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悪の問題

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2017年 3月20日(月)17時40分39秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://ww4.tiki.ne.jp/~enkoji/akunomondai.html

関連記事:日本人の脳裏に刻まれている構造

http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/3882

魂よ蘇れサンカへの思い

http://ameblo.jp/shibaracu/entry-11215322910.html

ヨブへの答え その1・オリーブの木

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/118.html

その1に付いたコメントの一つ

投稿者:阿呆777

2010/5/20  1:55

以前のsophy93です。sophyがグノーシスの神なのだそうで、HNを変えました。

ユングの考察は興味深いものです。

ヨブは、神に対する悪魔の挑戦を知る術もない故に、自分の被った残酷な災厄を、神が故意的に与えたと理解したに違いないと思います。

それでも、神を呪うことなく罪を犯さなかった自分を、非難しに来た友人達に向かって、完全に清廉であると、神の前で主張したとしても、何らおかしくはないと感じます。

確かに、神の闇の部分を、人間が光を照射し明らかにしていると思います。

ここまでの善と廉直さを証明する事は、全能である筈の神にはできない。自分が人間になるほかには。

この面で、神は再び挑戦を受けたことになるのかも知れません。私には、ヨブは、この時点での神には勝利さえ収めていると思ってしまいます。

そのために、キリストは非常に大きな苦しみを経験し、キリストの息を引き取る前の「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」という叫びがこのことに直結して神のヨブに対する、等価の答えということでしょうか?

エゼキエル書の『その正しさによって自分自身の命を救いうるだけだ』というのは、人間にとって非常に苦難を意味することであるわけです。これを示し得る人間がはたしてどれほど存在するでしょうか?

>遭遇でもなんでもない遭遇は,遭遇の必然的結果.....陰から陽への転換という広大な宇宙的結果を生じるはずがない。

これは、信仰の世界であり、証明すらできない。でも、これから引き起こされる極悪非道の大謀反を読み解くカギになるのでしょう。

黙示録6章10節『真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。』

これはファティマの文書にも言えることです。

余りにも、余りにも犠牲が多すぎる。

もし、見当違いであれば、削除してください。

ヨブへの答え その2・全能者よ,私に答えよ

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/119.html

その2に付いたコメント

投稿者:シンクレア

2013/1/30  5:47

PTSDですか?

心を病んだ時は、人まみれの生活から離れてみるのが良いと思います。

激しい感情吐き出すサンドバックは被害者?

世間や見栄気にしなくていい環境が一番と♪

投稿者:sophy93
2010/5/25  3:20

この中にある記事を読んで、PTSDの患者さんの治療過程を思い出しました。

大きなトラウマを抱えている場合、その時の感情を、思う存分吐き出させるという作業を行い、トラウマに関する怒りを、充分だと感じるまで行います。その後、認知行動療法で、合理的思考と、対処方法を学びます。

ヨブの経験した災いは、尋常な類のものではありませんでしたから、ヨブが、沈黙している神に、答えろ!という激しい感情を吐き出すことは、必要不可欠であったと感じます。

激情に身を任せなければ、その感情は人間の中で腐敗していくと思います。

すべてを露わにしてこそ、その後に冷静で、理性的な判断ができるようになるのではないかと。

ヨブへの答え その3知恵の女神ソフィア

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/120.html

その3に付いたコメント

投稿者:sophy93

2010/5/25  4:19

ダーウィンの種の起源にも、変化するもののみが生き残るとあったはずです。

多くの示唆を与える話を聞いても、それを吸収し真実を見出だし、知恵に変化させていかなければ、知識があっても何の意味もないという事ですね。

初めは意味が解らなくとも、思いめぐらし考えることで、真実に突き当たる。それは、どこからやってくるのか解らない。

ヤーウェの神は、人間ヨブからであった。絶対者と言われる神は変化を厭わなかった。様々な事象、状況、時などによって、自分も変化してゆかねばならないという事が解ります。

自己否定から始まる。この意味を取り違えると、間違うような気がします。

私はある陰謀論者から知らない間に工作員に認定されていました。それが、sophyという名前が原因でした。その起源を知らなかった私は、自分は余程の大馬鹿であると思いました。
tatsujinさんからのご指摘で、良く調べてからコメントするようにとのご助言も、その通りだと感じました。自分の知識は本当にお粗末である。だからこそ、学び続け思考力を強化しなければいけないのだと思い知りました。隠された真実を見抜いていくために。

