teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:413/3558 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

チャペル・ペララス

 投稿者:Legacy of Ashes の管理人  投稿日:2015年11月30日(月)01時00分17秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.asyura2.com/sora/bd8/msg/192.html

関連記事:陰謀論を暴露するということ

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1089.html

投稿者 SP' 日時 2000 年 7 月 11 日 15:03:47:

『コスミック・トリガー イリュミナティ最後の秘密』(ロバート・A・ウィルソン著、武邑光裕監訳、八幡書店)より。下線は原文中では傍点、太字はそのまま。

 あの偉大なH・P・ラヴクラフトが、こんなふうに始まる小説を書いていてもよかったのではなかろうか。
「私が、あの不吉なバヴァリアン・イリュミナティを巡る恐怖の神話、ある人々には、世界を支配するためのものと信じられている陰謀論の調査にとりかかった運命の日から、もう一三年近くたとうとしている」--と。
 ラヴクラフトのヒーローよろしく、私はその先に待ち受けている危険については全く考えもせぬまま、この調査に乗り出した。つまり、自分では政治的パラノイアの典型的なケースの研究をしているだけだと思っていたし、このようなバカげた下らない陰謀理論に、他の点では全く正常な人々が魅きつけられ、寄付金を出したりするその心理の仕組みに関して、何らかの洞察が得られればよいとだけ期待していた。
 最終的には、私はロバート・J・シーとの共著『イリュミネイタス』という、陰謀をテーマにした三巻本の風刺小説を書きあげた。このように消耗的に長い小説を完成したことで、この研究対象に関する私の興味はつきてしまっても、全くおかしくはなかった。にも拘わらず、私の研究はある種ミステリアスな力学によって、明らかに加速され続けた。
 私はイリュミナティに霊的に呪縛されてしまったのだ。ベッドシーツの中に潜むタランチュラや、かつては愛した女の笑い声の如く、忌まわしいイリュミナティは、簡単に忘れたり無視したりすることのできない存在となった。このことは、私の内なる「懐疑家」、つまり私の中にある二四の自我のうち、他の自我全てに対して拒否権を持ちうる唯一の自我である「懐疑家」にとって、最大の悩みとなった。
 結局、イリュミナティに対する興味は、私をびっくりハウスにつれこんでしまった。二重、三重スパイやUFO、大統領暗殺計画、一ドル札に描かれている不吉なシンボル、シリウスからのメッセージ、神のみぞ知るところから齎されたパンケーキ、如何わしきアレイスター・クロウリー、ユリ・ゲラーの周りを飛び回る奇妙な鷹、未来主義者、不死論者、この惑星から飛び去っていく計画や量子力学の最新のパラドックスなどが呼び物の宇宙的びっくりハウスにである。私はその中に随分長いこといるが、コブラのいる暗がりで、コブラに見つかる前にそれを捕まえようとするようなもので、退屈することはない。
 簡単にいうと、バヴァリアン・イリュミナティ・パズルの背景は以下の通りである。
 一七七六年五月一日、ドイツのバヴァリア(バイエルン)において、インゴルシュタッド大学のカノン法の教授であり、前イエズス会士のアダム・ヴァイスハウプト博士が、ドイツのフリーメーソン・ロッジの内部に、オーダー・オブ・イリュミナティという秘密結社を創立した。メーソンはそれ自体が秘密結社だから、イリュミナティはいわば秘密結社の中の秘密結社、ミステリーの中のミステリーだった。一七八五年、イリュミナティはヨーロッパの全ての王権、ひいてはローマ教皇までをも転覆させる計画を企んでいたという嫌疑で、バヴァリア政府によって弾圧された。
 ここまでは概ね、全ての歴史家によって認められている。その他の事柄については、全てが熱を帯びた、ときには醜悪でさえあるような論争の的となっている。
 ヴァイスハウプト博士については、様々な説がある。彼は無神論者だったとか、カバラ魔術師、理性論者、神秘主義者、民主主義者、社会主義者、アナーキスト、ファシスト、マキャベリ的反道徳主義者、錬金術師、全体主義者だとか、「熱心な博愛主義者」(因みにこれは第三代合衆国大統領トマス・ジェファソンのセリフである)なのだと主張されてきた。
 フランス革命や、アメリカの独立革命を背後で操ったのもイリュミナティであり、全世界をその支配下に収め、共産主義を背後で企画したのもイリュミナティである。また彼らは今もなお地下に潜伏し続け、そのバカバカしい目的にうんざりしながらも、秘密の悪魔崇拝を行っている--とされる。
 ヴァイスハウプトがイリュミナティを設立したのではなく、彼はただそれを復活させただけなのだ、と主張する者もいる。かくして、イリュミナティ結社の起源は、テンプル騎士団、古代ギリシアと初期グノーシスのカルト、古代エジプト、はてはアトランティスにまで遡ってしまう。
 概して言えることは、ヴァイスハウプトによる秘密維持のもくろみはうまくいったということだけである。結社の実際の目的、或は「内的秘密」とは一体何だったのかということに関して、意見の一致をみたイリュミノロジーの研究者が二人とあった例しがない。一度この題材の研究に本気で関わってしまうと、そこには薄気味悪い思弁と、衒学的パラノイアに至る無限の奥行きが待ちかまえている。
 一七七六年以来、各世代毎にセンセーショナルな「秘密暴露」の波が涌き起こった。もしこれらの煽情的な研究を信じるならば、いまいましいイリュミナティは、世界のあらゆる悪事の根源であるということになる。それは例えばエネルギー危機から、自分の家には配管工さえ来てくれないといったことまで、全てなのだ。
 例えばこの国における最初の反イリュミナティのヒステリー的運動の爆発は、一七九〇年、狂信的な連邦主義者たちによって惹き起こされ、その攻撃は「トマス・ジェファソンと民主共和党は、ヨーロッパ・イリュミナティの手先だ」ということに集中した。
 二番目の刺激的な暴露騒ぎは、一八四〇年代に勃発し、フリーメーソン秘密結社反対党によって流布された。彼らは、イリュミナティがメーソンを支配し、政府のあらゆるレベルに浸透している、と信じていた。
 この訴えの両者ともが、イリュミナティを、フランス革命の極左の伝統に由来するラディカルな民主派や、際立ったアナーキスト集団であるかの如く描いている。最近の反イリュミナティ的文献--それらの大半は反ユダヤ的右翼によって書かれたものだが、そこでは、イリュミナティは国際的な共産主義と金融業の支配者として描かれる。これらとは別の、もっと奇妙な反イリュミナティ理論は、こうした政治的陰謀説としばしば相互に影響しあいながら、イリュミナティをナチ、黒魔術師、霊的に人々を操作する集団、悪魔主義者であると結論づける。
 しかしこれらの説は、反イリュミナティ交響曲の単なる主旋律であるにすぎない。様々な奇抜な説を口喧しくがなりたてる連中は、それこそ数えきれない程いる--例えば『高IQ報告』という訳のわからない雑誌の編集者フィリップ・キャンベルとアーガイル・スミスは、イリュミナティはこの惑星では「ユダヤ人」と呼ばれているが、実際はバルカン星からやってきたインベーダーなのだ、と主張している。
 残念ながら題名は忘れてしまったが、こんなふうに書いてある本もあった--イリュミナティはフリーメーソンに潜入したイエズス会の陰謀組織で、真のコントロールが本当はヴァチカンからなされていることを人々に 悟られないように、メーソンの隠れ蓑を使って世界を支配下においたのだそうな……。
 更に、このような陰謀説と、それとは明らかに矛盾するような事実(即ち前世紀を通じて、全ての教皇たちがメーソンに対して猛烈な非難を浴びせ破門をしてきた事実や、メーソン・ロッジによる数々の反カトリック的宣伝)をうまく両立させる典型的な工夫として、これらの事実こそが、実は「隠蔽工作の一部」だというのだ。
 そして勿論、全ての反イリュミナティ論者が、憂鬱なことに、以下の点に関しては意見の一致をみている。即ち、バヴァリアン・イリュミナティについて、余りにも知りすぎた人々は、大抵不幸な出来事にみまわれる--
 私はかつて、KGOサンフランシスコ局の『ラジオ・ショー』という視聴者参加のトークショーに、ゲストとして招かれたことがある。そのとき電話してきた女性が、私のことをイリュミナティに関して余りにもたくさんのことを知っているので、きっとその一味に違いないと言った。
 私は気紛れにこう答えた。「恐らく、イリュミナティの秘密というのは、自分がその一員であるということが、抜け出すには遅すぎるときまでわからない、ということなのですよ」
 この答えは、彼女には少し抽象的すぎたようだった。「それで……」彼女は勝ち誇ったように自分のシナリオで話を続けた。「あなたたちは連邦銀行や、モルガン、ロックフェラーの銀行をコントロールしているのでしょう」
「ええと……私は一時的に懐疑家から風刺小説の作者にかわった。「それを完全に否定することはできませんな。私だって自分の与信ランクをよくしようとしない訳にはいきませんからね」
 この女性は恐らく、今でも友人たちに、自分がいかにしてラジオでイリュミナティの一味にその正体を白状させたか、自慢して話していることだろう。
 実際のところ、私はイリュミナティの存在を頭から否定する訳ではないが、同時にまた、その存在を完全に信じている訳でもない。これから暗黒の中へと入っていく前に、この奇妙な私の意見について、手短かに説明させてもらおう。

