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オレンジ計画と第二次世界大戦

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2014年 3月11日(火)12時22分30秒
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  記事とは全く関連がありませんが.....

NEW SINGLE「グロテスク feat. 安室奈美恵」4月2日発売決定!!

http://www.sonymusic.co.jp/artist/KenHirai/info/437666

何で4+2=6=六芒星なのでしょうか?なぜニサンの月の13日前なのでしょうか?

http://www.millnm.net/cgi-bin/home.cgi

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/759.html

明治になり東アジアで台頭してくる非白人国の日本に対し、欧米諸国は脅威を感じるようになり、日清戦争のわずか2年後である1897年に、アメリカは日本を仮想敵国として、対日戦略プログラム 「 オレンジ計画 」 を策定し、日本はまさしくこのシナリオ通りに開戦に追い詰められ、大敗を帰しました。

この 「 オレンジ計画 」 を最初に策定したのは、アメリカ第25代大統領のウィリアム・マッキンレーです。 彼はフリーメーソンで、そのロッジはHiram Lodge No. 21, Winchester、その後Ohio州のCanton Lodge No. 60、同じくCantonのEagle Lodge No. 431に所属し、彼が亡くなった1901年には、ロッジの名前はWilliam McKinley Lodgeとなっています。

そして、その 「 オレンジ計画 」 を引き継ぎ、推進させていったのが、なんとテディベアでも有名で、優しく、親日家のセオドア・ルーズベルトJr.であります。  セオドア・ルーズベルトJr.もまた、フリーメーソンでありました。

フリーメーソン-106  オレンジ計画
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/700.html
フリーメーソン-102  セオドア・ルーズベルト
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/696.html

当時の欧米では優生学が流行り、人種差別が当たり前のように行われていた時代であり、そのようなな中で、劣等と思われていた有色人種の日本が、日露戦争で白人国のロシアに勝ったことは、欧米の白人達にとっては、脅威であり、黄禍論(イエローペリル)が、ドイツのウィルヘルム2世やアメリカなどで盛んに論じられるようになりました。

欧州勢に比べて、海外植民地政策に遅れたアメリカが狙う獲物は只一つ、阿片でしゃぶ漬けにしている中国ですが、この利権同じく狙ってくる日本は、アメリカにとって邪魔な存在であるしかありませんでした。


フリーメーソン-57  龍馬暗殺 ~幕末の政情~
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/649.html
フリーメーソン-58 坂本龍馬暗殺 ~真犯人~
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/650.html
フリーメーソン-73 三井・三菱の阿片ビジネス
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/666.html
フリーメーソン-98  安室奈美恵
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/692.html


日露戦争では日本に味方してくれた米国はオレンジ計画で、

「 日本とは現在友好関係にあるが将来極東支配を目論む日本の領土拡大政策が原因で衝突せざるを得ないとし、その場合日本はこの戦争に国力を総動員するであろうから、米国はマーシャル、マリアナ諸島に進行して海上封鎖を強めて日本の補給路を遮断する。 そして艦隊決戦によって米国が勝ちを制して沖縄を占領し、最後は空爆によって生産施設を破壊して降伏させる。」

といった内容になっており、太平洋戦争はほぼこのとおりに推移しました。  更に、

① 中国と組んで反日宣伝を推進する
② 日本の海軍力を削減させる
③ 日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させる

といった戦略を確実に実行に移し、中国全土の反日運動、度重なる海軍軍縮会議、中国に対する援助等、すべてこれらのプログラム通りに実行に移しました。


そして、「 オレンジ計画 」 は、武器の発達と共に、修正が加えられ、1941年9月27日に日本とドイツ、イタリアが三国同盟を結ぶと、アメリカは新たな対日戦争計画「オレンジ5」を策定しましたが、

その内容は、日本は資源を求めて領土拡大を図るだろうから、補給路を断ち、制海権を握って日本の海上輸送を封鎖。沖縄を占領し、空爆によって日本本土を爆撃。 戦闘能力を奪って日本を孤立させ、無条件降伏を迫るというものであります。

