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ISISによるヨナの墓の破壊

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 1月30日(金)17時13分16秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://blog.livedoor.jp/dg_law/archives/52217204.htmlさまより.....ありがとうございます

関連記事・私がヨナです~下のビデオはISISによるヨナの墓の破壊~イスラエルにとってヨナは許せなかったのでしょう。

http://xanadu.xyz/post-231/



こうなると、ノストラダムスの預言書にあった中東戦争で核が使用され、イスラエルの滅亡になるという予言が現実化する可能性が出てくる。

http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/270129.htm

モースルにはヨナをはじめ数名の旧約聖書の預言者の墓がある

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%AB

『第1次世界大戦で、イギリス軍は1918年10月にオスマン帝国と戦いモースルを占領した。第一次世界大戦末になって、イギリスとフランスは、交戦するオスマン帝国領の中東地域を分割支配する協定(サイクス・ピコ協定など)を結び、現在のイラクにあたる地域はイギリスの勢力圏と定められた。大戦が終結した時点でもモースルとその一帯は依然としてオスマン帝国の手中にあったが、イギリスはセーヴル条約によりモースルを放棄させ、1921年に前述の3州をあわせてイギリス委任統治領メソポタミア(イラク)を成立させた』

イスラム教シーア派とスンニ派の違い

http://d.hatena.ne.jp/mydictionary/20140618/1403100791

シーア派は、預言者ムハンマドの血縁を重視して、後継者は血を受け継ぐ子孫だとします。

スンニ派は、預言者ムハンマドの血縁の有無を問わず、規範(スンナ)に従います。

つまり、シーア派とスンニ派の最大の違いは、預言者の後継者において、血縁を重視するかしないかです。

ISIS is run by Simon Elliot(Alias AL-Baghadi)as CALIPHATE, a Mossad Agent

https://syrianfreepress.wordpress.com/2014/08/13/isis-is-run-by-simon-elliot-a-mossad-agent-reports-and-links-collection/

ここで注意して欲しいのはスンニ(あるいはスンナ)派のジハードグループは奥の院のやらせテロリストであるということ。これを理解しないと今の情勢がより混沌とする。

預言者と共同体の伝統の人
ahl al-sunnah wa-l-jamaa〈アラビア語〉〔イスラム教スンナSunna派の語源◆シーアは「党」または「派」の意味。シーアはイスラムの2大宗派の一つ(歴史的にはアラブがスンニ派、ペルシャ・現イランがシーア派。イランの国教はシーアの12イマーム派)。ウマイヤ朝「カリフ」の権威を否定し(カリフ制を認めない)、「イマーム」(アリーの後継者、rightful leader)が権威を持つ。Shiah=Shiite=Shi'ite。Shiahの語源は、Shi:'at Aliy(アリーを支持する党派)。◆【参考】Sunna Muslim(スンナ派)〕

管理人注:CALIPHATE・カリフの意味は?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%95

預言者の書
Prophets《聖書》(ヘブライ聖書における)〔ヨシュア記、士師記、サムエル記、列王記

hadith《回教》〔イスラム教の創始者マホメットの言行をまとめた書物。イスラムの第2の法。第1はコーラン。〕
Sunna〈アラビア語〉〔大文字Suunaで。ムハンマド(預言者)のたどった路、行為。またはそれに基づいた口述法。〕
Sunnah〈アラビア語〉〔大文字Suunaで。ムハンマド(預言者)のたどった路、行為。またはそれに基づいた口述法。〕

 イスラム国は、13世紀に遡る古い預言書を収蔵しており、その中には、北部シリアで異教徒との最終的な戦争が起こり、異教徒を敗北させるとの予言がある。

http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/d40dba5f1e060765a49f84ec42925086

普遍史

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E9%81%8D%E5%8F%B2

ヨナの書は、Wikiによると異邦人を主人公としているルツ記と同じように、イスラエルの民の選民思想・特権意識を否定しており、当時のユダヤ人には驚くべき内容であった~のが墓の破壊の理由か?

なぜイスラーム国は預言者ヨナの墓を破壊したか,と聖遺物崇敬の話
・預言者ヨナの墓、ISISが破壊 キリスト教などの聖地(CNN)
武装勢力に破壊されるイラクの文化遺産―預言者ヨナの墓も(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)

イスラーム過激派のISIS(自称「イスラーム国」)は,預言者ヨナの墓廟とされる建物を破壊した。これに対するリアクションで多く見られたものは,「狭量な過激派がまた異教の宗教施設を破壊したか」というものと,ヨナが『クルアーン』にも登場していることを知っている人たちの「イスラーム教での聖人であるはずのヨナの墓をなぜ」というものであった。後者の疑問については,実はかなりいいところを突いている疑問だと思う。ちなみに,2年ほど前にもアルカーイダ系の組織がイスラーム教の聖者の墓廟を破壊している。つまり,これはISIS独自の行動というよりも,過激派にある程度共通する行動といってよい。ここら辺について,ちょっとした解説を試みる。

