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普通の暮らしを営めない人々 

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 3月27日(金)12時02分13秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://2006530.blog69.fc2.com/blog-entry-346.html

1. 貧困大国・日本

 政府がどんなに否定し、事実から人々の目を背けさせようとも、私たちは格差拡大を、容易に目でみて、耳で聞き、肌で感じることができるようになっている。そのことを最も明確に示すもののひとつは、貧困層の増加だろう。
 貧困層の増加は、何年も前から研究者など一部では注目されていたが、この事実を広く知らせることになった最大の功績者は、なんといってもOECDである。
 2005年に公表された「1990年代後半におけるOECD諸国の所得分配と貧困」と題されたレポートは、可能な限り各国の最新のデータ(国によって多少の違いがあるが、ほぼ2000年前後のもので、日本は2000年)を用い、これを相互に比較できる形に変形して、所得格差と貧困率の比較を行った。その結果は、多くの日本人にとってショッキングなものだった。

 まず所得格差について見てみよう。図表3・1は、OECD諸国の経済格差を、ジニ係数という指標で比較したものである。
 ジニ係数は、国際比較や時系列比較によく使われる格差の指標で、最大値が1で、最小値は0。つまり、その国の富を一人の独裁者がすべて独占しているというような、最大限に格差の大きい社会の場合に1、逆に全員の所得が等しいという、まったく格差のない社会の場合に○の値をとる。もちろん、現実にはジニ係数が1や0になることはなく、ほとんどの社会では0.2から0.6の間に収まる。
 ただしジニ係数は、どのようなデータを使うかによって値が変わってしまう。第二章で触れたように、再分配前所得(当初所得)と再分配後所得のどちらに注目するかが重要だが、それだけではない。世帯所得に注目するのか、それとも個人所得に注目するのか。世帯所得に注目する場合、世帯による人数の違いを考慮するかしないか。ジニ係数はそれぞれ違ってくるので、注意が必要である。
 OECDがここで用いているのは、当初の世帯所得から税金などを引き、年金や社会保障給付を加えた再分配後所得を、家族の数によって調整したものである(調整の仕方については後述)。こうするとジニ係数が全体に小さめに出ることになるが、国際比較には適した方法だといえる。

 日本のジニ係数は0.314で、OECD平均の0.306より大きく、★27ケ国中10番目である。しかし、日本よりジニ係数が大きい9ケ国には、トルコやメキシコ、ポーランド、ポルトガルなど、先進国とはいいがたい国が多い。ジニ係数が日本より小さい国に目を向けると、ドイツ、フランスをはじめとする大陸ヨーロッパの代表的な国々の多くと、北欧諸国のすべてが並んでいる。★日本は先進国の中では、かなり経済格差の大きい部類だということができる。
 次に、貧困率をみてみよう。貧困率にはいくつかの計算方法があり、一義的には決まらない。それは「貧困」をどのように定義するか、たとえば所得がどこから下の場合を「貧困」と呼ぶのかという問題があるからである。

 この境界線のことを★「貧困線」というが、これを人々の生活実態に即して正確に算出しようとすると、最低限度の生活に必要な消費財の量とそれぞれの価格を計算し、人々の可処分所得と比較するという、かなり面倒な作業が必要になる。コメは日本では必需品だが欧米ではそうではないというように、必要不可欠な消費財の中身は国によって違うし、物価水準もさまざまだから、これでは国際比較はほとんど不可能に等しい。
 このため国際比較研究では、次のような簡便な方法が用いられる。
 まずジニ係数と同様に、再分配後所得を家族の人数で調整する。調整するといっても、家族の数そのもので割るわけではない。家族の数が二倍になっても、必要不可欠な生活費は二倍にはならないからである。
 そこでよく便われるのは、家族数の平方根で割るという方法である。この場合、たとえば年収300万円で一人暮らしの人と、年収600万円で四人暮らしの人は、600÷√4=300だから、同じということになる。これは、けっこう実感に合うといってい
いだろう。このように世帯所得を家族数の平方根で割ったものを、「等価所得」という。

 次に、等価所得の中央値を計算する。
 中央値とは、所得の多い人から少ない人までを並べたとき、ちょうど真ん中に位置する人の所得のことである。平均値ではなく中央値を使うのは、第二章でも述べたように、所得や資産の場合には平均値がごく一部の高額所得者や大資産家に引っ張られて、上の方に偏るからだ。
 そして、中央値の半分以下の所得しかない人々を「貧困層」と定義する。「中央値の半分」というこの基準は、あくまでも便宜的なものにすぎない。しかし実際に計算してみると、生活保護基準を使った場合とほぼ一致していて、けっこう現実的である。
たとえば京都大学教授の橘木俊詔は、東京の生活保護基準を用いた場合、日本の貧困率は15.8%になるとしているが、これはOECDの15.3という数字とほとんど一致している(橘木俊詔『格差社会』)。ちなみにOECDの報告書では、等価所得が138万円未満の場合を「貧困」としている。つまり、一人暮らしならば138万円、四人家族なら276万円以下しか所得がない場合が「貧困」ということになる。

