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天皇の陰謀全訳転載・初めに

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2016年 4月 2日(土)17時21分37秒
  通報 返信・引用 編集済
 

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3578

デビッド・バーガミニと落合莞爾両氏の本ですが歴史を知る上で重要ですので拙稿と併せてご判断ねがいます。また拙稿ではEdward Behr著「Behind the Myth」関連の記述です。

拙稿~天皇の陰謀

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/478.html

Behind the Myth その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/225.html

Behind the Myth その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/226.html

Behind the Myth その3

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/227.html

フリーメーソンとは何か その3

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/243.html

731部隊の秘密

http://blog.goo.ne.jp/bu0007/m/201603

以下はデビッド・バーガミニ著の目次


http://retirementaustralia.net/old/rk_tr_emperor_02_contents.htm#mokuji

ダブルフィクションとしての天皇

http://retirementaustralia.net/old/rk_1304_sogomokuji_01.htm#dfcomments

日本人であることの不快感と解消~ご本人への転載許可はメールが不明ですので連絡がとれません。オーストラリア在住のお方のようですが大変な力作に感謝申し上げます 拝

http://retirementaustralia.net/old/framepage100.htm

は じ め に

私の手元にあるこの著作は、私もかつて司法の領域において取り組んだことのある、ある歴史についてのさらに詳しい再調査である。オーストラリアのクイーンズランド州の主席判事であり、後にオーストラリア最高裁判所の判事を勤めた私は、1946年5月から1948年11月まで、東京に設置された、極東国際軍事法廷とよばれた11ヶ国からの11人からなる判事団を率いた。日本の新聞ですらその公平さを認める、その2年半にわたる審問の後、日本人指導者25人に対し、侵略戦争をくわだて、その部下によってなされた残虐行為という戦争犯罪の責任において、死刑ないし投獄刑が科された。

 デービッド・バーガミニが著した『天皇の陰謀』の原稿が私のもとに郵送されてきた時、私はすぐさまにそれを紐解いたのだが、著者のジャーナリスティックかつ学研的な資質や資料文献の幾年にもわたる調査を発見し、その著者に多くの期待をいだいた。今、彼の努力の結晶を読み終え、私は、期待をはるかに上まわるものを発見している。
 『天皇の陰謀』は、偉大な作品である。私はこれまで、込み入った状況を興味深いストリーに仕上げたものや、論理性と明晰性をもって、歴史的経緯についての斬新な論文にまとめたものといった、いくつかの歴史物語を読んできた。人々の営為としての歴史を扱う上での本著者の主張は新たなスタイルのもので、複雑な社会的、経済的圧力による陰鬱な作用という視点とは対極に位置する。この著書に、関係者による適正な評価が定まるには、しばらく年月を要するだろう。この著作にあらわされた半分を越える情報は、英語圏の世界には初めて公開されるもので、そのいくつかの解釈については、物議をかもすものとなろう。しかし、この著書は、もっとも重要で、かつ、東洋史における西洋人の視野に大きな見直しを与えるものとなることは疑いない。

 かなりの程度、『天皇の陰謀』は、私が率いた極東法廷における発見を補完するものである。つまりこのことは、そうした発見が、検察側によって示されたものよりいっそう確かに、有罪の証拠になりうることを表している。これは、審問が日本の降伏のわずか8ヵ月後の1946年5月3日に始まり、著者の資料の大半は1960年以前には入手不可能であったことを思えば、当然のことである。法廷の判事は、存在する証拠の多くが、検察側によっても弁護側によっても提示されえず、検察側も弁護側も未発見なものがあることを認識していたが、法廷は、調査や取調べを命ずる自身の力を持っていなかった。

 本書は、天皇が果たした役割を掌握した法廷がつかんだ事実から口火をきっている。裕仁の取り巻きの日記より得られた見事なばかりの詳細をもって、バーガミニ氏は、天皇が、1941年の米国への攻撃ばかりでなく、その内部的扇動の許可にも責任を負うと考えた。私は、この点について、天皇がその法廷の審問対象とはなっていなかったがゆえに、判事としての権限に抵触することなく、コメントをつけることができる。
 その法廷は、英米式の審問方式をとっていた。その方式は、数世紀にわたって、英語圏の国では有効に機能しており、公正な結果が期待されていた。しかし、英米式の法理論においては、告発をおこす権利は、検察側のみに属していた。法廷の検察は、日本の指導者を絞り込んで告発したが、ことに天皇は、その法廷の審問対象からは除外されていた。

