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三島由紀夫・理想とした美の完遂

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 2月20日(金)18時39分48秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://asread.info/archives/1374

関連記事:不道徳教育講座

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/36.html



三島由紀夫の代表作『金閣寺』

 『金閣寺』は、1950年におきた金閣寺放火事件を下敷きにしたフィクションです。三島の最も成功した代表作というだけでなく、近代日本文学を代表する傑作の一つと見なされ、海外でも評価が高い作品でもあります。

 主人公の経験する短く多彩なエピソードが展開しながら、それぞれが思考的、時間的、美的に掘り下げられ、飾られています。そしてそれが一つの結末に向かって連なって行き、最後の金閣寺放火というラストシーンへと導かれます。
理想の美と現実とのギャップ

 主人公は吃音に悩む若い僧なのですが、彼は幼少期から地方住職の父親に「金閣寺ほど美しいものは地上にはない」と教えられて育ちます。少年は、父親から金閣寺の美しさを聞かされるたびに、金閣寺の美しさを夢想します。地方の坊主として生まれた主人公は、一度も実物の金閣寺を見ることなく成長していきますが、金閣寺を夢想しながら彼の中に理想化された究極の美を備えた金閣寺のイメージを作り上げていきます。

 そんなある日、主人公は父親に連れられて、京都の実物の金閣寺をその目で見ることになります。しかし、ずっと憧れ続けてきた金閣を初めて見た時、自分の思い描いていた理想の金閣寺とのギャップに愕然とします。
「美とは、こんなにも美しくないものなのか」
そう思いながらも、こっちが本当の金閣寺なのかと自分を納得させます。

 自分の心の中にある理想の金閣寺と、現実にあるどうみてもつまらない金閣寺とのギャップに違和感を覚えながら、主人公の少年は「美とは何か」という思索を始めることになります。

いつもの金閣寺が、急に輝き出す瞬間

 そんなある日、彼は、その現実のつまらない金閣寺が、自分の心の中の理想の金閣寺以上に美しく輝きだす二つの瞬間を経験します。一つ目の瞬間は彼の友人と二人で金閣寺にいる時です、友人が尺八で音楽を奏でると、なんとその時に、突然金閣寺が輝き出したのです。

 一体、何故音楽が流れた時、突然金閣寺は輝きだしたのでしょうか?それを三島は次のように解説します。

 音楽とはすぐに消えていくもであり、旋律というものは聞いているそばから絶えず消えていきます。一方で、絵というものはずっとそこにあり続けます、その意味では金閣寺は絵です。旋律というものは、皆が感動しますが、しかし「じゃあ、どれに感動したの?」と問われても、「コレだ!!」というように指示すことは出来ません。音楽とは順々に聞こえては消えていく存在です。つまり、音楽=瞬間の連続であり、時間なのです。つまり、金閣寺という何百年とそこに立ち続ける不滅の存在である金閣寺に、音楽が流れた瞬間に、不滅であったはずのそれが有限になったのです。不滅のはずの金閣寺に音楽という時間が加わることで滅びゆくものになったことで、その瞬間に、彼の中で金閣寺が輝き出しました。
三島が描いた時間と空間と美の関係性

 しかし、このように考えるとある種類の美とは不思議なもので、例えば、この金閣寺を読んだときに、読者が「これは名作だ!!」と思ったとします。ところが、では「どこが?」と時間軸で問われたときには、やはり音楽と同様に「コレだ!!」と指し示すことは出来ません。その美は静止した絵ではなく文章であり、文学であり、音楽と同じように読んでいき自分の中でイメージを形成し読んでいくそばから消えていき、また次のイメージへと流れていくものです。ですので、一瞬でその全体を経験することは出来ません。