 図表3・2は、こうして算出された貧困率を国際比較したものである。日本の貧困率は15.3%で、OECD平均の10.2%を大きく上回り、27ケ国中の5番目。しかも日本より高いのは、米国を除けば先進国とはいえないメキシコ、トルコと、人口わずか400万人のアイルランド。

 新聞などでは、日本の貧困率が先進国では米国に次いで第二位だ、というふうに書かれることが多かったが、これはこの三ケ国を考慮に入れていないからである。つまり「主要先進国」の中では第二位ということだ。経済格差は「大きい部類」だが、貧困率は「世界第二位」。ここに、日本の貧困の深刻さが現れている。ちなみに15.3%ということは、単純に人口をかけると約1950万人。オーストラリアやスリランカの人口とほぼ同じである。

 しかも日本の貧困率は、急速に上昇している。OECDの報告書によると、日本の貧困率は1980年代半ばでは11.9%、1990年代半ばでは13.7%だった。これとは別の方法によって、貧困率の変化をみたのが、図表3・3である。用いたデータは「就業構造基本調査」の個票データで、調査対象は15歳以上である。
 2002年の貧困層は、約1634万人。15歳以上人口に占める比率でいうと、15.4%である。1992年が1206万人(11.9%)だから、10年間で428万人も増えたということになる。性別に見ると、貧困層は男性より女性の方がはるかに多く、女性は貧困層の6割近くを占めている。10年間の増加数をみても、女性の方が多い。
★女性を中心に、膨大な貧困層が蓄積されつつあるということがわかる。
 最近、「ワーキングプア」という言葉がよく聞かれるようになった。「働いているのに貧乏な人」という意味である。ワーキングプアが注目されるひとつの背景には、「働いていない人は貧困でも当たり前だが、働いている人が貧困なのはよくない」という認識があるように思われる。
 このような見方は、働きたくても働けないお年寄りや失業者の窮状を無視することにつながりかねないという点で問題だ。しかし、現役で働いている人々の内部の格差拡大を雄弁に物語る事実としては、ワーキングプアの問題はたしかに重要である。その規模は、いくつかの統計からもうかがい知ることができる。

 たとえば★人事院の「民間給与実態調査」によると、年収200万円以下の給与所得者は981万人(2005年)で、とくに小泉政権の時期にあたる最近5年間の増加は157万人と著しく、しかもそのうち★年収100万円以下の増加が59万人をも占めるのが注目される。
 ただし、このなかには夫が正社員として勤めているパート主婦や、中高所得の親と同居するフリーターなども含まれる。そのすべてが生活困難な貧困層だとはいえないから、実態を正確に把握するためには、世帯全体の収入を考慮し、等価所得にもとづいて計算する必要がある。

 図表3・3の下半分は、先に示した貧困層全体の中の、有職者のみを集計したものである。★これがほぼ、ワーキングプアとみてよい。その数は2002年で534万人。10年間で75万人の増加である。男女別では女性の方がやや多く、増加幅も大きい。しかも、その後になって「小泉改革」が本格化したことを考えると、現在ではこれと比べても大幅に増加しているとみた方がよい。もちろんこのほかに、これらワーキングプアと同居している子どもたちや無職のお年寄りがいるわけである。

 計算方法をいろいろ変えてみても、日本の貧困率はだいたい15%台になることが多い。したがって、この数字には十分根拠があるといっていい。★日本は米国に次ぐ、世界に冠たる貧困大国なのである。

2. 「普通の暮らし」を営めない人々

 前章で、経団連副会長・柴田昌治の「飢えて死ぬような人がたくさん出るのはいけないが、そこまでひどい格差ではない」という暴言を紹介したが、同じような感覚をもつ人々は少なくない。その日の食べ物にも不自由した昔の貧困に比べれば大したことはない、というのである。
 あるいは、格差が拡大したとか貧困が増えたといっても、それは物質的な問題で、精神的に豊かならいい、という声も聞く。
 格差社会をテーマとしたNHKの討論番組に出演したホリエモンこと堀江貴文は、格差拡大をどう考えるかという質問に「問題はない」と答えた上で、「格差といわれているのはお金の問題だが、生活の豊かさは収入とは比例しない。自分は年収200万だったこともあるが、生活の充実という点ではいまと変わらない」などと話していた(「日本のこれから・格差社会」2005年4月2日)。
 東大卒が売り物のタレント・菊川怜などは、「『格差社会』をどう生きる?」というテーマのインタビューに答え、国連難民高等弁務官事務所のスペシャルサポーターとして訪れたケニアの難民キャンプで、子どもたちが政治家になりたい、医者になりたい、サッカー選手になりたいなどと将来の夢を語るのを見て、「難民の子たちと接することで、経済的に豊かだから、生活が自由だから幸せというわけではないんだということがわかりました」などと語っている(「週刊ダイヤモンド」二〇〇六年九月二日号)。あまりにも幼稚なコメントだが、発想はホリエモンと同じだ。
 もちろん発展途上国の場合であれば、貧困層全体を減らすことより、食うにも困るような極貧層の救済の方が優先される場合はあろう。また日本でも、餓死の危険にさらされている人々はかなりの数に上ると思われるものの、それは15%前後にも上る貧困層の一部にすぎまい。そして、経済的に豊かだというだけで人が幸福になるものでないというのは、一般論としてはわざわざいうまでもなく、当たり前のことである。

