teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:652/3559 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

日本人が知らない闇社会

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 3月28日(土)17時11分39秒
  通報 返信・引用 編集済
 
平成幕末のダイアグノシス―メタ凶慌からの出発 単行本 1995/9
藤原 肇 (著)から

第1回

アメリカから読んだリクルート事件の真相

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/22566faf275865c52c2caea94c93b3f7

アメリカから読んだリクルート事件の真相

第2回

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/c8479564f8c09ac8dc364269fd1af93e

アメリカから読んだリクルート事件の真相

第3回

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/2a04dc355e6816876edcfcb179582809

アメリカから読んだリクルート事件の真相

第4回

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/da7de7c4c47bbf33ae5f74a1d090855d

アメリカから読んだリクルート事件の真相

第5回(最終回)

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/0bb204ee29e8bea69d25ed68770e0a4c

明治維新は南朝の復活だった

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/092de2c3b18c673cfb14f68b1bda3b5f

明治維新は南朝の復活だった。これは皆さん知ってますよね。要は、毛利家に匿われ、維新においてめでたく天皇の座に就いた大室寅之助の話は事実だったということ。南朝側にとって別にこの問題を公にする必要はなく、事実を隠ぺいするために「天皇は神聖にして冒さざるをべからず」としたのは至極当然だったわけだ。しかしこのことがその座を失った北朝派閥にとっては面白いはずはなく、長く日本の国内での対立の芽をはぐくんで行く訳。このあたり、Dの日本分断作戦だとするなら、さすがに上手ですね。
「南北に分かれた藤原の一方が、吉野の南で姓を変え、七曜に2星を加えた9星を紋とした奉公衆。先祖を辿ればレビ族という彼らの概念は、日韓混合宮家の動機と一致します。更に1星を加えた10星を紋とする一族(大本)が教祖を務める一派は、ここの枝に過ぎません。」と。
南北に別れたもう一方は三位一体、エジプト派だそうですが・・。
まあ、このあたりが古代史の最大のなぞ、藤原家の出自になるわけで、藤原家はやはり合成家系で、天皇家へ美人局を送り込む派遣会社のような趣だったわけだ。

さて、日本と李王朝ですね・・・。
まず、明治となった江戸城は毎夜毎夜ハーレム状態だった事は有名だと思いますが、朝鮮では弥勒信仰が盛んで、血分けと称し教祖さまによる種付けが行われていた。そこで生まれた美女が江戸城へ送られた。そしてそこでできちゃった子供は密かに寺社へ下され、そのうちに日本姓を授けられ、国内で色々と活動を始める。
その活動の成果もあり、さる血流の女子が李王朝と結ばれる。やんごとなき血流の嫁ぎ先は日韓併合により日韓合同朝廷として日本皇室の下位皇族と認知される。まあ、同じレビ族同士、気心は知れているということでしょうね。

戦後、マッカーサーと毛利藩から分家に養子に出て、その後は後見人として宮内庁を仕切っていた男との談合の結果、このやんごとなき血流の長男が米国高官と養子縁組をする。

マッカーサーは何者?実は彼の父親はアメリカのモンロー主義からアジア進出へ転換させるレインボープランの立案をしたアーサー・マッカーサーJr。
wikiによれば「米西戦争の時に彼はジョージア第三連隊の参謀をしていた。1898年6月に臨時昇進して准将になると、米比戦争に義勇軍師団長として参加、1898年のマニラ戦争で少将に昇進。米比戦争ではエミリオ・アギナルド初代フィリピン大統領を生け捕りにしたり、現地の先住民族を絶滅させる。後にフィリピン駐留アメリカ軍司令官となり、実質的なフィリピンの植民地総督となる。」
つまり、フィリピンの領主さまの息子が例のマッカーサーだったわけで、イエズス会はスペインから米国へ寄生先を変えたということだ。
ここで注意してほしいのは、モンロー主義だった米国は、ニューディール政策のルーズベルト時代に主導権がDに移り、世界戦争へ引きずり込まれてゆくということ。
ここにはFRBを利用した不況の演出、社会不安の増大など、いわゆる戦争への準備が着々と進められる時期だったわけである。
知って欲しいのは、米国もDやE、さらにはBの勢力争いがあり、米国と一言で語れないことに注意してほしいのである。

さて、やんごとなき血流の日朝合同朝廷の御方は米国高官の養子となり、朝鮮戦争では北朝鮮側として、さらにはベトナム戦争では南ベトナム側の司令官として戦ったようである。ベトナム戦争は彼が負傷した段階で終戦となり、ベトナムは解放され、今日の繁栄を迎えるのだが、李王朝支配下の北朝鮮が貧困にあえぐ理由はまさに領主さまの姿勢にあると言わざるを得ない。
さて、このやんごとなき血流の御方が前回示したBの組織図の頂点に座っていたというのだから、つまり、ADLなどはその御方からすれば末端組織にすぎないわけだ。

エジンバラ公の主張を調べてどうする?

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/57486bc1b57e17228df1a5b37d6a7ad3

おまけ

北朝とは何か

http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RhOBcLaxZVmAYAS_6JBtF7?p=%E5%8C%97%E6%9C%9D%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=
 
 
》記事一覧表示

新着順:652/3559 《前のページ | 次のページ》
/3559