 ところが、面白いことに、例えばこの金閣寺を読むのに3日かかったりするのですが、しかし、思い起こすときにはそれは一瞬です。つまり経験は線であるのに、想起においては点なのです。不思議なことに、文学作品を体験する段階では明らかに時間的な幅を持った線であるのに、思い起こすときには、その時間を完全に圧縮させた点になるという関係性を持っているのです。この視点で金閣寺の存在を考えた時に、イメージの金閣寺は時間性を持たない点です、しかし、実際の金閣寺は、そのような意味においては実際の時間を流れる線の存在なのであり、常にうつろいゆく音楽と同じです。では一体、この現実の時間を流れる線の存在と、記憶やイメージの中にある一瞬の点の存在のどちらが本当の美であるのか?そんな問いが金閣寺という作品の中に隠されているのです。

 もう一つの、金閣寺が輝き出す瞬間は、戦争の時に訪れます。金閣寺とは何百年と続く、まるで未来永劫続くかのように思える、いわば時間の海を渡ってきた船のようであると三島は言います。しかし、そんな滅びるはずのなかった船である金閣寺が、「戦争による空襲などで滅びるかもしれない」そう思い始めた瞬間に金閣寺は輝きだします。つまり、三島由紀夫の美意識とはそのようなものですね。
愛と美は終わりがあるからこそ光り輝く?

 三島は、かつて「私は愛には興味はない、恋だけに興味があるのだ」というような発言をしたことがあります。これはつまり、愛とは永遠、あるいは少なくとも長く安定した感情である一方で、恋とは一瞬で消えゆくもの、終わりがあるもの、常に終焉を強烈に意識させられるものであるからかもしれません。

 また、同時に三島は、人生の最後である死について徹底的にこだわりました。三島はある時次のように語り

     リルケが書いておりますが、現代人というのは、もうドラマティックな死ができなくなってしまった。病室の一室で一つの細胞の中のはちが死ぬように死んでいくと。いうような事をどこかで書いていたことを記憶しますが、現代の死は、病気にしろ、交通事故にしろ、なんらのドラマがない。英雄的な死というものの無い時代に我々は生きています。

 そして、山本常朝の『葉隠』の例をひいて、劇的な死、華やかな死というものが無くなってしまったことを嘆きます。そして、自身は自衛隊に向かって「憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう」と叫んで自決します。

 三島の自決事件の当時、多くの知識人は、頭がおかしくなった作家の常軌を逸した行為であると評したそうです。しかし、本当にそれだけだったのでしょうか?

 ある説では、あの時三島は本当には自決するつもりはなかったとも言います。つまり、単に成り行き上引くに引けなくなってしまったと。たしかに、そうだったのかもしれません。しかし、それでも、一方で、「やはり三島にはあのような結末以外あり得なかったのだ!!」と言われれば、そちらにも納得できます。

自決によって自らの人生を「完結」させた三島由紀夫

 三島は、偽善を徹底的に憎みました。そして、同時に、その偽善の中でのうのうと暮らす自分をも嫌悪します。

    私の中の二十五年間を考へると、その空虚に今さらびつくりする。私はほとんど『生きた』とはいへない。鼻をつまみながら通りすぎたのだ。二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変へはしたが、今もあひかはらずしぶとく生き永らへてゐる。生き永らへてゐるどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまつた。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善といふおそるべきバチルスである。こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終はるだらう、と考へてゐた私はずいぶん甘かつた。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、文化ですら(中略)
    それほど否定してきた戦後民主主義の時代二十五年間、否定しながらそこから利益を得、のうのうと暮らして来たといふことは、私の久しい心の傷になつてゐる」
    (1970年(昭和45年)7月7日付のサンケイ新聞夕刊の戦後25周年企画「私の中の25年」『果たし得てゐない約束』三島由紀夫)

 一方には、偽善を憎む心と、その偽善にまみれた空間から利益を得てのうのうと暮らす自分との耐えがたい分裂という現象があり、他方で、様々な思索や活動の中で、「もうこれ以外にない」というような一つの結末へと収束していく統合という矛盾性が三島の人生の物語に内在されています。

 果たして、このような人生の結末によって、三島自身が、その理想とした美を完遂させられたのかは分かりません。が、しかし、今なお、三島のこの生き様と死にざまは、その衝撃的なるが故に、現代に生きる私たちに「点」として突き刺さり、非常に重たい問いを投げかけ続けているように思います。



