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八咫烏の言っている賀茂氏=レビ族

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2016年10月11日(火)14時42分1秒
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  http://8628.teacup.com/toraijin/bbs/3284

ヤタガラスが言っている「賀茂氏=レビ族」   投稿者:荊の紀氏   投稿日:2013年 1月 9日(水)21時23分42秒      通報 返信・引用


   鰐族の出自はイスラエルのレビ族
新天地に足. を踏み入れる際は誰よりもまず. レビ族が先行して出向き、立地. 条件を 検証して宗教儀式にふさ. わしい神聖な土地を選別し、そ. こで神を祀ることから移民の 歴 ...http://www.nihoncity.com/journal/pdf/vol_125.pdf#search='%E3%83%AC%E3%83%93%E6%97%8F%E3%81%8C%E5%85%88%E8%A1%8C'
移民の歴史が始まりました。
日本列島に到来した南ユダ王国の民には、神殿にて仕えていたレビ族の子孫が数多く同行してきたに違いなく、その結果、短期間で各地にイスラエル系レビ族の拠点が増えていくことになります。

本物のレビ族は、「 モーセの魂」が奉納されている幣立神宮にいらっしゃると思いますhttp://twitter.com/sogahatakenji/statuses/272255967020847105

「ヤタガラス」とは、裏神道秘密組織「 ... その正体はイスラエル12氏族の内、祭祀を つかさどっていたレビ族の末裔で、「賀茂氏」と呼ばれる「秦氏」の一派だといいます。http://ascensionnote.blog.shinobi.jp/Entry/41/
陰陽師、安倍清明やそのライバルの蘆屋道満はもちろん、そもそも陰陽道の開祖である役小角も「賀茂役君小角」と呼ばれる「賀茂氏」の一員であったそうです。
神道の祭祀氏族には中臣氏や卜部氏、猿女君氏、忌部氏などが存在しますが、天皇の即位式である大嘗祭のように、直接天皇祭祀に関わるトップが「賀茂氏」というわけです。

「なぜ、ヤ一ウェを祀ったはずの、秦氏の創建した神社に龍が掲げられているのか?」と。なぜならば、聖書においては、龍と蛇は等しく悪魔の象徴であって、天地創造の神様を拝する礼拝所には相応しくないからです。http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1043
伊勢神宮の内宮の地下宮にイエス キリストの血染めの十字架が祀ら・れており、表はイエス キリストであるが、裏は蛇であると書いてありました。これには強いショックを受けました。なぜ蛇かといえば、蛇には無毒の蛇と有毒の蛇とがあって、エデンの園で人間を堕落させた蛇は毒蛇だから悪魔の象徴であるけれども、モ一セが青銅で作った蛇は火の蛇に噛まれた人を救った蛇だ・から、無毒の蛇であり、これこそイエス キリストの象徴であるというのです。その証拠に、後の世の人々はこの蛇を「ネフシュタン」と呼んで拝んだと聖書に書いてある(列王紀下18:4)というのです。著者たちは、聖書がこの「蛇礼拝」を是認していると解釈していますが、それは違います。《列王紀下18:3~4》を見てください。「ヒゼキヤはすべて先祖ダビデがおこなったように主の目にかなう事を行い、高き所を除き、石柱をこわし、アシラ像を切り倒し、モ一セの造った青銅のへびを打ち砕いた。イスラエルの人々はこの時までそのへびに向かって香をたいていたからである。人々はこれをネホシタンと呼んだ。」とあります。
関連URL..........聖書ものがたり・列王記
http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/135.html

海部宮司も「龍には善い龍と悪い龍とがあります。善い龍は雨を降らせ、豊作をもたらし、霊験あらたかなので、籠神社でも龍をお祀りしています。これをお読みください」と言ってパンフレットを下さいました。わたしはこの問題に関してそれ以上のことは何も言いませんでした。ただ宮司はわたしたちに対して、「シュメ一ルをご研究になることをお勧めします」と言われたのです。それと今一つ気になったのは、古来、籠神社を規制する何かの勢力があるということです。それは、暗示するだけにとどめたいと言われました。シュメ一ルと日本帰宅してから、わたしは早速シュメ一ルの研究にとりかかりました。この一年の研究で、これまで知らなかったことが色々分かってきました。

