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約束の地か~征服した地か?

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 2月12日(木)16時47分5秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.jca.apc.org/~altmedka/nise-7.html

『偽イスラエル政治神話』
(7)
第1章:神学的な諸神話
第1節:“約束”の神話……
約束の土地か、征服した土地か?

《わたしはこの地をあなたの子孫に与える。エジプトの川から、かの大川ユフラテまで》(『創世記』15章18節)

関連記事:聖書ものがたり・創世記

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/125.html

政治的シオニズムの統一主義者の読み方

関連ビデオ:イスラエル人の知らないシオニズムの真実(連続ビデオ・YouTubeをクリック)

https://www.youtube.com/watch?v=n0YQX8fScd4&list=PL341ADD2A66CAA710#aid=P-C6Ghb2dBU



シオニズム運動で拙稿を検索すると....

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83V%83I%83j%83Y%83%80%89%5e%93%ae&inside=1

「トーラーの名において」では

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/774.html

『7世紀にイスラム教徒の侵略を受けたパレスチナに残ったアブラハムの子孫の民の血統のユダヤ人は、イスラム教に改宗した。現在のイスラム教徒のパレスチナ人こそ、血統のユダヤ人であることがわかっている』

『エルサレムのどこを掘ってもダビデ、ソロモン王の遺跡が見つからないとなると、「聖書アラビア起源説」が信憑性をおびてくる。アラビア半島のアシール地方が古代ヘブライ王国の故地であるとするならば、パレスティナ人自体も、血統のユダヤ人ではなく、改宗ユダヤ人の可能性がでてくる。 (「ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたか」シュロモー・サンドによる)』

●《聖書を所有し、聖書の民と同様に考えるものは誰でも、聖書に記された土地すべての所有を要求すべきである》(モシェ・ダヤン将軍、『エルサレム・ポスト』67・8・10)

●一九九四年二月二五日、バルーフ・ゴールドスタイン医師が、長老の墓所で祈りを捧げていたアラブ人を虐殺した。

●一九九五年一一月二五日、イガール・アミールが、《神の命令》と“約束の土地”としての“ユダヤとサマリア”(現在のヨルダン川の西)をアラブ人に譲ろうとするものは誰であろうとも処刑することを誓う彼のグループ、“イスラエルの戦士”の指示の下に、イツァク・ラビンを暗殺した。
(a)現代のキリスト教による解釈

 ジュネーヴのプロテスタント神学単科大学で旧約聖書を教えるアルベール・ドゥ・ピュリー教授は、博士論文を要約して一九七五年に、『ヤコブの年代の神の約束と宗教的伝説』と題する二巻の著書を発表した。その中で彼は、最も優れた歴史家の研究と現代の解釈を、取りまとめて検討し、その全体を見渡している。彼は特に、『父としての神』の著者、アルブレヒト・アルトと、『イスラエルの歴史』[関連文献は巻末資料に記載]の著者、マーティン・ノートに注目しており、つぎのように記している。

《贈物としての土地という聖書のテーマの起源は、“族長の約束”、つまりは、創世記の言い伝えに従うと、神が族長アブラハムに語った約束に発している。創世記の物語は、神が族長に約束し、族長の子孫がその後に住み着いた土地の所有について、何度も違った形で伝えている。サマリアとユダヤの地の主要な聖所、シケム(『創世記』12章7節)、ベテル(『創世記』13章14~16節、28章13~15節、35章11~12節)、マムレ(ヘブロンの近隣、『創世記』15章18~21節、17章4~8節)などでの宣言であり、これらの約束は、現在のパレスチナのすべての地域に適用されるようである。

 聖書の語り手は、イスラエルの起源を、ある時代の限られた期間に引き続いた出来事として伝えている。すべての残された記憶、歴史、伝説、物語、詩などは、口伝てに語り継がれたものであり、ある特定の家系の年代記の枠組みの中に挿入されている。ほとんどすべての現代の解釈は、この歴史の大略の全体をフィクションと見る点で一致している。

 アルブレヒト・アルトとマーティン・ノートの労作は、特に、引き続く年代の区分、族長時代、エジプト虜囚時代、カナンの征服などがフィクションであることを明らかにした》

 アルベール・ドゥ・ピュリーの論文に従って、さらに現代の解釈の労作から要点を紹介すると、パリのプロテスタント神学単科大学の学長、フランソワーズ・スミス夫人は、その著書、『一九四八年以後のプロテスタント、聖書とイスラエル』の中で、つぎのように記している。

《最近の歴史的研究は、エジプトからの集団移住、カナンの征服、追放以前のイスラエル人の国家的統一、国境の細部に関する古典的な描写を、フィクションと認めることを余儀なくする。聖書の歴史編纂は、どう語っているかではなく、どう作ったかについて説明しなければならない》

 フランソワーズ・スミス=フロランタン夫人は、一九九四年に発表した約束の神話についての著書、『不合理な神話/“約束”の研究』で、厳密な視点を提出した。
[族長の約束の起源]

 アルベール・ドゥ・ピュリーは、以下のように続ける。

《ほとんどの聖書解釈者は、族長の約束の古典的な表現、たとえば『創世記』13章14-17節、『創世記』15章18~21節の表現を、イスラエル人によるパレスチナの征服、より具体的には、ダヴィデの治世下でのイスラエルの支配の拡大の「事後承認」のためのものと考え、また考え続けている。いいかえれば、約束が族長の物語の中に導入されたのは、この“先祖の時代”を、ダヴィデとソロモンの黄金時代の告示と序曲に仕立てるためだったというのである。

 族長の約束の起源は、つぎのように限定して要約することができる。

1、土地の約束を、定住の約束だと考えると、それが初めて与えられたのは、それまでの放牧生活を止めて、定住が可能な地域での暮らしを望むようになった遊牧民の集団に対してのことである。この場合には、約束は、いくつかの異なる部族の宗教的および伝承的な世襲財産の一部になり得る》

原注1 近東の宗教的聖句の知見が示すところでは、メソポタミアからエジプトに至るまで、ヒッタイトをも含めて、すべての民族が、彼らの神から土地についての同じような約束を受けている。