問題は、貧困がさまざまな意味で生活のチャンスを奪うということである。第二章で触れた英国の実業家、ラウントリーに代表される初期の貧困研究は、★生存のための必要カロリー数をもとに貧困を定義していた。当然、この場合には貧困線は非常に低いものとなり、貧困層の範囲はかなり限定される。
 これに対して、現代の貧困研究を代表する英国の社会政策学者・ピーター・タウンゼントは、★標準的な生活様式、つまりその社会で一般的な慣習になっている生活の仕方を送ることができるかどうかを基準として、貧困を定義した。彼はこの立場から、人々の生活状態について詳細な調査を行っているが、その設問の中には「子どもを医院に連れて行ったことがあるか」「保険に入っているか」「親戚や友人を家に招いたことがあるか」「ふだん肉を食べるか」「晴れた日と雨の日それぞれに使う靴をもっているか」などという項目が入っている。
 いずれも餓死するかしないかに関わるようなものではないが、こうした行動をするのが普通の生活様式というものなのであり、ここから脱落している状態を「貧困」とみなすのである。

 国によって生活様式は違うから、日本で調査する場合には日本の生活様式を前提とした調査が必要になる。実際、いろいろな工夫をした調査が行われている。これらの調査では、収入額や耐久消費財の所有状況などのほかに、「冠婚葬祭への出席とご祝儀」「晴れ着や礼服の有無」「正月の習慣」など、いかにも日本的な習慣も項目に含まれている場合がある。晴れ着や礼服がなければ、冠婚葬祭や正月の集まりにも出席しにくいから、普通の人付き合いをすることが困難になっていく。これが、貧困というものなのである。

そして多くの研究では、生活保護基準の前後のある線で、耐久消費財の所有率や、普通の生活習慣をとることのできる人の比率が大きく下がるということが明らかにされている。これが、貧困と他の人々を分かつ「貧困線」である。

最近のニュースを見ていると、この貧困線を割り込む人々が増加していることをうかがわせるものが少なくない。
 貯蓄のない世帯は、1987年にはわずか3.3%だったが、2005年には23.8%と調査開始以来最高になり、2006年も22.9%と高止まりしている(金融広報中央委員会「家計の金融資産に開する世論調査」)。生命保険への加入率は、1994年の95.0%から低下を続け、2006年には87.5%となった。しかも解約理由や加入しない理由では、経済的理由の割合が多くなっている(生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」)。
 乗用車の普及率は1993年に80%台に乗り、2003年には86.4%と史上最高を記録したが、その後は伸び悩み、2007年には83.9%まで低下している(内閣府
「消費動向調査」)。
日本経済新聞社が首都圏に住む20代の若者を対象に行った調査によると、乗用車の所有率は2000年の23.6%から13.0%へと10ポイント以上も低下し、また「乗用車が欲しい」人の割合も48.2%から25.2%に激減しているという(「日本経済新聞」2007年8月22日)。
 貯蓄や保険は、生存するために必須というわけではないが、安定した生活を送るためには不可欠のものだろう。乗用車も、大都市の中心部ならともかくとして、いまやほとんど生活必需品である。「普通の暮らし」に必要な財や備えをもたない人々が増えているのである。

3、若者の中に形成されつつある巨大な貧困層


 若者の内部の格差が急速に拡大している。この格差拡大とともに、若者の中に巨大な貧困層が形成されつつある。その中心は、もちろんフリーターたちである。
フリーターという言葉が生まれたのは1987年で、生みの親はリクルート社のアルバイト情報誌「フロム・エー」の編集長だった道下裕史である。道下によると、この言葉には「人生を真剣に考えているからこそ就職しない」「夢の実現のために自由な時間を確保しようと、定職に就かずに頑張っている人」という意味が込められていて、「フロム・エー」の大事な読者層でもある彼らを応援したかったのだという(道下裕史「フリーター生みの親が語る」「Works」65号)。

 リクルートは、東宝東和に協力して『フリーター』(横山博人監督:1987年)という映画まで制作している。金山一彦、鷲尾いさ子、羽賀研二などが出演。映画のPRのキャッチフレーズは「近頃、社会を自由型で泳ぐ奴らがいる」「バイトも完全就職も超えたいま一番新しい究極の仕事人・フリーター」というもので、若者たちがフリーターとしていろいろな経験を積んだ後、新しい発想でビジネスを始めるというストーリーだった。
現在のフリーターとはイメージが違うが、厚生労働省の推計によれば、当時のフリーター人口はわずか79万人。バブル経済が本格化するころで、希望すれば正社員として採用されるのはさほど難しくなかったはずだから、あえてフリーターを選んだ若者たちも多かったのだろう。

 しかしフリーターの実態はその後、急速に変わっていく。道下も認めているが、それは「企業に正社員として就職できなかったため、バイトや派遣といった雇用形態を余儀なくされている人」へと変質していくのである。実のところ、ある時期までは「フリーターは束縛されたくない若者たちが好きでやっている」というイメージが強く、フリーターの増加がなかなか社会問題として認知されなかった。
 このイメージを大きく修正させたのは、2003年の『国民生活白書』(内閣府)である。『国民生活白書』は2005年にもフリーター問題を取り上げているが、これらによると、現在フリーターである若者のうち、72.2%までがもともと正社員希望であり、パート・アルバイトを希望していたのはわずか14.9%にすぎない。とくに男性では、パート・アルバイト希望は8.0%で、ほとんど例外に近い(女性では19.9%)。フリーターは若者たちにとって積極的に選んでとる道ではなく、あくまでも不本意な選択なのである。

