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不可知論者ってな~に?

 投稿者:Legacy of Ashes の管理人  投稿日:2015年 7月 5日(日)18時29分40秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://oshiete.goo.ne.jp/qa/295111.html

関連記事:オカルト陰謀論にはまっていくと.....

http://sahara13.blog112.fc2.com/blog-entry-10.html

オカルト陰謀論にはまっていくと、人は神話的岐路に直面する。仲間うちではこれを<チャペル・ペララス>(=危険な礼拝堂)と呼んでいるが、向こう側に出るときには、まったくの「パラノイア」か「不可知論者」になってしまう。ロバート・A・ウィルソン「コスミック・トリガー」より

あのネクロノミカの不吉な啓示が下ってから、私はふと気付いた。
部屋の本棚から投げかけられる視線。
それは怪しげな書物の中で未読のまま忘れ去られようとしていたイルミナティの目だった。

途中ですが..........

ビル・ゲイツ人口削減はワクチンで その1

http://satehate.exblog.jp/14274543/

ビル・ゲイツ人口削減はワクチンで その2

http://satehate.exblog.jp/14275029/

cosmic trigger

本の名前は「コスミック・トリガー」
70年代に元プレイボーイのライターによって書かれた伝説の本である。
一説によると「イルミナティ」を世に広めたのは、この本の作者=ロバート・A・ウィルソンらしい。

これは単なるトンデモ本でない。
メスカリンの話から始まり、ティモシー・リアリーにまつわるエピソードを網羅したサイケデリックなオカルトリップ・マニュアルなのだ。

この奇書が、私にとって特別な意味合いをもっていることは、本をめくってみてすぐにわかった。
なぜなら、私を凍りつかせるに充分な書き出しで始まっていたからだ。

あの偉大なH・P・ラヴクラフトが、こんな風にはじまる小説を書いていてもよかったのではなかろうか。
「私があの不吉なバヴァリアン・イリュミナティをめぐる恐怖の神話、ある人々には世界を支配するためのものと信じられている陰謀論の調査にとりかかった運命の日から、もう13年近くたとうとしている」―と。

ネクロノミコンの作者、ラヴクラフトの名前が出てこようとは、これはたんなる偶然なのか?
今、直面しているあの「ネクロノミカ」の謎を解く鍵がどうやらこの本に託されているのではないか?

私は目に見えぬ何者かに指示されているかのようにコズミック・トリガーをむさぼり読んだ。

そこには、ジム・キャリー主演の映画で題材となった「23のエニグマ」についての記述があった。

60年代初頭、タンジールにいたバロウズ(ウィリアム・S・バロウズ)は、タンジールからスペインへ航海するフェリーの船長、キャプテン・クラークと知り合った。ある日、クラークはバロウズに、自分は「23」年間無事故でフェリーを運転してきた、と自慢気に語った。そしてその話を聞いたまさにその日、フェリーは沈没し、クラークと乗客は全員死亡してしまった。

その夜のことである。バロウズはラジオを聞きながらこの思索にふけっていた。
すると、ニュースキャスターが、ニューヨーク-マイアミ間のイースタン・エアラインの事故を報道した。
その事故機の機長がまたキャプテン・クラークで、しかもその便は「23」便だった。
これを機にバロウズは奇妙な偶然の一致をとりはじめた。すると、驚くべきことに、その多くに「23」という数字が出現していたのだ。

ん、ちょっと待て!あの天から降ってわいたような謎の足形を発見したのは確か23日じゃないか!

こうなるとチャペル・ペララス(危険な礼拝堂)へようこそである。

秘教世界で重要とされる数字は「5」である。

2+3=5

ピースサイン、メロイックサインは指を2本突きたて3本折る。
これもまたイルミナティの秘密のサイン。

そして昨日コンビニでのお会計は¥666

ほどなくダークエナジーとのコンタクトが実現した。

私は不可知論者です。

質問者:otafuku-tiger
質問日時:2002/06/1

外国人に宗教を尋ねられた場合、タイトルのように答えるのが一番よいと聞いたことがあります。

この英語表記または、その理由について教えてください。

この質問への回答は締め切られました。

No.4

回答者:dora1
回答日時:2002/06/29 10:59
  .
ameno_oshioさんの
> 日本人の場合、新年には神社にお参りをし...

で思い出しました。私の知り合いで、「half-Buddhist, half-Shintoist」で通している人がいます。ほんとに仏教半分、神道半分ですから、実際の行動との間に矛盾がないのが、この説明のいいところだと思います。ただし、補足説明はいりそうですが。

親しくおつきあいする方にはこういう説明もよいのではないでしょうか。

回答者:noname#6938
回答日時:2002/06/20 03:12
  .
 ご質問のような会話がどのような文脈でなされたのか分かりませんが、以下のように考えます。

 日本人の場合、新年には神社にお参りをし、結婚式を教会で挙げ、死を迎えるとお寺で葬式を挙げたりと、多種多様な宗教的儀式を行います。かといって、参拝や礼拝などといった行為を日常的に行うことは少なく、経文経典などを読むということも稀なため、外国人から見れば、このような日本人の柔軟性を確固とした宗教観を持たない無神論者(atheist)と誤解してしまうのかもしれません。

 もちろん、無神論者とは、神の存在を否定する立場の人々のことを言いますが、外国ことに絶対神の存在を当然のこととするキリスト教社会の欧米では、多くの場合無神論を主張することは、社会的地位や対人関係などで不利益を被る場合も無きにしもあらずなのかもしれません。またアメリカなどでは無神論は唯物史観との関連で、共産主義を想起させ、受け入れがたいという可能性もあるのでしょう。

