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世界の支配なんて簡単だ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 7月15日(日)11時31分11秒
  通報 返信・引用 編集済
  日本の四分割の協議=たった三人による勝者の裁き.....ルーズベルトの死があと少し遅れていたら....

http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/320.html


http://www.glooth.com/eizo/index.php?%C2%E87%BD%B8%20%BE%A1%BC%D4%A4%CE%C0%A4%B3%A6%CA%AC%B3%E4

世界の支配なんて簡単だ。
極東は蒋介石にやれば、アメリカの援助で中国を支配していくだろう。
太平洋? それは我がアメリカが頂く。
アフリカはインドルートの関係からイギリスにいく。
スターリンが欲しがっているのは、ソ連の安全保障だけだ。
もし私が彼に何でも与えて、その代償を求めずにおけば、
スターリンだって阿漕なことはしないはずだ。
                       ――ヤルタ会談前のルーズベルトの発言

スターリン「ドイツに賠償を支払わせるために
      工場、機械設備、鉄道車両をドイツから撤去すべきです。
      ソ連は、ドイツの重工業および生産財の80パーセントを徴収します。
      いずれにせよドイツを解体し、孤立した弱小の小国の寄り合い所帯にしてしまわなくてはならない。

チャーチル「イギリスの世論は賠償という考え方には反対です。
      第一次大戦後ドイツに巨額の賠償を課した結果、今度の戦争を引き起こしたことを
      忘れてはいないからです。

スターリン「なるほどヴェルサイユは失敗した。
      しかしあれは、あなた方が現金払いを要求したからだ。
      我々は生産財や原料といった現物を要求しているのだ。

チャーチル「そうかもしれん。が、しかしドイツという馬に
      馬車を引かせようと思ったら、馬草くらいは残してやらなくっちゃあ。
      空きっ腹じゃあ馬は動きませんぞ。

スターリン「いや、我々としちゃあ、その馬がくるりと向きを変えて
      こっちを蹴ったりしないように監視してなくちゃならないんでね。

アメリカでは文学はサディズムと
ポルノを学ぶ場と化している

そして、こんな幼い時から
将来のギャングが養成されている

タクシーガールズは金のかかるパートナーだ
貧困が彼女たちをこういう行為にかりたてる

これらの生物も人類に属しているのだ
しかし、その動き方は、どんな動物とも異なっている

こういう文化はすべてアメリカから輸入されたものだ

                        ――「これがアメリカだ」ポーランド映画

今度の戦争は、過去のどの戦争とも違った戦争なんだ。
どこの国であろうと、占領した領土に自分の社会体制を押しつける。
どこの国も、その軍隊が進撃出来る限りの範囲まで、その国の社会体制を押しつけるのだ。
その他の結果にはなりようもない。


                         スターリンの発言
                   ――――――――――――――
                    シラス著「スターリンとの対話」より

今日の午前中から、ソ連軍は西側地区への電力の供給を差し止めた。
私達はラジオも無く、灯りも無く、炊事用の電気も無く、
コーヒーのためのお湯を沸かすことも出来ず、家に座り込んでいる。
夕方までにぜひともロウソクを調達しなければならない。
でも、どうやって買えばいいのか。

                             ――ベルリン市民の日記より

不審の目で見られる一方だったドイツが、共産主義の犠牲者へと変わった。
ヒトラーのベルリンが自由の前哨基地ベルリンへと180度の転換をした。
そして、ドイツ人にとっては、アメリカを中心とする西側の占領軍が防衛軍に変わった。
ベルリン市民は、もはやアメリカ軍を占領軍といえる心境ではなくなったのである。
ついこの間まで、爆弾を雨あられと落としていたアメリカ空軍の飛行機が
食料や燃料や発電所まで運んできてくれたのだ。

                             ――ベルリン封鎖の記録より

これがドレスデンだ。
街の80%は壊れたままだ。
市民は生活必需品に飢えている。
ドレスデンにあるのは共産主義のポスターばかりである。

一方、こちらはシュツゥットガルト。
ここにはポスターは無い。
そのかわり、店には商品があふれている。
これが、本当に自由な建設の成果である。


                             ――映画「二つの都市」より

大掃除をするにはもう少しの時間がかかるが、ドイツはもはや負けだ。
これからの問題はソ連だ。
口を酸っぱくして説明をしても、アメリカ人にはこのことが分かってもらえないのだ。