スメル人の別の神話によれば、「混沌の中から、巨大な蛇の化身ラ一ムウ(男神)とラハウム(女神)が生まれた。ラ一ムウとラハウムとは、激しく絡み合って交合し、聖なる夫婦神アンシャルとキシャルとを産んだ」とあります。この神話の影響はア一リア人「イン族」によって支那にもたらされ、BC16世紀にイン族は黄河流域に達して夏王朝を滅ぼし、殷帝国を建てます。伝説によれば、殷の最初の帝は伏義(ふつぎ)で人面牛首蛇身の男神であり、帝妃は女禍(じょか)といい、人面蛇身の女神であったとされています。ふたりの絵では下半身が絡み合った姿になっています。さて、いわゆるシュメ一ル文明の最後の華を咲かせたウル第三王朝がBC2004年に滅びますと、スメル人は忽然として姿を消します。彼らは一体何処へ行ったでしょうか。岩田 明は前掲書において、スメル人が海と陸の二手に分かれて移動したのではないかと推理しています。海に逃れた人々は得意の船団を組んでインド洋、南太平洋、南支那海を通って
日本列島に到達したと見ています。

第3団は太平洋岸づたいに関東地方の茨城沿岸に上陸し、鹿島神宮、香取神宮を建てました。これが神武天皇の樫原の宮における即位と同時期だといわれます、(岩田 明著前掲書p.136)。

殷の皇帝は伏義(ふつぎ)、帝妃は女禍(じょか)といい、上半身は人で下半身は蛇であり互いに絡みあっていたといわれます。このア一リア人蛇勢力が日本に到達したのは恐らくBC1400年ころで、先住民族を滅ぼして出雲王朝を建て、その支配は日本海沿岸を北上して東北地方に及んだと思われます。出雲には、スサノウノミコトによる八股の大蛇退治の神話がありますが、その子孫とされる大国主命というのは謎の人物です。古事記では、オオクニヌシはスサノウの息子になっていますが、日本書記では、スサノウの五世の孫になっています。そして、オオクニヌシの別名が六つもあって、その一つは大物主神(オオモノヌシ)という龍蛇神です。現代にいたるまで出雲では龍蛇神信仰が中心となっているのです。更に、出雲大社の社殿は古代においては高さ90メ一トルあったといわれます。想像を絶した大建造物ですが、これは、メソポタミア伝統のジグラットを模したものと考えられます。ウルのジグラットはBC2050年頃に築かれたもので、これは復元されています。

神社がイスラエルの幕屋様式てあるとか、秦氏が創建したとかいっても、真の神様を礼拝するに相応しいかどうかを良く識別して、福音宣教の健全な道を見出して行きたいと思います。ヨハネ黙示録にあるように「この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは地に投げ落とされ、火の池に投げ込まれて滅ぼされます」から恐れることはありません。、アァメン

関連ではありませんが~アロンの杖に花が咲く

http://8628.teacup.com/toraijin/bbs/3565

モーゼとシナイ山の関係が述べられたいますが歴史的には違うようです。でもそう信じている方が幸せかもね

隠された神の山

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/935.html

アロンの杖で検索すると16件も出てきちゃいました~アロンの杖とマナの壺は3番目のページ

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83A%83%8d%83%93%82%cc%8f%f1&inside=1

ついでにジグラットでは11件も

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83W%83O%83%89%83b%83g&inside=1