 審問が開始される前、私は、専制君主である天皇は、一見して明らかに、戦争の許可に責任があるとする見解をもち、私の政府の要請にもとずき、そのように意見をのべた。そして、もし天皇が告発されたら、そのような予断の持ち主であるがゆえ、私は判事の地位を辞さねばならない、と付け加えた。審問で明らかにされた証拠は、私の事前の判断を支持しており、天皇は戦争に許可を与え、したがって、それに責任を負うことを示していた。
 天皇についての疑問は、被告への処罰を与える段となった際、重要な問題となった。被告が命令に服従する部下でしかない限り、そして、その指導者が審問を逃れている限り、処罰の決定にあたっては、強く、酌量すべき情状が考慮されなければならない。検察側の証拠には、天皇は戦争を不承不承に承認したと解釈するよう余地が残された。私は、こうした証拠の解釈に完全に納得してはいなかったが、それは何がしの検討の価値は持っていた。

 天皇の内大臣、木戸侯爵の日記の、1941年11月30日の箇所に、天皇は戦争をいくらかの躊躇をもって許可したと記録していた。それはまた、この躊躇は、彼の平和への固執によるものではなく、敗戦への恐れによるもので、天皇は、海軍大臣と海軍参謀長による「全面的保証」を求めることによってその恐れを晴らしていた。
 1941年当時の首相で、また同法廷の被告の一人、東条元帥は、最初、天皇の意思には決して反したことはないと証言し、そしてさらに証言席に立ち、戦争を許可するよう天皇を最大の努力をはらって説得したと付け加えた。だがこのいずれの発言も、木戸侯爵の日記の趣旨に、大きな付加を与えるものにはならなかった。
 1936年当時の首相で、軍部過激派による暗殺をかろうじてまぬがれた岡田海軍大将は、天皇は平和の人だとする趣旨の証言を行った。被告席に天皇がいたなら、岡田の証言は、天皇の本来の性格に触れるものとして、刑の軽減に役立ったであろう。

 天皇が有罪か無罪かについての判断は、この法廷の対象外のことであったので、そうした断片の証拠は付随的なものだった。それでも、検察側は、告発されている犯罪を始めるにあたっての被告の権限について、疑問をなげかけるきっかけとなった。不公正の根を取り除くため、私は、どの被告にも極刑を科さず、代わって、日本国外のしかるべき場所での、厳しい条件での投獄を求めた。しかし、被告のうちの七人には絞首刑がくだった。
 私は、死刑が明らかな過剰とは判断できなかったので――オーストラリアの最高裁で採用される上告の審査基準にてらし――、自分の異論を主張せず、死刑あるいは投獄との判断が決まった。
 『天皇の陰謀』は、松井石根の絞首刑がありえた除外として、そうした判決のいずれもが誤判決ではなく、死刑となった者らは、ほしいままの殺人や野蛮行為の防止を怠ったことを悔いていたとしても、その責任があったことを再び確証したものである。天皇自身については、米国と連合軍それぞれの政府の高度な政治レベルにおいて、審問せずという判断に達した。天皇のケースに関するオーストラリア政府よりの求めにも、私は、政治的、外交的レベルにおいて取り扱われるべきであると助言した。