 エジプトの場合には、トゥトゥモス3世(紀元前一四八〇~一四七五)が建てたカルナックの石碑によると、彼が、ガザ、メギド、カデッシュから、ユーフラテス流域のカルケミシュまでの遠征で得た勝利を祝って、神が、〈私は、この布告によって、汝に長く大きい土地を割り当てる。私は、ここに至り、汝に西の土地を撃つことを許す〉と宣言している。

“豊かな三日月地帯”の反対側のメソポタミアの場合には、『バビロニア創世記詩篇』の六枚目のタブレットの46節で、神マルドゥークが〈それぞれの分け前を定め〉、契約を固めるためにバビュロンと神殿の建設を命令している(『近東の宗教』)。

 両者の中間に位置するヒッタイトの場合には、天上の女神アリーナに、つぎの歌が捧げられている。〈御身は天と地の平穏を見張り、この国の境界を定める〉(同前)

 もしもヘブライが同じような約束を得ていなかったとしたなら、それは正真正銘の例外を構成する!(『贈物としてのパレスチナの土地』)

《2、遊牧民の約束の目的は、ある地域や国の政治的および軍事的な征服ではなくて、ある限られた領域内での定住にあった。

 3、起源をたどると、『創世記』が語る族長の約束の相手は、“エクソダス集団”と一緒にパレスチナに入った神のエホバではなくて、カナンの神エルの三位一体の地域的分身である。土地の所有者である地域的な神のみが、彼の土地での定住を遊牧民に許可することができた。

 4、その後、定住した遊牧民の氏族が他の氏族と連合して〈イスラエルの民〉を形成するに至ると、昔の約束に新しい次元が加わる。定住は、すでに果たされた目的となり、約束は以後、政治的、軍事的、"国家的"な支配領域の意味を帯びる。こうして、再解釈により、約束は、パレスチナの決定的な征服の予告、ダヴィデの帝国の正統性の告示として理解されるようになる》
族長の約束の内容

《羊飼いの氏族の定住化を目指す“遊牧民”の約束は、おそらく事件前に起源を持つものだが、〈国家〉規模に拡大された約束はそうではない。〈イスラエルびと〉という部族への統合は、パレスチナ定住以後のことにすぎないから、遊牧民の約束を政治的主権の約束だとする再解釈は、「事件以後」に行われたに違いない。だからして、〈エジプトの川(アリシュ渓谷)から、かの大川ユフラテの流れまで〉に位置するすべての地域と、そこに住むすべての民族への、選ばれた民の支配権を意味する『創世記』15章18~21節の約束は、明らかに、ダヴィデの征服に想を得て以後に、「以前の事件」へとさかのぼって創作した神託である。

 解釈の研究は、〈遊牧民〉の約束の〈国家的〉な約束への拡大解釈を、族長の物語が初めて文字に記される以前の時期に確定することに成功している。

 あるエホバ信者が、旧約聖書の最初の高位の語り手、またはむしろ、物語編纂者だと目されているが、彼が生きていたのはソロモンの時代だった。だから彼は、ダヴィデの栄光によって族長の約束が再解釈され、すべての希望の彼方へと実現されたかのような数十年間についての同時代人、および目撃証人であった。

『創世記』12章3節bは、エホバ信者の作品を理解する上で鍵となる章句の一つである。この章句によれば、イスラエルの祝福は必然的帰結として、“地のすべてのやから(adamah)[accent省略]”への祝福を含まなければならない。地のすべてのやからとは、パレスチナとトランスヨルダンでイスラエルとともに地を分かち合う住民のすべてのことである。

 こういうわけでわれわれは、歴史上の何時いかなる時に、神がアブラハムという名の歴史上の人物の前に姿を現わして、彼にカナンの地を所有する合法的な権利を授けたものかどうかということを、確言できる立場にはない。法律的な視点から見ると、われわれは、"神"という署名のある土地譲渡証書などは、まったく所持していないどころか、むしろ、たとえば、『創世記』12章1~8節、13章14~18節などの情景が、歴史的な事件の再現ではないと信ずるに足る十分な根拠を握っている。

 さらには、族長の約束の「現実化」ということが、あり得るのだろうか?

 もしも、約束の現実化が、所有の権利として役に立つとか、政治的な領土返還要求に奉仕するとかいうことを意味するのなら、疑う余地もなく不可能である。

 いかなる政体であろうとも、約束の担保それ自体を根拠に領土返還を要求する権利は持ち得ない。

 旧約聖書の約束が現在のイスラエル国家の領土返還要求を正当化するという考え方は、いかなる方法によっても、キリスト教徒の間での賛成者を得ることはできないだろう》

 以上の文章は、一九七五年二月一〇日にスイスのクレ=ベラルで行われた会議におけるイスラエル・アラブ間の紛争の神学的解釈に関する討論からの抜粋である。原文は、一九七六年発行の『神学的および宗教的な研究』3号に所収されている。
(b)ユダヤ教の予言者による解釈
[土地と血に関する完全なデマゴギー]
(アメリカの「ユダヤ教のための連盟」の元議長、エルマー・バーガー法師の講演より)

《現在のイスラエル国家の樹立を、聖書の予言の遂行であり、それゆえに、イスラエル人が彼らの国家を創設し維持するために行ったすべての行為を、神が事前に承認したと称するなどということは、だれにも許してはならない。

 現在のイスラエルの政策は、イスラエルの精神的な意味を破壊、ないしは少なくとも曇らせてしまった。

 私は、予言の伝統についての基礎的な二つの要素の検討を提案する。

 a、最初に、予言者はシオンの回復を訴えているが、土地それ自体が神聖な性格を持っているのではない。贖罪についての予言的概念の純粋で明白な基準は、神との契約の回復であり、それは、この契約が王とその民衆によって破られて以来のことなのである。

『ミカ書』では、このことをとても清らかに、つぎのような詩につづっている。

〈聞け、ヤコブのかしらたちよ。イスラエルの家のつかさたちよ。あなたがたは善を憎み、悪を愛し、……血をもってシオンを建て、不義をもってエルサレムを建てた。……それゆえ、シオンは田畑となって耕され、エルサレムは瓦礫の塚となり、神殿の山は偶像崇拝者の宮殿となる〉(『ミカ書』3章1~12節)