 非正規労働者として働くフリーターたちの賃金は、きわめて低い。勤続年数が長くなれば多少は賃金が上昇する可能性もあるが、それも30歳代には頭打ちとなり、生涯賃金は男性が約6500万円、女性が約5000万円で、正社員の27%程度にすぎない(UFJ総合研究所「増加する中高年フリーター」)。雇用も不安定で、失業するリスクも大きい。現実に第一章で見たように、その一部はホームレス化しつつある。
さらに見逃せないのは、フリーターは出身階層の上でも下層的性格が強いということである。教育社会学者の耳塚寛明らか二I校の都立高校を対象に調査したところによれば、高校卒業後にフリーターとなった生徒の比率を家庭の類型別に見ると、ホワイトカラー世帯出身者では14.4%であるのに対し、ブルーカラー世帯出身者では31.3%。しかも両者の差は、年とともに大きくなり、格差が拡大傾向にあるという(耳塚寛明「誰がフリーターになるのかー社会階層的背景の検討」、小杉礼子編『自由の代償―フリーター』所収)。
なぜ、こうなるのか。最大の原因は、低所得世帯の子どもたちには、大学進学という逃げ道がないことである。就職難の中、多くの高校生は「やりたい仕事の求人がなかった」「就職試験に受からなかった」という理由で就職から進学へと進路を変更している。こうした現状を追認するかのように、高校の教員たちも、就職が決まらない生徒に進学を勧める傾向があるという(安田雪『働きたいのに・・・高校生就職難の社会構造』)。
 ところが低所得世帯の子どもたちには、このような逃げ道がない。少子化によって大学定員には余裕が出てきているから、学力の壁はだいぶ低くなっている。一部の受験産業では「Fランク」などという言葉も使われているが、試験を受けさえすれば合格可能な大学も出てきている。
 しかし、入学して教育を受けるためには学費を払わなければならない。自宅の近くに適当な大学があるとは限らないから、住居費や生活費の負担も大きい。だから大学に進学できるかどうかは、生まれた家庭の豊かさによって大きく左右される。実際、大学進学率を父親の職業別に見ると、経営者・役員の場合で52.0%、管理職・専門職などホワイトカラーの場合で、45.7%に上るのに対し、販売・サービスやブルーカラーでは17.1%、自営業者でも26.4%にすぎない(JGSS調査データから算出。「あとがき」参照)。こうした差は、成績の同じ程度の若者たちどうしで比べても、基本的には変わらない。

 学費の安い国立大学があるではないか、という人もいるかもしれないが、いまでは国立大学もかなりの学費を取るし、自宅から通学できる場所に国立大学があるとも限らない。しかも国立大学は、私立大学に比べると入試難易度が高いことが多く、かなり成績のいい若者たちしか受け入れていない。だから成績が人並みかそれ以下の若者は、家が豊かなら私立大学に進学できるが、貧しければ就職先を探すしかない。そして高卒就職難の中で、就職とは多くの場合フリーターになることを意味するのである。
こうした下層的性格は、「ニート」と呼ばれることも多い若年無業者にも共通している。内閣府の研究会の分析によると、若年無業者のいる世帯には高所得世帯が少なく、低所得世帯が多い(内閣府「若年無業者に関する調査」。「ニート」というと、「やる気のない若者」というイメージとともに、「家が豊かで働く必要がない」という偏った見方がされることが少なくないが、これは明らかに事実に反するのである。

 2007年初め、政府はフリーターの数が1年前より14万人減って187万人になったと発表した。これは★明らかなまやかしであり、「フリーター隠し」に他ならない。そもそも政府は、派遣労働者をフリーターに含めていないからである。
現在、非正規労働者の中で最も増加しているのは派遣労働者だ。その数は2005年の段階で255万人。1年前に比べて30万人近くも増え、その賃金は大幅に低下している(厚生労働省「労働者派遣事業報告書」)。かつては専門性の高い分野に限定されていた派遣労働が、原則自由化されたからである。若者たちでは、非正規労働の主流がアルバイトから派遣に移りつつある。派遣など非正規労働者をすべて含めれば、フリーターの数は一貫して増加しているのだ。

 それだけではない。政府のいうフリーターには、正社員を希望する失業者や求職者が含まれていない。これらの若者だって、生活に困ればアルバイトもするから、事実上フリーターとはっきりした違いはない。若年無業者だって、その多くは働いた経験があるか、条件が整えば働く意志をもっている。これらを含めると、どれくらいの数になるか。私の推計では550万人で、在学者と既婚女性を除く35歳未満の若者の28.7%に上っている(詳しくは拙著『階級社会一現代日本の格差を問う』参照)。

