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「出エジプト記」14章「葦の海の奇跡」から

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2014年11月22日(土)18時57分42秒
  通報 返信・引用 編集済
 
HG・ウエルズによるアトランティスの解説

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/614.html

旧約聖書「出エジプト記」14章<葦の海の奇跡>に書かれているモーゼがイスラエルの民をエジプトから連れ出す際,海を真っ二つに割ったシーン。実はこの絵には大きな間違いがある。当時サントリング島の大噴火による大地震で海底が突起し盛り上がった。そして追ってきたエジプト軍の大軍は,モーゼが渡りきったところで200メートルの大津波にあって全滅した。当時の海はナイルデルタの端にあるエルバラ湖がそうである。

HG・ウエルズによれば「インド=ヨーロッパ民族がまだ南下しない以前のある時代に,黒海の沿岸に大激変的な氾濫が起こったということもあろう。あるいは急激な浸水であったかもしれない。いまでも黒海の水面がわずか4,5メートルほど高くなれば,カスピ海とつながってしまうであろう。またこれらの水面からの蒸発を妨げるような湿潤で寒い年が続いたならば,そうした大洪水を起こすこともありうるのである。現代ではわれわれはみんな地図を備えることもでき,地理的観念ももっているので,紀元前二千年代にはもっとも博識な人々でもどんなに地理的消息に暗かったか,ということを想像するのはむずかしいことである。

 したがってかつてダーダネルス海峡を通って航海していったことのある,失われた国についての不思議な物語に尾鰭がついて,ギリシャや,フェニキアの交易商人たちが地中海の西端の航路を拓(き)り開いたときに,同じようなこの不思議な物語をこんどは新しく発見した海峡のかなたにある国の伝説として,移動させたということもありうるであろう。

 コーカサスのグルジア地方は疑いもなくきわめて考古学的に有望な土地であり,もしなにか初期文明に関係のある重要な遺物が発見されるとすれば,それはおそらく黒海と西トルキスタンとの間の地帯からであろう。いくつかの有名なギリシャ神話や,伝説はこのグルジア地方に集中しており,アルゴス船隊が目的とした「金羊毛」の国も,人類のために神々の火を盗んだプロメシュウスがその罰として鎖に縛られて,肝臓をハゲタカに啄(つい)ばまれていたところも,この地方である。

 サー・フリンダース・ペトリは,この「金羊毛」の国であるコルキス(コーカサスの南方の国)と先史時代のエジプトとには,きわめて早くからある連絡があったという考えを強くもっている。またヘロドドスもコルキス人とエジプト人との間に類似している点のあることを述べている」それらを裏づけるにはアーサー・ケストラーのユダヤ人とは誰かを読む必要がある。それはユダヤ人ではないアシュケナージカザール人がアトランティスの末裔であり,最終的な目標がアトランティスという国=統一世界であることを理解する一助にはなるだろう。

三千年ほど前,ジブラルタル海峡の彼方の大西洋に,一大文明国があった。それは大陸というべき大きな国で,そこには黄金のリンゴの樹のあるヘスペリデスの園があった。

推測が正しければ,アトランティスはヘスぺリデスであり,ヘスベリデスを考える際,ギリシャや後代の文学はこうした消滅した国のあったことについていろいろ仄めかしている。

 それは,オリンピアンズ(300人委員会)の宣伝部長とも言われたHG・ウエルズがあの広大で深遠な著作「世界文化史・OUTLINE OF HISTORY」のなかで数行口をすべらした文章で伺い知ることが出来る。「この物語(アトランティス=ヘスベリデス)は映画の製作者やその観衆にとってはまさにお誂え向きのものである。地質学上のはるかな昔の時代に,いまでは太平洋の怒涛が逆巻いているところに陸地があった,ということを想像するのは必ずしも理由のないことではないが,中新世以来のヨーロッパやアジアが西方に広がっていたという形跡は何もないのである。

 しかし文明は過去においてやっと二万年か,一万年くらいのもので,人類が本当に人間になったのは,わずか更新世この方のことなのである.......また初期のギリシャ文学ではホメロスや,ヘシオドスもスペインの存在さえも知らなかったくらいであるから,まして大西洋のことは知るはずもないのである。

