイトや若手社員が部長や課長になり、スピード感の継承に努めている。社員数が大幅に膨れ上がった現在でも「機動力重視のマインドや経験は脈々と受け継がれている」(榛葉氏)。
 大手メーカー出身の中堅幹部も当初、スピードの違いに驚いたという。「スピードが速いというよりは、期限が短いと言ったほうがふさわしいかもしれない。(新たな提案や問題の解決策を)『3秒後に出せ』は大袈裟かもしれないが、遅くてもせいぜい翌日まで。1週間の余裕は相当に長いと感じるようになった。他社と協業すると、その違いが顕著に分かる。ある協業相手は目標を半年後に設定して動いていたが、こちらからすれば半月の作業。直前まで何も作業を進めていなかったら、なぜ何もしないのかと協業相手に本気で怒られたことがあった」。
 この中堅幹部は、さらにこう話す。「全員が同時に多くの仕事を抱え、超マルチタスクで働く。何事もすごいスピード感で進む。動かぬ者は去れといった厳しい雰囲気もあるが、短期間で多くの事に取り組めるので逆に楽しい」。

■モーレツさを支える「数字至上主義」

 ADSL事業参入時代のモーレツぶりから、ソフトバンクは気合いと根性の会社と見る向きは多い。しかし、同社の成長を根性論だけでとらえるのは乱暴である。徹底的に考え抜いた具体的な数字をよりどころにしているからこそ、社員は目的に向かって自信を持って突き進める。モーレツ企業を支えるのは、数字至上主義にほかならない。そう考えると腑(ふ)に落ちる。
 突拍子もないアイデアでイケイケというイメージと裏腹に、ソフトバンクは極度なまでの慎重派である。数字がすべて。数字の明確な裏付けがなければ動かない。一度動き出したら進ちょく状況をまた数字でつぶさに確認し、修正を繰り返す。ごく普通の取り組みに見えるが、そのスピードが半端ではない。
 まずは数値目標と達成時期を定め、必要な施策を検討する。個々の施策の効果を具体的に算出し、達成時期から逆算して線表を引いていく。この逆算スタイルがソフトバンク流である。あとは、効果の予測と検証を日々繰り返す。予測が外れたら、たとえ良いほうに外れても「なぜ違うんだ」とその理由を追求する。一過性の外部要因による偶然の結果であれば、将来も継続するとは限らないからである。逆に施策自体が予想以上に当たったのであれば「うれしい誤算」として社内で共有し、他の施策にどんどん取り入れていく。

■マイナス材料の数字も歓迎する幹部たち

ウィルコムの「だれとでも定額」の提供に当たっては、通話回数や料金の組み合わせを変えたテストマーケティングを北海道や広島などで実施していた
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ウィルコムの「だれとでも定額」の提供に当たっては、通話回数や料金の組み合わせを変えたテストマーケティングを北海道や広島などで実施していた
 数字至上主義の下、マイナス材料の数字も歓迎される。通常の会社であれば、既に動き出した施策そのものを否定するような都合の悪いデータを出せば上司のカミナリが落ちて終わりだろう。しかし、ソフトバンクの幹部は「え、そうなの。それなら変えなきゃ」と素直に受け入れる。
 ソフトバンクは新商品や新サービスの投入前に、一部地域に限定してテストマーケティングを展開することも多い。例えばウィルコムの「だれとでも定額」。月980円の定額料を支払えば、同社の加入者同士だけでなく、他社の携帯電話や一般加入電話への国内通話も話し放題になるサービスである。
 ウィルコムは2010年2月に会社更生法の適用を申請後、起死回生の策として、「だれとでも定額」の検討を開始した。2010年4月に沖縄県で試験サービスを始めたが、最初は支援するソフトバンクからダメ出しが入った。話し放題にすれば他社への接続料が支払い超過となって赤字になる可能性が高いからだ。そこで、通話回数や料金の組み合わせを変えたテストマーケティングを北海道や広島などで実施。ARPU(1契約当たりの月間平均収入)と変動利益の面で問題ないと判断できる組み合わせ(月980円で10分以内の通話が500回まで)を導き出した。
 実際、ユーザーの通話回数は0~500回の間で山型の分布になっており、他社への接続料の支払いは問題ないという。話に夢中になって10分以上通話すれば、超過した分は通話料収入になる。この戦略は実に練られており、ユーザー層を劇的に変えた効果も大きい。ウィルコムは元々、加入者同士の通話が24時間無料な点を売りにしてきたこともあり、中学生や高校生を中心とした若者に人気だった。特に中高生はコストにセンシティブで話し放題の利点をフル活用するため、一時期は自慢の通話品質が劣化するほど混雑していた。だが、ソフトバンクの支援後はメインターゲットを30~60歳台にシフトすることで影響の緩和に成功している。
■数字の根拠があれば、億単位の予算もすぐ下りる