今回の記事は並べられている内容の意味について、何故ここにこの話が出てくるのか、何度も黙想しなければ、関連性が簡単に掴めないと思いました。これも、訓練ですね。

『賢人は一言で足りる』という格言がありました。

私は、自分の今までの理解を、先ず破壊して、構築し直すべき時です。己の愚かさを認識しつつ。

ヨブへの答え その4・神の非道

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/121.html

その4に付いたコメント

投稿者:sophy93

2010/5/25  5:18

旧約聖書のヤーウェの神について、時々イルミナティの残虐性を思い起こす事があります。非常に冷酷に振る舞う箇所が記述に見られるからです。イルミナティはこの神になったつもりなのかもしれないと。

しかし、私はしばしば自分の中にある、悪と醜い面を見つめます。自分の中で、ちらっとでもよぎる、自分を陥れた人々に対する復讐の念や、その人々の当然の報いを願う点など。まだまだあります。

何度も何度も苦境を経験しながら、立ちあがっても、またやってくる試練。そして、復活。私は身体の中途障害者でもありますが、自分のこの経験は本当に学びになったと思っています。ですが、恐らくまだ足りないでしょう。金を精錬するように、人は試されるでしょう。

自らの悪、闇の部分を見つめないなら、真の意味で善良になることは不可能に思えます。それを見つめて、自分を自戒し続けないなら、広い門より入る様な気がします。

ヤーウェの神の間違い。ヨブの正しさ。

悪や暗黒面は弱さに起因するように思います。善人ぶっている人々は本当は善人でないのかもしれない・・・

ヨブへの答え その5・教会の原理と精霊の原理

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/122.html

その5に付いたコメント

投稿者:sophy93

2010/5/25  21:52

私が何故、コメントを書き込むかと言えば、それは記事を読んだ時、自分の心に溢れたものを、ただ、管理人様にお伝えしているに過ぎません。

『OUT OF EDEN』の時に感じたものと同じです。深い、深い井戸の水脈から、澄んだ水を汲みとる様な、深遠なものを感じるのです。

今日の記事・・・一体聖書の翻訳で見えない悪意が混入していないものは、何処にあるのか! ジェームズ王欽定訳を探していたとき、カトリックの神父様に「これはあまりお奨めしません」と言われましたが、当たり前ですね。カトリックとしては、英国国教会では・・・

教会は恣意的に(私利私欲と言っても良いかもしれない)、長きに亘り、庶民から聖書に書かれている事の真実を隠してきた・・・このことは聖書をラテン語のみにし、公用語に訳すことが死に至る犯罪であった歴史だけではなかったのですね。

スウェーデン語聖書と新共同訳では、全く意味が違っている! そして現在に至っても、教会の権威の集中と、単なる依存に信仰を捻じ曲げてしまうという状況が造られている。これに、精霊の原理とグノーシス派が光をあてるのですね。

神性は人間に獲得可能なもの。これが、エバのような女性には何か邪まな欲望となって、誘惑の原因とされるものですね。善悪の知識の木の実。

しかし、善良な者にとっては、全てが善き事。自分の正しさによってのみ自らを救い得る。人間が真に神性を帯びた時、これによって、人間は孤として不安定な存在でなくなると感じるのですが、違うでしょうか? それでも、この神性を自らに賦与することは、容易でないと思います。

ヨブの在り方・・・キリストの在り方・・・
これは究極の人生です。

悪の問題

スティーヴン・T・デイヴィス編『神は悪の問題に答えられるか』 教文館

「どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか」
「なぜこういうことが起こってしまったのだろうか」
このように思うことは誰でもあります。自分自身について、あるいは世界の出来事について、しばしばそんなふうに感じます。言うならば「神も仏もあるものか」という気持ちです。
それは、人間は苦しみに出会った時に、苦しみにどういう意味があるのか、その意味を見出したいという気持ちになりますし、「なぜ」という問いに答えてほしいと、何かに対して思うからです。
そして、人生を肯定したい、いろんな苦しみはあるけれども、全体として肯定したい、そういう願いを人間は持っています。その願いに応えるのが宗教だと思います。

「なぜ」という問いに対して答えようとするキリスト教の試みが神義論ということだと思います。神義論とは、「この世に悪が存在するにもかかわらず、神は正しく正義である」ことを示そうとする議論です。つまり、悪があるにもかかわらず、神が全能であり、完全な善であることを証明しようとする試みです。

