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アンハッピーリタイアメント

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2014年11月22日(土)11時34分5秒
  通報 返信・引用 編集済
  コメントに投稿がありました

ある方からのメッセージ
2014/11/22 8:13
アンハッピー・リタイアメント
http://www.class.co.jp/column/2013082101.html

どうやら日本人のリタイア適齢期は60歳だということのようです。しかし石原慎太郎や黒柳徹子をはじめ、日本の社会全体がリタイアが遅くなっている気がします。私はいわゆる若者なのですが、後進に道を譲ってもらいたいという意味で、年寄りには早々にリタイアしてもらうことを願っております。どうすればリタイアしやすい社会が出来上がると思いますか。達人さんの意見が聞きたいです。よろしくお願いします。

管理人から:あなたが60歳になって金がなけりゃリタイア出来ないし金があってもリタイアしない人もいるわけで......第一あなたが60歳まで生きられるかこれも誰も答えは出せない。

神の超越性は個人の内面にあり

http://megalodon.jp/2009-0318-0304-50/angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/299.html

http://www.class.co.jp/column/2013082101.html

コラム 2013/8/21
【第165回】アンハッピー・リタイアメント

浅田次郎の小説にハッピー・リタイアメントというのがあるが、これはその小説とは何の関係もない。

厚生労働省の発表によれば、日本人男性の平均寿命は79.6歳、アメリカ人男性の平均寿命は75.4歳、中国人男性の平均寿命は69.7歳である。
ビジネスマンが引退する(江戸時代で言えば隠居ですな)年齢は、平均寿命マイナス20歳と考えられている。
この論理で再計算すると、日本人のリタイアメント年齢は約60歳(59.6歳)、米国人のリタイアメント年齢は約55歳(55.4歳)、中国人のリタイアメント年齢は約50歳(49.7歳)ということになる。
この数字は各国の年金支給開始年齢とも深くリンクすることになる。

中国人年齢50歳でリタイアするとなると、大学を卒業する22~50歳までの約30年間で老後の資金を貯めなければならない勘定になる。
お金がなければ、ハッピー・リタイアメントはできない。それゆえ、アメリカ人や中国人は30代、40代で激烈に金儲けをするのかもしれない。

日本人でハッピー・リタイアメントした典型的な人物が大橋巨泉である。
彼は全盛期の50代で入念な準備のもとにハッピー・リタイアメントを果たした(56歳であります)。
OKギフトショップという土産屋を海外に何店舗も展開し(経済的な基盤)、ニュージーランド、カナダ、日本、等々に家と永住権を確保し(生活基盤)、老後を共に楽しむパートナー(配偶者)を確保し(人生基盤)、完璧に準備して引退したのである。
その大橋巨泉が、数年後に自身が書いたエッセイで「リタイアが早すぎた」と後悔しているのである。
これはハッピー・リタイアメントの公理が間違っていたからである。彼のハッピー・リタイアメントの公理は以下のようなものであった。

ハッピー・リタイアメント = 安楽な生活 = 経済基盤 × 生活基盤 × 人生基盤

この公理のように正しくハッピー・リタイアメントしたはずなのに、この先には、ハッピー(幸福)が=で導かれなかったようである。

趣味と仕事の違いは、

趣味はいつやっても楽しいがすぐ飽きる
仕事はなかなか楽しくならないが飽きない

というものであった。

ゆえに、毎日が日曜日で趣味三昧の人生(彼の場合はゴルフですが)に移行した巨泉さんは、教科書どおり幸福になったかといえば、ある週刊誌でリタイアから数年後にいみじくも述懐したように、「引退するのが早すぎた」と後悔しているのである。

人間の幸福をいくつかの要素に分割すると、

1.単純に楽しむ
2.命をかける
3.世のために尽くす
4.人から求められる

という要素に分解できるが、3と4の否定形、すなわち “自分のためだけに生きる” かつ、“誰からも期待されない” 生活が彼の考えたハッピー・リタイアメントの内容だったのである。
肉体や精神が老いさらばえて朽ち果ててゆく瞬間まで老化しているのであればそれもいいのであろうが、体がまだ健康で意識もハッキリしていて老いさらばえた状態ではない人が社会から隔離されて生きても、“生きがい”が失われて少しも楽しくならないのである。
仕事上の軽いストレスも人生にとってはよきスパイスなのである。
ゆえに、生涯の職業があって仕事が続けられるのであれば、量を少なくしても何らかの形で続けた方がよいのである。
儲かるか儲からないかは判らないが、仕事があるということは幸福でい続けるチャンスがあるということでもあるのだ。

筆者は年齢的には孫がいてもおかしくない歳であるが、引退して何もやることがなく、ひたすら孫の面倒を見る生活が幸福だとはとても思えない。
社会に参加できない哀しさは孫の面倒では払拭できないと思う。
引きこもりの人が幸福でないのと同じである。

皆、漠然とハッピー・リタイアメントを思い描いているが、よくよく考えると、大橋巨泉的完璧なハッピー・リタイアメントは、アンハッピー・リタイアメントなのだ(当人もそう言ってます)。
医者や伝説の職人のように、手に職を持っていて死ぬまで現役でいられることが案外幸福なのである。
そう考えると、リタイアメントは決してハッピーではないので、生涯-現役がよいのかもしれない。
折りしも年金の支給年齢が65歳に上がることになっているので、60過ぎても現役の実力を失わないように今から準備しなくてはならない。
だがサラリーマンをやっていると、所属している会社はあるが、その人に由来する職業は持っていない。
ゆえに、大多数のサラリーマンは所属を失うと(定年になると)職業と収入を失うのである。

今から職業を持つということは人生設計のやり直しを意味するものである。
手に職をつけて一人前として食べられるようになるまでどうしても数年かかる。
年を取って下積みから再スタートするのも逡巡を覚える。
こうして50を過ぎて役職定年を迎えたオトーサンはハムレット状態になるのである。

我々システムエンジニアはどちらかと言えば“手に職”系の商売なので、きちんと自分の技術を磨いていれば年齢に関係なく仕事を続けられるし、会社を退職してもフリーで仕事がもらえるはずである。現にそうやって活躍している先輩は、たくさんではないがいることはいる。
反対に、現役の時代に周囲に威張り散らしたり、下請けをいじめたり、部下の手柄を横取りしたり、悪行の限りを尽くしている人は地獄のような孤独なリタイアメントが待っています。
サラリーマンを長くやっているとその生活が永遠に続くような気持ちになるのだが、会社や役職を離れるとその人の風景は一変する。
そのときになって後悔してもあとの祭りであるし、そんな嫌な奴と友達になりたい奴などだれもいないし、女性にも蛇蝎の如く嫌われるであろう。役目で一時嫌な奴を演じていると当人は思っているが、サラリーマン時代に卑怯なことを散々やってきた人は、家でも外でも嫌われ者なのである。みんなそのことに気づいていなさすぎないだろうか?
ついこの間もそういう人間が大会社を辞めた。彼の未来には何もない。
延々とアンハッピー・リタイアメントが待っているだけである。

え、なに?人生相談?
30代で手配師に成り下がってしまって、プログラムも組めなきゃ、設計もできず、提案もできない大手SIerのSEはどう生きればよいのかって?
う~ん、IT業界で生きるのは無理なので宅建でも受けて不動産屋に転職したらどうでしょうか?


http://www.youtube.com/watch?v=aZYB_IOqeOE&list=PL96B3801E00846B8F&index=1
 
 
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