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ウイロビーから岸信介まで その2

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2015年 5月18日(月)11時38分15秒
  通報 返信・引用 編集済
  ウイロビーから岸信介まで その1の続きです

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3262

参考記事:電通の正体と岸信介

http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120201/1328055834

四大新聞社の裏側と実体

http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120117/1326761770

(2) CIA個人ファイルの概要ーーGHQ・G2への批判的態度

 CIAの個々の個人ファイルの内容に立ち入ると、その分量、扱う時期、信頼性、資料的価値は、ばらばらである。ただし、筆者はこれら個人ファイルをようやく収集・複写しえた段階で、本格的解読・分析はこれからである。以下に、筆者が瞥見した限りでのファイルについて、大まかなコメントを、順不同で付す。

・      石井四郎、秋山浩、福見秀雄ファイルなど石井部隊関係者の個人ファイルは、別に公開された七三一部隊関係の特別ファイルと合わせ、米国側所蔵資料のほぼ全容がわかる[23]。

・ CIA個人ファイル中で、おそらく政治史的に最も充実し、分量的にも豊富なのは、有末精三、河辺虎四郎、服部卓四郎、辻政信らの、朝鮮戦争勃発・警察予備隊発足・サンフランシスコ講和時の「地下日本政府」による吉田茂暗殺クーデタ計画、第三次世界大戦誘発による再軍備、新日本軍創設、宇垣内閣構想など、旧軍人関係ファイルである。「服部卓四郎ファイル」中に綴じ込まれた約七〇頁の「The J.I.S.[Japanese Intelligence Service] and Japanese National Revival : Present and Future」という戦後日本諜報史が、そのまとまった概観になっている。

    旧軍人のうち、吉田茂の軍事顧問であった辰巳栄一のファイルには、有馬教授が指摘したようにPOLESTERのコードネームが出てくる。ただし彼らのファイルに出てくるもので最初のPO(CIAの日本に対する暗号コード名)を付したCIA初期の最重要エージェントと思われるPOPOVが誰であるかは、筆者にはなお不明である[24]。

 ただし、CIA(暗号名KUBARK)の報告中では、主としてGHQ・G2のウィロビーによって戦犯容疑を免責され、マッカーサー期の日本政治の裏舞台で活動し、第三次世界大戦を誘発しようとしたり、再軍備を旧陸軍主導で進めようとした旧情報将校グループに対して、総じて批判的コメントが付されている。マッカーサーの嫌ったCIAは、マッカーサー、ウィロビー傘下のGHQ・G2の諜報活動のあり方を、いかがわしい旧軍人国家主義者を使った謀略型情報戦と見抜き、ワシントンのアレン・ダレス(暗号名ASCHAM)らは、より米国の世界戦略に沿った「近代的」情報組織に組み替えようとしたように見える。

・ 旧軍人と密接につながってCIA個人ファイルに出てくるのは、児玉誉士夫、笹川良一ら右翼の流れで、CIAの分析は、実務的であるが批判的である。一部新聞が報じたように、一九五三年九月一〇日の児玉ファイルには、彼の情報は信頼できず「金に汚いウソつき、ギャング」だというCIAの内部報告がある[25]。ただし、児玉の記録はその後も続き、一九六〇年前後には重要情報提供者として再び登場する。この再浮上の経緯の解明には、他のファイルとのクロス、他機関特に後述MISファイルとの照合が不可欠である。

 筆者のさしあたりの仮説では、いったんウィロビー支配下の旧軍人・右翼を切り離し、緒方竹虎・正力松太郎らの政治情報に頼ろうとしたCIAが、緒方の死と日本版CIA計画(内閣調査室の拡充・改組)の挫折で計画変更を余儀なくされ、賀屋興宣・岸信介らにシフトすることによって、再び児玉誉士夫ら右翼と旧軍特務機関出身の職業的諜報プロに依拠せざるをえなくなったのではないかと思われる。

 なお、「児玉誉士夫ファイル」と「笹川良一ファイル」を用いて、ドイツの国営テレビは、二〇〇八年に「児玉機関と笹川良一」についての特集番組を作成した。その内容の一部は、you tubeに掲載・収録されて、日本からでも画像で見ることができる[26]。

・  政治家のCIA個人ファイル中、緒方竹虎ファイル五冊と正力松太郎ファイル三冊は、特別の意味を持つ。「緒方竹虎ファイル」全五冊には、緒方=POCAPONを吉田茂の後継首相にするためのCIAによる一九五五年保守合同期の工作が詳細に出てくる。ただしこのポカポン工作は、五六年一月緒方の急死で挫折する。先に紹介した「CIA 緒方竹虎を通し政治工作  五〇年代の米公文書分析」という『毎日新聞』二〇〇九年七月二六日朝刊一面トップ記事は、筆者を含む解読チームの研究会報告をまとめたものであるが、これについては、日本版CIA設立計画と共に別書で詳述する予定なので、ここでは省略する。

 また「正力松太郎ファイル」は、コードネームPODAM の正力が、日本テレビ開局、読売新聞紙上での原子力平和利用の効用を説くAtoms for Peaceキャンペーンなどマスコミ工作が豊富に読みとれるが、これらについては、先述有馬哲夫による一連の分析・解読が進行中である[27]。

  注目度の高いCIAの「岸信介ファイル」は、期待はずれで、首相就任後の新聞記事など既発表資料のみである。むしろ後述MISの岸信介ファイルの方が、資料的価値は高い。

 A級戦犯で岸信介の盟友であった「賀屋興宣ファイル」には、緒方竹虎の死後CIAが後継情報源としようとした形跡がみられ、賀屋自身のアレン・ダレス宛手紙現物も入っている。CIA内部用の賀屋履歴書には、POSONNET-1というコードネームが付されていて、賀屋がエージェントであったことが確認できる。

・ 「裕仁ファイル」 から、昭和天皇も戦後ずっとCIAの監視対象になりファイリングされていたことが確認できる。ただし、分量は二〇ページ足らずで、語学力や食事の嗜好、生物学研究など私生活の一般的記述に留まり、資料的意義は乏しい。わずかに資料の日付が一九七五年訪米時など日米「皇室外交」に関わる時期に集中していることから、アメリカ側の象徴天皇制への関心の有り様がうかがわれる。戦中・戦後占領期の資料はなく、「戦犯記録」としての価値はない。これは、上述「岸信介ファイル」と共に、二次の機密解除によってもなお、CIAの持つ「国家安全保障上の利害を損なうような情報」は非公開であることを示唆している。

  このことは、「裕仁Hirohitoファイル」と同時に公開され、ボックスも近いCIAの「ヒットラーHitlerファイル」と併せ読むとよくわかる。ナチスの総統であったヒトラーについてのCIAファイルは非常に充実しており、演説・宣伝手法から食事や性的嗜好まで、膨大な伝記的・心理学的分析が収録されて、アメリカが「なぜドイツ人はヒトラーに従ったか」に関心を持ち、それを人文・社会科学の最新知見で分析し、対独戦戦略と戦後ドイツ占領政策に活かしていったかが、よくわかる内容となっている。

