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世界の終わりと始まりの狭間

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月 6日(月)19時04分19秒
  通報 返信・引用 編集済
 

鎮魂の詩(うた) 戦友に捧ぐ

この世に真実に神々が存在されるなら
神々がもし おられますならば特別の
限りなき 慈しみの心をもって
犠牲(いけにえ)となった 若き人々の血を涙を
捨石となった 兵士たちをなぐさめ給え
桜花の花吹雪となった人々をいけにえに
親や弟妹たちの悲愁の涙を訴えを
レイテ湾や リンガエン湾に
大空に星と輝かせまし 水清く屍
草むす屍に 額たれてただ祈るは
安らぎを 永遠の安らぎをと祈るのみ

深い静寂に包まれた森林の奥深く奥深く
ひっそりと眠りつづける 比島だけで
深海の底に横たわる50万柱とか
数えきれない艦船を 山野を洞窟を
「墓標」として本土へ還るすべなく
太平洋の海鳴りは この貴い犠牲者達
の望郷の想いだ。平和の礎たちよ安らかに

昭和55年元旦 大學教授 今富正己・諏訪茂さんの手記から。



http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1617

世界の終わりと始まりの狭間

 永遠がやってくると、
 世界はすべて点の中に入る。
 なぜなら、永遠の中ではすべての長さは限りなくゼロに近くなるからだ。
 創造はこの限りなくゼロに近い無限小の場所から始まる。

 この大宇宙を点の中に畳み込むこと。
 137億光年をプランク半径と同一視すること。
 ??点が円環を内包したとき、聖母マリアはイエスを懐胎する
 まるにちょんが入るのだ。

 そして、君は聞く。
 永遠ってどこにあるの?
 僕は言う。
 目の前さ。
 目の前?
 そう、見ること自体が光であるということに気づいたとき。
 見ること自体が光?
 そう。僕らは光でモノを見ているんじゃなくて、光自体が見ることだということさ。
 ということは、見ることって光速度の中にいるってこと?
 そうだよ。
 じゃあ、遠くの星は今の光なんだ。
 もちろんさ。
 よかった。僕の好きなカシオペア座も今あそこにあるんだね。
 はは、当たり前さ。いつでも「今」なんだから。

 じゃあ、「今」から何をすればいいの?
 たくさんの「今」を集めることだよ。
 そっか、みんなを「今」にしちゃえばいいんだ。
 うん、そうしたら、本当の未来がやってくる。

管理人注:元記事はヌ―理論なのですがニフティブログが削除

石原慎太郎認知症か

石原氏は、豊洲市場は安全で一日も早く移転すべきとしたうえで、「小池知事こそ移転させない不作為について責任があると思っており、このまま無策を続けるなら、法的手続きも検討せざるを得ない」として、訴訟などを起こす準備を進めていることを明らかにした。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20170307-00000046-nnn-soci

石原慎太郎と武田泰淳,カンディンスキーヴァシリーとヒロ山形,ダリヤムンクの影響を受けた谷内六郎,ある米国文学者と村上春樹の類似性......下の武田泰淳のようにオリジナリティを持つことは難しいのです。

パクリの慎太郎とオリジナルの武田泰淳~文春はバレないように「異型の者」を廃絶版にしていた。

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1076

武田泰淳「異型の者」
投稿者:管理人 投稿日:2012年 8月20日(月)23時31分50秒   通報 返信・引用 編集済
穴山という人物が直情径行的だ。隆起したペニスをむき出しにして控え室を仕切っている障子に走っていって穴をあける。彼の取り巻きや主人公が見守るなか、つぎつぎと障子に穴がくっきりとあけられていく ...............これが問題の文章で石原慎太郎の「太陽の季節」での完全なるパクリである。石原の文体はヘミングウエイで特に物語は「日はまた昇る」のパクリでもある。

ところが話にはまだ続きがある。阿久悠さんの本「時には懺悔の値打ちもある」

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%99%82%E3%81%AB%E3%81%AF%E6%87%BA%E6%82%94%E3%81%AE%E5%80%A4%E6%89%93%E3%81%A1%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8B&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

の中でこの「ペニス」の件のパクリがあからさまになっている。ところがその後大分あとになってから慎太郎と阿久悠の対談がMXTVで行われていたのを偶然視聴した。慎太郎がこの本を読んでいないのかインタビューに応じた阿久悠が莫迦なのか今もって分からない。