 オカルト陰謀論にはまっていくと、人はやがて神話的広がりをもった岐路に直面する。仲間うちでは、これを〈チャペル・ペララス〉(=危険な礼拝堂)と呼んでいるが、向こう側に出るときには、全くの「パラノイア」か「不可知論者」になってしまう。別の道はない。私の場合、「不可知論者」になって出てきた。

〈チャペル・ペララス〉は「私」と称される不可思議な存在と同じく、時空連続体に固定することはできない。質量がなく、無味無臭で、通常の計測器具によって検出することはできない。実際、「自我」同様、その存在を否定することだってできる。そしてまた、「自我」同様に、一旦中にはいってしまうと、そこから抜け出すことはできない--それは思考によって存在させられ、思考の外にはそれも存在していないのだ、ということに突然気がつくときまでは……。
〈チャペル・ペララス〉の中では、あなたの畏れるもの全てが、お世辞たっぷりのお喋りと共にあなたを待ちかまえている。しかしもし、直観の杖と共感の聖杯、理性の剣と勇気のペンタクル(五芒星)で武装してはいってゆくならば、きっとそこで(伝説に語られているように)錬金術の妙薬、生命の霊薬、賢者の石、真の叡智と完全なる平安を得ることができるだろう。
 これは、伝説が常に語るところだ。神話の言語は詩的な意味で正確なのだ。
 例えば、もしその領域に理性の剣なくして赴けば、心はそれに囚われてしまう。また、理性の剣だけを携えて、共感の聖杯なしに入りこむと、ハートを失ってしまう。更に、直観という杖なしでアプローチすると、そこに既に辿り着いていることも気づかぬままに、ドアの前で何十年も立ちつくしてしまうことになりかねない。自分は今、バスを待っているのだとか、部屋から部屋へどこかに置き忘れたタバコを捜しているのだとか、TV番組を見ているとか、どうにでも解釈できる訳のわからない本を読んでいる最中なのだと思いこみながら……。
〈チャペル・ペララス〉はこのように、トリッキーなのだ。(p13-19)

 全ての陰謀マニアはいつかは迫害される。これが社会学的法則であることに、私は自分の一生を賭けてもいい。実際に、私が今までに知りあったどの陰謀探究グループをみても、このことが立証されてきたからだ。
 恐らく、神経症患者が自分で問題をつくり出しているのと同様に、陰謀探究者自身が迫害をつくり出しているのか、或は『イリュミネイタス』の気違いじみた皮肉は結局のところ真実で、想像されうるあらゆる陰謀は本当に存在するかのどちらかであろう。
 後に残るのは、イエズス会がこの世を管理していると信じる者も、世界がシオンの兄弟によって支配されていると信じる者も、同様に迫害されるという事実だ。勿論世界がロックフェラーによって管理されていると信じる者も、全く同じ程度の迫害を受ける。空軍がUFOに関する事実を徹底的に隠蔽していると信ずる人々は、メン・イン・ブラックとして知られる邪悪な存在の特殊なグループによる迫害を受ける。メン・イン・ブラックは自分たちを空軍士官だと主張するが、勿論空軍当局はそれを否定している。
 ここにはどうやら神経学的‐超心理学的な法則があるように思われる。即ち本人の最も恐れるものが、いずれはその後ろにつきまとう、という法則である。
 本当のシャーマンは、このプロセスを通常のパラノイアよりずっと深刻なレベルにおいて体験する。なぜならシャーマンは、あらゆる恐怖と直面し、それを克服することを強いられるからだ。
 しかし、たいがいのシャーマンはこの法則を知らず、全く無知なまま自分自身の悪魔を招喚して、それが全て自分の外部からやってくるものだと思いこんでしまうのだ。(p260-261)