この問いをヒュームはこういうふうに言っています。
「神は悪を阻止しようとする意思は持っているが、できないのだろうか。それならば、神は能力に欠けることになる。それとも、神は悪を阻止することができるが、そうしようとしないのだろうか。それならば、神は悪意があることになる。悪を阻止する能力もあり、その意思もあるのだろうか。でも、それならはなぜ悪が存在するのだ。」

神義論では悪を二種類に区別します。道徳悪と自然悪です。
道徳悪とは、罪と呼ばれ、嘘、殺人、傲慢、ねたみ、どん欲、わがままなどです。
自然悪とは、地震、病気、飢饉、洪水など、自然の出来事によって引き起こされる痛みや苦しみです。

日本人にとっては、悪の問題(神義論)を神との関係で考えるよりも、「どうしてこんな苦しみがあるのか」「なぜ災難や困難があるのか」という問題を考える手がかりとして参考にしたらわかりやすいように思います。

『アーミッシュの赦し』を見ますと、一般にクリスチャンは、悪の問題に三通りの答えを用意しているとあります。
1,人に自由を与えた、つまり善悪のいずれも行わせている神は、ときに、その自由を十分に尊重するため、不干渉主義をとる必要があるのではないか。
2,神は人に選択の自由を与えているが、最終的な支配者は神であり、特定の目的のために何かを起こしたり、起こるのを許したりすることがある。神が描く全体像をもし見られるならば、現時点で現れた悪は、やがてより大きな善に取り込まれるはずである。
3,神が司る世界では悪が起こるが、人はその理由を知りえない。

そして、神の存在を否定するという答え。神を信じない根拠として、悪の問題を挙げる無神論者の多くは、苦しみを放置するような神を信じることに大した意味はないとします。

スティーヴン・T・デイヴィス編『神は悪の問題に答えられるか』は、
「なぜ世界はこれほど暴力と苦しみに満ちているのか。何か理由があるのだろうか」
「なぜ悪が存在するのだろうか」
「なぜ神は悪を許すのだろうか」
「なぜ神は悪を防ごうとしないのか」
という問いに、5人の神学者、哲学者が自分の考えを述べた本です。
当然のことながら、悪の問題に答えが一つしかないというわけではありません。5人はそれぞれ異なった回答をしています。
それを読みますと、正統的な神義論には、成長主義、自由意志論、終末論という三点が重要であるように感じました。

神は人間を未熟なものとして創造した。そして神は人間に自由を与えた。なぜならば人間が自由に正しいことを選ぶことによって道徳的、宗教的徳を発達させるためである。
悪は人間が道徳的に不完全だから、自由に悪を選んだことによって生じたわけである。人間は操り人形ではない。その人間が自由に選んで悪を行ったのだから、それに対してとがめられるのは神ではなくて人間である。
また苦難を通して人は成長していく。苦しみに対処することによって人間は成長する。
だから神は苦難を許したのだ。苦難は苦しむ者にとって常に益となる。

つまり、人生を神が用意した学校と考えて、未完成な初心者が成熟した成人に仕上げられる場と見るわけです。自然悪、つまり災害も人間の成長を促すために必要なわけです。困難に耐え、立ち向かい、打ち勝ち、克服すること、それが神の国への道ということです。
ですからこういうことを言う人がいます。
「神はあなたの人格を強くするためにお子さんの死を許されたのです。」

そう言われても、そもそも人間ははたして成長するものだろうかという疑問を感じます。成長主義的楽観論と言えないでしょうか。

かりに苦難が人を成長させるとしても、「人類を苦しめる悪がこれほど多いことは解けない謎だ」。やはり「どうして」という疑問は生じます。それに対する答えが終末ということです。

我々は全体の中のごく一部しか見ることができないから、なぜという疑問を生じる。しかし、私たちには説明がつかないことも、神には説明ができる。終末には苦しみの意味がすべてが明らかになる。今は完成に至る道の途中にすぎない。終末にはすべての悪がかすんで、犠牲者や苦しんだ人たちも些細に思えるようになる。

パウロの言葉です。
「わたしは、今は一部しか知らなくとも、その時には、はっきりと知られているようにはっきりと知ることになる」
「現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りない」

