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イシュタルとイシスは同じですか?

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 2月 7日(土)11時52分37秒
  通報 返信・引用 編集済
   イガエルヤディンの発掘調査

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/617.html

山本七平氏著「聖書の常識」によると,<たとえばヨシュア記第十一章の,ヨシュアによるハゾル攻略記事の「その時ヨシュアは引き返してハゾルを取り,剣をもって,その王を撃った。ハゾルは昔,これらすべての国々の盟主だったからである。

 ただし丘の上に立っている町々をイスラエルは焼かなかった。ヨシュアはただハゾルだけを焼いた。」という記述が実に正確であることが,有名な考古学者イガエル・ヤディンのハゾルの発掘で明らかにされている。さらに下がってダビデ王時代ともなると,彼がエルサレム攻略の時利用した水汲み用の杭がそのまま残されており,またヒゼキア王の水道には,今も清々と水が流れ,聖書の記述の通りなのである>.....とは言ってもヤディンはお抱えの考古学者でありアシール地方の発掘調査はしていない。すれば殺されるとでも思っているのだろうか?砂漠を掘り返しソロモン神殿が出てきたら全ての歴史がひっくり返るからだ。

キリスト教とミトラ教の共通点

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/685.html

もう一人の役者(蛇)を登場させる意味

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/684.html

アシール地方と聖書の世界 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/610.html

アシール地方と聖書の世界 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/611.html

アシール地方と聖書の世界 その3

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/612.html

アシール地方と聖書の世界 その4

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/613.html

アシール地方と聖書の世界 その5

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/614.html

このようにして,かつて地方神であったいくつかの神が,新たに立てられた地上の専制君主の表章を身につけ,ついでそれらの表章が意味するところの,独占的排他的な支配権を目ざして競争する。そして最後に,競争者のうちの一人がほかの競争相手を滅ぼして,”唯一まことの神”として崇拝される資格を確立する。それがキリスト教なのです。

 勝利を得たキリスト教のパンテオンにおいて,マリアの,神の偉大なる母への変貌という形で,キュベレやイシス(ISIS)の姿が再現しているし,また戦うキリストのうちにミトラなどの面影が認められる..............なぜキリスト教は,ユダヤ教の,神は愛であるという洞察を承認し,宣言した後に,それと相容れない,ユダヤ教のねたむ神の概念(注:参照)をふたたび取り入れるようになったのか。それ以来絶えずキリスト教に大きな精神的損害を与えてきたこの逆行は,キリスト教がカイサル崇拝との生死にかかわる争いにおいて勝利を得るために支払った代価であった。教会の勝利によって平和が回復されたのちも,互いに相容れないヤーウエとキリストとの結びつきは解消するどころか,かえって一層強化された。勝利の瞬間に,キリスト教殉教者の非妥協的態度が,異教や異端を迫害するキリスト教会の不寛容に移行したのである。(注:特に13世紀のスペインで顕著であった)

 (注)「あなたはわたしのほかに,なにものをも神としてはならない」(出エジプト記第20章3節)と命ずるねたむ神の意味。

教えてGoo!

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3232261.html

関連記事:イシュタル(ISIS)の怖いお話

ユーフラテスの畔の四人の天使

http://megalodon.jp/2009-0318-0308-20/angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/307.html

OUT OF EDENは終了しました

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1.html

百科事典では

https://kotobank.jp/word/%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%83%AB-30678

何だと思ったら.....指輪だった

http://bluemoon-ss.com/dm-isis.htm

イシュタルとイシスは同じ神を指しているのですか?