 民主的政府の連合軍が、生命や資産を費やして専制政府に対する戦争をおこし、その結果、その政府の専制の主をいまだその指導者の地位に残すというのは、実に奇異なことと思われる。しかし、裕仁は、単に個人であるばかりでなく、象徴であった。個人的にはとがめられるべきではあったが、しかし、彼は、その国全体の精神的体現であった。1945年、日本人の大多数は、宗教的信条として、天皇と日本は不可分で、共に生きるか、共に死すべきであると信じていた。
 私が東京法廷の席にあった30ヵ月の間、日本の君主を案じそして尊敬する証言と、そのケースを弁護する熱心さと正直さに、私はたびたび感動させられた。私は幾度となく、1941年に日本が戦争にうったえたことを告発することが正しいのかと自問した。日本は九千万人の人口をかかえる小国で、しかもその15パーセントしか耕地はなく、まして、外からの厳しい経済封鎖をうけていた、という弁護側の主張に、私は、おおくの正義と酌量の余地を覚るようになった。米国や英国なら、そして米国や英国の国民なら、そうした状況に、どう反応したであろうかと考えた。そして私は、一世紀前、ロンドンの法曹協会で、ダニエル・ウェブスターが行った演説を思い出した。この著名なアメリカ人法学者は、小国イギリスが偉大な帝国に拡大したことに、以下のような言葉をもって喝采をおくっていた。

英国の朝の鼓動は太陽の栄光とともに始まり、時の女神を友とし、軍事的威風もつ英国の不断の血統は地球をおおう。

拡大は、そのすべてが、平和的交渉の結果によるものではないのである。
 20世紀になるまでは、戦争に訴える権利は、敗戦の恐れによる抑制はあるものの、あらゆる国家によって実行される主権のひとつであった。敗戦国は、金あるいは領土による賠償を払い、勇猛果敢という荒々しいルールが、国際的な正悪の判断に持ち込まれていた。しかし、第一次世界大戦の後、列強国は、誰が戦争を開始したかを判断するさいに用いられる、戦争行為の基準や国際法の原則にそうよう努力するようになった。そして1928年には、63カ国が、自衛を除き、手段として戦争に訴える政策を有罪とするパリ条約に調印した。日本は、こうした諸国のひとつであった。しかし、日本政府は、署名国に、日本は帝国君主の名において署名するのであって、他国のように、国民の名においてするものではない、と断言したのであった。
 パリ条約は、もしある国が同条約を犯して戦争を始めた場合、署名国の戦争指導者が個人として責任をもつと明確に規定はしていなかった。著名な国際的法律家の幾人かは、この条約は個人的責任を科すものではないとの見解を示した。しかし、私は、違反しても個人は罰せられない国際法に署名したという無益を63カ国に帰させることはできなかった。ともあれ日本は、1945年9月2日、裕仁天皇に代わって署名された降伏文書のなかで、連合国が国際法に反する犯罪として、日本の戦争指導者を個人として訴追する権利があることを明確に認めた。天皇の内大臣、木戸侯爵の1945年8月の日記には、裕仁は、「戦争犯罪」が戦争にかかわる、彼を入れたすべての人を含むことを理解していた、と記している。

 簡潔に言って、以下が東京法廷が始まった段階での法的位置であった。つまり、もし日本に、パリ条約および署名した降伏文書に言う侵略戦争の罪があるとするなら、政治的、軍事的、およびその外の指導者は、個人的に責任が問われうる。その際の唯一の弁護は、それが「自衛」であったかどうかである。同法廷は、この弁護を取り調べ、それを拒否し、自衛は不成功に終わった。日本は、タイやフィリピンといった国を、日本によって脅かされたわけではなかったと反論した。要するに、日本がおこした戦争は、その当然たる目的が賠償や領土割譲であるものとしての、単なる国の行為ではなかった。それは、その国の指導者が犯罪者として罪をおう、国家の不法行為であった。

 2年半にわたる、賛否両方の証言の後、同法廷もそのように判断した。温情ある判決として、情状酌量された25ケースのうちの18ケースに、投獄のみが科された。そのほかの7ケースには、証拠にのっとり、被告は、侵略戦争ばかりでなく、よく統制のとれた日本軍部隊を、戦闘区域以外の場所での、略奪、強姦、殺人に加担することを許す指導を行ったという面でも責任を負うとの理由で、極刑が下された。

