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ウイルヘルム9世から大金を掠め取った人

 投稿者:狂った詩人  投稿日:2012年 5月21日(月)10時58分22秒
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  男の顔は領収書,女の顔は請求書。

『女はいつ請求書をだそうかとばかり考えている』.......ヘミングウエイ「日はまた昇る」より

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/214.html

神聖ローマ帝国・ドイツ。ロスチャイルドはヘッセン・カッセル伯爵一族から騙し奪った財産が出発点となった。詳しいことはジョン・コールマン著「ロスチャイルドの陰謀」を買ってお読みください。

一部を要約して紹介しましょう。「マイヤー・アンセルム(アムシェル)ロスチャイルド」は3人兄弟の長男で,金銭を扱う仕事をしていた両親を10歳のときから手伝っていた。この仕事は当時(神聖ローマ帝国時代,1806年まで)ドイツは350の公国から構成され,それぞれの公国がそれぞれの通貨を持っていたから,小規模ながらも実質的には一種の外貨両替商のそれだったと言える。一家は薄汚い小屋に両親と3人の兄弟で暮らしていたが,天然痘がヨーロッパで猛威をふるった1757年,両親が病死した。マイヤーは3年後自立した。13歳でハノーバーに出たアムシェルはオッペンハイム銀行にあまり重要でない半端仕事をお情けで与えられたが,仕事について半年もしないうちに見習い行員になった。ほどなく金融業で成功するには権力のある貴族からの保護がどうしても必要であると彼は悟った。そして,6年後ハノーバーを離れてフランクフルトに戻り,1770年,グーテレ・シュナッパーと結婚した。

 アムシェルがこのオッペンハイム銀行で働いていた当時,ヘッセン・カッセル伯爵(上の地図ではドイツ西部のヘッセン方伯領)に最も近い貴族の一人,エストルフ将軍に出会うという幸運に恵まれた。ヘッセン伯爵は後のウイルヘルム9世であり,アムシェルは金貸しとなり,ヘッセン・カッセルの領主ウイルヘルム9世の代理人となった。ウイルヘルム9世は1786年,父の死によって個人としてはヨーロッパ最大の財産(推定4000万ドル)を相続していた。この財産は主としてアメリカの独立戦争鎮圧用の兵隊をイギリス政府に貸し出して得られたものだ。1806年6月の戦いののち,領主ウイルヘルム9世はデンマークに逃れ,60万ポンド(約300万ドル)の管理をマイヤー・ロスチャイルドに委ねた。そして信用を勝ち得たマイヤーはウイルヘルム9世から財産を騙し奪ることになる。その金は三男ネイサンに持たせロンドン分家を創り,ネイサンはそこでワーテルローの戦いに乗じて資産を2500倍に増やした」ロスチャイルド家の創業者マイヤー・アムシェルには5人の息子と5人の娘がいた。長男はアムシェル・マイヤーで間違いやすい。ジョン・コールマンによればロスチャイルドが現在所有している財産のうち,一ドルたりとも真っ当な手段で得られた金はない,そうだ。次男のサロモンはヒットラーの祖父である。もしそうでなかったら歴史は変わっていたかもしれません。』

そしてエドモンド・ロスチャイルドの非嫡出子がスターリンであることを考えるとすべてが繋がってくる。
 
 
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