これもやはり楽観的すぎるように感じますので、終末論的楽観論としましょう。
キリスト教では生まれ変わりということは説きません。一回限りの生です。となると、せいぜい百年の人生で完全に成長するというわけですが、そんなことはあり得ません。そうして、死んだ時点では成長が完成していないのに、終末で急に完成するというのも変な話です。

そこで、生まれ変わりをくり返しながら、少しずつ成長して、最終的に完成するという考えを主張する人がいます。つまり、成長が完成した時点が終末というわけです。
この考えを生まれ変わり楽観論と名づけましょうか。

この考え方はニューエイジで説かれる死後観と同じものと言えます。たとえば、レイモンド・A・ムーディ・Jr『かいまみた死後の世界』、イアン・スティーブンソン『前世を記憶する子どもたち』、ブライアン・L・ワイス『前世療法』など、臨死体験や退行催眠による前世の記憶から、死後の世界、生まれ変わりが科学的に証明したと主張する本が数多く出版されています。
そこで主張されていることは、人間は成長するために生まれてきたのであり、苦難は成長するための課題として生まれる前に自分で選んだということです。

これは成長主義的楽観論、終末論的楽観論、生まれ変わり的楽観論と同じようなことを主張しています。「神は悪の問題に答えられるか」を読んで、ニューエイジの死後観は神義論の一種だと気づきました。

キリスト教では生まれ変わりを説きません。しかし、ニューエイジでは生まれ変わりを主張しているわけで、キリスト教とニューエイジとは立場が死後観が違います。
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世『希望の扉を開く』には、ニューエイジはグノーシス主義だとして厳しく批判されています。
けれども、ニューエイジはキリスト教の土壌から生まれてものですから、臨死体験における光の存在や、死んでから生まれ変わるまでの中間生での指導霊など、神や聖霊を連想させます。
そして、アメリカでは生まれ変わりを信じる人が25%いるように、キリスト教の信仰と生まれ変わりを信じることは矛盾しない、キリスト教の立場で生まれ変わりを解釈できると考える人は決して少なくないわけです。

ニューエイジの死後観を飯田史彦は「生まれ変わり生きがい論」としてアレンジしています。飯田史彦は宗教とは関係がないと言っていますが、おそらく神義論を知らないのでしょう。

人間は成長する存在である。成長するためにこの世に生まれてくる。そのために、自分で課題を選んで生まれてくる。その課題がさまざまな苦難やハンデである。たとえば、身体障害、両親の離婚、仕事の失敗、失恋、性格など、それらはすべて成長するために選ぶ課題である。その課題をはたして人は死んでいく。そして、再び課題を持って生まれてくる。そのように生まれ変わりをくり返しながら人は成長していくのである。

もう少し詳しく説明しますと、魂が肉体にやどっていない状態(中間生=あの世にいる状態)のあいだに、指導役の魂たち(光の存在)の前で終えてきた人生を振り返って反省したのち、彼らの助言を参考にしながら、魂が自分自身で次の人生を計画を立てます。つまり、人生におけるさまざまな困難や苦しみはすべて生まれる前に計画ずみのことなのです。

「未発達の魂ほどくわしい設計図を必要とし、どの時点でどのような問題に直面して、どういう解決方法を選ぶと正解であるかということを、こまかく予定してから生まれてきます。」
「たとえ私たちが、人よりも困難な人生を送らなければならないとしても、かならずしも過去生で悪いことをしたために、それを償っているとはかぎりません。むしろ、わざと厳しい条件に身をおき、一定の試練を受けることによって、大きく成長する機会をもうけている場合が多いからです。」
「何度も生まれ変わって、地上でいろいろな経験をつむことによって、魂の進歩をはかるわけです」

そして、ソウルメイトという存在がいます。家族や友人などとして、何度も繰り返して関わり合う魂のことです。ソウルメイトと相談しながら、次の人生を計画することが多いそうです。

「それぞれのソウルメイトには、生まれる前に、「自分がこのような言動をとったら、あらわれてくれ」とか、「自分がこのような言動をとったら、こう対処してくれ」というお願いをしておきます。相手の人間は、その時、「どうしてなのかわからないが、なぜかそのような態度をとってしまう」というかたちで、自分の人生計画に協力してくれるわけです。」

この「生まれかわり生きがい論」によって、飯田史彦は「なぜ自分はこんな目に遭うのか」という問いに答えを与えています。その答えとは、「すべての試練は私が成長するために選んだものだ」ということです。