                     --ヤルタ会談前 チャーチルの発言

434 :久々テンプレ :04/06/08 11:48 ID:gLZsVIz+
私はスターリンと上手く歩調を合わせてやっていけると信じている。
私は理想主義者のチャーチルとよりも、私同様に現実主義者のスターリンとの方が
馬が合うので、我々の間で現実主義的な基盤の上で合意が成立することについては、
まず問題がないと思う。


                     ――ヤルタ会談前 ルーズベルトの発言

イギリスの同盟国となったからといって、イギリスの本質やチャーチルがどんな奴かを忘れてしまってはならない。
チャーチルというのは目を離したが最後、懐から1カペイカでも盗み取る男だ。
では、ルーズベルトはどうか。ルーズベルトはそんな男ではない。


                        ――ヤルタ会談前 スターリンの発言

我々にとってのポーランドは生死に関わる問題です。
歴史を通じてポーランドは、ロシアを攻撃するための通り道となってきたからです。
我々は、独立したポーランドが誕生することを望んではいますが、
それはあくまで、ソ連を守ることに役立たせるためでなくちゃならない。


                          ――スターリンの発言より

蜂起当初の日々は、志願する兵士も続々とあり、高揚した雰囲気に満ちていました。
誰も彼も、憎き侵略者と断固戦うのだという気概で高まっていました。
子供から老人まで、みんな隊列に加わってきました。
主な武器は火炎瓶で、それを戦車に投げつけました。
武器は不足していましたが、それでもみんなドイツ軍の武器を奪いながら、激しく英雄的に戦いました。


                            ――ワルシャワ市民の回想より

今日は美しい天気。なのに、やっぱり、爆撃が始まった。
悔しいが、これには味方は手が出ない。高射砲がないのだ。
それをいいことに、あの恥知らずの鬼どもは高度をグッと下げ、好きなだけ機銃掃射する始末だ。
イギリスかソ連の飛行機を絶えずじりじりと待ち受けているのに、いっこうダメ……。
私達の上を飛び回っているのは、ただ、ドイツの黒いカラスばかりなのだ。


                            ――ワルシャワ市民の日記より

私はスターリンに向かって切り出した。
「我々のバルカン問題を片づけましょう。
 ソ連の軍隊は既にルーマニアとブルガリアに入っている。
一方、イギリスもバルカンの国々に利害関係を持っている。
 我々がぶつかり合うことは避けましょう。

 そこで提案しますが、
 ルーマニアはソ連の優先権90%、一方、ギリシャはイギリスの優先権90%
 と、したならば、貴方の意見はいかがですか?」

 私は紙に書き留めて、スターリンの前へ押しやった。

 ……しばしの時間が過ぎた。
 スターリンは青い鉛筆を取ると、「承認」というように、そこに一本の太い線を引いて返してよこした。


                            ――チャーチルの発言
                            「第二次世界大戦回顧録」より

私は、機密の書類を読んで事態の全貌が分かった。
ソ連は完全にポーランドを軍事占領しており、
いわゆるルブリン政権―ソ連側が作った傀儡政権に全面的支持を与えていたのだ。
ソ連はヤルタでの協定に従って行動していなかった。
これは、直ちに片づけなければならない問題だと、私は考えた。


                                 ――トルーマン回顧録より

トルーマン米大統領
「ロシア人は、ヤルタでの取り決めの一字一句を尊重しなくてはならない。
 アメリカとソ連の関係においては、今後は、一方通行の恩恵はまかり通ることを許さないであろう」

モロトフ露外相
「私はこれまで、人からかかる口調で物を言われたことはありません」

トルーマン米大統領
「とにかく、約束を守ることだ。そうすれば、誰もこのように言う者はいなくなる」


                          ――ポーランド問題についての会談

ポツダムで、スターリンと直に会って私はソ連は無情な取引者であって、
常に自分だけ利益を得ようとするものであることを見抜いた。
ソ連の外交政策は、我が方の行き詰まりに乗じて利益を得ようと企むものであると明白となったのだ。


                        ――ポツダム会談後 トルーマンの発言

私達は、恐れ続けてきた。
最初はゲシュタポ、その次にソ連軍に占領されたドイツでソ連に反対する言葉を喋ることを。
平和の笛から吹き鳴らされる音色は、私達の耳にはあまりに疑わしく聞こえる。
私達をどこか牢獄に閉じこめるための音楽にように聞こえる。
ソ連の影響下にある国々は皆、西側世界から切り離されている。
そして、この牢獄の扉の背後でそれらの国々の権力者と別の意見を持つ人々が次々に姿を消している……。