 シオンは、神の法の支配なしには、神聖ではあり得ない。エルサレムで制定された法だからといって、そのすべてが神聖な法だということにはならない。

 b、契約に関しての順守と忠実さが必要なのは、土地だけではない。シオンに再び住む人々のそれぞれが、神との契約に関しての正義、廉直、忠実さを求められる。

 シオンの再興を願う人々は、条約、同盟、軍事力の行使またはイスラエルの隣人に優る軍事的支配などによってそれを達成しようと考えてはならない。

 ……予言者の伝統が明らかに指し示すのは、土地の神聖さを維持するものは、その土でもなく、ただそこに住むというだけの住民でもないということである。

 唯一の神聖で、かつシオンに相応しいものは、人々の振舞いに表われる神との契約である。

 それゆえ、現存のイスラエル国家には、約束の世紀への神聖な計画の実現を主張する権利は、いささかもない。……

 イスラエル国家は、土地と血に関する完全なデマゴギーである。

 いかなる民族も土地も神聖ではないし、この世のいかなる精神的な特権に値しない。

 シオニストの全体主義は、すべてのユダヤ教徒を、暴力と軍事力で支配しようと望むものであり、ユダヤ教徒を、その他の人々と一緒にし、同じものにしてしまう》(『予言、シオニズムとイスラエル国家』)
[ラビン首相の暗殺はシオニスト統一主義者の論理]

 イツァク・ラビンを暗殺したイガール・アミールは、不良少年でも狂人でもなくて、シオニストの教育の純粋な産物である。法師の息子で、テル・アヴィヴ近郊のバル・イランにある宗教大学の優秀な学生だった。タルムード学派の教えに導かれ、ゴラン高原の精鋭部隊の兵士となり、書棚には、数か月前にヘブロンの族長の墓で二七人のアラブ人を殺したバルーフ・ゴールドスタインの伝記を並べていた。彼はおそらく、イスラエルの国営テレヴィが組んだ大規模な特集報道で、“エイヤル”(イスラエルの戦士)グループが、政治的シオニズムの祖、テオドール・ヘルツルの墓の上で、〈アラブ人に"約束の土地"ユダヤとサマリア(現在パレスチナ)を譲るものはだれであろうとも処刑せよ〉と宣誓する有様を見たであろう。

 ラビン首相の暗殺には、ゴールドスタインの殺人と同様に、シオニスト統一主義者の神話の厳しい論理が刻みこまれている。イガール・アミールの発言によると、殺せという指示は、ヨシュアの時代と同じく“神から来た”のである(『ル・モンド』95・11・8掲載AFP電)。

 イガール・アミールはイスラエル社会の例外ではない。スペインの新聞、『エル・パイス』(95・11・7)の報道によれば、イツァク・ラビンが暗殺された当日、キルヤット・アルバとヘブロンの入植者たちは、バルーフ・ゴールドスタインの栄光を称えて建てられた霊廟を取り巻いて、ダヴィデの聖詩を歌いながら歓喜の舞踏を演じたのである。

 イツァク・ラビンは象徴的な標的だったが、それは彼が、彼の葬式でビル・クリントンが言い張ったように、“生涯を通して平和のために戦った”からではない。彼は、インティファーダが始まった時の占領軍司令官だった。彼こそが、その土地の古びた石ころ以外の武器を持たないパレスチナの土地の子供たちが、彼らの祖先の土地を守るために、その石ころを手に握って立ち上がった時に、〈腕の骨を折れ〉という命令を発した張本人だったのである。

 しかし、イツァク・ラビンは現実主義者だから、ヴェトナムでのアメリカと、アルジェリアでのフランスと同様に、一つの隊が別の一つの軍隊とではなくて、一つの「民族」全体と衝突する場合には、いかなる決定的な軍事的解決もありえないことを理解した。

 そこで彼は、ヤセル・アラファトと、妥協点を探る作業を始めた。ただし、国連が非難している占領地の部分での自治権については譲歩するが、現地のアラブ人から奪い、ヘブロンのように憎しみの養成所と化した“入植地”については、イスラエル軍が守り続けるというのである。

 だが、これだけでも、植民地主義支配の受益者たる統一主義者たちにとっては、行き過ぎも甚だしかった。彼らは、ラビンに対抗して"裏切り者"呼ばわりをし、暗殺という恥ずべき行為を導き出す雰囲気を作り上げた。

 イツァク・ラビンが犠牲者となったのは、何万人ものパレスチナ人の犠牲者の葬列に続いてのことであり、“約束の土地”という神話、血みどろの植民地主義の数千年を経た古めかしい口実のためなのである。

 この狂信者による暗殺が、いまさらながら示すのは、イスラエル国家が、一九四七年の分割で決められた国境の内側で安全を確保し、まったく独立したパレスチナ国家との間に真の平和を実現するためには、現在の植民地主義、つまりは、将来のパレスチナ国家の内部に存在し、絶えざる挑発と同時に将来の戦争の起爆剤の源泉となるすべての入植地の、根本的な除去が必要だということである。

《主はこう仰せられる。イスラエルはわたしの子、わたしの長子である》(『出エジプト記』4章22節)
政治的シオニストの統一主義者の読み方

●《世界の住民は全体として、イスラエル人とその他の国民に分けることができる。イスラエル人は選ばれた民である。……根本的教義》(コーヘン法師による『タルムード』)

 この“選ばれた民”の神話は、いかなる歴史的根拠もない信仰であるが、これをもとにして旧約聖書とともに一神教が生まれた。これとは真反対に目立つのは、聖書それ自体の二人の主要な編纂者、エボバ信者とエロヒム信者のいずれも、一神教信者ではないということである。彼らはただ、ヘブライの神の他の神に対する優越性と、他の神への"嫉妬"を言明しているだけである(『出エジプト記』20章2~5節)。モアブ人の神カモシュ(『士師記』6章24節および『列王紀』下17章27節)は、“その他の神”(『サムエル記』上27章19節)として知られている。