 同じ政府でも、内閣府はかつて、派遣労働者や求戦中の若者たちをフリーターに含めて417万人とする推計結果を公表していた。しかしこの数字は、最近ではあまり使われなくなっている。
 しかも重要なことに、これらの若者たちも毎年、年をとっていく。★政府の定義ではフリーターは34歳までだから、35歳になると統計から消えてしまうのである。現実にはフリーターは、その境遇から抜け出せないままに次第に年をとって中高年化し、他方では新しく学校を卒業したり退学したりした若者たちがここに含流して、毎年拡大を続けていく。
政府は「再チャレンジ」などというが、現実にはきわめて困難であることについては前章で述べた。
 もうひとつ重要なことは、これらの若者たちが結婚することも子どもを生み育てることも難しい状況におかれているということである。
慶應義塾大学の研究グループの調査によると、25~29歳の独身フリーターのうち5年後に結婚していたのは、男性で28.2%、女性で38.0%だった。正社員ではそれぞれ48.3%、46.6%だったから、フリーターの結婚率は男性で正社員の6割弱、  女性でも約8割である(酒井正・樋口美雄「フリーターのその後一就業・所得・結婚・出
産」)。これとは別の厚生労働省の調査では、3年前に独身だった非正社員男性のうち、これまでに結婚したのは6.3%。正社員は15.2%だから、約4割にすぎない(厚生労働省「21世紀成年者縦断調査」)。

 たとえ結婚できたとしても、子どもを生み育てることは難しい。年収400万円未満の世帯では、子どものいない世帯の比率が20.7%で、これは年収400万以上の世帯の約2倍である(内閣府『国民生活白書』2005年)。
これらの若者たちは、格差拡大の最大の犠牲者だといっていい。たまたま学校を出たころ、企業が正規雇用を縮小させていて、安定した職に就く機会を奪われた。やむなくアルバイトで食いつないでいると、キャリアがないとみなされて中途採用の機会も奪われた。収入が少ないので、結婚することも、子どもを生み育てることも難しい。仮に子どもを生み育てるとしても、教育費の負担は難しいだろう。こうして彼/彼女らの多くは子孫を残すことがないし、また残したとしてもその貧困が、次の世代に持ち越されていく。そんな巨大な貧困層が、日本の社会に形成されつつあるのである。

 4。単身女性ワーキングプアの激増

 若者たちと並んで貧困化しているのは、単身女性たちである。高齢化が進むとともに、夫に先立たれて一人暮らしをする女性たちが増えている。そのかなりの部分は貧困層になる。しかし近年の顕著な変化は、女性ワーキングプアの激増である。ワーキングプアが増加していて、その過半数が女性であることについてはすでに述べた。ところがその多くは、単身女性なのである。
 図表3・4は、ワーキングプアの数を男女別・配偶者の有無別に見たものである。これをみると明らかだが、配偶者のいるワーキングプアは、男性で164万人から162万人、女性で101万から104万人と、ほとんど変化がない。増えたのは、男女とも単身者だけである。とくに女性は、この10年間に40万人近くも増えている。これら単身ワーキングプアの年齢をみると、男性では35歳未満の若者が多く、女性では50歳以上の中高年が多い(総務省「就業構造基本調査個票データ」から算出。「あとがき」参照)。

 そのかなりの部分を占める離婚経験者は、とくに多くの困難を抱えている。ずっと単身の女性であれば、学校を出た時点で比較的安定した職業に就いている可能性も高く、子どももいないことが多い。ところが離婚経験者の場合、離婚前には専業主婦だったりパートタイマーだったりする場合が多いから、生活するのに十分な収入を得るのが難しい。そのうえ、子育てに費用がかかる。だから、新たに職を探すことが必要になることも多い。
 厚生労働省の「人□動態社会経済面調査」(一九九七年)によると、離婚を経験した女性(ただし調査対象は親権者のみ)の多くは離婚の前後で新たに仕事に就いたり、より収入の多い仕事を求めて転職したりする。新たに就職した人が20.1%、転職した人は23.4%に上り、年収のあった女性の比率は、離婚前は54.9%だが、離婚後には92.8%と跳ね上がる。

 しかし、新たに就業した人の62.1%はパート・アルバイトで、その平均年収はわずか136.8万円。運良く常勤の職に就職できた一部の女性の場合でも、平均年収は198.5万円にとどまる。前者は一人暮らしでも貧困層だし、後者は子どもが一人でもいれば貧困層である。そして73.0%もの女性が、離婚によって経済的な悩みが生じたとしている。ちなみに、離婚によって経済的な悩みが生じたとする男性は28.6%にすぎない。離婚が生活に与えるインパクトは、女性の方がはるかに大きいということがわかる。

 ただし、ずっと単身の女性にも、貧困化の波は押し寄せている。
一昔前まで、結婚経験のない女性は、既婚女性に比べると学歴が高く、ホワイトカラー比率が高く、女性の中では比較的高給の部類であることが多かった。彼女らの多くは、自分の収人でなんとか生活することができたし、結婚退職によって収入の道を断たれるのを避けるために、あえてシングルを選んだか、少なくとも何か何でも結婚しようとは考えなかった女性たちであることが多かった。男性よりは収入が少ないし、けっして豊かだとまではいえないのだが、ある種の「独身貴族」といえないこともなかった。
しかし、こんな生き方ができたのも、学校を出た直後に正社員として就職するのが当たり前の時代だったからである。未婚女性も希望すれば、そして「まだ結婚しないの」などをはじめとするセクハラに耐えてさえいれば、正社員のまま働き続けることが不可能ではなかった。しかしいまでは、正規雇用を一度も経験せずにフリーターとなる女性たちが激増している。男性フリーターほどではないものの、結婚は難しい。