 一九七一年、私は『プレイボーイ』誌の仕事をやめた。同じことを毎日、週に五日、年間五〇週間くり返すというのでは、どんなに楽しい仕事だろうが、うんざりするものだ。年間二万ドル程も稼げたって、五年も冒険や変化もない日々を過ごすのではゾンビにでもなりかねない。
 殆どの人々が何年も、何十年も、同じ仕事、同じ街、同じ信念システムにしがみついているのは、どんな部族においても、文化的条件づけがリアリティー把握の通路をどんどん狭めるプロセスになっているからだ。若さを保つには、量子的ジャンプを何度も行なって、新しいリアリティー・マトリックスに我身を着地させることが必要なのだ。
 私はバニー・ガール帝国からサン・ミゲル・デ・アランデまでジャンプした。メキシコシティーの北方山脈の中にあるこの街は、政府によって国家的記念都市であると宣言され、一八一〇年の革命当時そのままの姿が慎重に保存されている。
 勿論私は、そこでもイリュミナティから逃れることはできなかった。私はすぐに、一八一〇年の反乱をサン・ミゲルで始めたヒダルゴ神父がメーソンとイエズス会の両方に所属していたこと、彼は周辺の教会の多くをア イ・イン・ザ・トライアングルのデザインで飾りたてたということを発見した。当時の教会は、まだメーソンを禁止してはいなかったのだ。
 私はヒダルゴ神父に興味を抱いた。彼は異端者ヴォルテールの引用を好み、次のようなスローガンを掲げたという。
「われらがグァダルプのレディーに生を、悪の政府に死を!」
 グァダルプのレディーは、公的には勿論神聖処女マリア(BVM)として信仰されているが、懐疑的な考古学者の多くは、古代アステカ族の天空の女神が僅かに姿を変えたものとみなしている。ちょうど聖女ブリジッドが、姿を変えた古代ケルト族の女神ブリゲットである、とされているように。
 彼女が起こしたとされる奇跡の数は、他のBVMよりもずっと多い。超常現象研究家のジャック・ヴァレーは、近年子供のコンタクティたちの前に頻繁に現れるようになった、UFOに搭乗するスペース・レディーと彼女との間に、数えきれない程の類似点を発見した。
 彼女に関する特に新しい話では、一九二〇年代、メキシコシティー郊外にある教会堂に飾られていた彼女の「奇跡」を起こす肖像画に、あるアナーキストが爆弾を投げつけたことがあった。ところが周囲のものは皆損害を被ったにも拘わらず、その絵画だけは「奇跡的に」破損をまぬがれた。事実はどうあれ、少なくとも教会側はそう主張している。
 この頃シャーマンは、クロウリーの招喚の儀式によってエジプトの星の女神ヌイトとご機嫌なアストラル・コンタクトをしていた。(しかし私は、クロウリーの鉄則通り、受信したいかなるコミュニケーションにも、「客観的リアリティーや哲学的正当性」があるとは考えなかった)
 当時はまだ古代エジプト人がヌイトを特にシリウスと関連づけていたことは知らなかったが、カール・ユングや、フレイザーその他の人類学者の著書によって、ヌイトとBVMは名称が異なるだけで同一の元型であることはわかっていた。(p132-134)