管理人注:ついでですから少し余計なことを書きましょう。若き三島由紀夫は20台前半に著した「仮面の告白」新潮文庫15ぺージには「私が幼児から人生に対して抱いていた観念は,アウグスティヌス風な『予定説』の線を外れることがたえてなかった。いくたびとなく無益な迷いが私を苦しめ,今もなお苦しめ続けているものの,この迷いを一種の堕罪の誘惑と考えれば,私の決定論にゆるぎはなかった。私の生涯の不安の総計のいわゆる献立表を,私はまだそれが 読めないうちから与えられていた。私はただナプキンをかけた食卓に向かっていればよかった。今こうした奇矯な書物を書いていることすらが,献立表にはちゃんと載せられており,最初から私はそれを見ていた筈であった。」仮面の告白は昭和25年6月には発刊されている。

それに対し森有正先生の「砂漠に向かって」にはこう表現している。「予定の観念は強く私を捉えている。カルヴァンが,私の世界に深く浸透してくるのは,そこを通してではない。十分に理解された予定とはー意思が正しく意欲することーを意味している。

それはまさに宿命論の正反対である。マラキ書は言っているではないか・エサウはヤコブの兄ではないか,永遠の神は言う,しかしながら,私はヤコブを愛し,エサウを憎んだ。

・・・・中略・・・・この予定の教えはアウグスティヌス,カルヴァン,ジャンセニウス,パスカルを通って近代までなまなまとと伝えられて来た。・・・・中略・・・・私の陽気さが,その最も確かな証拠だ」この本は昭和45年11月発刊ですから仮面の告白の20年後です。どちらかというと森先生はカルヴァンに影響を受け,心の奥深くにはキリストの終末論があったようです。フランス文学に進む場合この聖書の意味がわからないと一歩も前に進めません。しかしある程度理解したら聖書の予定説は早めに切り上げたほうがよい。なぜならその後に待っているのは三島由紀夫や芥川龍之介のような死しかないのですから。

ところで一日約88人が自殺している現実ですが以下の文章をお読みになり「死と向き合って」考えた末の死ならいいでしょう。長生きするリスクもありますからね。

管理人注:川端康成の「眠れる美女」は由夫という名前が出てきますね~恐らく本当の執筆者は三島由紀夫だと思います。由紀という名もありますね

「眠れる美女」は江口由夫老人と睡眠薬で昏睡状態になった眠れる美女との退廃的な作品である。プルーストの「失われた時を求めて」との位相もある。

川端の代筆と囁かれる三島由紀夫の解説によれば「相手が眠っていることは理想的な状態であり,自分の存在が相手に通じないことによって,性欲が純粋性感に止まって,相互の官能を前提とする[愛」の浸潤を防ぐことができる。ローマ法王庁がもっとも嫌悪するところの邪悪はここにある。しかし宿の主人は「この家には悪はありません」と断言する。(川端康成・眠れる美女より)

リルケの「廻り角」より

ピエール・クロソフスキーの仏訳から日本語に訳したリルケの「廻り角」を紹介しよう。「長い間,彼は,力を尽くして視たあげく,そのものを自分のものとした。向けられたそのまなざしの烈しさに,星はその膝を折った。

 また、跪いて彼が観想していると,その切なる願いの香りに,神々しい何者かがまどろみ,その眠りの中から,彼に微笑んだ。塔は,かれがそのように眺めると,戦慄し,かれの一目で,空の高みに向かって,あらためて,そそり立つ。だが,いかにしばしば,昼の重荷にあえぐ風景は夕べになって,かれの沈黙の認知の中に長々と延びて,憩ったことであろう。

 信頼にみちて,動物達は,かれの開いた視線の中に,草を食みながら,入ってきた。虜われの獅子達はその凝視するまなざしでかれを探るように見た,恰も考うべからざる自由がそこに或るかのように。何羽かの鳥がそのつばさで,かれを,感じやすいかれを,横切った。いくつかの花は,子供の心のように,大きく開いて,かれの中に,自分の姿を映した。このような観想者がどこかにいるという噂は,見えやすいようにみえて,しかももっとも見えがたい者達,すなわち女達を感動させた。

