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一番の武器は知ること

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2016年 3月13日(日)13時46分17秒
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メイさんの関連ビデオ

https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%87%8D%E4%BF%A1%E3%83%A1%E3%82%A4



田村淳とかいう白痴同然のMCが「テロリストの娘」と言ったのに対しメイさんはうまくあやしている。重信房子氏が誰に対してどういう歴史的背景で闘ったのかを知る必要がある。以下に若干資料としての記事を載せた。

イスラエルという土地の発明

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3244

隠された神の山

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/935.html

旧約聖書の記述揺らぐ

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/index/detail/comm_id/2697

『朝日新聞』(1999.10.30.夕刊)
旧約聖書の記述、揺らぐ
イスラエル
「史実じやない」考古学者が論文
「ユダヤの土地」入植根拠、動揺も

地図:現在のイスラエル周辺。占領地「ヨルダン川西岸」部分の中に「ヘブロン」

【エルサレム30日=村上宏一】ユダヤの民がエジプトでの奴隷生活から逃げ出し、荒野をさまよった未に、約束の地カナンを征服した……これらの旧約聖書の記述は、考古学的発掘でみる限り歴史的事実ではないとする論文が、イスラエルの学者により発表された。1967年に占領したヨルダン川西岸などからの撤退には、「神から与えられた土地を手放すもの」と聖書を論拠に反対する右派、宗教指導者も多く、この学説は論議を呼びそうだ。

論文は29日のイスラエル紙ハーレツに掲載された。テル・アビブ大学のゼエブ・ヘルツォグ考古学教授によるもので、イスラエル各地で70年にわたって続けられた発掘の結果を検証した考古学者や歴史学者の大半が、旧約聖書に描かれたことがらは史実ではないと結論づけている、というのがその骨子だ。

聖書ものがたり・ヨシュア記

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/131.html

関連記事:日本の黒幕だった四元義隆

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1764

Wikiでは~https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%85%83%E7%BE%A9%E9%9A%86

重信末夫 - 同郷の同志。

重信房子の実父

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E4%BF%A1%E6%88%BF%E5%AD%90



重信メイ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E4%BF%A1%E3%83%A1%E3%82%A4

関連記事:聖地の取り違え

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/2648

長谷川美千子氏の関連記事

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/94.html

『創世記10~8には,クシュには,またニムロデが生まれた。.....彼の王国の主な町は,バベル,ウルク,アッカドであり,それらはすべてシンアルの地にあった。シンアルの地とはメソポタミアである。ここは重要なポイントでもあります。なぜ米国カザール・ユダヤがここを狙って,本当の聖地にしようとしているのか?長谷川美千子氏のバベルの謎320ぺージあたりにヒントがる。「メソポタミア平原には,各所に<シュメール語で小尖塔を意味する>ジグラトと呼ばれる遺跡が見られ,これらのうちの一つが,バベルの塔にちがいないということも,かなり古くから考えられていた。

 もっとも古くは,12世紀の後半,メソポタミア地方を旅行したスペインのナヴァーラの人,トゥデーラのベンヤミンが,バベルの塔の遺跡を発見したと伝えられている。彼はユダヤ教の僧侶であり,この他にも聖書に登場する古代都市ニネべェの跡とみられる遺跡を発見している。彼がバベルの塔の跡と考えたのは,イラクのヒルラ市付近のビルス・ィ・ニムルドでこれは別のジグラド(ボルシッパのナブ神神殿のジグラト)であることが解っている。またバベルの塔はバビロンの遺跡の北側の丘バービルにあったという。

 その後の発掘調査で1908年,バビロンの南側の低地エス・サクンに,巨大な正方形の遺跡を発見した。そこから発見された煉瓦の刻銘などから,それが「バブ・イリ=バベル」の都の「エ・テメン・アン・キ」と名づけられたジグラトの跡であることが確かめられた。実際に「バベル」の町に=バビロンの町に実際に存在したのである。