異型の者...........電子文

http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/late/takedataijun.html

http://oceanic.blog70.fc2.com/blog-entry-294.html

 私からするとつかみどころのない主人公だ。社会に対する野望はもちあわせていない。あれをしたい、これをしたいという具体的な計画もない。実家が裕福な寺であったので、その跡を継ぐことが気楽に見えて自然にその道を選んだ。だがまったく後退的な姿勢のままかというと、そうでもない。学生時代には社会主義の運動に参加して投獄された経験もある。僧侶の資格を得るため、本山の寺に一定期間泊り込んでの集団生活をするいわゆる「加行」(けぎょう)の最中に政治的騒動が起きると、堂々と意見を述べて、火中の栗を拾うこともする。そういう正義感をもちながらも、対話のなかでは愛や憎しみを「誤解のうえに成立するものであります」と身辺からとおざけるようなことも言う。また僧侶の身でありながら禁欲的生活にはまったく自信がないと決めてはばからない。そうかといって観念的世界に興味がないわけではない。どうすれば諸観念にとりまかれながら据わりのいい位置をしめることができるか、あるいはできないか、ということも考えないではいない。自分に対する決定論よりも、むしろ曖昧な部分をより重視する、それと世界との関係に知らず知らずに引きこまれる。そんな人物像が見えてくるように思う。

 作者武田泰淳(1912~1976)自身の経歴をモデルにした短編である。武田の実家は浄土宗の寺であり、武田も加行に参加して僧侶の資格をとったからだ。(川西政明の巻末解説参照)だが順番は現在が先で、加行の物語は後にくる。同棲中の女性が勤務している「特殊喫茶」で彼女の勤務明けを待って座っている場面が始まりである。「特殊喫茶」とはなんだろうか。はっきりは書いていないが売春施設であることも考えられる。その「花子」という女性には上客がいて、花子を「マリア」と呼んで高価なプレゼントをときどき与える。既に肉体関係が生じたのかどうかは不明だが、たいへん好きであり、その感情を抑えられなくなっている。主人公は彼を「哲学者」と呼ぶ以上の説明はないが、インテリのようだ。男二人は花子との関係で知り合いになっている。「何か憎悪に似たものでギラギラ両眼をかがやかし、悲痛な切迫した口調」で哲学者は主人公に話しかけて会話は始まる。要は女性を大事にしなさいよという忠告だ。そこから一転して、彼は自分は地獄に落ちると言う。この部分も説明が省略されているが、女性を愛してしまったことへの自責の念が高じたゆえの思いだと受けとれる。たぶん「哲学者」はそれまで学究に打ち込んできて禁欲的生活のもとにあった。倫理的な土台もそこにあったのだ。女にうつつを抜かすことは、そういう生活を裏切ることになる。だが引き返せない。「地獄」をみずからに言い聞かせることで将来の自己処罰を決定づけて、かえって安心して、今後も花子を愛しつづけようとするのではないか。そして、哲学者のその言葉に対して主人公は意地悪な反論をする。この短編の読みどころのひとつである。

「先生は極楽へ往きますよ」
「極楽?」と学者は不機嫌をむき出しに、眉根をしかめた。
「先生が何と言われても、先生は極楽へ往きます」
「何故かね」
「だって人間はみんな極楽へ往くときまっているんですから」
彼は一瞬、呼吸をとめた。そしてさも憎らしそうに私をみつめた。小学校の一年生が黒板に白墨で大きな数字を二つ三つ書き、あらゆる数学上の計算はこれですと主張したときの、大学教授の目まいと憤怒が彼を襲っているにちがいなかった。
(中略)
そして、極楽というブワブワした軟体動物で、地獄往きのスピードを喰いとめられた具合わるさをモグモグと噛みしめている様子だった。(p77~78)


 虚をつかれて狼狽するインテリの表情が目に浮かんで、ある種痛快さを覚えずにはいられない。インテリは愛憎の急迫する情緒のもとでいそいで地獄の理論構築をした。だが思いこみが強すぎると忘れてしまうことがある。主人公が仏教にたずさわる者であることを「哲学者」が知っていたのかどうかは不明だが、罪人もふくめて人間はすべて極楽往生するという浄土宗や浄土真宗の教義をたぶん彼も知っていただろう。それを指摘されて思い出したはいいが、理論的反駁がただちにできない。すると理論も含めた情緒の世界がぐらついてくるのだ。一方、主人公にしてみればみずからの宗の教えを披露するくらい何の造作もないことだ。「うっかりと」「奥の手」が出てしまったにすぎない。理論の面で渡りあう意気込みなどなかったのではないか。ちょっと意地悪をしてみたかったのだ。それにしても哲学者はあっけなくぐらついた。武田はここでインテリの視野の狭さ、脆弱さを指摘したかったのか、それはあるだろう。もうひとつあるのは、あの世ではなくこの世こそ極楽であったほうがいいという主人公の願いだ。(この願いは後の、ある僧との会話に出てくる)女性を好きになる、肉体関係をつくるということは一種の極楽である。そうでなくても女性を好きになることくらいでくよくよしなさんなというやわらかい忠告もふくまれている。前半の部分はこの会話のあたりで終わり、後半では加行とそこでの「この世の極楽」への主人公の執着ぶりが描かれる。