 レジナルド・フェセンデン氏はこうした「アトランティス伝説」についてのきわめて入念な研究をしているが,それによるとかれはアトランティスは大西洋のなかの失われた陸地ではなくて,おそらくかつてコーカサス地方にあった,極めて重要な文明をもっていたところのことらしい,と結論づけているのである。

洪水伝説と三つの鳥居

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3034

アトランティス沈没の伝説

http://ameblo.jp/0405ryu-i-s3017/entry-11216854509.html

アトランティスの生き残りが......?

http://ameblo.jp/64152966/entry-11958496465.html

裏イスラエル=日本......イルミナティとアトランティス

イルミナティはなぜ日本を目の敵にするのか?

http://www.millnm.net/qanda4/45GPlUZhrYCv697183.htm

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141122-00039305-playboyz-sociより~前編

謎の古代「アマゾン源流域」文明もアトランティス人が作った?

週プレNEWS 11月22日(土)6時0分配信

写真は元記事参照

アトランティス人がアンデスの前に定住したと推測される南米モホスの高度3000mから見た農耕地跡。主に豆類、芋類、果樹、繊維用の植物などを栽培していた

遺骨の頭に皿をかぶせる風習、その皿に残る4つの渦巻き文様、そして巨人伝説、多くの符合が意味するものとは? 古代史の謎に迫るシリーズ第5回!

【写真】モホス平原と居住地ロマ

■南米、中米に残る白い顔の先祖の伝説

8000年前頃の地中海には今よりも広い陸地があり、そこに最古の巨石文明が誕生した。しかし、4000年前頃に激しい地殻変動による地震と大津波に襲われ、その陸地は現在のマルタ島とゴゾ島を残して海に沈んだ。

最新の地球科学で突き止められたこの事実が「アトランティス伝説」のモデルになった……という仮説のもとに本誌は独自取材を進めてきた。そして、巨大災害を生き延びた「マルタ=アトランティス人」の子孫が、大西洋を越えて「南米大陸」へ渡った痕跡が見えてきた。

そのひとつが、前回紹介した“4つの渦巻き文様”を彫ったマルタ巨石文明の「大型石板」だ。これと姿形も信仰上の意味も共通した遺物が、3700年前頃の南米アンデス高地に生まれた「チリパ文化」の神殿跡にも残されていたのだ。

さらに前回まで、海抜4000m以上のアンデスの村々に伝わる次のような伝説を紹介した。

《…大昔に大洪水で滅びた世界の果ての国から、白い顔の先祖たちが二度と水に沈まない高い土地を求めて今の場所(アンデス高地へ)へ来た…》

この伝説を2003年にペルーのクスコ市に住むケンコ・ハラウィという高名なシャーマン(呪術師)から聞かされた、考古ジャーナリストの有賀訓(あるが・さとし)氏は言う。

「ただし、このアトランティス人の生き残りかもしれない人々は、アンデス高地だけではなく南米各地に住みついた可能性もあります。なぜなら欧米の探検家たちが19世紀末頃に、ペルーとボリビアの東側に広がるアマゾン川源流域などで不思議な“肌の色が白いインディオ部族”に出会ったという報告があるからです」
あらためて調べると、白い顔の先祖の話は南米だけでなく中米地域の先住民伝説にも登場することがわかった。そして、アトランティス伝説をはじめ世界各地の古代神話をよく知るケンコ師も、有賀氏の取材にこうつけ加えたという。

「大昔に世界の果てから南米大陸へ来た白い顔の先祖の中には、アンデスへたどりつく前に、どこかの土地に住みついた人々もいたのではないでしょうか……」

確かに、地中海を4000年前頃に旅立った「マルタ=アトランティス人」が、3700年前頃にアンデス高地に誕生したチリパ文化に関係していたなら、約300年の時間差が生じる。その10世代にも及ぶ歳月のなかで、アンデス高地へたどりつく前に別の土地に定住した集団がいたと考えたほうがむしろ自然だろう。

実は、4000年前の“地中海脱出組”アトランティス人が、アンデスにつく前に定住した可能性を示す遺跡地帯が近年、発見されている。それはアマゾン川の源流地帯にあたる、ボリビア・ベニ州のモホス平原だ。

この標高200~300mのモホス平原は、12月から5月の雨期には7割の面積が水浸しになり、農業には不向きな土地だ。現在は一部の地域で肉牛飼育が行なわれているが、大平原の移動は馬と小型ボートがなければ難しい。