まず,根本的な話をすると,聖人信仰はキリスト教とイスラーム教に共通した現象である。

管理人注:この説明ではダメですね。両者とも遡るとアブラハムに行き着くということです。

キリスト教の方が身近であるので,先にこちらから扱っていく。さて,聖人信仰に関して真っ先に抱く違和感は一神教への抵触であろう。これについては初期から問題となっていたが,キリスト教徒はある教義(概念)を生んでこれを解決した。その概念を「崇敬」という。どういうことかというと,信徒は一見すると聖者を拝んでいるように見えるが,これは聖者への信仰を捧げているのではなく,聖者の信仰の篤さを忍び,聖者への敬意を通して神を拝んでいる。つまり「崇拝」(拝んでいる)しているのではなく,「崇敬」(敬っている)という理屈である。

この崇敬の理屈から守護聖人も説明されうる。もちろん神は全知全能なので,多神教のように「○○に特化した神」を乱立させる必要は本来ない。しかし,ありとあらゆる物事を漠然とした唯一の神に祈れと言われてもイメージが難しく,やはり「○○に関連する願いなら××」という分類があったほうが祈りやすかった。そこで,「個々の聖者は,それぞれの分野の願いを神に通しやすくする道である」という理屈が付けられ,願いを叶えるのは神だが,願いを聞いて神に「とりなし」,取り次ぐのは聖者の役割,という分業が成立した。

キリスト教はさらにここから,「聖者の死体や遺品は聖なるオーラを帯びており,これに向かって祈れば聖者に願いが届きやすくなるし,オーラを浴びれば奇跡が起きやすくなる」という理屈を打ち立てた。こうして中世には熱狂的な聖遺物“崇敬”が始まる。このためにわざわざ墓を掘り起こしたり,聖者の死体をバラバラに引き裂いて小分けにして分配したり,いざ掘り出してみたら灰になってたので,灰を袋に詰めて盗掘した等,想像するにグロい所業が繰り返された。もちろん,詐欺も横行した。全世界にある仏舎利を集めたらブッダ何人か分になるというネタが仏教界にはあるが,キリスト教の諸聖人も似たようなものである。この辺の学問的な話は以下の書が大変参考になり,おもしろいので勧めておく。

聖遺物崇敬の心性史 西洋中世の聖性と造形 (講談社選書メチエ) [単行本]
秋山 聰
講談社
2009-06-11

さて,イスラーム教である。多くの人には意外かもしれないが,理屈はキリスト教とほぼ全く同じである。おそらく,ムハンマドはユダヤ教やキリスト教をかなり研究した上で,アラブ人商人に最も適合する形の教義を整えていったと思われる。ゆえに,「崇敬」の概念も「とりなし」の概念も単純に直輸入したと考えるとしっくり来る。その意味では,後出しでこれらの教義をひっつけたキリスト教よりも,元の教義に近い位置にこれらの概念が存在している。唯一キリスト教と根本的に違う点は,カトリック教会に代表されるような公的で大規模な列聖制度がなく,ただ漠然とした地域ごとの聖者認定があるだけである。

その上で言うと,イスラーム教における聖者は「ワリー」と呼ばれる。そして,ムスリムはワリーを崇拝しているわけではなく,ワリーを通してアッラーとの交流を図っているのだということになっている。ワリーは大きく分けて種類に分類するのが一般的である。このように,イスラーム教における聖人の範囲は広い。キリスト教では(1)はそもそも存在してないし,異教徒は聖人扱いしないので(4)もない。

(1)ムハンマドの血族(これを「サイイド」と呼ぶ)
(2)正統カリフや初期のウラマー,サラディンのようなイスラーム史上の偉人
(3)イスラーム以前の預言者。イーサー(イエス)や今回のヨナはここに入る
(4)異教徒の聖者,ジン(精霊)に取り憑かれた狂人などのうち,崇敬に値する人物。征服王イスカンダル等。ネタ的に言えばアブドゥル・アルハザードもここに入るんだろう,多分。
(5)スーフィー教団の開祖や偉大なスーフィーと目されている人々