 人間すべては極楽へ往く、そう言って「哲学者」を狼狽させた主人公だが、実は彼もまた同じことを言われて、哲学者とまったく同じ狼狽をしめしたことがあった。十代後半に体験した加行時のこと、ある僧侶との会話においてだが、この世のもろもろに対する執着がまったく無意味になってしまう、あの世の極楽が至上価値ならば、この世の「青春の悲しみも、歓喜も、毛髪もそそけだつ苦悩も、骨も肉もとろけ流れる快楽も」雲散霧消してしまうではないか。そんな馬鹿な、寂しいことはない。こうして彼は、自分の宗の教義をにわかに嫌悪するのだ。彼にとってはこの世の極楽のほうがよほどおもしろいので、加行という修行につきまとう禁欲ほどつまらないものはない。それに違反することに何のためらいもない。たぶん精進料理しか出ないのであろう、実家の書生からさしいれられた寿司などを口に入れたり、夜、女性のいる飲食店に出かけたりする。用意周到、坊主頭をかくすためのソフト帽や衣装もそろえているのだ。醤油をわけてもらうために炊事場に行って、係の若い僧にマグロの寿司を分けてやる場面など印象に残る。主人公はお坊ちゃんだ。

 若い身空で一定期間とはいうものの禁欲生活を送ること、これに積極的な意義をみいだす人は、それほどはいないだろう。宗教教義によほどの支持や興味を抱かないかぎりは。そういう人はこの短編には登場しない。だから禁欲が人に生じさせる変化を経て、教義にふさわしいと思われる人間像が描かれることはない。(主人公と対話した僧がそれにあたるだろうか。また百歳を超える大僧正も回想場面で出てきて、欲望とはまるで縁のない姿が描写されるが、いずれも「若く」はない)総勢約八十人の一人一人まではわからないが、禁欲生活にはつまらない思いを抱いているのではないかとかってに想像してしまう。主人公のようなお坊ちゃんはきわめて少数で、貧乏な階層が大部分だ。若い頃から寺に預けられて苦労をかさねた人、四十代、五十代にもなってようやく僧侶の資格を取ろうとする人もいる。ほとんどの人が就職と生活のために本山の寺に集まっているのだ。

 禁欲を実践したところで、禁欲的志向が安定することはない、むしろ逆である。自分の欲望のありように直面せざるをえない。なかでも女性への思いが募ってくる。主人公も例外ではないが、穴山という人物が直情径行的だ。隆起したペニスをむき出しにして控え室を仕切っている障子に走っていって穴をあける。彼の取り巻きや主人公が見守るなか、つぎつぎと障子に穴がくっきりとあけられていく。これは主人公のような「恋情のオブラート」につつんだ女性の肉体へのあこがれというものではない、生理的欲望そのものを凝視したうえで、その奥底にあるものの発散である。また破れかぶれのその行為には、現在の禁欲生活への怨みとともに将来にわたる穴山の野望と意気込みもこめられている。穴山は貧乏で、反抗心旺盛で、坊ちゃん育ちの主人公を憎悪している。「おめえは死ね。おめえなんか、もう死んじまったっていいんだ。だが俺の方はそうはいかねえんだ。これからいくらでもやることがあるんだ」と吐き捨てる。宗教的静謐とはまるで縁遠い、主人公とはちがった意味での生臭坊主の典型の人物だ。「若者の陰気なニヒリズム」とも書く..............

......とまあこんなわけで太陽の季節は芥川賞を受賞し慎太郎はミーハー族の頂点にいた、

以下は前の記事の続きです



阿久悠が死んだ

http://www.ashida.info/blog/2007/08/post_217.html

あれは二月の 寒い夜
やっと十四に なった頃
窓にちらちら 雪が降り
部屋はひえびえ 暗かった
愛というのじゃ ないけれど
私は抱かれて みたかった

あれは五月の 雨の夜
今日で十五と 云う時に
安い指輪を 贈られて
花を一輪 かざられて
愛と云うのじゃ ないけれど
私は捧げて みたかった

あれは八月 暑い夜
すねて十九を 超えた頃
細いナイフを 光らせて
にくい男を 待っていた
愛と云うのじゃ ないけれど
私は捨てられ つらかった

そしてこうして 暗い夜
年も忘れた 今日のこと
街にゆらゆら 灯りつき
みんな祈りを するときに
ざんげの値打ちも ないけれど
私は話して みたかった





兄さん 死んでくれてありがとう

https://www.amazon.co.jp/%E5%85%84%E5%BC%9F-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%81%97-%E7%A4%BC/dp/4167152061#reader_4167152061

そしてこの歌は生まれた



八代亜紀さんと聞き比べ

https://www.youtube.com/watch?v=vlSYxEr8OiY

石狩挽歌歌詞

http://www13.big.or.jp/~sparrow/MIDI-ishikari-banka.html

昭和50年(1975年)  JASRAC No.007-4322-4
Crick !