 文章上の表現はないものの、天皇の訴追なくして、日本の指導者の死刑判決をすべきでない、というのがバーガミニ氏の見解である。私は、たとえそれに同意しないにせよ、その見解に共感を抱く。バーガミニ氏の見方では、天皇は、現実に対する、理論的で、科学的で、研究没頭的な理解力を持っていた。氏が言っているように、天皇はあやつり人形ではなく、有能でエネルギッシュな人物で、力強く、知的な指導者であった。しかし、天皇は、彼に仕える大臣たちの上にそびえる世界に暮らしていた。彼は、善良な国民のために、国を愛し、自己犠牲の精神をもって行動しているかのようであった。彼は、タカ派の役を演じて、1941年以前の数十年間、西洋に対する戦争を企てたかもしれなかった。しかし、私は、裕仁が1946年から48年の間に被告席にあったとしても、他のほとんどの日本の指導者のもつ人格より、より高いものを見出していたかは疑わしい。いみじくも、裕仁の価値は、今日のこの国の地位より出てきているもので、彼の治世のもと、戦争と敗戦を克服し、世界第三位の産業国となったのである。

 共犯者に不利な証言をする犯罪者、あるいは逆に、法秩序を守ろうとする犯罪者は、常に寛大な扱いを受ける。同じことが裕仁にも言える。彼は、告発の淵からのがれ、日本の敗戦の屈辱を、アジアの安定した国家へと変えることによって生き延びた。彼は、最終的には核攻撃へと至った敵意を終了させた絶対君主として、自らの権威を意義付ける。だが、広島と長崎での原子爆弾の炸裂による衝撃にうろたえた日本であるがゆえに、彼はそうあれたが、バーガミニ氏が白日のもとにさらしているように、1945年8月14日から15日の夜間、皇居でおこった奇妙な出来事があばかれた場合には、彼はおおいに個人としての危険に遭遇しただろう。

 バーガミニ氏は、裕仁が、日本をアジアを征服する構想と謀略に導いたと見るに充分な論拠を提示している。今日の環境のもとで、天皇は救済するに値するとする私の見方は、シニカルで手段優先的なものだ。氏の、天皇への根拠ある賞賛も同様であろう。また、トルーマン、チャーチル、アトリー、スターリンという政治家たちの異質な見解が一致して天皇に免罪を与えたのも、同様であろう。
 裕仁は日本人である。彼は、他の国民からは孤立した、数世紀にわたって引き継がれてきた、奇異に狭量な世界で育った。人類学者、詩人、牧師、外交官、それぞれがその専門の分野で、日本の社会が独自の論理と審美感をもっていることを発見してきた。今、バーガミニ氏が、長期の資料調査の後、そうした世界の政治的側面を提示している。彼は、それを明晰な西洋用語で行っているが、日本的価値観を表現することに成功している。氏の本を読み終えて、私は、宮中で成長したどの日本人も、裕仁がしたことをしようとしても、それをうまくは成し遂げられなかっただろうと、確信を持たされた。端的にいって、戦争をこころみ、ほぼそれに成功しかかった裕仁は、敗戦の教訓から利益を得るにも、また、彼の人民を新たな方向に率いるにも、他のどの日本人よりも秀でていた。

 読者をこうした理解へと導きながら、バーガミニ氏は、私の知る限り、新しい日本についてのリアリズムを提示している。一方で、氏は、冷血で抜かりのない策謀者という戦時下の日本人への嫌悪を否定している。その他方、氏は、狂信的で感情的な失敗者としての日本人という戦後の弁明を遺憾としている。バーガミニ氏の見解では、日本人はつねに理性的で、所有するわずかな物的資源を活用して、世界を恐れさせることに成功してきた。また同時に、日本人は両親と子供を愛し、生活の平安と快適をもたらす生き方のために奮闘してきた。そうして、床に畳をしき、熱い風呂に入り、障子を通した照明を用い、大根の漬物と炊いたご飯を食してきた。東京に何年もいたが、私は、こうした日本式慣習を何も取り入れなかったが、バーガミニ氏は、私にそうすればよかったと、ほとんど思わせるばかりとしてくれた。氏の著作を読みながらそれに釘付けとなり、私は自分が彼の物語の主唱者となっていることを発見していた。

 氏の日本人の価値観とその業績を評価する主張がゆえに、判断の曇りや弁明を抜きに、バーガミニ氏は日本の歴史を再解釈しなければならなかった。氏の著作は、紀元50年の出来事についても、1945年のそれについても、同じく新鮮な考えを提供してくれている。私は、氏の洞察力が、極めて首尾一貫しており、強い説得力を持っていることを発見した。一言だけ言っておきたい。「読者の諸君、読み進みたまえ」。

