teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:3240/3607 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

クンサーのミャンマー政府への投降

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 6月21日(木)10時43分36秒
  通報 返信・引用 編集済
  SLORC(国家法秩序回復評議会)は阿片・ヘロイン取引を国家経済に取り込んでいる。
クンサーの投降は本当の投降ではなくクンサーを含むドラッグ王たちはヤンゴンに集結してクンサーのシャン州ドラッグ製造所に全面的にアクセスができるようになった。(詳しくはジョン・コールマン「300人委員会」390ページ以降に詳しい。


http://www.mekong.ne.jp/directory/history/khunsatoukou.htm

 ミャンマー、タイ、ラオスにまたがる世界有数の麻薬生産地である「黄金の三角地帯」で長らく「麻薬王」の異名を取ってきたクン・サー(1934年2月17日生まれ)が、1996年1月、ミャンマー軍事政権・国家法秩序回復評議会(SLORC)と停戦に合意し、ミャンマー軍事政権に「投降」した。



 ミャンマーの反政府勢力「全ビルマ学生民主戦線」の1996年1月3日の声明などによると、クン・サーのモン・タイ軍(MTA : Mong Tai Army)が、ミャンマー軍事政権と停戦交渉に入ることを決めた。モン・タイ軍の特使がヤンゴンにすでに到着し、ミャンマー東部の同軍本拠地ホモンにはミャンマー政権の部隊が向いつつあるとの情報もあると、1996年1月4日付の日本の主要紙でも報じられた。その後、戦闘なくしてミャンマー国軍がホモンを1月4日までに制圧したと伝えられた。モン・タイ軍とは、クン・サーの指揮下で「シャン族の分離独立」を標榜してきた兵力約1万人の軍事組織。



 そして、ミャンマー軍事政権は1996年1月8日夜、クン・サーのモン・タイ軍が同政権に「降伏」したと国営テレビで報じた。モン・タイ軍の本拠地ホモンに、1996年1月7日、ミャンマー軍事政権ナンバー2のマウン・エイ国家法秩序回復評議会(SLORC)副議長らを迎えて武器引渡しの式典を行った。この式典の様子がミャンマー国営テレビで放映されたが、テレビではクン・サーの処遇にはふれず、その姿も放映されなかった。



 ミャンマー軍事政権は、それまで麻薬にかかわるクン・サー側を「麻薬犯罪人」と呼び、クン・サー傘下のモン・タイ軍を他の反政府少数民族組織と区別し、麻薬組織とは交渉しないとして和平交渉の対象外とし戦闘を続けてきた。一方、モン・タイ軍は、1995年7月に一部が分裂し、クン・サーも1995年11月に引退を表明した。



 クン・サーがミャンマー軍事政権に本拠を明け渡したことに関し、1996年1月4日、バーンズ米国国務省報道官は、1990年にクン・サーをヘロイン取引の罪で起訴している米国政府が、ミャンマー側に身柄引き渡しを要求している事を明らかにした。クン・サーは本拠のホーモンにとどまっているとみられるが、報道官は記者会見で「彼は米国の法廷で裁かれるべきだ」と強調した。更に、東南アジアを歴訪中のロード米国務次官補(東アジア太平洋担当)は1996年1月13日バンコクで記者会見を行った。ミャンマー軍事政権に「降伏」した「麻薬王」クン・サーについて、政権がクン・サーに有利な取引をしたとすれば、「各国の麻薬規制に打撃を与え、(クン・サーが)自由の身でいるなら、国際社会は苦痛を感じることになろう」と、麻薬密輸の罪で起訴している米国に身柄を移すよう求めた。



 こうして、ミャンマーと米国との間には犯人の引き渡し協定がなく、米国から麻薬密輸容疑で起訴されている「麻薬王」クン・サーを、ミャンマー軍事政権がどう処遇するかが注目されたが、ミャンマー軍事政権は、クン・サーの米国への引き渡し要求を拒否し続けている。また、支配地をミャンマー軍事政権に明け渡し「投降」したクン・サー自身は、その後ミャンマー軍事政権によってヤンゴン市内にかくまわれているといわれ、クン・サーや彼の一族は活発なビジネス活動を続けている。



 尚、クン・サー率いるモン・タイ軍の支配地域のミャンマー国軍への明け渡しは、ミャンマーとタイとの間に軍事的緊張を一時高める事になった。ホモン周辺を1996年1月3日から4日までに占領したミャンマー国軍の一部がタイとの国境未画定地域にも侵入し、これに対しタイ国軍が重火器を増強して防備を固めるということが起った。タイ国軍筋によると、ミャンマー国軍部隊約1,500人が、1月4日までにモン・タイ軍が駐留していたタイ北部チェンマイ県メアイ近郊の戦略拠点ドイランを無血占拠した。このドイラン周辺はタイ、ミャンマー両国が領有権を主張する国境未画定地区で、これまではモン・タイ軍が占領していたため両国にとって一種の緩衝地帯になっていた。





   (参考資料:1996年1月の朝日新聞、讀賣新聞など)
 
 
》記事一覧表示

新着順:3240/3607 《前のページ | 次のページ》
/3607