 孫社長の数字好きは、新商品発表会や決算説明会でのプレゼンテーションを見てもよく分かる。とにかく数字を押してアピールする。そのほうが相手に伝わりやすいからだ。幹部などに対しても同じく数字を求める。
 ソフトバンクでは社員に目標を数字でコミットすることを求める。「半年で売り上げを100倍に伸ばすと役員に宣言し、実際に契約数を40件から4000件に伸ばしたことがある。ほとんど費用をかけず、数億円の売り上げを達成した」(中堅幹部)というツワモノ社員もいる。
 とはいえ、単純に大きな数字をコミットすれば良いわけではない。「社長も幹部も数字の信頼度が肌感で分かる。ゲタを履かせてもすぐにバレる。根拠となるデータも必ず求められるので、ごまかしは通用しない」(同)。
 その代わり、数字による明確な根拠があれば1000万円でも1億円でも平気でポンと予算が出る。普通の会社であれば稟議と決裁に相当な時間を費やすところを即決する。「予算1億円で、3億円のリターンがあるんだな。よし、すぐにやれ」といった具合だ。大きな仕事を平気で任されるため、やりがいを感じる社員は多い。「ちゃんと成果を出せばしっかり評価される。やらざるを得ないし、やらないよりはやったほうが断然楽しい」(中堅幹部)。
 数字至上主義とはいえ、何も数字に強い人材ばかりを採用しているわけではない。社員は上司や先輩から常に数字とその根拠を問われる。答えられなければ叱られる。だから、事前に調べておく。数字の意味合いを理解し、説明できるように準備する。たとえ文系でも自然と数字にまみれていく。表計算ソフトで独自に数値を収集・分析したり、先輩から代々受け継がれた「マクロ」を駆使して工夫したりするようになる。

■転職者が驚いた「営業部隊の予測力」

 ソフトバンクでは施策と調査を必ずセットで進める。詳細は非公開とするが、社内にはリサーチ専門の部隊が存在する。大手メーカーから転職した中堅幹部は、統計処理能力が高い人材が社内に多く、驚いたという。「外部の調査会社に依頼すれば1カ月で数百万円かかるような資料を、頼めば翌日にすぐに出してくれる。仕事の速さに加え、施策の背景と必要な情報の概要を伝えるだけでぱっと作れるスキルを持っている」(同幹部)。
 同幹部は、営業部隊の予測精度の高さにも衝撃を受けた。営業部隊は自社だけでなく、競合他社の数字と動向を毎日確認し、今後の見通しを緻密に分析・予測することを徹底的に叩き込まれる。「ほかの会社に比べて、市場に対する肌感が異様に鋭い。様々なデータを積み上げた予測はほぼ当たる。無謀な目標を掲げたにもかかわらず、3カ月前の見積もりから達成日が2日しかずれていなかったことがあった」(同幹部)。
 孫社長も営業部隊の予測を重視する。コンサルティング会社やマーケティング会社などの数字より、現場の最前線で顧客と接している営業社員の感覚のほうがよほど信頼できるというわけだ。「その代わり、売れる売れないは営業がすべての責任を負うことになる」(今井氏)。だから営業部隊も必死になって予測の精度を高めようと努力する。いい加減に作った数字は、自分たちの首を絞めることになるからだ。
 ソフトバンクには失敗を恐れず、とにかく実践する文化がある。成功も失敗も含め、これまで様々な角度で取り組んできた実績が膨大に蓄積されている。数字重視といっても第三者のデータに頼るわけでなく、自社で積み上げた実績を最も重視する。失敗を含め、経験値の豊富さが前提となっている面がある。

筆者所感:
 とにかく孫正義氏の言動はしばらく追いかけることにしている。
今のところ特に言うことなし。ただ言えることは彼は従来の日本人とは異なって見えるのであるがどう違うのか綿密に検討してみたい。ちょっと時間がかかるかも