 W.F.ウェッブ
  オーストラリア、ブリスベンにて

管理人注:

シオニズムとは、隷属でもなく、薬でもない。

シオニズムとは、根絶であり、破壊である。

そしてシオニスト(カバリスト)とはそれを実行する機械主義者である。

その原点はThe Rothschild Khazarian Mafiaなのです。

彼らはアイルランドから派生した人々なのです。その後ロシアのハザールに移りユダヤ教に改宗した機械主義者たち

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3493

ロスチャイルドはあくまで表に出てきませんから黒幕は地図には出てこないミュンヘン郊外のDACHAUにある以下の組織です

DVD・German Black Intelligence(Deutsche Verteidigungs Dienst)

NAZIとは国際シオニスト連盟のこと

https://www.youtube.com/watch?v=z5_TQ78EAnk

2014/07/29 に公開

NAZIとは『国際シオニスト連盟』。ナチズム、ネオナチ、のことです。従軍慰安婦は、日本の『奴隷国家およびホロコースト国家』を全世界に真逆認識させるためのアジェンダ。シオニストのプロパガンダ(広報ではなく、人々の共通認識を真逆にするウソのこと)です。彼らのインディアンホロコースト・南米ホロコースト・カリブ海ホロコースト・オーストラリアホロコースト・ニュージーランドホロコースト、などを隠す為です。そして、奴隷を物として扱うことを隠す為。これぞ唯物論です。日本の若者に『個人主義』(他人は敵!自己中心主義)を植え付け、連帯意識破壊を行っています。日本の文化は『和と結い』です。欧米は対立と闘争の個人主義なのです。

平成26年7月23日【主権回復を目指す会】自民党本部前にて

BISとはナチの機関

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1501

英国シティーの支配構図

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1079.html

関連記事:CHATAM HOUSE

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/770.html

『イギリス王室、すなわち、イングランド銀行のフリーメーソンのユダヤ人の株主は、ワンワールド世界政府(実際は単に『英国』帝国主義の変身したもの)の背後にいます。 米国は、このアジェンダの現在の道具です』

シオニズムとは、隷属でもなく、薬でもない。

シオニズムとは、根絶であり、破壊である。

そしてシオニスト(カバリスト)とはそれを実行する機械主義者である。

その原点はThe Rothschild Khazarian Mafiaなのです。

『聖なる土地でパレスチナの人々を抑圧している邪悪なシオニストたちの多くは、実際には古代ヘブライ種族に属するものではない。彼らは、1000年以上も前に自分の利害関係のためにユダヤ教に改宗したロシアや東ヨーロッパから移住してきた機会主義者どもである(管理人注:13世紀スペインでの異端尋問のように逆に偽キリスト教徒に改宗した人を隠れマラーノとよぶ)。ユダヤ教は多くのあり方でシオニズムに乗っ取られてきているのだ。
 イスラエルのシオニストたちはパレスチナ人を陵辱しているばかりではない。彼らは同時に純粋なユダヤ人たちを陵辱しているのだ。シオニストたちは信心深くなくユダヤ人自体を憎んでいる。こんなことはあなた方が米国の主要ニュース・ネットワークでは読むことも聞くことも無いだろう。この世界で真の反ユダヤ主義者(アンチ・セミット)は、実際にはシオニストたちなのだ。セム族の人々にはパレスチナ人とその他の中東諸民族が含まれているのだ。(訳バルセロナより愛を込めて)』

シオニズムはユダヤ民族に背き、ユダヤ民族と対立し、ユダヤ民族の意志と精神を攻撃する。

シオニズムは、特別な遠い目的を持ち、別の道を進むために、ユダヤ民族に対して陰謀を働く。

シオニズムとそれを導く一握りの人間は、ユダヤ人とは異なる民族の核である。

この点に気をつけねばならない。

新しい民族でも、更新された民族でもなく、ユダヤ人とは異なる民族の核なのだ。

ルシファーと食事を共にするロスチャイルド家(悪魔の子の家)