 全キリスト教会訳の聖書では、つぎの点を注で強調している。

《非常に長い間、イスラエルでは異国の神の存在とその力を人々が信じていた》

 一神教の正しさが主張されるようになったのは、流浪以後であり、特に、予言者によってでしかない。出エジプトの場合の〈あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない〉(『出エジプト記』20章3節)という形式の神の言葉は、他の神を否定してエホバのみへの服従を求めることに対して不満を抱く人々に向けて発せられたのである。『申命記』6章14節でも同じように、〈あなたがたは他の神々に従ってはならない〉と繰り返している。だが、エホバはまた、〈わたしは神であって、ほかに神はない〉(『イザヤ書』45章22節)とも語っている。このように議論の余地がない一神教の断言がなされたのは、紀元前6世紀の後半(前五五〇~五三九の間)になってからである。
[近東文化の長期間にわたる果実としての一神教]

 一神教は、メソポタミアやエジプトなどの、近東の偉大な文化の長期間にわたる熟成の影響を受けて実った果実である。すでに前8世紀には、ファラオのアケナートンが、すべての神殿から“神”という単語の複数形を削除させた。彼の“太陽への賛歌”は、『詩篇』一〇四篇と、ほとんど同じである。バビロニアの宗教は一神教に傾いていた。マルドゥーク神に関して、歴史家のオルブライトは、つぎのように、その変身の過程を指摘する。

《数多い違う神々が唯一の神の表われ方でしかなかったのだと認識した時、……いずれかの一神教に到達する一歩手前まで来たのである》(オルブライト『近東の宗教』)

『バビロニア創世詩篇』(前11世紀)には、その“最後の歩み”の証拠が刻まれている。

《もしも人々が神々ごとに別にされたら、われわれは、われわれ一人一人が別の名前を名乗っているのと同じように、たとえば彼が、わが神となる》

 この宗教は、内面的に高い水準を達成しており、「正義」の人が悩む場面が表われる。

《私は知恵ある主を称えたい。……私の神は私を見捨てた。……私は主の如くに気取っていたが、今は行き詰まってしまった。……毎日のように私は鳩のようにうめく。私の頬を涙が焦がす。それでもなお、祈りは私に知恵を与える。生贄を捧げるのは私に課せられた掟だ。私は神に仕えてきたと信じる。しかし、神秘の極みにある神の摂理は、いかにすれば理解できるのだろうか?

 マルドゥークのほかに、だれが蘇生の導き手たり得るか? 彼がその初めての粘土をかたどった人々よ、マルドゥークの栄光を称えて歌え》(同前)

 これはまさしく旧約聖書のヨブの類型だが、そのヨブよりも数世紀前のものである。悩める正義の人に似た類型は、神に罰せられて主の手で地上に連れ戻されたダニエル(ヘブライの聖書のダニエルではない)であり、ラス・シャムラのウガリ期の聖句に刻まれている。それは“カナン人の聖書”とでも呼べるもので、ヘブライの聖書よりも古い。なぜならば、エゼキエルは、ヨブと並べてダニエルにふれているからである(『エゼキエル書』14章14および20節)。

 これらのたとえ話の精神的な意義は、いかなる歴史的実証にも依存する必要がない。

 これは、たとえば、抑圧にたいする抵抗と解放との、絶妙なたとえ話の場合についても言えることであって、その典型が出エジプトの物語である。

 ミルセア・エリアードによれば、《葦の海を渡る話は歴史的なできごととは考えられない》(『信仰と宗教的概念の歴史』)のだが、それは重要なことではないし、ヘブライ人の全体に関わる問題ではなくて、一部の脱走者の集団だけのことである。その一方で意義が深いのは、エジプトからの脱出が、これだけの雄大な物語に展開され、復活祭の儀式と関連する“装置”として据えられ、……蘇り、エホバ信仰の神聖な歴史に統合されたことである(同前)。

 紀元前六二一年以来、出エジプトの儀式は実際に、カナン人の農業の儀式である春の復活祭、アドニスの蘇生の祝いの場で行われた。こうして出エジプトは、神によって圧制から救われた一民族の再生の基礎的な一幕となったのである。
[異なる民族にも見られる人間解放の神話]

 この種の、旧制度の下における屈従からの神による人間の解放という経験は、まったく異なる民族にも見られる。長期の流浪の例としては、“メキシコ”の部族、アズテクの場合、一三世紀に、一世紀ほどの苦難を経て、神の導きで渓谷に到着した。神は、それまでまったく道筋のなかった所に道を開いた。アフリカのカイダラの場合にも、同じような発端の解放の旅の物語がある。遊牧もしくは流浪の部族の定住は、すべての民族、特に中東において、神による約束の土地の贈物に結び付けられている。

 神話は、人類の人間的教化および神性付与への道の時代を画している。大洪水の場合には、神が人類の罪を罰し、その後に創造を再開するのであるが、メソポタミアのギルガメシュからマヤのポポル・ヴフにいたるまで、およそあらゆる文明に同様の例がある(同前)。

 神への賛歌は、あらゆる宗教に生まれるものであり、インカの場合には、母なる女神または主なる神、パチャママの名誉の詩篇がある。

《ウィラコチャ、命の源、常に身近な神。……神は語ることで造る! 男よあれ! 女よあれ! ウィラコチャ、輝く主、命を与え、死を与える神。……あなたは創造物を再生し、日夜、創造物を守り、その仕上げが可能なように、……正しい道を歩むように導く》

 人種中心主義的な偏見による妨げさえ取り払えば、人々は、これらの聖句、すなわち、それぞれの民族にとっての“旧約聖書”を、人生の意味の発見の瞬間に関する一つの神学的反省として、探求することができる。

 その後、イエスの人生と発言に関する伝言が、真の普遍救済の立場を確保するに至った。普遍救済の思想は、その根底において、すべての人間の、神聖で、束縛されずにいた頃の、あるいは逆に専制的な伝統によって抑圧を受けたりした頃の、人生の経験に根差している。イエスの人生そのものと、あえて高位高官の支えに拠らずに、貧しい人々の希望として語った「神の王国」についての根本的で新鮮な見解は、人々がそれを完成して約束された勝利を迎えるまで、唯一生き続けるものであり、いかなる歴史的図式の利益にもとづいても消し去り得ないものとなっている。

