teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:602/3549 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

KGB工作員~平沢和重と三木武夫

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 4月25日(土)00時27分30秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://ameblo.jp/kororin5556/entry-12018318888.html

参考記事:帰化人国会議員

http://ameblo.jp/kororin5556/entry-12016988565.html

ロシア革命の真相

https://sites.google.com/site/uranenpyou/home/russian-revolution

共産主義者の大東亜戦争責任

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/1901

コミンテルンのスパイ

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/2922

KGB工作員の平沢和重と三木武夫――朝日新聞の情報歪曲報道

2010年03月13日 21:06

2010年3月7日付け『朝日新聞』紙上で、奇怪な報道記事に眼がとまった。ロッキード事件や、一九七五年に世間を騒がせた平沢和重の北方領土放棄論を知っているものにとって、朝日新聞この報道は実に違和感を覚えるからである。それは、事実を半ば用いた巧妙な偽情報宣伝(half-truth propaganda)なのは歴然としていた。

三木武夫が首相として、田中角栄を逮捕する口実を入手すべく、1976年3月、彼の外交ブレーン平沢和重を米国国務長官キッシンジャーのところに派遣したのは事実である。キッシンジャーが、当初は「ロッキード・スキャンダルに絡む日本政府の関係者のリスト」を三木に渡そうと、その旨をいったん約束したのも事実である。

しかし、米国政府は翌4月、三木武夫やその特使の平沢の素性を知って、慌てて前言を翻して、いっさいの資料を渡さなかった。その理由について、この朝日新聞の記事は、何も書いていない。そればかりか、このワシントンでの平沢の法螺吹き話を大きくとりあげ、「三木武夫の新党結成の動き」など、ありえもしない虚構を見出しにしている。他意がありありである。三木には新党結成の考えなど、ひとかけらもなかった。

一、 KGB脚本・主演のロッキード・スキャンダル

 生涯、金日成教徒であり続けた三木武夫は、米国の南カルフォルニア大学留学中に、アメリカ共産党に入党し、帰国後も日本共産党とは緊密な関係を維持していた。そればかりか、モスクワのKGB第一総局(現SVR)の指示下にある“忠実なソ連の犬”であった。

だから、1974年12月、“KGB工作員の同僚”椎名悦三郎の狡猾な立ち回りで、(福田赳夫を押し退けて)総理になるや、朝日新聞論説委員であったKGB工作員でマルキスト永井道雄を文部大臣に迎え入れて、日本経済を衰退させるための「ゆとり教育」を導入させた。朝日新聞は、三木を「クリーン」「クリーン」と持ち上げて、彼の素性や彼がやる極左政策に対する批判を封じ込める情報戦を展開した。そして、三木とモスクワの間を密に連絡していたのが、戦前からベリヤのNKGBに直属していた“大スパイ”平沢和重であった。平沢は、コミュニスト三木が総理になったうれしさの余り、日頃から付き合いのある極左誌『朝日ジャーナル』(1974年12月13日号)に、三木武夫を絶賛する宣伝文を載せた。

話を三木首相に戻せば、三木は、日本経済界の活動を停滞させるために、独禁法をハチャメチャに改悪して、これで日本の大企業を締め上げようとした。が、このとき、三木と日本共産党との緊密な接触と関係が明るみにでて、“三木おろし”が自民党内でおこり、1976年12月、三木首相は退陣した。

三木がKGB工作員として真骨頂を発揮したのは何と言っても、指揮権を発動して田中角栄を強引に逮捕したことに尽きよう。1976年7月であった。ロッキード・スキャンダルは、ソ連が考案した、ヘルシンキ宣言と並ぶ、資本主義国家群に対する平和攻勢のひとつで、西側の政界を揺さぶって、対ソ外交などおざなりになるよう仕向けるものだった。だから、イギリスでもオランダでも、ロッキード・スキャンダル問題を、ただちに封印した。
世界で、ロッキード疑獄事件となったのは、最終的に日本一ヶ国だけであった。それを牽引したのは、ソ連と通謀していた三木武夫の存在であった。しかも、米国に神谷・法務事務次官が出向いてとった訊問テープにすぎない「コ-チャン証言」など、日本の裁判所での証言でない以上、それをもって証拠とするなど法律違反である。が、田中角栄逮捕は、ロッキード・スキャンダルがロッキード社と田中角栄の間で実際に起きたかのような収賄事件の形に矮小化されて、KGBが考案した対西側撹乱工作である、ロッキード・スキャンダルの最重要な核心の方を闇に葬ってしまった。