 ウイスコンシン州イーグルリバーに住むジョセフ・サイモントンは、ある日、自分の家の裏庭に宇宙船が着陸し、中から出てきた宇宙人からパンケーキを貰った、と主張している。
 この注目すべき出来事に関しては、他に誰もそれを確認する証人がなく、サイモントンは幻覚を見ていたのだ、と言いたくなる誘惑に確かにかられそうになる。しかし、サイモントンが意識的に詐欺を犯していたのだ、と考える理由はない。彼はその遭遇事件をいかなるかたちでも金儲けの材料にはしなかったし、多分あなた方でも同様だろうが、自分の体験そのものに困惑しているようであった。
 懐疑的な天文学者J・アレン・ハイネック博士は、UFOの類を「スワンプ・ガス」(湿地帯などで発生する発酵ガス)であると決めつけていたが、その彼が空軍に招かれ、サイモントン事件の調査にあたった。
 ハイネック博士は、その忌まわしいパンケーキの一部を、UFO調査の本部があったデイトン空軍基地にもち帰った。基地の科学者はその成分を調査した結果、問題のパンケーキは、滋養のある小麦胚芽を含むごく普通のものであると結論づけた。どうやら「宇宙の盟友」は、アメリカ消費者運動の指導者ラルフ・ネーダーのファンのようだ。
 しかしハイネック博士によれば、サイモントンは真実を語っている、つまり彼は自分の経験を心底信じきっている、ということだ。
 ジャック・ヴァレー博士もこの事件を調査して、やはりサイモントンが誠実であることを確信した、と述べている。
 サイモントン自身は、地球上の全人類の中から、なぜ自分が、この困惑するような贈り物の受け取り人として選ばれたのか、全くわからないでいる。
 もしサイモントンが、この事件中ずっと幻覚を見ていたのだとすれば、この忌まわしいアストラル・パンケーキは一体どこからやってきたのだろう? 懐疑家の諸君、どうか答えてくれたまえ。
 一方、空飛ぶ円盤が本当にその庭に飛来したのなら、どうして異星人は、このときにパンケーキなんかを人類にプレゼントしたのだろう? この話はどのような説明を加えても、奇異であり、納得がいかない。
 だが、サイモントンの冒険談は、この種の話にうとい人々が考える以上に、UFOとの接近遭遇の特徴を示すものなのだ。
 新聞やTVは、UFO現象に関する報告のほんの一部分をカバーしているにすぎない。普通それらが宣伝するものといえば、UFO搭乗者から伝えられたと称する平和とポップ・エコロジーの教義に基づいて、疑似宗教的団体を設立したコンタクティのケースである。この種のメシア的な物語は読んでいて心安まるものがあるが、それは単に私たちの殆どが、慈悲深い「宇宙の盟友」が、この惑星を脅かしている様々な災難から私たちを救ってくれようとしているのだ、と密かに思いたがっているからにすぎない。
 しかし実際のところは、こういったケースは希であり、サイモントンのパンケーキの方が遥かに典型的なパターンなのだ。
 ある古典的な遭遇事件では、誠実さではひけをとらない、二人の海軍情報機関員が関与している。そのときには「偶然」にも(とはいえ酷く奇妙なことに)、全地域に及ぶレーダーのブラックアウト現象が発生している--このケースではまるで〈チャペル・ペララス〉が、自らの存在をレーダーから遮断するテクノロジーを使ったかのようだ。
 機関員たちは、天王星から来た慈悲深い存在とコンタクトしたらしい。「宇宙の盟友」を愛する純真な信仰者たちは、この種のあてにならない物語に歓喜することだろう。特にそのとき交わされた会話には、ありふれた平和の宣伝が含まれていたとあっては、尚更である。
 しかしもっと分析的な人物ならば、この事件には以下のような「羽のはえた豚」の如き要素が含まれていることを嗅ぎつける。
 天王星において生命を維持していくことは、殆ど確実に不可能であるうえに、会話を交わした実体の名前は、まるでどこかのカバラ学者をだしにした冗談のように耳に響く代物なのだ。その名前は「AFFA」といい、これはカバラ語では「angelic」(天使的)に相当し、無とか空虚を意味する。
 このコンタクトは、私のシリウス体験のように九九パーセントが「テレパシック」なものだが、機関員たちはその体験のクライマックスにおいて、窓ごしにリアルな宇宙船の外観を見せられている。しかも、それは将にその地域のレーダーが「偶然」ブラックアウト現象を起こした瞬間だったのだ。
 ある人々は「宇宙の盟友」との、古典的な「幻覚」的或は「精神病」的な体験を語る。
 それは、空飛ぶ円盤の中でイエス・キリストと会ったとか、三〇分のうちに一〇〇光年の距離を往復した、といったたぐいの話なので、性急な調査員ならば全て架空のものとして退けてしまうだろう。
 しかし、生憎、これらの人々は曖昧ではあるが、確かに何かが起こったという証拠を往々にしてもっている--同時にUFOを見たという別の証人がいたり、近所で奇妙な機械の故障があったり、といった具合なのだ。
 一度など、何百マ イルも離れた所に住む二人が、一年をおいて別のコンタクト事件に巻きこまれながら、ばかばかしい程詳細に全く同じ体験談を語ったこともある。両者共に「ラナルス」という住民が裸で暮らしている星につれていかれた、と主張したのだ。この二人は、ウェスト・ヴァージニア州のセールスマンと、ワシントンDCの法科の学生であり、勿論両者には全く何の面識もなかった。
 このような場合、どんなに熱心な還元主義者でもテレパシーによってわかちもたれた幻覚という、それ自身躊躇われるような説に還元でもする外ない。
 どんな出来事であれ、それが幻覚の共有であるといって却下されないためには、独立した面識のない立会人を、一体どれだけ用意すればよいのだろうか? バークレーやヒュームが示唆したように、私たちの日々の経験が全て幻想ではないと証明することだって、論理的には不可能なのだ。(p27-31)

 神経学者のアンドリヤ・プハリック博士は、危うい領域に突き進むことで、自分に対する専門的な評価が損われることを決して望む人ではなかった。その彼がイスラエルの超能力者ユリ・ゲラーに関する著書のなかで、自分とゲラーはETからの通信を度々受信した、と主張した。学界の大半は、プハリック博士はプッツンしてしまった、と決めつけた。
 心理学者でサイバネティック学者で数学者、それにイルカ学者としても国際的に有名なジョン・C・リリー博士は、自分もまたそうした通信を受信した、とやんわりと仄めかした。
 学界はリリー博士がずばり指摘したのではなく、それを仄めかすに止めたことに安心して、潜在的な突破口の存在を見て見ぬふりをした。
 ティモシー・リアリー博士も一九七三年に、星間テレパシーを受信したと主張した。だが、リアリーはこのとき既に悪名高い囚人だったから、誰もその話に耳を傾けなかった。
 次に星間エスパーから時々メッセージを受信しているように思えると述べた人物は、現存中の科学者の中で最も著名なR・バックミンスター・フラーだった。
 フラーの世界的な評価にも拘わらず、彼のこの発言に耳を傾けた者は皆無のようであった。
 もっと最近では、物理学者のジャック・サーファッティ博士が、サンフランシスコの雑誌『シティー』で彼自身の地球外的なESP体験を述べたが、関心をもつ者はいなかった。
 食料品店のおやじだろうが、州警察官だろうが、こうした体験をすれば、即座にタブロイド紙やTVまでがその事件を報道するというのに、訓練された科学的観察者たちの一連の報告には、誰も耳を傾けようとはしなかったのだ。彼ら科学者たちが相手では、食品店主や警察官のように、簡単に狂人として片づけてしまう訳にはいかないということなのだろうか?(p138-139)

『テラ2』によれば、一九七三年の七月から八月にかけて、リアリー博士は銀河系内の高次知性体とコンタクトを試みるために、四人から構成されるテレパシー・チームを結成した。その四人とは、リアリーと彼の妻ジョアンナ、囚人仲間のウェイン・ベナー、そしてウェインのガール・フレンドで、グアニンというペンネームの女性ジャーナリストであった。それは、私が初めて(真実であれ幻覚であれ)シリウスとコンタクトした「犬の日々」の最中の出来事であった。
 それが「幻覚」だったのか、或は何か別のものであったのかはともかく、スターシードの伝送は、一九の断片として受信された。しかし、明瞭な英文で受信されたものは希で、四人の受信者による瞑想と討論を経て、漸く以下のメッセージへと要約された。