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/18.html

米欧市民を殺害せよ

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/853.html

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ISISの語源 その1

http://www12.plala.or.jp/gflservice/ISISAchronymRevealed140914.html

ISISの語源 その2

http://www12.plala.or.jp/gflservice/ISISAchronymRevealed140914.html

ISIS Israel Secret Intelligence Service=Islamic State of Iraq and Syria

ISISの語源が明らかになった.......

http://s3alpha.net/forum/isis-acronym-revealed

ISIS Acronym Revealed

Posted by geturcluehere on September 14, 2014 at 7:36am

モサド(イスラエルの諜報機関)のモットー:”戦争では、ごまかしが一番。”

The Mossad motto: “By way of deception, thou shall do war" ...

http://www.c-span.org/video/?c4508223/isis

ISISのリーダーである、アブ・バクル・アル・バグダディの正体がNSA(米国国家安全保障機関)の文書で暴露された。

NSAの以前の被雇用者であるエドワード・スノーデンは、英国と米国の諜報機関とモサドが共同でIslamic State of Iraq and Syria (ISIS:イラクとシリアのイスラム国家)を創ったことを暴露した。

スノーデン氏によると、これら三カ国の情報機関はスズメ蜂の巣(Hornet nest)と呼ばれる作戦によって世界の全ての過激派を一カ所に引き寄せるテロリスト組織を作り出した。

NSAの文書で、宗教的なイスラムスローガンを創り出すことによってシオニストを保護する目的の最近のスズメ蜂の巣作戦が明らかになった。

スノーデン氏が開示した複数の文書によると、”ユダヤ国家の唯一の保護策は、その国境近くに敵を作り出すことである。”とのことである。

この開示によれば、ISISのリーダーと聖職者のアブ・バクル・アル・バグダディはモサドによって丸一年間、神学と演説法の他に強力な軍事訓練を受けた、とのことである。

http://rakusen.exblog.jp/22593827

キリストの居ないキリスト教

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/696.html

元記事~http://denik-bise.blogspot.jp/2009/01/blog-post_4982.html

「サ タン」=偽キリスト、偽預言者 の 続き

高橋五郎氏『スパイ ”ベラスコ”が見た 広島原爆の正体』以下抜粋

結社はかつて イエズス会の宣教師 フランシスコ・デ・ザビエルを派遣して

1549年に 日本最南端の 小島に 首尾よく上陸させている。

目的は 日本を支配するためだ。

The Jesuit Order
ILLUMINATI
Council of the 13° of the Bavarian Illuminati
Council of the 33rd degree masons of the Scottish Rite
The 13 Satanic Bloodlines
The Comittee of 300
B'Nai B'Rith
Grand Orient

それから400年の 1945年

ようやく 日本を支配したつもりになる。

武力に頼る必要はなかったが、原爆の力、

つまり 結社の凄(すご)みだけは 見せつけておく必要があったから

原爆を投下した。

☆     ☆     ☆

原爆投下を命じた トルーマン大統領は

フリーメーソン第33階級の地位にあった人物だ。

彼は 太平洋戦争を勝利させた勲功(くんこう=功績)として

結社からミドルネーム「S」を与えられている。

Sは、聖書に語られている ソロモン王(イスラエル)の頭文字Sだ。

☆     ☆     ☆

結社系の企業群は、

表向きは枢軸国(連合国に対立した国家)の企業体である日本の

三菱、住友、三井合名ドイツ枢軸国にも、戦争資金と兵器を提供してきた。

結社系 企業グループの末端には

日本の複数の 財閥会社も関係する。

結社の世界戦略を見抜いた日本人もいたが

結社の世界戦略に加担する同胞たちから 排除されてしまう。

☆     ☆     ☆

--------------ルーズベルト大統領(フリーメーソン第33階級)
原爆の投下先を日本に決定した1943年5月5日の会議日
--結社の戦争スケジュールに沿って決定
--ルーズベルトは メーソン結社員として任務を果たしただけだった。