・ 旧軍人や戦犯容疑者の多いCIA日本人ファイルの中で、「小宮義孝ファイル」のみは異色である。小宮義孝は、筆者が長く探求してきた元東京大学医学部助教授国崎定洞(ドイツ共産党日本人部創設者で、旧ソ連に亡命後スターリン粛清の犠牲になったコミュニスト)の親友であり、東大医学部助手時代に治安維持法違反で検挙され、上海に渡った経歴を持つ。上海自然科学研究所時代には寄生虫を研究し、戦後国立予防衛生研究所長をつとめた。CIAは、石井四郎の関東軍防疫給水部に準じて、上海自然科学研究所の化学戦・細菌戦関与を調査した形跡があるが、その種の資料は見つからなかったため工作を断念したものと推定できる。

 むしろ、今回機密解除されたCIAの日本人監視記録中には(次に述べる陸軍情報部MISの場合とは異なり)、小宮義孝以外の共産党・社会党関係者の個人ファイルが入っていないのが注目される。これが実際に朝鮮戦争期のCIAは日本の左翼を無視していたのか、それともなお機密扱いで公開されなかっただけなのかが、今後の探求課題となる、

(3)   MIS・CICの個人ファイルーー日本人二五〇〇人の日常的監視体制の記録

  マスコミの関心は、戦後日本政治におけるCIAの役割に集中しているが、日本現代史の情報戦資料としてより重要なのは、陸軍情報部(MIS)の個人ファイルである。米国国立公文書館の請求名でいえば、IRR (Investigative Records Repository) Personal Name files 資料である。多くはCIC(the U.S. Army's Counter Intelligence Corps)など陸軍の諸機関が集めたものであるが、時にはFBI、ONI(海軍情報部)、OSS、CIA、それに公式の外交機関である国務省の収集資料等も混じっている場合がある。

 実はこちらの方が、(1)狭義の戦犯にとどまらず、日本の政治・経済・社会・文化の有力者を網羅するほか、無名の人々の履歴書・監視記録多数を含み、(2)一九三〇年代から七〇年代をカバーし、(現在も米軍基地には諜報部隊があるため)時には九〇年代のものまで入っていて、公開情報量もCIAに比して圧倒的に多く、(3)米国が世界戦略・軍事的目標達成上必要と認め収集した、日本人個人情報・監視記録のワシントンに送られた分であるから、現代史研究にきわめて有益である。(4)ただし、人名の誤読や噂情報も多く、誤った個人情報も含んでいるため、総じて批判的解読が必要である。したがって、日本の研究者は、米国側解説にこだわらずにボックスを開き、実際に読んで見なければ、内容・価値が分からない。こうした意味で、大きな学術的可能性を秘めた記録である。ただし、ここでもすべてのMIS収集記録が機密解除されたとは考えられず、情報公開法にもとづく請求等で、さらに積極的に探索する必要は失われていない。

 以下に、筆者が請求して瞥見できた範囲内での概略を述べておく。これは、MIS個人ファイル数万人分の中から、英字索引でアジア人名ではないかと思われる人物名約二五〇〇人分を研究用にリストアップし、その中で漢字表記も推定できる一〇〇人ほどの人名をあらかじめ準備したうえで、ワシントンで請求・閲覧・複写したものである。その推定名が誤りで徒労に終わったり、たまたま著名人のファイルと同じボックスに無名だが価値のあるファイルがあったりする連続で、試行錯誤の繰り返しの中で目を通すことができた、ごく一部の範囲内のものであることを断っておく。また英文資料の暫定的解読段階のものであるから、誤読や誤訳がありうる。むしろ読者による追試解読を歓迎する。

・「昭和天皇・裕仁ファイル」は、全部で一〇〇頁強の、戦後すぐの時期の昭和天皇についての記録である。その一部は、すでに時事通信ワシントン支局(当時)名越健郎が情報公開法により請求し、一九九九年一〇月三一日時事配電で紹介している。戦後天皇制の行方については、一九四五年一〇月二七日付けジョージ・アチソン政治顧問の国務省に宛てたマッカーサー・天皇会見覚書が入っている(秦郁彦によって紹介済み[28])。四五年一〇月に東久邇稔彦が述べたという昭和天皇退位の間接情報もある。四六?四七年の地方行幸についての報告とその反応は、貴重な同時代資料である。日本国憲法が制定され、国会で承認されて、施行されることが決まった時点での、京都で永末英一の世論研究所が行った象徴天皇制についての世論調査記録(『サーヴェイ』誌四七年一月)は、全文が英訳されている。「現状維持」五二・二%、「天皇にもっと権力を」三二%、「弱める」三・五%、「廃止」四%に注目しているが、特に米国側コメントはない(川島高峰によって紹介済み[29])。GHQ主導の象徴天皇制創設が日本国民から受容されていることを、確認したものであろう。

・      有末精三・辻政信・大川周明、下村定、今村均、小野寺信・児玉誉士夫・笹川了一らについては、前述CIAの個人ファイルとは別に、陸軍諜報機関による監視記録がある。両者をクロスすることによって、占領下の旧軍人・右翼の活動は、いっそう明確になる。CIAには入っていなかった中国大陸「阿片王」里見甫らについても、MIS個人ファイルから新たな情報が得られる。特に敗戦直後に米国陸軍が行った尋問記録は貴重である。

 ・ 政治家のファイルは、保守・革新を問わず、多数含まれている。「吉田茂ファイル」は、一部はすでに共同通信ワシントン支局長だった春名幹男(現早稲田大学)が情報公開法にもとづき資料請求し、著書『秘密のファイル』(共同通信社、二〇〇〇年)中で紹介したように、吉田が再軍備に消極的だったといわれる裏で、米軍に積極的に情報提供していた事実が明らかになる。

 CIA個人ファイルでは期待はずれだった「岸信介ファイル」も、良く知られた東京裁判での国際検察局IPS尋問書(国会図書館憲政資料室所蔵)とは異なる、四六年三月巣鴨入獄時のCIS(情報将校)尋問調書が入っている。その一部は春名幹男『秘密のファイル』に紹介されている。MISの岸ファイルは、賀屋興宣ファイル、重光葵ファイルと共に、CIAとMISの個人情報収集の仕方の違いを知る上でも、貴重なものである。

 なお、比較的新しい中曽根康弘のファイルでは、敗戦直後の国家主義的民族活動が記録され、大平正芳ファイルでは、日韓条約・日中国交回復時が注目されている。ただし鳩山一郎、石橋湛山、河野一郎、池田勇人、佐藤栄作など、吉田や岸、賀屋、重光に準じて当然監視されていたであろう日本人政治家の名前が、今回公開された二五〇〇人中にはない。MISについても、全面公開とは言えないと考えるべきだろう。