 メソポタミアには創生神話の「エヌマ・エリシュ」がある。それによると,バビロンのエ・サギラ神殿とジグラト(エ・テメン・アン・キ)なのである。.....このバビロン市の聖塔にまつわる話によると,これ(エ・テメン・アキ)<管理人注:アッカド語で天と地の礎の家という意味>は有史以前スメルの王によって起工されたが,竣工するに至らなかったものであろう。まづ,空間的な距離について言えば,パレスティナ地方とバビロンとは,いわゆる「肥沃な三角地帯」のほぼ両端に位置して,一見かなり遠くにはなれているようにも見える。ジグラトそのものは,ティグリス,ユーフラテス川の上流にいたるまで,メソポタミア平原のほぼ全域にわたって分布している。アブラハムの生まれ故郷のウルは,ユーフラテス川(管理人注:第4の川)の,バビロンよりもさらに下流にあった町であり,そこに建てられたジグラトは,現在もその姿をとどめている。

 メソポタミア創世神話のマルドウク神は,ジグラトを「偉大な神々(アヌンナキ)の家」と呼び,そしてそれの建てられるべき町を,それにちなんで「バブ・イリ」すなわちバビロンと命名しようとした。バビロンのジグラトに付けられた「エ・テメン・アン・キ」という名は,アッカド語で「天と地の礎の家」という意味で,ボルシッパのジグラトの「エ・ウル・メ・イミン・アン・キ」という名は「天と地の七つの案内者の家」という意味である」

 バビロンあるいは,バビロニアはバグダッドの南方約90キロの地点にユーフラテスをまたいで広がる。長谷川三千子氏はこう指摘している。「カナンの地」は,イスラエルの民にとって,故郷と呼ぶべき類の地ではなく,そもそも,それは事実の上から言っても,彼らの故郷ではなく,それは,カナンの人々(注:現在のパレスティナ)が住みつき,根づいた土地なのである。

 イスラエルの民の「カナンの地」との関係は,徹頭徹尾ヤハウエ神に依っている。この地はヤハウェ神によって示され,命じられ、約束されたことによってのみイスラエルの民と結びついているのであり,それ以外の形で結びついてはならないのである。......ヤハウイストの生きていた時代と推定される起源前十世紀頃という時代は,ティグリス川上流の二ムロデやコルサバードに発掘されたジグラドは,ちょうど紀元前十世紀,九世紀ごろに新築または再興されている。広い意味では,ヤハウイストはまさにジグラトと同時代の人間だったのである。』

出典:La Voz de Aztlan

http://web.archive.org/web/20071228094904/angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1110.html

聖なる土地でパレスチナの人々を抑圧している邪悪なシオニストたちの多くは、実際には古代ヘブライ種族に属するものではない。彼らは、1000年以上も前に自分の利害関係のためにユダヤ教に改宗したロシアや東ヨーロッパから移住してきた機会主義者どもである(管理人注:13世紀スペインでの異端尋問のように逆に偽キリスト教徒に改宗した人を隠れマラーノとよぶ)。ユダヤ教は多くのあり方でシオニズムに乗っ取られてきているのだ。
 イスラエルのシオニストたちはパレスチナ人を陵辱しているばかりではない。彼らは同時に純粋なユダヤ人たちを陵辱しているのだ。シオニストたちは信心深くなくユダヤ人自体を憎んでいる。こんなことはあなた方が米国の主要ニュース・ネットワークでは読むことも聞くことも無いだろう。この世界で真の反ユダヤ主義者(アンチ・セミット)は、実際にはシオニストたちなのだ。セム族の人々にはパレスチナ人とその他の中東諸民族が含まれているのだ。(訳バルセロナより愛を込めて)

約束の地か征服した地か

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3139

管理人注:ユダヤ人自体を憎んでいる~とは一体どういう意味か?以下の記事を読むといいだろう

ヘルツルの日記 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/937.html

ヘルツルの日記 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/938.html

偽イスラエル政治神話を読む

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/936.html

アシール地方と聖書の世界 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/610.html

アシール地方と聖書の世界 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/611.html

イエメンに居住するユダヤ人は、古来よりのユダヤ教の教えを伝統的に保持していると言われ、ヘブライ語聖書を朗読する際にも、伝統的なヘブライ語の発音方式を用いているという。ウィキペディアによれば、マジック・カーペット作戦後イスラエルに移住したイエメン系ユダヤ人は、彼らの伝統的な発音方式を守り続けているという。