閑話休題

こうして私は自殺からまぬがれた~トルストイ「懺悔」より

http://denik-hallelujah.blogspot.jp/2011/01/12-2.html

12-2 こうして私は 自殺からまぬがれた

神は 私の探求、絶望、あがきを知り、かつ 観(み)ている。

《神は存在するのだ》 と私は自分に言った。

そして そのことを一瞬 認めさえすれば、

ただちに 私の身内に生命力が高まり、

生存の可能と歓喜を感ずるのだった。

然(しか)し私は 再び 神の存在の承認から

神との関係の探索に移行し、そして再びあの神が、

子なる救世主を地上に遺(のこ)した三位一体(さんみいったい)の神の姿が現れる。

そして再び この世界から、私から隔絶(かくぜつ)した神は、

氷塊(ひょうかい)のように 私の面前で溶け去り、

再びなんにも残らなくなり、

再び生命の泉が涸(か)れるのだった。

そこで私は絶望に陥(おちい)り、
自殺する以外 何もすることがない と感ずるのだった。

しかも 何よりもいけないのは、その自殺するということすら
私には 何も出来ないということを感じたことだったのである。



二度や三度でなく、何十回何百回と 私はこうした状態、

喜びと生気につづく絶望と生存不可能の意識の繰り返し といった状態に陥った。



忘れもしない、それは早春のことであったが、

私は一人 林の中にあって、

その林の中の 種々の物音に 耳を傾けていた。

私は 耳を傾けながら、

この三年間 絶えず常に ただ一つのことを考えて来たように、

ただ一つのことを考えていた。

私は 再び神を探していたのだ。



《よろしい、神などというものは 存在しない---と私は自分に言うのだった

---私の単なる表象(イメージ)でなくて、私の全生活のような実在としての神、

といったものは 存在しない。そして何者も、いかなる奇蹟も、

そのようなものの存在を証明することは出来ない。

なぜなら 奇蹟も私の表象であり、のみならず不合理な表象ですらあるのだから。》

《然しながら私のこの神の観念は?---と私は自問した。

---この観念は どこから生じたのか?》 そしてこの事を考えるや、

再び私の内部に喜ばしい生の波動が高まったのである。

私の周囲のものが 何もかも活気を帯び、意味を持ち始めた。

それでも 私の喜びは永くつづかなかった。

やっぱり 理智が活動をつづけたのだった。

《神の観念は---神ではない》と私は自分に言った。

---《観念というものは 私の心中に生ずるもの、

神の観念は、私が自分の心中に喚起(かんき=呼び起こす)することも
しないことも出来るところのものなのだ。

それは 私が探し求めているものではない。

私は、それなしでは生きて行くことが出来ないもの、

そんなものを探しているのだ。》

そして再び私の周囲のものや、私の内部のものが、

何もかも滅び始め、再び私は 自殺を想うのだった。



然し その時私は 自分自身をふりかえり、

自分の中に生ずるところのものをふりかえり、

そしてこの何百回となく私の中に生じた
滅びと蘇(よみがえ)りのくりかえしを思い起こした。

私は 自分がただ、神を信じている間だけ 生きていたことを思い起こした。

昔そうであったように 今も、神を認めさえすれば私は生き、

神を忘れ、神を信じなくなった瞬間に 私は死んだといってよかった。



この蘇生(そせい)感と 死滅感は 一体 何を意味するのだろう?

私は 神の存在への信仰を失うや、生きていないも同然だった。

もしも私に 神を見出すという、

はっきりしないけれど ある期待がなかったら、

とっくに 自殺していたにちがいない。

私は神を感じ、神を求める時、そんな時だけ生きる、

まぎれもなく生きるではないか!