そんな秘境地帯に、実は数千年前から12世紀頃にかけて大規模な農耕社会が存在したのだ。この発見について、ベニ州都のトリニダート市にある州立ベニ大学の人類学研究室の調査担当者は、こう説明してくれた。

「モホス平原のほぼ全域に謎の遺跡地帯が広がっている事実は、1960年代前半から始まった石油・天然ガス資源の航空機探査がきっかけでわかりました。主な遺跡と遺物は、農耕地、人造湖、平原に土砂を盛った居住地、その居住地の間を直線的に結ぶ土手状の道路と水路、無数の土器片などですが、遺跡地帯の空間スケールが大きすぎるので、1960年代以前の地上調査では全体像が理解できなかったのです」
■本州と同じ広さの平地を開拓した謎の文明がアマゾンに

例えばモホス平原の農耕地跡は、幅数百m、長さ1~2kmの巨大な「畝」が数多く密集し、地面を2mほど掘り下げた平行四辺形や三角形の人造湖は一辺が最大20kmにも及ぶ。マウンド状の居住地(ロマ)は森か林にしか見えず、これをつなぐ数kmから20kmの土手道と水路跡も、高度2000m以上の空から眺めないと確かに全体像はさっぱりわからない。

この「アマゾン源流域文明」の遺跡地帯を3回にわたって取材した有賀氏によると、

「モホス平原は日本の本州とほぼ同じ広さ(約500km四方)。これほどの広さの平地を全面的に農地と居住地に大改造した場所は、今も昔も地球上でここだけしか見当たりません。

1000年近い年月がたっても農耕地の輪郭が巨大なモザイク模様のように見えるのは、深さ数mまで周囲の土とは成分が違う人工土壌に入れ替えてあるからです。細長い土手状の構造物は雨期用、水路は乾期用の交通網らしく、平原全体にあるロマを総延長5000km以上のネットワークで結んでいます。

確認されているだけで200ヵ所以上ある人造湖は最小でも一辺数百mの広さで、ロマの土砂はこれを掘って盛ったのでしょう。湖は農業用水の調節、淡水魚・食用巻き貝の養殖など多目的に使っていたようです」

つまり、このアマゾン源流域文明は、完成度の高い測量・土木技術で氾濫する平原を計画的に改造したのだ。その大規模な事業を、いつ誰が、どれほどの時間をかけて成し遂げたのか、まだよくわかっていない。しかし、最大20mの高さまで土砂と大量の土器片を突き固めて造ったロマは2万ヵ所以上あると推定され、最盛期には100万単位の人々が暮らしていたようだ。

1980年代から欧米の研究機関や日本の大学などがモホス平原の現地調査に取り組み、主にロマの発掘が行なわれてきた。そして、ロマが造られ始めた初期の地層から出土した、たき火の炭、食料遺物、動物骨、人骨などの年代測定で、この文明が3000年以上前からスタートし、12世紀頃に途絶えたことがわかった。

ロマの土には全体量の10%前後ともいわれる大量の土器片が混じり、かつては土器を焼くための木材がいくらでも手に入る環境だったと想像できる。有賀氏は、これらの土器遺物がモホス平原の巨大農耕文明の正体を探る上で最も重要な手がかりになるという。

「まず奇妙なのは古い年代の土器も新しい年代の土器も、種類・形・装飾模様の形式に大きな変化がないこと。モホス平原の大改造工事が始まった頃から、ほとんど改良の必要がない土器製作技術を持っていたのです。つまり、この古代文明は、どこからか入ってきた完成度の高い技術をベースに大発展を遂げたとしか考えられません」

後編 その1

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/23/39357/

後編 その2

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/23/39357/2

渦巻文様石版に隠された秘密とは? その1

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/15/39092/

その2

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/15/39092/2/

その3

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/15/39092/3/

沈没”の真相に迫る! そもそもアトランティスは大陸ではなかった?