    質問者:eurekamazeltov
    質問日時:2007/08/06 14:25

メソポタミア神話のイシュタル。
ローマ帝国内で最も崇められたエジプト神話のイシス。

メソポタミア神話のイシュタルとエジプト神話のイシスはとても発音が似ていますね。同じ神を指しているのでしょうか?
通報する
この質問への回答は締め切られました。

    回答者:kigurumi
    回答日時:2007/08/07 10:27

イシスはギリシャ方面でそう呼ばれており、エジプトではアセトなのだそうです。

エジプトは、中東や地中海方面も勢力下においていた時期があっので、地中海方面にもエジプトのアセトが伝わったのだと思います。

イシスという名は恐らく、流出や維持という意味を持つ asheshに由来すると思われ、それでイシスの像は子供に授乳する形になっていると思われます。

というわけで、イシスは維持の相が強い。

が、双子の姉妹にネフティスがいる。
彼女は生と死を司っているが、恐らくイシスの別の相だと思えます。
別名にすることで、切り離し、維持を願い、維持を司る相であるイシスの名を拝んだんだと思います。

イシュタル。

イシスは良妻賢母型ですが、イシュタルは、聖書では「バビロンの大淫婦」と呼ばれている。

バビロンの聖典では「緑の牧草を芽生えさせたもう御方、人間達の女王よ 万物を創造され、生きとし生けるものを正しく導きたもう御方、母イシュタルよ <中略> おお わが神よ 我にわが行いを知らしめたまえ、我に休息の場所をもたらしたまえ。我が罪を許し、我が面をあげさせたまえ。 おお 崇むべきお方よ、救済と生命と正義をくだされたまい。」となっている。

なんかターラと同じ概念ですね。
ちなみにターラは日本では摩多羅神になっています。

その祈祷文がユダヤ教でちゃっかり利用されているのですが、祈祷文は借用したが、その祈祷文が捧げられた神を悪く言っている。

何故かと言うと、イシュタルの地上の体現者とされる神官たちは、権力者に女神のパワーを授ける聖婚の儀式として、性交をしていたからなんですね。

日本においてもその制度がありました。

そしてその女神の体現者たちを「神殿娼婦」と呼んでいたんですね。

何故そのような儀式をやるのかその意義を知らないと、神殿にお参りにやってくる人を「ねえ おにーさん あたいと遊んでいきなよ」と客引きする売春婦 と間違われる。

聖書でも神殿の近くに住んでいた娼婦に助けられた とあるが違う。
誰とでも寝る売春婦じゃない、神官に助けられたわけです。

でも、イシュタルは売春婦制度のボスのように思われてしまい、イスラエル人には大淫婦と呼ばれてしまったわけです。

で、ギリシャ語でヒエロスガモスという言葉がある。
女神との婚礼を指す。
女神に選ばれた王は、女神のパワーを得るため、女神の地上の体現者と寝るわけです。

で、地上は緑に覆われ豊穣となりお祭り騒ぎ。

しかし、王がパワーを失うと、女神の力の復活を願い、王は処刑され、その血が大地に流された。
その血を吸って女神が復活する。

だから女神は王の死にも関わるので、ある意味恐ろしいわけです。

このような思想があるので、イエスの処刑にマリアが立ち会ったという話になったんだと思います。

4世紀頃でローマ・ギリシャ方面からイシス崇拝が消えましたが、実は消えたのではなく、マリアという名前に変わっただけ。

イシュタルの話はイナンナをベースにしており、ヒッタイト人はイナンナをイナラスと呼び、ハッティ族の国は、彼女は毎年処女性を回復し、プルリ祭りのとき、聖王の花嫁になる とした。

このプルリの祭りはユダヤ人ではプリム祭りになり、聖王に選ばれた男性は、女王の城 または 塔に閉じ込められ、定められた日時に殺された。
何故なら女神が土地を肥沃にする際に、彼の血を役立たせるため。
だそうです。
イエスの話になったとき、動物ではなく人間の中の選ばれた王を女神に復活に利用したってことになったのかも。
実際に殺したのではなく、古代の概念に空想上むすびつけて話を作っただけだと信じたいです。

プリム祭りとなったエステルの職業って。。。。女神の地上の体現者 つまり神官だったのでしょうか。

イシスには破壊の相が無い。破壊の相は別な名前になっている。
イシュタルは三相ある。
マリアににも三相ある。

ギリシャの女神も別々な名前になっているが、多分統合すると一神にだと思います。

ところでイーシャと聞けばアダムを想像します。
イヴはカインが生まれたとき、「神によりイーシュを得えた」と言ったとか。
これを「神により男の子を得た」と訳してあるんですね。