 ・  左翼政治家では、日本共産党指導者「野坂参三ファイル」が重要である。戦後占領期の野坂参三とGHQとの交流はこれまでもささやかれてきたが、MIS「野坂ファイル」には、Safell大佐宛で野坂参三が執筆した自筆書簡数通の現物が入っているほか、豊富な内容となっている。無論、GHQ・G2は、野坂の一挙一動を疑って監視しており、転居のたびに住居周辺の地図が作られ、写真も多く撮られている。重要な演説はすぐに英訳されてワシントンに送られた。

 重要なのは、一九四四年延安での米国ディキシー・ミッション(米国として初めての中国共産党延安根拠地訪問団)のジョン・エマーソン、有吉幸治による野坂インタビュー以来、野坂の柔軟な天皇論評価が占領初期米国の野坂への注目・評価のもととなっていたことである。同時にそれは、戦前一九三四?三八年の野坂のモスクワからの米国密入国歴(ジョー小出・木元伝一らを助手とした『国際通信』『太平洋労働者』発行等)が見破られていなかったことを意味することが、MISファイルに何通も入っている野坂の履歴調査からわかる。

 この点は、最近翻訳された米国国家安全保障局(NSA)の旧ソ連暗号解読『ヴェノナ』文書[30]においても同様で、戦前・戦後のソ連共産党と米国共産党との間の膨大な暗号通信の中には、野坂の名は出てこない(日本人では宮城与徳とジョー小出のみ)。ただし、いち早く公開された旧ソ連コミンテルン文書中のアメリカ共産党記録文書中には、岡野進=野坂参三のアメリカ滞在中の暗躍を示す文書が出てくる[31]。野坂参三は、戦後占領期に、この隠された米国体験を最大限に利用したコミュニストであった。

管理人注:ヴェノナ文書関連記事~共産主義者の大東亜戦争責任

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/1901

・ 日本共産党については、このほかに、徳田球一、志賀義雄、神山茂夫、中西功、志田重男、椎野悦郎等共産党幹部の監視ファイルがあり、朝鮮戦争時のものが多い。沖縄人民党を動かしていた非合法沖縄共産党の瀬長亀次郎、国場幸太郎らのファイルもワシントンに送られた。ただし、ここでも宮本顕治・袴田里見・伊藤律等、当然監視されていたはずの指導者名のファイルはない。

 なお、延安の野坂参三と共に、戦時米国情報機関から中国抗日運動への支援者として評価された重慶の鹿地亘については、MIS鹿地ファイル中に一九四五年七月一七日付け米国政府宛で交わしたAgent契約書が入っている(月二〇〇ドルの金銭授受)。鹿地はこの契約を日本の敗戦までのものと解釈して日本帰国後は左翼作家としてソ連大使館等にも出入りしたが、米国側はなお鹿地をエージェントとして扱おうとした。いわゆる鹿地亘拉致事件の背景にあった米国情報機関と鹿地の結びつきは、この資料によって裏付けられる。

・ 死者も監視されていた。一九三三年に特高警察に虐殺された作家小林多喜二[その後別人と判明]や、一九四四年にゾルゲ事件で死刑に処された尾崎秀実の個人ファイルが入っている。尾崎秀実は、索引ではOZAKI Hidemiと誤読されているが、死後もアメリカ軍の監視対象で、戦後のゾルゲ・尾崎事件についての新聞報道などがファイルされている。当時のカストリ雑誌『うら・おもて』一九四九年五月号別冊「ゾルゲ事件の真相、尾崎秀実は国を売った」が、なぜかG2ウィロビーの注意をひき、現物全文が収録されており、敗戦直後のベストセラー『愛情はふる星の如く』に関する新聞記事等が英訳されている。尾崎の経歴も数通入っており、その友人関係では、太平洋調査会(IPR)関係者や昭和塾の関係者、とりわけ平貞蔵について詳しく調べた形跡がある。GHQ・G2のウィロビーは、ゾルゲ事件へのアメリカ人左翼の関わり、とりわけアグネス・スメドレーを非米活動共産主義者として告発することに熱心であったが、その収集記録の一部は、こうしたファイルに残されている。

・ ゾルゲ事件関連では、川合貞吉ファイルが、とりわけ重要である。一九四七年九月一二日から五一年七月三〇日までの本郷ハウス・キャノン機関への情報提供の記録が入っており、戦後はなばなしくゾルゲの親友として登場し、尾崎秀実の異母弟尾崎秀樹を助けてゾルゲ事件真相究明会をたちあげ、当時の日本共産党農民部長であった伊藤律をゾルゲ事件関係者検挙の発端を作った「生きているユダ」として告発し伊藤を失脚させるのに成功したが、実はそれはウィロビー、キャノン機関の協力者としての活動の一部であったことがわかる。

 川合貞吉ファイルには、G2のゾルゲ事件関係資料収集の担当だったポール・ラッシュとのツーショット写真のほか、川合がウィロビーに提供したゾルゲ事件情報もいくつか含まれている。例えば史実とは遠いと思われるが、アグネス・スメドレーが一九三七年秘かに来日し、ゾルゲ・グループのマックス・クラウゼンと新潟で会ったとか、日本共産党関係では、伊藤律と共に松本三益の情報がゾルゲ事件発覚に役立ったといった情報で、尾崎・ゾルゲ・グループの上海時代を知っていると称する川合貞吉は、マッカーシズムで在中米国人の多くをコミュニストに仕立て上げ告発しようとしていたウィロビーにとって、きわめて重宝な日本人情報提供者であったことがわかる。

 ゾルゲ事件の生き証人川合へのアメリカ側の関心は、「上海でのスメドレーについての彼の個人的知識」で、川合と彼の家族の身柄を安全に確保するため、米軍の護衛兵や日本の田中栄一警視総監までが動員されたが、一九五〇年代に入ると、彼の情報の信憑性についての疑念が担当情報将校から出され、彼の情報には月二万円の価値はない、日本共産党は彼を信用していないため共産党内部情報が得られないから援助額を月一万円に減額して契約関係を解消したいといった意見も出されるようになった(一九五〇年二月二〇日)。こうした米軍の情報提供者への金品授与までわかるファイルはきわめて珍しく(管見の限りでは前述鹿地亘ファイルと川合貞吉のみ)、川合がウィロビー・キャノン機関の典型的なエージェントであったことがわかる。

 その他ゾルゲ事件関係では、宮西義雄ファイルや木元伝一ファイルも貴重な資料となるが、この点はすでに公表されたゾルゲ・尾崎墓前祭講演で論じたので省略する[32]。

・ 占領期には、国会議員選挙に立候補した社会党・共産党候補者は、米軍諜報機関の監視対象だったらしい。中野重治ファイルは、文学者への監視がどうであったかを知る資料と期待し請求・閲覧したのだが、中野の文学活動についての記録はほとんどなく、日本共産党参議院議員としての中野の監視記録だった。同様な記録として、日本社会党の高津正道ファイルがあった。