週プレNEWS 10月24日(金)6時0分配信

“沈没”の真相に迫る! そもそもアトランティスは大陸ではなかった?
アトランティスの候補地は今では世界に約90ヵ所も。写真はアトランティス水没候補地として条件を満たすという地中海中部のマルタ島

世界的に最も有名な古代史の謎といえば、「ムー大陸」と「アトランティス大陸」を思い浮かべる人も多いだろう。「週プレ」ではこれまで何度もこの伝説に関して調査・研究・リポートを行なってきたが、今回、アトランティスについて新たな事実が判明した。約4000年前に発生した大地殻変動が「アトランティス沈没」に関係していた?

■アトランティスは「大陸」ではなかった

《大昔に優れた文明が栄えていた陸地が、突如として天変地異に襲われ海中へ沈んだ》

そんな内容の話が古代から世界各地で語られてきたなかで、よく知られているのが「アトランティス王国」の伝説である。これを最初に世に広めたのは、紀元前5~4世紀頃のギリシャに実在した大哲学者プラトンだった。

しかしプラトン本人が、その失われた王国を実際に訪れたわけではない。古代エジプトに伝わっていた遠い過去の歴史秘話を、また聞きのまた聞きとして書物に記したという。おそらくアトランティス王国の名前も、ギリシャ神話の巨人神「アトラス」を元にプラトンが考えたものだろう。

とにかく、そのプラトンが書き残した内容によると、アトランティス王国は太古の地中海地域で最も先進的な文化を誇り、壮麗な石造建築物が立ち並ぶ大都市を築き、強大な軍事力でヨーロッパとアフリカ各地に領土を広げていた。

ところが繁栄の絶頂期に大地震と洪水に襲われ、一昼夜にして海中へ消えてしまった。その滅亡時期はプラトンの時代から9000年前、つまり今から約1万1000年前だという。

問題は、アトランティス王国が沈んだ場所だが、これについてプラトンは地中海最西端のジブラルタル海峡と推定される「ヘラクレスの柱」の西側だと記した。そのためヨーロッパが大航海時代を迎えた15世紀から大西洋が「アトランティック・オーシャン」と呼ばれ、アトランティス伝説の水没海域を真剣に探し求める学者や研究家、冒険家が続出した。
しかし、ここで念を押しておくと、よく使われる「アトランティス大陸」という“通称”には根本的な誤りがある。プラトンはアトランティスの繁栄ぶりを「大いなる土地」と表現したが、それを19世紀のアメリカ人研究家イグネーシャス・ドネリーが著作の中で「大きな島、大陸」と誤訳したのだ。

そのため、アトランティス大陸が沈んでいそうな候補地は、大西洋ばかりか太平洋にまで拡大されてきた。アトランティス研究の流れをよく知る、フランス人ジャーナリストのエマニュエル・シャニアル氏によると、「アトランティスが必ずしも大陸ではなかったという視点から、その候補地は陸上にまで広がり、今では約90ヵ所にも増えています。そうしたアトランティス伝説の信憑(しんぴょう)性を熱狂的に支持する人々がいる一方で、空想性の強い夢物語と決めつける歴史学者や考古学者も少なくありません。

ただし最近は、否定派の人々もプラトンが記した1万1000年前という水没時期には大きな関心を向けるようになってきました。なぜなら、最新の氷河期(ウルム氷期)が約1万5000年前頃に終わり、急速な温暖化で陸氷が解けて海面上昇が最も加速したのが、ちょうど1万1000年前頃だったという地球科学の見方が定説化したからです。

その当時に海岸や海に近い河川近くに暮らしていた人々は、年ごとに陸地が水没していく光景を目にしたに違いありません。この自然現象は地中海だけでなく世界各地で同時進行したので、そうした古代人類の共通記憶がアトランティスなどの陸地水没伝承のベースにあるかもしれないと、否定派の中にも譲歩姿勢を示す人たちが増えてきたのです」

週プレNEWS 10月25日(土)6時0分配信

アトランティス伝説の原型は、世界最古の巨石神殿をもつマルタ文明だった?
“マルタ島”では8000年前頃から世界最古の巨石神殿が造られ始めていた

古代ギリシャの大哲学者プラトンが、今から約1万1000年前に海中に沈んだと記した「アトランティス大陸」。だが、これまでの研究により、アトランティスは必ずしも大陸ではなかったことが判明した。その結果、その候補地は陸上も含め90ヵ所にも増えているという。果たしてアトランティスが沈没したのはどこなのか――? 古代史の謎に迫る、第2回!

