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堕落論

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2016年 4月10日(日)17時54分32秒
  通報 返信・引用 編集済
  誘惑に打ち克つ唯一の方法はその誘惑に負けることである。<古代バビロニアの諺>

Thesis(意思)+Anti-Thesis(誘惑に負ける弱い意志)=A defact Synthesis(誘惑に打ち克つ強い意志の出現)

http://jp.reuters.com/video/2016/04/12/%EF%BC%B0%EF%BC%AB%EF%BC%AF%E9%83%A8%E9%9A%8A%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%85%90%E7%AB%A5%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97%E5%95%8F%E9%A1%8C-%E5%9B%BD%E9%80%A3%E3%81%8C%E3%82%88%E3%81%86%E3%82%84%E3%81%8F%E5%AF%BE%E7%AD%96%E6%89%93%E3%81%A1%E5%87%BA%E3%81%99%E5%AD%97%E5%B9%95%E3%83%BB11%E6%97%A5?videoId=368083359&videoChannel=201&channelName=JP+In+Depth

今度の選挙は共産党しかないか?

https://twitter.com/shiikazuo/status/716531183224365056

NHK「日曜討論」で自民高村副総裁と。
志位「『自民党改憲案』には『公益及び公の秩序』のために基本的人権を制約できるとある」
高村「それは現憲法の『公共の福祉』を置き換えただけ」
志位「『公共の福祉』は人権の調整概念。『公益及び公の秩序』は国家目的のために人権を縛る。全く違う」。

消費税などいらなかった~パナマ文書。この記事は長いですよ。下の方に日本共産党の記事がありますがコピペできないようになっています。

http://maezaki.net/panama-document

関連記事:旺文社事件

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/779.html

どこかで誰かが~私物国家

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1526

私物国家元記事

http://www.oct.zaq.ne.jp/poppo456/in/b_sibutu.htm

タックスヘイブン事件簿

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/862.html

旺文社は国税当局に勝った

http://nahaha0131.exblog.jp/6292573/

~子会社を使って法人税を逃れる~

海外に現地法人を設立して、子会社を経由した節税対策は今に始まったこ
とではありません。ただ、法人税法132条により、なかなか難しいのも
事実です。この132条とは、要はその子会社などの行為を制限するもの
なのですが、「税務署長の認めるところにより」という判断規定に成り立っ
ています。すなわち、税務署長と仲良くしていれば、この132条の適用
は受けず、子会社を使っての節税対策が合法的に可能になり、もし、目を
つけられて、税務署長がダメと言えば、この132条により税金が掛けら
れることになります。最近は、かなり公務員への社会的な風当たりが厳し
いので、なかなか税務署長とゴルフなどの接待はむずかしくなったようで
す。じゃ、どうやって仲良くするのか。ケンカしても、勝ち目はないのか?
最近になって、勝った企業があります。ニュースなどでご存知の方もいる
かと思います。あの受験の時にお世話になった天下の「旺文社」です。旺
文社は、国税当局から、オランダ子会社を使って、225億円を資産移転
したとされ、107億円の追徴課税を求められました。しかし、旺文社は、
税務署の処分を不服として、東京地裁に申し立て、認められました。これ
から、海外法人を使って租税回避戦略を組む企業がどんどん出てきそうな
事件です。正々堂々と対等にお互いが戦略を練って戦っていくのが本来の
姿なのではないでしょうか。
日本の会計士さん、弁護士さん頑張ってくださいね。

東証内部にサーバーがある意味~客が本気にならないといいシステムはできない

http://www.publickey1.jp/blog/11/arrowhead_innovation_sprint_2011.html

マルサは突然やってきた

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/35287

大塚家具親子の演技は見事だった

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160411-00000026-jij-soci

名古屋国税局が異常なほど厳しいわけ~輸出企業の還付金詐欺(下の記事は必読)