 ただし文学者・芸術家や学者・知識人が、監視対象から外されていたわけではない。前述小林多喜二のように、死後の影響力がチェックされている場合さえあった。佐多稲子ファイルはこの意味で重要で、新日本文学会のほか、左派女性解放運動家としての活動が記録されている。学者・文化人も同様で、湯川秀樹、滝川幸辰、都留重人、田中耕太郎、大内兵衛、南博らの監視記録があり、特に民主主義科学者協会(民科)や、日本共産党とのつながりなど「進歩的知識人」としての活動がチェックされていた。

・ こうしたある程度著名な個人とは別に、無数の無名の人々のファイルがある。そのいくつかをランダムに見てみると、シベリア抑留帰りの日本人、中国引揚者らの記録が多数含まれていることがわかる。特に舞鶴での引揚者の尋問記録は、冷戦初期の米軍諜報部にとっては貴重な、ソ連・新中国についての最新生情報であり、朝鮮戦争の作戦遂行に使われたことがうかがえる。

 このことを逆照射するのが、朝鮮戦争当時の読売新聞記者である三田和夫の個人ファイルである。三田はシベリア抑留体験者で、米軍による舞鶴港での引揚者尋問を取材していた。また、引揚者をアメリカへの協力者に仕立て上げる米軍の工作を、「幻兵団事件」としてスクープし、さらには日本におけるCIA の活動を追って、「ラストボロフ事件」についても詳しい記事を書き、著書も出していた。その著作、「東京秘密情報シリーズ」と銘打った『赤い広場』及び『迎えにきたジープ』(共に二〇世紀社、一九五五年)は、日本語二〇〇ページ以上の全文が英訳され、三田の個人ファイルに綴じ込まれていた。

 そのため三田和夫ファイルは、他の日本人個人ファイルに比しても異様に膨大で、米軍CICが読売の三田報道をいかに重視し、マークしていたかを示唆している。三田は、当時のジャーナリストの中で、アメリカ情報機関の活動に肉迫した報道によって、米軍に注目されていた。ただしこの敏腕記者も、自社の当主正力松太郎がCIAエージェントであることまでは掴んでいなかったことになる。

・ そのほか、MIS個人ファイルには、金九など朝鮮人、毛沢東など中国人のファイルも散見される。ベトナムのホー・チミンまで入っているが、これらは現地での調査記録ではなく、日本での報道記事の英訳など「ナチス・日本帝国戦犯記録」と関わる限りでの公開になっている。

 むしろ、ナチス関係で機密解除された、日米開戦時の駐日ドイツ大使オイゲン・オットの記録などの方が、日本現代史研究には意味がある。オットは、ゾルゲを信用し騙された国防軍出身のドイツ外交官として知られているが、一九四六年二月から半年間、当時住んでいた中国北京から東京に召還され、半ば軟禁状態で日独同盟、ナチスの内情などを詳しく米軍に供述していた。ただしゾルゲ事件についてはほとんど役立たない。

 五 六〇年安保に連なるCIAの工作と情報戦

 (1)CIAの自民党への資金援助

 これまで一九六〇年安保闘争と米軍諜報機関との関わりで注目されてきたのは、主として安保改訂時の自由民主党、岸信介内閣とCIA の関係であった。それは、一九九四年一〇月一〇日の朝日新聞に、ニューヨーク・タイムズ特約として掲載された、以下の記事によって世に出た。

CIA、自民に数百万ドル援助 五〇ー六〇年代 左翼の弱体化狙う(朝日新聞一九九四年一〇月一〇日)

 【ワシントン八日=ニューヨーク・タイムズ特約】米ソ対立の冷戦時代にあった一九五〇年代から六〇年代にかけ、米中央情報局(CIA)は、主要秘密工作の ひとつとして日本の自民党に数百万ドル(当時は一ドル=三六〇円)の資金を援助していた。米国の元情報担当高官や元外交官の証言から明らかになったもの で、援助の目的は日本に関する情報収集のほか、日本を「アジアでの対共産主義の砦(とりで)」とし、左翼勢力の弱体化を図ることだった、という。その後、 こうした援助は中止され、CIAの活動は日本の政治や、貿易・通商交渉での日本の立場などに関する情報収集が中心になった、としている。

  五五年から五八年までCIAの極東政策を担当したアルフレッド・C・ウルマー・ジュニア氏は、「我々は自民党に資金援助した。(その見返りに)自民党に情 報提供を頼っていた」と語った。資金援助にかかわったCIAの元高官一人は、「それこそ秘密の中心で、話したくない。機能していたからだ」と述べたが、他 の高官は資金援助を確認している。また、六六年から六九年まで駐日米大使を務めたアレクシス・ジョンソン氏は、「米国を支持する政党に資金援助したものだ」と述べ、六九年まで資金援助が続 いていたと語った。五八年当時、駐日米大使だったダグラス・マッカーサー二世は同年七月二九日、米国務省に送った書簡の中で、「佐藤栄作蔵相(当時)は共産主義と戦うために 我々(米国)から資金援助を得ようとしている」と記している。マッカーサー二世は、インタビューに対し.「日本社会党は否定するが、当時、同党はソ連から秘密の資金援助を得ており、ソ連の衛星のようなものだった。も し日本が共産主義化したら、他のアジア諸国もどうなるかわからない。日本以外に米国の力を行使していく国がないから、特に重要な役割を担ったのだ」と語った。

 自民党の村口勝哉事務局長は、そのようなCIAの資金援助については聞いていない、としている。朝鮮戦争(五〇年?五三年)当時、CIAの前身である米戦略サービス局(OSS)の旧幹部グループは、右翼の児玉誉士夫氏らと組んで、日本の貯蔵庫から数トンのタングステンを米国に密輸、ミサイル強化のためタングステンを必要としていた米国防総省に一〇〇〇万ドルで売却。これを調べている米メーン大学教授の資料によると、CIAは二八〇万ドルをその見返りに提供したという[33]。

 ただしこのニューヨーク・タイムズのスクープ記事は、米国政府機関要人へのインタビューによるもので、公文書による裏付けをえたものではなかった。また当時の岸信介首相の役割を明示するものでもなかった。その一か月後に、朝日新聞社は独自の検証を行い発表したが、なお資料的裏付けは得られなかった[34]。この問題は、ちょうど現在民主党政権下で日本の外務省が認めるようになった核兵器持ち込みや沖縄返還に関する「密約」と同様に、日米関係の根幹に関わる疑惑を孕んでいた。関連情報は、その後も逐次報道された[35]。