地球の生命体が、この惑星の子宮を離れ、星々の間へと歩み出すときがやってきた。生命は、一連の生体力学的な発達過程を経る漸進的進化の青写真を含んだヌクレオチドの鋳型として、数十億年前、君たちの惑星に播種された。
進化のゴールは、君たちの始祖である我々が待つ、銀河系ネットワークとの交信に耐え、そこへの帰還に耐えうる神経系の創出にある。
地球の生命体は、自身を確立し、幼生期の変態と、脳の七つの段階へと至る変異を経て進化し、今その中間点に到達した。
今や故郷への旅が可能となった。
君たちの種のうちで、最も知的で進歩的、勇敢な者たちを集めよ。男女の比率は同等にせよ。あらゆる人種、国家、宗教を代表するものにせよ。
君たちは遺伝子コードの化学的構造の中に、不死の鍵を見出そうとしている。君たちはその中に生命の聖典を発見するだろう。不死の責任を負うべきときがきた。もう死の必要はなくなったのだ。
君たちは、神経系の化学組成の中に、知性を増大化させる鍵を見出すだろう。ある種の化学物質の適切な使用は、神経系による遺伝子の暗号解読を可能にするだろう。
君たちの惑星の生命体は全てが一つであり、その全てが故郷へ帰還しなくてはならない。
完全な自由、責任、種を超越した調和が、故郷への帰還を可能にする。人種や文化、国籍などの幼生的アイデンティティーを超越しなければならない。生命に対してのみ、忠誠を誓うのだ。生存のためには、故郷への旅をするしか道はない。
  日本人は、君たちの惑星で最も進歩的な種族であり、君たちの仲間に保護を与えてくれるだろう。
  我々は、星々に目を向けるときがきたことを示すために、君たちの太陽系に彗星を送っている。
  故郷に帰還したとき、君たちには新たな智恵と力が与えられるだろう。君たちの精子宇宙船は、地上生命体の精華である。仲間が集められ、旅が開始されるや否や、戦争、貧困、憎悪、恐怖は、君たちの惑星から消え失せ、最古の予言と天国のヴィジョンが実現するだろう。
  変異せよ!
  故郷へと凱旋するのだ。

 その数カ月後にメッセージの予言通り、コホーテク彗星が太陽系に到達し、太陽に向かって速度を増していった。天文学者たちは、その前例のない目を見張る光景を騒ぎたて、リアリーの弟子たちはそれを確認して満足そうに微笑んだ。
 そして彗星は、驚いている私たちのもとから去っていった。(p179-182)

 ターン・オンした心が宇宙的次元の中に存在することは、カルロス・カスタネダの導師ドン・ファン・マトゥスの言葉として、『未知の次元』の中で直接的に述べられている。

  昨夜、お前は初めて自分の知覚の翼で飛んだ。呪術師は、この知覚の翼を使って、他の存在の感覚、例えばカラスやコヨーテやコオロギの感覚にも、そしてあの無限の宇宙の中に存在する別の世界の秩序にも触れることができるのだ。(傍点筆者)

「別の惑星ということですか、ドン・ファン?」カスタネダが尋ねると、老シャーマンは何の躊躇いもなく答えた。「その通りだ」
『スタートレック』のカーク船長はかつてこう言った。「こうしたことの全てを、偶然とよぶことができるのか? それともその背後に、エイリアン知性体が隠れているのか?」(p250)

「精神的そして知的な発展において、より高次のレベルに達した者は、男女を問わず、より高次の知性体の存在を感知 します」ハイラー博士は静かに言った。「ソクラテスはそうした存在を“ダイモーン”と呼びました。神々や天使と呼ぶ人もいます。リアリーはETと呼んでいますね。もしかしたら、それは私たちが普段使用していない脳のある部分なのかもしれません。本当のことなど、誰にわかるっていうんです?」
 クロウリーマスを祝う部屋にいた人たちは、この種の体験があるか、そうでなくても「幻覚」というラベルを貼って無視するよりは、すすんでそれについて思索し、客観的に研究したい人たちばかりだった。私はリアリーとウィルヘルム・ライヒを対比して話を進めた。
「リアリー博士の場合もライヒ博士の場合も、彼らに対する迫害がそのピークに達したのは、彼らがETとのコンタクト体験を報告してからのことなんだ。その事実が意味することについて、私は酷く奇妙な仮説を立てているんだが……」
 するとグラディ・マクマーティーは力強く頷いて言った。
「それは六万四千ドルに値する疑問だよ。何年もの間、私はフィリスや知りあう全ての人たちに尋ねているんだ。『なぜいつもグノーシスは潰されるんだ?』とね。エネルギーが高まって、大規模なグループの啓明が将になされようとするとき、いつでも宗教裁判所の地方支部のような奴等が介入してきて、潰してしまうんだ。なぜ、なぜ、なぜだ?」
 それに対して、誰も明快な答えを出せなかった。
「僕の考えで言うと」グラディは続けた。「天界で争いがあるんだよ。高次知性体が誰であれ、彼らはみんな同じチームに所属している訳じゃないんだ。ある者たちは、僕たちの進化をより高いレベルへと導こうとしている。またある者たちは、僕たちが今いるところから動かないでいることを望んでいるんだよ」
 グラディによれば、幾つかのオカルト・ロッジが、進化の加速を望む知性体と共働している一方で、他の幾つかのロッジは、私たちの覚醒レベルを動物程度に止めておきたいと願う知性体と共働している、という。
 これはオカルト・サークルにおいては、スタンダードな考え方である。あらゆるオカルトのスクール或はロッジは、他の幾つかのスクールやロッジから、必ず悪の道の「黒い兄弟団」に属しているとみなされる、といっても差し支えはない。これは決して誇張している訳ではない。グラディのOTOなどは、数多のオカルト・ロッジの中でも、とりわけ告発の対象にされてきた。(p276-277)

 私は自分が一八世紀に、イリュミナティに所属していたときの「記憶」の再検討を始めた。ジャック・ローワンという催眠術師により一九七一年に明らかにされたデータと、一九七三年七月に私が聖守護天使を招喚したときの体験をもとにすると、私は「ハンス・ゾエッサー」(一七四〇-一八一二)という人物だったらしい。
 彼はウィーン・ロッジのグランド・マスターで、パリにおけるトマス・ジェファソンのイニシエーションに確かに立ち会っていた。
 懐疑家は輪廻転生なぞ信じていなかったが、私の神経系バンクは、確かにゾエッサーの生涯の主要な出来事を、「ロバート・アントン・ウィルソン」の人生同様に、鮮明に思い出すことができたのだ。
 この四次元的暗合‐ホログラムの目的の全ては、「私」に「ハンス・ゾエッサー」も「ロバート・アントン・ウィルソン」も架空の存在である、と思い知らせることにあったのだろうか?
 自分が誰で、どこにいるのかわからなくなってしまう体験をしたことのある人はたくさんいる。それは普通、朝目覚めたばかりのときに感じるのだが、スーフィーの教えでは、そうしたほんの一瞬、記憶喪失的な感覚をもつ瞬間に、人は啓明に最も近づいているのだという。
 結局のところ、これがイリュミナティの啓明なのだろうか?--つまり懐疑に満ちた体験が、懐疑論そのものを滅ぼす土壇場へと連れて行き、もう何も信じることができなくなる。それゆえ懐疑論のみならず、あらゆる哲学から解放されて、それまで考えられなかったことを考えられるまでにオープンになるということなのか?
 それとも、最後の秘密とは、神経系のメタプログラミングによってチューニングをあわすことのできる、惑星間ESPチャンネルが実在するということなのだろうか?
 シャーマンは、内的探究のこの時点において、余りにも深く〈チャペル・ペララス〉の地下の奥底にまで入りこんでしまったことに気づいた。飼い慣らされた巣箱のロボット的リアリティーの世界にまい戻るのは、そうそう容易なことではなさそうに思えた。(p152-153)