■世界最古の巨石神殿を持つ文明

これまで、長期にわたってアトランティス伝説の謎に挑んできた「週プレ」は、10年前にエマニュエル氏の紹介でフランス・エクサンプロバンス大学のジャック・コリーナ教授(考古学、地質学博士)によるアトランティス研究を特集リポートした。

これもまた、1万4000年から1万1000年前頃に進行した海面上昇によって、ジブラルタル海峡のすぐ西沖に沈んだ「スパルテル海丘(水深56m、面積14×5km)」が、アトランティス伝説のモデルになったかもしれない……という内容だった。その後、コリーナ教授の研究はどう進んできたのか。

「コリーナ教授は、地中海沿岸や大西洋沿岸各地で起きた氷河期終了後の温暖化と海面上昇率などを比較し、確かにスパルテル海丘はプラトンの記述にあった1万4000年から1万1000年前頃に海底へ沈んだという結論を得ています。

しかし、それ以前の陸地時代のスパルテル島に人間が住んでいたとしても、巨大な神殿や都市を築くほどの文化レベルには達していなかったというのが現在の教授の考えで、今のところ、現地調査でもアトランティス伝説との関連をうかがわせる証拠は見つかっていません」(フランス人ジャーナリストのエマニュエル・シャニアル氏)

ウルム氷期後の海面上昇(陸地水没幅)は、1万1000年前の最盛期でも年間約3cm。一昼夜にしてアトランティスが沈んだというケタ違いの伝説とは、比較しようがない。そもそも、プラトンが記した水没原因は「地震と洪水=津波」だった。

その点はコリーナ教授も検討したが、1万4000年から1万1000年前の5000年間に大西洋と地中海では、島が一瞬で沈むような激しい地殻変動は起きなかったと結論した。

ならばプラトンが記述した時間軸を少し後へずらし、文明らしきものが生まれた1万年前以降に目を向けた場合はどうなるのか?

例えば、地中海東部のエーゲ海に浮かぶサントリニ島で3600年前頃に起きた巨大噴火とアトランティス伝説の関係性が、1980年代には注目を集めた。その噴火で発生した火山噴出物と大津波が、約100km南のクレタ島の古代ミノア文明(約4000~3500年前)を壊滅させ、アトランティス伝説のモデルになったという仮説である。エマニュエル氏は言う。

「氷河期終了後の海面上昇で海底の水圧が増大したせいか、この1万年の間に地中海地域では地殻変動が活発になり、地震、火山噴火、津波などの自然災害が続発するようになりました。その地中海のなかでも数年前から脚光を浴びているのが“中部地域”です。

この地域の陸上と海底には、1万年前以後に造られた巨石神殿や都市遺跡などが数多く残り、同時期に地中海東部よりも火山噴火や大地震が頻発した形跡があるので、アトランティス水没候補地の条件を十分に満たしています」

では、アトランティスと結びつきそうな遺跡や遺物があるという、その地中海中部地域とはどこなのか? エマニュエル氏とともに何度も地中海地域を取材した考古ジャーナリストの有賀訓(あるが・さとし)氏は、こう断言する。

「それは、ミノア文明よりずっと古い、8000年前頃から世界最古の巨石神殿が造られ始めていた“マルタ島”と周辺の海底です」

週プレNEWS 11月1日(土)6時0分配信

マルタ島に眠る「アトランティス遺産」の驚くべき全貌とは? 【前編】
マルタ島の隣のゴゾ島に残るジュガンティーヤ神殿

先日、リポートした「マルタ島周辺=アトランティス大陸」説。今回は、その失われた文明がどのようなものであったかを、現存する遺跡から解説していこう。

世界最古の天文台をはじめ、世界各地で見られるストーンサークルなど巨石遺物4タイプすべてが残るマルタ島。“アトランティス文明”とは、当時どのような存在で、後々の文明にどのような影響を与えてきたのか?