(1) 民社党結成へのCIA の役割

  アメリカ側ではメーン大学のハワード・B・ションバーガー、アリゾナ大学のマイケル・シャラーらが、日本でも春名幹男や山本武利らによって、戦後日本政治の出発時から六〇年安保、更には沖縄返還にいたる日本政府要人、自由民主党とCIAの関係が学術的に研究されてきたが、二〇〇六年には、米国国務省外交資料集FRUSの解説The Intelligence Community,1950-55でも、明確に認められるようになった。そこで公式に認められたのは、六〇年安保闘争期の社会党の分裂、右派の民社党結成に際して、CIAが資金援助したことであった。

CIAーー日本の左派勢力の弱体化狙い秘密資金工作(共同通信、毎日新聞二〇〇六年七月一九日)

 米中央情報局(CIA)が一九五〇年代から六〇年代半ばにかけ、日本の左派勢力を弱体化させ保守政権の安定化を図るために、当時の岸信介、池田勇人両政権 下の自民党有力者に対し秘密資金工作を実施、旧社会党の分裂を狙って五九年以降、同党右派を財政支援し、旧民社党結党を促していたことが一八日、分かった。国務省が編さん、同日刊行した外交史料集に記された。編さんに携わった国務省担当者は共同通信に対し「日本政界への秘密資金工作を米政府として公式に認めるのは初めてだ」と語った。米ソ冷戦の本格化や共産中国の台頭で国際情勢の緊張が高まる中、米国が日本を「反共のとりで」にしようと自民党への財政支援に加え、旧社会党の分断につながる工作まで行っていた実態が裏付けられた。日本の戦後政治史や日米関係史の再検証にもつながる内容だ。ニューヨーク・タイムズ紙は九四年、マッカーサー二世元駐日大使の証言などを基に、CIAが自民党に数百万ドルの資金援助をしていたと報じたが、当時の自 民党当局者は「聞いたことがない」としていた[36]

 (3) なお資料の必要な、岸信介、賀屋興宣の役割

管理人注:賀屋興宣を拙稿で検索すると沢山出てきます

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%89%EA%89%AE%8B%BB%90%E9&x=0&y=0&inside=1

 そして、口火を切った一九九四年ニューヨーク・タイムズ記事の執筆者ティム・ワイナーが、二〇〇八年に著書を発表してすぐに『CIA秘録』として邦訳され、その第一二章で「自民党への秘密献金」が総括的に論じられた。「CIAは一九四八年以降、外国の政治家を金で買収し続けていた。しかし世界の有力国で、将来の指導者をCIAが選んだ最初の国は日本だった」として、岸とCIAの「二人三脚」の関係を詳しく論じた。

 ただし、ワイナー自身が認めているように、「アメリカとCIAは、岸および自民党との隠密の関係を公式に認めたことはない」。詳しい典拠を示したこの著書でも、日本版編集部が付したマッカーサー駐日大使から国務省宛で佐藤栄作大蔵大臣(当時)からの資金援助要請を示す一九五八年七月二九日付け公電以外は、FRUSの解説とかつてのインタビュー記事で、岸信介の名が出てくる第一次資料は、未だに公開されていない。

 そして、筆者らが今回機密解除されたCIA、MISファイルの一端を分析した限りでは、CIAが選んだ「将来の指導者」とは、岸信介ばかりではなく、緒方竹虎や正力松太郎も、候補に挙がって実際に工作を受けていた。賀屋興宣ファイルや「より親米的な『責任ある』野党」=民社党結成の秘密工作まで言及したのはワイナーの卓見であるが、ジャーナリストであるワイナーの著書では、米国側の対日情報戦工作が、やや単線的に描かれている。

 もっともワイナーの著書刊行後も、先に紹介した筆者らの緒方竹虎ファイル分析、有馬哲夫の辰巳栄一ファイル解読のほか、新たな資料「発見」が続いている[37]。

六 おわりに

 以上に述べたことから明らかになるのは、今回のナチス・日本帝国戦争犯罪記録の機密解除をはじめ、歴史的文書の公開・非公開そのものが、情報戦の大きな舞台であることである。また、今回公開されたCIA個人資料中で最も分量が多く内容的に豊富であったのが、戦前朝日新聞論説主幹で情報局総裁、戦後日本版CIA構想 ・内閣調査室創設の中心であった緒方竹虎と、戦前警察官僚で読売新聞社主、戦後日本の「テレビの父」「プロ野球の父」「原子力の父」であった正力松太郎の二人であったように、米国の冷戦初期情報戦の主要な目的は、日本のマスメディアと世論、大衆文化を「西側」「親米」に導くことであった。

 占領期日本の国民は、新聞雑誌の検閲や労働運動弾圧、レッドパージ等の直接的規制やサンフランシスコ講和条約締結と同時の日米安保条約、米軍基地の全土存続、沖縄軍政継続によってのみならず、冷戦期米国の世界支配戦略への積極的協力や、それを受け入れるアイデンティティの構築においても、操作と工作の対象とされた。

 第二に、確かに米国の情報公開法制にもとづく今回の機密解除は、日本敗戦時の戦時文書焼却や隠蔽、その後の官公庁の杜撰な文書管理や情報公開の遅れに比すれば積極的であり、後世の研究に資するものであるが、それでも米国所蔵日本戦犯資料のすべてが機密解除されたわけではない。とりわけ戦後日本の国家体制の根幹や、今日の日米同盟の起源に関わる重要資料は、なお残されていると考えざるをえない。それは、一つにはアメリカ側作業部会で資料を分類・整理した関係者の関心が、第二次世界大戦以前に確立された国際法上の規範、毒ガス戦・細菌戦・化学兵器や捕虜虐待、それに植民地支配と女性差別に関わる問題等にあり、日本側の研究では重要な、昭和天皇の戦争責任や広島・長崎の原爆投下 などの問題については、意識的に資料を探しチェックした形跡はみられない。

 今日、日米政府間「密約」に関わる外務省文書の公開について語られる「当然あるべき資料は見つからず、見つかった文書にも不自然な欠落が見られる」状態は、日本の公文書の場合だけではない。米国の公文書館文書についても、昭和天皇裕仁や岸信介のCIA個人ファイルの欠落に典型的なように、すべてが公開されているわけではない。無名の人々や個人ファイル以外の資料にもあたって本格的に歴史を見直す作業は、日米に限らず、世界の冷戦史研究者の共同作業として残されている。

 第三に、冷戦期日本の情報戦研究は、米国側資料だけでは不十分であることはいうまでもない。冷戦崩壊・旧ソ連解体によって、いわゆる旧ソ連秘密文書が閲覧可能となり、ゴルバチョフ、エリツィン政権期には、ソ連のアジア・対日政策、日ソ関係についても、新しい資料が大量に公開された。その後、プーチン、メドヴェージェフ政権下でロシア政府の情報公開は再び閉鎖的になっているが、グラースノスチ(情報公開)時代に公開・収集された資料によってだけでも、戦後情報戦のもうひとつの主役の世界戦略・アジア戦略・対日政策の研究に不可欠な基礎的新資料発掘が可能になっている[38]。日本側の公文書も、情報公開法に続いて昨年制定された公文書管理法を最大限に活用することによって、これまで以上に実証的な情報戦研究が可能になる条件が生まれた[39]。