マルクスの『資本論』を信奉するコミュニスト三木武夫にとって、祖国はあくまでもソ連であり、日本の国はソ連に占領されて消えてよいものだった。その妻であるコミュニスト三木睦子は、夫の遺志を継いで、死ぬまで、金日成の写真に礼拝し続けていた。

二、太平洋戦争の日米対立を画策した“大スパイ”平沢和義

 平沢和義(1909~77年)は、外交官としてワシントンの日本大使館に赴任したが、若かったこともあって、すぐさま、日米対立をいかに防ぐかに全力を傾注した親米の斉藤博・大使の秘書官となった。斉藤大使周辺の情報を、NKGBのエージェントにごっそりと手渡していたのが平沢和重である。平沢は、1945年8月にGHQが進駐してきた時、米国におけるスパイ活動がばれて逮捕されるのでないかと恐れ、翌46年、慌てるように外務省を辞職した。その後はNHK解説委員として、NHKを丸ごと、KGBの下部組織にしていくに絶大な貢献をなした。

 この平沢が、三木武夫首相に依頼されて、むろん、同じ意見であることから意気投合して、北方領土放棄論を最も権威ある外交専門誌の『Foreign Affairs』誌一九七五年十月号に掲載した。当時の日本では、驚愕するほど余りの親ソ性に、平沢非難が轟轟と国中にこだました。平沢が、次のように、書いたからである。


  「私は、日本は、国後・択捉島の問題を今世紀末にまで凍結したまま残
し、まずはソ連と平和友好条約を結ぶべきであると信ずる」。

 平和条約は、領土問題が解決した場合にのみ締結するものだから、平和条約を締結すれば、これは国後・択捉島を永遠に放棄することを意味する。平沢が、この内容をソ連に依頼されて書いたものだと、当時の平沢批判の論評はことごとくそう難じた。おそらくそうであろう。

しかも、日本語には「平和条約」という言葉あるが、「平和友好」という言葉はない。一方、ロシアは「平和」よりも「友好」という二文字に過度に拘る。ロシア語では、「友好」は、英語のフレンドシップとの意味はなく、支配・被支配の関係を意味する。モンゴルの苛斂誅求の二百五十年間の歴史から生まれたロシア文化であり、「対等な関係の友好」とか、フレンドシップのもつ一般通念など、ロシア人には発想できない。ともあれ、“日本をソ連の支配下に置く”という意味の「平和友好条約」というソ連特有の言葉からしても、平沢がモスクワと協議して書いたのはまず間違いない。

 戦前の平沢は、斉藤博大使の秘書官の職にあって、実はそのころからベリアのNKGBに直属して、機密情報などをモスクワに渡していたが、これらの情報がベリアのもとに集められ、ハル・ノートの原案がモスクワで起草された。のち、これが、財務省次官補のハリー・デクスター・ホワイトに送られ、財務省長官モーゲンソーを通じてルーズベルト大統領の眼に留まり、ハル国務長官の作ではないのに「ハル・ノート」と呼ばれるようになった、対日最後通牒となっていく。



ヴェノナ文書は4分23秒から.......

「ヴェノナ」とは、1943年にアメリカが始めたソ連の暗号傍受・解読作戦の名称である。本書は「ヴェノナ」解読文書の元となった通信文から、ソ連のスパ イ活動の全貌を暴く画期的な一冊。いち早くその重要性を指摘した中西輝政氏らが本邦初翻訳を試みたものである。東西冷戦後、原著者らの努力で「ヴェノナ作 戦」の成果が公表され、世界中の歴史家に衝撃を与えた。第二次世界大戦時の同盟国ソ連が百人単位の規模でアメリカにスパイを送り込み、外交、軍事、産業上 の機密情報をことごとく盗み出していたことが分かったからである。当時のルーズベルト政権は、完全にソ連の工作の影響を受けていた。そしてアメリカの軍事 機密がソ連に筒抜けだった事実は、日本にとって何を意味するか。ソ連はアメリカの原爆プロジェクト「マンハッタン計画」を事前に把握しつつ、1945年8 月6日の広島への原爆投下を見届け、同月8日に対日宣戦布告を行ったということである。

ソビエト代理人 H・キッシンジャー

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/222.html

ラコフスキー調書 その1

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3225

ラコフスキー調書 その2

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3226

ラコフスキー調書 その3

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3227

 平沢とは、このようにとんでもない日本人であった。「売国奴」を絵に画いたような人物であった。しかし、あの大物議を醸した論文から三十五年の歳月が絶ち、平沢の悪行の数々を覚えているものも少なくなった。ウィキペディアをみると、日ロ関係史の重要な事件として残っている、このFOREIGN AFFAIRS誌の論文についてすら、抹殺されて、一言も触れられてはいない。 そこに書かれているのは、平沢にとって無視されてよいマイナーな仕事、東京オリンピック招致の日本側プレゼンテーターをやったこと、この一つだけである。異様も異様、平沢についてその生涯の活動については秘密にしたいとの意図ありありの記述である。