 遥かに遠くから来る時間の中で,眺めながら,遥かに遠くから来る時間の中で,心の飢えに耐えながら,視線の奥から懇願しつつ,外国で,彼が待望のなかに生きていた時,旅宿の,陰欝な環境で彼をとりまくまとまらぬ,かれに背をむける,かれが腰をおろしている部屋の中で,また鏡の中に宿る,またしても部屋の中で,さらに後になって,転転反側させる寝台の上から,眺められた,またしても,部屋の中で,その時,そのものは,空間で,討論していた。

 かれの感じ易い心について,苦悩に顛倒した彼の肉体の奥底で,また,それにもかかわらず,感じ易い彼の心について,捉え難く,そのものは討論していた。そして彼の心を判じていた。愛については,彼は何ものも所有してはいなかった。何回も,新しい「達成」が彼に対して拒絶された。こうして今,かれの視線には一つの限界が課せられた。見られる宇宙は,愛の中に咲き開こうと欲している。見る働きは成った。

 その後,心の営みをなせ。お前の中の影像の側らに,これらの捕囚の影像の側らに。というのは,お前はそれらの影像を征服した,だがそれらを識らないままでいるのだから。内面の人よ,健闘のあげくもろもろの中から手に入れた,お前の内にある,乙女を見よ,かの女は,やっと獲得されただけで,まだ愛されていないのだ」これが死と向き合うということ。死にも美学が必要です。



1分から三島由紀夫~この短いコメントは素晴らしい

『彼らは今この瞬間を生きています。未来も過去も考えることはありません。いつも一瞬一瞬を飛び回っているのです。彼らはとても健全に見えます。小さな獣のように美しくも見えます。

質問:彼らは目的を見つけられるでしょうか?

そう願います。それは私自身の抱える問題でもあるのです』

金閣寺朗読

https://www.youtube.com/watch?list=PLbCNUVDLuCWqoOFAIbLPMAin1EgdKA877&v=6sjQEuYiEp4

リルケを訪ねて三千里

http://kajipon.sakura.ne.jp/haka/h-sijin.htm

おまけ..........

自信を奪ったのは他人でなく自分だった

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/204.html

ジョセフ・マーフィー博士は「人生には永久不滅の法則がある。それは『あなたがあきらめてしまわない限り、奇跡は必ず現実になることである』と述べています。マーフィー博士はこれを人生の黄金率(ゴールデンルール)と呼びました。

 作家のよしもとばななさんは「私から自信を奪ったのは他人ではなく自分である,という責任の重さを本当の意味で理解した.....という話は以下の通りです。

 『自分が清らかだったという自慢話では決してなく,私は小さい頃,本当にものや植物とお話していた。花瓶が割れてもかわいそうだと泣き,動物が死んだりしたらお祈りしたり嘆き悲しみ,もう大変だった。いらいらした人がいる部屋に入ると頭痛がしたし,病院に行くといろいろ感じてしまいそれだけで一日寝込んだ。悪意にも敏感でびくびくしていたし,旅行に行ったら帰るときには「ありがとう,お部屋よ」と言って出た。自分の中に小さな友達がいて,その友だちが喜ぶものを集めて袋に入れ,いつでも、持って歩いていた。

 実は今もほとんど内実は変わっていないのだが,小さい頃はいっそうむき出しだったと思う。そんな私がどんな目にあって生き抜いてきたか,想像がつくであろう。人々はみな私を狂っているとか神経質だとか,もう少ししっかりしなさいだとか丈夫になりなさいだとか,うっとうしいだとか,面倒くさいだとか,繊細すぎると言った。私はいったんそれを本気で真に受けてみた。現実社会の一員として,ものすごく現実的になってみたのだ。