イヴの誕生の時 アダムはイヴを「彼女こそわが骨の骨、わが肉の肉。  男(イーシュ)から取ったから、女(イシャー)と呼ぼう」

と言っている。

今調べたら、ヘブライ語で男女はイーシュ、イッシャー(エッサ)。
イッサといえばイエスですが、、、、

男・女というのが本来の意味じゃなく、なにかの概念のようですね。
でも 今のところはそれ以上はわからず。

イシスもイシュタルもどちらも大地母神です。
元々は、同じ神(シュメールのインナン)だと思えますが、ローマ時代以降、特にキリスト教が国教となってからは、イシュタルが悪魔(アスタロテ)となってゆくのに対し、イシスは聖母(褐色のマリア)となってゆきます。
出生は同じでも、育ちが違うため、全く別の神といってもよいかと思います。
なお、ギリシャ神話のディメテルやアルテミスなども同じ出生だと思われます。

こんにちは。
イシュタルとイシスは「同じ神」ということはありませんが、起源を同じくするものと言われています。
元を辿るとこれらの地母神はシュメールの「イナンナ(イナルナ)」に突き当たると言われ、オリエントに共通する豊饒の女神だそうです。
イナンナがバビロニアに伝わったものがイシュタルで、伝播していく中でフェニキアの「アスタルテ」やギリシャの「アプロディテ」、そしてイシスなど各地方で崇められる女神となっていったと考えられています。
根っこに共通する部分もありますが、それぞれの別の神話体系に組み込まれていったので、時代が下るに従って固有の特徴や神話を持つようになっていったようです。

聖母マリアがイシスとは本当ですか?

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14111310554

聖母マリアがイシスとは本当ですか?もっとその件について詳しく教えてくれません...

hijinkessou0606さん

2013/8/418:55:24

聖母マリアがイシスとは本当ですか?もっとその件について詳しく教えてくれませんか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%B9

補足皆さん回答ありがとうございます
http://takao-sato.seesaa.net/article/253841467.html

イシスが悪魔とは本当ですか?
このサイトに書いてます
どう思いますか?

この質問は、活躍中のチエリアンに回答をリクエストしました。

rishorusさん

編集あり2013/8/713:34:26

「類似点がある」のは否定しません。しかし、両者が「同じである」か否かは、必ずしも明らかではありません。
http://www.academia.edu/1954926/Divine_Mothers_The_Influence_of_Isi...

この論文では触れられていない文献学的な問題を一つ挙げておくと、エジプトのキリスト教父はかなり異教的要素に神経質で、例えば豊穣祭における(ディアナ神やディオニソス神と結びついた)乱痴気騒ぎを口を極めて罵っています。

ところが、それだけ異教的要素に過敏なエジプトのキリスト教父が、マリア崇敬については特に何も言ってないんですよ(実はクリスマスもです)。マリア崇敬が問題視されるのは 5 世紀になってからで、しかもシリアの神学者の主張です。同じ頃に北アフリカでドナトゥス派という超厳格派(厳格すぎて後に異端宣告される)がありましたが、この派もマリア崇敬にについては特に何も言ってない。

だから上の論文にもありますが、たぶんマリア崇敬自体はキリスト教内部から出てきたもので、外面的には同じ文化圏の様々な宗教のものに近くなった、と考える方が辻褄としては合います。

なお、たぶんですが、キリスト教はまず都市部に布教され、初期の信者というのは田舎から買い付けに来る行商人であったと思われます。彼らは、都市部ではキリスト教に「安全祈願」をしますが、田舎に帰ると伝統的宗教に戻る。そういう二重生活を送っていたかもしれません。これは、ゲルマン地方で実際に生じたことですが。

