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明治維新は南朝のクーデター

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 4月24日(金)12時15分34秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.kanekashi.com/blog/2015/01/3657.htmlさまより~非常にわかりやすくなっております。

元記事はどっち

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=299650

「明治天皇が、実は摩り替えられていた」と聞くと、今や多くの人が”トンデモ”と思うかも知れませんが、これはかなり信憑性が高い話です。

写真は明治天皇(大室寅之祐)
Meiji_Emperor
m057.gif明治天皇すり替え説とは
孝明天皇の子どもである明治天皇が皇位継承の際、すり替えられたというものです。
天皇家は南北朝時代の動乱の後、代々北朝の流れをくんでおり、南朝は99代の後亀山天皇で絶え歴史上では滅亡したことになっています。
しかし実は、南朝である後醍醐天皇の玄孫の更に孫くらいに当たる人物に大室寅之祐という人物がいて、それを長州藩が育てており、伊藤博文、桂小五郎などが担ぎ上げて天皇のすり替えを行ったというものです。

今回は、南朝と北朝の歴史を追うことで、現在につながる対立構造を解明します。

m058.gif南北朝対立の始まり
日本の中世は「武家」と「公家」が対立しており、花園天皇の後に即位した後醍醐天皇は、鎌倉幕府打倒を計画した正中の変・元弘の変によって隠岐に流されましたが、天皇復活を目指す後醍醐天皇は隠岐を脱出し、足利尊氏・新田義貞らの協力で鎌倉幕府打倒に成功し、天皇中心の政治「建武の新政」(1333)を実施しました。

しかし、武士層の不満をかい、後醍醐天皇は尊氏と対立して政敵となり、建武の新政は2年あまりで瓦解してしまいます。足利軍に追われた後醍醐天皇は、比叡山から吉野に逃れて、1336年「南朝初代天皇」を宣下しました。

対する尊氏は光厳天皇(北朝初代)を擁立して「北朝」を宣言。ここから南北朝時代が始まり、60年あまりの変則的な「南朝(公家)」「北朝(武家)」という2つの皇統が出現することになりました。

m059.gif南北朝両朝の合体
60年あまり続いた「南北朝」時代が終焉を迎え、両朝が合体するための和睦条件を提示したのは、将軍足利義満ですが、その裏づけ資料(近衛家文書に収められていた足利義満の起請文)を中世史家の三浦周行が発掘しました。

その内容は、
1.天皇の地位を象徴する三種の神器は、南朝後亀山天皇から北朝後小松天皇に譲渡される。その譲渡は「後護の儀式」によって行われる。
2.皇位継承は、旧南北朝両方により「相代」に行う。
3.旧南北朝の君臣を経済的に援助するため、旧南朝方に「諸国々衛領」を領知させる。
というものでした。

このような3つの条件をのんだ後亀山天皇は、明徳3年(1392)に吉野から京都に「合体」の義に臨むため還行しています。
ただ、その後も皇位をめぐっては、ひと波乱もふた波乱もあり、最終的には北朝の後小松天皇が第百代の天皇として即位しましたが、その後は南朝から天皇が出ることはありませんでした。

m060.gif明治維新は、南朝のクーデター
幕末から明治維新にかけての日本全国を巻き込んだ内部分裂は、端的に言うと南朝が北朝から政権を奪ったクーデターです。
大室寅之祐は、山口県の田布施から連れてこられましたが、山口県の周防・長門は1551年に毛利氏によって滅ぼされるまで、大内氏が一大勢力を築いていた拠点でした。大内氏は百済の琳聖太子の末裔を自称していたように、北朝鮮から流れ着いた正統派の公家である可能性が高く、室町中期以降、明や朝鮮、琉球などの東アジア貿易によって国内随一の経済基盤を有し、フランシスコ・ザビエルの滞在、キリスト教の布教も許されるなど、独特の文化圏を形成していました。

しかし、毛利氏によって滅ぼされると、毛利領となった防長の地に数多く残った大内氏の家人や傭兵の残党たちは、武家奉公人となって長州藩内で差別待遇を受けました。彼らの不満を利用したのが吉田松陰であり、彼らに南朝正統論をベースにした尊皇攘夷を説き、後に起こる倒幕戦争を勝利することによって騎兵隊の面々を士族へと引き上げるべく高杉晋作は奇兵隊を創設したのです。

明治維新後は、田布施町から岸信介と佐藤栄作という2人の首相が田布施町から出たのはそうした歴史の必然であり、岸、佐藤を含めて8人もの首相が山口県から排出されているのも決して偶然ではありません。
江戸から明治になり、制度も文化も大きく変動した理由は、秩序を重んじる武家社会から、貴族的で利益を重んじる公家社会へと転換したからです。

この流れは現在も続いており、現安倍首相の政策が悉く民意を無視し、市場主義的、権威的なのも、彼が岸を祖父に、佐藤を大伯父に持ち、南朝の流れを酌んだ人物であることを考えると腑に落ちます。

注:江戸末期の山口・田布施町人物群を女性を主人公にして描くNHK大河ドラマの意図は.....という意見もある

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=300236

『ここでNHKが、「田布施に拠点」を置いた吉田松陰門下の行動を「女性を主人公」にして描く大河ドラマ「花燃ゆ」は、政権へのゴマスリであり、世相操作の意図が透けて見える選択である』