「自分がどのような人間で、どのような境遇にいるかということは、すべて自分の責任である。自分自身が、それを選んだ張本人なのだ」
「私たちは、この世という修行の場に、何度も何度もくり返し来訪しては、愛すること、許すこと、感謝することの大切さを学びます。人生とは、いわば、生まれる前に自分で作成しておいた、問題集のようなものなのです。それぞれの問題を、解くことができてもできなくても、正解は、問題集を終えるまでは見てはなりません。
人生という問題集を最後までやりとげた時、初めて私たちは、自分で用意しておいた正解と照らし合わせ、自分の成長度を自己評価することができます。そしてまた、解けなかった問題を解くために、あるいはいちだんと厳しい問題を解くために、自分自身で新たな問題集を編み、それをたずさえて、この世という修行の場を再訪するのです。」

今まで述べてきた成長主義的楽観主義、終末論的楽観主義、生まれ変わり的楽観主義、生まれ変わり生きがい論という解答は、一見もっともなような気がしますが、しかし私にはいずれも受け入れがたいものです。

「神は悪の問題に答えられるか」の回答者の中にも、楽観的すぎる答えに納得のいかない人もいます。
「いかなるすばらしい目的であろうとも手段を選ばず追求するのは良識に反する。」
成長を促すものだとして悪の正当化をしているし、人間の苦の現実を見ていないと言うわけです。
たとえば、ウイリアム・スタイロン『ソフィーの選択』です。ナチの強制収容所でソフィーは二人の子供のうちを一人だけ選べと言われます。一人はガス室送りです。子供のうちどちらかを選ばなければ、二人ともガス室へ送られてしまいます。ソフィーは自分の意志で一人を選びました。
このソフィーの苦しみにはどういう意味があるのでしょうか。このことによってソフィーは成長したのでしょうか。いかに成長するためとはいえ、許されるはずもないことではないでしょうか。

「どうしてこんな目に遭うのだろうか」という問いは、答えを得るための問いではなく、問い続け考えていくための問いだろうと思います。

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「神が善で全能であるなら、なぜ神はこの世界に悪の存在を許しているのか?」旧約聖書の『ヨブ記』以来問われ続けてきた問いは、人類が20世紀の大量虐殺や集団殺戮に直面して、ますます切実かつ緊急になってきた。現代英米を代表する神学者・宗教哲学者が「神義論」をめぐり白熱した議論を闘わせる。

内容(「MARC」データベースより)

神が善で全能であるなら、なぜ神はこの世界に悪の存在を許しているのか? 旧約聖書「ヨブ記」以来の問いが切実になりつつある今、現代英米を代表する神学者・宗教学者が「神義論」をめぐって白熱した議論を戦わせる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

本多/峰子
1989年、学習院大学大学院博士後期課程終了(イギリス文学専攻)。現在二松学舎大学国際政治経済学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

関連はありませんが~ハーグ陸戦条約

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B0%E9%99%B8%E6%88%A6%E6%9D%A1%E7%B4%84

拙稿を検索すると8件ヒットします~この際研究しましょう つまり戦勝国が敗戦国の憲法を制定することはできないということ

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83n%81%5B%83O%97%A4%90%ED%8F%F0%96%F1&inside=1&x=0&y=0

そうです。戦勝国が相手の憲法を勝手につくることは禁じられたいて現在の憲法は無効なのですよ。

以下の記事を熟読すること~ハーグ陸戦条約について

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1027.html

<削除及び発行禁止対象とされたプレスコード>

1. SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
2. 極東国際軍事裁判批判
3. GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
4. 検閲制度への言及
5. アメリカ合衆国への批判
6. ロシア(ソ連邦)への批判
7. 英国への批判
8. 朝鮮人への批判
9. 中国への批判
10. その他の連合国への批判
11. 連合国一般への批判(国を特定しなくとも)
12. 満州における日本人取り扱いについての批判
13. 連合国の戦前の政策に対する批判
14. 第三次世界大戦への言及
15. 冷戦に関する言及
16. 戦争擁護の宣伝
17. 神国日本の宣伝
18. 軍国主義の宣伝
19. ナショナリズムの宣伝
20. 大東亜共栄圏の宣伝
21. その他の宣伝
22. 戦争犯罪人の正当化および擁護
23. 占領軍兵士と日本女性との交渉
24. 闇市の状況
25. 占領軍軍隊に対する批判
26. 飢餓の誇張
27. 暴力と不穏の行動の煽動
28. 虚偽の報道
29. GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及
30. 解禁されていない報道の公表
ここで56ページと57ページに書かれていることを紹介します。知っている人は殆どいないと思います。管理人もそうでした。「日本国憲法成立の欺瞞性」について