石狩挽歌(いしかりばんか)

作詞:なかにし礼(曲リスト)
作曲:浜 圭介 歌唱:北原ミレイ
制作:滝野細道

(一)
海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ
雪に埋もれた 番屋の隅で
わたしゃ夜通し 飯を炊く
あれからニシンは どこへ行ったやら
破れた網は 問(と)い刺し網か
今じゃ浜辺で オンボロロ
オンボロボロロー
沖を通るは 笠戸丸(かさとまる)
わたしゃ涙で ニシン曇りの 空を見る

(二)
燃えろ篝火 朝里(あさり)の浜に
海は銀色 ニシンの色よ
ソーラン節で 頬そめながら
わたしゃ大漁の 網を曳く
あれからニシンは どこへ行ったやら
オタモイ岬の ニシン御殿も
今じゃさびれて オンボロロ
オンボロボロロー
かわらぬものは 古代文字
わたしゃ涙で 娘ざかりの 夢を見る

この「石狩挽歌」は作詞のなかにし礼の少年期の実体験に基づいたものといわれています。たしかに実体験したものでないと出てこない言葉が随所に使われています。この詞の中の<朝里>は小樽の東外れの浜で、満州から帰還した中西一家はこの小樽にあった実家を担保に入れてニシンを追ったのでしたが、失敗して一家離散の憂き目にあったのでした。この辺りのことは、なかにし礼著『兄弟』に詳しい。中西禮三少年をこの歌の中にはめ込んで歌ってみると、この歌の意味がよく分るでしょう。
細道はMIDI制作に当たって、あまり複雑にならないよう、付いて口ずさめるようシンプルさを心がけていますが、今回はパーカッション主体としてみました。煩雑ですか?

海猫(ごめ):カモメの一種、猫のように鳴く。ウミネコ。ニシンの群れに沿って集まってくる。  赤い筒袖(つっぽ):火消しのつつそで同様の袂(たもと)の無い半纏のようなもの。 ヤン衆:ニシンは<春告魚>というように短い漁期なので季節漁師のような人々をいう。  番屋:魚を荷揚げしたり、加工したり、寝泊りしたりする家屋。  問い刺し網:建網ともいわれる浮子(うき)の付いた刺し網の一種の魚網。 笠戸丸:ブラジル移民船で有名だったが終戦時北方の戦役についていた時に撃沈された。 朝里の浜:札幌の銭函と小樽の中間にある浜。なかにし礼の故郷  海は銀色:ニシンの群来には海がニシンで溢れ銀色に光ったと。オタモイ岬:高島岬から赤岩山を越えた反対側にある。ニシン御殿跡がある。  ニシン御殿:写真のニシン御殿は小樽市祝津3(高島岬)の断崖上にある北海道初の民俗文化財となったニシン御殿。やや内陸の祝津2に旧青山別邸を移築した『にしん御殿小樽貴賓館』がありそこに、なかにし礼直筆の石狩挽歌歌碑がある。 古代文字:江戸末期、手宮石室洞窟の壁に文字様の壁画が発見され、古代文字だ、壁画だ、最近の悪戯だ、と諸説紛々だったが、平成になって隣接の縄文地層から同様のものが発見された。小樽の名物。
【上掲の鰊御殿の写真は小樽市より借用】オタモイ岬地図



ドラママリコ

http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010264_00000

寺崎英成

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RiWbPKiL1YNDoAPeyJBtF7?p=%E5%AF%BA%E5%B4%8E%E8%8B%B1%E6%88%90&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=&afs=&at=&aa=&ts=26655

寺崎英成で拙稿を検索すると

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%8e%9b%8d%e8%89p%90%ac&inside=1

世界を繋ぐのは女

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&afs=&at=&aa=&ts=30921


おまけ~信用買い売りはしない。現物のみのスウィングトレードで元手が160万円。





株価10倍銘柄ですが小型で流動性が低いため暴落などの場合売れないリスクがある

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGD07H66_X00C17A3EN1000/



ピザゲイトの真実

悪魔の地下経済で検索すると10件ヒットします

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トランプ政権ピザゲイトを調査へ

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3847




 
 
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