 翌日、私が『サンフランシスコ・フェニックス』のために書評を書いている机の上に、ウィラード・キャンテロンという人物の『ドルが死ぬ日』という本が置いてあった。それをパラパラとめくるうちに、私はそれが古くからの知りあいであるバヴァリアン・イリュミナティに関するものであることに気づいた。
 多少の興味をもって、私はこのイリュミナティ陰謀のキャンテロン版を読んだ。彼はこう述べていた。イリュミナティは現在、国際経済システムを破壊し、世界の全ての強力な政府の混乱や失墜を引き起こそうと企んでいる。そしてカオスが最高潮に達したとき、外宇宙の高次知性体とのコンタクトが告げられるだろう。
「しかし」キャンテロン氏は言う。--これらの高次知性体は、実は悪魔とその配下の堕天使であるが、地上には超人や恵み深き存在として出現する。大衆は彼らを救済者として受け入れ、彼らの悪の本性については認識しない。そうして私たちはおしまいになってしまう。悪魔は極右の双子のお化けである「一つの世界政府」と「一つの世界宗教」を樹立する。貨幣は廃止され、コンピュータによるクレジット・システムが至るところで実施される。
 誰もが額と手首にクレジット・ナンバーの入れ墨をされる。そしてどんな「買い物」も、全ての店や銀行に置いてあるコンピュータに登録されている額までしかできないようになる。これは拒否できない専制政治への鍵となる。なぜなら反逆者は全てクレジットをカットされ、食物や衣服、或は住居などを購入できなくなるからだ。
 このことは、キャンテロン氏によれば『黙示録』第一三章一六~一七節に全て予言されている。(p266-267)

私はシリウスの研究を続けていた。OTOのグランドマスター、ケネス・グラントの新作『アレイスター・クロウリーと隠された神』に次の一節をみつけた私は、すっかり感動してしまった。

クロウリーは、空間の門を開き、外宇宙からの流れを人間の生命波動の中に取り入れることが可能だと考えていた……。
ラヴクラフトがその著作で執拗に言及するように、何らかの超次元的かつ超人的な力が、この惑星を侵略し、支配する意図をもって、その軍勢を集結させているとするのは、オカルトの伝統である……。
  それはまた、既に宇宙的存在とコンタクトし、恐らくは彼らの到来のための準備をしている地球上の秘密結社の存在を仄めかした、チャールズ・フォートの陰鬱な指摘を思い起こさせる。< p> この一節は、少々不吉だなどと言ってすませられる程度のものではなく、自作『イリュミネイタス』にラヴクラフト神話のヴァリエーションを取り入れていた私には特に不気味に響いた。
 ラヴクラフトは幾つかの物語や中編小説の中で、敵意をもったエイリアンの企みを支援する「クトゥルー・カルト」或は何らかの秘密結社というモチーフを執拗にくり返している。私は何くわぬ顔で『イリュミネイタス』にこのテーマをパロディとして取りこみ、純朴な読者なら、きっとこれをそのまま信じこんでしまうだろうと、その様子を思い浮かべては意地悪くほくそえんでいた。
 だが、ここではケネス・グラントによって、不気味な宣告がなされていたのである。しかもグラントは、OTOはオリジナルのバヴァリアン・イリュミナティとP・B・ランドルフのヘルメス光明同胞団を結合して一八九〇年代に創設されたと主張する。
「神よ、私の思いつく途方もなくパラノイア的ファンタジーの背後にいつも真実が隠されているのは、一体どういう訳なのですか?」私がこう思ったのは、これが最初だった。(その後、私はウォーターゲート事件の間中、何度も何度もこう思うことになった)
 しかしグラントは、更に先へと我々を導く。

  クロウリーは、こうした作家たち(ラヴクラフトとフォート)が真実に纏わせた悪のオーラを排除する。クロウリーはむしろテレマ的に解釈することを好んだ。つまりETやエイリアンによる人間の意識への攻撃という解釈ではなく、星々を抱擁し、そのエネルギーを一つのシステムへと吸収するための内側からの意識の拡大として捉えたのだ。そして、そのようなエネルギーの吸収によって、そのシステムは豊かになり、真に宇宙的なものになりえると考えたのである。

 更にグラントは、全く無頓着に、ある星が特に重要である、と述べる。

  「銀の星の結社」とは「セトの目の結社」である。「太陽の背後の隠れた太陽」……。
  「銀の星」とはシリウスである。(p163-166)