「花燃ゆ」をWikiでは

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%87%83%E3%82%86

NHK公式サイト

http://www.nhk.or.jp/hanamoyu/

あらすじ

http://tv.yahoo.co.jp/tv_show/drama/spring/00000772drama.html

関連記事:明治維新の極秘計画

http://nueq.exblog.jp/19958138

この中で、落合氏は孝明天皇暗殺を世に知らしめた鹿島昇氏の説は拙劣粗雑であると断じ、本当は孝明天皇暗殺は偽装であるばかりか、偽装工作の張本人は孝明天皇その人と尹(いん)宮(中川宮:久邇宮朝彦親王) であると主張されています。 そして孝明天皇は息子:睦仁親王と共に堀川御所に移って「 京都ウラ天皇 」 となり、その息子が堀川辰吉郎であると。
またこの本では触れられていませんが、堀川辰吉郎と云えば、中丸薫。 中丸薫自身は、「 自分は堀川辰吉郎の娘:明治天皇の孫 」と主張してるのは皆さんご存知の通りですが、果たしてこれらはどこまで真実を語っているのでしょうか?

気になるのは、情報源として紹介されている 「 さる筋 」 と 「 お方 」。
これらの人物は一体どういう筋のものなのか?
実はここにこの本の出版の意図があるようです。
つまり、落合さんは知ってか知らないでか、情報源による情報操作の息吹がこの本の中にはしっかりと忍ばされているようなのです。
なぜこの時期、孝明天皇暗殺の信憑性を覆し、明治維新のプロデューサー役を徳川慶喜から孝明天皇&尹宮に移す必要があるのか?
なぜその情報操作は必要なのか?

そして 「 さる筋 」 の奥にいる 「 その筋 」 とは?

一般に歴史の解析に於いては以下の要素・立場から学者・著者の主張が構成されます。

  1) 事実 ・・・ 遺跡・遺物・地名など物的証拠
  2) 史書 ・・・ 時の政権・著者に都合の良いように書かれた歴史書
  3) 日記 ・・・ 個人の知り得る比較的赤裸々な記述
  4) 伝聞・口伝
  5) 1・2・3・4から導き出される客観的( 中立的 )推論 ( 但し 2・3・4 は客観的ではない )
  6) 1・2・3・4から、及び学者・著者の先入観・思い込みから
     導き出される主観的推論

しかし、5)6)の境界は曖昧であるばかりか、極論を云えば 「 客観性 」 などと云う立場は存在し得ない。と云うこともあります。

落合さんの新著は、これら6要素をすべて含んだものであるものの、1)2)が 「 さる筋 」「 お方 」 の4)によって巧妙に誘導され、6)を形成するに至った様を行間に読み取ることが出来ます。

最近はデジタル文化隆盛のためか、「 行間を読む 」、
或いは「 背景を読む 」と云う読書に於いて最も大切な行為が
おざなりにされ、皮相的な解釈が特にWEB場でまかり通ってるのは、
日本文化凋落の象徴的事象としてまことに憂慮すべき事態と云えるでしょう。
「 デジタル 」はその波形通り、「 アナログ 」的な連続性・意味性を
読み取ることがどうやら出来ないようです。
つまり豊穣な意味性から、痩せこけ皮相的な意味性への堕落です。

主張の誘導性問題とは裏腹に、この著書は非常に詳しく素晴らしもので優れた指摘もまた多くあります。

政体天皇 ( 東京表天皇 ) と 國体天皇 ( 京都ウラ天皇 ) の双文制を執った理由として、政体帝都江戸を維持しなければならないことと、國体護持のために天皇は国家シャーマンとして富獄( 富士山 )を西( 大峰山 )から拝さねばならない。 とする点は、うっかり納得してしまいそうになる素晴らしい論拠ですが、ウラ天皇( 國体天皇 )をもって欧州王室連合 = ワンワールドとの血縁関係と国際金融連合への加入を目論んだ( 受け入れた )との主張には首をかしげざるを得ないものの重要な示唆を与えてくれます。

管理人注:また鬼塚英明氏は孝明天皇暗殺を世に知らしめた鹿島昇氏の説をとっている~落合莞爾氏の言う「 さる筋 」 の奥にいる 「 その筋 」が分かれば早いのですが落合氏も知らないのでは? 私は八咫烏のことだと思いますが。



2015/02/08 に公開

大正天皇には、子種がない(00:18:40)
天皇のための戦争(00:25:02)
天皇が内通していた(00:31:38)
昭和天皇と兄弟(00:32:10)
こじつけ無罪論(00:36:19)
戦争はすべて八百長(00:38:51)
天皇が被爆に加担した(00:42:23)
白洲次郎の秘密(00:44:17)
吉田茂の秘密(00:46:20)
キッシンジャーと中曽根(00:57:00)
使い捨て人形(コンプラドール)からの反乱(01:08:35)
この動画は、http://yyy1496.web.fc2.com/sub14.html にあります

管理人注:上のYouTube紹介の内容は中共イルミナティの匂いがプンプンとしてくる。

また太田龍(故人)も鹿島説に影響を受けている



おまけ

神社の二拍手と四拍手

http://nueq.exblog.jp/19766477

この世界の真の支配者は誰か

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/975.html

http://

 
 
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