渡部悌治氏= 結社の本質を知ったがゆえに疎外された神道家
『ユダヤは日本に何をしたか』からの引用

-------キリスト教とユダヤ・フリーメーソンと国際共産主義(コミンテルン)
これらが、歴史と伝統を保持する国々に革命を起こして滅ぼし、
敵対して自国と民衆との自立共存を念願していた国々を
地上から抹殺しようとした理由=ユダヤ王の再臨を準備 -------

 ユダヤの世界支配を意味する ------

--人種、民族、国境は人為にすぎず
国際連合によって 主の道 を 直(なお)くし、
そこに ユダヤの王が 天降る---

王の道を直くするため と称して
ユダヤは第一次世界大戦を勃発させた。

だが、国際連盟を作り、
各国に主権と軍備とを認めてしまったために
それは 失敗に終わった。

そこで 改めて第二次世界大戦を勃発させて
第二次国際連盟、つまり 国際連合を樹立。

昭和16年(1941年)2月の、世界ユダヤ人会議議長
ゴールドマンの言明どおりだ。

このゴールドマンの言葉を受けて、
イスラエルの初代首相 ベングリオンは 次のように発言。

”すべての国々は 世界支配されるようになり、
国際警察のもとに 管理される。

すべての軍隊は 破壊され、
もはや 戦争は 存在しない。

エルサレムで 本当の意味での国際連合が、
世界連邦のための預言者の神殿を 造るであろう。

これは、世界連邦の すべての論争を解決するための
人類の 最高裁判所の座を 占める”

かつて国際連盟が開かれていたころ、
その会合の開催される前日に 必ずユダヤ会議が開かれ、
その予備会談で決定されたとおりに 本会議で議決されていた事実は、
会議に参集していた各国の情報官によって伝えられている。

ユダヤと利害をともにすることができなかった国家群が、
国際連盟を脱退しなければならなかった原因も ここにあった

賀川豊彦らが
アメリカ共産党からの資金によって 主唱(しゅしょう)

---日本における〔神の国運動〕=ユダヤ王の再臨を準備すること

キリスト教の単なる信仰上の運動なら問題は無かったのだが、

陰に 隠された企(たくら)みがあったのだ。

御殿場-- 〔キリスト教育青年夏期講習会〕 講師たちの密議の主旨

”日本人がユダヤの王の前に立つためには

日本という国家を背負った

奢(おご)り高ぶったままの姿であってはならない。

悔い改めによって へりくだらなければならぬ。

日本人は そう簡単には国を捨てない。

国を捨てさせるためには、国そのものをなくしてしまえばよろしい。

それは 戦争によって負かすしかないのだ。

日本が戦争に敗(やぶ)れて、打ちのめされて

初めて へりくだるようになるのである。

そうなれば、天皇の神格も落ち

国民も 拠(よ)り所を失う。

それによって 日本も 共和国となりうる”

賀川豊彦の収監を進言したのは 私だ。

その理由は、(前述の)密議の内容に基づいて

賀川が 収監直前まで 日本敗北の運動を鼓舞(こぶ)していたからだ。

アメリカ共産党のユダヤ人
サムエル・ゴンバースとの関係を保っていた賀川豊彦らが、

日本を 〔反戦ではなく 戦争によって敗戦させ、

それによって 革命を実現する〕というユダヤ・フリーメーソンの

敗戦テーゼに従ったものであった。

☆     ☆     ☆

日本の命脈を絶つために画策された日米戦争の結果、

ユダヤが夢見た日本の転覆が 実現した。

皇室に キリスト教が入ることとなり、

内裏雛(だいりびな)の並べ方まで 左右が逆となった。

行幸(ぎょうこう)・行啓(ぎょうけい)に際して

キリスト教 ミッションスクールへのお立ち寄りも頻度を増した。

ユダヤの陰謀の したたかさである。

☆     ☆     ☆

日本は 自国の運命を

自(みずか)ら決する気概(きがい)には溢(あふ)れていたが

結社と その悲願については 無知だったのだ。

その結果は 明らかで 日本は1945年の敗戦を契機に

結社へ民族の運命を 委(ゆだ)ねてしまう。

その逆に、

日本を無知ならしめた”同胞”は、
戦後の栄誉を 独占する。

たとえば、それは

財閥の主であったり、

各界の指導者 または ノーベル賞受賞者だったりする。



 
 
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