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本多静六地球の名言

 投稿者:Legacy of Ashes no  投稿日:2015年 7月25日(土)13時05分44秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RA2DP35rJVHgIAu5SJBtF7?p=%E6%9C%AC%E5%A4%9A%E9%9D%99%E5%85%AD&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=

関連記事:本多静六さんはどろ亀先生こと高橋伸清さんの先輩にあたる方です。

森と曼荼羅参照のこと

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/9.html

歳を重ねても預金が一千万円に届かない御仁は本多静六さんの1/4強制天引き法を見習いましょう

http://ameblo.jp/studyja/entry-11257676969.html

成功の鍵は「やり抜く力」

http://headlines.yahoo.co.jp/ted?a=20150706-00001733-ted

世阿弥曰く....運気を上げるには?

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/105.html

はじめに~http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/95.html

天竺(てんじく)から慈悲の心 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/300.html

天竺(天竺)から慈悲の心 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/301.html

六波羅蜜と無財七施

六波羅蜜の中でお布施を考えてみましょう。お釈迦様(釈尊)は「無財七施」ということを言ったそうです。(お金や品物がなくてもお布施が出来るということ)

愛語施
道元は「面(むか)いて愛語を聞くは面(おもて)を喜ばしめ,心を楽しくする。面わずして愛語を聞くは,肝に銘じ魂に銘ず」と言いましたが,思いやりのこもった暖かい心をかけること。(コメントのMSさんなどの暖かい心が愛語施です)

身施
捨身施とも言う。肉体による奉仕。

心施
善意の真心で他人や他の存在に対する思いやり。

床舎施
自分の席をゆずること。

房舎施
我が家を一夜の宿に貸すこと。

慈眼施
優しいまなざしであり,そこに居るすべての人の心がなごやかになる。

和顔施
柔和な笑顔を絶やさないこと。

色即是空空即是色ではなく,物で栄えて心で滅びる色即是色は現代社会に蔓延しています。お金や品物がなくてもお布施が出来るという無財七施ということを学びましょう.......。

六波羅蜜とは....