                             ――ベルリン市民の日記より

我々連合国の勝利の上に、暗い影が落ちている。
バルト海のシュテッテンから、アドリア海のトリエステまで
大陸を横切って鉄のカーテンが下りている。

                  ――チャーチル「鉄のカーテン」演説


チャーチルの演説は、アメリカ、イギリスとソ連との間に不和の種をまき、
協力を一段と困難にする危険な行動だ。
チャーチルは戦争屋だ。彼は一人ではない。
イギリスだけではなく、アメリカにも彼の友人がいる。
チャーチルとその友人達は、不思議なほどヒトラーとその一味に似通っているではないか。


                             ――スターリンの論文
                             「ソ連共産党機関紙より」

私はロナルド・レーガンです。
去年は1600万人が「自由十字軍」に参加しました。
「自由十字軍」は、あなたが共産主義者と戦うためのチャンスです。
今すぐ、ニューヨークのエンパイアステートビルか、地域の「自由十字軍」に募金して下さい。


                         ――宣伝映画「自由十字軍」より

査問官「いつどこで生まれたか?」
ゲーリー・クーパー「1901年、モンタナの生まれです」
査問官「職業は?」
ゲーリー「……俳優です」
査問官「共産主義を非合法とする案をどう思うか?」
ゲーリー「いい考えだとは思いますが、よくは分かりません。
     私はマルクスなど読んだこともありません。
     共産主義については、人から聞いた以外のことは分かりません。
     しかし、好きにはなれませんでした」


                    ――共産主義非合法化議案の公聴会記録より

我々はヤルタでの取り決めの途方もない失敗と完全な崩壊に直面しており、
にも関わらずイギリス政府にはこれらの出来事を追究する余力がありません。
イギリスの努力がもはや限界に達したことをはっきりと申し上げねばならないのです。

                   ――チャーチル「ルーズベルト宛の手紙」より


ソ連との問題は極力重大化させないように努めたいと考えます。
かかる難題は様々に形を変えて連日引き起こされるようですが、多くは丸く収まるでしょう。
我々の明日の事業達成を阻むただ一つの障害、それは今日の我々の疑心暗鬼です。

                  ――ルーズベルト「チャーチル宛の手紙」より

一つだけ明確なことはなぜソ連が日本を敵として参戦するのか、
その理由をソ連国民に説明するのに困難を極めるであろうということです。
なぜ大きな紛争を抱えてもいない日本を敵としてソ連が戦争をしなくてはならないのか、
国民は理解できないでしょう。
   {スターリンは見返りとして日本領だった樺太南部と千島列島の割譲、満州の港湾と鉄道の権益を要求しました。}

これらの条件が満たされるならば国民は対日戦争を国家利益に関わることなのだと納得し、
我々が参戦の理由を説明することもずっと容易くなります。

                                   ――スターリンの発言「ボーレン覚書」より


とにかくソ連の日本に対する参戦を取り付けたのだ。
大きい獲物に比べれば旅順も千島も小さい問題にすぎない。
これでヤルタで手に入れたいものはすべて手に入れることができた。
しかもそれほど大きな代償を支払わずにだ。

                                      ――アメリカ外交資料より

スターリン「ボーレン覚書」

http://royallibrary.sakura.ne.jp/ww2/meigen/ussr.html

「一つだけ明確なことは、なぜソ連が日本を敵として参戦するのか。その理由をソ連国民に説明するのに困難を極めるだろうということです。なぜ大きな紛争を抱えてもいない日本を敵として、ソ連が戦争しなければならないか、国民は理解できないでしょう。(中略)これらの条件(日露戦争で失った領土・権益の回復のこと)が満たされるならば、国民は対日戦争を国家利益に関わることなのだと納得し、我々が参戦の理由を説明することもずっとたやすくなります。」(「ボーレン覚書」より)

トルーマンで検索すると14件出てきます

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83g%83%8B%81%5B%83%7D%83%93&x=0&y=0&inside=1

 あるシベリア抑留者の回顧談(1) ―――――――― 2003/09/26

1945年2月、米英ソ三国首脳会議がクリミヤ半島ある保養地ヤルタで開か
れました。米国大統領ルーズベルト、英国首相チャーチル、ソ連首相スターリ
ンが戦後処理と戦後世界の枠組みを協議した。