 私がここで、近東の宗教を、ヘブライ人が形成したものを含む一神教を育んだという意味で取り上げたのは、決して、それが時代的に古いからではない。

 他の西洋ではない文化では、一神教に向けての歩みは、さらに古代からのものであった。

 たとえばインドの場合には、『ヴェーダ』に、つぎのような章句がある。

《賢者は、「唯一の存在」に一つ名前しか与えない》(『リグ・ヴェーダの賛歌』3章7節)

 ヴリハスパチは語る。

〈彼はわが父、すべての神を含む〉(同3章18節)

《われらが父なる「彼」は、すべての存在を生み、すべてを含む。唯一の神、彼は他の神を造る。すべての存在するものは、彼を導き手と認める。……そなたは、すべてを造った「彼」を知っている。彼は、そなたの内面にいる彼と同じなのだ》(同11章11節)

《彼の名は多いが彼は「唯一」なのだ》

 これらの聖句は、前一六世紀から六世紀にかけて継続して作られたものであり、 (S・J・)モンカニン神父は、『ヴェーダ』の内側に身を置く先見的な努力を通して、『ヴェーダ』を《完璧な儀式上の詩》(ジュール・モンカニン『インドの神秘学、キリスト教の秘伝』)だと評している。

《ヨシュアはまたイスラエルのすべての人を率いて、ラキシからエグロンに進んだ。エホバはラキシをイスラエルの手に渡された。彼らはこれを取り、つるぎをもって、これを切り進み、その中のすべての人をことごとく撃ち滅し、ひとりもその中に残さなかった。……ヨシュアはまたイスラエルのすべての人を率いて、エグロンからヘブロンに進み上った》(『ヨシュア記』10章34節)
政治的シオニズムの統一主義者の読み方

●一九四八年四月九日、メナヘム・ベギンと、彼が指揮するイルグンの部隊が、デイル・ヤシンの町の男、女、子供を含む二五四人の住民を虐殺した。

 私がこの節で、この時代遅れな歴史上の神話と、その“歴史のすりかえ作業”とを、政策を正当化するための口実として検討するのは、ある特殊な事例、すなわち、聖書の物語を道具に使う事例に関してだけである。なぜかといえば、この事例が、これまでの歴史における最も血なまぐさい陰謀を覆い隠すことによって、西洋の未来に対して決定的な役割を果たし続けているからである。歴史的な経過を振り返ると、ローマ人以後、キリスト教徒が続き、十字軍に至るまでのユダヤ人の迫害から、宗教裁判、神聖同盟、“選ばれた民”を先兵として使った植民地支配を経て、イスラエル国家の強請に至った。その後には、中東への政治的拡張政策に止まらず、ロビーの圧力が用いられるようになり、その最も強力なロビーを駆使する“列強の中の最強国”、アメリカが、世界支配と軍事的侵略のための自国の政策を最高の計画として、これらの歴史的経験のすべてを上回る最も血なまぐさい陰謀の主役を演ずるに至ったのである。

 以上の理由にもとづいて、私は、この節の主題を選んだ。過去の神話の悪用は、未来を、この惑星に育まれた人類すべての自殺の舞台に変え兼ねないからである。
[伝統的な権威の高い全能の神の幻影への復帰]

 聖書には、この他にも、“戦いの神”の命令に従って行われた虐殺の物語が、偉大な予言者のアモス、エゼキエル、イザヤ、ヨブから、ダニエルとの“新しい契約”のお告げに至るまでの物語として含まれている。

 この新しい契約(または新約聖書)は、同時に、歴史における神と人間との重大な入れ替わりを象徴する点で、イエスの昇天と同様であって、東方教会の神父は、《神は、人間を神にするために、自分を人間にした》と説いていた。その後、聖パウロとともに、伝統的な権威の高い全能の神の幻影への復帰が行われ、外部の高い位置から、ユダヤ教の“王”によってではなくて、これまた外部から人間の責任負担能力を破壊するキリスト教の“神意”によって、人間とその共同体の暮らし方が指導されるようになった。

《あなたたちが救われたのは神意によってである。あなたたちが何かをしたからではない。それは、神の贈物なのである》(『エペソ書』2章8節)
[『トーラ』(『モーゼの五書』と歴史的文書)]

 ここで取り扱うのは、聖書一般ではなくて、イスラエルの神権的な支配とシオニズム運動を鼓吹するための口実として、今の今、使われている部分のみである。ユダヤ教の教典、『トーラ』は、キリスト教徒が『モーゼの五書』と呼ぶ主要な五書、『創世記』『出エジプト記』『レビ記』『民数記』『申命記』と、それに付属する“歴史的文書”という呼び名の『ヨシュア記』『士師記』『列王紀』『サムエル記』によって構成されている。ユダヤ教は『トーラ』から、「予言者」がつねに注意を喚起していた偉大な教訓、つまり、“神と人間の契約”は条件付きで普遍救済的なものであり、神聖な法を順守し、すべての民族と人間に向けて門戸を開くことによって成り立つものだという教訓を、取り除いてはいない。
[聖書の物語の史実性を検証する資料はない]

『トーラ』(『モーゼの五書』)と、それに付属する“歴史的文書”は、一世紀以上にわたる聖書解釈者の検証が明らかにしたように、口伝えの伝承を文字に記録して編纂したのである。その元になる伝承は、前九世紀の年代記作者らと、ダヴィデの征服と帝国建設を正当化し、さらには誇張しなければならないという主要な先入観念に駆られたソロモン時代の法学者らが作ったものである。しかし、ダヴィデの業績に関しては、聖書の物語以外に、何らの歴史的検証の材料も、何らの考古学的痕跡も、何らの別途の記録もない。外部の歴史から確認できる最初のできごとは、ソロモンに関するもので、アッシリアの古文書にその痕跡が残されている。

 それ以前に関しては、聖書の物語の史実性を検証する外部資料は全くない。たとえば、イラクのウルの考古学的遺跡は、アブラハムに関して何の情報も提供してくれない。その状態は、あたかも、トロイの遺跡の発掘が、ヘクトルやプリアムについて何も物語らないのと同様である。
[“神聖な絶滅”の神話を繰り返す連祷]