そうなると、教会堂にキリストと土俗神の両方を祭ったりもするわけですよ。そういうのに対し、教会側はかなり敏感に文句を付けています。そうすると、土俗神の「良い属性」がキリストに移し替えられ、土俗神の方は悪魔化していくわけですね。

でも、こういう経緯みたいなのは、少なくとも初期のマリア崇敬には確認できません。今のところ。

そういうわけで、この話はそんなに『容易な話』ではないし、『自己完結』して『客観的に学ぼうとしない』のはカトリック憎悪に燃える宗教者の方と言わざるをえません。

あと、mithreams さんも、いつまでオカルト系の主張を並べ立てるのですか。語源推定や比較宗教というのは、そういう風にやるものではありません。あなたのやり方は日ユ同祖論と何も変わりませんよ。別に専門知識がなくとも、普通に知性を働かせれば分かりそうなものですが……何でそういうのに引っかかってしまうのだろう。

【補足】イシス神は(神話にもよりますが)創造神である太陽神ラーの娘であり、古代エジプトの王権の象徴たるホルス神の母です。超偉い女神様ですぜ。モロクと結びつけるなんて、与太話も大概にせえよ、という感じです。

質問した人からのコメント

2013/8/8 18:23:25

感謝 ありがとうございます 大変詳しくて納得しました
みなさんもそれぞれ詳しくてこのカテゴリーはすごいなとおもいました
みなさんありがとうございます
また機会があったらお願いします

Yahoo!検索で調べてみよう

        イシス
        聖母マリア
        ディアナ
        自己完結
        キリスト教 クリスマス

このQ&Aで解決しましたか?質問する

mithreamsさん

2013/8/500:19:46

イシスというのはエジプトの女神ですがむしろ
イエスの起源がその子のエジプトの男神であったことが密かな話題ですね。
http://www.stellarhousepublishing.com/christinegypt.html

私の質問にありますがイシスの別名 Meri ⇔ Mary(マリア)
などの類似もあります。

___太陽神 Heru (Har)_______Jesus__
母親)...............Meri.................................Mary
養父)...............Seph................................Joseph
受胎告知).......天使によって.....................天使によって
目撃者).............3人の王........................3人の賢者
出生後の危機) ヘルトによる暗殺..........ヘロデによる暗殺
洗礼の場所).....エリダヌス河.................ヨルダン河
洗礼者).............洗礼者アヌプ...............洗礼者ヨハネ
死に方)..............十字架での死..............十字架での死

このヘルの十字架はファッション界でも有名。
アンク(エジプト十字)で検索すると出て来ます。

今もエジプトのルクソール神殿へ行けば前18世紀の
"受胎告知""賢者歴訪"などの壁画を見ることができます。
http://2.bp.blogspot.com/_z90NuHtm3qk/SZ3lp7Xv6-I/AAAAAAAAAH4/oM-zX...

paper_fluteさん

編集あり2013/8/507:55:21

キリスト教が、父性的な愛に加えて、母性愛を必要としていたためでしょう。

人は両面の愛によって心が深いところで落ち着くのではないだろうか。

カトリックの私がいうのもおかしいが、カトリックのマリア崇敬は、"ユダヤ教からみれば"異教的です。

また、新約聖書の中では、ルカ福音書のはじめ、ヨハネ福音書の19章26・27節あたりに僅かにみられるだけ。したがって初期キリスト教の思想や信仰とも違う可能性が高い。

しかし、AKBの大島のファンが板野ファンではないのと同じ。女だからなんでもいいわけではないでしょう。

マリアはイエスの母だからキリスト教徒に慕われた。そこが大切です。

蛇足。ルカ福音書のはじめは、ゼファニヤ書(娘シオン)の文学形式を利用しています。神の救いを「待つ」ユダヤ教徒の、そしてまた、神の御こころを受容するキリスト教徒の模範として描かれています。