 それというのも、雇用が不安定化する中で、男性の側も妻が働き続けることを望むようになっているからである。妻が働いていれば、万が一勤め先が倒産したり、あるいはリストラされた場合でも、なんとかしのいでいくことができる。2005年には、結婚相手に専業主婦となることを望む未婚男性の比率は12.5%にまで低下した(国立社会保障・人口問題研究所「結婚と出産に関する全国調査」)。
これまで、中高年までシングルであり続ける男性には建設労働者などのマニュアル職が多く、下層的性格が強かった。ところがいまやシング女性も、シングル男性と同様に下層的性格を強めつつあるのである。

5。貧困が生み出す破滅と死

 貧困は、さまざまな形で社会問題を引き起こし、そして死を生み出している。病気、犯罪、殺人などの多くが、貧困と関係している。
2007年の夏は、全国的に猛暑に見舞われた。熱中症で亡くなる高齢者が続出したが、その多くはエアコンのない部屋に注んでいた人々だった。都内の福祉事務所に勤める教え子から聞いた話では、熱中症というふうに報道はされていないものの、この夏はエアコンのない家に住む生活保護受給者に、亡くなる人が続出したという。これも貧困の生んだ悲惨な出来事のひとつである。

 メタボリック症候群、糖尿病などの「生活習慣病」が、豊かさが生み出した病気として注目されている。しかし、依然として貧困こそが、病気による死の最大の温床であることを忘れてはならない。そもそも日本のような先進国では、貧困が糖尿病による死に結びつく傾向がある。

 東京23区で最も所得水準が低い足立区は、糖尿病による死亡率が全国平均を大きく上回っている。区の担当者はその理由を、「お金をかけずにおなかがふくれる食材を多用する食生活で、子どものころから肥満率が高い」うえに、「症状が悪化するまで受診しない傾向もある」からだと説明している(「東京新聞」二〇〇六年九月一六日)。
 図表3・5は、経済状態別に健康状態が「悪い」と感じる人の比率を見たものである(JGSS調査データにより算出)。
経済状態は、貧困線以下を「貧困層」、貧困線よりは上だが平均以下の場合を「相対的貧困層」、平均から平均の2倍までを「相対的富裕層」、平均の2倍以上の場合を「富裕層」とした。
 40歳未満の場合には、経済状態による違いはほとんど見られない。しかし40歳以上になると、健康状態が「悪い」とする人の比率が、まず貧困層で跳ね上がる。次いで60歳以上になると、貧困層とともに相対的貧困層でも大幅に増加する。これに対して富裕層では、忙しい仕事から引退したためなのか、むしろ健康状態は改善するらしい。

 貧困は、悲惨な殺人も生み出す。たとえば、高齢化とともに増加してきた介護殺人事件。ここには、介護の負担という問題と貧困とが重ね合わされている。
2006年2月1日、54歳の男性が京都市の路上で86歳の母親を殺し、自分も死のうとしたが死にきれず、首から血を流して倒れているところを発見された。
母親は約10年前から認知症の症状を示し、男性は介護をしながら派遣社員として勤めに出ていた。ところが症状が悪化したため、男性は仕事を辞めて介護に専念することにし、生活保護を申請したが、失業給付金を受けていることを理由に受理されず、仕事を探すうちに経済的に行き詰まってしまった。最後の日、男性は母親に「もう生きられへんのやで、ここで終わりやで」と語りかけ、母親は「そうか、あかんか」と応じたという。

 2007年2月、大阪市で病弱の夫を放置して餓死させたとして、50歳の妻が保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。主婦は前年の1月下旬から、寝たきりの夫が衰弱して食事をしなくなったことに気付いたが、診察を受けさせていなかった。国民健康保険はその前の10月で切れていた。
 夫は会社勤めの後独立して事業を始めたが倒産、再就職したものの体調を崩して退職し、その間に消費者金融から100万円を借りていた。主婦は、昼間は工場で働き、夜と週末は焼き肉店やお好み焼き店でアルバイトと、深夜まで働き通しだったという。警察の調べに対しては、「時間もお金もなく、頼る人もいなかった」と供述している。

 いずれのケースも、貧困が関係している。そして生活保護が、それを必要としている人々をちゃんとカバーしておらず、また保険料を滞納すると問答無用で無保険状態に突き落とされるという、行政側の要因も垣間見える。

 経済的な格差の拡大が、自動的に貧困を生み出すわけではない。低所得の人々の経済水準はそのままで、高所得者の所得だけがますます上昇するというタイプの格差拡大もありうるからである。
 しかし日本では、経済格差の拡大が低所得層の所得の減少と、高所得層の所得の増加という形で進み、貧困層を激増させてきた。それは、もはや経済統計上の量的な問題を超えて、日本社会を危険水域に導いているように思える。