 神に誓って本当に、シリウスから来たETが、この遅れた惑星にお節介をやいているのだろうか?
 私たちのあげてきた証拠を再確認してみよう。
 シリウスと何らかの関係があることに気づく数年前から、私は「23」という数字と、アイ・イン・ザ・トライアングルのデザインにとりつかれていた。
 一九七三年七月二三日以降、私はシリウスからの通信を受け取ったという印象を受けていた。鍵をあけたのはクロウリーの儀式だった。
 OTOにおける、クロウリーの最も親しい盟友の一人ケネス・グラントは、くり返しクロウリーとシリウスを関連づけ、クロウリー流の精神拡大行法によってコンタクトされる「聖守護天使」はシリウス生命体である、と示唆している。
 グルジェフの最も親密な盟友の一人J・G・ベネットもまた、グルジェフの著作中の、シリウスに関する暗号化された言及について述べている。
 スーフィーの歴史学者イドリエス・シャーは、イリュミナティという名称の起源を、「輝ける星」に言及した『コーラン』の一節に求めているが、クロウリーもまた、イリュミナティの別の呼称は「オーダー・オブ・ザ・シルバー・スター」(銀の星の結社)であるとしている。
 空飛ぶ円盤のコンタクティ、ジョージ・ハント・ウィリアムソンは、シリウス星のネイティヴと会話したと主張しているが、その言語には、ジョン・ディー博士やクロウリーが使ったエノキアン語、或は「天使の言語」と称するものと全く共通の語彙が幾つも含まれている。ウィリアムソンはまた、ある地球上の秘密結社が数千年に亘ってシリウスとコンタクトしてきたこと、そしてその紋章が「ホルスの目」であると告げる。
 一九七三年の夏、まだリアリーとの面会が許可される前、私はリアリーとの間でテレパシー或は観念の転位を確かに体験した。
 エジプトの伝承によれば、地球とシリウスの間の繋がりが最も強力になる一九七三年の「犬の日」に、リアリーとベナーはスターシードのメッセージを受信し、それは私自身の最初のシリウスからの通信とシンクロした。そして全く別のイギリスのUFOコンタクティのグループは、ディスコーディアンの「23」、メーソンの「33」、クロウリーの「666」といった数字や、リアリーという名前のヴァリエーションなどがごちゃまぜになった星間メッセージを受信した。
 私たちは膨大な量の暗合或は近似性を少なくとも手にしている。幾つかの奇妙な暗合の例として、イギリスの天文学者ロバート・テンプルの『シリウス・ミステリー』をひもといてみる。
 テンプルは博学で、慎重かつ誠実な人物である。これは私の言葉ではない。幾つかの書評からとったものだ。「綿密な引証」(『オックスフォードメイル』紙)、「読者に対し誠実で、情報源の扱い方も慎重」(『ディリーテレグラフ』紙)「思慮深い慎重な知性派」(ロンドン『サンデー・タイムス』紙)、「尊敬に値する学術的研究」(マンチェスター『ガーディアン』紙)等々--。
 テンプルは、このようにセンセーショナルな反響を巻き起こした著書に、執筆した自分自身が当惑している、とまで述べている。私も彼を信じる。というのは私もこの本に当惑したくちだからだ。
 テンプルはアフリカのドゴン族に関する文化人類学的研究をほぼ完璧に紹介している。それによるとドゴン族のシリウスに関する知識には、実に驚くべきものがある。
 ドゴン族はシリウスに、肉眼では観察できない伴星、白色矮星シリウスBがあることを知っていた。この星の存在は今世紀になるまで天文学者も知らなかったし、しかも写真撮影されたのは漸く一九七〇年になってからであった。
 ドゴン族はまた、シリウスBの周期が五〇年であることを正確に知っていた。それだけではない。更に彼らはシリウスBが宇宙で最も質量の高い星の一つであることも知っていたのだ。
 彼らのこうした知識を正しく評価するために、シリウスBが肉眼では見えないばかりか、今世紀に至るまでは、どんなに強力な望遠鏡でも捉えることすらできなかったという事実を、心にとめておく必要があろう。その周期や質量の測定は、高度な精密測定機器と高度な数学によって初めて可能となったのだ。
 石器時代よりほんのちょっと進んだ程度の文明しかもちあわせていない筈のドゴン族が、どうしてそういったことを知り得たのだろうか?
 数千年前にシリウスからの訪問者が教えてくれたのだ、とドゴン族は言う。それよりも、彼らが酷く幸運な当てずっぽうによって知ったと仮定する方が、論理的ということになるのだろうか?
 シリウスに関するドゴン族の神話を収集したフランスの文化人類学者グリオールとディテルランが、共にほら吹きだったなどということがあり得ようか?
 科学の世界で今までにあった様々な嘘というものは、全て個人の手によるもので、普通は迫害されたコンプレックスやエスタブリッシュメントに対する怨恨を伴うものであった。二人もの学者がそうした嘘を共謀したとすれば、極め て稀な例ということになろう。
 そして次のような事実もまた、考慮にも値しないことなのだろうか?
 グリオールとディテルランが、ドゴン族に関する報告を出版したのは一九五〇年のことである。それはジョージ・ハント・ウィリアムソンが自分のコンタクトを主張する三年前であり、ケネス・グラントがクロウリーとシリウスの繋がりについて、その秘密を明らかにした著作を出版する二三年も前のことだったのだ……。
 面白いことにテンプルの情報には、彼自身は探究したことのなかった領域における副産物もある。
 例えば彼は、ドゴン族の近くに棲むボーゾー族も、シリウスの伴星について知っていること、そして彼らはそれをトノ・ナレマ、つまり「目の星」と呼んでいることを発見した。シリウス星系は宇宙的存在の「第三の目」であり、太陽は心臓であるという神智学協会のベイカー博士の主張や、ホルスの目はシリウスとコンタクトしている秘密結社のシンボルであるというジョージ・ハント・ウィリアムソンの主張を想起すれば、これは最も暗示的である。
 テンプルはコンタクト(彼はこれを実際の宇宙船が関与する物理的なものとして描く傾向がある)が、紀元前四五〇〇年頃、シュメールにおいて始まったと信じている。彼の主張によれば、このコンタクトによって伝えられた知識は、中東やエジプト、ギリシアなどの様々な秘密結社を経由して、少なくとも五世紀の新プラトン主義派のプロクルスまで継承された。(p309-313)

  (A)ここに集められた証拠の数々は、ベルの定理によって説明できる。ベルの定理は万物の基本的不可分性を示唆し、物理学に突破口を開いた。ベルはまた、私たちが議論すべき三つの下位モデルを認めている。
    ①観察者が形成する宇宙
    ②並行宇宙
    ③エネルギーを伴わない情報伝達
  (B)サイキックな力を高度に発達させた人間たち(イリュミナティ)が、別の人間たちとヘッド・ゲームを演じている。彼らは時折身元を偽って、以下の(C)や(D)として現れる。
  (C)私たちは本当に外宇宙、恐らくシリウスの高次知性体からコンタクトされ、実験の対象にされているか、さもなくば操作されている。(或はイリュミナティがそういった外宇宙的なシミュレーションを演出している)
  (D)私たちは常にこの惑星を、別のより高度な知性体とわかちあっているが、彼らは不可視になることもできれば、自分たちが選ぶ任意の形態をとって、私たちの前に出現することもできる。UFO研究家のジョン・キールは、こうした仮定上の存在を「超地球的存在」と呼んでいる。彼らは、昔は妖精とか天使、悪魔とか異人などと呼ばれた。
  (E)私たちは皆、新たな神経回路の使用によって進化し続けている。これは私たちの現在の平均的なステージと比較すれば、超人といえるような状態へと私たちを変容させる。しかし、このような新しい回路の活性化は、それを適正に使用することを学ぶまでの間、一時的に多くの奇妙な現象を発現させる。これはシュリ・オーロビンドや、ゴピ・クリシュナのような科学志向のヨギの理論であり、ティモシー・リアリー博士の理論でもある。
  (F)以上の組み合わせや、入れかえが同時に進行している。