席上、米ソの間でソ連の対日参戦問題が話し合われ、米国はソ連の参戦を望ん
でいました。当時、米国は対日戦争は1947年まで続き、米国側将兵に百万
人の犠牲者が出ると予想していた。原爆製造のメドはつかず、日本を早期に敗
北に追い込むために、どうしてもソ連の参戦が必要でした。

一方ソ連の望みは、帝政ロシアが日露戦争の敗北で失ったすべての領土と権益
を復活することでした。スターリンは対日参戦の条件にそれを持ち出した。

樺太(サハリン)南部の返還、千島列島の引渡し、南満州鉄道の権益復活など
です。その要求が満たされるなら、ドイツの降伏後、三ヶ月以内に対日戦争に
加わると約束した。
米英は同意し「ヤルタ協定」を結んだ。これは三国の秘密の約束でした。

「当時の日本はヤルタ密約について全く知るところがなく、2月8日の非公式
放送、あるいは十二日に発表された公表文にも、ソ連の対日参戦については、
気配すら現れていません。(半藤一利氏の著書による) 日ソ間には1941年
4月に結んだ中立条約があり、スターリンはヤルタ協定から二ヶ月後の四月五
日、日本に中立条約の不延長を通告して来ました。

5月8日ドイツ無条件降伏、ソ連は兵力をソ満国境へ移し、米英との約束通り
日本に宣戦布告して満州に攻め入った。その日は長崎に原爆あ投下された日で
もありました。

日本が敗れた翌八月十六日、スターリンは極東軍司令官ワシレフスキーに電報
を発信し「日満軍のソ連領への移送は行わない、捕虜収容所は出来る限り日本
軍の武装解除の場所に設ける」としました。

ーーこの時点でスターリンは日本人捕虜のシベリア抑留を考えていなかった。
┏━┓
┃対┃応が百八十度転換したのは一週間後の八月二十三日でした。
┗━┛
彼は司令官に命令した。
・約五十万人の日本人捕虜を受け入れ、軍事捕虜収容所に送ることを義務付け
 る。
・日本の捕虜の中から、極東およびシベリアでの労働に肉体的に適している日
 本人を約五十万人選別する。
・ソ連邦へ送り出す前に、軍事捕虜を千人ずつの建設大隊に組織する。

わずか一週間の間に、スターリンはなぜ変節したのか?

「捕虜のソ連領への移送は行わない」とワシレフスキーの電報を発信したのと
同じ十六日、米国大統領トルーマンへ親書を送った。

「日本軍がソ連軍に明渡す地域に北海道の北半分を含めることを提案する。
境界線は釧路市と留萠市を結ぶ線で、この両市は北半分に含むものとする。
この点はソ連の世論にとって特別に重要である。周知のごとく日本は1919
年-21年、ソ連極東のほぼすべてを占領した。ソ連軍がもしも日本本土のい
ずれかに占領地を持たないならソ連の世論はおおいに憤慨するであろう」

スターリンは対日戦勝利の報酬に北海道の北半分を要求した、日露戦争で失っ
た領土と権益の全面復活ばかりか、日本のシベリア出兵への報復として本土の
領有に手を伸ばそうとした。
トルーマンは要求をはね、翌十七日「日本固有の全島の日本軍はマッカーサー
将軍に降伏するというのが私の意図である」

八月二十二日、スターリンは怒りの書簡をトルーマンに送り
「あなたの返答は意外であると言わざるを得ない」
そして翌二十三日の「五十万人の日本人捕虜連行」の決定です。
もしもソ連の野望が達せられ、日本本土がドイツの如く東西に二分されていた
ら今日の日本の姿は無かったでしょう。

スターリンの腹の底には、日本を南北に分けて、連合国は日本を分割占領すべ
きであるという意向が明らかに看取され、九州、四国は中華民国に、本州の南
半は米英に、そして北部・・・奥羽地方の三十八度線以北ぐらいはソ連が占領
管理するという下心が含まれていたのではないかとさえ思われます。

時の蒋介石中国総統の特使としてマッカーサー元帥と会見した張羣特使はソ連
の野心を看破し
「北海道にソ連軍が進駐した場合、日本の国土は完全に二つに分裂され、思想
的にも分裂と混乱をきたし、政局は常に安定を欠き、経済復興が遅れるばかり
か、共産主義勢力の太平洋進出となって、アジア及び世界の平和にとって重大
な危機を招くでしょう」