 また、脚注からは、平沢を知るための唯一つの資料といえる、彼の生前の原稿を集めた『国際社会の中の日本――平沢和重遺稿集』(日本放送出版協会、1980年)が抹殺されている。平沢に関するウィキペディアの記述が作為をなしていることは、疑う余地はない。日本語のウィキペディアは、日本共産党とロシアKGB(SVR)が主たる管理人だから、コミュニストやKGB工作員については、それらをにおわす内容はすべて、いかに重要な事実でも削られてしまう。歴史を改竄的に歪曲し嘘八百を後世に残すことを目的にする、偽情報操作の手段になったウィキペディアは、一刻も早く廃止しなければならない。

Wikiを情報操作するKGB

http://ameblo.jp/kororin5556/entry-12015789427.html

日本語ウィキペディアを管理し情報操作するロシアKGB

2010年03月15日 22:21

二十一世紀日本は、まったくの“ロシアの属国”である。日本国民が日本の歴史に関する正しい情報を手にすることができないよう、そのような操作をしているロシアに対して、怒りもなければ、抗議もしないからからである。日本は、“情報”という主権国家の要諦の重要柱を軽んじて、省みようとはしない。日本人は、非国民化の病がますますひどくなっている。

この情況について、日本語ウィキペディアの一部を紹介することを通じて、明らかにしておこう。これはまた、麻布台のロシア大使館の10階と11階にあるSVR(対外諜報・謀略庁、旧KGB第一総局)東京事務所のさまざまな非合法・合法活動に対して、日本の内閣調査室も公安調査庁も、無為に徹して何一つなさない堕落と腐敗のひどさを物語るものでもある。

彼らには、“ウィキペディアでの情報戦争”をしなければならないという、職務意識がゼロである。職務放棄をしているのである。この事実は、彼らが、ロシアと間接的に通謀しているのと同じであり、分限処分に相当する。
以下、わずか三ケースだけだが、それも簡単にだが、例示しておこう。

一、ウィキから消された、“ロシアのスパイ”末次一郎と吹浦忠正の項目

 KGBプリマコフ機関の日本人工作員は、私に知る限り十数名いるが、次にその一部をあげる。 末次一郎、吹浦忠正、田久保忠衛、佐瀬昌盛、猪木正道、袴田茂樹など。このうち袴田は、元はコワレンコ機関員であったが、コワレンコの引退に伴い、プリマコフが引き継いだようである。

 これら六名はすべて、当然ながら、ウィキの人物項目となっていたが、二〇〇八年、末次と吹浦の二名について突然削除された。この年、ある権威ある専門家が、両名について公刊の書物でそのスパイぶりを明らかにしたからであるあろうか。時期が、ぴったり符合する。

 ならば、この削除行為そのものは、末次と吹浦が、ロシアのスパイだという動かぬ状況証拠になる。このような証拠ならば、末次に関して、もう一つある。それは、末次一郎の墓参りを、KGBの高官であったエフゲニー・プリマコフがしたからである。二〇〇六年五月三十一日のことであった。このとき、佐瀬と袴田と吹浦が、この墓参りに陪席している。つまり、佐瀬/袴田/吹浦がKGB工作員である証拠の一つである。

 このプリマコフ機関に所属した日本人スパイの中でも、学界の大物であった猪木正道(元防衛大学校校長)のネットワークは大きく、日本の国際政治学界とソ連(ロシア)研究の学界が親ソ一色の真赤になった原因の一つは、猪木正道の存在による。この理由において、ウィキの項目「猪木正道」は、余りに異様なほど簡単な記述で、無名な人物並みに少なすぎる。

 産経新聞社はいまや朝日新聞社に優るとも劣らぬ“KGBの巣窟”となっており、つまり「産K(経)GB新聞社」と化してしまったが、これもまた猪木正道の功績であった。だから、ロシアのウィキ管理人が、勲一等まで叙勲された猪木正道の「項目」について極度に簡素な記述にして、その主要な活動についてすら記述させないのである。

二“ベリア直属のNKB工作員”近衛文麿の真像を隠蔽する、ウィキの情報操作

 戦後の日本人スパイをこのように隠蔽するのだから、ロシアのウィキ管理人たちが、戦前・戦中の日本人ロシアスパイについて、その証拠隠滅や、その存在の抹殺をしないはずはなかろう。とりわけ、アジア共産化を目的とした大東亜戦争は、スターリンの命令を受けたコミュニスト近衛文麿の独断的に牽引したものであり、大東亜戦争を日本の政府や軍部にけしかけた、近衛文麿周辺の日本人NKGB工作員やGRU工作員については、ロシアとしては、その歴史的真実をどうしても闇に葬りたいのは当然であろう。