 こうした意味で、わが国における冷戦史研究は、したがってまた、情報戦としての六〇年安保改定期の政治史の解明は、緒についたばかりなのである。

参考文献

春名幹男『秘密のファイル』(共同通信社、二〇〇〇年、後に新潮文庫)

山本武利『ブラック・プロパガンダ』(岩波書店、二〇〇二年)

T・ワイナー『CIA秘録』上下(文藝春秋、二〇〇八年)

ヘインズ=クレア『ヴェノナ』(PHP研究所、二〇一〇年)

加藤哲郎『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』(平凡社新書、二〇〇五年)

加藤『情報戦の時代』『情報戦と現代史』(共に花伝社、二〇〇七年)

有馬哲夫『日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」』 (新潮社、二〇〇六年)

有馬『原発、正力、CIA』 (新潮新書、二〇〇八年)

有馬『昭和史を動かしたアメリカ情報機関』(平凡社新書、二〇〇九年)

有馬『アレン・ダレス 原爆・天皇制・終戦をめぐる暗闘』(講談社、二〇〇九年)

C・シンプソン『冷戦に憑かれた亡者たち ナチとアメリカ情報機関』(時事通信社、一九九四年)

H・B・ションバーガー『ジャパニーズ・コネクション』(文藝春秋、一九九五年)

M・シャラー『「日米関係」とは何だったのか』{草思社、二〇〇四年}

日本国際政治学会『国際政治』一五一号「吉田路線の再検証」(二〇〇八年三月)、など。

 [1]  Andrew Gordon, A Modern History of Japan: From Tokugawa Times to the Present, Oxford UP, 2003[アンドルー・ゴードン『日本の二〇〇年』上下、森谷文昭訳、みすず書房、二〇〇六年]。Ian Neary, The State and Politics in Japan, Polity Press, 2002 も、「一九五五年体制」成立以降に「現代日本」を見る。

[2]  この点については、加藤哲郎『二〇世紀を超えて』二〇〇一年、『情報戦の時代』『情報戦と現代史』二〇〇七年、いずれも花伝社刊。『象徴天皇制の起源ーーアメリカの心理戦「日本計画」』平凡社新書、二〇〇五年。

[3]  加藤哲郎『モスクワで粛清された日本人』青木書店、一九九四年、『人間 国崎定洞』(川上武と共著)勁草書房、一九九五年、『国境を越えるユートピア』平凡社、二〇〇二年、『ワイマール期ベルリンの日本人』岩波書店、二〇〇八年、などにおける旧ソ連秘密資料解読、参照。

[4] http://www.archives.gov/press/press-releases/2007/nr07-47.html [URLは二〇一〇年四月一日現在、以下同]

[5] 清水正義「ナチ戦争犯罪情報公開法の成立について」

http://www.geocities.jp/dasheiligewasser/others/OnNaziWarCriminalAct.htm

http://www.fas.org/sgp/library/iwgreport02.html をも参照。

[6]  前掲、清水正義「ナチ戦争犯罪情報公開法の成立について」。この点については、Christopher Simpson,Blowback: America’s Recruitment of Nazis and its Effects on the Cold War,Weidenfeld & Nicolson, 1988[日本語訳『冷戦に憑かれた亡者たちーーナチとアメリカ情報機関』時事通信社、一九九四年]、参照。
[7] U.S. intelligence involvement with German and Japanese war criminals after World War ・

http://en.wikipedia.org/wiki/U.S._intelligence_involvement_with_German_and_Japanese_
war_criminals_after_World_War_II


[8] http://www.archives.gov/iwg/japanese-war-crimes/

[9] http://www.archives.gov/iwg/japanese-war-crimes/introductory-essays.pdf

[10]  マッカーサー戦史室については、GHQ/FEC, Military Historical Section, The Reports of General MacArthur(国立国会図書館憲政資料室所蔵)。

[11]  http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060828/p2

[12] http://www.asyura2.com/0601/senkyo25/msg/557.html

[13] 「『河辺機関』に関する米公文書の要旨」(共同通信二〇〇六年八月一二日)。

[14] 「GHQ資金で反共工作---旧日本軍幹部の『河辺機関』」(共同通信二〇〇六年八月一四日)。

[15] 「旧日本軍幹部利用の工作失敗=情報不正確、中共浸透もーーCIA文書」?(時事通信二〇〇七年二月二六日) http://kihachin.dtiblog.com/blog-entry-563.html

[16]  http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20091003035.html

[17] http://members.jcom.home.ne.jp/katote/0907OGATA.pdf

[18]  http://gensizin2.seesaa.net/article/124279925.html なお、アレン・ダレスと吉田茂の会見は、筆者のウェブサイトで訂正してあるように、一九五二年一二月二六日である。

[19] 井上正也「吉田茂の中国『逆浸透』構想」『国際政治』第一五一号、など。

[20]  加藤哲郎『象徴天皇制の起源ーーアメリカの心理戦「日本計画」』特に第三章、加藤「日本近代化過程におけるマルクス主義と社会主義運動の遺産」『FORUM OPINION』第七号、二〇〇九年一二月、参照。

[21] http://www.archives.gov/iwg/declassified-records/rg-263-cia-records/rg-263-report.html?template=print

http://www.abc.net.au/news/newsitems/200508/s1437314.htm

[22] これまでいくつかの公開講演会配布資料中で、Sima Horia (RC 230/86/24/03)が日本人である可能性を指摘してきたが、英文ウェブ資料でルーマニアのファシストであるHoria Sima(July 3, 1907?May 25, 1993)と特定できたので、ここでは除いている。http://en.wikipedia.org/wiki/Horia_Sima

[23] http://blogs.yahoo.co.jp/huniusami/28061323.html

http://sakura4987.exblog.jp/4958898/

[24]  http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060828/p2

http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/110.html

http://www.asyura.com/09/reki02/msg/212.html

なお、CIA文書中のコードネーム解読は、現在世界中で進められており、ウェブ上にも以下の大きなサイトがある。

http://en.wikipedia.org/wiki/CIA_cryptonym,

http://www.bambooweb.com/articles/c/i/CIA_cryptonym.html

http://www.indopedia.org/CIA_cryptonym.html

[25] 「CIA、故児玉氏を酷評・情報工作『役立たず』」(共同通信,日本経済新聞二〇〇七年二月二六日)。

[26] http://ameblo.jp/aobadai0301/entry-10281193928.html

[27] http://gensizin2.seesaa.net/article/124279925.html

http://members.jcom.home.ne.jp/katote/0907OGATA.pdf

http://www.kit.hi-ho.ne.jp/msatou/06-02/060208amaki.htm

http://www.f.waseda.jp/tarima/pressrelease.htm

http://hakusanjin.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/09726-fe14.html