■豊かな生活をしていた“アトランティス人”

本誌では「アトランティス伝説」の謎解きの鍵として、地中海の真ん中に浮かぶ「マルタ島」に注目した。

この島と西隣のゴゾ島では、8000年前頃から巨石神殿を中心とした古代文明が生まれたが、4000年前頃に突如として活動が止まった。その原因は巨大地震と大津波の襲来、さらに急激な地殻変動でもともとの広い陸地が水没したためと推定され、最近の潜水調査では、両島周辺の海底からもマルタ巨石文明の一部とみられる遺跡が見つかっている。

前回のリポートに続き、これまでイタリア半島とシチリア島など、地中海各地の古代遺跡を取材してきた考古ジャーナリストの有賀訓(あるが・さとし)氏は、こう説明する。

「1980年代に本格化したマルタ考古学研究の中で、敷地面積50m四方の大型神殿の建設に必要な労働人数と工期の試算が行なわれ、一日300人を動員した突貫工事でも、5000日(約15年)かかるという結果が出ています」

この試算が行なわれた理由は、これまでに2島で確認されている大型神殿約10ヵ所と、それ以外に残っている多くの石造物を、現在のマルタ島とゴゾ島の土地面積(八丈島4つ分)で維持できたのか?という考古学者たちの疑問があったからだ。

「そして試算数値から導き出されたのは、4000年前まで両島の陸地面積は今よりもずっと広く、豊かな食料生産力が保証されていなければ、とても巨石文明を支えるほどの労働力は養えなかったという結論でした」(有賀氏)
実際、両島内には、巨石神殿をはじめとする宗教関連遺跡は無数に残っているが、当時の島民たちが暮らした町や村らしき遺跡は見つかっていない。現在残っているマルタ島とゴゾ島の陸上部分は、おそらく4000年前までは神々と少数の神官などが住む聖域として区別され、一般島民は海に沈んだ土地で生活していたのだろう。

彼らはどんな人々だったのか? マルタ共和国の首都バレッタにある「マルタ国立博物館」の考古学スタッフによると、

「マルタ島に残る遺跡や遺物は、津波が運んだ土砂とシチリア島のエトナ火山から飛来した噴出物の厚い地層に埋もれていたので、盗掘の被害も少なく、多くが良好な状態を保っていました。その時代の文化の移り変わりを探るための土器や石器類の分類もしやすく、天変地異が襲うまでの4000年間の流れが、かなり正確にわかり始めています」

大破局が突然訪れたことが、逆に失われた古代文明の記憶を後世へ残す助けになったのだ。

その遺跡や遺物からわかったのは、まずマルタ巨石文明を築いた人々の祖先は、1万年前頃に中近東地域から移動してきたらしい、ということだ。ほかのヨーロッパ各地にも、やはり中近東地域から移住した古代種族が住み着いたが、8000年から4000年前にかけて存在した「マルタ古陸」は特に豊かな土地だったらしく、農耕と牧畜が盛んに行なわれた形跡が、出土物や土器の絵模様などから想像できるという。

事実、当時の人骨を分析したところ、魚介類よりも動物の肉を多く食べていたことがわかった。さらに年代測定にも使われた豆類や果実の種子の種類の多さから見ても、今よりも面積が広かったマルタ島とゴゾ島の古陸には食料があふれていたと推定できる。その恵まれた環境が、大勢の人力と長い年月を費やして大神殿を造り続けることを可能にし、世界最古の巨石文明が生まれたのである。

アトランティス大陸沈没の真相がついにわかった その1

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/10/28/37860/

アトランティス大陸沈没の真相がついにわかった その2

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/10/28/37860/2/

アトランティス大陸沈没の真相がついにわかった その3

http://wpb.shueisha.co.jp/2014/10/28/37860/3/

アトランティス幻想 その1

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2104

アトランティス幻想 その2

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2105

アトランティス幻想 その3,4

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2107

アトランティス幻想 その5

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2108

アトランティス幻想 その6,7

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2109

アトランティス幻想 その8

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2110

アトランティス幻想 その9,10

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2111

アトランティス大陸の謎1~7

http://www.gasite.org/library/atlantice/index.html

歴史は覆される可能性があるのでほとんど報道されない.....その理由は?

http://matome.naver.jp/odai/2133751340913855001

アトランティス大陸について

http://matome.naver.jp/odai/2133226893766984601

アトランティスの関連記事

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/307.html

バーミューダトライアングルの謎

http://matome.naver.jp/odai/2133261862979745901

拙稿をアトランティスで検索すると.....

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83A%83g%83%89%83%93%83e%83B%83X&x=0&y=0&inside=1
 
 
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