アメリカはそのために海軍を増強しましたが、真珠湾攻撃が始まる二ケ月以上も前のことであります。  アメリカは、日米開戦の前に、日英同盟の解消、海軍主力艦の制限、ブロック経済、対日禁輸など、日本の封じ込めを図り、日本をアメリカとの開戦に誘導したふしがあり、確実にアメリカと戦争をするように仕向けたと言っても過言ではありません。

日本はアメリカの対日圧迫政策を回避するために、中国や南洋へと資源を求めて進出するという、まさに、アメリカが描いたシナリオどおりに進み、1941年12月8日の真珠湾攻撃につながり、その結果もたらされたのが「新型爆弾」である原爆の投下であります。

そうして、原子爆弾を日本に落とすための、 「 マンハッタン計画 」 を強力に推し進めたのが、フリーメーソンのフランクリン・D・ルーズベルト、しかしながら1945年4月12日に脳卒中で死亡し、実際に日本に原爆投下の支持を出したのは、フリーメーソンのトルーマン大統領です。

フリーメーソン-103  フランクリン・D・ルーズベルト
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/697.html
フリーメーソン-105  ハリー・S・トルーマン
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/699.html
フリーメーソン-107  ジョン・ホプキンス大学
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/701.html
フリーメーソン-108  日本の原爆開発
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/702.html
フリーメーソン-109  コンゴウラン
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/703.html
フリーメーソン-110  ブレトン・ウッズ体制
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/704.html
フリーメーソン-111  原爆投下
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/705.html
フリーメーソン-112  ヤルタ会談
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/706.html
フリーメーソン-113  ポツダム宣言受諾
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/707.html
フリーメーソン-114  東京裁判
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/708.html

オレンジ計画  フリーメーソン

日清戦争のわずか2年後である1897年に、アメリカは日本を仮想敵国として、対日戦略プログラム 「 オレンジ計画 」 を策定し、日本はまさしくこのシナリオ通りに開戦に追い詰められ、大敗を帰しました。

この 「 オレンジ計画 」 を最初に策定したのは、アメリカ第25代大統領のウィリアム・マッキンレーです。 彼はフリーメーソンで、そのロッジはHiram Lodge No. 21, Winchester、その後Ohio州のCanton Lodge No. 60、同じくCantonのEagle Lodge No. 431に所属し、彼が亡くなった1901年には、ロッジの名前はWilliam McKinley Lodgeとなっています。

そして、その 「 オレンジ計画 」 を引き継ぎ、推進させていったのが、なんとテディベアでも有名で、優しく、親日家のセオドア・ルーズベルトJr.であります。  セオドア・ルーズベルトJr.もまた、フリーメーソンでありました。

フリーメーソン-102  セオドア・ルーズベルト
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/696.html

当時の欧米では優生学が流行り、人種差別が当たり前のように行われていた時代でありました。

そんな中で、劣等と思われていた有色人種の日本が、日露戦争で白人国のロシアに勝ったことは、欧米の白人達にとっては、脅威であり、黄禍論(イエローペリル)が、ドイツのウィルヘルム2世やアメリカなどで盛んに論じられるようになりました。

実は、原子物理学の最先端をいっていたのは、日本であり、当時は原子の構造はブドウパンのように、原子核に電子がはりついている構造であると、イギリスのトムソンなどが唱えていましたが、江戸時代生まれの長岡半太郎が、今日知られているような土星型のモデル、すなわち原子核を中心に電子が回っている構造を、世界で始めて提唱し、9年後にボーアによって、長岡の理論が正しいことが証明されました。

この事実は、Webサイトで、First founder of atomic model(世界で最初の原子構造の発見者)を検索しても、長岡半太郎が世界で最初であるとされています。

原子物理学 Atomic Physics
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/130.html