 私たちのデータの幾つかは、以上の理論のうちの一つに、他の理論よりもうまく適合するし、幾つかのデータは二、三の理論にうまくあてはまる。しかし中にはどの理論とも矛盾するものもある。(p32-33)

 先に述べた幾つかのモデルは、便宜的に、以下の二つのメタ・モデルに要約することができる。

  ①全ては私たち自身の神経系によるものである。私たちがより高次の知性体へと進化していくにつれて、私たちの脳は、量子系の不可分性によって、次第に宇宙に影響を及ぼす。それがまず偶然の一致を、そして次にはユング的なシンクロニシティを、そして最後には外在的な超人にみえる存在を生みだすが、実のところ、それは私たちの進化がやがて到達しようとしているより大きな自我の仮面なのである。
  ②全てが神経系によるものではない。私たちがより高次の知性体へと進化していくにつれて、私たちの脳は次第に他の高次知性体とコンタクトするようになる。ベルの量子一元論によれば、このようなコンタクトには、人間であると同時に非人間的存在であり、地球内的でありながら地球外的であり、私たちが過去、現在、未来と呼ぶところに同時的に存在するような進化した賢人との接触も含まれる。(p34-35)

 人類学、生物学、化学、植物学を二人でカバーしているマッケナ兄弟は、アマゾン河上流において、その地の「マジック・マッシュルーム」、つまりシロシビン系のサイケデリック物質を含むキノコを摂取して、メタプログラミング実験を行なった。
 その結果、彼らは三七日間に亘ってハイ・レベルのESP体験、つまりもうおなじみの暗合‐シンクロニシティの増大を体験し、また未来からきた人類学者と思しき昆虫のような実体をもつ「エイリアン」に遭遇した。そして二〇世紀の歴史が、地球を逃げ出して銀河センターへ帰るための宇宙船をつくる、熱狂的かつ無意識的な試みとして映るようになったという。
 これが起きたのは一九七一年の三月だった。(リアリーとベナーが銀河センターへの帰還を促すスターシードの伝達を受信したのは、一九七三年の七月から八月にかけてのことであった。だが、マッケナ兄弟はこの体験を一九七六年まで公にはしなかったので、それがリアリーとベナーに影響を与えることはありえなかった筈だ)
 アマゾン流域での体験から六年をかけて、マッケナ兄弟は、サイケデリック物質の一般的作用と、彼ら自身の特別な体験を共に説明するモデルを発展させた。
 このモデルは、ここで私が要約できる以上に、より多くの点において詳細かつ明確であり、科学全体にとって決定的に重要なものとなるかもしれない神経‐心理学や化学、量子物理学における数多くの試みを提案している。
 簡潔にいえば、マッケナ兄弟はこの宇宙を、二つの超宇宙の相互作用によるホログラムとみなしている。ちょうど通常のホログラムが二つのレーザーの相互作用によってつくりだされるように……。
 このモデルからはまず、次のような結論が引き出せる。それは私たちの宇宙がホログラムであるならば、普通のホログラフィー同様、全ての部分が全体の情報を有しているということだ。
 既にみてきたようにベルの定理に関するサーファッティの解釈や、リアリーの意識の回路VIIIに関する理論も、共にこの結論へと導く。それは要するに、あらゆる原子が宇宙全体の「脳」を中に含んでいる、ということを意味する。
 これはまた魔術の基本公理でもあり、ヘルメス文書の有名な一節「上位のものは下位のものの内にある」の中で表明されている。錬金術師やオカルティストたちは、「マクロコスムはミクロコスムの内に存在する」という原理として常にこの言葉に言及してきた。
 しかしマッ ケナの理論はこれを遥かに超越している。私たちの宇宙のホログラムには六四のタイム・スケールがあって、それぞれが易経での六四(8×8)の卦に対応しているというのだ。
 所謂「精神」とか「意識」は、これら六四のタイム・システムの中の永続的な波動の形態である。私たちの知る宇宙のホログラムをつくり出している二つの超宇宙が、時間の中で相互に干渉するにつれ、「精神」は私たちの連続体のどんどん先の部分に出現する。
 これを厳密な物理学用語に換言すれば、DNAの量子的結合はより速く、より速くと進化している、ということになる。
 私たちは異端的神学者テイヤール・ド・シャルダンが示唆するオメガ・ポイントの如き宇宙的覚醒に向かって隆起する進化の波に乗っている。それも一つではなく、六四の波の上に、である。
 このモデルでは、サイケデリック物質の作用は、DNA内部の量子情報システムをより高次の神経センターが検知できるように開放することだ。
 ジョン・C・リリー博士がLSDによるタイム・トラベルを体験したと述べた後で、自らそれは「単なる」メタファーである、とつけ加えたのは、恐らく遠慮のしすぎだった。マッケナ兄弟がその基本的な理論において正しいとすれば、あらゆるサイケデリック・トリップは、光速以上の速さで、つまり局所的(アインシュタイン的)宇宙における時間の外側において、量子情報システムを通過する文字通りの旅に外ならないのだ。これは、多くのUFOコンタクティが伝えようとしてきた時間に関する辻褄のあわない印象を、より科学的系統的に論述するものといえよう。
 マッケナの六四のタイム・スケールは、私たちの直線的時間においてはいつそのピークを迎えるのだろうか? これは勿論当然の問いである。
 マッケナはコンピュータに六四の易経タイム・システムをプログラムして、西暦二〇一二年頃に全てが大団円に到達する、という回答を得た。(p358-361)

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin

 
 
》記事一覧表示

新着順:413/3558 《前のページ | 次のページ》
/3558