 そうしたら,いいこともたくさんあった。たとえば,愛する動物が死のうとしているときに,しっかりと地に足をつけて体を使って看病できるようになった。いろいろな人に会ったり,いろいろなところに行ったりすることがこわくなくなった。あらゆる人の意見を理解し,合わせることもできるようになった。その段階で,私は自分の中の小さな人の叫びから少しだけ逃げた。その瞳は透明すぎるし,生きてゆくには必要がない,なんといってもその面を大事にすると,男の人からは追いかけられ,女からはねたまれ,苦しいことが多すぎて,ろくなことがない。図太い方が往きやすい,どんどん奥に押し込めておこう,自分の中にその人がいることを知っているんだから,大丈夫だとたかをくくった。

 でもその小さな人はどこまでも叫び続けた。小さい声で,でも決して消えないはっきりした調子で。その人はまだ植物や動物と話ができるし,部屋や石の声も聞けた。清められた空間とそうでない空間との違いを,掃除の有無だけでなくわかることができた。ただ人間だけがこわい,そう言っていた。人間をこわがっていたらきりがないよ,もういいよ,人のことなんてどうでも,そういうふうに私は切り捨てようとした。でも,小さな人はうなずかなかった。苦しむことも,とことんやったほうがいいというのだ。

 そしてあるときその人は突然,美しい反逆をはじめたのだった。私がごまかしたり楽になろうとしたり人に好かれようとしてついていた小さな嘘はみんな明るみに出て,おそろしい勢いで浄化が始まった。後は小さい人の声と共に生きるしかない,でも私にはまだ自信がなかった。あるところから,私は人に合わせることがどうしてもできなくなった。これまでは「わかるわかる,その考え方わかるところがある」と言えていたのに「私はあなたがとても好き,でもここは違う。私はこう感じる」としか言えなくなった。そうしたら,驚くほどたくさんの人が離れていって,お互いが傷ついた。そんなでは意味がないではないかとさえ思った。それでも私は,小さい人の声を消せなかった。

 そして次に起きたことは,ほんとうにわかってくれる人が,ひとりまたひとりと近づいてきてくれたのだった。それでも恐ろしい痛みをむきだしのままくぐって,私は弱っていた。その過程で投げつけられたさまざまなののしりで、体が痛いほどだった。そして少し自信を失っていた。わかってはいるけれど,失ってしまったのだ。そのリハビリの過程で,私はホ・オポノポノに出会った。あるとき,イハレアカラ・ヒューレン博士のインタビューを読んだのだ。その辛辣さが真実の愛であることが,似たものを持つ私にはすぐわかった。そして,彼のことを調べて,クラスに参加した。

 私が恥ずかしく思っていたこと,生きてゆくのに弱すぎると思っていた全てのこと。小さい人を大事にすること,その全てがそこでは光に包まれていた。私が小説を書く上で,本をつくる上でしようとしていたことは,全て正しかったのだ。ここには確かに同じ発想がある,そう感じた。これまで誰に言っても「大げさな」「空想だ」「それでは生きていけない」と言われたことの全てが,そこで肯定された。私の中の小さい人を(管理人注:小さい人=インナーチャイルド)育てていく技法も具体的にしっかりと教わった。

 それで私は猛然と変わりはじめた。変わりはじめたら,これまでに出会った数少ない理解者たちがどんなに私を思って,ほんとうの私に戻るためにどんなにはげましてくれていたか,はじめてわかった。自信が戻ってきた。自信とともに,私にはもう地に足のついた苦しい時期に学んだあらゆる経験もそなわっていた。そして私から自信を奪ったのは他人ではなく自分である,という責任の重さをほんとうの意味で理解した。おそろしい他人を想定して自分を正当化するのをきっぱりとやめた。そして,私は気づきはじめている。これはとても大変なことだが,実は私はずっとひとりぼっちでこれをやってきたのだ。

 永遠に続く孤独な徒労だと思ってやってきたことが,光の道,意図のある自信の道に変わったのは,ヒューレン博士の姿を見て,その黒く輝く瞳をのぞきこんで,自分と彼が,そして全ての人が属するほんとうに美しい「無限」を見たからだと確信している。』

マーフィーの黄金率の法則も潜在意識の引き寄せの法則ですが場合によってはその潜在意識を閉じ込めることも肝心かと。


 
 
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