teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:944/3587 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

専制君主制は必ず滅びる

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2014年 9月 8日(月)17時26分20秒
  通報 返信・引用 編集済
  一つの文明はスタートして1200年後には崩壊を迎えるのである。これはヨハネの黙示録の1260日,ダニエル書の一時期,二時期,半時期に匹敵するものであろう。つまり歴史とは一つの生命現象なのです。

関連記事........

蛮族戦闘団体と文明 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/155.html

蛮族戦闘団体と文明 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/156.html

蛮族戦闘団体と文明 その3

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/157.html

岩路真樹報道ステーションディレクターのFLASHの記事が回収された......というこは自殺でなかったということだろう。

増山麗奈 ?@renaart

岩路真樹報道ステーションディレクターの死を報じたフラッシュが発売前に回収されるらしい。怪しいよ~。何が書いてあったんだよー!誰が書いていたのだろう。 pic.twitter.com/VQL9VkDC4G

増山麗奈 ?@renaart

@hst_tvasahi どうして岩路真樹ディレクターの追悼特集をやらないんですか?岩路氏は貴番組の原発報道に多大な貢献をされた方と思います。このまま、彼の死に触れないと、国民の疑惑が膨らむばかりです。もっとも原発問題に切り込んでくれた貴番組の意地と誇りを見せてほしいです。

管理人注:それは難しいでしょうね。ワールドビジネスサテライトのコメンテーターであった植草一秀さんが痴漢冤罪で逮捕されても小谷のおばさんは知らんぷり。自ら安全地帯にいるんですよ。誰でも組織の中にいればそうなります。テレ朝の古舘一郎さんも何事もなかったように出演していました。

https://twitter.com/renaart/status/508955298581606401

NHK解説委員・長谷川浩氏のの変死考

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/696.html

記事は一杯あります

http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RACGGF0g5UFE8AiSOJBtF7?p=%E3%82%8C%E3%82%93%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%93NHK%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E5%A7%94%E5%93%A1%E3%83%BB%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E6%B5%A9%E6%B0%8F%E3%81%AE%E3%81%AE%E5%A4%89%E6%AD%BB%E8%80%83&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=

http://toyokeizai.net/articles/-/23912

専制君主制は必ず滅ぶ!米国への警告
オリバー・ストーン単独インタビュー(上)
VOICE編集部
2013年11月26日

オリバー・ストーン氏は、アメリカの映画監督・脚本家・映画プロデューサーとして、知らない人はいないほど著名な人物である。『プラトーン』(1986年公開)、『7月4日に生まれて』(89年)でアカデミー賞監督賞を2度受賞し、他にも多くの作品を残している。
歴史の真実は実際にその時代を生きた人でも知らないことが多い。政府が国民に知られたくないことを別の「真実」で隠蔽したり、否定したり、あるいは国民が納得するであろう理由や言い訳をでっちあげることもよくあることである。
アメリカが単独の覇権を謳歌してきたことを否定する人はいない。しかしその地位を確立するために、アメリカはこれまで何をしてきたのか。そこに疑問を抱いたストーン氏が、歴史学者ピーター・カズニック氏とつくったのがドキュメンタリー作品の『もう一つのアメリカ史(“The Untold History of the United States”)』である。
私は直接本人にインタビューを申し込み、発言内容をほぼそのまま掲載するという条件で応じていただいた。以下、ロサンゼルスのオフィスで行なわれたインタビューである。
(聞き手、写真:大野 和基<国際ジャーナリスト>)

原爆を投下する必要は決してなかった

大野:オリバー・ストーンさんが昨年発表した、ドキュメンタリー作品『もう一つのアメリカ史』(The Untold History of the United States)が、全世界で大きな反響を呼んでいます。同作では第二次世界大戦でアメリカが日本に原爆を投下した理由を「ソ連を牽制し、戦後の国際政治におけるイニシアチブを握るため」と分析。米軍将兵の犠牲を少なくするためだったというアメリカ政府の「公式見解」を否定するような立場を取っています。

ストーン:われわれが、このドキュメンタリーで強調したことは、ソ連侵攻です。これはアメリカ史の中ではほとんど言及されていませんが、核心的な重要性を持ちます。ソ連軍は関東軍を数日で壊滅させ、侵攻してきたのです。ソ連はドイツ、特にベルリンにいた女性や男性に対してひどいことを行いましたが、そのことは日本のリーダーには脅威でした。

また日本軍は1939年にシベリア国境でゲオルギー・ジューコフと厳しい戦いをしました。日本の降伏において、原爆は重要な要素ではなく、ソ連の脅威が重要な要素だったのです。

あなたは、岡本喜八監督の映画『日本のいちばん長い日』(1967年公開)を観たことがありますか?