超強気が禁物な三つの理由

http://blogs.yahoo.co.jp/mamostt/11705141.html

<2014-1-1日 日経新聞 WEBより>
東京・日本橋兜町には「株を枕に寝正月」という格言がある。昨年の日経平均株価は56.72%の上昇と戦後4番目の上げ相場になり、市場には先高観が満ちているからだ。しかし、バブル崩壊が始まった1990年の正月も「株を枕に……」がぴったりの雰囲気だった。今年は上がるかもしれないが、ベテラン投資家に本音を聞くと「難しい年になりそうだ」との反応も多い。消費税率引き上げの反動、内閣支持率の低下懸念、そして米国で中間選挙が実施されることも、東京市場には逆風だ。
 今年は少額投資非課税制度(NISA)が始まるため、新たに株式投資を始めたり、投資信託を購入したり、久々に投資を再開したりする人が多そう。しかし、どんな銘柄をどれくらいの量、いつ買うのかの判断を誤れば、大切な資産が損なわれかねない。常に成功を収めるのは無理にしても、大失敗を防ぐには、常に良質な情報収集を心掛け、まったく反対の意見を持っている人の論理なども視野に入れつつ、冷静沈着に動くことが欠かせない。
 まず、事実確認をしておこう。昨年の日経平均の上昇率は1952年の118.38%、72年の91.91%、51年の62.95%に続いて4番目の大きさだった。51~52年の上昇相場は日本の戦後復興の基礎を作った朝鮮戦争特需によるもの。ただ、この特需相場が始まる前の日本経済は、悪性インフレ克服のためにドッジラインと呼ぶ強烈なデフレ政策が講じられ、企業倒産が相次いで失業者が急増していた。
 日経平均は51~52年の2年間で約3.56倍になったが、それ以前の相場を振り返ると、高値(49年9月1日の176円89銭)から安値(50年7月6日の85円25銭)まで半値以下になっていた。特需相場は悲観の極からの上げ相場だったことも加わって、上昇率が大きくなったのだ。
 72年の上げ相場は、同年7月7日に首相に就任した田中角栄氏が強烈なリーダーシップで推進した列島改造ブームが巻き起こした。この年の株価上昇率の首位は7.2倍強になった松島炭鉱(現在の三井松島産業)で、ほかにも鉱業株や証券株が値を飛ばしたと当時の新聞が伝えている。大納会の終値は5207円94銭と、当時としては過去最高値だった。
 もっとも72年末にはもう翌73年の金融引き締め・株安を警戒する声が出始めていた。73年1月3日付日本経済新聞朝刊の恒例の株価アンケートでは、相場の神様とも呼ばれた石井久・立花証券社長(当時)が、73年の年間高値を6月6000円、年間安値を後半4900円と慎重に予想していた。しかし、実際の73年の日経平均は高値が1月24日の5359円74銭、安値が12月18日の3958円57銭と期待を下回り、年間騰落率も17.30%のマイナスだった。
 もう1つ注意したいのは、安倍晋三首相は大納会の30日に東京証券取引所を訪れ、「来年(14年)もアベノミクスは買いだ」とあいさつしたが、決して昨年はアベノミクスだけが買われたわけではないことだ。新興国も入れれば、グラフのようにもっと上昇率が高い市場があるし、先進国だけを比べても、日本人が日本から円ベースで取引していれば、ドイツ株(ドイツDAX指数)は27日までで58.18%と、日本株以上のリターンを確保していた。ニューヨーク・ダウ工業株30種平均も円ベースでは52.17%値上がりした。
 日経平均採用銘柄のように比較的規模の大きい企業は、日本だけで事業をしているわけではないから、業績は経営上の大失策でもない限り、他の先進国の主要企業と大差ない。日経平均が大幅高になったのは、円という「価値が目減りした通貨」を物差しにして、企業の実力を測定したからだ。日本企業だから他の国際企業に比べて日本人を多く雇っているが、円安のおかげで日本人従業員に払う割高な賃金が大幅に節約でき、その分、利益が膨らんだのが正直なところであろう。
 むしろ今年から日本企業が真剣に取り組まなければならないのは、円安が進まなくても、自己資本利益率(ROE)が最低10%ぐらいは確保できるような強い経営の実現だ。昨年末時点の東証1部上場企業の株価純資産倍率(PBR)を予想株価収益率(PER)で割ると約8.5%だから、目標の10%まであと一歩に迫っている。
 12月26日に経済同友会が東京都内で開いたシンポジウムでは「株主利益最優先の経営はおかしい」との問題意識から、「ROEに代わる企業価値測定指標が必要だ」といった声も出ていた。しかし、上場企業の発行済み株式の30%近くを外国人投資家が保有しているうえに、昨年は株式の買い手が外国人しかいなかった現実を踏まえると、ROEを軽視した経営では、投資家がいなくなってしまうだろう。