しかしながら、当時は人種差別の偏見があり、長岡はノーベル賞を受賞することはできず、長岡の提唱から9年後に証明したボーアが、世界で最初の原子構造の発見者であると我々日本人は教科書で教えられています。

また、K殻の電子軌道を理論的に、世界で始めて予言したのは、長岡の弟子の湯川秀樹であり、彼は原子核は陽子と中性子からなり、中間子がそれを結び付けている事を、理論的に予言して、ノーベル賞を受賞しています。

すなわち、今日の原子構造を解明したのは、長岡半太郎と湯川秀樹であるのです。

このような最先端物理の研究成果は、欧米の一般人は知らなくても、国家レベルでは当然知られていることであり、欧米人以上の科学技術レベルを持つ日本、日本人は彼らにとっては脅威でもあり、白人以上に優秀であることは許されなかったのであります。

欧州勢に比べて、海外植民地政策に遅れたアメリカが狙う獲物は只一つ、阿片でしゃぶ漬けにしている中国ですが、この利権同じく狙ってくる日本は、アメリカにとって邪魔な存在であるしかありませんでした。

フリーメーソン-98  安室奈美恵
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/692.html
フリーメーソン-73  三井・三菱の阿片ビジネス
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/666.html
フリーメーソン-57 龍馬暗殺 ~幕末の政情~
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/649.html
フリーメーソン-58  龍馬暗殺 ~真犯人~
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/650.html

日露戦争では日本に味方してくれた米国はオレンジ計画で、

「 日本とは現在友好関係にあるが将来極東支配を目論む日本の領土拡大政策が原因で衝突せざるを得ないとし、その場合日本はこの戦争に国力を総動員するであろうから、米国はマーシャル、マリアナ諸島に進行して海上封鎖を強めて日本の補給路を遮断する。 そして艦隊決戦によって米国が勝ちを制して沖縄を占領し、最後は空爆によって生産施設を破壊して降伏させる。」

といった内容になっており、太平洋戦争はほぼこのとおりに推移しました。  更に、

① 中国と組んで反日宣伝を推進する
② 日本の海軍力を削減させる
③ 日本の兵力を大陸に向けさせ消耗させる

といった戦略を確実に実行に移し、中国全土の反日運動、度重なる海軍軍縮会議、中国に対する援助等、すべてこれらのプログラム通りに実行に移しました。

そして、「 オレンジ計画 」 は、武器の発達と共に、修正が加えられ、1941年9月27日に日本とドイツ、イタリアが三国同盟を結ぶと、アメリカは新たな対日戦争計画「オレンジ5」を策定しました。

その内容は、日本は資源を求めて領土拡大を図るだろうから、補給路を断ち、制海権を握って日本の海上輸送を封鎖。沖縄を占領し、空爆によって日本本土を爆撃。 戦闘能力を奪って日本を孤立させ、無条件降伏を迫るというものであります。

アメリカはそのために海軍を増強しましたが、真珠湾攻撃が始まる二ケ月以上も前のことであります。  アメリカは、日米開戦の前に、日英同盟の解消、海軍主力艦の制限、ブロック経済、対日禁輸など、日本の封じ込めを図り、日本をアメリカとの開戦に誘導したふしがあり、確実にアメリカと戦争をするように仕向けたと言っても過言ではありません。

日本はアメリカの対日圧迫政策を回避するために、中国や南洋へと資源を求めて進出するという、まさに、アメリカが描いたシナリオどおりに進み、1941年12月8日の真珠湾攻撃につながり、その結果もたらされたのが「新型爆弾」である原爆の投下であります。

そうして、原子爆弾を日本に落とすための、 「 マンハッタン計画 」 を強力に推し進めたのが、フランクリン・D・ルーズベルト、しかしながら1945年4月12日に脳卒中で死亡し、実際に日本に原爆投下の指示を出したのは、トルーマン大統領です。

フリーメーソン-103  フランクリン・D・ルーズベルト
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/697.html
フリーメーソン-105  ハリー・S・トルーマン
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/699.html


 
 
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