http://rokuhara.or.jp/rokuharamitsu/

世の中には
濡れ手で粟を掴むような旨いことが、
そうザラにあるわけのものではない。

手っ取り早く成功せんとする人は、
手っとり早く失敗する人である。

秦の成功には速成もなければ、
裏道もない。

あせらず怠らず、
長い道を辛抱強く
進んでいくよりほかはない。


愚鈍な生まれつきでも、
努力次第で何事にも成功する。


私が平凡愚劣の生まれつきをもって、
しかも、なおかつ割合に
幸福感謝の長い人生を享楽し得たのも

ひとえにこれ、
早くから自らの「人生計画」を立てて、
実行に努力してきたおかげである。


人並み外れた大財産や名誉は、
幸福そのものではない。

身のため子孫のため、
有害無益である。


人間は活動するところ、
そこに必ず新しい希望が生まれてくる。

希望こそは、人生の生命であり、
それを失わぬ間は、
人間はムダには老いない。


よき人生は、
よき人生計画に始まる。


満40才までの15年間は、
馬鹿と笑われようが、ケチと罵られようが、
一途に奮闘努力、勤倹貯蓄、
もって一身一家の独立安定の基礎を築くこと。


人生は生ある限り、これすべて、
向上への過程でなくてはならない。
社会奉仕への努力でなくてはならない。

もし老人のゆえをもって、
安穏怠惰な生活を送ろうとするならば、
それは取りも直さず人生の退歩を意味する。


人は気の持ち方一つで、
陽気にも陰気にもなり、
愉快にも悲しくもなるものである。


人が職業を選ぶには、
よく自分の体質や性格を考え、
師父先輩の意見を尊重堪酌して
選ぶべきであるが

一度これを決した上は、
もはや迷わず、疑わず、
専心その業に勉励することである。


人の長所を用いれば、
世に捨てるべき人物なく、
人の短所を責め、完璧を求めれば、
天下に用いるべき人物はいなくなる。


真の成功には速成というものはない。
ただ除々に確実に急がず休まずに進む以外に
名案良策はないのである。


もし止むを得ず、
他人の説や他人の仕事を批評する場合には、
必ずその改良案を添えることである。

単に人の説を攻撃し、破壊するだけでは、
何ら世のためにならないばかりでなく、
かえって恨みを買って敵をつくることにより、
成功する上で大損である。


いかに有為有能な人材でも、
一つの仕事に打ち込んで、
それを大成せぬ間に
他の仕事に眼を移したり、
中途で放り出したまま、
他へ転ずるというようなことでは

精力の分散となって、自然無駄も多く、
ついにその初めの一事さえ、
成功しがたいことになるのである。

これに反して、
いかに微力不才と思う人であっても
その全力を一つの目的に集中すれば、
必ずある程度の成果が勝ち得られる。

したがって、何人も一点に集中、
一事に沈潜し、
専心その業を励むにおいては、
成功うたがいない。


善を称し、
悪を問わないこと。


最も適当な速度は、
それがいかにのろくとも
まず息切れしない程度を
終始その標準とすべきもので

急げば急ぐだけ、
先へ行って休む時間も多くなる。

あまりにも度々休むことになれば、
速歩も漫歩に後れるばかりでなく、
疲労のくることも早く、かつ大きい。

登山も人生も同じで、
牛の歩みよりおそくとも
倦まず、たゆまざることを、
第一の心掛けとしなければならぬ。

そこに山登りの秘訣があり、
人生行路の妙法がある。


事いまだ成らざるは、
時節いまだ来らざることを信じて
さらにいっそうの努力を続け、
その時節の到来を待つべきである。


銀はどうせ銀、
銀なりに暮らせばいいのであるが
さらに人生をより安全にし、
生活をより健全にしようとするならば

むしろ一歩を退いて、
事実は一歩を進めて
実力以下の銅なり、
鉄なりの生活から
出発していくべきではなかろうか。


何人も「貯金の門」をくぐらずに、
巨富には至り得ない。


凡人者の天才者に対する
必勝とまではいかなくとも、
少なくとも不敗の職業戦術がある。

それは「仕事に追われないで、仕事を追う」
ことである。


人生即努力、努力即幸福、
これが私の体験社会学の最終結論である。


この世の中は
鏡のようなものである。

自分が額に八の字を寄せて向かえば、
世の中という鏡もまた
自分に八の字を寄せて睨みかえす。


本業第一たるべきこと。
本業専一たるべきこと。
一つのことに全力を集中して
押し進むべきこと。

これが平凡人にして、
非凡人にも負けず、天才にも負けず、
それらに伍してよく成功をかち得る
唯一の道である。


最高の満足は、
努力そのものの中にある。


熱心はよいが、
執着は物事に対する判断を偏狭にし、
能率を下げる。

したがって、執着とならないように、
仕事が終了したらひとまず
それをきれいに忘れるか、
あるいは他に気分を転換する方法を
講じるとよい。


人生最大の幸福は
その職業の道楽化にある。