このロシアの情報隠蔽工作の一端は、ウィキでも、あからさまになされている。たとえば、戦前日本で最大の総理権力をほしいままにした近衛文麿についての、ウィキの記述が歪曲著しいのは無論だが、この近衛の周辺の人物について、ウィキは抹殺することに全力をあげる。たとえば、近衛のふたりの秘書官であった牛場友彦と岸道三については、これほどの大物でありながら、しかも戦後はともに財界人として活躍した人物でありながら、ウィキには今、項目がない。そればかりか、牛場友彦については、二〇〇八年まであった「項目」が突然に削除された。

牛場友彦は、戦後の牛場信彦駐米大使の実兄であるだけではない。国策会社のアラスカパルプの副社長をしたり、財界ではそれなりの活躍をした。戦前は、近衛に二十四時間仕えた第一秘書で、その内政・外交・戦争に絶大な影響を与え続けたGRU工作員であった。戦後も、近衛のアンコン号での訊問に立会い、青酸カリでの服毒自殺のとき近衛に付きっ切りであった。通説では、近衛に青酸カリを渡したのも自殺を教唆したのも、この牛場友彦であろうとされている。

もう一人のコミュニスト秘書官である岸道三については、近衛文麿の大政翼賛会をスターリンのソ連共産党そのものにしようとするなど、キチガイじみたスターリン教徒であった。戦後は経済同友会代表幹事、日本道路公団初代総裁、同和鉱業副社長などを歴任した、それ相当の財界人として活躍した。それがどうしてウィキの対象にもならないマイナーな人物なのか?

三、尾形昭二(戦中外務省のコミュニスト三羽烏の一人)のウィキからの削除

 近衛文麿に触れたので、彼が可愛がった外交官の伊藤述史について、ウィキを調べて見た。驚くなかれ、たった二行である。日本国民や政府全体を対英米戦争にみちびくに、コミュニストの伊藤は、閣僚あつかいの情報局総裁として、過激に煽動的な活躍をした。彼もまたGRU工作員であった。

伊藤述史がソ連のスパイであったことについて書かれていないのは、名誉毀損の問題から妥当であるとしてもよい。が、伊藤述史の情報局総裁として現代史上の行動が、一文字も記述されていないのは、明らかにロシア(に雇われた日本人の)管理人の仕業である。
杉原荒太については、防衛庁長官をしたため、ウィキには項目があるが、この杉原荒太と河野一郎(農林大臣)とがソ連に通謀して、鳩山一郎の日ソ共同宣言で、国交回復の見返りとしての北方領土返還を妨害した張本人であった。このことは、一九五五~六年にかけて、巷間でも噂になるほどで、誰でも知っている事実である。

それにしても、鳩山一郎という人物は、当時政界では常識でもあった「杉原荒太と河野一郎はコミュニスト/ソ連のスパイ」の、まさにこの二名を閣僚に抜擢したのだから、その罪は万死に値する。孫の鳩山由紀夫が共産党系の菅直人と昵懇な同志だが、これも鳩山家のDNAであろう。
さて、ウィキが奇怪なのは、戦時中、外務省のソ連課長として、ソ連と密接に接触し、ソ連軍の日本侵攻の手引きを直接やっていた“GRU工作員”尾形昭二について、その項目をバッサリ削っていることだろう。吉田茂は戦後すぐ、杉原荒太と一緒に、尾形については名指しで外務省からの辞職を強制した。有名な話である。

その後の尾形は、伊藤述史や杉原荒太のようにコミュニストであるのを隠そうとはしなかった。堂々と日本共産党に入党し、ソ連の美化宣伝に努めるソ連の対日プロパガンディスト要員の道を選んだ。『ソ連二十話』(一九四八年)『ソ連外交の三十年』(一九四九年)『私はソ連をこう見る』(一九五〇年)などを矢継ぎ早に出版した。

 中西輝政が、インテリジェンスの専門家を自称し、インテリジェンス・リテラシーをもてなどと大上段な教訓を垂れるが、現在の問題であるウィキペディアにおける、北朝鮮/中共/ロシアの管理人らによる、このような情報操作問題については、知っていながら沈黙する。それは彼が、どの程度のレベルかは知らないが、これらの三ヶ国と通じているからだろう。


 
 
》記事一覧表示

新着順:602/3549 《前のページ | 次のページ》
/3549