一方で,検閲と焚書が,厳重に秘匿されていたことが,いまなお護憲や憲法九条の擁護を言い立てる人々を,育み続けてきた根本原因ではないでしょうか。日本国憲法は,戦勝国は敗戦国の法体系を変えてはいけないとする、ハーグ陸戦条約に明白に違反している非合法なものです。

日本の国会が自主的に議決したように見せかけていますが,完全な言論統制化で行われたことは,プレスコードの③が,メディアに対し「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判」を厳禁していることからも、笑えるほどに明白な事実です。

法的に無効なものなのに,護憲を叫ぶ人が絶えないのは,検閲などの言論統制が,日本人の多くに,それと気づかれていないほど,じつに巧妙に行われたという証左です。この事実に気づかないか,認めようとしない人々は,史実にうとく,国際法や近代刑法の原則に無知な無教養な人であるとの誹りをまぬがれません。

ハーグ陸戦条約

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-894.html

『この条約付属書の第43条には、次の記述があります。

「占領者は、占領地の現行法律を尊重して、その国(占領地)の公共の秩序と生活を回復確保しなければならい。」

その国の憲法を勝手に書き換えて良いなどとは、どこにも書いてありません。
つまり、日本国憲法は、国際法(ハーグ陸戦条約)に対する明らかな違反行為の上に書かれた憲法ということができます。
そんなものをありがたがっている国民というものは、いったい・・・?』

注:理論武装した共産党はそのことを知らないはずはないでしょう。だから「国際ユダヤ同盟仲間 安倍と志位」という記事を書いたのです。

もっと早く日本独自の憲法を作ればよかったのです。遠からずそうするべきです。別に他の国でもやっているようにある筋がそうさせないだけの話です。それは田布施システムを壊してからでしょう。次の世代の政治家を待ちましょう。山本太郎クラスの漫画的人間は別にして。

神義論~https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96

ヨブ記との関連では

https://search.yahoo.co.jp/search?search.x=1&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96&ai=mRo.s83KSCeMKkbsNo7bGA&ts=10656&fr=top_ga1_sa&p=%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96+%E3%83%A8%E3%83%96%E8%A8%98&rs=4

アウグスティヌスの関連では

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%8C%E3%82%B9%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96

アウグスティヌスの復活論 その1 この辺は神学校の博士課程クラスですのでスルー願います

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/153.html

その1に付いたコメント

投稿者:tatsujin

2013/2/7  11:52

拍手転載

アウグスティヌスの復活論 その1
2013/1/28 21:20
いつもありがとうございます。 キリスト教の中高に通っていた時分から、イマイチしっくりこないことのひとつでした、今日は、じっくり読ませていただいて、この信仰に対する考察こそが、その後の歴史の流れにおいて、深い溝や、ニヒリズムの元のひとつだとゆうことが垣間見えた気がします。 居住まいをただして、その2を拝読します。

アウグスティヌスの復活論 その2

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/154.html

真珠の首飾り

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/1027.html

国体でもない政体としての天皇家は憲法改正でなくした方がいいだろう。

http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-category-144.html

おまけ~じっくり読まれている記事

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RizLWeztBYERoAwtqJBtF7?p=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F610.html&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=-1&oq=http%3A%2F%2Fangel.ap.teacup.com%2Fgamenotatsujin%2F610.html&at=&aa=&ai=0d.3aa5RTguT.WgUfXe68A&ts=9568

音声学の基礎~mメディアでも耳障りな発生がおおい元NHKの加賀美幸子アナウンサーは完璧ですね

http://culture.cc.hirosaki-u.ac.jp/english/utsumi/linguistics/lingusitics_c2_ja.html

https://search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A3aX5Eg709BYE34AU42JBtF7?p=%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%BE%8E%E5%B9%B8%E5%AD%90&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=2&oq=%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%BE%8E&at=s&aa=&ai=laJB4n1fRy.PnoT.atVBSA&ts=6369




 
 
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