[28] 秦郁彦『裕仁天皇 五つの決断』講談社、一九八四年、一八四頁。

[29]  川島高峰「新憲法公布前後の国民の意識状況」歴史教育者協議会編『日本国憲法を国民はどう迎えたか』高文研、一九九七年、一四三ー一四四頁。

[30]  J.E.Haynes and H.Klehr eds., VENONA: Decoding Soviet Espionage in America,Yale UP., 1999[中西輝政監訳『ヴェノナ』PHP研究所、二〇一〇年]; J.E.Haynes, Red Scare or Red Menace, IVAN R.See, 1996; J.E.Haynes and H.Klehr,  Early Cold Warm Spies, Cambridge UP., 2006; A.Weinstein and A.Vassiliev, The Haunted Wood,The Modern Library, 1999; J.E.Haynes, H.Klehr and A.Vassiliev, Spies: The Rise and Fall of the KGB, Yale UP., 2009; D.McKnight, Espionage and the Roots of the Cold War, Frank Cass,2005;など参照。なお、冷戦初期のソ連側の情報戦については、イギリスで刊行された「ミトローキン文書」も不可欠で 、そこでは戦後日本社会党・総評と旧ソ連諜報機関の資金を含む関係のほか、自由民主党の石田博英と旧ソ連の関係も記されている。C.Andrew and V.Mitrokhin, The Sword and the Shield: The Mitrokhin Archive and the Secret History of the KGB, Basic Books, 1999; C.Andrew and V.Mitrokhin, The Mitrokhin Archives  II: The KGB and the World, Penguin Books, 2005.

[31]  H.Klehr, J.E.Haynes and F.I.Firsov,The Secret World of American Communism,Yale UP.,1995[渡辺雅男・岡本和彦訳『アメリカ共産党とコミンテルン』五月書房、二〇〇〇年];H.Klehr, J.E.Haynes and F.I.Firsov,The Soviet World of American Communism, Yale UP., 1998. これらによって、旧ソ連秘密資料の一部のみを用いた和田春樹『歴史としての野坂参三』平凡社、一九九五年の野坂像は、大きく書き換えられなければならない。加藤哲郎『ワイマール期ベルリンの日本人』第五章、をも参照。

[32] 加藤哲郎「ゾルゲ事件の新資料ーー米国陸軍情報部(MIS)『木元伝一ファイル』から」(日露歴史研究センター『ゾルゲ事件外国語文献翻訳集』第二五号、二〇一〇年三月)

[33] http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/cia_funded.html

[34]「『CIAが自民党へ資金援助』を検証 日米戦後史の裏面に光」(朝日新聞一九九四年一一月一一日)、「CIAが大規模対日工作 最盛時は要員一〇〇人 自社議員らに報酬も  関係筋証言」(共同通信、中日新聞一九九五年一月六日)、「報酬受け提供『考えられぬ』自民事務局長」(沖縄タイムス一九九六年一〇月七日 )。

[35]  関連報道記事に、以下のようなものがある。「米の機密文書公開に『待った』『対日外交に影響』国務省、 『核』寄港合意・CIAの資金援助疑惑  ケネディ政権下の資料」(朝日新聞一九九四年一一月七日)、「対日諜報網計画ーー戦後、二〇人の工作員投入案 米戦略諜報隊」(毎日新聞二〇〇三年三月二日)、「米の『赤狩り』日本でも五〇年前の議事録発見」(中日新聞 二〇〇四年三月二九日)、「日本版『CIA』の誕生 防衛庁に要員九二〇人」(韓国東亜日報 二〇〇四年六月二〇日)、「自衛隊創設時から極秘に日米作戦計画 首相に報告せず」(朝日新聞二〇〇四年七月一日)、「平和シンボルに昭和天皇を利用 開戦半年後、米国が計画、『象徴』記述 半年早まる 米機密文書から確認 一橋大教授」(中日新聞二〇〇四年一一月七日)、「対外情報機関設置を提言 有識者懇、英MI6『参考』に」(朝日新聞 二〇〇五年九月一四日)、「冷戦末期の対日政策、機密文書判明」(ワシントン、東京新聞二〇〇五年一二月一六日 )

[36] 公開されたFRUS『米国の外交』第二九巻第二部「日本」では、秘密工作に関するライシャワーのホワイトハウスあて書簡など関連公文書を掲載せず 、「編集者による注釈」として、秘密工作の概要だけを説明した。「資金提供で親米政権安定化ーーCIAの対日工作明らかに」(読売新聞二〇〇六年七月一九日)、 「CIAが左派弱体化へ秘密資金 五〇ー六〇年代 保革両勢力に」(共同通信、中日新聞二〇〇六年七月一九日)、「ライシャワー勧告で中止 自民党への秘密資金工作」(共同通信二〇〇六年一一月二三日)。

[37] 「ニュース稿ひそかに収集 CIA、占領下日本で」(共同通信二〇一〇年三月一一日)、「浮かび上がる占領期のCIA秘密活動」(毎日新聞二〇一〇年四月五日夕刊)。

[38]  筆者や和田春樹による旧ソ連秘密文書の研究のほか、最近の下斗米伸夫や富田武の諸研究、参照。

[39]  牟田昌平「戦前の公文書にかかわる神話と現実」は、アジア歴史資料センター創設後五年間の経験にもとづいて「戦前の公文書は、当初の予想に反して系統的に整理され、国の諸機関に残っていることが判明した。貴重な歴史公文書の散逸や廃棄は、戦前の政府機関が所蔵した公文書に関する限り『神話』ではないか」と述べている、小川千代子・小出いずみ編『アーカイブへのアクセス 日本の経験、アメリカの経験』日外アソシエーツ、二〇〇八年、二四頁。

(かとう・てつろう、一橋大学名誉教授・早稲田大学客員教授、政治学)

管理人注:以下の拙稿のビデオ その3からです。管理人もまさかと思っていた「体制の黒幕は左翼にも金を出し大衆を支配していた」なんて驚きですね。左翼だけでなくテロリストも加えると支配の法則が見えてきますね。日本では当時の赤軍派やオームもそれにあてはめてみると頷けます。それが現実であったことを証明する記事は下にあります。つまりありとあらゆるテロリストに金を出しているのは誰か,ということです。

ご本尊のテロリスト一覧

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/39.html

ビデオはhttp://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/981.htmlより











関連記事:円卓会議グループ

https://sites.google.com/site/uranenpyou/home/round_table

Wikiでもアルフレッド・ミルナーはRound Tableの中心人物であったようだ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC

アルフレッド・ミルナーという人物

http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20070416

アルフレッド・ミルナー幼稚園~名ばかりの幼稚園?