『民数記』(31章7~18節)では、ミデアン人に対する勝利者、“イスラエルの息子たち”の手柄を物語っている。

《主がモーゼに命じられたように、その男子をみな殺した》《女を捕虜にした》《すべての村を火で焼いた》。彼らがモーゼの下に戻った時には、《モーゼは怒り、何ごとか、と彼らに言った。あなたがたは女たちをみな生かしておいたのか……! それで今、この子供たちの内の男の子をみな殺し、また男と寝て、男を知った女をみな殺しなさい。……ただし、男を知らない娘はすべてあなたがたのために生かしておきなさい》(同14~18節)

 モーゼの継承者、ヨシュアは、カナンの征服で、この軍勢の神の命令による“民族浄化”政策の組織的な方法を継続した。

《その日ヨシュアはマッケダを取り、つるぎをもって、それと、その王とを撃ち、その中のすべての人を、ことごとく滅ぼして、ひとりも残さず、エリコの王にしたように、マッケダの王にもした。

 こうしてヨシュアはイスラエルのすべての人を率いて、マッケダからリブナに進み、リブナを攻めて戦った。主が、それと、その王をも、イスラエルの手に渡されたので、つるぎをもって、それと、その中のすべての人を撃ち滅ぼして、ひとりもその中に残さず、エリコの王にしたように、その王にもした。

 ヨシュアはまたイスラエルのすべての人を率いて、リブナからラキシに進み、これに向かって陣をしき、攻め戦った。主がラキシをイスラエルの手に渡されたので、ふつか目にこれを取り、つるぎをもって、それと、その中のすべての人を撃ち滅ぼした。すべてリブナにしたとおりだった。その時、ゲゼルの王ホラムが、ラキシを助けるために上ってきたので、ヨシュアは彼と、その民とを撃ち滅ぼして、ついにひとりも残さなかった。

 ヨシュアはまたイスラエルのすべての人を率いて、ラキシからエグロンに進み、これに向かって陣をしき、攻め戦った。その日これを取り、つるぎをもって、これを撃ち、その中のすべての人を、ことごとくその日に滅ぼした。すべてラキシにしたとおりであった。ヨシュアはまたイスラエルのすべての人を率いて、エグロンからヘブロンに進んだ》(『ヨシュア記』10章28~36章)

 この長々と同じ文句を繰り返す連祷は、西ヨルダン[現パレスチナ]を貫く“神聖な絶滅”を数え上げながら続く。この物語りに対しては、二つの基本的な疑問を提出しなければならない。

1、歴史的な真相。

2、絶滅政策の称揚の文字通りの模倣がもたらした結果。
(a)第1点[歴史的な真相]に関して

 以上の物語は、考古学的研究の成果と矛盾する。

 発掘の結果が示すところでは、イスラエル人が到着したはずの前一三世紀の終りには、エリコを取ることはできなかった。なぜなら当時のエリコには住民がいなかったからだ。中期青銅時代の町が前一五五〇年以前に破壊され、以後は放棄されていた。前一四世紀に再び、まばらな定住があった。この時代の陶器が発見された中期青銅時代の墓は再使用されていた。一軒の家が発見され、その中には前一四世紀の中頃の小さな水差しがあった。前一三世紀に割り当てられるものは、何もない。後期青銅時代の築城の痕跡はまったくない。

 ミス・K・M・ケニヨンの結論によれば、エリコの破壊を前一三世紀の終りに現われたというイスラエル人に結び付けることは、不可能である(『エリコを掘る』ほか)。

 アイを取った件についても同様である。

《すべての征服の物語りの中で、これがもっとも詳しい。奇跡的な要素がまるでないので、もっとも事実らしく見える。ところが、不幸なことに考古学によって裏切られる。

 この地点は、二つの異なる調査団によって発掘された。結果は完全に一致した。廃墟の山は、前期青銅時代の名前の分からない大きな町で、前期青銅時代三期の間、前二四〇〇年以前に破壊されている。前一二〇〇年以後に至るまでは放棄されており、その頃に砦のない貧しい村が廃墟の部分の上にできた。この町は、遅くとも、前一〇世紀のはじめまでしか続かなかった。その後は、この地点は完全に放棄された。イスラエルが現われたという当時には、アイの町はなかったし、アイの王もいなかったし、そこには前一二〇〇年からの古い廃墟があっただけだ》(『古代イスラエルの歴史』&『アイの発掘』)
(b)第2点[絶滅政策の称揚の結果]に関して

 それはさておき、敬虔な統一主義者(ここでは、聖書の文字通りの読み方に固執する信者の意味)のユダヤ教徒にとって、モーゼやヨシュアのように魅力的な人物の模範に、従うことを妨げる理由があるだろうか?

『民数記』では、パレスチナ(カナン)の征服のはじまりを、《主は、イスラエルの言葉を聞き入れ、カナンびとをわたされたので、イスラエルはそのカナンびとと、その町々とをことごとく滅ぼした》(21章3節)と語り、ついでアモリとその王についても、《そこで彼とその子とすべての民とを、ひとり残らず撃ち殺して、その地を占領した》(21章35節)と語っているではないか。『申命記』でも繰り返し、土地の強奪と原住民の放逐ばかりか、虐殺までをも強要している。《あなたの神、主が、あなたの行って取る地にあなたを導き入れ、……数多い民を、あなたの前から追い払われる時、……あなたは彼らを全く滅ぼさなければならない》(7章1~2節)《あなたはついに彼らを滅ぼすにいたるであろう》(7章24節)

 以上の説話は、シャロンから法師のメイヤ・カハネ[訳注1]に至るまでのシオニストの、パレスチナに対しての振舞い方の予測像そのものである。

訳注1 カハネは、シオニスト本流の最悪の極右。アメリカ生れでイスラエルと二重国籍。人種主義を公然と標榜し、アラブ人と黒人を敵視、差別、武力襲撃し、白人優越主義のFBIやCIAにも密通する極右テロ集団JDL(ユダヤ防衛連盟)の共同創設者。アメリカ国内での人種差別反対運動の前進を背景としたFBIによる刑事告発への動きを目前にして、一九七一年、イスラエルに移住。アラブ人への暴力的襲撃の指導者として一定の狂信的支持者を増やし、カハ党を形成、一九八四年にクネセト(国会)の議席を得た。リクード党などの伝統的な極右シオニストは最初、カハネを斬り込み隊長として歓迎し、利用したが、四年後の一九八八年の総選挙を前にして、カハ党の議席が三ないし六議席に飛躍する可能性ありとの世論調査結果が出たため、キャスティングボードを握られる恐れが表面化した。クネセト中央選挙委員会は、カハ党を「人種差別的、反民主主義」と判定して立候補を禁止、最高裁も、この決定を全員一致で支持、議席は消滅した。カハネは湾岸危機の最中、一九九〇年十一月五日、ニューヨークで暗殺されたが、その後も、カハ党の非合法な活動は続き、むしろ、より悪質化し、暴力的に燃え盛っている。