神学的には、マリアを受容、忍耐、救済を待つ象徴として描かれており、一概に異教的とはいえないでしょう。この面では、ユダヤ的ともいえます。

そして、そこに民衆の素朴な心理がかさなったのでしょう。

cavazionさん

2013/8/421:40:24

本物の「イエスの母マリヤ」は、もちろん、ただの昔の一信仰者です。

しかし、カトリック教会(および正教。ただ、カトリックのほうがより強烈に見受ける)に於ける「聖母マリア」「神の母マリア」に対する「崇敬」は、エジプトのイシスをはじめとする、古代中東・地中海地域の女神(大地母神)信仰の影響で成立したものであると、容易に推定できます。息子のホルス神を抱くイシスの像など、イエスを抱くマリア像と同じです。ほかに、バビロンのイシュタルや、カナンのアシュタロテ(←聖書で名指しで厳禁されている)、エペソ(エフェソス)のアルテミスやアナトリアのキュベレイなどが考えられます。キュベレイ神殿の跡に建てられたローマの「サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂」など、かつての女神の聖地がマリア信仰の聖地に変えられている例も見られます。

これらは文化的に見れば「宗教混淆」「習合」ということになりますが、霊的に見れば、キリスト教会を蝕むための悪魔の策略です。女神を「イエスの母マリア」に巧みにすり替えることによって、聖書が厳禁する偶像礼拝を教会の中枢に取り込ませたのです。

聖母マリア崇敬は、幼子イエスの保護者としてのマリアを強調することによって、神であり王の王であるイエスを貶め、マリアを「神の母」と呼ぶことによって、神ならぬものを神より上位に置こうとするものであり、これは神への冒涜にほかなりません。そしてマリアに捧げられた「天の女王」という称号は、『エレミヤ書』でイシュタル女神の別称として言及されているものであり(その箇所では「天の女王」を信仰する者は厳しく断罪されています)、マリア崇敬の本質が女神への偶像礼拝であることを如実に物語っています。

rishorusさん

自己完結して客観的に学ぼうとしない、のは「今の」「一般人」カトリックの人ですよ。
古代教会のマリア崇敬の流れを歴史的文献的に学んでるカトリックの一般人、いませんて。
ほとんどの人は「イシスって誰?」でしょう。
私の下の回答者さんなど「デマです!」断言したあと「天使祝詞を」ですよ。
思考停止は間違いない。

プロテスタント(主に福音派)だって「マリアは悪魔」だとか「バビロンの淫婦」だとか言ってますが、こっちも学んでるとはとても言えないですからな。

いやわたしゃ別にそれでいい、と言ってますがな、信仰は思考とは別だし、信教の自由はある。
自己の脳内信仰でとどまってる以上、信教の自由です。

問題は自分の信じるモノを他者に強制することですよ。マリアはえらい人だから祟られるよとまで言って、関係ない人にまでマリア崇敬を押し付ける態度が問題なんです。ここにはイシスもマリアもヘチマもない。あるのは「俺=俺が信じるカトリック教会が正しい」それだけなんだ。

脳内を越えて、他人に信仰の内容を押し付ける以上、それはsocietyの話だ。他者の信教の自由を侵害するある意味立派な「社会の害悪」ですよ。この「社会」と言う概念が欠落あるいは洗脳によってぬぐい去られると(エホバのように)上の教えなら反社会的な事をやっても問題がない、となって、やがて爆弾もって突っ込んじゃうんだよ。

そういえばThere is no such thing as society と言った人も独善的でありましたよ。

マリア=イシス説についてわかりやすく書いたサイトが昔ありました(今もあるかどうかは?)
興味があれば検索すればでるのでは。
真偽ど返しで面白かった記憶あり。

ただしカトリックの人にマリア=イシス説を追求しても「違います」で終わってしまい、攻撃にはならない。
既に目に信仰の膜が張っているから、客観的に学んでみようとも思わない。
マリアは天の元后、で自己完結してそれ以上のインフォメーションは欲しくない。
私の下の人↓は好例ですね。

いや別に悪いと言ってるんじゃないですよ。
信仰は起源にかかわらず、今の形で信じる人がいれば信仰ですから。
信教の自由は誰にも保障されてますからね(犯罪でない場合、他者に迷惑を及ぼさない前提ですが)