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1163.html

ミルナーの記事を読んでいて以下の記事を思い出しました

世界を動かす悪魔の地下経済~コメントに注目

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/482.html#comment


投稿者:まさ
2013/7/11  10:17
この記事の中に出てくるカナダの事ですがほぼ現実にあったのではないかと思えます。自分は縁がありカナダの西部のカムループスと言う田舎町に暫くの間住んでいた事があります。その時にある人物からその町の影の歴史を聞く事が出来ました。その前からある程度の話(宗教、文化を矯正された、言葉を奪われた)などは聞いていましたが。その時聞いた者はネイティブのシュースワップインディアンの子供達の学校で宣教師達が子供達を犯していたという事です。ですからさもありなんです。

http://irsr.ca/kamloops-residential-school/

http://www.canadiancontent.ca/issues/0499firsted.html

投稿者:景子
2013/3/11  18:40
拉致被害者の子供達の中にロスチャイルド家のJacobs氏のお子さんがいることは、嘆かわしいことです。Jacobs氏は愛人に孕ませた子をAmerois城の儀式殺人用に彼は提供しているのです。顔形や目元はJacobs氏に生き写しであるにかかわらず。。。
この城では、表向きは鹿の狩猟ですが、かくれんぼ兼児童狩猟まで行われているのです。王侯貴族や富豪達がライフルで森を逃げ回る子供達を鹿のように射殺するのです。ドーベルマンを連れているので逃げ切れません。
またドーベルマンに一定期間食事を与えず、子供達のいる部屋に放ち、子供を食わせても泣かない女の子の中からMother Godess候補生が選ばれます。
なんとかしてこの子達を強制収容所から解放できないものでしょうか。イランの核施設を視察することをEUが要求するのなら、Amerois城の視察も要求されるべきですよね。
私には早く解放されるように祈ることしかできないけれど、この城の領地内にはカトリック様式のチャペルが城の離れに別にあり、その地下に、1000のライトのあるプラネタリウムがあり、そちらで儀式殺人が行われるようです。教会の庭から地下へ降りる階段があり、7つのファサドがありますが、そこから7人の証人である子供達と彼らに生贄に供される子供達が入場するための7つの入場口があります。

投稿者:景子
2013/3/11  18:25
Amerois城に拉致され監禁されている子供達の中でも、Monarch Beta Sex Slaveとして訓練された美少女で金髪の少女の中でも王侯貴族に気に入られた子は献上されるので生き延びるようです。
http://files.abovetopsecret.com/images/member/16af6c59af6e.jpg
彼女はPatricia Zeevaertと言い、ベルギーのフィリップ殿下の愛人でしたが、奴隷を解放され、普通の一般人になり、競輪選手と結婚しました。

投稿者:景子
2013/3/11  18:10
管理人さんはにわかに信じられないと思いますが、サタニストの時代はもうすぐ終わるのです。この地球にはある時期にさる日本人によって巨大な結界がはられたのです。サタニスト達がどんなに儀式殺人をしても魔界と交信できなくなっており、大混乱が起きているので、イルミナティの権力や権威が大幅に弱まっているのです。
恐れていたロスチャイルドの高齢者のリーダー達が実はすごく馬鹿だったという証言をしている元サタニスト達が急増していると思いませんか?彼らは魔界と交信できなくなったら、自分の能力で対処することができないことが判明し、下部のメンバー達から威信を失っているのです。
サタニスト達は、輪廻転生を超えることができると豪語していましたが、それはサタニストは赤ちゃんのときのDNAのサンプルを特殊カプセルに保管しておき、サタニストの死後、彼らの子孫や側近によってDNAを再生し、儀式殺人を行い、魔力によって彼らの魂を新しいDNAに吹き込むという方法で、とかげのように再生し、何世紀にも渡って死んでいなかったのです。
半分、アトランティス文明の高度テクノロジーであり半分魔界との交信によって再生していましたが、地球に張られた結界によって魔界と交信することができなくなった為、、彼らは再生すらできなくなってしまったのです。つまり、彼らは輪廻転生に今後、落ちるということです。どんなに悪事を重ねても地獄の火に焼かれる運命から逃れる方法を知っていると思ってほくそえんでいたサタニスト達が、今顔面蒼白になっているのは、魔界と交信できなくなったことによって新兵器やら株式情報やら巨万の富を得る方法を魔界に質問できなくなったばかりでなく、地獄の業火に焼かれる運命が待ってることの恐ろしさに震えおののいているのです。
管理人さんは、これからやるべき役目があると思います。神の道、人の道、法の道の3つを守ってこそ運命が守られる時代が来るのです。見せ掛けだけの信仰で、隠れて殺人をやってもばれなきゃとがめを受けずに済むという時代はもうすぐ終わるのです。

投稿者:景子
2013/3/11  18:10
ドラゴン座から来たピンダロス、ピンダール(PINDAR)はThe Lizard Kingトカゲ王であり、現在、ピンダロスは、人間のベルギー人に憑依しており、その霊的な名前を
「The MARQUIS DE LeBEAUX」と言われています。何故ベルギー人だと言われているかと言えば、彼がベルギーのAmerois城で育ったからです。
PINDARとはエンディバラ公フィリップ殿下のことですが、彼はフランス語、ドイツ語が堪能であり、秘密主義が徹底しているイルミナティの世界では、PINDARとして誰かに会うときは彼は仮面に
マントをつけて身分を隠して登場します。Amerois城に精通しているので、いつしかPINDARはベルギー人だとささやかされるようになったと推測します。
PINDARは、仮面にマスクをつけて、世界中の「ルシファーの花嫁」の候補達に、マンツーマンで講義をすると言われています。この講義を終えたら、すべての項目をクリアしたことになり「ルシファーの花嫁」として
Mother goddessになれるのです。冷静に考えればイルミナティの真の支配者であるPINDARは、エリザベス女王の夫君ほどの身分のある人間でなければ支配など無理でしょう。

私は、ノストラダムスの予言に彼の死について予言されている詩を見つけました。

Mabus puis tost alors mourra, viendra
De gens & bestes vne horrible defaite :
Puis tout à coup la vengence on verra
Cent, main , soif, faim , quand courra la comete

そしてマビュスがその時すぐに死ぬと、到来するだろう、
人々と獣たちの恐るべき崩壊が。
そして突然目撃されるだろう、報復と
100の手、渇き、飢餓が。彗星が巡るであろう時に。

MabusとはPINDARであるThe MARQUIS DE LeBEAUXすなわちエンディバラ公フィリップ殿下のことであり、3月10日ごろから4月の下旬にかけて現れるパンスターズ彗星の出現の間に、お亡くなりになると私は思います。
そしてイルミナティのサタニストの組織そのものの崩壊が目撃され、生き血を飲めなくなったレプティリアン達はのた打ち回って苦しんで亡くなることをノストラダムスは予言しています。
 
 
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