第一章 格差社会の風景
 3 増加する「みえないホームレス」

 雷門と浅草寺、仲見世の商店街で知られ、江戸時代から変わらぬ賑わいを見せる浅草。地下鉄の出口を出たら、雷門へ向かう人混みを横目に、隅田川岸を北上してみよう。しばらくすると川に沿って、ダンボールで作られ、青いビニールシートで覆われた「家」が林立するのをみることができる。ホームレスたちの住居である。
 このあたりは東京最大の寄せ場、つまり日雇労働者とその雇い主が集まる場所だった山谷に近く、墨田区の調査によると、川の東岸の墨田区側だけで500人以上のホームレスが生活している。その大部分は、50代から60代の男性だ。9割近くの人が仕事をしているが、一ケ月の収入が5万円以下という人が85%を占める。こうしたホームレスは、国が把握しているだけで東京都に4690人、大阪府に4911人、全国では1万9564人いるという(厚生労働省『ホームレスの実態に関する全国調査報告書』二〇〇七年)。

 しかし現実には、広い意味でのホームレスの数は、これよりはるかに多いと考えた方がいい。というのは若者を中心に、野外ではなく、簡易宿泊所、ネットカフェやマンガ喫茶などで寝泊まりをする人々が増えており、決まった住居がないという意味で、これらの人々もホームレスと考えられるからである。
簡易宿泊所といえば、山谷や大阪の釜ケ崎に集中する「ドヤ」と呼ばれる施設を思い浮かべる人も多いだろう。しかし最近では、主に若者を対象とした新しい簡易宿泊所が増加している。その最大手は、東京の都心部に宿泊施設を展開するエム・クルー社である。

 エム・クルー社によると、その事業は「コンストラクション」と「レストボックス」の二つからなる。まず同社は、主に中小の工務店を顧客として、建築・土木作業現場の軽作業・雑工事を請負っている。そして、この現場に送り込む登録スタッフを生活させる宿泊施設として、「レストボックス」と称する宿泊施設を経営しているのである。

 宿泊施設は近日オープンのものも含め、2007年8月現在で21ケ所。いずれも池袋、新宿、渋谷、上野、秋葉原など都心部の駅から徒歩圏内の貸しビルにあり、登録者は1900人に上る。利用者は家賃が払えない20代、30代が中心で、「家なき若者」のよりどころになっているという。基本的には男性専用だが、女性専用の宿泊施設も1ケ所ある。
部屋は二段または三段ベッドを備え付けた多人数の相部屋が中心で、同社はこれを「レストボックス・デイリーアンドシェアー」と呼ぶ。つまり、「日払い相部屋の休息箱」というわけだ。宿泊料は、一泊1780円が中心。同社の請け負う日雇作業に就くのが基本条件だが、他の仕事をしたり求職活動をしたりするのもある程度までは自由で、ここから同社は、自社の事業を「フリーター・求職者支援事業」と称している。

 ここに住むのは、たとえばこのような人々だ(「プレジデント」二〇〇七年七月二日号より)。
Aさんは大学を中退した後、地方のアパレルメーカーに就職、会社の東京進出とともに上京した。待遇は悪くなかったが、休みのない激務に耐えかねて退職。派遣会社に登録し、日雇の倉庫整理などで働いたが、収入は大幅に減少。家賃を払うために消費者金融に手を出し、借金が膨らんで家賃を滞納し、ある日鍵を付け替えられて閉め出された。こうして派遣の仕事を続けながらホームレスとなるが、警備員や警官に追い立てられる生活に耐えられず、レストボックスに転がり込む。アパートに引っ越そうにも、交通費すら出ない派遣ではまとまった金が残せるはずもなく、「どうしようもなかった」という。

 それでは、現在の生活はどうか。派遣会社から受け取る日給は7000円。所得税や交通費を天引きされると、手取りは6000円に満たない。ここからレストボックス代として約1800円を支払い、さらに食費、銭湯代、コインランドリー代などを払うと、ほとんど何も残らない。
派遣先から受け取る派遣料金からピンハネし、さらに宿泊代まで取り上げた張本人であるエム・クルー社長の前橋靖は、こう言ってのける。「毎日1000円残せば1カ月2万円貯金できると話しても、『そうは言ってもね』と自分を甘やかしてしまう。望む日給は現実より遥かに高く、理想と現実のギャップを埋める手だてももたなければ、就きたい職業に自分を近づけることもしない。社会の仕組みも悪いが、個人にも責任がある」(同「プレジデント」)。社会の仕組みや個人の責任を云々する前に、自分たちの収益がどこから来ているのかを考えた方がいい。

 レストボックスは、後で述べるネットカフェと並ぶ家のない若者たちの溜まり場として、しばしばテレビでも報道された。取材した人から私が聞いた話では、こうして報道されるたびに多くの若者たちが、「俺たちはそんな惨めな存在だと思われているのか」とショックを受け、レストボックスから退去したという。しかし前橋は、意に介していないようだ。「テレビなどでレストボックスが紹介されると、客観的に見られるからか、利用者の何割かがレストボックスを後にする。ここに長く居続けてはいけない。その意味では我々は居心地の悪さも提供することになる」(同「プレジデント」)。このように前橋は、若者たちを惨めな状況におくことによって、彼らの自立を促しているのだと強弁する。貧困を食い物にする企業―まさに「貧困ビジネス」というほかはない。