ただカトリックでない人間にも自分とおなじようにマリアを信じろと強制する権利は全くない事はよく肝に銘じてほしい。天使祝詞を唱えろと人に命令するなんて、とんでもない傲慢です。

よく読むと、下の人はキリスト教徒とは言えないですね。
Lady Gagaにマリアの祟りがあったと主張してますから、マリア教の人ですね。

>あの変な曲で、マリア様みたいな格好でメチャしてましたけど、なんだか
>あれ以来元気なくなりましたねー。わたしは、あーガガさん、終わったな。
>と思いました。それくらい、マリア様は、神聖な方ですよ。

マリアは人間ですから祟るはずはないのです。
祟ったと主張する以上、マリアを神として拝んでいるんですね。
マリア崇敬の向こうへ既に行っています。

管理人注:ミトラ教をクリックすると..........

『キリスト教とミトラ教の共通点を簡単に挙げておきたい。

【誕生の予言と目撃】

ミトラ誕生は、3人の占星術の学者たちが予言し、羊飼いがその誕生を目撃する。そして彼らは捧げ物をもって誕生を祝いに行った。これは福音書のイエス誕生と通じている。

【誕生日】

ミトラの誕生日は、冬至の日、12月25日。これはイエス・キリストの誕生日に置き換えられた。

奇蹟】

ミトラは死者をよみがえらせ、病気を治し、目の見えない者の目を見えるようにし、歩けない者を歩けるようにする。イエスの数々の奇蹟と共通している。

【12弟子】

イエスには12人の使徒がいた。ミトラは12星座に囲まれる。ミトラ教において、12星座は12人の神に象徴される

復活祭】

ミトラの勝利を春分の日に祝うことがもとになっている。(キリスト教の復活祭)

最後の晩餐】──もとはミトラのオリンポスでの祝宴

これはミトラが天上に帰還する前日に12人の光の友たちと最後の晩餐をすることがモデルになっている。

【聖体拝領】(パンとブドウ酒)

もとは、ミトラとアポロンが催す宴席に信者一同が参加し、聖なるパンとワインを分けてもらうことで自分たちがアポロン同様に「ミトラの友」であることを確認する儀式であった。新しい仲間を迎えるときも、同様の儀式をした。
ミトラ教の密儀では、牛を殺して、その肉と血をメンバーとともに食べる。これは、そのままキリスト教における聖餐の儀礼である。ただ、食べるのがイエスの肉=パンとイエスの血=ワインであるかの違いである。

洗礼の儀式】

ミトラ教では、メンバーが水に体を浸す洗礼という儀式がある。説明するまでもなく、これはキリスト教の儀式そのままである。

【昇天と再臨の予言】

もとはミトラの天への帰還と再臨の予言である。ミトラは天上に帰る際、自分が再び復活して、光の友と一緒に歩むとの言葉を残している。

【復活の日と最後の審判】

もとはミトラ教におけるコスモスの終末に先立つ、死者の復活とその最後の審判のことである。

【最終戦争とハルマゲドン】

もとはミトラの最終戦争である。ミトラの友は最後の戦いで光の天使軍に加わり、闇の軍団と戦う。『ヨハネの黙示録』によれば、終末の日、イエスは白馬に乗った姿で現れる。同じくミトラも白馬に乗ってやってくる。

■その他の共通点

●イエスはメシアである。ミトラも救世主である。

●イエスは厩(うまや)で生まれた。当時の厩は洞窟であり、岩屋でもあった。ミトラはまさしく岩の中から生まれた。

●ミトラ教の聖なる日は、日曜日である。『旧約聖書』によれば安息日は土曜日であったが、キリスト教はミトラ教の影響で、安息日を日曜日にした。

●ミトラ教の最高司祭は「パテル・パトルム」(父の中の父)と呼ばれていたが、これがそのままカトリックの教皇の名称「パパ(父)」に通じる。(管理人注:バチカンはミトラ教の聖地跡に建てられた)
 
 
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