 ヨシュアの戦法は、非武装のアラブ人をテロで脅して追い払うために、“イルグン”部隊を率いて、一九四八年四月九日にデイル・ヤシンの町で、男、女、子供を虐殺した時の、メナヘム・ベギンの戦法そのものではないか?(メナヘム・ベギンの自著『反乱・イルグンの歴史』)

 ベギンは、ユダヤ人に、《アラブ人を追い払うだけでなく、パレスチナの全土を獲得せよ》と呼び掛けたのである。

 ヨシュアのやり方は、《聖書を所有し、聖書の民と同様に考えるものは誰でも、聖書に記された土地すべての所有を要求すべきである》(『エルサレム・ポスト』67・8・10)というモシェ・ダヤン[元国防相]の指示そのものではないのか?

 ヨシュアのやり方は、ヨラム・ベン・ポラトがイスラエルの大手日刊紙、『イディオット・アハロノート』(72・7・14)に寄せた《アラブ人の追放と彼らの土地の収用なしには、シオニズムもユダヤ人国家の植民もあり得ない。》という定義そのものではないのか?
[インティファーダの石を投げる者の骨を砕け!]

 土地を取り上げる方法に関しての決定版は、ラビンが占領地の将軍だった時に発した命令、《インティファーダの石を投げる者の骨を砕け!》、である。

 これらはイスラエルの『タルムード』教育の反作用なのだろうか? サブラとシャティラの虐殺[レバノン侵略で起きた事件]の直接の責任者の一人を権力の座に押し上げるに当たって、ラファエル・エイタン将軍は、《現存のユダヤ人植民地のさらなる強化》を要求したのである。

 同じ確信に励まされて、アメリカから来た植民者でキリヤット・アルバ(ヨルダンの西側)に住む医師、バルーフ・ゴールドスタインは、族長の墓所で祈りを捧げていたパレスチナ人を自動小銃で掃射し、二七名を殺し、五〇名を傷つけた。バルーフ・ゴールドスタインは、アリエル・シャロンを名付け親とする統一主義者の集団の一員だった。シャロンは、彼の庇護下にサブラとシャティラの虐殺が犯されたにもかかわらず、その犯罪への報奨として昇進を受け、占領地内の“入植地”を発展させる任務を持つ住宅建設大臣となった。現在、バルーフ・ゴールドスタインは、統一主義者たちの本物の崇拝の対象となっている。統一主義者たちは、彼の墓に花を捧げ、接吻をする。なぜなら、彼は、土地を奪うためにカナン人を皆殺しにしたヨシュアの伝統に対して、厳密な忠実さを守ったからである。
[選ばれた民族を汚れから守るアパルトヘイト]

 この“人種浄化”は、現在のイスラエル国家で組織化されているが、すべての他の?不純な血?とユダヤ人の血との混交を妨げる人種的な純血の原理から発したものである。

 イスラエルの手に渡した住民の絶滅を神が命ずるくだりに続いて、主はモーゼに、彼の民を、それらの住民の娘と結婚させるなと勧告している(『出エジプト記』34章16節)。

『申命記』では、“選ばれた”(7章6節)民族は、他と混交すべきではないとし、《また彼らと婚姻をしてはならない。あなたの娘を彼の息子に与えてはならない。彼の娘をあなたの息子にめとってはならない》(7章3節)としている。

 この「アパルトヘイト」は、神によって選ばれた人種と、その人種を神に縛りつける信仰とを、汚れから守る唯一の方法なのだ。

 この「他者」との隔離は、法として残った。コーヘン法師は、彼の著書『タルムード』[前出]の中で、こう記している。《世界の住民は全体としてイスラエル人とその他の国民に分けることができる。イスラエル人は選ばれた民である。……根本的教義》

 バビロンの捕囚から戻ったエズラとネヘミヤは、このアパルトヘイトを再建するために、監視をする。エズラは、《聖なる種が諸国の民と交わった》(『エズラ記』9章2節)ことを嘆く。……ピンハスは混交した一組の男女を串刺しの刑に処す。……エズラは、人種的な選別と《すべての異邦人の女をめとったもの》の追放を命令し、その《妻と子供》(同前10章44節)を送り返した。ネヘミヤはユダヤ人に語る。

《わたしは彼らを清めて、異邦のものをことごとく捨てさせた》(『ネヘミヤ記』13章30節)

 この混交恐怖症と他者の拒否には人種問題の域を越えたものがある。雑婚による他者との血の交わりを拒絶するならば、宗教も、文化も、生き方も、拒絶することになる。

 このようにエホバは、彼が説く真理、すなわち、当然のことながら唯一の可能な真理から離れるものに対して激怒する。ソフォニは、異国の衣服を着ることに異議を唱える。ネヘミヤは、異国の言葉に反対する。《わたしはアシドド、アンモン、モアブの女をめとったユダヤ人を見た。彼らの子供の半分はアシドド、または、おのおのその母親の出た民の言葉を語って、ユダヤの言葉を語ることができなかった。わたしは彼らを責め、またののしり、その内の数人をたたいて、その毛を抜いた。……》(『ネヘミヤ記』13章23~25節)

 違反する者は厳しく裁かれた。イサクの妻でヤコブの母親のリベカは、こう断言する。《わたしはヘテびとの娘のことで、生きているのがいやになりました。もしヤコブがこの地の、あの娘どものようなヘテびとの娘を妻にめとるのなら、わたしは生きていて、何になりましょう?》(『創世記』27章46節)。

 サムソンの両親は、彼らの息子がペリシテ人の娘と結婚したことに激怒し、こう叫ぶ。《あなたが割礼を受けないペリシテびとのうちから妻を迎えようとするのは、身内の娘たちのうちに、あるいはわたしたちのすべての民のうちに女がないためなのですか?》(『士師記』14章3節)
[“人種法”に異議を唱えなかったシオニスト]