では一体 私は外(ほか)に何を求めているのか?
---と私の内部の声が叫んだ。

---そら、これが神だ。

神とは、それなしには生きて行けないところの そのものなのだ。

神を認めることと生きること、
---それは 同義語である。

神は 生命である。



神を探し求めつつ生きよ。

さすれば 神のない生活の生ずる いわれ(=理由)はない。

かくて 私の内部 及び周辺において、

全(すべ)てが 未(いま)だかつてなかったほど明るく輝き、

そしてその光は もう決して私を離れなかった。

----- こうして 私は自殺からまぬがれた。

同じく懺悔より~自殺しなかった原因

http://denik-hallelujah.blogspot.jp/2011/01/7-2.html

7-2 自殺しなかった原因



第三の脱路は 力とエネルギーのそれである。

それは 生が悪でありナンセンスであることを知って、

それを絶滅させることの中にある。

力強い、首尾一貫した性格の人々が 稀(まれ)にそうした行為に出る。

我々の上に仕組まれたメロドラマの馬鹿々々しさが すっかり分り、

彼らはそうした行為に出て、一挙に愚劣な芝居を しまいにする。

幸い 手段は色々ある。

首にはめるロープの輪差(わさ=ひもを結んで輪にしたもの)、水、
胸に突き立てるナイフ、線路を走る列車、等々である。

実際 我々仲間の人達で、こうした行為に出る者が絶えず増大している現状である。

しかも そうした行為に出る人達は、

多くの場合 人生の最もよき時代、精神力がまさに満開の、
人間の理性を貶(おとし)める俗習が あまり身にしまぬ時代においてである。

私は これが最も品位ある脱路であると思い、そういう風にやりたいと思った。



第四の脱路は 優柔不断のそれである。

それは 人生の悪と無意味さを悟っていて、

所詮 なんにも始まらぬと前もって分っていながら、

やはり荏苒(じんぜん=歳月が移り行くままに、何もしないで)日を送ることの中にある。

この種の人達は 死が生よりましであることを知っていながら、

それでもさっさと欺瞞と裾(すそ)を分って自殺するという、
筋の通った行為に出る力がなく、
何か物待ち顔に生きて行く。

これが 優柔不断の脱路である。

というのは、もし私が よりましなものを知っていれば、

そしてそれが私の手にとどくとすれば、

どうしてそれに身を委ねないのか?

--- 私はこうした種類のうちの一人だった。



こういう風に 我々仲間の人達は、
四つのやり方で 恐るべき矛盾から身をのがれている。

どんなに自分の精神的注意力をはりつめても、

この四つの脱路以外には 私は何も見ることが出来なかった。



一つの脱路は、

生が無意味であり空であり悪であり、
寧(むし)ろ 生きない方がましであるということを悟らぬ というやり方である。

私はそれを知らずにいることは出来なかったし、
一度知ったら それに眼を瞑(つむ)ることも出来なかった。

もう一つの脱路は、

未来のことを考えずに、現在あるがままの生を享楽することだった。
これも私にはやれなかった。

私も釈迦牟尼(しゃかむに)のように、
老と苦と死とが厳存(げんそん=確実に存在)することを知った以上、
猟などに出かけたり出来なかった。

そのためには あまりにも私の想像は 生々しすぎた。

それにまた私は、
一瞬 私に享楽を恵んでくれる 束の間の偶然を喜ぶことが出来なかった。

第三の脱路は、

生が悪であり愚劣であることを悟って それを停止する、
つまり 自殺することだった。

私はそれがよくのみ込めたのだが、

なぜだか依然として自殺しなかった。

四番目の脱路は、

ソロモンやショーペンハウエルのような状態で生きること、
つまり、生が愚劣な、私の上に仕組まれたメロドラマであると知りながら、
それでも生きて 顔を洗ったり、着物を着たり、食事をしたり、
しゃべったり、本まで書いたりすることである。

これは 私にとって不快でもあり 苦しくもあったが、

やっぱり こうした状態にとどまっていたのである。



今思えば 私が自殺しなかった原因は、

私におぼろげながら
自分の思考の誤りを感ずる意識があったことだ ということがわかる。

我々に 生の無意味を認めさせるに至った、私や賢者達の思考の道筋が、

どんなに確実で疑いのないものに見えるにしても、

やはり私には 自分の判断の真実性に対する
おぼろげな疑念が残っていた。



その疑念 というのはこうだった。

私、即(すなわ)ち私の理性が 生の不合理性を認めた。

もしも より高い理性が存在しないなら
(そんなものは存在しないし、その存在を証明し得る何者もない)

この理性が 私にとっての生の創造者である。

理性がなければ、私にとって生もまた無いであろう。

自分自身が 生の創造者でありながら、

この理性はどうして生を否定するのであるか?

あるいは他面から言えば、

もしも生がなければ 私の理性もないであろう。

つまり 理性は生の子供である。

生こそ全(すべ)てである。

理性は 生の果実であるのに、

その理性が 生そのものを否定する。

どうもそこのところが少しおかしい、と私は感じたのだった。





関連記事:

ヘルツルの日記 その1

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/937.html

ヘルツルの日記 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/937.html

おまけ~ラブアン島

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