富も名誉も美衣美食も、
職業道楽の愉快さには遠く及ばない。


努力の前に閉ざされた扉は、
一つもない。


貧乏や失敗は、
人間が一人前になるのに、
どうしても一度は
やらねばならぬハシカだから、

同じやるなら、
なるべく早いうちにやるがいい。


世の人の成功不成功といった
事績を調べてみると、

大体その両者の努力には、
大差がないにもかかわらず、
不成功者はいずれも
いま一息というところで
肝心な打ち込み方が足らない。

山登りにたとえるならば、
八合目、九合目あたりで苦しくなりいやになり、
ついにその登坂をあきらめるか、
思いかえして
他のコースに転じたりするからである。


貧乏に強いられて
やむを得ず生活をつめるのではなく、

自発的、積極的に勤勉貯蓄につとめて、
逆に貧乏を圧倒するのでなければならぬ。


金儲けを
甘くみてはいけない。

真の金儲けはただ、徐々に、
堅実に、急がず、休まず、
自己の本職本業を守って
努力を積み重ねていくほか、
別にこれぞという名策名案はない。


世俗的な成功の第一義は、
まずなんとしても経済生活の独立にある。

これなくしては何ごとの成功もおぼつかなく、
またどんな成功も、
本当の成功とは世間で認めてくれない。

この人生に最も大切な経済生活の独立には、
どんな職業であるかにかかわらず、
積極的に働いて、消極的に節約耐貧するより
ほかに道はない。


人生の最大幸福は職業の道楽化にある。
富も、名誉も、美衣美食も、
職業道楽の愉快さには比すべくもない。


人間は働けば働くほど、
かえって丈夫になるものである。


元来貧乏ということは、
自分の欲しがるものが
持てないということであるから、

たとえ貧乏していても満足することを知り、
自分の力量を知って無理な望みを起こさず、
何も欲しがらないでいる人は、
すでに貧乏ではなく、
富裕な人と同じである。


間奮起するのに、いまからではおそい
ということは決してない。

本人一代のうちに余年がなければ、
きっとだれかが代わってこれを完成してくれる。


成功した人は決してその職業を
月給のためや名誉のためだけで
やってきた人ではなく、

必ずその職業に趣味(おもしろみ)を持ち、
道楽的に励んだ人に相違ない。


労働者でも、商人でも、学生でも、
学者でも、百姓でも、
その他いかなる職業でも、

少し努力を続けさえすれば、
必ずその職業に趣味を生じ、
道楽化することができる。


およそ人生には、
死んだつもりで努力忍耐すれば、
成し遂げられないことは
何一つないはずである。


他人との比較で、
自分を疲れさせてはならない。


人の真価は、
ただ努力によってのみ発揮されるから、

努力を欠く人は、せっかく持っている、
自分の真価を発揮することなく、
何一つ成功できずに世を終えることになる。
これほど哀れむべきことはない。


人生の成功と幸福は、
青少年時代の汗の量に比例する。


努力の「醍醐味」を知る人に、
不幸なし。


人生最高の幸福は、
社会生活における
愛の奉仕によってのみ生じる。

わかりやすくいえば、
他人のために働くことだ。


人は自分の実行能力と、
自分の心持ちとにふさわしい生活を営む時、
もっとも完全な幸福に浸り得る。


今日のわれわれの生活、
すなわち人生は徹頭徹尾、努力であり、
努力に努力を重ねていくところに、
初めて自分の人生の意味があるといえる。

努力なしに人生はなく、
人生のあらゆる幸福・慰安・休息も、
さらには、喜悦も満足も、感謝も、進歩も、
すべて努力を通してのみ初めて得られる。

結局、人は一生涯、努力を続けること、
しかも楽しく努力することこそ、
すなわち人生であると、
徹底的に悟らなければならない。


人間というのは、
結果を得て幸福になるのではない。
努力そのものが幸福なのだ。


比較の対象は他人ではなく、
自分の中におくこと。


富も名誉も身体が健康であってのことで、
たとえ金貨の上に寝起きし、
百円札の蒲団に包まっていても、
足腰の立たない病人に何の幸福があろう。

薬瓶を抱えて天下国家を論じても、
何の権威があろう。

金殿王楼のうちに、
肝臓病や糖尿病で苦しんでいる人よりも、
法被一枚で鼻唄でも唄いながら
野外で働いている労働者のほうが、
どれだけ幸福だかわからない。


いかに微力な人でも、
その全力をただ一つの目的に集中すれば、
必ずそのことを成就し得るし、

逆にいかに有為な偉い人でも、
多くの目的に力を分散すれば、
一事も成すことはできない。


社会人として成功するには、
とくに人格の根底である品性を高尚にし、
悪癖の矯正に努めなければならない。

品性の高尚な人は、
しだいに社会の信頼と尊敬を受けて、
徳望おのずから高まり、
自然に成功の域に達するものである。

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