そして聖遺物崇敬も存在する。聖遺物にはやはりオーラが漂っており(イスラームでは「バラカ」と呼ぶ。「ムバラク」とは「祝福された」の意),奇跡を呼び起こす力を持つとされた。意外なほどに知られていないが,やっぱり仏舎利やキリスト教の聖遺物のようなことは起きていたようで,なぜだか知らないが「ムハンマドの髪と髭」が最高の聖遺物と考えられており,その激しい取り合いや詐欺は横行したようだ。なんで髪と髭なんだろう……今回調べた限りではわからなかった。そして遺体の眠る聖者の墓所は,ワリーを偲びやすくする場所であるとされ,参詣が奨励された。ただし,メッカへの巡礼「ハッジ」,参詣「ズィヤーラ」と呼んで区別する。

しかし,当然こうした「屁理屈」に反発する人々が出てくる。「『聖書』/『クルアーン』に直接書かれた教義ではない。ゆえにでっちあげの理屈である」と言って,聖像破壊運動や聖人信仰の排斥を行った人々は歴史上存在した。これを原理主義と呼んでよいかは議論のあるところなので,ここでは過激派と呼ぶことにしよう。有名なのは8世紀の一部のギリシア正教徒,16世紀のプロテスタントの過激派,18世紀のワッハーブ派である。

しかし,先程「キリスト教よりも,元の教義に近い位置にこれらの概念が存在している」と書いた。にもかかわらず,ワッハーブ派はなぜ聖人信仰や聖遺物崇敬を排斥しようと試みたのか。

・ワリーが聖者であるかどうかは,『クルアーン』で明言されていない。『クルアーン』ではあくまで「敬虔な(神の)友」という意味でワリーという言葉が用いられている。「とりなし」を認めれば厳格な一神教が崩れるため,ワッハーブ派神学では「とりなし」は『クルアーン』で述べられていないと見なす。
・仮に「崇敬」や「とりなし」は『クルアーン』にある概念としても,「聖遺物崇敬」については完全な後付であり,『クルアーン』に存在していないから,もっての他である。偶像崇拝に完全に抵触する。たとえメディナにあるムハンマドの墓廟であっても,参詣してはいけない。
・上記の分類の(1)~(3)は聖者として認めるとしても,(4)や(5)は無理筋である。特にワッハーブ派はもともと反スーフィズムを目標として成立した運動であるから,(5)は絶対に認められない。

というのがワッハーブ派の理屈である。なお,より正確に言えば「とりなし」の概念にも複数種類があって難解な神学的議論があるので,厳密な議論を知りたい方は自分で調べてほしい。そして,こうしたワッハーブ派の主張に対しては18世紀以来,スンナ派の正統派のウラマーたちから反論されており,特に聖遺物崇敬については『ハディース』(ムハンマドの言行録)に書いてあるとされている。言うまでもないが現代でも(1)~(5)まで全てワリーであり(つまりスーフィーも含めて),聖遺物崇敬も正統的なスンナ派神学において概ね認められている。また,非常に意外かもしれないが,シーア派神学でも聖遺物崇敬は認められており,むしろスンナ派以上に参詣を奨励している。なお,これも一応書いておくがイスラーム教では正統と異端の区別がキリスト教のように明確に存在しているわけではないので,注意を要する。

その上で見ると,現代のイスラーム過激派であるところのISISがヨナの墓廟を破壊した理由も,ワッハーブ派の神学に則っていることが理解できよう。なにせカリフを自称するような勢力である。実は前述の通りの聖像破壊運動もありアラビア半島では墓廟参詣があまり盛んではなかったが,シリアやエジプトやトルコでは盛んである。シリアやエジプトはもともとキリスト教徒が多く,トルコはスーフィズムが盛んであったこと,オスマン帝国の諸スルタンが聖遺物収拾に熱心であったことが理由として挙げられる。そしてイラクのモスルの場合,WSJの記事中にもあるように「住人のほとんどはスンニ派だが、モスルは宗教の多様性と寛容さを象徴する都市だった。モスルがあるニナワ州は数千年前(原文ママ)からキリスト教ネストリウス派の中心地だ。」だからこそ,ヨナの墓廟も生き残っていたのであろう。

ところが,ISISの立場からすると,「ヨナは聖者であるかもしれないが,聖人信仰や聖遺物崇敬は異端である。墓廟は参詣を誘発するから,存在自体が許されない」となり,墓廟は積極的な破壊の対象となる。これがWSJにある「ISISなどスンニ派の超保守的な組織は、寺院や墓を敬うことは神聖な行為ではないとしている。多くの組織にとっては、ムハマンド以外の預言者を崇めることも非難の対象になる。」の補足説明となるだろう。このような背景において今回の一件はバーミヤンの大仏の破壊とは意味合いが大きく違うということは,覚えておいても損はなかろう。

こちらも参考文献を一冊だけ挙げておく。これが一番わかりやすくておもしろかった。同書には聖遺物崇敬や,聖廟で行われる祝祭(「マウリド」と呼ばれる)についても具体的に言及されている。

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