と進言し、中国の日本進駐を固く辞退したのです。マッカーサー元帥はこれを
支持して、頑強に日本分割統治を主張するソ連のテリビヤンコ中将に、知日派
の対日理事会会長アジソン大使は将総統の日本分割統治反対と中国軍進駐辞退
の事実を基礎としてソ連の要求を粉砕したのです。

これに対しテレビヤンコ中将は、ソ連は必ず貴官(マッカーサー元帥)を最高
司令官の職から罷免させる、と脅かして、たとえ承知しようがしまいがソ連は
日本に進駐する、とまで極言した。そこでマッカーサーも「もしソ連兵が一兵
たりとも許可無く日本に侵入したならば、テレビアンコ中将を含めてソ連代表
を全部即座に投獄する」と言って応じ、ソ連の野望は潰えたのです。

論語憲問編(第14):
或る人曰く、徳を以って怨に報いば如何。子曰く、何を以ってか徳に報いん。
直きを以って怨みに報い、徳を以って徳に報いん。

今大戦において最も被害、犠牲の大きかった中国が自発的に賠償請求放棄をし
た歴史的勝利宣言の一説です。

八月十五日、蒋介石総統の「交戦勝利にあたり全国軍民及び世界人士に告ぐ」
は、敗戦にうちひしがれた日本にとっては神の声にも等しく、特に火事場泥棒
的スターリン首相の言辞と比較すると、正に悪魔と神ほどの差がありました。

この中国の人道的処理は対日戦に参加した各国にも意外の衝撃を与え、日本を
徹底的に骨抜きにするまで賠償を吸い上げようとした態度に大きなブレーキを
かける役割を果たしたに違いありません。
【大久保伝蔵著「忘れてはならない歴史の一頁」(P109-126)時事通信社発行】
┏━┓
┃近┃代戦争の戦後処理で、スターリンが行ったシベリア抑留ほど野蛮な行為
┗━┛はない。軍事捕虜を、戦利品代わりに自国へ強制連行して過酷な労働を
課し、日本人だけで6万を越す人々を死に追いやった。

国際法に違反したこの行為の残虐さと悲惨さは、これまで多くの人々によって
体験記やルポルタージュとして書き記されてきた。それがどんなに残忍で酷薄
な仕打ちであったかはいくら強調してもし過ぎることはない。

シベリア抑留の物語は読む者には、いつも暗くて重いものしか残さない。戦争
の勝利者は、如何なる非道残虐なことをしても裁かれることはないのか?

第一級戦犯として裁かれ、死刑にされた日本の戦争指導者は言うに及ばず、
フィリピンやインドネシアなどで捕虜虐待の罪で死刑になった多くの日本軍人
より、六万人余りを餓死、過労死させたソ連軍関係者を国際法廷はなぜ黙認し
ているのか?

機会を見て、勝者が敗者を裁いた東京裁判というものの矛盾を検証していきた
いと思っています。

戦後半世紀余の時を経て、戦争にまつわる話の聞き取りは時間との競争ではな
いかと思われます。体験者が高齢化して、年々というより日々その作業は難し
くなっています....................

「人類の運命がどんなものであろうと、社会正義の十分な評価をともない,世界に生まれてくる子供たちの大多数に,健康,教育,機会のほぼ均等が確保される人間の連合体であり,それが歴史に新しい段階を開くような人間のエネルギーの開放と増大を意味することであるのには,問題はありえないであろう。................
過去に現れた超人というものは,自然発生的なものと考えるのでなければ,ぺリクレスのアテネ,メディチ家のフィレンツェ,エリザベス朝のイギリス,アソカ王の偉業,唐や明時代の芸術は,不断の,そして累積的に与えられた安泰の世界がこれを維持したものの一例であると結論ずけても無理ではないであろう。...............

われわれの現在の混迷から,近い将来に正義の新しい世界連邦をつくりあげるという努力への集中を,正しいとするのはじつにそのような考えなのである。

しかし,素晴らしい世界連邦ができあがれば,その最初の成果の一つは,いまの野獣(注:ゴイム=非ユダヤ人)をより良く保護(注:収容所に入れる)するようになるだろう」<HG・WELLS>



 
 
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