 むしろ、長期的に安定したROEが生み出させるように経営力に磨きをかけ、国民の資産をしっかりと増やすエンジンとなるのが、上場企業の役割だ。グラフには2004年末から13年末までの9年間の株価指数上昇率を円換算し、その年率平均を折れ線で書き入れた。日経平均は3.96%とドイツの9.74%、スウェーデンの7.09%、米国の5.03%などを下回る。集計対象にした54カ国中では34番目だ。この順位を1つでも2つでも上げることが日本企業の挑戦課題といえるだろう。
 さて今年は12年の22.94%高、13年の56.72%高に続く3年目の株高が実現するだろうか。当面のハードルは3つある。第1は4月に消費税率が引き上げられ、その後に駆け込み需要の反動などで景気が一時的に停滞局面に入る可能性が大きいが、相前後して株式相場も上昇の勢いを失う恐れがある。その流れを見越すように、これまで大量に日本株を買ってきた海外のヘッジファンドが持ち高の解消に動く可能性があることだ。
 もともと世界の株式相場には11月から4月にかけて値上がりし、5月から10月にかけて停滞する習性がある(詳細は13年10月20日付日経ヴェリタスのコラム『ベンチマーク』参照)。ニューヨークのウォール街には「5月に売って去れ」という格言もある。日本の景気停滞ともタイミングが重なるため、この局面をどう乗り越えるかは1つの課題だ。
 第2に内閣支持率からは目が離せない。安倍首相の靖国参拝をめぐっては国民の間にも賛否両論があるが、日本経済新聞の過去118回の世論調査と日経平均との関係を分析すると、支持率が50%を割り、さらに方向も下降のままだと、株価の下落幅が大きくなる傾向がある(詳細は13年12月8日付日経ヴェリタスのコラム『ベンチマーク』参照)。支持率が下がれば、政策遂行能力が落ちると見て外国人投資家が株式を売ってくるのだ。
 第3に米国では大統領の任期は1期4年だが、2年目の11月(第1月曜日の翌日の火曜日、14年は11月4日)に中間選挙が実施され、任期2年の下院議員の全員と、任期6年の上院議員の3分の1が改選されることだ。この中間選挙の年はグラフのように、最も円高が進みやすく、日経平均が上がらない傾向がある。

 グラフは円の対ドル相場の年間変動パターンを示している。8月15日に米国のニクソン大統領(当時)がドル紙幣と金との交換停止を電撃的に発表し、固定相場制の崩壊が始まった1971年から13年までの43年間の平均像だ。すべてを平均すると年2.11%ずつの円高が進むのだが、特に中間選挙の年だけを平均すると、円高が7.58%も進んだことがわかる。自らの議席が気になる議員らが政府に産業競争力の強化策などを求めるためかもしれない。
 この円高傾向は日米の株価に異なる影響を与える。大統領選前年など他の選挙サイクルの年と異なり、中間選挙年には日米とも6月ごろから株式相場が崩れ出すのだが、ニューヨーク・ダウは10~12月になると、急速に立ち上がる。これに比べて日経平均は円高がじゃまになるのか、年末まで勢いづかないままに終わるのだ。もちろん今年がどうかはわからない。しかし、円相場にしても株価にしても、多くの人が想定する通りに動くのならば誰も利益を上げられないから、大方の予想が外れることは間違いなかろう。くれぐれも慎重に……。

筆者所感:

 正月の4日間、浮世離れしていたので今年に入って世間がどのように動いているかまだよく情報を読んでいないが、安倍総理は今年もまず第一に経済成長を取り上げており、その道しるべともなる株価はどのような動きをするかはいつも注意を払うことが必要だろう。特にこの1月からNISA(ニーサ、少額投資非課税制度)が始まり、証券会社の勧誘が激しさをますことが予想され、安易な気持ちで投資に参加することは絶対に避けなければならない。
 株価の上下動の予想は専門家でも外れることが当たり前なので著名な評論家だからといってのめり込んではならない。基本は企業の将来性があるかないこの判断が重要であり、その着実な配当を受ける目的の方が無難だ。
 特に厄介なのは各国の金融政策、そして為替相場だ。これを理解するのには年期が必要であり、これもまた評論家の予想はあてにならない。ただ長期的に見ればドル高傾向になることは間違いないのだがどの辺まで騰るのかが読みにくい。商品相場との関連もあり、半端な知識での予断は大いに危険を孕んでいるので、十分注意が必要であろう。
 基本的には5月いっぱいは勉強のつもりで遊んで、6月からトライしてみるのもひとつの方法だと思うがどうだろう。
 
 
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