http://portirland.blogspot.jp/2012/06/20001.html

現金ざくざく

http://www.jiji.com/jc/d4?p=txe022&d=d4_eco

堕落論 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1065.html

堕落論 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/3.html

以下はある風俗嬢のブログから~現在は削除

 以下はここから転載

人間は本能に負ける生き物である。

人間は動物であることから逃げられない生き物である。

これは真実だ。

犯罪者の言い訳になってはいけないことだが、

人間は自らの欲求に負けることは否定できない。

もちろん精神が肉体を凌駕してる人間もいるが、

もっとも欲求が抑圧された場合においては特に、

人間は欲求を満たそうと理性を捨てる生き物である。

犯罪意識のある諸君は特に研究すべきである。

なぜなら欲求の抑圧は、

ほとんど場合社会や思想に問題や矛盾があり、

その結果犯罪へ走る自己へ影響してるからだ。

それは現実が人間に適応してないことを意味するかもしれない。

それにしても社会や主義が適合してないのは時間の問題となる。

今日のアメリカ社会の犯罪事情は、

民主主義が絶対的ではないということを、

証明してることである。それを正しく認識すべきである。

もっとも原始的な社会においては、

犯罪という定義はなく、

人は自己の責任に対して自由に生存活動をしていることだろう。

だが今日の理性的な人類社会においては、

偏った思想や真実に反する主義主張が社会に影響することにより、

人類に対して主義の矛盾と本能の抑圧により、

犯罪へ及ぶ行為を生む結果を作るのである。

もちろん自己責任を否定してはならないが、

社会責任により人生が構築されている現在、

それだけではないはずだ。

大衆の幸福は一つの真理であり、

反秩序的犯罪は大衆の敵であるからしてはならないのである。

人間に対する社会の矛盾は確実に人の心を蝕む。

犯罪意識を持つ諸君は特に、

社会の敵に対して敏感でなければならない。

民主主義(管理人注:DemocracyとはDemon+Cracy=悪魔が支配する社会の意味)の利権構造そのものが諸君の人生を狂わせる元凶である。

また、生きる意味について、

探求と改善と反省を続けなければならない。

現実問題、犯罪者を囲む環境は、

こういった真理に基づく考慮がされていないことも含め、

我々は、未熟な生命体であり、未熟な社会であるという認識を持ち、

改善していくことを考えなければいけない。

すべての学問は、

このことを考慮し、未来を願う学問として改善し、

未来永劫を願う人類を育てなければならない。

これは真理の合理的メッセージであり、

信仰があるのなら、これは神の言葉に他ならない。

人間は本能に負ける生き物である。

この真実は、我々人間が自身の弱さを認めることで、

知性を尊重することを絶対とし、

謙虚で未来へ向かいて学ぶこと印として、

学問の礎として認識しなければいけないことである。<転載おわり>

 以下は坂口安吾「堕落論」から

「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない」と逆説的な表現でそれまでの倫理観を否定、敗戦直後の人々に明日へ踏み出すための指標を示した。

本書は敗戦直後の人々に衝撃を与え、当時の若者たちから絶大な支持を得た。

 半年のうちに世相は変わった。醜(しこ)の御楯(みたて)といでたつ我は。大君のへにこそ死なめかえりみはせじ。若者たちは花と散ったが、同じ彼らが生き残って闇屋(やみや)となる。

ももとせの命ねがわじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。けなげな心情で男を送った女たちも半年の月日のうちに夫君の位牌にぬかずくことも事務的になるばかりであろうし、やがて新たな面影を胸に宿すのも遠い日のことではない。

人間が変わったのではない。人間は元来そういうものであり、変わったのは世相の上皮だけのことだ。

 昔、四十七士の助命を排して処刑を断行した理由の一つは、彼らが生きながらえて生き恥をさらし、せっかくの名を汚す者が現われてはいけないという老婆心であったそうな。

現代の法律にこんな人情は存在しない。けれども人の心情には多分にこの傾向が残っており、美しいものを美しいままで終わらせたいということは一般的な心情の一つのようだ。

十数年前だかに童貞処女のまま愛の一生を終わらせようと大磯のどこかで心中した学生と娘があったが世人の同情は大きかったし、私自身も、数年前に私ときわめて親しかった姪(めい)の一人が二十一の年に自殺したとき、美しいうちに死んでくれてよかったような気がした。

一見清楚(せいそ)な娘であったが、壊れそうな危なさがあり真逆様(まつさかさま)に地獄へ堕ちる不安を感じさせるところがあって、その一生を正視するに堪えないような気がしていたからであった。

 あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。

猛火をくぐって逃げのびてきた人たちは、燃えかけている家のそばに群がって寒さの煖をとっており、同じ火に必死に消火につとめている人々から一尺離れているだけで全然別の世界にいるのであった。

偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情。それに比べれは、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。

 だが、堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間たちの美しさも、泡沫(ほうまつ)のような虚(むな)しい幻影にすぎないという気持ちがする。

 徳川幕府の思想は四十七士を殺すことによって永遠の義士たらしめようとしたのだが、四十七名の堕落のみは防ぎ得たにしたところで、人間自体が常に義士から凡俗へ、また地獄へ転落しつづけていることを防ぎうるよしもない。

節婦は二夫に見(まみ)えず、忠臣は二君に仕えず、と規約を制定してみても人間の転落は防ぎ得ず、よしんば処女を刺し殺してその純潔を保たしめることに成功しても、堕落の平凡な跫音(あしおと)、ただ打ちよせる波のようなその当然な跫音(あしおと)に気づくとき、人為の卑小さ、人為によって保ち得た処女の純潔の卑小さなどは泡沫のごとき虚しい幻像にすぎないことを見いださずにいられない。

 特攻隊の勇士はただ幻影であるにすぎず、人間の歴史は闇屋(やみや)となるところから始まるのではないのか。

未亡人が使徒たることも幻影にすぎず、新たな面影を宿すところから人間の歴史が始まるのではないか。

そしてあるいは天皇もただ幻影であるにすぎず、ただの人間になるところから真実の天皇の歴史が始まるのかもしれない。

 終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、みずからの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。

人間は永遠に自由ではあり得ない。なぜなら人間は生きており、また死なねばならず、そして人間は考えるからだ。

政治上の改革は一日にして行なわれるが、人間の変化はそうは行かない。遠くギリシャに発見され確立の一歩を踏みだした人性が、今日、どれほどの変化を示しているであろうか。

 人間。戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向かうにしても人間自体をどうなしうるものでもない。戦争は終わった。特攻隊の勇士はすでに闇屋(やみや)となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。

人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。

人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。

 戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄のごとくではあり得ない。人間は可憐(かれん)であり脆弱(ぜいじやく)であり、それゆえ愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。

人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるであろう。

だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。

そして人のごとくに日本もまた堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。

政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。<転載終わり>

谷崎潤一郎と晩年の川端康成にはなぜか,共通点がある。一言でいえばかつてヘミングウエイが射精という行為が絶対的不可能に陥り,哲学的切望をもって懇願したように,絶対的不可能に陥った老人の切実さを生に媚びず,愛から最も遠い性欲を描いた点にあります。

 
 
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