 これに対して、宗教的な意味での不可知論者(agnostic)とは、たとえ神が存在したとしても、その存在や性質を認識することはできないと主張する人々のことです。前者は神の存在を全く否定しているのに対して、後者は神の存在を否定しているわけではないので、この点で大きな違いがあります。

 そもそも不可知論の歴史は古くギリシア哲学まで遡ることも可能なのですが、分かりやすくたとえて言えば次のようなことだと思います。ある朝、喫茶店で私に一杯のホットコーヒーが出されたとします。わたしにはこのコーヒの色は、赤っぽく、豆の香りが香ばしく、熱さも丁度よく、味もコクのある、「おいしい」コーヒーであったとします。同じ朝、otafuk-tigerさんにもこのコーヒーが出されたとします。ところがotafuk-tigerさんにはこのコーヒーは黒っぽく、香ばしさに欠け、熱すぎで、味もコクもない、すなわち「まずい」コーヒーでした。同じときに入れた同じコーヒーなのに、二人の間でこうも感じ方が違うのはなぜでしょうか。もしかしたら、私がコーヒーにはシロウトなのに対して、otafuk-tigerさんはコーヒー通だったのかもしれません。あるいは、私の体調がよかったのに対し、otafuk-tigerさんがたまたま風邪気味だったのかもしれません。あるいは二人が座った席の関係で、私のコーヒーには日差しが当たっていたのに対し、otafuk-tigerさんのコーヒーは陰になっていたのかもしれません。ともかく私たちに出されたコーヒは同じ物であるにもかかわらず、二人にとっては、まったく違ったコーヒーになってしまったわけです。こうなると、そのコーヒーは本来はたして赤っぽいのか黒っぽいのか、香ばしいのかそうではないのか、熱いのかぬるいのか、コクがあるのかないのか分かりません。これは二人がコーヒーの存在を感覚によって認識しているためにおこるのであって、感性は人それぞれですから二人のコーヒーはまったく違うもののようになってしまったと考えられます。かといって、私たちはそのコーヒーそのものの存在自体を否定したとは言えません。このように、不可知論とは、咀嚼して言えば人間の理性は現象界の背後に予測される物自体を認識することはできないということをめぐる認識論なのですが、これを宗教的に考えてみると、神の存在認識に関わる前述したような宗教的議論が主張されるわけです。

 不可知論は、このように哲学的な背景と歴史を持った立場なので、西欧の知識人やブルジョア階級にもひとまずは通用する立場だと言うことができる……ということだと思います。ちなみに英語表記ですが、

I'm an agnostic.
私は不可知論者です。

でいいと思いますが、いずれにせよ、不可知論者でないにも関わらず不可知論者ですというのはあるべき態度だろうかとも思いますが…。

お分かりいただけたでしょうか?

参考URL:http://www1.cominitei.com/monolog/S1.html

この回答への補足

神秘的なイメージと混ざり合って。

この回答へのお礼

丁寧に返答ありがとうございます。

認識論のことは深く考えたことがありませんが、ameno_oshioさんのわかりやすい解説で少しはつかめたような気がします。

ですが、普通の日本人が「私は不可知論者です」と言ってもなんだか凄みがないし、実情に合わないように感じるのはわかるような気がします。

不可知論者というには「いるかもしれないけど、いないかもしれない」と言ったように、ある程度の試行錯誤の後に出た立場の表明であると理解します。

やはり、無難に仏教徒とでも言っておいたほうがいいんですかね。西洋の人にはイスラムなんかよりよっぽど未知だし、多分よくわからないでしょうしね。
また、多くの西洋人はチベット(チベット仏教だが)に対して憧れを持っているようなので、その辺が交じり合って尊敬されたりするかもしれませんね。

関連記事:23エニグマ

https://ja.wikipedia.org/wiki/23%E3%82%A8%E3%83%8B%E3%82%B0%E3%83%9E

23エニグマは、特に災害に関して大きな重要性を持つ。

23に関わる特殊な状況は、作家ウィリアム・S・バロウズによって言及されている。23年間にわたり無事故で同じ航路を辿っていると主張する、クラークという名前のフェリーの船長との会見の物語を、バロウズは伝えている。しかしながら、正にその日にそのフェリーは沈没した。その後にニューヨーク・マイアミ航路上の23便の墜落事故を耳にした時、クラークのフェリー事故について考えていた事をバロウズは書き記している。バロウズによれば、その便のパイロットの名前もまたクラークであった。バロウズはスクラップブックに数字の23にまつわる出来事の発生率の記録を集め始め、著作の中でそれらの記録について言及している。

更に、23エニグマは、ロバート・アントン・ウィルソンとロバート・シェイのイルミナティ三部作 The Illuminatus! Trilogy や、同様に『プリンキピア・ディスコルディア』 The Principia Discordia でも触れられている。これらの作品では、23とは運勢を代替する数であり、不和の女神エリスに捧げられた数字であり、明白に奇怪な数であると見做されている。『プリンキピア・ディスコルディア』はこの説明に際して、2+3=5としてロウ・オブ・ファイブズに言及している。

ある特定の数は、長い間特殊な一致性に関連付けられてきたが(13と17も同様に好まれている)、23エニグマは、正にアポフェニア(訳註:無作為あるいは無意味な情報の中から、規則性や関連性を見出す知覚作用)の一例と見做しうる。更にメディアや最新の出来事、日常生活の中で、非常に低い数である23は、頻繁に現れるという事実がある。23エニグマの信者が23の存在が「啓示」される過程の捜索を楽しんでいる一方で、懐疑論者は災害や偶然の一致において、23という数字が22や24よりも頻繁に現れない事を指摘している。

ナンバー23という映画

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC23



 
 
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