 イスラエルの最高裁判事だったハイム・コーヘンは、以下のように確認する。

《不幸なことに、ナチスが宣伝し、あの汚辱にまみれたニュルンベルグ法を生み出した生物学的な人種差別主義の教義が、イスラエル国家の体内の「ユダヤ主義」の基礎として奉仕するという、運命の苦い皮肉を味わっている》(『イスラエル国家の基本法』)

 実は、ニュルンベルグの戦争犯罪裁判の過程で、人種問題の?理論家?として出廷したユリウス・シュトライヒャーに対して、この質問が投げ掛けられていた。

《一九三五年にニュルンベルグで開かれた党大会で、“人種法”が発布された。この法律の立案過程で、あなたは相談を受けたり、法律の仕上げに関して何らかの形で協力したか? シュトライヒャー被告……はい。私が協力を求められたのは、その何年も前から、ドイツ人とユダヤ人の混血を将来、すべて防止すべきだと書いていたからだと思う。私は、そう考えて論文を書き、つねにユダヤ人種を、またはユダヤ民族を、模範として見習うべきだと繰り返していた。私が、論文の中でつねに繰り返して主張したのは、ユダヤ人は、他人種が見習うべき模範として考慮されてしかるべきだというだった。なぜなら、彼らは人種法を定めたからである。それはモーゼの法である。彼は、こう語っている。〈あなたがたは異国に行った時、異国の娘をめとってはならない〉。このことは、皆さん、ニュルンベルグ法を裁く上で考慮されるべき重点である。ユダヤ法がニュルンベルグ法の模範になっているのである。モーゼより数世紀後のユダヤの立法者、エズラは、この法があってすら、多くのユダヤ人が非ユダヤ人と結婚しており、彼らの結束が乱れていたと認めている。このことが、ユダヤ人社会の原点なのである。つまり、人種法があったからこそ、ユダヤ人は、他のすべての人種や文明が滅んだのに、何世紀も生き延びたのである》(ニュルンベルグ裁判記録46・4・26)

 これが、ナチの内務大臣の顧問として、《ドイツ国民の権利およびドイツ人の血とドイツ人の名誉の保護に関するニュルンベルグ法》を立案した法律家たちの実情であった。法律顧問のメンバーだったベルナード・ローゼナーとフリードリッヒ・クノストは、『ニュルンベルグ法』と題する論集の中で、つぎのように解説している。

《総統の意志にもとづくニュルンベルグ法は、いささかも、人種的な憎しみを強調し存続させるための特定の手段を意味してはいなかった。それは真反対に、ユダヤ人とドイツ人との関係を和らげる手段の発端を意味していた。

 もしもユダヤ人がすでに、自宅同然にくつろげる自分たちの国家を持っていたならば、ユダヤ人問題は、ユダヤ人にとってもドイツ人にとっても、すでに解決済みと考えることが可能だった。こういう動機があったから、もっとも信念の強いシオニストも、ニュルンベルグ法の精神に対しては何らの異議も唱えなかったのである》

 このようにヘブライの人種主義は、すべての他の人種主義の模範となり、他民族に対する支配の正当化に奉仕するイデオロギーなのである。

 文字通りの解釈は、ヨシュアが行った虐殺と同じ犯罪行為に導く。

《アメリカの清教徒の植民者は、土地を奪うためにインデアンを追い出した際、ヨシュアがアモリ人やペリシテ人に対して行なった“神聖な絶滅”を引き合いに出した》(「マサチューセッツの清教徒」『ユダヤ主義』69、2号所収)

 カナンのショアと混血恐怖症との間には、実際に、ユダヤ・ソマリアの法師たちの大多数の支持を受けているイデオロギー、すなわち、人口の変身が介在している。この政治的な見解は、統一主義者による聖書の原文の独特な読み方にもとづいている。『レビ記』を文字通りに読めば、そこでは神がユダヤ人に、《家畜に異なった種をかけてはならない》(19章19節)と命じ、《清い獣と汚れた獣を区別しなければならない》(20章25節)と指図し、神も自らイスラエル人を他民族から区別(20章24節)して、人種的な差別を実行している。『出エジプト記』(8章23節)でも、神は、《わたしはわたしの民とあなたの民との間に区別をおく》と語っている。

 かくて一九九三年、[フランスの]大法師、シトルクは、何時いかなる時にも懲罰を受ける心配なしに、以下の宣言をなし得たのである。

《私は、ユダヤ人の若者が決してユダヤ人の娘以外と結婚しないよう希望する》

 こうして《聖なる者》(『レビ記』20章26節)となったイスラエル人は、神が《憎む》(同20章23節)他民族との接触で《汚れ》(『エズラ記』9章11節)てはならないのである。この禁止命令は、何度も何度も繰り返される。

《また彼ら(カナン人)と婚姻をしてはならない。あなたの娘を彼の息子に与えてはならない。彼の娘をあなたの息子にめとってはならない。……》(『申命記』7章3~4節)。《もしも、あなたがたがひるがえって、これらの国民の、生き残って、あなたがたの中にとどまる者どもと親しくなり、これと婚姻し、ゆききするならば、あなたがたは、しかと知らなければならない。あなたがたの神、主は、もはや、これらの国民をあなたがたの前から、追い払うことをされないであろう。彼らは、かえって、あなたがたのわなとなり、網となり、あなたがたのわきに、むちとなり、あなたがたの目に、とげとなって、あんたがたはついに、あなたがたの神、主が賜ったこの良い土地から、滅びうせるであろう》(『ヨシュア記』23章12~13節)

 一九七五年一一月一〇日、国連総会は、シオニズムを一種の人種主義であり、人種差別政策であると非難する決議を採択した。

 ソ連の崩壊以後、アメリカは国連の唯一の超大国となり、一九九一年一二月一六日に、一九七五年の正当な決議を廃止させた。しかし、事態は一九七五年当時とまったく変わらないどころか、むしろ、さらに悪化している。抑圧、パレスチナ人に対する緩慢なジェノサイド、植民地化は、今、史上空前の規模に達している。
 
 
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