大野:いいえ。

ストーン:観たほうがいいですよ。素晴らしい映画です。ポツダム宣言の受諾をめぐって会議が紛糾するなか、笠智衆演じる鈴木貫太郎首相が「このままではロシア人に北海道を占領されてしまう」というシーンがあります。ソ連の動きは、日本の降伏にも決定的な意味をもっていたのです。また同作では、三船敏郎演じる阿南惟幾陸軍大臣が、降伏を阻止しようとクーデターに走る将校たちに対処するシーンが描かれており、当時の若者のあいだに狂信的なムードが広がっていたことがわかって非常に興味深い。

大野:そのような歴史は、アメリカの教科書では教えられるのでしょうか。
戦争終結のために原爆は必要なかった

ストーン:私も私の子供たちも、こうした歴史を学校で教わることはありませんでした。高校の教科書には、「当時の日本軍には、どんな状況になっても降伏を拒む狂信的な一派があり、それが沖縄や硫黄島での戦いにつながった」「アメリカが原爆を落としたのは、戦争を終結させることで、これ以上日米両国の人命を失わせないためだった」と書かれています。

しかし実際には、アメリカは1941年ごろから日本の通信を傍受しており、「食糧不足に苦しんでいる日本は降伏寸前」ということはわかっていました。トルーマン大統領が、スターリンにポツダム宣言への署名を見送るように促したのも、当時は日ソ中立条約がまだ有効であり、「ソ連はまだ連合国側についていない」と日本に思わせてミスリードする意図があったのです。

またアメリカは、「ダウンフォール作戦」という日本本土への侵攻も計画していた。これが実現していれば、日本は徹底的に破壊されていたでしょう。こうした点を考えても、戦争を終結させるために原爆を投下する必要はけっしてなかったのです。

大野:スターリンはトルーマンの意図に気付いていたのでしょうか。

ストーン:おそらく真意を察しましたね。実際はアメリカは、これは正しい戦争の終わり方でなければならない、満足の行く終わり方でなければならない、多くの命を救ったというメッセージを非常に積極的に国民に伝えるべく頑張ったのです。アメリカを神聖化することが必要だったのです。そうすることで、アメリカは、今まで非合法に使ってきたパワーを持つ役割を世界で担うことを認められたのです。もちろん実際は犯罪ですが、表向きにはそうでないと言っています。

ルーズベルトはスターリンに日本の領土割譲を約束していました。韓国、満州といくつかの島です。トルーマンはそのような割譲を行う意思はまったくありませんでした。

基本的にアメリカは日本に極東に残りました。共産主義を抑止したかったからです。共産主義が強くなるのを望まなかった。ですから、これは原爆ととともに展開していった政策です。今われわれは「世界の警察国家」ですが、その、前兆、基盤になったのが原爆です。それがわれわれの意見です。

国家の栄誉と経済的報酬のための戦争

大野:もともとあなたは1967年からベトナム戦争に参加し、その経験をもとに制作した映画『プラトーン』(86年)でアカデミー監督賞を受賞されました。ご自身の戦争観はベトナム戦争の影響を多大に受けているのでしょうか。

ストーン:ベトナムには18歳のときに英語教師として、21歳のときには陸軍兵士として赴きました。ただ、ベトナム戦争の経験からすぐに『プラトーン』の構想が生まれたわけではありません。少し、私の来歴をお話ししましょう。

私は1946年にニューヨーク市で生まれ、共和党支持者の父親から保守的な教育を受けました。当時は「アメリカ帝国」の黎明期で、ニューヨークは「世界の中心」といわれていました。そのため私も、ベトナム戦争が勃発したとき、「これは共産主義と戦うための『正しい戦争』だ」と信じていました。

しかし軍隊に入り、実際にベトナムの地を踏んだとき、大きな衝撃を受けました。アメリカ軍が最新式の兵器をもつ一方、相手はほとんど丸腰で何ももっていない。現地の農民が米兵と衝突し、一方的に銃撃されるシーンを幾度となく目にしました。あまりにもフェアではないと思いました。

私が受けた心の傷は深く、帰国後は一時的に精神を病んでしまいました。呆然として、何も手につかなかったのです。それでもまだ「アメリカは間違っている」と確信することはできず、反戦運動にも参加しませんでした。

1970年代に入っても、ニクソン政権下でアメリカは戦争を続けました。同時にウォーターゲート事件が発生し、この政権がCIA(中央情報局)を使って違法に情報収集をしていたことが明らかになりました。アメリカはさらに危険な方向に走っていたのです。私は政治や歴史の各分野で知識人に話を聞いて回り、世界情勢に対する知識を蓄えていきました。その経験があって初めて、アメリカが行なってきたことに疑問を持ち始めたのです。

80年代に入り、私は『サルバドル/遥かなる日々』(86年)をつくろうと、友人のジャーナリスト、リチャード・ボイルとともにニカラグアやホンデュラス、グアテマラ、エルサルバドルなどの中米諸国を訪れました。そこで米軍の行動を見て、「ベトナム戦争と同じだ」と確信しました。アメリカは国家の栄誉のため、そして経済的報酬のために、戦争をしたがっていたのです。

大野:それが『プラトーン』につながったわけですね。

ストーン:ええ。その後も『7月4日に生まれて』(89年)、『JFK』(91年)、『天と地』(93年)などの作品をつくり、前に進み続けました。しかし2000年にブッシュ大統領が就任すると、アメリカはますますクレージーな方向に進んでいった。そこで今回は、歴史家のピーター・カズニック氏と共に計10時間のTVドキュメンタリーをつくったのです。アメリカがいかにして「世界の警察国家」になっていったのかを克明に描くために。(『Voice』2013年12月号より)


 
 
》記事一覧表示

新着順:944/3587 《前のページ | 次のページ》
/3587