どのくらいの伝統があるかというと、一般的には紀元6世紀から11世紀頃のバビロニアのユダヤ人のヘブライ語から派生したと言われているが、彼らがこの地にディアスポラを築いたのはもっと以前の話になる。

アシール地方と聖書の世界 その3

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/612.html

アシール地方と聖書の世界 その4

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/613.html

アシール地方と聖書の世界 その5

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/614.html

管理人注:アシール地方がイスラム教の発祥の地メッカに隣接していたことは興味深い

http://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A7dPSJiYY5VVGSQAYDaJBtF7?p=%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%9C%B0%E6%96%B9%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%95%99&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=&afs=

南アラビア半島こそユダヤ人の発祥の地?

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/30381907.html

検証: 聖書アラビア起源説 その1 ( 人類学と考古学 ) - オルタナティブを ...

blogs.yahoo.co.jp > 科学 > 社会科学 > 人類学と考古学 - キャッシュ

... いる世界そのものが、シリアやカナンといった地域の出来事ではなく、西アラビア半島 のアシール地方やその南のヒジャーズであったという説を唱え、世界中に衝撃を与えた 本だ(タブン)。 .... すでに文明を築いていたメソポタミア周辺やシリア・カナン地方などから 入植してきたのではなく、 ... このカターンはイスラム教初期の時代には、この伝説的な カターン(注:QAHTAN)が、旧約聖書のエベルの息子ヨクタンであると考えられていた。

注:エベル

エベル(Eber、ヘブライ語:?????)とは旧約聖書に登場する人物。
1.『創世記』10章と11章に登場。本項で記述する。
2.『歴代誌 下』8章22節に記載。アヤロンの住民の家系の長、ベリアとシェマの兄弟。
3.『ネヘミヤ記』12章20節に記載。アモク家の家長で祭司。

アルパクシャドの孫で、シェラの息子。妻の名前は記されていないが、ペレグとヨクタンという二人の息子をもうけたことが記されている。ペレグという命名は、当時土地が分けられた(ペレグ、土地が分岐(パーラグ)した)ことによる。彼自身は464才まで生きた。『創世記』10章21節ではセムはエベルの全ての子孫の先祖と記述されており、ユダヤ人の別名「ヘブライ人(ヘブル人)」はエベルの名に由来するとされている。イスラム教では預言者とされており『クルアーン』ではフード(en:Hud (prophet) )の名で登場する~Wikiより

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/folder/1031682.html?p=7

古代 南アラビア半島南アラビア半島は石器時代からすでに人々が居住していた跡が発見されており、新石器時代にものとしては墳丘墓や巨石記念物も発見されている。青銅器時代となった紀元前2500年頃には2つの文化が、イエメン北部とインド洋沿岸地域に生まれたと推測されている。

紀元前3000年頃だ。アラブ系の伝統ではセム族出身のカターン(Qahtan)と、その息子達24人がアラビア半島南部の人々の祖になったと伝えられている。このカターンはイスラム教初期の時代には、この伝説的なカターンが、旧約聖書のエベルの息子ヨクタンであると考えられていた。

その内、1つのグループはヒムヤドと呼ばれアラビア半島インド洋沿岸地域に都市を築き、他のグループはカーラン(Kahlan)と呼ばれイエメン北部で遊牧を行っていた。カーランの遊牧グループは、紀元前2500年頃にNajraと呼ばれるイエメントとサウジアラビアの境にある砂漠地帯に土手ダムをつくり、マアリブ地域に灌漑が整備したとされている。このカーラン族が後にサバ王国を建国したと考えられている。

管理人注:このカーランがコーランになったのではないでしょうか?

ヨクタンの子孫を追え

http://blogs.yahoo.co.jp/alternative_politik/MYBLOG/yblog.html?fid=0&m=lc&sk=0&sv=%A5%E8%A5%AF%A5%BF%A5%F3



 
 
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