 さらに、ネットカフェやマンガ喫茶などに寝泊まりする若者たちがいる。厚生労働省の調査によると、その数は全国で約5400人(『日雇い派遣労働者の実態に間する調査及び住居喪失不安定就労者の実態に間する調査』)。報道内容や民間団体の調査結果などをつなぎ合わせると、その実像が浮かび上がってくる。
首都圏青年ユニオン(主にフリーターを組織する労働組合)などで構成する「全国青年雇用人集会実行委員会」(以下、「実行委」と略記)は2007年春、全国10都市の34店舗のネットカフェで聞き取り調査を行った。その結果、76%にあたる26店舗から、長期滞在の利用者がいるという回答を得た。報告書はインターネット上で公開されているが、店舗の観察では次のような具合である。

○16席あるが、ほぼ毎日泊まる人が4人いる。30代から50代。長い人は四ケ月いる。大きなバッグをもっている。(東京、亀有駅前)
○週6曰くらい、ほぼ毎日泊まっている35歳くらいの人がいる。若い人でも、毎日日中にきている人が何人かいる。もしかしたら、夜勤いて日中休んでいるのではないか。(亀有駅前)
○ネットカフェに寝泊まりする人は三年前くらいから業界では問題になってきていたし、 社会問題になるのは遅すぎるくらい。ウチの店も、いまはいないが昨年夏には三ケ月以上滞在している青年が2人いた。2年くらい前からは、ネットカフェにも行けず、
ファミリーレストランでコーヒー1杯で夜を明かす人も出てきた。(東京京急蒲田)
○大きな荷物を待った常連さんは、10人くらいはいます。割引チケットを活用している方が多いです。(神奈川横浜西口)
○長期滞在は常連さんで20人ぐらいはいる。30~40代が多い。自分は働き始めて8ケ月だが、ずっと泊まりに来ている人もいる。みんな日雇の仕事で、日当で生活し ているという感じ。(神奈川川崎駅前)

 ★長期滞往者には、次のようなケースがある。

○この半年間ほとんど毎日泊まっているという27歳男性。実家にはいづらく、しかし 派遣なのでアパートを借りるほどの収入がない。1年くらい働き続けたら正社員になれるといわれているが不安。
○2年くらいずっとネットカフェに泊まっているという20代男性。専門学校を出てテ
レビ局のアシスタントになったが、一日中働かされ、時給に換算すると400円程度 で、心も体も疲れて退職。次の仕事では収入が大幅に減り、アパートの契約更新がで きずネットカフェヘ。現在はテレビ関係の深夜アルバイトで、夕方4時にネットカフェを出て朝まで働き、朝6時にネットカフェに帰ってくる毎日。月収は20万円ほどあるが、仕事が不安定なために、いつ収入がなくなるかわからず、アパートを借りようと思わない。
○週五日間ネットカフェに泊まるという30代女性。3年前、夫の暴力を苦に家を出てネットカフェ暮らしを始める。週三日のパートと、ときどきする夜のアルバイトで、
月収は9万円。週末は安いホテルに泊まっているので、辛くはないという。(以上 「実行委」調査より)
○ネットカフェを転々とし、体調が悪いときは3000円前後のカプセルホテルに泊ま るという30代男性。派遣会社に登録し、テイッシユ配りや倉庫の仕分けなどで週5 日働き、日当は7~8000円。体重は10キロ減り、背骨が曲がり、痔にも苦しんでいる。最近は「なぜ生きているのか分からなくなってきた」。「朝日新聞」2006年11月2日夕刊)
○この一年はほとんどネットカフェに泊まるという20代男性。夜間、日雇労働者とし
て土木の仕事をし、雑費を引かれた後の収入は7000円ほど。アパートを借りるだけのお金は残らない。(「東京新聞」2007年4月24日)

 インターネットカフェは、「インターネットタウンページ」に掲載されているものだけで、東京に181ケ所、神奈川県に85ケ所、埼玉県に58ケ所、千葉県に65ケ所ある。またインターネットカフェとマンガ喫茶に関する情報収集をしているウェブ・サイト「カフェマン」によると、東京23区内のインターネットカフェとマンガ喫茶は450ケ所に上っている。先にも紹介した厚生労働省の調査によると、東京23区内のネットカフェに週半分以上寝泊まりする人々は、約2000人。ひとつのネットカフェやマンガ喫茶に、平均して4、5人の「ネットカフェ難民」がいることになる。

 これら新しいタイプのホームレスは、公園や河川で生活するホームレスと違って、自然に目に飛び込んで来るというものではない。その意味で「みえないホームレス」といってもいい。しかし、気をつけてみればその姿は目にすることができる。どこの駅前にもネットカフェやマンガ喫茶はあるし、東京の主だった駅の近くにはレストボックスがある。
町を歩いていると、学生というにはちょっと年齢が高めの若者たちが、少々くたびれた普段着で歩いているのをみることが多くなった。ああ、フリーターなのだなと、何となく見分けがつく。街角で携帯電話をのぞき込んでいる若者たちの何人かは、日雇派遣の情報メールをチェックしているはずだ。そして彼らは翌朝早く、どこかの駅前でマイクロバスに乗せられ、その日の仕事場へと運ばれていくのである。
 
 
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